2008/03/10

あやうくキセル

2006年の存亡の機に際し、奇想天外と言うか、意表をつく支援要請(※)で危機を乗り越えた銚子電鉄に乗って来た。

※インターネットアーカイブのデータなので、文字化けしたら文字コードをShift-JISに指定する。欠落している画像には「電車運行維持のためにぬれ煎餅を買ってください」と書かれている。

JR某駅からSuicaで乗車。鈍行で揺られて銚子駅に降り立つと、そのホームがそのまま銚子電鉄のホームになっていた。

車内は閑散

JRのホームがそのまま銚子電鉄のホームに

銚子電鉄の乗車券は車内販売。ということで気がつけば車中の人。切符は買ったけれど、JRの精算はどうなるの?

往復乗車券
そんな心配をよそに、電車は終点の外川駅に。駅員に切符を渡して外に出てしまった。出場処理をしていないから、このSuicaは使えないぞ。

終点の外川駅外観

ここで心配をしても始まらないので、とりあえず海岸に出て、潮風と波音を受ける。朝は活気に満ちているのだろうが、午後の漁港は長閑そのもの。いいねえ。

千騎岩


犬吠駅

犬吠駅まで歩いて戻り、帰りの車中の楽しみに酒とつまみを購入。銚子駅に着くと、次の列車までやや時間がある。いったん改札を出ようとすると、なんと有人。Suicaを示すと「ここは域外」と意外なお言葉。現金精算をして出場し、すぐに切符を買ってまた入場。総額は同じでも、一度に払うと損をした気分。


冷静に考えれば、出場せずにそのまま乗車し、行きの乗車駅とは別の駅で降りたら130円で済んでしまった訳だが、それって犯罪。鉄道に乗りに行って、別の会社とは言えキセルをしたら洒落にならない。次にいく時は銚子までの切符を買って退路を断とう。それにしても、あれだけ宣伝しているSuicaに域外があるとは。銚子ってそんなに田舎なの?

身を潔白にして乗り込んだ帰りの電車も期待に反してロングシート。おいおい、これじゃカップ酒を楽しめないじゃないか。銚子はもう通勤圏なのか。旅情を味わうには特急かグリーン車を使うしかないというのも腹立たしい。東金線や成田線ならボックスシートもあるかなぁ。

銚子駅での指示に従い、下車駅でSuicaの出場処理をしてもらった。

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2008/01/13

昨日は嫌煙オフ

mixiに複数あるタバコ嫌いコミュの一つで開かれた新年会(オフラインミーティング)に出てきた。当初そう乗り気でもなかったのだが、忘年会から新年会に切り替えた辺りから失速気味で、過去に経験した流会パターンに似てきたためテコ入れ発言をした責任で。

ところが始めてみるとえらく盛り上がって、気がつけば23時過ぎ。いやぁ、楽しく酔った。

そして、煙に曝されなかったのがまた快適(ひどい場合は下着まで煙臭くなるから)。

会場となったのは禁煙スタイルで紹介されている天狗

ビル自体が全館禁煙。ただ、店に入った時に「おたばこは?」と聞かれたのが謎(別の階では吸えるらしい)。

路上の私製灰皿を指弾する参加者の指と傘

ところで豊島区は全区歩きタバコ禁止なのだが、店の入り口そばの路上鉄柱に清涼飲料の缶が括り付けられていて、ご丁寧に「灰皿」とまで貼ってある。鉄柱の所有者は確認しなかったが、豊島区に通報したら対処してくれるだろうか。

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2007/12/16

「となりのトトロ」は夏の物語

何を今さら、と思われるでしょうが、冬の八国山緑地を訪ねて実感した。森の印象が全く異なる。

写真:八国山緑地の雑木林

写真:八国山緑地の折れた木

中程で折れた樹が頭を垂れていた。

写真:冬の雑木林は空が見える


写真:八国山緑地の池

最後の写真、実は池です。水面が落ち葉で埋め尽くされているので、やけに平らな窪地に見える。

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2007/10/28

ダム再訪

突然の台風に思い立って、夏に見学したダムを再訪した。しかし、さすがは洪水調節用のダム、満水にはほど遠く、期待した洪水吐も宙に浮いた状態。

台風一過のダム湖

自然越流式のこうずいばき。流れ出すにはまだだいぶある。

自然越流式、つまりここまで水位が上がると奈落の中へ吸い込まれて行く次第。その様子は見てみたいものだ。

右岸点検通路の入り口

これが一般人お断りの右岸点検通路口(左岸通路は見学できた)。

道端にあった木製のオブジェ

放置資材? 謎の物体は芸術作品でした。ダムの周りにいろいろな作品が配置されていた。

作品説明の立て札。作品名は「形象における流動性について」


湖一周を試みたが、土砂崩れのため道路が閉鎖されていた。

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2007/09/24

淵の森緑地

先日、新聞に取り上げられていた淵の森緑地を訪ねて来た。

淵の森の碑

秋津駅側の入り口そばに立つ石碑。「淵の森」と刻んである。

柳瀬川の清流
柳瀬川の清流。すぐ後ろは西武線の高架。

柳瀬川に泳ぐ鯉
大きなコイが泳いでいた。

林の中の道
鬱蒼とした森、のように見えるが、電車の走行音が響き、ある意味「千と千尋の神隠し」の世界。

柳瀬川の淵
ここがおそらく名前の由来となった淵。

「淵の森の掟」の高札
淵の森の掟。役所の名前で出されると素直には聞けないのは不健全? 後ろは今回開発が問題になった対岸。木々の間に家が見える。

対岸
宅地開発の危機は去ったと言うが。森の限界はすぐそこに。

此岸
こちら側も。

緑のトンネルの先は駐車場
出口は民間駐車場の奥。

駐車場の奥にある入り口
看板も横を向いていて、入り口とは分かりづらい。

包囲された小さな緑地であることが分かる
柳瀬川の上流側橋上から緑地を望む。

なお、「サツキとメイの淵が森」に見事な写真がある。現地に行って「猿沢池だ」「札幌の時計台」「播磨屋橋」と騒がないよーに。

ところで雑木林とは人間が手を入れることで遷移を中断してできた人工林だ。クヌギやコナラといった落葉広葉樹の林は放っておけば数十年でシイやカシといった常緑広葉樹の林(極相林)になってしまうという。「既に40年放置された狭山緑地では、その前兆が散見される。」という気になる指摘もある。この雑木林は誰が手入れをするのだろうか。

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2007/08/23

カヌーに挑戦

ダムサイト見学のあとはダム湖でカヌーに挑戦した。

ダム湖のカヌー乗り場

湖上から

ボートと異なり、カヌーは前向きにすすむ。とはいえ、複数で漕いでいると2番手以降の目の前は人の背中。前を確認しないで漕いでいると、岸に向かったり、他のカヌーとニアミスしたり。で、たびたびブレーキをかけることになるが、漕いでいるのと反対側でパドル(櫂)を止めると、実に小気味よく転回する。

ダムの取水口(左)と洪水吐(右)。手前に流木止めがあるので近づけない。

ボートより軽快に感じたのは船体幅が狭いせいか。とにかく上流端まで行って、次は下流の流木止めまでと実にスイスイ。この流木止めのために取水口まで行けなかったのは残念。って、吸い込まれたらどうするんよ。

大雨の中を必死に戻ってくるカヌーたち

雲行きが怪しくなって来たので、桟橋に向けて戻りだしてしばらくしたら雨が降りだした。警戒感が幸いしてさほど濡れないうちに上陸できたので、うっかり遠出していた船が大慌てで戻ってくる様をゆっくり撮影。

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2007/08/21

80mの階段

機会があってロックフィルダムの点検通路、つまりダム堤体の内側を通ってみた。

ダムの管理区域へ
通常は入れない管理区域へ職員に導かれて侵入、じゃなくて進入。

堤体下にある入り口

洪水吐(こうずいばき)トンネル脇の口からダムの中へ。地中なので年間を通して気温は10℃前後(この日は14℃)、冬は暖かく夏は涼しい...を通り越して寒さを感じる。外から暖気が入ると霧が発生。

通路は左右に分かれる
点検通路は左右に分かれ2本ある。一般見学者は左岸トンネルへ。右岸は保安上の理由で見学はできないらしい。そういうこと聞くとよけい興味をそそられるのよね。


80mの階段。脇にはケーブルの束。
階段は約500段、高低差およそ80メートル。通路脇には堤体に取り付けたセンサーの情報を管理事務所に送るケーブルの束。
海抜294.5m、この辺りが水面の高さ
水面の高さまでくるとだいぶ暖かく感じるようになった(階段を上ったせいもある?)。

明るい地表への出口
明るい地表に出て安堵。

対岸から見る取水口と洪水吐
今回は特徴ある洪水吐を近くで見られなかったので、満水になる頃を見計らって出直してみよう(ちなみに現在は台風に備えて水位を下げている)。

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2007/04/02

国立ハンセン病資料館

春の陽気に誘われて、花見がてら新装オープンなった国立ハンセン病資料館(旧・高松宮記念ハンセン病資料館)に行ってみた。

桜が咲いたのとリニューアルのニュースを見たためだが、少し前に『独酌余滴』(多田富雄 朝日文庫)を読んだことも影響しているだろうか。

西武新宿線の久米川駅で下車。清瀬行きのバスに乗る…はずだがバス停が分からない。えいままよと歩き出す。工事中のバイパス(?)を歩くと自動車がほとんど来なくて実に長閑、なのは良いが、全編歩く根性はないので、本道に戻ってバス停を見つけたところでバスを待つ。見ると携帯電話で運行状況を知ることができると言う。2次元バーコードを読込む機能がないので懸命に親指で打ち込んでいるうちにバスが来た。orz

資料館停留所で下車すると目の前に資料館。バスを降りたのは私一人だが、入り口付近には人がちらほら。入場は無料だけれど、いちおう受付があるので寄ると性別・年代などの属性情報の提供(任意)を求められ、記入するとパンフレットをもらった。

展示は二階。重い常設展示(3部屋)を見ていると、企画展示の解説をするというアナウンス。

この企画展示は、韓国の国立ハンセン病療養所「国立小鹿島病院」元院長である趙昌源が描いた油絵展で、題して「趙昌源絵画展—小鹿島の光と影—」。小鹿島病院で起きた惨劇を後世に伝えるため筆をとったと言う。解説は趙先生ご本人。

説明の中には首を傾げざるを得ないものもあったが(たとえば患者隔離政策は日帝が持ち込んだ、というのはまぁそうだろうが、それ以前には患者差別はなかったかに聞こえる言い方や、日本の療養所は上げ膳据え膳みたいな解説、あるいはアメリカは本土の患者をハワイのモロカイ島に隔離したなど)、やはり現場の経験は説得力が違う。

印象的だったのは「生命の歌」の説明で、療養所では医者が少なかったため衛生兵の経験者(朝鮮戦争の後だったのでたくさんいた)が医療スタッフになっていた。彼らは戦地の経験しかないので、内科的治療で治るものまで外科的治療、つまり足の切断手術をしがちだったという話。

また療養者の子供(非感染)でサッカーチームを作り、全国大会に出ようとした際に、警察が阻止しようとしたのを実力で突破したという話。院長先生は軍人で(赴任した際も軍服姿だったという)、「警察なんて蹴っ飛ばした」と笑っていらっしゃったが、頼もしいような恐ろしいような。

常設展はとても一回では見切れないので、リーフレットにあるよう何度か通うことにしようと思う。

藤本事件資料はなぜか名前のところがマスクされていた。でも、本人上申書に名前がしっかり書いてあるから無駄なような。
ハンセン病資料館と桜並木


帰りは「『全生園の隠れた史跡』めぐり」をいただいて、桜並木から園内を散策。花曇りではあったが、花見客が楽しそうに幾組も宴を開いていた。そういえば戦前、園内の全生座で開かれた療養者による歌舞伎公演は近隣住民も観劇に訪れ、多い時は2日間で3000人に及んだと言うから、迷惑施設とは思われていないようだ。

帰宅してみると歩数計は14000を超えていた。

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2006/12/10

土・くらし・空港

成田国際文化会館で開かれていた「土・くらし・空港」展へ2日に行ってみた。お目当ては小川プロの映画「第二砦の人々」。開演までに少し時間があるから、と先に展示を見ていたら、危うく満席で見られなくなるところであった。その辺の様子は「共有される歴史」に詳しい。

これは第一次強制代執行を記録した、三里塚6部作の中ではもっとも激しい映画だ。ところが久しぶりに見て、次の「辺田部落」に通じる“語りの映画”の面が強いことに気がついた。とにかく長回し。砦の中で、バリケードの下で、地下壕で、まとまりなく話し続けるのをひたすら撮る。地下壕の通気口のところなど「もうわかった」と言いたくなるほど繰り返しろうそくを近づけて空気の流れを見せてくれる(これは覚えていた)。ラストの穴掘り(地下壕拡張)シーンは暗いし方言だし、わかることと言えば若者達が穴を掘っていることとそれが大変な作業と言うことのみ。それがまた延々と続くのだ。今回は真面目に見続けたので、使っているのがトンビ鍬(展示されていた)とわかったのが収穫。

(公開当時は「七月仮処分」「第二次強制代執行」を前にしていたので、今とは受け取られ方もずいぶんと違っていただろう。)

次に上映された「映画作りとむらへの道」によってそれが意図的なものであることが明かされる。作中登場する小川監督は、「辺田部落」のラッシュを見てだと思うが、東京から来た人ならカットして編集してしまうだろうということを語っていた。ところが地元でそのまま見せると食い入るように見て、良かったという。別に自分らが映っているからでもなさそうで、どうも村に流れる時間は都会とは違うようだ。

それにしても、その地味の権化のような「辺田部落」の上映を、「不測の事態」を理由に禁止した78年当時の筑波大当局者は、よほどの慧眼かただのバカであろう。慧眼というのは、あの地味地味を見て共感したら、若気の至りとは別のレベルで「空港を、この地にもってきたものを にくむ」ようになるだろうから。

東山薫についてははっきりとガス弾直撃による死と展示されていた。主催は航空科学振興財団歴史伝承委員会だが、後援には国交省や千葉県も名を連ねている。警察の不祥事は県の責任。機動隊員によるガス弾水平撃ちは証拠映像もあって否定しきれるものではないが、それでも国・千葉県は投石(同士討ち)説を主張し続けてきた。もはや特別公務員暴行凌虐致死罪は時効だから譲歩しましょうということか。それにしては去年、管制塔事件元被告人に1億300万円を請求するなんて、あー、つまり「良い過激派は死んだ過激派」ということか? ちなみに東山さんは救護所防衛隊員であって石を投げていた訳ではない。

他に目を引いたのが「七夕会」からの扇屋旅館への感謝状。三里塚への「不時着」3日後の7月7日に現地入りした運輸省(当時)職員は、空港反対の空気が強い中で宿泊場所の確保に苦労したようだ。それを引き受けたのが扇屋。いかなる事情あるいは思惑があったかはわからないが、これはやはり立派と言うべきだろう。「旅館は客を歓迎する」というシンプルな思想かもしれないが。

それに応えて「七夕会」という感謝の集いを続けた職員も礼儀を知っている。(でも、その気遣いを地権者にも示していれば、あそこまではこじれなかっただろう。引き返すには十分すぎる余裕があったのに。)

こういう展示があるにもかかわらず、貼り出されていた入場者アンケート(感想)には、「反対派一辺倒の偏向」みたいな寝言が書いてあって、まったく「見れども見えず」、自分の枠組みに収まらないものは目に入らないのねと悲しくなった。(これは自分にも返ってくる批判だが)

展示はいくぶん改良の余地があるとは言え、よくまとめられていた。常設展の実現を望みたい。これもアンケートに書かれていたが、空港内に展示室を設けるのはかなり適切に思える。

帰りは途中、千葉駅で降り、銚子電鉄の「ぬれ煎餅」を購入。

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2006/11/27

岡山訪問

所用で岡山に行ってきた(10/11,12)。

新幹線「のぞみ」に乗るのは初めてではないが、昼間は初めてというのを失念していた。油断して窓外の流れる景色を見ていたら気分が悪くなってしまった。帰りは通路側を取ることにしよう(念願かなって、帰路は新大阪まで通路側、それから同じ列車でB席(三列中央)だった)。

東京は雨だったが、岡山は曇り。翌日には快晴で、長傘は見事にお荷物。

雨の上がった岡山駅前

岡山市民会館で遠藤邦基と田中克彦の講演を聴く。偉い人が読み間違いをすると、おべんちゃらがそれを正しいものとして広め後世に残ってしまう話を聞くと、昔も今も人間って変わらないものだと改めて思う。古典を読むには批判的視点が大切だ。いま「聖書じゃないんだから」と書こうとしたが、実は聖書こそ筆写ミスの宝庫らしい。

閑話休題。田中克彦は名前くらいしか知らなかったが、現物は予想とだいぶ違った。日本の大学が「Brotstudium(飯の種になる学問)」ばかりに走って崩壊する、と大層悲観的。それもこれも勉強嫌いが政治家になって、その政治家が大学教育をいじるから、と首大学を作った障子破り都知事閣下などを引き合いに弾劾するが、実務を進める官僚は勉強一筋...あ、文部官僚は別格か(某官僚から個人的に聞いた話なので具体的には書けないが、旧文部省の感覚って、ほかの霞ヶ関の人間から見ても異次元世界のものらしい)。

教育の「恐ろしさ」は、かつて神州は不滅でB29は竹槍で落とせると信じた軍国少年(1934年生)なので骨身に染みているのだろう。

過日、田中の訳した『ノモンハンの戦い』(岩波文庫)を読んだ(不覚にも国境を巡る小競り合い程度にしか認識していなかったが、大規模な戦闘だったとしって驚く)。従軍作家の見聞記である第二部は興味深い。もし日本軍があの大敗をしっかり総括していれば、第二次世界大戦の悲劇は避けられたかもしれない。ま、そうだと今でも徴兵制や特高が残っていたかもしれないので、歴史を変えてやろうとは思わないが(歴史に「もし」はないとは言え、大日本帝国が賢く欧米との対立を避けていたら、核兵器は開発されなかったかも...うーん複雑な気持ち)。

講演内容とは関係のないことだが、市民会館の椅子の傷み具合から地方経済の疲弊が見えたような気がする。街に少しはお金を落としてくるべきだったな。

市民会館の傷んだ椅子

翌日は岡山大学へ。岡山大学と言えば糟谷孝幸(1969年、機動隊員に撲殺される)という人もいるだろうが、私は『思想としての風俗』で紹介されていた、関西全共闘最後の砦を見たかった。「パルチザン前史」にも描かれていた、時計台を占拠した学生が圧倒的な警察力の前に敢えなく落城する刹那、最後に歌ったのが「仰げば尊し」だった−−今こそ別れめ、いざさらば−−という伝説の大学。

だが、大学にある時計台は図書館のもので、どうも様子が違う。

岡山大学付属図書館の時計塔


帰ってきてから調べてみると、どうやら件の時計台は大阪市立大学だったらしい。あれぇ、記憶って当てにならない。

もっとも調べているうちに、「パルチザン前史」での歌声は、現地の録音はヘリコプターの轟音ばかりで、人の耳には聞こえた学生の歌声が入っていないため、別に録音した歌声を重ねあわせたものという文章も発見。これは映画を見た時に、ヘリコプターの音に比べて歌声が不自然に感じられたことに符合する。え、それこそ作られた記憶だろって? うむむ


岡山駅のホームで見かけた四国学院大学の学生募集看板。私がこの大学について知っていることはただ一つ、傑作アホ映画サマータイムマシンブルースロケ地だったということ。おーおー、あの時計塔も描かれているね。

四国学院大学の広告

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2006/04/18

至福の昼酒(羊山の芝桜)

思い立って羊山公園の芝桜を見に行った。平日だから自家用車でも大丈夫かとも思ったが、用心して電車を利用。飯能を過ぎる頃には車内は加齢臭ムンムン。と、隣の車両は小学校の遠足らしい集団。こちらはペド臭むんむん(ぉぃ)。西吾野駅でぞろぞろ降りて行った。ガラガラになった車両へ移動する。

横瀬駅で下車。地下道で線路を渡り「姿の池コース」で芝桜の丘に向かう。道には案内が整備されている。こちらはまだ桜が盛り。その下には朝から渋滞。電車で来て正解であった。

桜花の下は渋滞

が、着いてみると五分咲き。ちょっと早かった。
芝桜は五分咲き

花絨毯

文字通りの五分咲き
遠隔カメラが見える

自分撮りをしている人を見て真似をする(後で見たら順光にしたため眩しそうに目を細めていた)。多目的広場で樽酒とキュウリの浅漬けを食す。うまー。お酒はあえて升で。

芝生広場を抜けて見晴らしの丘へ向かう。途中にも芝桜。こちらから来た人はこれを見て「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」をやってたりして。

駐車場前の芝桜

見晴らしの丘は桜吹雪。

桜樹と姿の池

花吹雪

武甲山資料館に行くが火曜は休館。やまとあーとみゅーじあむもお休み。地図にも書いておいてね>観光協会

説明の無い「忠霊塔」は空疎に存在感を示し、秩父事件追念碑は人目に触れないようにされていた。建設委員筆頭が荒船清十郎だから「やはり野に置けレンゲソウ」扱い? 秩父用水の銅像には案内柱が建っているのに。まぁ桜吹雪が見事だったので許す(なんと非論理的な)。

忠霊塔

地図の上では道の脇にある碑

「この先」に碑がある

秩父事件追念碑

地図に「牧水の滝」と気になるものがあったので見に行った。

牧水の滝(人工滝)

人工のものであるという。下流の水車小屋(らしきもの)の中身は循環用ポンプと濾過装置。

一見水車小屋

ちちぶ銘仙館秩父神社に立ち寄る。織物というのは大したものだと改めて感嘆。秩父神社では不思議な立て看板に遭遇。

出口禁止って

その後、市内でさらに不思議な看板を発見。「無断駐車」して良いの?

無断駐車?

(実は赤で書かれた文字が褪せて読めなくなっている)

駅前でそばと再び地酒を喫して13:49の池袋行きで帰還。乗車時点で万歩計は18000歩超。

(そういえば昨春も思いつきで小旅行をしたなぁ。ああ、懐かしのNS)

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2006/03/12

柳瀬川散策

柳瀬川の岸辺を歩いてきた。

起点は空堀川との合流地点(のやや上流)。清瀬橋近辺は河川改修工事中であった。流れは道路(小金井街道)と離れ北に向かっているので、いったん戻って左岸の西武グリーンヒル内を抜ける。川が再び東向する地点で河川敷に出て下流に向かって歩いた。無味乾燥なコンクリート護岸でなく、自然石(だと思う)を積み上げてあり、流れには緩急があってDO(溶存酸素)は高そう。

しばらく行くと堤防上の道に上げられ、さらにしばらく行くと遊歩道から公園の小径っぽくなる。左手に別のせせらぎが現れ、「蛍を飼っているから入らないで」と。それはやがて小さな池に流れ込んでいた。気になって遡行すると、水源は案の定ポンプでした。もっともホタルが住めるなら循環水ではなくて井戸水かな。

池の畔に戻って家族連れに混じって小休止。小さな池ではあるが子供の目には大きな湖のように見えるだろう。その再現を狙って低いアングルから写真を撮ってみたものの腕の悪さを再確認したのみ。逆光なので露出を+に補正したが、足りなかったみたい。水面は白く飛んでいるし木々は暗いし...なんか斜めでもあるようだ。
060311a

(幼少時に連れて行かれ、広大と思った庭園や湖沼を成人してから再訪するとがっかりすることが多い。そもそも日本庭園は箱庭的で、想像力を働かせて楽しむべきものなのだろうが、それにしてもたとえば小石川後楽園の西湖の堤なんて、子供が見ても「何これ?」で三大がっかりに匹敵する誇大広告だと思う。ああ、本物を見てみたいものだ。)

閑話休題。現地の写真は金山緑地公園と金山調整池と柳瀬川回廊構想金山調節池と金山緑地公園(探鳥スポット)に素晴らしいのがあるので、そちらを見てほしい。

そう、ここは調整池。洪水防止のため、堤防を低くしてあり越流により水位を調整するところ。だから北側にはより高い堤防があり、そこには「危険ですから入らないでください」と。もちろん大雨のときの話。しかし水没してホタルは大丈夫なのだろうか。今度、台風でも来たら冠水状況を確かめにこよう(だから危ないってばさ)。

川を辿っていたのだと思い出して堤防に戻る。下流には見事な桜並木。もうしばらくすれば格好の花見地帯になるだろう。
060311b


清瀬台団地の対岸にはもういくつか池があり、木道で上を歩けるようになっていた。清掃が行き届いているのか訪れる人の民度が高いのか、ゴミは目につかず、実に気持ちがよい。うろちょろする子供はやや目障りだが、これは仕方が無いだろう。学校のある日か、盆暮れ、今年ならワールドカップの試合中なら空いているだろうか。

鳥を狙っているのか日向ぼっこをしているのかよくわからないネコ二匹を驚かさないよう堤防上をそっと歩き、市民体育館手前で左折(あとで地図を確認したら直進可能だった)。

武蔵野線のガードをくぐり、九十九折(大袈裟)を登ると途中に城山神社の鳥居。右を見ると滝の城址公園のプレート。ああ、それで下に駐車場があったのか(気づけよ)。どこに滝があるのかと入ってみるも、もちろんそんなものはありはしない。伝承によれば城内に滝はあったらしい。柳瀬川に向かって落ちる急峻な斜面は竹林になっており、そこに小さな流れもどきが見られたので、この上流だろうか。だが、水は停留しており、阿呆が捨てた小型テレビが醜態を晒すのみ。

東所沢駅に出て帰宅(線路は進行方向左手にあったのに、駅は道路右側なので驚いた)。

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2005/11/05

入間航空祭2005

3日(文化の日)は誘われて入間航空祭へ。


Iruma Air Base 普段は入れない空軍基地へぞろぞろと進入。滑走路も家族連れでにぎわっていた。

「ミス航空祭」のパレードに遭遇。力才色兼備の婦人自衛官のアピールかと思ったが、どうやら民間人らしい。近隣の地区ミス?を集めたらしいが、正直言って装備品展示場にいた婦人自衛官の方が凛々しくて素敵に思った。ミス空挺団(いるのか?)にパラシュート降下させる方が受けるだろうに。ちなみに「ミスター航空祭」も地味にやってました。こっちは隊員だろう(禁令を破ってシートを持ち込んだ見物客が前を占拠していて近寄れず未確認)。


展示されたジェット機

格納庫では諸装備の他に練習機も展示。これは車輪のリトラクト(格納)を見せるため(だけに)、支柱で空中浮遊させてある。後方から伸びているコードは動力用であろう。エンジンが停まっていると非力なものだ。


ペトリオット発射台 防空の英雄?ペトリオット。政治家が戦争回避に失敗したらお世話になるしかないのであるが... そもそも回避に努力する気なさそうだし(おき火に揮発油を注ぐようなことには熱心)。

ペトリオット発射台の注意書き
その発射装置には「フォークリフト使用箇所」「重心」「前方→」などと注意書きがされていた。これ、安全操作の基本ね。前方後方間違えてセットしたら洒落にならないし。(^^;


バッテリは右側後風防の下にある そういえば練習機のせいかもしれないが、機体にはいろいろ注意書きがしてあった。「バッテリは右側後風防の下方にある」とか。


脚立に乗って携帯電話
本格的に脚立まで持ち込んで、携帯電話で撮影する謎のおじさん。日本の国防政策を象徴?(脚立が装備、カメラが外交ね)


温泉フランクの暖簾

お祭りにはつきものの屋台村。しかしさすがというべきか、アルコール類は見当たらない。謎の「温泉フランク」を発見。でも食べたのは別の店から買ったスパム(SPAM)ステーキ。
スパム(SPAM)ステーキ


入間ターミナル
「一般乗客待合室」って何? 向かって左は「VIP専用」。


へりコプター へりコプターって、あなた....

...勘亭流ですか。


ゲバラのシャツを着て歩く若者 おうおう、USA同盟国の軍事基地にゲバラのシャツとは良い度胸だ。って、単なるファッション? 単なる無知?


総立ちの観客。子供は肩車 雑技団の全国大会? ブルーインパルスは空中演技ですから座っていても見られるのに。離陸前にあれこれ言うから観客総立ち。

この日はあいにくの曇天で、華麗な飛行も背景が鉛色ではいまひとつ。収穫の一つは「防空監視は難しい」を実感したこと。


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2004/12/19

光る骸骨

分子生物学会年会にかこつけて神戸行きを企てたが、神戸ルミナリエは13日点灯なので、逆立ちしても見る事ができない。そこで地元の人に「昼間に見る価値はありますか」と聞いたところ「白い骸骨みたい」と素敵な回答。遅れてきた青年よろしく心の眼で「こうなのだろう」と補正するのはお得意なので見に行く事にした。11日夜に酔狂な酔客とともに探索。闇夜にほの白く浮かぶ姿を見て想像を巡らす。

12日朝、朝日の下での趣を確認するため再訪問。すると、なんと試験点灯されていた。ラッキー。

luminarie

その後、時間調整のため湊川公園の大楠公像などを見て帰った。

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