2014/06/10

象牙と象の密猟と

「ビッグイシュー日本版」にコラム「ノーンギシュの日々」を書いている滝田明日香さんが一時帰国して精力的に講演会を開いている。その一つ「アフリカケニアで野生動物と生きる~滝田明日香さんを囲む市民の集い」に参加した。会場は久しぶりの四谷ひろば(旧・新宿区立四谷第四小学校)。大雨にもかかわらず体育館には百人近い聴衆が。

5月末にNHKのクローズアップ現代「追跡 アフリカゾウ密猟とテロ」に出演された効果もある? (なぜか「動物園クライシス~ゾウやキリンが消えていく」と勘違いしている人もいたようだが)

受付で「ボランティアをされましたか?」と聞かれたが、きっぱり「いいえ」と答えて資料代を払う。もう基金会員もやめちゃったしね(寄付金控除を受けるため)。

お話は、イヌを使って家畜を獣害から守る仕事から始まり、現在のアフリカゾウ保護まで。野生動物が密猟されるのは、その肉(ブッシュミート)が珍味というか高級食材というか、とにかく市場で良い値で売れるからというのに最初の驚き。現金収入は魅力なのだ。

で、本題のアフリカゾウ。密猟のために絶滅の危機に瀕しているという。なぜ密猟されるのか? 象牙が高値で売れるから。ただし、ここから話は少々複雑になってくる。

整理してみると、こうなる。


  1. 現地では開発に伴い野生動物との接触が増え、獣害が問題になっている(特にそれまで象の通り道だったところに作った農場は侵入されがち)

  2. それゆえ現地農民はアフリカゾウに好感を持っていない

  3. アフリカゾウも人間を「危害を加えてくる対象」として敵視

  4. アフリカゾウから採れる象牙は(ホワイトゴールドと呼ばれ、闇市場で)価格が高騰し続けている

  5. 日本と中国が大消費国として象牙需要を支えている

  6. 各地の反政府武装勢力が資金源として象牙取引に着目

  7. 今では密猟には自動小銃が使われるありさま

  8. 密猟監視人との間に銃撃戦も起こるようになり「完全に戦争状態だ。」

  9. アフリカゾウを一頭倒せば年収に匹敵する現金が手に入るので密猟組織の手先になる現地人も

  10. 経験豊富なリーダーを失ったアフリカゾウの集団は、未熟なリーダーのもと、子象を守りきれず、また農民との衝突を回避できず、ますます危機的状況に陥る

つまり、象牙取引が完全になくなっても、農民とアフリカゾウの間に軋轢があれば密猟は止まらない。しかしながら、現在は象牙取引がおいしい商売であるため、密猟が過剰殺戮になっている。また、現地農民とアフリカゾウの関係が修復されても、象牙目的の密猟をなくすことはできない。そしてこれは個人的な推測だけれども密猟組織は協力的でない現地住民にも銃を向けるようになるだろう。これは容易に解決しそうにない。

また、非常に根本的な問題として、アフリカゾウって絶滅したら困るの? に対する答えも必要。農場を荒らされている側からすれば、いなくなって、おまけに現金まで手に入るなら一挙両得と思っても不思議ではない(絶滅させたら、象牙による収入は絶えるけれど、それはまた先の話)。一方で、イスラム過激派の資金源を断つためにアフリカゾウを絶滅させてしまえ(たしかに象牙取引は不可能になる)という乱暴な考えが出ないとも限らない。麻薬ではこの考え方は実行に移されていて、ケシ畑の破壊が行われている。

保護キャンペーンに協力しているヒラリー・クリントンの本当の関心はアフリカゾウの絶滅だろうか? イスラム過激派対策が真の狙いというのは穿ち過ぎか。中国を牽制できる話題だから乗り出したのではないと言えるだろうか。アンケートに「USAの思惑も真意がどこにあることやら」と書いたのはそういうこと。そっちの片がついたらサッサと手を引いたりしないだろうか。現地の親米的政権が〈合法的〉に乱獲を始めてもだんまりを決め込む可能性は?

この点、滝田さんにとってアフリカゾウを保護し絶滅から守ることは自明のようだ。もちろん、それは世界でも公式の常識である。でも、そういう常識を共有していない人が相手なのだから。(滝田さん自身は過激な反捕鯨派のような「アフリカゾウが第一」論者ではなく、ミツバチフェンスのように人間にも利益のある共存策を探られている)

休憩時間に水口編集長?と名刺交換する滝田さん。とても美しく迫力のある方でした。


取り組む相手は、「象牙取引の規制が厳しくなれば、値段は高くなる」と算盤を弾くような人間なのだ。その発想に従って密猟者は〈増産〉に、販売者は在庫の確保に、消費者は駆け込み購入に精を出す。講演に感銘を受けた聴衆が「私は象牙を買わないようにしよう(それまでだって買ったことはない)」と決意したところで、ほとんどなんの効果もないだろう。象牙をありがたがっている人に諫言しても「大きなお世話」と返されるのが落ち。幸か不幸か「これは合法象牙です」に対しては、違法象牙がロンダリングされているため、合法取引が密猟の後押しをしているという再反論が可能なのだが。

日本国内に限って言えば、象牙の用途は印鑑や根付といった小物であり、人工象牙など代替品の開発や印鑑文化の衰退(期待するのはまだ早いか?)によって需要は減っていくのではないかと希望的観測。問題はイケイケドンドンの最中にある中進国ではないだろうか。経済的に成功したエネルギッシュな彼らは〈ステータスの象徴〉を求める。それは希少であり高価でなければならない。「このまま消費すれば絶滅してしまうから」という説得はブレーキではなくアクセルになってしまいかねない。もっと相応しいと思えるものを提供するか、「象牙を持つのは格好悪い」というような文化を生み出すか。

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2010/04/09

『電子書籍の衝撃』出版記念講演会

佐々木俊尚『電子書籍の衝撃 本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』の出版記念講演会に行って来た(6日)。通常は「読者会」なのだが、発行前(書籍版は15日発行予定、電子版は7日から公開)なので記念講演会。

Twitter上に著者と編集者のやり取りがあると聞いたので、佐々木さんのtweetを去年の11月までさかのぼって取得。スキルがないのでブラウザで「もっと読む」を繰り返してwebarchiveとして保存(htmlソースで保存すると最初の1ページしか保存されない!?)して約5M。ところが他の話題も面白いし、リンク先に飛ぶとまた話が広がるので遅々として読み進まない。そうこうしているうちに当日になってしまった。印刷して持ち出そうとすると色文字のため白地に印刷すると読むに堪えない(モノクロで印刷すると灰色文字に)。某テキストエディタに貼り付けると文字コードが絡む不思議なエラー。全選択だとおかしくなるが、手で範囲指定をしてペーストすると何とかなる。とはいえところどころに地雷が埋まっているらしく、エラー頻発。それでもなんとか2月以降のtweetをプリントできた。しかし時間順に読もうとするとまた大変(結局全部は読み切らないままに講演に)。


この日はまず、新宿でビッグイシュー日本版を購入することにした。新宿東南口駅前広場でも売っているはずだが販売者の姿が見えない。仕方ないので大塚家具前まで行って購入。売り慣れていない様子だが「精一杯」が感じられる接客態度に感心。ところが行動規範第2条(IDカードの提示)を守っていない。注意すると、風が強くてバタバタするのでとかなんとか言い訳をする。「あんた何者?」と思われるのが嫌で、深くは追及せずに辞去。でも通報しておいた方がビッグイシューのためになる。

その足で模索舎に立ち寄る。今年で創立40周年を迎えると言うのに、中小書店の例に漏れず経営は逼迫状態だと聞く。3月の40周年イベントをコロッと忘れてしまった埋め合わせに書籍を購入。「電子書籍」という文字が目に留まって「週刊読書人」も合わせて買う。

失業中なのにこうして予定外の出費が重なったので、そのまま会場のある九段南まで歩くことにする。

早めに会場に着いたので、ロビーで週刊読書人を読む。閉鎖されたフランス国立印刷所(世界最古の印刷所、ただし名称は「印刷局」が正しいらしい)の話とか活版本中心の書店とかの話は面白いことは面白いのだが、なんとも言えぬ苛立ちを感じさせられる。対談している当人もペシミスティックと自認し、「(新しい)世代に対して、印刷された本と電子化された本の違いを訴えることには、意味がないような気がします」とか「しかし、そう思うのは僕らの世代までなのかなあ」などとは言っているのだが、どうも現実認識に差があるように思えた。一つには「アウラ」とか「アティチュード」といったカタカナ語のせいかもしれない。活版印刷には哀惜があっても日本語にはそれを感じないのですか、と不毛な煽りをしたくなる。

現実認識の差と言えば、たとえば検閲の話。たしかに電子書籍の場合、検閲は容易になり得る。アマゾンが、読者の手元のキンドルから書籍を消してしまった事件は有名だ(その消された書物がオーウェルの「1984」とは出来過ぎの気もするが)。しかし、だから紙の出版は自由を守る、なんてのは自由ボケした寝言だろう。言論の自由のない独裁国家では、地下出版物はまず配布ルートが絶望的に弱いけれど、それ以前に、紙や印刷機を政府に抑えられているから地下出版そのものがまず困難なのだ。その点、電子出版であれば全国のPCやネットワークがISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)を取得した企業のように管理されていない限り(そして、そんなことは不可能に近い)誰でもデータを作り、全国に配布することができる。winnyでも使った日には回収不可能(警察も配布に協力してくれる w)。

「検閲は、これをしてはならない」(日本国憲法第二十一条)が蔑ろにされるようになるとしたら、それは技術のせいではない。政治の問題だ。

とまれ、この後で聴いた佐々木さんの講演と比べ、いろいろな点で対比的なので、稿をあらためて考えてみたい。

さて『電子書籍の衝撃』出版記念講演である。イントロが痛快だった。「電子出版なんて...」という言説をいくつか取り上げては、「太陽の下に新しいものは何もない」「歴史は繰り返す、二度目は茶番」とばかり、活版印刷登場時に写本派が持ち出した理屈と並べて一刀両断。

これは既に見たことのある光景。ワードプロセッサ普及期に、「ワープロで手紙なんて失礼千万」のようなことが大真面目に主張されたことがある。じゃあ、なにが礼儀に叶っているのですかと問うと「便箋に万年筆」というお答え。すると博識な人が鼻で笑って、その万年筆も初めは毛筆派から「あんなもの」と誹られていましたね、と。

そうそう「ワープロで書けるのはビジネス文。小説は無理」なんてことも真顔で言われていた。安部公房がワープロで長編小説を書き上げた時には話題になり、宣伝惹句もなった(はず)。今となっては信じられませんよね。

閑話休題。次にデバイスとコンテンツの関係(p.17の図)。「書籍は脳がオフ」には違和感があったが、書籍で確認すると「文字などを入力している訳ではない」つまり受け身という意味。そして書籍や雑誌を電子化した際のリーダーは「近くで見る、大きな画面」である必要がある(したがって携帯電話は画面サイズで脱落)と。(パソコンがオンのデバイスであることを認めても、なぜそれでオフのコンテンツを楽しむことができないかは説明できていないような....まぁ確かにパソコンで長編小説を読む気にはならないけれど)

その次のマトリクスではさらに疑問が。図そのものは手元に無いが、「線的/リンク的」「フロー/ストック」の4象限だったと思う。雑誌はフロー、書籍はストックと言われ「んー」と思っていると続けて「ウェブはフロー」と。待て待て、ウェブだってストックはあるだろうと思っていると、フロアから「wikipediaは?」という質問。「あれもフローです」とあっさり退けられる。普通に辞書事典と言えば良いのに(たとえばyahoo!百科事典は小学館の日本大百科全書(全26巻)がベースになっている)、wikipediaを持ち出すなんてビョーキじゃないの。ところで「辞典は読むもの」と喝破したのは誰だっけ?

ともあれ、電子書籍は「リンク的なストック」になるだろう、と。enhanced book(拡張された書籍)、たとえば音声の出る本、である(このあたりは記憶が曖昧。「書籍はアプリになる」という言い方をしていたかもしれない)。しかし、と佐々木は言う。実用書なら動画付きも便利だが、たとえばお仕着せのBGM付きの小説は読まれるだろうか、と。だから雑誌の電子化は進むけれど、書籍、特に著者の思想が貫かれた小説などは話が別だろう、と。

そうかな? 映画なんてのは、まさにお仕着せBGM満艦飾だ。それどころか歌劇・楽劇なんてものもある。ちなみにニーベルングの指輪は通しでやれば約15時間はかかるという。アルバムというパッケージが壊れて個々の曲がバラバラに購入されると言うマイクロコンテンツ化は進むにしても、“指輪は指輪”(全体で一つの作品であり、たとえば「ワルキューレの騎行」を指して指輪とは言わない)、ではないだろうか。むしろ「ペレアスとメリザンド」を読むのに音楽をフォーレにするかドビュッシーにするか選べるなら自由度の向上で、それは歓迎されるだろう。また、たまたま前日のクイズ番組で知ったのだが、JTBパブリッシングは夏目漱石や太宰治らの小説に旅行ガイドをつけた『名作旅訳文庫』なんてものを出している(番組では売れていると言っていたが真偽は不明)。

それを軽薄に感じて眉をひそめる人もいるだろう。好きだった小説の装丁が後からできた映画のスチール写真になるとげんなりする、という読書家もいる。舞台版の「アマデウス」に涙を流すほど感動し、決して安くはない公演を何度も見たが、映画の換骨奪胎(脚本が同じシェーファーとは!)には失望し、劇書房発行の『アマデウス』の新装丁にがっかりした記憶が私にもある。拡張された書籍もこうなるだろうか? 要は作り方の問題だろう。センスの良い作りを発行者に期待するのではなく、読者が主導権を握る。購入してからテキスト部分だけ分離できるなら、単純に文章を楽しむことも、自分好みにリッチコンテンツ化(カスタマイズ)することもできる。従来の紙書籍ならそれぞれ別に印刷製本せねばならないから難しかったことだ。使い勝手(ユーザーインターフェイス)とあわせて、この自由度は重要な要素になるような気がする。...著作者人格権は弱められるだろうか?

また、聞き漏らしでなければテキストの音声化(読み上げ)には触れられなかったようだ。『電子書籍の衝撃』の中ではキンドルストアのオプションにあることがさりげなく紹介されているけれど。音声データをつけるか、読み上げエンジンが認識しやすいように手を加えたテキストを陰に用意するか、技術的な話はさておき、朗読してもらえれば「読書」の機会は増える。別に視覚障害者に限った話ではない。満員電車や布団の中など本を開くのが難しい場所、暗い場所でも「読める」。そしてこの場合、大きな画面は必要ない。デバイスとしての携帯電話の優位性が一気に高まる。iPod shuffle でも十分。

さてマイクロコンテンツ化と並ぶ電子書籍のもう1つのキーワードがアンビエント(ambient)。元の意味は「周囲の, あたり一面にある」(プログレッシブ英和中辞典)だが、意訳すれば「どこででも」か。「遍在」だとubiquitousと区別がつかないし、なにより「偏在」と誤変換される危険が大きい。(アンビエントは手垢にまみれたユビキタスの改装版という穿った見方もできるが、KDDIでは「いつでも、どこでも」を一歩進めた“「今、ここで、私が」必要とする情報を提供する”と定義している。別のところでは「今だけ、ここだけ、私だけ」とも。なるほどねぇ。) iPodによって音楽がアンビエントになったように、iPadやkindleによって雑誌・書籍がアンビエント化するだろう、と。アンビエント化と脱パッケージの関係がよくわからないが、「私だけ」が関係するのだろうか。

音楽にせよ書籍にせよ、親しんだジャンルの違いは案外大きいかもしれない。オペラの中から一つの歌を取り出すことはあるけれど、ブルックナーの一節を取り出して「フェイバリットメロディー」を作る人はいるだろうか? もちろんいるし、着メロなんてその最たるものだろう。もしかすると多数派を占めるかもしれない。ベートーベンの第五交響曲は、第1楽章冒頭なら知っている(それしか知らない)という人も多い。全曲知っている人の数倍はいるだろう。だからといって今後その傾向が強まり、あの交響曲がバラバラにされ元のパッケージがなくなる運命にあるとは思えない(ここが私の限界か...シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」も今や****(自粛)の間では「2001年の音楽」だし...もちろん冒頭だけ... orz)。

それから大きいのがコンピュータやコンピュータネットワークの経験の差。無知や誤解が前向きな議論の障害になっていることは疑いようがない。そして無知無理解誤解は嘲笑するものではなく、丁寧に説明すべきもの。そうでないと感情的な軋轢に発展しかねない。もっともそれは「前向きか後ろ向きか」の差に飲み込まれてしまうものかもしれない。旗幟の種類は少ない方が良い。旗印が多いと微少な差を言い立てて、際限なく分裂してしまう恐れがある。(この論の難点は、多数派を占める一般消費者は条件が示されなければ前向きでも後ろ向きでもないこと。また同じ前向き派の中にも同床異夢が紛れ込んでしまうこと。)

話戻って、新しいパッケージ(リパッケージ)の核になるのがキュレーション(curation)。目利きと言ったら良いだろうか。この辺りでも「××さんのお薦めも一種のパッケージングではないのか?」「プロモーションが時代遅れなのとプロモーションが無意味なのとでは意味が違うのでは?」と本題を離れて思考は旋回。違いはつまりスケールというか規模。マスプロモーションによるパッケージ化の終焉ということらしい。しかしミドルとマスって、どこら辺で区切るのだろうか? 日本語の文章ならば顧客は最大でもせいぜい1億人。音楽ならば65億人が対象になり得る。

それにしても聞いていて呆れるのは、(日本の)出版関係者って、どうしてそんなに保守的なのだろうか? あ、こういうと「大手出版社と限定して」と注意されるかな? でも中小もずいぶんコンサバな感じがする。取次システムには苦労させられているはずなのに。たとえば、何の工夫もないテキストだけの電子ブックにも紙と比べて大きな利点があることに気付かないのだろうか? 一例を挙げれば盗用の発見が格段に楽になる。盗用だけではない。原稿の使い回しも容易に発見できる。小細工を施したところで悪あがき。すでに大学などには糊紙細工のレポートを発見するノウハウが蓄積しつつあるのだ。紙の本なら解析用のデータを作るだけで一仕事だったが、これからはすぐ解析できる。そして、これは同時に知らずに盗作本を出す危険を回避する助けにもなる。出版前の原稿と既刊本のマッチングテストは必須になるだろう。駄本の多くはこの段階でリジェクトになり、良貨が悪貨を駆逐するようになったりして。こういうシステムがあればセルカン事件も防げたかも。てなことは考えないのかな。

あと余談。オアゾにある丸善丸の内本店正面の品揃えを罵倒していたのが小気味良い。特に勝間本の版元ではっきり言っちゃうところが素敵。

ところで最近、本を読む量が激減していないか?>自分  とまれ『電子書籍の衝撃』を読んでみよう。新書一冊にそんな時間はかからないはず。

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2010/03/10

医者を経て、ビッグイシュー販売員へ、その後なぜか ... 最後はホームレス です

twitterで「ビッグイシュー」を検索すると妙な単文ばかりヒットすると聞いた。

原因はキャリアパスったー。twitterのユーザーIDを入れるとキャリアパスを診断する、という触れ込みの、その実なんの根拠も無い、取り合わせの妙を楽しむ代物。おおもとは診断メーカー。そういえば昔、脳内メーカーなんてものもあった。

それはともかく、そのキャリアパスったーのおかげで、ビッグイシュー関連のtweetを検索する事が事実上不可能になってしまっている。また人生の山と谷のうち、谷のところにビッグイシューを売るという立場を気軽にあてはめ、それを笑いのネタにしていると言うのが何とも軽薄で腹立たしい。人の不幸がそんなの楽しいのか?

しかし、見方を変えれば、それだけビッグイシューが有名になったと言う事だ。

また、これによってビッグイシューの存在を知る人もいる事だろう。実際、札幌の販売サポーターによれば「ビッグイシューって初めて聞いた」というtweetもあるらしい。

それに「何のつもりだ、ふざけるな」と怒鳴り込めば、特に本家がそれをやれば「(ち、うるせーな)反省してま〜す」と引っ込めて、「おっかなかった」と陰口を言いふらすことは十分に考えられる。

悪意があって販売者を揶揄していたのでなければ、味方についてもらってビッグイシューの存在を広く知ってもらうのに協力してもらう事を考えた方が生産的だ。

なにしろ雑誌は売れなければ話にならない。買ってもらうためには、まず名前を知ってもらわなければならない。そうするとお遊びでする「診断」にビッグイシューと出てくるのは、ただで宣伝してくれているようなもの。先ほどサイトを見たら既に13,000以上の「診断」があったらしい。そのすべてに「ビッグイシュー販売員になる」が出ている訳ではないが、twitterの検索結果から見て、相当多数の人が「ビッグイシュー」を目にした事になる。

というわけで、抗議も照会も通報もせず、静観している。

さて、次の一手はどうしたものか。

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2010/02/11

献血、ビッグイシュー、望郷台

11日はかねてから予約していた成分献血の日。前回の生化学検査で肝機能値(GTP)が標準値から外れていたので10日間の禁酒をして臨む。

この献血ルームにはビッグイシュー日本版を寄贈している。前回以降に発行された135号と136号を調達しようと8日から歩き回っているが、なぜか販売者が見当たらない。この日も朝、買いに行く予定だったが寝坊したので献本されているものを流用。

血小板献血は他の献血よりも制限年齢が15歳若い。“定年”なんてだいぶ先のことと思っていたら、今までのペースで行くと大して協力できないうちに打ち止めになることに気付き、重点的に血小板を提供している。もっとも問診中にそのことを言うと、非公式ながら年齢制限は緩和の方向にあるという話。提供側としてはありがたい話だが、花粉症の服薬制限緩和、イギリス渡航歴による制限の緩和と総合して考えると、血液不足は相当深刻なのだろう。困った話だ。

血漿と血小板を「15」(単位は何だろう?)提供し、しばし休憩してから次回の予約をし、職員に断って待合室の書架にダスティン・ホフマンが表紙の136号をおいて辞去する。時刻は12時半。向かいのうどん屋にはいり、ちょいと奮発して鴨南うどんを注文。飲酒も解禁だが、さすがに直後はまずかろうと自制。とまれ汁で水分を補給。

新宿へ移動してビッグイシューの販売者を探す。メーリングリストに、休日には新宿ピカデリー前で販売しているという情報があったので行ってみたが空振り。ま、雨模様だから仕方がないか。伊勢丹前、大塚家具前、新宿駅新南口前、南口改札付近、京王でパート前、小田急でパート前と回るが今日も一人も見つけられず。これで今週、延べ20か所以上で空振りの計算。たぶんいないだろうと思いつつも、三井ビル前まで足を伸ばしたところやっぱりいなかった。さすがにそれ以上の売場を探す気力はなかった。

西武線に乗って久米川駅で降りる。かつてハンセン病患者が強制収容された全生園の中には患者が作った築山があり、その頂上から帰れぬ故郷の空を眺めて涙したと伝えられる。しかし前回訪問時には樹々に阻まれ、とても「所沢街道を往きかう人や車、そして富士山や秩父の山並み」は見えなかった。そこで冬に再訪を決めていた。うかうかしていると春になってしまうので雨をもものとせず行った訳だが...やっぱり周囲は見えなかった。樹が高くなったのは後年のことなのだろうか?
手前の樹に葉はないが、その先の視界は樅の樹に遮られる

かろうじて園内は見渡せるが


歩数計をつけていなかったので定かではないが、軽く一万歩は歩いたことであろう。

紀元節粉砕行動は遠くなりにけり。

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2010/01/11

GiveOneのバナー貼りました


昨年からの懸案事項、オンライン寄付サイトGiveOneのバナーをサイドバーに貼りました。


オンライン寄付サイト Give One

クレジットカードとネット銀行で手軽に寄付ができる。オーバーヘッドは10%取られるが、寄付文化定着のために応援したい。ちなみにいくつかの団体は寄付控除の対象。

もともとはビッグイシュー基金のプロジェクトが縁で登録し、そっちの成果物にはとてもガッカリしたものの、このサイト自体はいろいろと興味深い団体が対象となっていて紹介したいと思っていた。年は越したけれど、ようやく責を果たせて安堵(しかしココログって使いにくいねぇ...)。高木仁三郎市民科学基金もよろしく。

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2009/12/29

ビッグイシューを買って釣り銭を受け取らないと言う人のブログへコメント

googleアラートでビッグイシューに関する情報を集めている。

個人のブログもよくヒットするが、「300円で売って160円が手元に残る」という仕組みだけ解説して終わっているのが多い。皆さん、宣伝してくださるならもう少し自分の言葉で雑誌の面白さをアピールしてください。ホームレスに仕事を与えて路上からの脱出を目指すと言うコンセプトもそりゃ大事ですけれど、人の善意に頼ったそういう販売戦略は大きく成長できません。まず雑誌が面白いこと、そのアピールが大事です。(と書きつつ、私もあまり雑誌そのものの面白さについては書いて来なかったな。)

そんなブログの中で、1000円で買い700円の釣り銭のうち500円だけ受け取ったけど後味が悪いという、ちょっと複雑なエントリーを見つけた。

正直、困るんだよなぁ、こういう人。厚意のつもりなんだろうけど、販売者は釣り銭を渡すよう発行元から厳命されている。違反すれば販売停止処分を受けかねない。なぜかといえば販売活動をしているのであって募金活動ではないから。気の弱い販売者は「親切な人」と会社の板挟みで苦しんでいるし、中には「もらい癖」がついてしまった販売者もいる。

というわけでコメントを書き込んで来た。


ビッグイシューのお買い上げありがとうございます。

私は外野席の応援にすぎませんが、一つご理解いただきたくてコメントします。

ビッグイシューの販売者は、「私はホームレスです」と名乗って街頭に立っています。それは勇気のいることです。それでも彼らがやっていられるのは、自分は施しを求めているのではなくて商売をしているのだという誇りがあるからです。

釣り銭を受け取らないとか、金を渡して雑誌を受け取らないとかの行為は、それが善意から行われたものであっても、自尊心のある販売者を傷つけますし、あまり誇り高くない販売者を堕落させてしまいます。

実際問題、釣りを渡そうとしない販売者がいたというクレームがありました...「親切な人」に甘やかされて貰い癖がついてしまったのでしょう。そういうことがないように販売者の行動規範(違反すれば販売者資格の剥奪もある)では、販売中の金品などの無心を禁止しています。

どうか雑誌は定価で購入し、釣りがあれば過不足なく受け取っていただきますようお願いします。つまり「ほかの物売りと同等に扱って」ください。
(後略)

幸いにも筆者はその意をすぐに理解してくれた。(トラックバックをするにはリンクが必須なのだが、私としては過ちを改めたブログを晒すようなことはしたくない。そこで、ちょいと裏技を使わせてもらう...と思ったら削除してるよ! ま、いっかぁ)

その後、ビッグイシュー基金のチーフコーディネーターや元販売者と食事をする機会があったので、私がえらそーに書き込んだ「それでも彼らがやっていられるのは、自分は施しを求めているのではなくて商売をしているのだという誇りがあるからです。」について意見を求めた。

すると後日、元販売者のOさんからメールをいただいた。彼も現役時代にはカンパや差し入れの類を結構申し出られたそうだ(と他人事のように書くけど、私もしました)。その時の心理をこう描写している。

えっ、そうですかあ。 いやあ、困ったなー。 そんなにしてもらわなくても自分で稼ぐんだけどなー。 ビッグイシューを売るのはちゃんとした仕事なんだけどねえ。 しかし、断るのも角がたつしなあ。 気分を害してもう買ってくれないのも困るしなー。 困ったなー。 う〜ん、一回だけ断ってみようかなあ。 しかし、断り方が難しいなー

都内屈指の販売数を誇ったOさんだから、という事情は割り引いても、「私は商売をしているのです」という気持ちで頑張っていたことがうかがわれる。

また具眼の士であるOさんは、差し入れの中に共依存的な要素も見ていた。

差し入れ自体がお客さんの生き甲斐になっている場合があるので、一律に断るのは禁物ですね。 僕は、一生懸命に手間をかけて作ってきた弁当は断れませんでしたね。

つまり、「可哀想なホームレスの人に手を差し伸べる優しい私」というビジョンに酔っているのではないかと正当にも疑った訳。こう聞くと「なんて失礼な」と思う人がいるかもしれないが、「自分にもそういう傾向があったかな」という反省の念が浮かばない人は注意した方がよろしいでしょう。

たとえば善意での援助の申し出を断られた時に不快感を覚えませんでしたか? 援助が不要と言うことは、それほど困っていないと言うことで、本来は喜ぶべきことなのですよ。

もちろん中には遠慮や警戒感から、本当は助けが必要なのに差し伸べられた手を振り払ってしまう人もいるだろう。時と場合によっては救急車を呼ぶなど強制的な介入が必要なことはある。だが、それが繰り返されると、結局その人は自分で判断することができなくなってしまう。その辺りを適切に判断できるようになるには経験の積み重ねか天性が必要だ。

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2009/12/23

鍋で祝賀会

食って来ましたアンコウ鍋。ああ、幸せ。

今回の参加者は、ビッグイシュー基金の池田真理子さんと元販売者のOさん。池田さんは今年2月に結婚され来週から産休に入られる。また11月には信毎文化事業財団から第14回信毎選賞を贈呈された。それらのお祝いと6年間の慰労が目的の鍋会。

Oさんは初期のビッグイシュー販売者で、カリスマベンダーと呼ばれた人。売り上げをある程度貯めると販売を休んで就職活動に専念し、無事「卒業」された。札幌での販売開始時には応援として駆けつけ、その販売力に地元の人は舌をまいたと聞く。私がビッグイシューの東京事務所に出入りするようになったのはOさんの要請がきっかけ。今は不況のあおりを受けてまたも求職中の身であるが、職業訓練を受けて2級ボイラー技師資格を取るなど、変わらぬ「努力の人」である。今回はその合格祝いを併せることになった。

2級と産休が並べば、こちらとしてもシキュウ外妊娠でも持ち出さなければ張り合えないが、おとなしくお祝いする側に回った。

まず用意したのが西光亭のクッキー。パッケージが若い女性に人気というのに加え、たまたま味を確認したところなかなかいけるのでプレゼントに選択。

メッセージボックスに「おめでとうございます」「お疲れさまでした」「thankyou」を選択。三つは多いかという気もしたけれど、こういう洒落は中途半端が一番いけない。うち一つはOさんに負担してもらった。

すると気配りの池田さんはクリスマスプレゼントとしてKONITZのマグカップを用意されていた。

プレゼント交換が終わると料理。お酒を飲めない池田さんはオレンジジュースを頼んでいたが、なにわ亭落語会での桂平治師匠(第64回 文化庁芸術祭賞新人賞を受賞)が演じた「親子酒」の話をすると「塩辛が食べたい」と。うーん、その取り合わせ大丈夫ですか。と言いながらも注文し、自分用に日本酒も頼む私。

鮟鱇鍋をつつく

やがて本命の鮟鱇鍋。意外なことにOさんは「キモ雑炊は苦手で」と言い出すので仕上げは2人で美味しくいただいた。(^^)

楽しいひとときは瞬く間に過ぎ、気が付けば閉店時刻。

8か月という割には目立たないお腹であったが、しきりになで回していたのが初産婦らしい。もう少しアピールしないと「ただのデブ」と思われて優先席にも座らせてもらなくなるかもしれませんよ!

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2009/12/12

ビッグイシュー販売者へのプレゼント

12日は東京でビッグイシュー販売者のパーティーがある。ふだんは定例サロン(旧称「販売者ミーティング」)だが、12月なのでクリスマスパーティーだそうだ。

宗旨が違う、というよりも、あの日本風クリスマスのチャラチャラした雰囲気が苦手なので参加は遠慮するが、販売者福利厚生の一環と理解して、プレゼントを1つ提供した。

引き当てた販売者から雑誌を買うと言う「福袋」だ。

これは昨年、枝元なほみの『世界一あたたかい人生相談―幸せの人生レシピ』が発行されたときの苦肉の策。販売者にとって1冊当たりの利益が雑誌の数倍、餅代稼ぎとなる本をどれだけ売れるかは重大問題。ところが、そのころ私はIT研修の助手を務めていたので顔馴染みの販売者が多かった。まさか全員に良い顔はできないし、かと言って一人を選ぶのは難しい。ドライに成績良好な研修生からご褒美として買えば良いのだが、一番見込みのない、あるいは売れてない販売者から購入すべきという建前論も排除しきれず... そこで恨みっこなしの偶然に任せることにした。封筒に「あんたから買う」と書いた紙片を入れ、スタッフに「これをプレゼントの中に入れて」と。その結果、まったく面識のない販売者が幸運を手にしたが、喜んでもらえた。

今年は単行本の発行は無いようなので(佐野代表は講談社から本を出すようだが)、「初売り販売権」にした。来年の初売りの日に買いに行くよ、と。

これは並のプレゼントより、よくできていると自賛したい。

・物や金を直接渡すのではなく、労働の報酬として渡すからビッグイシューの精神に沿っている
・販売者にとっても「もらった千円」と「売り上げ千円」では重みが違う(と思いたい)
・2週間続く希望である
・テーマを決めてバックナンバーを選んでと依頼してあるので、商品を研究する
・新年の抱負を添えるよう求めているので、先のことを考える
・ビッグイシュー日本にとっても収入になる

さて、誰がこの幸運を引き当てるだろうか。

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2009/11/19

ビッグイシュー池田さんに信毎選賞

NPO法人ビッグイシュー基金でチーフコーディネーターを務める池田真理子さんに第14回信毎選賞が贈られた。

信毎文化事業財団(理事長・小坂健介信濃毎日新聞社社長)は10日、長野市内のホテルで第14回信毎選賞の贈呈式を開いた。(中略)NPO法人ビッグイシュー基金でホームレス支援に取り組む長野市出身の池田真理子さん(中略)に、それぞれ正賞のメダルと副賞30万円を贈った。

(元モデルで、やはり絵になる人だからか、信濃毎日新聞記事の写真も池田さんの受賞姿

ビッグイシュー日本版の発行をニュースで知るやすぐに電話をし、渋る代表を「私は体育会系ですから!」と説き伏せて入社してから6年。本体が大阪で、落下傘降下のように進出して来た東京事務所をよく支えて来た。特に一時期は文字通りの孤軍奮闘であった訳だし。この間の功績は、ビッグイシューを知る人の間では周知のことと思う(稗田和博『ビッグイシュー 突破する人びと』大月書店にも紹介されている)が、今回第三者にも認められたことはとても喜ばしい。

勝手に想像するに、愛娘の身を案じていたであろう御両親(ビッグイシュー日本への転職には反対されたらしい)にとっては、今年のトリプル慶事で今まで心配した分を解消してお釣りが来たことだろう。

授賞式出席にあわせて休暇を取り、母校を訪問するなど文字通り「故郷に錦を飾」られたと聞く。本人は謙虚に、支えてくださった皆様のおかげと言っているけれど、いくら周りが支えても倒れてしまう人はいる訳で、やはり本人の資質と努力の賜物だ。それに支えてもらえるのも才能の一つ。この人のおかげでビッグイシュー基金は度重なるドジにもかかわらず「脱会するぞ!」という罵声を受けずに済んでいる。


8月に信濃毎日新聞でビッグイシューが取り上げられた際、記事の締めくくりが「長野県内では販売していない」で歯がみしたものだが、これを機に全国展開、せめて長野県内浸透を計ってもらいたいものです。まずは公共図書館と学校図書館に常備を。


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2009/11/16

「めぐろ買い物ルールBOOK」と「路上脱出ガイド」

新宿御苑で開かれていたライフスタイルフォーラムに行った。その出展の一つ、東京エコ・コレクションへの応募団体の資料を見ていたら、どこかで見たような代物があった。
めぐろ買い物ルールBOOKの表紙
あ、『路上脱出ガイド・東京23区編』にそっくりだ、と思った。
路上脱出ガイドの表紙

実際には大きさがA6判で中綴じの横書きマニュアルであることともう1つくらいしか共通点はないのだが、似ているを通り越して、製作メンバーに同じ人がいるようにさえ思えた。

だが、その「作り方が同じ」は決して好意的な印象ではない。
すべての漢字にルビを振ってある
じゅうきょをそうしつしていなくとも、こようきかんまんりょうによるやといどめ(こようけいやくのきかんがいちねんみまんであったこと。...ひらがなにしたって難しい!
この『めぐろ買い物ルールBook』も『路上脱出ガイド』と同様、すべての漢字にふりがな(ルビ)がある。前にも書いた通りルビ付きの難しい言葉より、ルビなしの平易な文章の方が好ましい。「適宜見直しを行う」にルビを振るよりは「ときどき見直します」と書く方が素直だ。少なくとも誰に読ませたいかがはっきりする。ちなみに『路上脱出ガイド・東京23区編』の総ルビを見て、あるホームレス経験者は「ホームレスは漢字も読めない小学生以下の人間か」と怒っていた(おまけに彼は見ていないが、初版にはご丁寧にも間違ったルビが振られた箇所があった)。

「文章を分かりやすく」というと、どうしてこうも振りがなを付けたり、交ぜ書きにしたりという手抜きで済まそうとするのだろう。

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2009/10/26

洒落にならない(野武士ジャパンの“お葬式”)

ホームレスワールドカップに出場した日本代表「野武士ジャパン」の応援サイトが表示されなくなっていた。アクセスを試みてびっくり。

nobushijapan.comにアクセスすると「葬儀費用で検索した結果」が表示される

よりによって「葬儀費用で検索した結果」が表示されるとは(これは自動でローテーションしており「リフォームで検索した結果」や「債務整理で検索した結果」も表示された)。

この表示が出るのは、私の知る限り権利が切れてドメイン管理会社が売りに出している場合。

ビッグイシュー日本は以前にもドメインを無効にしてしまったことがある。またやってしまったのだろうか(今でも古いブログ記事には旧ドメインbigissuejapan.comの記載が見られ、クリックすると「笑顔のお姉ちゃん」が"for sale"。善意のリンクを裏切ることがどれほどの悪影響を及ぼしているか会社はどうも分かっていないようだ)。

想定外の人物や団体が取得してサイトを開いたらどうするつもりなのだろう。nobushijapan.comは幸いなことに、まだ第三者が取得することはできない状態。


もしかしたら、経費節減のために大会終了に合わせて店じまいしたのかもしれない。しかし引っ越しの場合だって、移行期間を設けて検索エンジンに新ドメインの情報がいきわたってから旧ドメインを削除すべきもの。寄付してくれた人に会計報告は必要だし、なによりビッグイシュー日本ビッグイシュー基金のサイトからリンクしっぱなし。


ビッグイシュー基金には連絡したが、さてどうなることやら。

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2009/10/25

ホームレスワールドカップ

22日深夜にフジテレビのNONFIXで、9月にミラノで開かれたホームレス・ワールドカップに出場した日本代表「野武士ジャパン」のドキュメンタリーが放送された。

IT研修講座が終わってから出番がなく、ビッグイシュー基金とはご無沙汰気味だったのでビデオに録り、金曜夜にやっと見た。

基金便り(No.48)に「勇気をふりしぼって5年ぶりに帰省、父親と酒を酌み交わし、住民票取得の協力も得られた」とあったのは佐々木さんと判明(番組で名前を出していた)。彼は...悪い人間ではないと思うのだが、不器用というか、社会性を身につけていないというか...「憎めない困ったちゃん」から「避けられるトラブルメーカー」になりかかり、見かねた東京事務所のマネジャーが懇々と説教をし、その場に居合わせたものの私は可哀想に思って見に行かなかったけれど、様子をうかがいに行った人が戻って来て「正座してる〜」と笑い転げているのを見て「ああ、ホントに疎まれちゃってる」とやや同情し、後日マネジャーから事情らしきことを聞いてさらに見る目は少し変わったけれど、なんか自分の悪いところを強調して見せられているような気がして、あまり近づきたくはない存在。

放送された大会中の様子でも、大敗した悔しさからか、試合後に相手チームから求められた握手を振り払ってしまったり、チームメイトに「勝ちに来たのか、負けに来たのか」と迫ったり(どちらも非難囂々)と「佐々木さんぶり全開」にはハラハラさせられる。

でも、きっと成長して戻って来たことでしょう。(1回は振り払ってしまった相手チームへも、出直して握手をして来たし...しかし2月のパーティーの後の出来事もそうだけど「評判を落とすようなことをしてから名誉を回復する行動」って、しないよりはマシだけど誉められたことじゃないよ...ちがうかな?)

そうそう、出発前の交流試合でボロ敗けし、人目も憚らず大泣きしていた様子が映されていた。それだけ(本人としては)真剣だったのだ。見直したぜ。番組を締めくくるナレーションは「彼らは努力が足りなかった。サッカーにも、人生にも」と突き放していたけれど、努力しても及ばなかった人間に対して、あれはちょっと冷淡が過ぎる。少なくとも人前で涙を見せた佐々木さんは悪い人間ではない、と重い鯛。

ちなみに結果は不戦勝2つで、事実上の最下位でした。世界のチームはレベルが高い(年齢が若い/プロチームからのスカウトも狙っているなど)。「点を恵んでもらう」に至っては、ありがたいやら情けないやら(正論としては手を抜かずに徹底的にやるのがスポーツマンシップではあるが、ホームレスが叩かれ弱いことへの配慮だったかもしれない)。

そういえば番組では選手は基本「さん」付けで呼ばれていたな。身障者のスポーツ大会を取り上げた新聞記事で、さん付けで書かれているうちはスポーツ記事ではなくて三面記事と喝破した人がいたっけ。実際、社会復帰訓練の一環ではある。しかし、いつか「スポーツ大会」として認められる日が来ることを願おう(そのとき社会復帰はどこが担うんだ?)。

ところで、寄付は足りたのかな?

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2009/10/12

やっと血小板を提供

前回、献血ルームの人と相談し、血小板献血の可能性の高い日時として選んだ連休最終日の午前。見事に的中し、念願の血小板提供となりました。もし今日もダメだったら河岸をかえようと思っていたのでひとまず安堵。

血小板は2週間あければ次が可能だけれど、年間12回と言う制限がある(血小板を2回と数え、血漿と合わせて年に24回まで)。調子に乗って2週間ごとに献血していると、突然長期の休止期間を設けられる訳。

というわけで次回は11月23日の午前に予約。

常連の特権?で、待合室にビッグイシュー日本版を寄贈させてもらっています。今回は購入方法の案内を挟まなかったところ、なんと基金通信に購入先である下谷さんが紹介されていた。ちゃんと入手したらすぐ読まないといけませんね。

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2009/08/24

野武士ジャパンへカンパ

「ホームレス・サッカーワールドカップ」ミラノ大会に日本代表野武士ジャパンが出る。excite.ニュースに記事が載り、mixiにも転載されたのだが、ストリート・ペーパーの国際組織が主催し、欧州サッカー連盟も協賛するまっとうな大会で、日本からはビッグイシュー日本の販売者が出場するという肝心な部分が欠落しているため、「野武士? 乞食だろ」「落ち武者www」「そんなことしてないで働け」とさんざんな言われよう。

幸いにも朝日新聞大阪日日新聞の記事ではその辺が触れられている。

ちなみに、ホームレス状態の人をサッカー大会に出場させると、目論見通り次のような変化が起きるという(調査対象のケープタウン大会に日本代表は出場していない)。


2006年のケープタウン(南アフリカ)大会に参加した選手への聞き取り調査結果:92%…生きる新たな意欲がわいた/78%…麻薬やアルコール依存症を克服したり仕事についた、学校に戻った、家族との絆を取り戻したなど人生が良い方向に変った。


さて、出場が決まっているのだから最低限の費用は確保したのだろうが、陰から「がんばれよ」と声援するだけなのも能がないので寄付をしよう。

三菱東京UFJ銀行 新宿支店
ビッグイシュー基金サッカー
口座番号6512659

しかし野武士と聞くと、反射的に思い起こすのは「七人の侍」である。とすると振込人名はやはり「久蔵」だろうか。その心は...背中を撃たれる ってのは不穏?

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2009/07/10

身体を張ったビッグイシュー宣伝

雑誌「ビッグイシュー日本版」はホームレス状態にある人だけが売ることができる。競合は他の雑誌や娯楽(販売地域の調整があるので他の販売者は直接の競合はしない)。独占販売に加え、47%という破格の卸値(ただし買い取り制)で路上生活からの脱出を応援する。「まっとうな商売で努力して稼げ。」

創刊以来5年、当初に比べれば知名度は上がったが、まだまだ知らない人は多いし、特殊な販売方法が災いしてか、名前は知っていてもどんな雑誌か知らない人も多い。中には趣旨を知らず、怪しげな宗教誌などと誤解している人もいる。

というわけで、販売サポートチームの要請に呼応して、ただいま独立義勇軍は見本誌(現物)配布に力を入れている。旧知のダイニングバーには見本誌を置かせてもらった。先日開かれた中学の合同クラス会では近況報告代わりに笑福亭鶴瓶が表紙の121号を配りもした。

さらに素面でCSRとか社会貢献とかが好きそうな人間が集まる場として献血ルームに着目した。さっそく日赤へメール。しかし完全に黙殺された。そこで直接献血ルームに乗り込んで交渉して来た。もちろん素知らぬ顔で、まずは一般の献血者として血液を提供。それからおもむろに切り出す。

たとえ余剰気味の血液型であっても(血小板にもABO式血液型はあるの?)、現場では下にも置かない扱いを受ける。内心どう思われているかは分からないが、献血手帳は葵の印籠。申し出に対して「お断りします」とは言いにくいのを承知の上。

個人的には、こういう優越的地位の濫用はしない主義だ。潔癖を通して、何度も美味しい思いをする機会を逃して来た。そうなると安っぽい妥協をして、最長不倒記録の更新を止めるのが惜しくなり、ますます厳格に。しかし、これは個人的な利害は無関係だ。名分が立てば阿漕なことでも平気でできるのが人間(別にビッグイシューを勧めるのが阿漕という訳ではないが)。というわけで、言葉は控えめに、それでいて「ねぇ、献血事業にこれだけ協力してるんだからさぁ」と言外に匂わせてお願いしてみた(表向きは寄贈の申し出)。

すると、世間で優越的地位の濫用が止まらない理由がよく分かった。あっさり了解された上に、「目立つところに置いておきましょう」と。次の号も持ってきますからよろしくと言って帰って来た。こんなに簡単に通るなら、今度は女医さんを口説いてみようかな(ぉぃ)。

血を提供して要求を通したのはこれが2度目。生化若手の会関東支部年長組の三品裕司博士が夏の学校で講演をする準備をしていた時のこと。献血を勧める酒井法子のポスターを素材としてほしいと言うので同じ方法で手に入れた。あの時は400mlだっただろうか(要求が通りやすいように奮発した)。

今回は成分献血。これは欲しい成分だけとって需要の少ない赤血球などは戻してくれるもので、提供側の負担は軽いが針が太い。成分献血が始まったばかりの頃に、血管に刺した瞬間に血が20cmほど飛んで、危うく襟に血痕がつきそうになったことがある(数cmの差で広げていたタオルがキャッチ)。「血染めの服を着ていたら職質を受けるだろうし、それで腕に注射痕があったら怪し過ぎて連行される」と文句を言ったものだ。

内出血している採血の痕

今回、血は飛ばなかったものの、内出血をしたらしくしばらく蒼くなっていた(普通こうはならない)。まぁ、勲章みたいなものですな。

さて、20日の予約をするか。2週間にいっぺんって、ちょうど雑誌の発行ベースと同じ。

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2009/06/27

同窓会でビッグイシューを配る(1)

趣旨文が間に合わないので、とりあえずリンク一覧を載せておきます。

公式情報

有限会社ビッグイシュー日本(発行元) http://www.bigissue.jp/latest/index.html

NPO法人ビッグイシュー基金
http://www.bigissue.or.jp/

メール販売
http://www.bigissue.or.jp/order/

IT研修について
http://www.bigissue.or.jp/activity/info_090125.html
http://blog.4en.jp/bigissue/1/article/55/ (細川執筆)
http://blog.4en.jp/bigissue/1/article/74/ (細川執筆)

非公式情報

非公式情報の中に、メール販売のショートカットへの入り口があるとかないとか。

ビッグイシューについて
http://www.geocities.jp/kushidasite/the_big_issue/big_issue.htm

IT研修について
http://ashes.way-nifty.com/bcad/2009/02/it-b772.html (細川執筆)

メール販売について
http://d.hatena.ne.jp/konekoshyoji-kanariya/20090303/p1
http://ashes.way-nifty.com/bcad/2009/03/post-b6b3.html (細川執筆)

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2009/06/22

唐茄子屋政談とビッグイシュー

土曜日は神田の割烹「なにわ」で落語を聴いて来た。演目は「子ほめ」「青菜」「悋気の独楽」「唐茄子屋」。

最後の「唐茄子屋」、正確には「唐茄子屋政談」なのだが、長い話で政談(裁判)まで演らないから「政談」を省くらしい。

道楽が過ぎて勘当された大店の若旦那(正確には以後「元若旦那」だが「若旦那」で通す)。「米の飯とお天道様は付いて来る」と呑気に構えていたが、金の切れ目が縁の切れ目、頼りにしていた遊び仲間から見放され、あっという間に路上生活。空腹と絶望感から身投げを図ったところを通りがかった男に止められる。それが偶然にも叔父さんで、「お前と分かっていたら止めなかった。早く飛び込め」と突き放されるが泣きついて、という話。wikipediaよりは落語逍遊録に載っている紹介の方が分かりやすい。

で、仕事をして来いと渡されたのがカゴと天秤棒と唐茄子(カボチャ)。稼ぐことの大変さとありがたみを実感させて性根を直そうという叔父心。ところが生まれてこの方箸より重たいものを持ったことがない若旦那、唐茄子の重さと炎暑でふらふらになり、途中で転んで「人殺しぃ」なんて泣き叫ぶ。それを聞いて駆け寄って来た男が侠気のある人で、事情を聞くと近所の連中を呼び集めてカボチャを売ってくれる。

その頼み方がいい。「荷が重くて可哀想だから少し軽くしてやってくれ」。斜に構えた男が「そいつから唐茄子を買う義理なんかない」と言えば、「こいつ(=若旦那)に義理はないだろうが、間に入った俺が頼んでいるんだ」と凄む。男が渋々金を出し「唐茄子はいらない」と行こうとすると「誰が恵んでくれって頼んだ」とカボチャを持たせる。(ここで「いらないと言ってたくせに、大きいのを選ってやがる」とくるから客は笑って緊張がほぐれる)

時間の都合で、礼を言う若旦那が「本気で怒ってくれる叔父さんの言うことを聞けよ」と諭されたところで終わりとなった。顧みれば、他人のために本気で怒ることなど絶えて久しい。「後は本人次第」と突き放してしまうのだ。体のいい責任回避かなぁ。そのくせ、まるっきり無関心という訳ではなく、中途半端に怒るから始末に悪い>自分

この日は午前中に聖橋へ行ってビッグイシュー日本版を買って来た。最新号の表紙が笑福亭鶴瓶なので落語の後の懇親会で使えるかなと思って(結局、福引きの景品にはせず、席亭に「現代の唐茄子です」と差し上げて来た)。聖橋の販売者、小西さんはTokyo FMに出演したこともあり、IT研修の修了生でメール販売をやっている。買った雑誌に挟もうと思って「メール販売宣伝用の名刺もちょうだい」というと「持っていない」という(ぉぃ、制作費が割高な名刺をもらうつもりだから2冊買ったんだぞ)。さらに話している最中にお客さんが現れ、言葉を交わした後に名前を聞かれていたので「じゃあ、普通の名刺をお渡しして」と勧めると「コインロッカーに入れたまま」だと。営業ツールを販売現場に持って来ないでどうする! 思わず説教モードに切り替わり。しかし彼はプレッシャーに弱いタイプ。おそらくパニック10秒前といった状態で、私の言ったことの半分は頭上を通過して行ってしまったことだろう。ただただ怒られたということしか残らなかったかもしれない。可哀想なことをした。

ここを読むかもしれないので再掲しておくと、普通のチラシであれば100枚配って注文が1件あれば上出来中の上出来、ビッグイシューを買ってくれた人の場合はもう少し高い関心を期待できるが、買いに来られる人はメールで注文はしない。だからメール販売の売り上げを増やすにはとにかく説明名刺を配って配って配るしかない。いまから配っておけば夏休みにも帰省先から注文してもらえるかもしれないし、故郷で「こういう雑誌があって、メールで注文できる」と広めてもらえば販売者のいない地域の人から注文が来るかもしれない。(もちろん説教はお客様が帰られてから)

閑話休題。若旦那に代わって唐茄子を売ってくれた男、決して甘やかしているのではない。恵んでやってくれと言ってるんじゃない、買ってやってくれと頼んでいるんだというところなど、ビッグイシューを応援している気持ちとぴったり重なる。もちろんビッグイシューの販売者は道楽が過ぎて勘当された人(ばかり)ではないし、高度経済成長を支えた産業戦士も多数いる。だから単純に重ねて論じれば顰蹙をかうだろう。大事なのは、この世話焼きの兄い(20年前にやはり勘当同然で逐電したことがあるというので厄そこそこ←用法が少々おかしいが、これは先に聴いた「子ほめ」の影響か?)の侠気。困ったらまた来いといい、若旦那が「明日来ます」というと、それは早いと慌てる辺りがリアリティ。余裕があっての援助ではないのだ。余裕があっても毎日毎日唐茄子を食うわけにはいかない(ビッグイシュー読者の間でも「同じ号を複数冊買うことの是非」は結論の出ない問題)。まして勘当された若旦那が二人三人と続けて唐茄子を担いで来たら堪らない。ただ、逆にいえば地域で一人くらいなら面倒を見られる。そういう人がいたらいいなぁという願望の結晶かもしれないが、到達可能な理想像と定めてこの侠気を実践してみるのも悪くない。なにより名前がなく、後に若旦那が奉行から褒美をもらう段になっても再登場はしない(らしい)というところが市井の義人らしくて良い。

問題は、若旦那の場合は勘当が解けるという救済が用意されているが、ビッグイシュー販売者にはそんなものはないこと。これも時おり議論に上がる。ビッグイシュー販売者と言うのは過渡的な存在であるべきであり、一生の仕事にしてはいけないという人がいる一方で、現実にはこれが終の仕事になる可能性の高い人がいる。「卒業」を全員の共通目標にすべきなのか、それともパーマネントジョブの一つとして確立させても良いのだろうか。

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2009/05/21

地方都市こそメール販売?

ビッグイシューのメール販売を取り上げたエントリーにコメントをいただいた。

私は基本的にコメントにコメントでは応答しない。誤りの指摘や価値ある情報の付加であればエントリーに反映させてお礼をするけれど、spamコメントであれば通報のうえ削除し、そうでなければ価値を認めないコメントも手つかずで残している。

そして誰が見ても愚劣なものなら晒しものにして他山の石に、叩く必要があるものは別途エントリーを建てて、というのが基本方針。とはいえ、修練中なので口汚い痛罵を並べるエントリーは自制している。それでここで取り上げるコメントがついたエントリーには、もう一つ、これは不快なコメントが付いているが、ヤブ蚊を潰すにロケット弾は使わず、で放置していた。良い機会だから片付けておこう。ビッグイシューの購入は寄付じゃねーぞ、○○○○(←お好みの四文字言葉をどうぞ)。

いかんいかん、単なる黙殺ではなく軽蔑をもって黙殺することを身につけなければ。

閑話休題。

件のエントリーは、電子メールで注文を受けて雑誌ビッグイシューを販売する「メール販売」の仕組みを紹介したもの。後日「補足」で説明したように、公式サイトの説明では不十分だという不満から執筆したものなので、公に書けることは書き尽くしている。それに対して経緯を知っていたら教えてと言われても、これ以上、何をお知りになりたいの?としか返せない。

もっともこういう場合、得てして「敵は本能寺にあり」であることが多い。

「倒れる時も前向きに」を座右の銘候補にしている身としては、良い方向へ話を進めたい。そう思いながら、とりあえず基金にメールを送り、地方の協力者と意思疎通をもっと良くすることを進言してからカップ麺に湯を注ぎ、しばし黙考。

そうだ、この人は広島でもメール販売をしたいのではないだろうか? 考えてみれば、メール販売は機会損失の三重奏が響き渡る地方都市でこそ有効な方法だ。


  1. 販売者が少ない
  2. 人口密度が低い
  3. 交通手段として自家用車がよく使われる

一人の販売者に500人の購読者が付けばアパート入居が可能になる(手取り16万円は、無保険無年金かつ税金未納であることを差し引いても、まず人並みの所得)。広島市は100万都市であり、周辺市町村を含めれば潜在購読者は多数いて、路上脱出支援力はかなりある。しかし何度も書くが雑誌ビッグイシューは路上で販売者と遭遇できなければ買えないのだ。メール販売はその隙間を埋められる。前世紀であればアクセスポイントの少ない地方都市では電子メールを使うのは大変だった。いまでは携帯電話というものがある。

また東京でやっている大掛かりなシステムは戦艦大和の観を呈している。もっと簡便なシステムも可能だと思う。

パソコンを用意できない...携帯電話を使う
顧客個人情報の管理が難しい...営業所止置きサービスを利用すれば住所を知る必要がなくなる
専従の管理者をおくのが難しい...ボランティアグループが協同で管理

もちろん細かいところは実際に即して詰めなければならない。解決する意欲のないものは障害を数限りなく枚挙するけれど、意欲と能力のあるものが臨めば解決は難しくない。東京のメール販売が安定したら(出向くのは無理としても)実現に向けた協力は可能、と表明しておこう。広島以外であっても。

あと、路上生活者=デジタルデバイド/教育からの疎外、と思い込んでいる人も多いと思うが、たしかにそういう例は多いものの、明らかに該当しない人もいるし、派遣切りのあおりを受けた人たちは(社会教育からは疎外されていてサラ金の恐ろしさを知らないなど危うさがあるけれども)携帯電話くらいはなんとか使える。この辺の変化を見落としているのではないだろうか。私が例外的存在しか知らない、という面はあるにしても。

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2009/05/06

検索3位なのに

「ビッグイシュー日本版」に載っている「ビッグイシュー基金通信」(広告扱い)でメール販売が3回にわたって紹介されている。そこに、詳細は「ビッグイシュー メール販売」で検索、とあるのでやってみた。

google で1位はボランティアのブログ。2位が本家で、3位が当ブログの記事。

しかしながら当ブログは3位なのに、検索ワードを調べても「ビッグイシュー」こそ17位に入っているが、「メール販売」は35位。如何に検索されていないかがうかがわれる。

改めてテクノラティなどで調べても、「ビッグイシュー "メール販売"」でヒットするエントリーはきわめて少ない。

検索にヒットしないということは、ネット上では存在しないも同然なのだ。

あろうことか本家は「まず販売者から名刺を受け取って」という、今時どーよ的な展開を図っており、支援者の間には少数ながら疑問の声があがっている。(該当する販売者は都内に6人しかいない)

未販売地域は路上の販売者と競合しない大きくて有望な市場なのだから開拓しない手はない。

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2009/05/03

「路上脱出ガイド」発行を見守って(3)

3月に開かれた「路上脱出ガイド」(東京版)作成実行委員会ミーティングに出席した。と言っても議決権がある訳ではなく、まぁ「ご意見拝聴」される立場。そうそうたる顔ぶれの支援団体の前では実務未経験者は分が悪い。とはいえ、言うべきことは言わなければならない。

第1回のメモ

2日の「路上脱出ガイド(東京版)」作成実行委員会に参加された皆さん、および参加はしなかったけれど関心をお持ちの皆さん。

根本さんが叩き台となるドラフトを作成してくださっていたため、話を非常に具体的に進めことができました。次回はもう微修正ですので、気付いた点を提出します(当日提起分と一部重複)。

想定読者は路上生活のドシロート
想定読者は路上生活者と、路上には出ていないがネットカフェなどに寝泊まりしている一歩手前の人たちとなったと記憶します(したがって行政の諸施策紹介の中でも住所の存在を前提としたものは省く)。ところがそう決まった後でも、話が微妙に噛み合わない。

現在炊き出しを行っている人たちの念頭にあるのは、路上で生き延びた人たちのように思えます。しかし、雇用危機の中で新たに路上に出てくる人たちはちがうでしょう。路上生活のイロハも知らない、路上ネットワークから疎外されていて、意欲をなくした援助依存と噂に右往左往の両極端を往復するドシロート衆。運動体側は今までの路上生活者観をいったん脇に置く必要があるのではないでしょうか。

読者のペルソナ(象徴的読者モデル)を思い浮かべながら作ってください。変幻自在な「ゴムの読者」は混乱の元です。少なくともどういう人物が、どういう状況で手に取るかとミスマッチがあっては価値が半減します。

ネットカフェ/路上脱出のモデルケースをいくつか用意する
自分の状況を把握し、次に何をすればよいかを理解すれば問題解決は容易になります。コース分けすることで、情報が多すぎて混乱することも防げます。(フローチャートの話も出ましたね)
タイトル案「まともな生活に戻るために」
ネットカフェやビデオ鑑賞室で窮屈な思いをしながら寝ていても「ホームレスじゃない」と思いたがるのが人の性。かといって「ホームレスにならないために」や「路上生活転落予防」なんてすると路上側が絶望してしまう。屋根の下、畳の上でゆったりと寝るのは贅沢ではなく基本的な権利。ということで目標は「まともな生活」はいかがでしょうか(「人間的」と書いて「まとも」とルビを振ってもよい)。頭に「仕事をなくした人が」と付けた方が分かりやすい?
サブタイトルは「東京23区公式情報編」
大阪編に感じた不満の一つは、ほとんど全編が「してあげる」(路上生活者からすると「してもらう」)情報という点ですが、それはそれで一つの編集方針です。でも、それならばそう銘打つべき。(「野宿の知恵」と見られたくないのならなおさら)
自殺防止の観点を取り入れる
職を失い、人とのつながりが切れ、住むところすら失えば誰でも抑うつ的になるでしょう。自殺に走る危険が高くなると考えられます。ただし自殺問題では、素人が善かれと思ってしたことが逆効果ということがよくあるようなので、必ず専門家の意見を聞いてください。

なお、社会的な自殺という問題もあります。2日の朝日歌壇には「不景気の世に獄中の囚徒らが羨ましきと言う人のあり」という短歌が選ばれています。「刑務所に入りたくて」と犯罪に走る短絡反応(下関駅放火事件など)もなんとか予防したいもの。2-3年のつもりが無期懲役となってから慌てても遅い。ちなみに、先の短歌の作者(郷隼人)はUSAで84年から終身刑に服しているとのこと。

闇仕事に巻き込まれることを防ぐ
人の弱みに付け込んで、危ない仕事を持ちかける手合いは必ずいます。社会から弾かれたと感じていると、復讐とまでいかなくても、規範に対して鈍感になりがちです。振り込め詐欺や違法薬物の運搬、あるいは誘拐や強盗の片棒担ぎになりやすい。「失うべきものはまだある」ということを自覚してもらいましょう。犯罪グループはきっと狙っているし、おそらく警察もそういう目で見ているでしょう。事件がキッカケで福祉的な対応が治安的な対策に変われば、自助的なグループを破壊して施設へ分散収容といういやな展開になる可能性も。
団体情報をもっと盛り込む
炊き出し議論の際に提言しましたが、炊き出しの規模や実施団体の趣旨などを書くべきです。(中略)できるだけ詳しい記載を希望。苦労があるならそれも公開する。食べる側も近隣も表面だけ見て誤解することはあるのですから。
表記の統一など
12時制と24時制混在は、時刻を勘違いする人はいないでしょうが、みっともない(いかにも情報の寄せ集めみたい)。まして「午後3:00~17:00 」となると。 用字用語もできるだけ統一しましょう(ワードプロセッサを使うとかなりそろえられますし、この点は作業を引き受けてもようございます)。 ところで「大阪編」と「東京版」で良いのでしょうか?
固有名詞は表記に注意
「もやい」「てのはし」などの団体名は、知らない人は認識しづらい。「NPO法人自立生活サポートセンターもやいのホームベージ」なんて、ほぼ確実に「弁慶仮名」に読まれます(センターも、やいの)。「」でくくるとかフォントを変えるとかの工夫を。


メーリングリストでの補足1


補足です。

1.早く出すことが大切
2.努力はするが、初めから完全なものは目指さない

ですから、よほど妙なことにならない限り、協力は惜しみません。

メーリングリストでの補足2

ドラフトですから、細かい不体裁はあって当然です。細かいところはキッチリしているけど大枠がずれている、という方が困ります。

ただ「これはドラフト」「まだβ版」なんて意識でいると、最終版になって「ぎゃあ〜」ということがままありますので。

たとえば18ページの「ホームレス」は他のページと響きが違っています。パッチワークでは往々にして起きる現象に見えます。こういうのは潰しておかないと、読み手に意識化されない不快感を与えかねません。全体のトーンに気を配る編集長が必要な由縁。

あと、対外的に責任を負うのは誰なのか。言い換えれば、何かあった時に頭を下げるのは誰なのかははっきりしておきたいですね。頭を下げる(場合によっては丸める)人の意見が最終的には尊重される。だから私は自説に固執はしません。...方針不明確な空き地があったら、囲い込んで旗を立てちゃうかもしれませんが。

お役所言葉の扱い 他の提案(3月11日)

さて3つ提言します。1つは繰り返し、2つは新規。

お役所言葉、運動用語は本文に使わない
こういうガイドを初めて手にした人がまず戸惑うのは、日常生活ではお目にかからない用語ではないでしょうか。 東京版はトーンの異なる各ソースからの切り貼りではなく、全面的にリライトされると期待していますが、行政用語・運動用語は日常平易な言葉に置き換えることを(再度)提案します。

「違和感を覚えた」という薄弱な根拠で候補を列挙すれば、


支援団体

炊き出しの一覧の項目にあったが、これは普通なら「主催団体」「実施団体」。

カンパン

乾パンの方が一般的ではないか? Yahoo!で検索するとスポンサーサイトは上位3つまでが「肝斑」関連。

住所地番

これも不動産取引でもしない限りお目にかからないのでは? 実際問題としても「住居表示」が正しいことが多いし。

救急搬送

宿所

字を見れば意味は分かるけれど、「宿泊場所」と言ってはいけないのでしょうか?

自立することが見込まれるとされた

コピー&ペーストするだけでイライラしてきます。

常用雇用

意味不明、というより誤解を招く。ある市役所の助成金交付条件では「期間の定めのない労働者又は一年以上の雇用が見込まれ、かつ、1週間の所定労働時間が30時間以上の労働者」と定義されています。正社員をイメージすると大間違い。

一定の所得以下

「収入」と「所得」は明確に異なるものですが(特に税法上。申告書を書いた人は分かりますね)、ビッグイシューの説明では混同されています(×「160円が収入になります」 △「160円が所得になります」←諸経費を控除できるので実際は150円くらい)から、ここで「所得」という言葉を出すことには賛成できません。

参考:大阪編に見られたムズカシイ用語
  • 行旅病人
  • 短期間の掩護 ※「援護」とあったのに書き写す際に誤った
  • 各種生活面の援助 (個々の言葉は簡単でも組合わさると意味不明になる例)
  • 自立促進
  • 多重債務
また、必ずしもお役所言葉とは言えませんが、わざわざ固い言い回しにしなくても、と思えたのが
  • 入院の場合は、必要な諸経費については
    言い換え例「入院する場合も、必要な費用は」
    入院する場合、入院費とは別にいろいろ(寝間着、箸、湯呑み、歯ブラシなど)と必要になりますが、その費用も出してもらえるのでしょうか?
  • 直近6ヶ月
    言い換え例「それまでの半年間」
  • 現時点で住居(自己保有・賃貸等)がない
    言い換え例「いま住む所がない方」
  • 退去を余儀なくされた
    言い換え例「追い出された」「退去させられた」
  • 住居入居初期費用などの必要な資金
    言い換え例「アパートなどを借りるのに必要なお金」
  • 生計の維持が困難になった
    言い換え例「お金がなくて生活できなくなった」
  • 融資
    言い換え例「貸す」「貸し付け」
その他、どうも引っかかる言い回し
  • 炊き出しを活用し、自立につなげましょう
    炊き出しは死なないための緊急手段で、自立とは別の話でしょう。
  • 面談で相談
    「常用雇用」もそうですが、同じ字が繰り返さるとチカチカっとします。
参考:大阪編に見られた不可解構文
「大阪市内の住居のない人のうち、短期間の援護を必要とする人たちを一時的に受け入れることによって心身のリフレッシュの場を提供し、あわせて3食と入浴が可能です。」(※ここも正しく「援護」とあったのに書き写す際に誤った 神戸在住ですが該当しますか?という突っ込みはさておき、「あわせて」以降は別の文にすべき。またこの文もケアセンターの目的を述べているのに、その後の文でまた「目的としています」と来ると「心身のリフレッシュの場を提供」はなんなの?と聞きたくなります。


その他引っかかった用語


  • ダイヤル回線から

    プッシュ回線との判別法を知っている人は少ないのでは? 「ダイヤル式電話」が無難。

  • 正職員への就職

    東京都が採用してくれるように読めてしまう。

明らかに誤字
(略)


お役所言葉の解説を載せる

とはいえ、現実には窓口などでお役所言葉に遭遇します。そこで用語解説掲載を提案します。お役所言葉・難解語かの判定方法としては次の指標が考えられます。若い販売者に聞いてみるのも実態に即した選択に有効でしょう。

  • 国語辞典にその意味が載っているか
  • 『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(http://www.kotonoha.gr.jp/demo/)で、「白書」<「Yahoo!知恵袋」となっているか
ネットには流出するものと覚悟する
(注:ネット公開に関する)牧歌的な議論がありましたが、良いものができればお節介な人が必ずアップします。というか、それくらいのものを目指さなければいけません。駅のポスターは盗まれることが人気のバロメーターなのと同じです。 積極的に載せることはしないとしても、ネットに載せられることを想定しておきましょう。たとえば、各ページのヘッダかフッタとして名前とバージョン(発行日)を入れるなど。


補足


運動体側は今までの路上生活者観をいったん脇に置く必要があるのではないでしょうか。 この台詞を面と向かって言えたら自分に褒美を出していた。orz

できばえがどんなであれ責任を問われることがない反面、どれほど重要に思えることでも同意を得られなければ反映されないもどかしさ。「ならば自分で作る」というのはいたずらにリソースを分散させるだけで、ためにならない。主導権奪取を画策すれば発行遅延というもっとも避けなければならない事態を招来しかねない。今回もまた支援者の限界を痛感した。

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2009/05/02

「路上脱出ガイド」発行を見守って(2)

話は前後するが、『路上脱出ガイド(大阪編)』への感想。これは2月に投稿したもの。

『路上脱出ガイド(大阪編)』への感想

「路上脱出ガイド」大阪編を見ました。

基本である公的支援等について、よくまとまっていると思いました。

反面、少々物足りない思いもしました。「ホームレス状態は解消すべきもの」という建前が勝っていると言いましょうか。

路上生活者にとって大切な情報は2つあると思います。
1.公的な支援制度、民間支援の情報
2.とりあえず生き延びる術

1.を知らないばかりに、しなくてもよい路上生活に陥る人がいることを考えれば、これは重要です。しかしたとえば、シェルターの説明に「整理券を受け取れなかった場合は、利用することはできません。」とありますが、利用できなくなったら路上で寝るしかない訳です。それに対するフォローがない。そこで2.の重要性が浮かび上がります。たとえば段ボールハウスの作り方とか新聞紙を使った防寒法とか。

それは路上生活に限ったノウハウではありません。たとえば大地震にあって家へ帰れなくなった時に役立ちます。避難所でのルールと「寝場所」の掟は重なるところが多いはず。それらを統合して「路上脱出ガイド」ではなくて「東京サバイバルガイド」とすると


  • 自分はホームレスではないと思っている「一歩手前の人たち」も手に取って読む ★とても重要

  • 防災用に有償配布が可能

  • 面倒見の良い街の篤志家が活用可能

  • 防災関係者からのノウハウ提供


といった効果も期待できると思います。


また、「路上生活の法律知識」も必要でしょう。何が違法であるか、あるいは何が嫌われるかを知らないままに検挙されたり追い立てをくらったりする路上新参者が多く出ることが予想されます。果ては振り込め詐欺団の出し子等に雇われてしまうとか。「あちら側」に転落する人が増えれば、警察も犯罪予備軍との見方を強めて来るでしょう。そうなると厄介。

というわけで、こんな内容は如何でしょう。
○住む家をなくしたときの基礎知識 ←防災っぽく
1.無事に朝を迎えるために
2.荷物はこうして選べ
3.近隣トラブルを避けるために
4.援助のスマートな受け方
○相談窓口一覧
1.生活扶助のための公的支援制度
2.利用できる公的機関
3.民間援助団体とその活動
○路上生活の法律知識 それは違法行為です
○路上からの脱出ロードマップ

小冊子だからホームレスにフォーカスすべきとの意見は出るでしょうが、より広い人たちに見てもらうことが重要だと考えます。

解説

実はこの時期、東京版の編集を巡っては関係者の間で面倒な議論が起きていたらしい。伝聞なので詳細は分からないが、放置すればろくでもない結果になりそうに思えた。そこで遠回しな応援として投稿した。ちなみに完成したものを見ると、その「なんだそれ?」と思えた部分は良い方向で解決されていた。

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「路上脱出ガイド」発行を見守って(1)

先月20日に発行された「路上脱出ガイド(東京23区編)」の編集会議があると聞いて3月初めに提出したメモ。この前の部分には「どの程度まで話が固まっているか分かりませんが」と言い訳がしてある。

路上脱出ガイド(東京編)に向けてのメモ

想定読者は誰か?
想定読者の違いは編集方針に大きな影響を与えます。
  • すでに住居をなくして路上で生活している人(路上生活者)
  • 崖っぷちではあるが、路上には出ていない人(一歩手前)
どちらが重要か?
路上に出てしまってからでは困難さが桁違いですから、「一歩手前」の人に焦点を合わせることが大切だと考えます。
  • 労働者の権利(期間中の派遣契約取り消しの違法性など)
  • 借家人の権利(違法な追い立てへの対抗手段)
  • 借金の基礎知識
  • 使える制度・施設
  • 民間を含めた相談窓口一覧

「一歩手前」の人たちはおそらく「自分はホームレスじゃない」というプライドがあるでしょう。また持っていることで仲間から「おお、とうとうホームレスか」とからかわれると思えば、関心があっても手を出さないでしょう。タイトルなどに工夫が必要。むろん、「格好つけてる場合じゃないだろう!」とドギツく出るのも選択肢としてはありですが。

路上脱出ガイドの場合
すでに路上に出ている人の方が深刻度が大きいので、そちらに焦点を当てた「路上脱出ガイド」にするというのであれば、徹底的にテクニカルなサバイバルガイドにすることを提案します。第一章はとにかく死なないための方法。なんらかの理由で公的な支援を受けられない場合の自助努力(野宿の仕方など)についても解説する。また建前に終始せず、本音の情報(「○○は役に立たないから使わない方が良い」など)を提供することで価値を出せます。行政を敵に回さないよう表現には注意しつつ。
  • 住む家をなくしたときの基礎知識
    1. 無事に朝を迎えるために
    2. 荷物はこうして選べ
    3. 路上生活の不文律
    4. 援助の受け方
  • 相談窓口一覧
    1. 生活扶助のための公的支援制度
    2. 利用できる公的機関
    3. 民間援助団体とその活動
  • 路上生活の法律知識
    1. 路上生活者の権利
    2. 犯罪となる行為
  • 路上からの脱出ロードマップ

販売者の意見も大きく取り入れ、場合によっては原稿料を払って執筆してもらい、「ホームレス生活評論家」としてデビューさせることも視野に。

大阪編への感想
  • すでに路上に出ている人用のガイドに見える。
  • でも、どうやって渡すのだろうか?
  • 炊き出し情報は、日時場所だけでなく「並び方」などのルールもあった方が利用しやすいし、新参者の無思慮な行動で中止に追い込まれる危険も減らせる。
  • ふりがなを付けたのは教育から疎外された人への配慮として好ましい。
  • しかし、それならもう少し易しい言葉遣いにできなかっただろうか(ルビ付きの難しい言葉より、ルビなしの平易な文章の方が読みやすい)。
    例:救急搬送された場合、所持金がなければ無料で(行旅病人として)診察を受け
    →救急車で運ばれれば、お金を持っていなくても病院でみてもらえます。
  • 目的が「活用できるサービスをお知らせする」だからやむを得ないが、非常に他力本願(世俗的な意味で)な感じがする。
  • ビッグイシューの紹介では、所得保証もないことを明記した方が良いと思う(東京編では非常に重要)。

解説

いま読み返してみると、2000年頃から整備されてきたという路上生活者への公的扶助(シェルターなど)をほぼ無視している。無知だけでなく「お役所のすることなんて...」という偏見のせいもあるだろうか。ただ当事者の間に「○○は役に立たないから使わない方が良い」といった噂があることを無視したら、ひいては「ガイド」の信頼性にも影響してきてしまうだろう。

それはともかく、暖冬だったとはいえ、2月は寒さ真っ最中。家を失い、ノウハウもないまま野宿をすれば凍死する危険もあった。そこで「無事に朝を迎えるために」は是非とも入れたい一章だった。

また新参路上生活者の無作法が原因かは分からないが、12年間続いた炊き出しが近隣からの苦情で中止に追い込まれる事態も発生しており、路上生活のルール周知は重要に思えた。

またビッグイシュー販売に所得保証がないことを明記することが「東京編では非常に重要」としたのは、大阪の販売者は個人事業主意識が高いのに、東京の販売者にはサラリーマン意識が抜けない人が多いと聞いていたから。かつて買い取り制で最低保証がない点だけを突いて非難したブロガーがいたが(唾を吐きかけるのももったいない)、誤解は解く努力をしない方も悪い。経験的にいって、まじめにやれば1日に「20-25冊」は売れるのはほぼ確かとはいえ、努力しないでも売れる訳ではないし、「ノルマがない」を曲解するといつまで経っても売り上げは伸びない(自分でノルマを課すようになって一人前)。保身のexcuseはしたくないという誠意の表れだと思うけれど、不利な条件もきちんと言わなければ。

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2009/03/19

メール便でビッグイシューが届いた

雑誌「ビッグイシュー」をメールで注文して届けてもらうことが可能になった。

私自身は販売場所に行くことが可能なので、わざわざ送料を負担して時間もかかるこの「メール販売」を利用するメリットはないけれど、身近に販売場所のない人にとっては、手軽に雑誌を入手する、おそらく唯一の手段になる。

また、代金をこちらで負担して、雑誌を贈ることも容易になった。

ところが2月に始まってすぐに注文したところ、残念ながらとても人様に贈れるような状態では届かなかった。そこでかなり強硬に、険悪な雰囲気になるのもいとわずに改善を申し入れたところ、対応してもらえた。その確認のために送ってもらったのが写真の封筒。

宛名はコンピュータ出力されたラベル

2月中に利用した人なら分かるように、劇的に良くなっている。新旧比較をしたいところだが、改悛して行いを改めた者の旧悪を暴いて嘲笑するのは止めておこう。とにかくとても良くなっている。これなら安心して人に見本として送って購読を勧められる。

手始めに校長をしている旧師に送って図書館年間購読をお願いしてみる。また関心を示しそうな知人数名にも贈って見よう。

今回はTOKYO FMに出演した小西さんの売り上げにしたけれど、ほかの販売者にも注文は回しますからご安心を。ただ、メール販売の売り上げを伸ばすぞ!と意気込んでいる人を優先したい(意気込みを客観的に比較するのは無理だけど)。

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2009/03/02

ビッグイシュー日本版のメール販売

雑誌「ビッグイシュー日本版」は、これまでは路上の販売者からしか買えなかったが、2009年の2月から、電子メールで注文すると宅配されるというシステムが動き出した。

端的にまとめると


  1. 販売者を指名して、注文メールを送る
  2. 入金額が連絡されるので指定口座に振り込む
  3. 発送報告メールが届く
  4. 雑誌が指定場所に届く

実際には、販売者のところに送付先情報が集積しないように、少々複雑な仕組みになっているが、要するに「販売者の××さんからこの号を買いたい」とメールを送って料金を振り込むと宅配便で届けられるという仕組み。今まで購入の機会が事実上無かった未販売地域居住の人も購入できるようになる。

ここに開始に当たってメール販売の案内用に勝手に書いて提出したけれど採用されなかった原稿がある。

ビッグイシュー基金では、ホームレス状態にある方の就業応援のため様々なプロジェクトを推進しています。 今回、日本電気株式会社(NEC)様の協力により、ICTの中心と言える電子メール利用を生活の中で身につけるため、メールでお客様からの注文を受けて雑誌を発送する「メール販売」に取り組みました。4か月間にわたる研修を受けた精鋭6人の販売者が2009年2月から開始します。

「メール販売」は、指名注文を受けた販売者が宅配便で雑誌をお送りするもので、銀行振込された代金のうち160円が販売者に渡ります(300円の号1冊あたり)。日常的にメールをチェックする習慣が身に付き、発送報告という能動的なメール利用ができるようになるだけでなく、従来しばしば指摘を受けてきた販売者とお客様との「すれ違い」解消の一助となることを期待しています。

PCはおろか住む家さえ持たない販売者にどうやってインターネットへのアクセスを保障するか、顧客個人情報はどう扱うか、代金の受け渡しをどうするか...多くの課題を前に手探りで始めたテストケースです。そのため鳴り物入りでの発表は控えました。しかし今回の取り組みが成功すれば、さらに多くのメール販売者が生まれ、さらには販売地域外の方にも雑誌をお届けする途が拓けます。

IT研修修了生の中には、PCは初めてというチャレンジャーもいました。拒否反応を示しても不思議でなかった販売者にとって、メールで注文が届くことはとても励みになります。そして路上での販売と同じように、どうすればより多くの注文をいただけるようになるかなど、それぞれに工夫を重ね始めることでしょう。皆さまの温かいご支援をお願いいたします。

メール販売では、円滑な運営と個人情報を含むプライバシー保護のため、お客様と販売者との直接のやり取りはしません。先に送付先を登録していただいてIDナンバーを発行し、注文はIDナンバーを介して処理します。(後略)

なぜこれが採用されなかったのか。詳しいことは私には分からない。しかし研修が終わり、販売を始めた以上は、それを成功させることが至上命令。成功とは売り上げが伸びて路上生活から脱出すること、それを見た他の販売者たちが「自分もメール販売をやりたい」と言い出して電子メールの使い方を身につけようとすること。

本家は大人の事情があるらしくほとんど宣伝をしていない(まぁ、NPOが営利企業の出す雑誌の販売を大々的に宣伝するのは憚られるのかもしれないが、それにしても注文専用アドレスまで削除してしまうとは...)ので、まずは存在を知ってもらい、使ってもらうことを目的に、ここで勝手に解説する。

購入者にとってのメリット

  • いつでも、どこからでも確実に買える
  • 振込・宅配なのでまとめ買いできる
  • 販売者に対して匿名で購入できる
  • 販売者にエールを送れる
  • プレゼントに使える (←想定していない使い方だと渋られた)

ビッグイシュー販売の最大の欠陥は、販売者と出会えなければ購入できないこと。普通の出版物であれば版元に注文すれば手に入る。ところがビッグイシューの場合は通販に「バックナンバー5冊以上」という制限があり、さらに最新号は路上の販売者からでないと入手できない。津津浦浦に販売者を立たせているなら「路上の販売者から買って」というのも分かる。しかし現在12都道府県でしか売っていないのだ。おまけに販売場所に行ったからといって必ず購入できる訳ではない。その弊害はさんざん進言してきたつもりだが、馬の耳に小便(?)。あまり言いたくはないので小さい字で書くがとても商売をする気があるとは思えない。読者より販売者を優先するのは商業誌として邪道。それが解消される。

ビッグイシューを最近知った人ならばバックナンバーもまとめて買いたいと思うかもしれない。しかし路上販売では在庫が無い場合もあるし、10冊20冊を持ち帰るとなると体積や重量も侮れない。生活圏で販売者と会える場合でさえこうである。出張などで「たまたま」販売者に出会えても、後ろ髪を引かれる思いで1冊だけというケースは多いと思う。多少時間がかかるとはいえ、家まで届けてもらえるなら気楽に注文できる。

また意外と多いのが「敷居が高くて買えない」という声。すでに購入している人は忘れてしまったかもしれないが、思い出してほしい。自分が最初にビッグイシューを買ったときのことを。私は購入する前に3度は横目で見ながら通り過ぎた。2ちゃんねるにはこんな弱気の書き込みがある(下線は引用者による)。


248 :匿名希望さん:04/03/17 13:09
高田馬場のロータリーで見かけた。
一生懸命そうだった。
けど、近づきがたかった。

319 :匿名希望さん:04/08/31 08:20
かなり前の、話ですが、銀座のど真ん中で、売っているのを見ました!ですが、近寄りがたかったので、買いませんでした。

344 :匿名希望さん:05/01/02 01:22:51
最新号中野で買いました。ブルーナさん好きだし興味あったので思い切って購入!

407 :匿名希望さん:2007/01/25(木) 16:57:35
読んでみたいが買いづらい

408 :匿名希望さん:2007/01/31(水) 19:09:32
200円出して「ください」って言えば良いんだよ。

410 :匿名希望さん:2007/02/18(日) 20:02:11
目黒駅で売ってるおじさんが頑張ってるので買いたいが、
勇気がない・・・。

あの頑張ってる姿を見ると涙がでそうになる(´Д⊂

411 :匿名希望さん:2007/02/18(日) 23:50:36
なんで勇気がいるの?
前の人が言っているみたいに
ください というだけなのに

478 :匿名希望さん:2009/01/03(土) 20:03:55
ホームレスの人にこえかける勇気がなくて買うことができません・・
英語版は売ってないんですか?青学とかに売れば?

479 :匿名希望さん:2009/01/03(土) 21:00:34
>>478
なんてことないよ
気さくにありがとうございます!って応答してくれるよ
ちゃんとしてる人じゃないと販売できないから
安心して買ってあげてください

480 :匿名希望さん:2009/01/05(月) 23:05:17
買って「あげる」ではなく
「買う」んだよ
それだけの値打ちはあるよ
東洋経済とまではいかなくても
下手な週刊誌よりはずっといい


メール販売であれば、顔を合わすことなく購入できる。イニシエーションをしてまで読みたい人ばかりではないのだ。ちなみに販売者は送り先を知らないシステム。なお、建前上は販売者からメール販売の案内付き名刺をもらってから始まることになっているが、別に見ず知らずの販売者からでも購入できる(指名は必須)。

注文時に販売者へのメッセージを付けることができる。販売者にその気があれば、発送報告と一緒に返事がもらえる。

購入者にとってのデメリット

  • 直接買うのに比べると高い(送料・振込手数料)
  • 事前に氏名・送付先を登録する必要がある(但し、その情報に販売者はアクセスできない)
  • 注文してから届くまで時間がかかる
  • 販売者の顔を見たり話したりできない

販売者から対面で買うことが可能な人はそうすれば良い。別にメール販売に全面移行して路上は止めます、という話ではない。今の販売方法では「なかなか」あるいは「絶望的に」買うのが難しい人のためのシステムなのだから。

もちろん改良の余地はある。使ってみての感想を積極的にビッグイシュー基金なりビッグイシュー日本へとフィードバックしていただきたい。IT研修という視点からの提案は基金へ、購読システムという視点からの提案は会社へ。

販売者にとってのメリット

  • 機会損失がなくなる
  • 販売エリアが日本全域になる
  • 客が時間分散するので、対面販売よりも応対できる客数上限が増える
  • 仕入れ費用が必要ないのでキャッシュフロー改善(路上で100冊も注文されたらキャッシュで14,000円用意しなければならない)
  • 発送報告をかねて近況を報告することができる
    • 自分の人となりを知ってもらえ、固定客へとつながる可能性も
    • 吃音などの障害があってもカバーされる
  • ブログなどと連動して拡販できる

なお、現状ではダイレクトメールの送付は制限している(法改正でオプトアウトメールは禁止となった)。

私的な構想では、ウェブ上に販売者ページを作り、購入を希望する人は販売者の一覧の中から自己紹介や推薦文を頼りに応援したい人を選んでフォームで注文できるようにする。自分がどんな人間か、どんな希望を持っているかをまとめることは非常に有意義。

販売者にとってのデメリット

...なんかある? メールでの注文が多くなれば路上に立つ時間を減らすだろうし、「今日は寒いから」「暑いから」「風が強いから」「カラスが鳴いたから」と立たない理由も増えるだろう。それは堕落と呼べないこともないが、販売者は苦行僧ではない。特に若い販売者はビッグイシュー販売を一生の仕事にしてもらっては困る訳で、多く稼ぐとともに仕事探しをする時間を作ってもらいたい。応援する方だっていつまでも付き合う気はない。

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2009/02/27

メディアの社会的責任を問うシンポに潜り込み


22日の日曜日に開かれたシンポジウム「メディアを変えれば世界が変わる—メディアの社会的責任を問う」に潜り込んできた。

潜りというのは、登録をせず、当然木戸銭も払わずに聞いてきたから。そんなことができたのは、雑誌「ビッグイシュー」の会場内販売が認められ、その売り子として参加したから。

ビッグイシューは登録した販売者しか売れないのに、どうして私が販売に関われるのか。それは一つには売り上げが正規販売者のものになるから、つまり外形的には私が売っているけれど、実はそうではないから。しかし、これは形式的理由。なぜ登録した販売者にしか売らせないかと言うと、趣旨を理解し行動規範に同意した者に限定することで、雑誌の声望を守るため(違反すれば販売者証の取り上げもある)。だから雑誌の趣旨に賛同しているボランティア(私はこの立場)を形式的に排除する必要がない。もっともボランティアを100%信用するのはどうかと思うので、格付けなり選抜なりは必要になると思う。

さて、今回の販売者は虎ノ門で売っている植村さん。彼は先日(1/22)フジテレビ系の「スーパーニュース」に登場した(あの放送には不満もあるが、それはまた別の機会に)。また「ビッグイシュー」107号の「今月の人」にも取り上げられている有名人。ビッグイシュー基金のIT研修にも皆勤参加し、テストに合格してメール販売の資格も持っている。

事務所で落ち合って、もう一人のボランティアYさんと一緒に会場であるJICA地球ひろばへ向かう。ここは去年、バイオ燃料の話を聞いたところ(あれ、ブログに書くの忘れてる)。開場まで1時間以上あるのに早すぎないか?と思っていたら、なんと本式にテーブルを提供してくれると言う。あわてて設営。しかし出来上がったものを、主催者側と比較すると、明らかに見劣りする。庇を借りて母屋を、にならなかったのは良いけれど、もうちょっと工夫しよう。ポイントの一つは立体化とみた。あとは華やぎ...おっと。

全体に平板な印象のビッグイシュー販売机

立体的な a seed の販売

拘束時間は長かったけれど、販売できたのは実質的に開演前、休憩中、終演後の計1時間ちょっと。あとはずっと座っていられて話を聞けて、それでいて週日の1日に匹敵する売り上げがあった。持って来なかった号に関しては植村さんがさっそくメール販売のご案内。それにしても参加者の数を考えるとものすごい購入率。さすがこの手のシンポジウムに来る人は違う。

さて、肝心の内容。面白かったのはマエキタミヤコさんの話。トップの柴山哲也さん(なんか筑紫哲也のアナグラムみたい)の話がドヨンと感じられたので、よけい威勢良さが際立った。もっとも最初に出てきた「知らしむべからず、よらしむべし」の解釈に疑問。呉智英が書いてたよな...と思って念のため今辞書を引いたらその通り。この場合の「べし」は「可能」であって「命令」ではないようだ。

それはともかく、の前にもう少し。フロアの8割近く?がこの「知らしむべからず...」を知らないと手を挙げたのには心底驚いた。無教養の集まりか!? 知っているに手を挙げないのは韜晦とか謙遜とかあるだろうが、堂々と「知らない」に手を挙げてたもんね。いや、私はその時「べし」解釈に自信がなかったのでどちらにも手を挙げなかったが。

それはともかく、さすが広告のプロ。「無関心層というのは幻想」「1%が反応してくれれば御の字」「自分がそれを知らなかったときのことを忘れない」「情報格差で発電をしない」などなど時間が経った今でも思い出せる名文句がぽんぽん。1%については、植村さんも「そうそう」と同意していた。路上で雑誌を売ったら、反応は本当に体感1%程度だろう。

第二部のパネルディスカッションも含め、ただ聴きは申し訳ないと思うほど充実した内容だった。現在、財政的に逼迫しているが、落ち着いたらお礼カンパなどしなければ(第二回開催のためのカンパ募集中)。

ただ、全体の基調が「市民のメディアリテラシーは向上する」だったのは気になった。希望は大切だが、願望と予想は区別しなければいけない。「みんなの意見」は案外正しいが成立するには重要な条件があるけれど、私にはそれが侵されつつあるように思える。

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2009/02/07

ビッグイシュー基金1周年ほかパーティー

2月1日に標記パーティー、正式名称は「単行本出版&ビッグイシュー東京5周年&基金1周年記念パーティ」に行ってきた。

この日、事務所を訪ねてみると、パーティーの準備に野戦病院のような慌ただしさ。その中央に陣取って私が始めたのは、パーティーの手伝いではなくて、翌日に配布予定のメール販売用の三つ折り名刺の作成。ほんとは家で済ませる予定だったのだが、名刺作成ソフトラベル屋さんhomeがMacOSX 10.5(Leopard)に対応していないため持ち込んだもの(早く対応させてください>A-oneさん)。

しかし、さすがにマラッカ海峡にいると邪魔。皆の冷たい視線で首筋にシモヤケができそうになって販売者のコーナーへ待避。そこへ場の雰囲気を読まないことで有名な販売者のZさん登場。彼を反面教師にして身を律しているようなところがあるので感謝の念を込めて「みんな忙しいから気が立ってるよ」とそっと注意。分かってくれたかに見えたが、彼の注意力の持続時間はそう長くなかった。結局、出発間際の一番忙しいころに、翌日使うポスターのことでスタッフに話しかけ「Zさん、今みんながどういう状態か分かるでしょう!」とマネージャーの未来さんに叱られていた。Zさんが人の顔色をうかがうようになったら世も末だけど、もうホンの少しでいいから状況把握に努めてほしい。せめて自分が何をしているかは理解してほしいもの(彼については後日譚があるが、とても書けない)。

さて会場は去年と同じ南青山のモーダポリティカ

見知った顔はほとんどが忙しそうに立ち働いているので話しかけるのが憚られる。
やはりパーティーも主催する方が楽しい。

という昨年の反省をふまえ?今年はボランティアとして参加。昨年、ボトルネックになったというクローク業務に経験ありと売り込んでおいたけれど、割り振られた仕事は物販。売るのは単行本(『世界一あたたかい人生相談』『ビッグイシュー 突破する人びと』)とTシャツ、そしてバックナンバー。

会場設営の始まり。物販コーナーは窓際に陣取った。 外から見た準備中の会場。窓ガラスにTシャツが貼り付けてある。

枝元さんの『世界一あたたかい...』は、ほとんどの人がもう買っているだろうと思ったら、これが売れる売れる。『突破する人々』は、雑誌にも寄稿している稗田和博さんが2007年に出したもの。雑誌(ビッグイシュー日本版)を知る人はこの本を知らず、この本を知る人は雑誌を知らないと言われるだけあって、こちらもよく売れた。手に取ってぱらぱらとめくった人は池田真理子さんの写真が載っているのを見て「これください」、3人にひとりは佐野未來さんの写真を見て「1冊ください」、と数えている暇もないほどの忙しさ。

作業分担表。物販は一人になっているが、18時まで、と読めなくもない。オーガニックコットンで作った記念Tシャツも、3000円と言う価格にもかかわらず、これまた売れる。客は絶えないし、代金は溜まるしでブースを離れるのが難しくなってしまった。幸い、一緒に設営したボランティアが店番を代わってくれたので食いっぱぐれは免れた。(分担表をよく見ると、パーティー中は物販をしない予定だったらしい。なるほど、後でスタッフが恐縮する訳だ。)

パネルに見つかった誤字を緊急修正絶えないと言えば、基金の活動を報告するパネルの中に「笑顔が耐えない」という微妙な誤字があった。気付いたボランティアのFさん(販売スキルアップ講座で接客態度の良い販売者B役を演じたFさん)が応急手当。

バナーが剥がれ落ちる前剥がれたバナー。“恐ろしい妖怪が頭上を通り過ぎて行ったのに、気付いた人はほとんど誰もいない。”剥がれたバナーを修繕する
壁を傷つけないために、貼付には粘着力の弱い養生テープを使ったところ剥落事故が頻発。服部なつみさんの写真パネルは落ちるたびに大きな音を立てるので、最後はテーブルへ置いて壁に立てかけられた。さらにはパーティーの最中にバナーがはがれてしまったが、こちらは現金を抱えているので持ち場を離れられない。たまたま近くで販売サポートスタッフの佐藤さんが料理を食べていたので対応を依頼した。ほどなくして広告担当の服部さんがテープを手に脚立に乗る姿が確認できた。でも基金の看板は落ちたまま。考えてみたら、あそこに貼るテープを切って渡したのは私だ。弱いのだから普通よりたくさん使わなければいけなかったのだ。

ほとんどの時間を会場の片隅で過ごし、接客も忙しかったので、パーティーそのものがどうだったかは実はよく分かっていない。料理などについては、ブログに詳しく書いている参加者がいるので、そちらを見ていただきたい。巨大プリンの写真が載ったブログもあります。あれ?かなりやさんは未掲載?

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ついにファイナル! IT研修

NPO法人ビッグイシュー基金が行う就業応援プログラムの一つIT研修「メール販売」講座がついに最終回を迎えた。

この講座はモチベーションを維持し、日常的にIT利用を継続するために、「電子メールを使って雑誌の注文を受けて発送する」に特化したもの。4カ月にわたる講習を終え最終的に6名が卒業試験に臨んだ。

久しぶりの筆記試験に緊張気味の販売者

試験は実技と筆記の2通り。「筆記試験なんて久しぶり」という販売者は、皆がいくらリラックスさせようとしても「見えないプレッシャーを感じる」とそわそわ。思わず「なら、目に見える圧力をかけたろうか」と口走る私は本当にいい性格。

研修が始まった昨秋は、e-mailはおろかパソコンさえ触るのが初めてという人、ローマ字入力が理解できない人、キートップには大文字しか書いてないため小文字での入力ができない人...正直どうなるかと心配したものだ。しかし、いったん販売への応用の段になると、このおじさんたちはむしろ良い「味」を出し、ICTは主役ではなく、人を助ける従者であるという本来の姿が見えてきた。

試験中に突然現れたセキュリティの警告

パソコンのカレンダーは2002年になっていた

会場となった地域コミュニティセンターのPCの1台は、なぜか日付が2002年の9月5日になっていた。そのため、ウェブメールサービスに必須のSSL証明書の日付がおかしい!とアラート出まくり。見たこともないダイアログボックスの頻出に、可哀想な受験者はほとんどパニック状態。異変に気づいて覗き込んだボランティアも「セキュリティの警告」に顔面蒼白。しかし、証明書に本当に問題があれば、ほかの受験者にも警告が出るはずと気を取り直し、とりあえず別のパソコンに受験者を移動させて試験は継続。

図らずもこの一件で、想定外の事態に対応できない脆弱性が露呈してしまった。自力で解決できればベストだが、そうでない場合は然るべき人に助けを求めるのが正しい対処。訳も分からずクリックするような真似は避けなければならない。もっとも自他ともに認めるインテリの中にも、ことコンピュータになるとアウストラロピテクスと一億五十歩一億百歩、いやチンパンジーのアイにさえ劣るのではないかと思える人がいるから(師匠! あなたのことです、と公開書簡)、これは必ずしも恥じることではないし、ひとりだけこれで減点するのは公平を欠く。とはいえ、インターネットのジャングルに放り出して大丈夫かという懸念は残る。

第2部は企画室円のまどかさんによる、名刺の授受とメールにおけるマナーテスト。ここでも実技試験中にパニック状態に陥る受験生あり。自分のなわばりである売り場なら大丈夫であろうが。

なぜか合否判定には一介のチャランポランティアである私も加わり、むろん内情はここには書けないが、「成功経験を通して自信をつけさせることが大切」という基金側の熱意によって、全員合格となった。採点を甘くしたのではなく、むしろ厳しい採点で問題点を把握し、システム側でフォローしようという方針に納得しての同意。及ばずながらシャペロン役を買って出て成長を見守る予定。いいかげん「すべてか、無か」的発想から脱却しなくては。

そして、講座は修了したが、その成否はこれからのメール販売の結果によって判断される。

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2009/01/18

年賀集計

今年は例年より多くの年賀(状)をいただいた。突然、広告付きの年賀状が舞い込んで驚いた人も多かったであろう。いただいた賀状の中には年頭の決意として「元旦に年賀状を書かない」と記してあるものもあって...すみません、早速破らせてしまいました。

並べてみるとなかなか趣があり、紹介もしたくなるけれど、ハガキの所有権は移っているものの内容の著作権は差出人にとどまっている。勝手に公開する訳にもいかないので割愛。概略だけ述べておくと

URIを書いてきたのは1通だけ
メールアドレスを書いてあったのさえ数通
一人息子(大学生?)の写真を使い続けるものがある一方で「年頃の娘の猛反対」で家族写真は断念というものも
写真最多は19枚
「平成」を使用したもの9通

幸いにも「しまった、出してない」というのは業者さんだけ。出したけれど返って来ないのはあるが、それは気にしない。

最後にいただいたのは意外な人から。10日にビッグイシュー新年会に行ったところ、販売者のQさんからと手渡された。プラスチックの小袋に賀詞を書いた紙片と五円硬貨(「ご縁」の縁起)を入れたもの。


年明けに事務所へ行った際に、同じものがスタッフに配られており「さすが商売人」「気配りの人」と評判になっていたが、まさか一介のチャランポランティアにまでいただけるとは。Qさんは事業に失敗して家を失ったとかで(債鬼に追われているので名を秘す)、元は相当な実業家だったらしい。ビッグイシューを売り始めてほどなくアパートを借りられるだけの売り上げを達成したとも聞く。お茶の水博士の時にも感じたが、こういう人をホームレス状態にしてしまう社会はどこか狂っている(じゃあ、適材適所のホームレスもいるのかという質問は黙殺)。直接手助けできることはそうそうないだろうけれど、販売の心得をほかの販売者に伝えるとか、できそうなところからこなしていこう。

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2008/12/27

やっとこさ年賀状の印刷が終了

思うところあって郵便ハガキによる年賀状を復活させた。

思うところとは、応援しているビッグイシューの広告を勝手に載せて宣伝しようという目論見。このことはビッグイシュー基金にも申し入れてロゴなどの使用許可を求めたし、mixiの関連コミュやボランティアメーリングリストでも呼びかけた手前、よもやここに来て「snail mail は出さない主義で」とは言えない。

結局、NPO法人ビッグイシュー基金からはロゴ使用の許可が出て、さらにボランティアが文字やQRコードを組み合わせたものを作ってくれた。しかし雑誌を出しているビッグイシュー日本のロゴは使えない。年賀状だから著作権法第30条(私的使用のための複製)を適用できるが、明示の許可が出なかった以上はためらわれる。

ならばプレーンテキストで、と作り出したが、NPOと有限会社の区分けが意外と難しい。もちろん法的には非営利組織と営利組織だから厳然と違う訳だが、この雑誌を定着・発展させようとする側からすると結構渾然一体となってくるところがある。これは今後の検討課題。結局、二つを併記した。

さて、宛名書きが面倒なので、コンピュータから出力することにした。

ラベル貼付は、印刷ミスを回避できるものの、やはりあまり美しくない。

そこでMS-Wordのはがき宛名印刷機能を使うことにした。

ところが差込印刷で宛名、はWord97でしか経験がない。Mac版Wordはずいぶんと様子が違う。なかなか思うように設定できず、なにしろ50円のハガキで試し印刷をする訳にもいかず、画面を見て呻吟することしばし。

一晩おいて、「例外データは別ファイルに分ければ良い」と活路を見出し、勇んで取り組みなおすと、なんと何もかもがうまくいく。

1枚は失敗したものの、両面の印刷を無事に終了した。

さぁ、あとは一筆加えて投函だ。ここでずれると悲喜劇勃発。

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2008/12/26

正月に明るい展望?

NPO法人ビッグイシュー基金のIT研修で、課題として出したメールに返信がそろった。講評を書いて送り返したが、なんか長くなってしまった。読むのは自分のPCを持たないホームレス状態の受講生。長文メールはあまりに可哀想、ということで急遽プリントアウトして基金事務所に届けてきた。A4判で5枚は多いよね。

事務所は大掃除の準備に向けてレイアウト変更の真っ最中。流れで棚の整理を始めることに。そこへ戻ってきた基金の愛さんが「東京都で職員を募集してますよ」と教えてくれた。もともとは基金に紹介された話らしいが、PCスキルが必要ということで応募のない臨時職の口があるらしい。

帰ってきてから教えてもらった「とちょう−i」(パッと目には「とちょ〜i」)にの告知板にアクセス。わぁ、こんなに募集があるなんて夢のよう。しかし派遣切りなどで住む家さえない人と職を奪い合うのは申し訳ない。

と、12月の初めから募集をしているのにまだ掲載されている求人がある。見れば今月15日から就労してほしかったらしい。仕事内容は「データ入力、ホームページ修正等」、条件は「ワード・エクセルのできる方」。ふむ、人が見つからないというのはこれかな。そうならバッティングはしないだろう。というわけで朝を待って早速電話。

今日で仕事納めなので、来年に面接日の連絡をもらうことになった。履歴書を郵送しておいてほしいというので準備。たぶん採用されるだろう。時給900円の期間限定ではあるが、なんとか住民税・健康保険料はまかなえそうだ。あ、年金も放置していたな。f(^^;

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2008/11/24

国立競技場にて

今日はFITチャリティ・ランのお手伝い。

もっともFITそのものではなくて、FITから助成をもらう団体が出展するのでそのお手伝い。

前のエントリーに書いたように「安全装置を外し」て臨んだ私に課せられたのはブースの立ち番とパンフレットの配布。

パンフレットの束を持ち、ブースの前を通る人にすっと近寄って差し出す。受け取りそうな人を見分けて声をかけるのだが、基本は「数打ちゃ当たる」。一緒にまいていた人が「うまいですねぇ」と言うのはおだてかと思っていたが、受け取り率は確かに私の方が高かったようだ。「経験があるのですか」と聞く彼女が想定していたのはチラシかテッシュ配りのアルバイトだろうが、実はこれこそ昔取った○○ヅカ、ジョーセン経験の賜物なのだよ。むろん私よりもっと経験豊富な人たちはいるけれど。用意した資料の8割方はまけたのではないだろうか。

この配布姿も写真に撮られているはずだが、今度は前のような悪い姿勢ではないはず。でも○○○○○に勇姿?を見せられなかったのは残念。

さぁ、あさってもがんばるぞ。もっとも風邪を引いたような気もするが。

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2008/11/20

ポランティア (^^)

某NPOのお手伝いをしたところ、「活動報告ブログにのせる感想を書いて」と頼まれた。

そこで内部向けに書いた問題点指摘型レポートとは別に、外向けに「がんばってます」レポートを提出。

末尾の記名には「ランティア」と。これは正式?には「チャランポランティア」。咄嗟に口にしたら語感が良いので愛用している。

で、先ほど掲載されたのを見たら、そのままになっていた。\(^_^)/


口に出していると、本当にチャランポランなことしかしなくなっちゃうかなぁ。f(^^) 単なる倒壊^h^h^h^h韜晦なんですけど。

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2008/11/15

オンラインの家計簿サービス

オンラインの表計算あるいは家計簿サービスを探している。自分用ではなくて他人用。

条件は、無料だとかブラウザベースだとかいろいろあるが、最重要なのは「メールアドレスを登録しなくても利用できること」。だがそんなことが可能だろうか?

条件を少々緩めると、Yahoo!IDは持っているので、Yahoo!の(無料)サービスかYahoo!アドレスを連絡先として登録できるサービスとなる。

Yahoo!ウォレットに期待したが、どうやら考えていたのとは違うサービス。

Google ドキュメントは有望に見えたが、画面の日本語化が不十分。

オンライン家計簿サービスはどこまで信用してよいものやら...それに登録メールアドレスがそのままIDになるのは困る。

OnSheetは、世話役がユーザー登録をすれば、共有相手は登録をしなくても良いようだが、どんなもんだろう。とりあえず試してみるか。マザーズとはいえ上場会社系列の運営だから、アドレス収集のようなえげつないことはしていない、と信じたい。

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2008/10/27

ムカゴツアー

26日は熊谷市までムカゴを取りに行ってきた。

畑でムカゴを取らず、写真を撮っていた人のレポートが公開されている。

予想と違って、地に這いつくばるような収穫作業。農作業なんてリヅカでのエンノー以来のうえ、このところ腰が痛いのでどうなるかと思ったが、上体を起こした姿勢を保持してなんとか切り抜けた。

横一列になって始めたはずが、気がつけば皆は遥か前方に。えいままよとマイペースでムカゴをつまむ。

そのうちどんどん引き揚げて、畑に残っているのはわずか三人に。いずれも黙々と、偏執狂的に作業をしているようだ。私がジェノサイドをやったら、犠牲者は逃れる術がないだろうなぁ、イヒヒヒ。

食事の後は、なぜか運動会。そのため帰りのバスではアルコールも出たようだが、おぢさんはその前に寝入ってしまいました。ああ、もったいない。

参加した皆さんは、今日も朝から働いていらっしゃいますが、私はゆっくりと休ませていただきました。こんなことで良いのか?

写真は「ムカゴの巣」と命名したホットスポット。こんなのが時々見つかった。
Imgp2047

私が想像していた収穫風景(朝日新聞2008/09/21夕刊)。写っているのは料理研究家の枝元なほみさん。
Asahimukago


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2008/09/08

チャリティをビジネスにする

ビッグイシュー創刊5周年のイベントで茂木健一郎の講演を聞いてきた(7日)。

TVで見る通りの元気な話しっぷりで、イギリス留学時代に見たホームレスとビッグイシューから説き起こす。そしてチャリティーをビジネスの軌道にのせたことを高く評価していた。(一方、日本では嫌儲という現象が顕著。NPOは非営利なのだから職員も無給で当然ってな暴論さえ罷り通るらしい...困ったもんだ)

主催者が録ったテープのダビングを引き受けたので、第二部の香山リカと大津和夫の対談までもう一度聞くことができて、ラッキー。ひょっとしたら文字起こしまでできるかな。もっともそれを勝手に公開する訳にはいかないが。

※嫌儲:ネットでは「けんもう」と読まれているらしいが、重箱読みを避ければ「けんちょ」となるはず。ちなみに「儲」とはそもそも「あとつぎ」という意味なので、アフィリエイターを揶揄するつもりで「儲君」などと書くと不敬罪(もうないけど)でしょっぴかれます。皇太子のことだから。

ところで講演後のフロアとの質疑応答で「上から目線での物言い」に話が及ぶと「高いところからごめんなさい」と言ってひざまずき、質問者と目の高さを合わせた。

計算し尽くしたパフォーマンスかもしれないが、行動に表せるのはやはりすごい、と思った。

しかし、なつかしの「金曜チェック」だと思うが、「人前で土下座ができる」が大悪人の特徴だとか...

なお、講演の音声はご本人のブログで聞くことができる。

追記:講演の要旨が「ビッグイシュー」107号に掲載されている。バックナンバーは販売者に言えば取り寄せてもらえる。未販売地域宛には送付販売も行われているが、2008年現在「5冊以上」という条件がある。

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2008/08/07

6日は多忙な一日

丸木美術館で開かれる「ひろしま忌」に参加するため出発。途中で銀行に寄り8月分の健康保険料を納入。

東武東上線の高坂駅で降り、市内循環バスに乗る。出発まで時間があるのでアイドリングストップした車内は徐々に暑くなってくるが座席でじっと我慢。やはり丸木美術館に行くとおぼしき人(同行者との話から出演者の館野公一さんとわかる)たちが乗って来たが、とりあえず知らんぷり。

定刻にバスは出発。進み具合を地図と照合すると、市内循環バスだけあって、やたらと回り道をしていることが分かる。寄り道をしなければ結構近いかもしれない。

美術館に到着後、まず都幾川の様子を見に行く。去年とはまた流れが変わっていて、これなら灯籠流しは楽になるかもしれない。ただ、停留しそうな箇所(死水域)もあった。

去年の川道は干上がった都幾川


川の方向が変わったところに流れの止まった領域

ボランティア?の人から「来館の折は声をかけて」と言われていたが、顔が分からないし、スタッフに尋ねようにもこの日の美術館は無料開放のため窓口は無人。となりのテントは友の会入会受付なのでパス(入会済み)、仕方がないのでそのまま一番奥のテントまで進み、とりあえずカレーで腹ごしらえ。時間があったので美術館を巡る。

原爆の図は第三部(水)に余白の多いことが気になる。一階に降りて東山薫の肖像に礼。それにしても丸木スマの作品や絵本の原画のスペースに来ると、なんとはなしにホッとする。

14時に太鼓の演奏が始まる。中学生と言うがなかなか勇壮。少し離れた四阿にいたので、その次のわらべ歌は夢うつつに聞き流す。善光寺の若麻績敬史住職の話は面白かった。もっと面白かったのは、配布資料(目立たない所にいたので配ってもらえなかった)で中国共産党を非難したり、麻生太郎(「部落民を総理大臣にはできない」という低劣な発言をした人物)を評価したりしていたので聴衆の一部が混乱してしまった様子。

麻生は「半径2mの男」(端から見ていると強面で嫌な感じがするが、2m以内に近づくと魅力が分かる)と言われる男なので、会って話をした若麻績さんは惹き付けられたのであろう。上掲の差別発言を許すには血を吐くような自己批判を要求せざるを得ないが、それでもアックゼロヨンに対して協力的なのは評価したい。

卵の殻はどちらから剥くのが正しいか、で争う伝統は破棄したいもの。

続いて館野公一さんの歌。最初の歌はちょっと図式的っぽかったけれど※※、次の東海村臨界事故を扱った「語り歌」(バラード)はちょっとゾクゾクした。最後の「豚のご飯」は、フルバージョンは27分かかる(進行の遅れを気にしていた主催者は焦ったらしい)ものを端折ったということで詳細は分からないが、賞味期限切れのコンビニ弁当を食った豚がおかしくなったのは、たとえば塩分過多とかそういう栄養学的問題ではないのかな。必須栄養素とか必要量とかは生物種によって異なるから(ネコにドッグフードを食べさせ続けると失明すると言うし、ヒトがキャットフードを食べ続けると高カルシウム血症になるらしい)。

最後、ではなくてその一つ前の針生館長。田端 展の『被爆博覧会』を紹介。(しかし館長、遺伝的要因がないのにがんになったから被爆のせいって、コンビニ弁当のせいかもしれませんよ。) また語り部たる被爆者が全員鬼籍にはいる遠くない将来に対する備えが必要とも。

峠三吉「人間を返せ」の朗読を聞いてから灯籠流し。去年は川筋が悪くて流すのに苦労したが、今年は冒頭に書いたように流しやすい。ただ、流れの向きが変わる所で死水域ができている。その手前にスタッフが立って交通整理。

川の中に立って、灯籠を流れに乗せるスタッフ

灯籠は下流ではゴミになってしまうので、最近は経費節減も兼ねて下流で回収していたが、今年はその様子が丸見え。うーん。 (と思いつつ去年のビデオを見直したら、回収班らしい人が映っていた。見れども見えず、ですな。)

帰りは高坂駅まで歩く。高をくくっていたら一時間近くかかってしまった。途中、かなり恐い思いもしたので、特に暗くなってからはお勧めできない。ただ懐中電灯を持っていればかなり楽(こういう時に限って携帯電話は電池残量わずかで明かり代わりに使えない)。

次の予定、池袋でのビッグイシュー販売員勧誘の集合時刻まで2時間という中途半端さ。とりあえず各駅停車でゆっくりと行く。

勧誘活動とは、野宿している人を回って、雑誌ビッグイシューの販売員にならないかと誘って回ること。この雑誌は「慈善ではなく、仕事を与えることで自立を促す」というコンセプトで発行され、登録したホームレス状態の人しか売ることができない。売上げ300円のうち160円が販売員の取り分。ただし完全買取制なので、仕入数を調整しながら完売を目指す工夫が必要。この能動的な取り組みが現金収入と共に社会復帰に資している。

さて平日夜ということもあり、集まったのはビッグイシュー基金スタッフを含めて4人。内女性が3人。2人は勧誘活動未経験。というわけで4人一組でゾロゾロと活動開始。

段ボールを敷いて寝ている人はホームレスと識別できるが、ただ座り込んでいる人との区別は難しい。大きな荷物が目印の一つだが、長距離バスの発車場そばはまた紛らわしいのがゾロゾロ。

この日はあまりホームレスと遭遇できず、また眠っている人が多かったためほとんどパンフレットを置いて来るだけで、話をできた人はほんの数人。ただ、そのうちの一人は早速7日から街頭に立ち、夕方の時点で30冊以上を売り上げている(30冊で売上げは9000円、6200円の所得)。時間をかけて説明をした甲斐があった。

※麻生太郎の差別発言

この件が広く知られるようになったのは、おそらく魚住 昭の『野中広務 差別と権力 』(講談社)でしょう。wikipediaの典拠にあげられていますし、amazonのレビューでも6人が触れています。

麻生本人は国会において、そういう差別発言はしていないと主張しつつも、自民党の総務会で指摘を受けた事実は認めています。

読んでいただければ分かると思いますが、麻生の答弁は、その日は政調会長ではない(前日まで政調会長)だとか、何大臣になるかは分からないとか、枝葉末節の解説が多く、「ははん。やっぱり言ったな」と思わせる所があります。

この議事録は膨大なので該当部分を引用しておきます。

中村(哲)委員 つまり、野中当時の議員が自民党の総務会でそのような趣旨の発言をされたということは事実であるけれども、麻生当時の議員が大勇会においてそのような、野中氏を誹謗中傷するような発言をしたことはないということでよろしいですね。

麻生国務大臣 そのように御理解いただいて結構です。

質問で「麻生当時の議員」とあるのは、その前の答弁で、当時は麻生大臣でもなく麻生政調会長でもなく「麻生議員と言っていただくのが正しい」と枝葉末節にこだわっていることへの皮肉? 「あそう」の後に一拍おいてから「とうじのぎいん」と読みましょう。

※※館野公一さんの歌

歌の背景が「今を去ること 50年前」なので、それを聞き落とした以下の感想は全く的外れ。50年前ならシアン垂れ流しの工場、開発命の小役人になんの違和感もない。

また「フルバージョンは27分」は司会者の誤解。いずれもmixiにおいてご本人から教示いただいた。感謝。

乱暴にまとめると「田園地帯にメッキ工場ができたら魚が捕れなくなった」という歌で、工場の排水口の上流と下流に魚のはいった生け簀をおいてみたら下流の魚は一晩で死んだ、と。

いつの話か分かりませんが、50年代ならまだしも、一晩で魚が死ぬほど有害物質を川に流す工場が今どきあるとは思えません。下流に魚の死体が浮いて、役人が飛んできます。おそらく工場内でも、処理済みの水をはった水槽に魚を入れてモニタリングしている筈で、急性毒性を示す物質が流れ出るとは考えにくい。もっとも石原産業やJFEスチールみたいな会社だったら別ですが(これも役所が発見・摘発しました)。

「それは図式的とは違うのではないか」と言われると、そうかもしれませんが。

ともかく「魚が浮く」みたいな分かりやすい公害は、役所が黙っている時代ではないでしょう。(工場の恩恵に浴さない下流の自治体とか県、国も控えている)

しかし慢性毒性や生殖毒性(不妊になる、仔が不妊になる等)となると話は別。たとえば毎年産卵する魚で、仔が不妊(孵らない卵を産む)になった場合、影響はその年にも翌年にも出ません。3年目になって稚魚がいないことで異変に気づく。そうすると、工場は一昨年から操業していて、去年は何ともなかった、だから無関係と推定される。地球温暖化のせいにされるかもしれません。

あとは特定の魚種とか特定の生育段階(卵、稚魚)とかにのみ毒性を示す場合も、通常の水質検査では見落とされますね。

耳で聞いて分かる歌にするのは難しいでしょうけど。(^^;

「いつの話か分かりませんが」と入れておいて首の皮一枚のこった。

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2008/05/17

ブログサービスを選ぶ

ブログサービスを選ぶことを人から頼まれていた。

要件定義(必要な条件が揃っている)が済んでいれば探すだけだが、そこから始めなければならないため、「なんか忘れていそう」でなかなか進まない。

  • 無料であること
  • 携帯電話で読み書き可能
  • アクセス制御
  • スパム対策

と、ここまではありきたりだが、それだけでは不十分。


安定稼働
突然サービスが止まるのは論外としても、重くなって書き込めないような事があるのは困る。
広告
アダルトや消費者金融はお断り。
著作権
勝手に出版物にされるのも困る。

そもそもブログがベストなのかも定かではない。SNSも検討対象に。

しかし、もう一週間経つから、この土日には何らかのアクションを起こさんと怒られるなぁ。

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2008/05/04

ケータイデジカメはダメね

所用で都心へ出たついでに、4月に移転したビッグイシュー東京事務所の所在を確認して来た。

2月に散歩がてら通ったところなので、大体の土地勘はあった。

外階段のところにBig Issue の看板?が出ているのですぐに分かった。もっとも苦悶式の幟の方が目立つけれど。

写真を撮ろうと思ったら、いつも持ち歩いているOptioW30がない。仕方がないのでWillcomのWS011SHのカメラで撮影した。ところがなんかぼけている。

080504154128


080504154220

よく見たら、何のことはない接写モードになっていた。扱い慣れてなかったせいもあるだろうけど...ダメなユーザーインターフェイスねぇ。

ちなみに新宿駅から徒歩で約30分でした。

続きを読む "ケータイデジカメはダメね"

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2008/04/23

日曜日はにわか露天商

20日の日曜日は代々木公園で開かれたアースデイイベントに参加。

雑誌ビッグイシューの販売を手伝って来た。周囲はお祭り気分で、ビール片手の通行人も多かったが、ビッグイシューの販売者は酒気を帯びていてはいけない(行動規範4)。ま、私は正規の販売者ではないけれど義理立てして禁酒。ついでに昼飯も危うく食い損ねるところであった。

やってみると路上販売の大変さが実感できる。今回は半日勝負と割り切っていたので威勢よくできたけれど、あれを終日毎日続けるのは辛い。

あとで販売者から「書店では売っていません」を強調すると良いと教えてもらった。なるほどね。ついでに「ネットでも手に入りません」を加えれば「直接買うのはあれだから、あとでググってみよう」という人も買ってくれるだろう。

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2008/01/27

山元大輔!?

26日はビッグイシュー基金発足&東京販売4周年記念パーティーに行って来た

あらかじめ申し込んであったので受付で名乗り、名札を受け取ろうとしたら...ない。係の人が一所懸命探すの見ていると、プレートの入った箱の中に覚えのある名前が。

山元大輔

え、あの山元さんもいらっしゃる!? お会いできれば2年ぶり。ビッグイシュー基金は理事に米本昌平さんがいるので、そのつながりだろうか、などと考えていたら「すみません、見つからないので自作自演してください」とペンを渡された。ゴシック体で印刷されたのと手書きとでは差があるなぁと思いつつも、あえて会員種別のわからない青いバッジを付けて来たのだから同じこと、と素直に下手な字で名前を書く。

ビッグイシュー市民応援会員バッジ

しかしパーティーが始まっても姿が見えないので、受付にいた池田さんに聞いたところ、同姓同名の別人と判明(デザイナーの方だとか)。残念でした。

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ビッグイシューのパーティーにて

26日はビッグイシュー基金発足&東京販売4周年記念パーティーに行って来た。

見知った顔はほとんどが忙しそうに立ち働いているので話しかけるのが憚られる。とりあえず水越編集長、それとメールをやりとりした大阪事務所のスタッフにご挨拶。それから顔見知りの販売員と立ち話をしたら手持ち無沙汰に。ああ、Oさんはどうして来ないのだろう。

今回の目玉の一つ、枝元さんの料理は見る見るうちに食べられていく。補充もされているようだがとても追いつかない。参戦する意欲をなくして飲み物中心に。ビッグイシュー特製サングリアって、どこが特製だったのだろう(酔いが回っていた)。

パーティーのドリンクメニュー。ビッグイシュー特製サングリアとある。


やはりパーティーも主催する方が楽しい。忙しいけれど。

「100%失敗する」と専門家に“保証された”事業を軌道に乗せた佐野代表は、会場を隈なく歩き回って挨拶している。あのマメさも見習わなくては。

参加者が胸に付けている名札を眺めていると、覚えのある名前が。そう、一昨年に池袋のジュンク堂がビッグイシューフェアを開いた時に購入した『ホームレス入門—上野の森の紳士録』の著者ではないだろうか。会場では書名を正確に思い出せなかったのでしばらくためらったが、思い切って声をかけてみるとその通り、風樹茂さんでした。ビッグイシューとは別の、ホームレスができる起業を企画中とか。

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