2017/05/23

ふくしまの話を聞こう6

震災の翌年から始めた「ふくしまの話を聞こう」は毎年続いて今年で6回目。思うところあって企画からは外れたが、今回はアクアマリンふくしまの富原聖一さん、漫画『いちえふ』作者の竜田一人さんという組み合わせ(これだと「福島によそから関わった人の話を聞こう」になるね)にも関わらず、締め切り近くなっても申し込みが低調なので、空席を一つでも減らせたら、と申し込んだ。最終的には50席に対して45人の申し込みがあり、会場はほぼ埋まった。

富原さんには去年行った〈調べらぼ〉でお会いしているのだが、実は震災の翌年に復興支援として企画された他地域から持ち込んだホタルを放流するイベントを阻止した人であった。そういう人がいたのは記憶していたけれど名前は失念していた。

竜田さんはお馴染みのギターを抱えた覆面姿。「ご挨拶がわりに」と一曲唄うけど、それJASRAC管理曲じゃない? これネット中継されてるよ、イベントは入場料取ってるよ、とハラハラ。

そして「がれきのうた」(作詞,作曲:北川玉奴)では、『いちえふ』第十一話「ギターを持った作業員」にあるように、突然「ハイ、皆さんご一緒に」と。思い返してみると急進反原発派の醜悪さが露呈したのが津波被災財(いわゆる瓦礫である)の広域処理問題だった。広域処理の対象は岩手・宮城両県であったにもかかわらず、「放射能を持ち込むな」と穢れ物のような扱い。これがどれだけ被災地の人々の心を傷つけたかは、たとえばNHKの特集ドラマ「ラジオ」にも描かれている(ラストで少女がバスの中で聞いていた女川さいがいFMがフツっと聞こえなくなるのは旅立ちを象徴する名シーンだと感動したが、実際はあんなふうに聞こえなくなる訳ではないそうだ、ぇー)。だから「ガレキガレキ我が歴史」と唱和した。



「ROUTE 6」(作詞,作曲:竜田一人)には「そこに奴らがある限り 1号2号3号4号雁首揃えて待っている 必ず奴らの息の根止めてこの大地から消してやる」という歌詞がある。原発はそんな「息の根を止めて」「消してやる」悪魔みたいな対象なのか?という疑問が、歌を最初に聞いた時からあった。そこで質問票に書いて休憩時間に提出した。これに対する答えは、まず2012年当時の思いを勢いで書いた、それから今でもいちえふは更地にしなければならないと思っている、と。

東京電力福島第一原子力発電所に対しては「今までさんざん国の為に働いてきて,体に無理が出て倒れたら,今度は感謝されるどころか汚い物の様に石を投げられる。こういう姿を見るのが忍びない」というがあるという。おそらく「そんな悪魔みたいに言わなくても」という私の感覚はその影響を受けている。

未来のエネルギーとして発展を夢見させておいてから、いきなり全てを奪うのは契約書を振りかざすメフィストフェレスのようでもあるが、荒ぶる神のようにも思える。力尽くで対決するのではなく、鎮めるのがふさわしかろう。

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2017/01/08

2017年を迎えて


差し出した年賀状。水族館のガラス越しに、上からトドが覗き込んでいる図。

トリ年じゃなくてトド年、という駄洒落は後から思いついた。差し迫ったToDoはないものの、備えある者に運命は牙を剥く、というわけで年賀状は「進捗どうですか」(ハガキに印刷したものは、フォントがMS明朝という痛恨のミス)。

2016年を振り返ると

1年を振り返ると、いろいろあったようなアッという間に過ぎたような。Twilogをみると2016年は11,729ツイート、月平均977も囀っていたことが分かる。さすがにそれをトレースするのは疲れるので、デジカメで撮った写真を広げてみた。

睦月

1月の出来事では、まず17日の「アクアマリンふくしま」への遠征。特急ひたち号の座席システムとか調べラボ(「たべらぼ」と読む)とかエピソード満載。ちなみに年賀状に採用したトドの画像はこの時に撮影したもの。

如月
車道の真ん中を昂然と歩く毛糸の帽子をかぶった男性
テーブルに並ぶプラスチックコップに注がれた黒ビールとずんぐりとしたビール瓶

2月には旧師Aからチケットを貰ってコピスみよしで開かれたザ・シンフォニエッタみよし第3回特別演奏会を聴きに行った。ホワイエで地ビールを飲んで地域貢献。

また「知らないではもったいない!!! 米を食べて、治す・予防する研究が進んでいる」という講演会聞きに行った。この年は他に「遺伝子組換えの現状と未来を考える」「遺伝子組換え問題の実情と日本」にも参加。前者はまだ研究者も呼んだ両論併記だったが、後者は「日本のGMO反対運動は世界の周回遅れ」だというガチの反対派を呼ぶというので、蓋然性の低い健康被害とは違う話が聞けるだろうと期待して知人も誘って赴いたところ、deleted for courtesy reasons(礼節上の理由により削除)

弥生

月刊「細胞工学」最終号表紙。「35年間 ありがとう ございました」と大きく縦書き 3月1日、「細胞工学」の最終号を購入(1日に買えるなんて、としんみり)。表紙の「35年間ありがとうございました」に衝撃を受ける。もうそんなに経っていたのね。

大教室の演壇脇でピンマイクの調整をする男性(Y教授)。最前列には小柄な男性(S元教授)が。

また市役所ホールで開かれた「所沢市民活動見本市」を抜けだして、卒業した大学で開かれている退官記念講演へ。実際に師事したS教授はだいぶ前に退官され、在学中には助手だったT博士も2015年に退官されており、この日の主役Y教授には指導されたことがないのだが、「酒を注ぐとき、飲み切るならラベルは下向きで構わない。上だったら“全部は飲まない”というサイン」という非常に大切(?)なことを教えていただいた(SDS-PAGEの話は、当時は笑い話で済んだけれど、今ではFFPと言われかねないので封印)。大学に着くとS元教授とバッタリ(T教授の最終講義の時もそうだった)。「君も勉強熱心だな」と誉められたけれど、別に勉強しようという殊勝な心掛けというわけではゴホンゴホン。先生は会場に入ると最前列へ、私は後ろの方でひっそりと。Y教授はというと、昔日の面影は残すものの白髪が増え、これが時間の作用というものか、と慨嘆。

県赤十字血液センターから「献血ご協力のお願い」というハガキが届き、追っかけるように電話がかかってきたので成分献血を予約。行ってみると20単位を採取できる新型(?)機械を導入したとかで、PC Premium Clubへの入会を依頼された。PCってのはPlatelet Concentrates:濃厚血小板のことかな?(まさかPenile cancerでもあるまい)。通常の血小板献血よりも体内に入るキレート剤(凝固防止剤)が多いそうで、カルシウム入りウエハースを渡された。これは初めての経験。ちなみに11月に献血ルーム・柿田川に行った際、時間がかかっても構わないかと妙な確認をされ、機械を準備するから少し待っててと渡されたのがこのウエハース。そこで「20単位?」と聞くとアッサリ認めた。どうやら数値が良かったらしい。

ビルの角に「三陸の台所 越喜来や」という墨書きの木の看板

月末にあぶく銭が手に入ったので、パーッと使ってしまおうということで、かねてより気になっていた越喜来やへ行き東北の海の幸を堪能。次は大塚にある「大塚みちのく」だ(といいつつ、とうとう年内には行かなかった)

卯月
献血ルームのドア前に掲げられた看板 ペットボトルのラベル。天然の微炭酸水と書いてある。

4月、献血ルーム巡りは群馬県に。太田献血ルームで400mL提供した帰りにPAで奥会津の「和みの炭酸水」を購入。

歩道に列を作って銀座熊本館への入館を待つ人々

面接(結果は不採用)で東京へ出たついでに、熊本地震被災者のために何かしようとアンテナショップ「銀座熊本館」に立ち寄るも、平日だというのに行列が店外まで伸びて入場規制がかかっていた。古着とか中途半端な物資を送るよりは被災地の産品を購入する方が支援になるという認識が広がったのなら慶賀。球磨焼酎セットその他を購入。

大きく「うみラボ」と写されたスライド

5回目のふくしまの話を聞こう。初回以来転々とする会場、今回は定員45名とこじんまり。お話はいわき海洋調べ隊うみラボ共同代表の小松理虔さんと兼松商店さんけい鮮魚店の松田幸子さん。

国道脇山側にできた高さ5メートルほどの雪の壁(でもその先には斜面の草地が見えている)

走ってみたいと思いつつ、毎年気がつくと時期が終わっている「雪の回廊」。今回は国道292号の志賀草津ルートの開通(4月22日)直後に行くことができた。生化若手の会の第25回夏の学校会場となった白樺荘、第27回の会場となったホテルニュー志賀の前を通り、グングンと登って峠からの眺望も堪能。が、残念ながら期待した光景は見られなかった(天候依存なのでやむを得ない)。この写真自体だいぶ盛っていて、実際は雪の壁は片側だけという有様。ニュースの写真を見ると(「続きを読む」をクリックすれば読める)、嘘にならぬよう苦労して撮影しているさまが忍ばれる。

皐月
水平線上にたなびく雲の上に出た朝日

5月、思い立って日の出を見に行った。「世界一大きなトイレ」にも立ち寄ったが、撮影を依頼できるご婦人を同伴しなかったので外から眺めるだけ。ただ、花で飾られた昔日の面影はないようだ。

水槽の中には水草と金魚

NEETなのでNII、というわけではないが情報学研究所のオープンハウスを覗きに行った。このとき見た水没コンピュータは、なぜか初夢に出てきた。

水無月
映画館のポスター

6月、ポレポレ東中野で映画「さとにきたらええやん」を見る。きっかけは忘れた。年末の映画会で上映するものを探していたからだろうか。プログラムを購入し、重江監督にサインをもらう際「地元での映画会の上映候補に提案します」と言ったところ、幸いにも12月の自主上映会として実現した。SHINGO 西成の音楽は癖になる。「心とフトコロが寒いときこそ胸をはれ(夏よりは年末向き)

聴覚や視覚に障害があっても映画を楽しめるように日本語字幕や音声ガイドを用意したノーボーダー上映会」というものを体験。会場に行った際「この街にはこんなにも障害者がいたのか」と驚く(はっきり言って、われながら不見識)

ガラス鉢に盛られたゴマと細切りしたハモの皮とキュウリを和えた物

月末に前述の deleted for courtesy reasons なシンポジウムを聞き、元FBIOの会員と連れ立ってお口直しに神保町の「なにわ」へ行ってハモ(の皮)を食す。飲み過ぎたせいか、終電で乗り過ごし、深夜に徒歩で1時間という失態。

翌日、かつて「核実験ができそうな」蕎麦屋とネットで紹介されて気になっていた朝霧高原の実紀亭に、「早く行かないとなくなるかも」と思って出かけたところ、なくなっていた。今でもGoogleSVでは看板が確認できるけれど、現地に行くとすっかり撤去されている。

文月

7月になって4月の400mL献血から3か月経ったので(本当は2か月経つと成分献血は可能だった)献血ルーム巡りを再開。まず高崎で七夕献血、翌月に前橋へ行って群馬県はコンプリート。高崎駅には郡山駅と同じ切り欠きホームがあるだけでなく0番線もあるという小さな発見を楽しむ。

展示中の触れるラブドール(ノースリーブを着た若い女性そっくりの人形)

新聞記事に触発されて神は局部に宿る」という展示会を見に行った。入場料を払うと受付の女性がにこやかに「テンガさんからです」と赤い小物を渡してくれて、嗚呼自分はZeitgeistから取り残されているなと実感。

葉月

8月、前橋で献血を終え、昼食をとるため市内へ。けやきウォークの前に貼り出されたユナイテッド・シネマ前橋で上映中の「シン・ゴジラ」のポスターを見る。その時は「ふーん」くらいだったが、だんだん気になり、とうとう9月になって観に行った。なるほどあれが噂の蒲田くんか、「まずは君が落ち着け」ってのはこういうシチュエーションだったのね、等と得心。

浜から見た「東洋のドーバー」と称される屏風ヶ浦の断崖

犬吠埼へ遠足。銚子電鉄のぬれ煎餅を焼く体験も。

月末、クラウドファンディングで一口乗ったユニバーサル映画館のプレ・オープニングイベントに招待される。当の映画館は20席のこじんまりとしたものなので、イベントは北とぴあのホールを借りて。そこで衝撃的にdeleted for courtesy reason な映画を見せられる。あまりにげんなりしたため続いて上映された「街の灯」にすら、「けっ、結局は金持ちの金頼みかよ」と八つ当たりする始末。それでもその後のダイバーシティトークショーは良かった。特に健常者も障害者も一緒に楽しむ運動会の話。

長月

訳あってiPhone6を購入し、0simと契約してAurasmaに取り組む。

神無月
広場の中央に組まれた櫓の上から見下ろすレスラーマスクの怪人(竜田一人さん)

調べラボ(繰り返しになるが「たべらぼ」と読む)の「木戸川の飲むイクラ」に参加できないので、フェスティバルFukushimaへ行き、竜田一人さんと握手。CDも購入。

月末にはオープンしたユニバーサル映画館シネマ・チュプキ・タバタで2回目の「さとにきたらええやん」鑑賞。

せっかくなので1年間有効な年間パスポートを購入し、続く「みんなの学校」も。ただし、次回更新できるかは不明。6回来れば元が取れるので、12月には「言論と公益を脅かすニセ科学問題」の後に「素晴らしき哉、人生!!」を観に来た(台詞の日本語字幕に日本語音声が重なり、さらに状況説明も重なるという賑やかさだが、古い洋画には吹替版がないのでやむを得ない)

久しぶりに東京大学本郷キャンパスを訪れ、三四郎池の周りを散策。いつの間にか医学部教育研究棟なんて高層棟ができていた(2002年の完成らしい)

霜月
キャンパス・イノベーションセンター東京の門柱に貼られた手書きの案内

バイオフォーラムからのスピンオフ(といってもいいよね?)ライフサイエンス辞書(通称LSD)プロジェクト」が初めてのユーザーミーティングを開くというので顔出し。当然のことながら、皆さん順調に齢を重ねている。ただ、金子さんはあんまり変わってないような。

販売用にテーブルに並べられた料理や飲物。後ろには売り子の女性。

知人が1日店長を務める復興バーで海の幸を味わい石巻への憧れを高める。

師走

映画「さとにきたらええやん」のバリアフリー上映会を開催。せっかく目が見えなくても楽しめるようにと音声ガイドも用意したけれど、午前の部(演奏会)では見かけた白杖の人も午後には来られなかった。プログラムはそこそこ売れたものの、入場者数は期待を下回り、これはたぶん宣伝不足のせいだろうと反省。映画自体は平成28年度文化庁映画賞を受賞するし、商業館ではアンコール上映が続き、そして多数の自主上映会が開かれる人気作。それが前売り500円で見られるのだからホールが満席になってもおかしくはなかったのに。

「欠如モデル」とそれへの批判を初めて聞いたときは「そういう考え方もあるのか」と感心したが、しばらく聞いているうちに「それって、人文系の自然科学系に対する欠如モデルなのでは?」という疑問が生じた。核になっているのが「お前らは分かってない」と「私たちの言うことを聞け」しかないように感じたからだ。いったん疑惑の念が浮かぶと「要するに欠如モデル批判って、自分の無知・無理解・不勉強を糊塗する屁理屈なんじゃないの?」という極論すら有力仮説に見えてくる(もちろん、こういう対立しか生まない罵倒は慎まなければいけない)。そんなことを漠然と思い出した日本学術会議公開シンポジウム「高レベル放射性廃棄物の処分をテーマとしたWeb上の討論型世論調査」

加賀の井と書かれた箱

糸魚川市の大火災に心を痛め、自分にできる支援は?と考えて焼失した加賀の井酒造の酒を買い求めた。ホームページからリンクはされていないが検索すると見つかる取扱店一覧を頼りに東武百貨店で購入。本音を言えば、もう少し安いのを買い求めたかったのだが... 奮発しただけあって美味だった。

板橋区議がホタル館の不正を追及して党を追われた問題を憂慮した人たちが言論と公益を脅かすニセ科学問題を開いた。こういう闘いは中間層の争奪戦なので、権威主義に基づいた罵倒・嘲笑は有害でしかないと改めて思った。それなのに、演者の天羽さんが「人格まで貶める批判はしない」とまとめているのに、翌日「根拠をもってインチキ、バカ、ロクデナシ、クソ、カルトと言おう」と言っている参加者を見つけてげんなり。インチキとカルトについては事実の証明ができれば公益性ありで免責可能だけど、バカ、ロクデナシ、クソはとっても危険。

念のため補足しておくと、本当のことを言っても名誉毀損罪は成立することがある。たとえば「あの人の父親は前科持ち」「あの人は父親の本当の子ではない。知っているのは母親だけ。」これらを公言すれば、それが真実であっても名誉毀損に当たることは理解できるだろう。法律の条文は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず」なのだ(免責される特例はある)。名誉毀損が成立しないのは、社会的評価を低下させない、つまり指摘事実を社会が気にしなくなったとき(か、公共の利害に関する事実を公益目的で公にした場合)

新年ご挨拶(返信)

年賀ハガキというのは厄介な面があって、元日に相互同着なら問題はないものの「しまった、この人には送ってない」と慌てて出したり相手にそれをやらせたりで、結局フェードアウトの機会を失することが。一時期「メールで十分」とだいぶ減らしたけれど、ある程度減ると安定するようで、特別な付き合いがあるわけでもないがおよそ10通をいただく。この年末まで返事を引っ張るのもあれなので簡単に。1行目が相手のイニシャルと出会ったときの所属、2行目が来信(抜粋)、3行目がお返事というかコメント。

Kさん(元N高)
「お元気ですか」
まぁまぁ元気です。
Fさん(元生化若手)
「本年も変わらぬおつきあいの程」
2016年は元若手の集まりもなかったね(ってことは、2017年も「変わらぬ」で?)。
Iさん(元S社)
「今年もよろしく」
そろそろ定年じゃありません?
Fさん(元K中)
「元気かな?」
越喜来やへ行こうよ。
Oさん(元T大)
「たまには飲みたいものですね」
GT会も休会状態になって長いね(私が開催を知らないだけ?!)
Mさん(元生化若手)
「年長組でまた会いましょう。」
(いかん、MLに投稿していない)
Nさん(元N大)
「大学教員になりました」
おめでとう!(テニュアだといいけど)
Hさん(元I大)
「還暦です」
(これという理由もなく賀詞交換が続いているのはこの方の律儀さによるのだろう)
Nさん(元生化若手)
「今年は良い年にできればと思っております」
「も」じゃないのが辛い。
Iさん(元S社)
「種から育てた柿の木が七年目に初めて実をつけました」
月日の経つのが早く感じられるなら、次は梨の木を植えましょう。
Iさん(元O博士応援団)
「BIには月・水勤務しています。14年目に突入。」
(顔本でつながっていても賀状が届く、この人も律儀。)
Aさん(元T大)
「復興バーありがとうございました。またやりますよー」
今年は石巻へ行こう、と思う。
Tさん(元I大)
「時間があったら農園で一緒に作業は如何ですか?」
(そういえば昔、援農というのをやったなぁ)

回顧だから年末に上げる予定だったのに、新年挨拶にずれ込み、それももう松は取れちゃった。思えばずっとこうだった。さて来年のはじめにはどんなことを書くだろうか。

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2016/04/10

今年もまたやります「ふくしまの話を聞こう」

震災の翌年から始まった「ふくしまの話を聞こう」。今年は海と魚の話を聞きます。

ふくしまの話を聞こう5

4月16日の土曜日、会場は千代田区立日比谷図書文化館(旧・都立日比谷図書館)4階の 小ホール(スタジオプラス)。

広い会場を手配できなかったので45席とこじんまり。そのため会費は1,500円と大幅アップ。そのためか残席あります(第一回の時は、江川紹子さんにツイートされたとたんに満席となって、慌ててテーブルをなくして増席したものだが)。お申し込みはこくちーずから。遠隔地の方のためにネット中継も検討しています。

また終了後に講師を交えた懇親会も企画しています。お申し込みはドアキーパーから。

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2015/01/08

いただいた賀状とお返事(続)

その後、4日までにまた賀状が届き、さらに電子メールでの年賀も頂戴しました。

いただいた賀状とお返事

05番さんへ:石巻復興Bar@銀座での写真はクラウディアちゃんとのツーショットになされば良かったのに
35番さんへ:羊の絵柄にメガネとヒゲを描き足さないで
51番さんへ:神田近辺でも口を探しておりますがなかなか
52番さんへ:「午前8時、9時の太陽のように、生気はつらつとしており、まさに、旺盛な時期にある。希望はきみたちにかけらている」(『毛沢東語録』30.青年)>「一万人の第九」に挑戦しました

これでたぶん打ち止め。

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2015/01/02

年賀状2015

昨年(2014)おそらく数十年ぶりに年賀状を年内発送する気になった。それまではなんのかんのと理屈をつけて、メールへの移行を図ったり年が明けてから来信分にだけ返事を出したりしてきたのだが(時代が変わって、年賀はがきを一所懸命売ろうとしている日本郵便の末端職員に同情を覚えたのかもしれない)

だが、年内に新年の挨拶を書くのは難しい。とりたてて報告するようなことがないので尚更。というわけで、詳しいことはブログを見てね、と書いて送ることで時間稼ぎ(その見てほしいエントリーが1つ前に載せた「2015年を迎えて」)
上部に小さく「謹賀新年」、その下は空白で、下に5行ほどで「ブログを見てね」と

いただいた賀状とお返事

添え書きで、いただいた賀状に返信するときはエントリー中に書くから、とコードを発行した。ちなみにこちらから送ったのに元日にあちらから届かず「しまった。ピンポン感染的ループに陥ったか」と焦るケースも発生したが、うち2通は2日に無事到着。しかし中には「あらー、細川さんから来ちゃったよ、今年は出してないのに」と焦らせているケースもあるかもしれない。ごめんなさいごめんなさい

以下、順不同にお返事。
06番さんへ:お陰さまで身体だけは丈夫です>げんきにやっていますか
32番さんへ:最終講義にはぜひお伺いしたく>今春で定年退職
18番さんへ:昨年の講演会「住まいの力が支えるからだと心」のポスター掲示にご協力いただきありがとうございました
56番さんへ:国研や大学は大変みたいですね>今年は、職場の改組もあるので何かと忙しくなるのではないかと
47番さん(Winnyとは無関係)へ:紺屋の白袴とならぬようお気をつけを>身体もガタがずいぶんきています
15番さんへ:ハガキにも書いたように去年の暮に宇都宮に行ってきた。今月もう一回行くけど、立ち寄ったら面白いところありますか?>元気ですか?
34番さんへ:働き口が決まったら、ドーンとお祝いの宴を開くので、そのときは喜捨よろしく>今年は会いましょう
02番さんへ:実は貴宅のそばを何度か通ったし、今年も何度か通る予定ではあるのだが...>生きているかね?
73番さんへ:難病の中には発症を遅らせる(百歳過ぎての発症なら治療法がなくてもほとんど問題にならない)という対策を模索しているものもあるとか。国や社会の場合は簡単にリセットはできないけれど。>時限爆弾
62番さんへ:4人家族なのに写真が3枚で、一瞬1人除け者になっているのでは心配しました。3枚ともお子さんだけでしたね。(^^;

たぶん続く

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2015/01/01

2015年を迎えて

2015年というと洋々たる1年の始まりの気分ですが、昭和に換算したら九十年と聞くと気分が萎えるのはなぜでしょう。皆さんおめでとうございます。

2014年を振り返ると

1年を振り返ると、いろいろあったようなアッという間に過ぎたような。Twilogをみると2014年は13,045ツイート、月平均1087も囀っていたことが分かる。さすがにそれをトレースするのは疲れるので、デジカメで撮った写真を広げてみた。

会場に貼り出されたプログラム変更のお知らせ 1月は板橋区立文化会館へコンサートを聴きに行き、ついでに中板橋のだいすき日本でカレーを食べた。
ムンクの「叫び」をモチーフにした起き上がり小法師 2月は国立西洋美術館へムンク版画展を見に行き(これは3月の下見)、ミュージアムショップで「起き上がりムンク」を購入。
アンケートに「スライド撮影を認める場合もスマホ・携帯電話は禁止して」と記入 3月は日本農学会シンポジウム「放射性物質の除染・汚染水漏洩の現状を問う!」を聴講(してスライドを撮影するシャッター音にイライラ)したりiPod touchを買ったり(夏に落としてガラスにヒビがががが)した。
空席が並ぶ「パンドラの約束」上映館4月は映画「パンドラの約束」を渋谷まで観に行き、平日ということもあって空席が目立った館内で考え込んだ。
墓参り また祖父(五十五回忌)と祖母(三十三回忌)の法事で父方の郷里へ飛んだ(写真中央のマスクをしている従兄弟とはこれが最後の対面に)
開演直前のサンパール荒川のホール壇上 5月はアラフォーオケ演奏会となにわクラシックコンサートと音楽づいた(さらには放射線連続講演会「福島県における伊達市の除染と3年目の課題」やNIIオープンハウス2014にも)
休憩時間にスタッフと打ち合わせる長身でがっしりした体つきの滝田さん 6月は一時帰国した滝田明日香さんを迎えたビッグイシュー基金のイベント、それから中学校の同窓会に参加。この月は高校の同窓会長に頼まれて同期が主宰している劇団の公演も観に行ったが、これについては既に書いた(その後にお口直しに行った「きりえや・偽本大全」は図書館内ということもあって写真を撮らず)
復興バー@銀座のメニュー。「発泡純米吟醸酒」がなぜか「発砲」に 7月には知人が一日店長を務める復興バー@銀座に行って飲み食いしたかと思えば『未来をつくる図書館』を著した菅谷明子さんと『つながる図書館』の著者である猪谷千香さんとの「がやがやトーク」に感じ入ったり。
ナンバープレートを外すと一気に廃車っぽく見えるカローラ この月には亡父が残したカローラのエンジンがおかしくなり、修理用部品の調達が困難なので母が中古車を購入。5年物だが何もかもが新しく見える今浦島の気分に。
炉からの遺骨を待つ骨壷 8月は悲しい遠出となった。従兄弟が病没し、その葬儀に参列。
MMRワクチンの箱 月末にはディスカウント価格に惹かれてMMRワクチンを接種(これがその後、献血の度に問題視されるとは夢にも思わず)
恵比寿麦酒祭2014の会場。中央に福島県のゆるキャラ「キビタン」の姿 9月に入るとNPO法人の講演会「住まいの力が支えるからだと心」の運営に携わったり恵比寿麦酒祭2014へ出かけたりダムの放流を見に行ってその帰りに献血ルーム巡りの第一歩として熊谷駅献血ルームに寄ったり(ここでMMRワクチンがインフルエンザワクチンなどとは異なり4週間禁忌と知るが、ぎりぎりセーフ)
バルーンで作られた全長50メートルのリアルな巨大バッタ10月はNPO法人ところざわ福祉の住まいづくりをすすめる会(とこすま)メンバーとして市民活動支援センターまつりに参加する一方で観覧者としてインセクト・ワールド-飛蝗を見に行った。
千葉市立美術館の玄関 11月は横浜まで昆虫大学へ行き、その翌日には千葉市まで「赤瀬川原平の芸術原論展」を見に行って感傷に浸った(この時ミュージアムショップで『ワドル!!』を購入)
ショッピングモールkokoriの2階壁面に書かれた「甲府献血ルームGrape」の文字 そして12月は献血ルーム巡りで山梨県コンプリート川治ダム放流見学会参加(途中の沿道に鬼怒川秘宝殿を見つけ、「なんぞこれ?」と思いつつ通過したが、まさかほどなく閉館してしまうとは...)と、こうして振り返ると結構活動的な1年であった。しかし、どれだけ生産的というか社会的に有意義だったかと問われると寂しい限り。

なお、顔本にもいくつか活動の記録があり、いくつかピックアップすると4月に「ふくしまの話を聞こう3」、6月に和亭『なにわ』の女将さんにPC講習、映画「原発の町を追われて」観覧(上映主体にはがっかり)(このブログにも書いたが)映画「ゴジラ」(1954)観覧(なんとなく不安は覚えていたが、予想以上に突込みどころが多くて困惑)、上述(11月)のインセクト・ワールド-飛蝗の動画撮影など。それと年初に胃のポリープが見つかり、さらにその中にピロリ菌という胃がん疑惑に見舞われたものの、1か月かけて駆除に成功したのが去年のハイライトの一つ。

2015年の抱負

2015年に限らず、今後は一手先を読むあるいは持ち駒を残すことを心がけることにした。「これで足りるだろう」と思っても、念の為にもう一押し。事前に「困ったことになるんじゃないか」という危惧を覚えたら、予防措置をとる。以前は『八十日間世界一周』の終盤に出てくる、船体を焚きつつ疾走する蒸気船のような生き方が格好良く思えたが、ぎりぎりを狙うのはよろしくないと悟った。

ただし、この念を入れるは私の場合、一歩間違うと余計な一言になるので要注意。思ったことをすぐ口に出すのは慎み、「これに対してこう言ったら、相手はどう捉え、どう反応するだろうか、それに対してなんと応えるか」までをちゃんと考える。そして、(たぶんこれが一番重要)そのシミュレーション中は決して顔や態度に表さないこと!

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2014/10/16

「みどりの日」の茶番

国民の祝日について書いていて思い出した。

現在(2014年)「みどりの日」は5月4日になっている。だが、これは2007年からの話で、2006年までは4月29日(現在の「昭和の日」)が「みどりの日」であった。なぜ「みどりの日」が「昭和の日」になったのか。1988年まで4月29日は「天皇誕生日」であったのだが、昭和天皇が亡くなって「天皇誕生日」が12月に移ってしまったため、休日を残すために「みどりの日」が設けられたのだ(当時から「昭和記念日」のようにする動きはあったようだが、明治節の例はあるものの大正天皇の場合は祝日でなくしてしまっていた先例を考慮したか、あるいは根強い戦争責任論に遠慮したのか)。生物学者でもあった昭和天皇に(やや強引に)に結びつけたのが新しい祝日「みどりの日」。それが「昭和の日」制定にともなって5月4日に移ったわけだが、では以前の4日はどうなっていたのか。それがなんと無冠の「国民の休日」。3日(憲法記念日)と5日(こどもの日)に挟まれた、以前は平日で5月のゴールデンウイークをしばしば「飛石連休」にしていた。それが85年から87年は土日がうまく挟まって三ないし四連休が続いていたところ、88年は閏年のため1日から完全な飛石となってしまうため、「やっぱり休みは連続しないとね」と86年に休日になることが確定した。

さて表題の「茶番」である。別に上記の事情をくさそうというわけではない。5月4日が祝日になれば3-5日は休み確定で、それと土日がうまく組み合わさると大連休になる。4月29日が金曜日なら、30日は土曜で、1日は日曜で休み。1日おいて3日から三連休。6日は金曜なので出て7,8日はまた休み。2日か6日を何とかしたいと考えるのが人情であろう。まともな会社員であれば有給休暇を取得する(もっと計算高ければ前後にずらして混雑を避ける)。もしかすると「みどりの日」制定以前の、しばしば飛石となった時代の話だったかもしれないのだが、ある高等学校は休みにする開校記念日を、5月の上旬なのだが、毎年のように変更していた。もちろん飛石の間を埋めるように、である(おそらく2日にしたり4日にしたりしていたのだろう)。教師にしても生徒にしても、休みと授業が交互では曜日の感覚もおかしくなってしまうだろうし、どうせ遠出はできまいと宿題でも出されたら可哀想、と考えたかどうかは聞いてないので想像するしかないのだが、とにかく連休になるよう開校記念日を移動させていた。話の分かる校長である。しかし教育委員会(の事務方)はそれに気付いて咎め立てた。記念日を不定にするとは何事だ(「不逞の輩め」と言いはしなかっただろう)というわけである。結局、ある年から開校記念日は固定し、土日と重なった場合でも代休はなしとなった由。

開校記念日といっても、実のある記念行事ができるわけでもないだろうに、「休む口実」と割り切れないものなのだろうか。まったく***Deleted for the Courtesy Reasons*** というものは。

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2014/10/15

ハッピーマンデーと曜日固定の時間割

ハッピーマンデーは国民の祝日の一部を月曜日に移行する制度で、導入以前にも祝日と日曜が重なった場合は「その日後においてその日に最も近い「国民の祝日」でない日を休日とする」(振替休日)という規定はあったものの、週休二日制が浸透したため祝日と土曜日が重なった場合に「1日損をした」気分になっていたのがこれによって(一部)解消された。

児童生徒や勤め人には概して好評ではあるが、三連休を増やすことでの経済効果を期待したものなので、「祝日の記念日としての意識が薄れる」という原理主義的批判に弱い(移動祝日は珍しくないという反論もある)。実際、旧紀元節などは対象にならず、あるいはいったん月曜に固定された海の日が日付固定に戻されるということもある。

それとは別に学校関係者の間にも怨嗟の声があるようである。月曜日に授業のある科目は時間数が足りなくなるからだという。聞けば、最近の大学は祝日でも講義をするらしい。休んでしまうと時間数が足らず単位を出せないからだとか。補講をすれば良いではないか、というのは事情を知らない部外者の浅知恵らしく、非常勤講師は(契約した日でなければ)補講はできない。臨時にお願いしたくても掛け持ちの関係で都合が付けにくい。非常勤講師を便利使いしてきたツケを払っていると言ったら辛辣だろうか。特に年明け以降は入試のために春までほとんど授業ができない私立大学は時間数カツカツらしい。かつては6月末から9月まで夏休みで、学生の親から苦情が出た大学があった(伝聞)なんて、今の学生には信じてもらえないだろう。

にしてもである。なんとも知恵の足りない感が否めない。学生の本分は勉学であるとはいえ、国民の祝日を休ませないというのはどうなのか。曜日固定の時間割ではなく日付固定の時間割を組む、というのは掛け持ち非常勤講師に依存した学校(高校以下でも非正規教員が増加しているらしいが非常勤依存にまでなっているのか? 教育への投資をけちる社会に未来はあるのか?)では難しいとはいえ、可能な学校は検討したのだろうか。「月、火、水...」に替えて「1の日、2の日、3の日...」で組むのだ。まさか「7つまでは覚えられるけれど、10は覚えきれない」ということはあるまい。あるいは月曜の講義は補講可能な常勤教員で固めるというのは? まさか学科に常勤教員が4人いない(最初の変換で「4人以内」となって、これも合ってるな、と苦笑)ということもあるまい。もっとも素人が思いつくことはたいてい検討済みで棄却されていることは多い。

祝日に開講していることもそうだが、夏休みなど長期休暇が短くなっているとか、大学は以前とは様変わりしているようだ。学校というのは、誰もが経験しているだけに気楽に論評されるけれど、個人的経験に依拠することが多い分(そして思い出は美化される分も加えて)的外れなものも多いことだろう。

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2014/04/08

今年もやります「ふくしまの話を聞こう」

「原発事故下で福島の人々はどのように暮らしているのか」 遠く離れたところで空想で騒いでいても仕方がない。善意のつもりの言動が被災者に不利益をもたらしたら本末転倒。現地の話を聞こうではないか。こうして始まった「ふくしまの話を聞こう」は、今年三回目を開催します。

テレビユー福島の大森真報道局長と「福島のエートス」安東量子代表に加え、旅行会社HISを口説いて行くなら今だっぺ!いわき 東北応援ツアーを実現させた当時の高校生からも「震災からの3年間、福島でこんな風に暮らしてきた」を話していただきます。

少し小振りにし、その分参加費を上げたにもかかわらず、お陰さまで満席となりました。会場に入れない方はUstream中継を予定していますので、そちらでご覧ください。

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2014/01/01

一歩後退、二歩後退、三歩進んでやっと零

新年おめでとうございます。

例年は「おめでたい奴でございます」と挨拶していたと記憶しますが、さすがに余裕も失せました。

2013年を振り返る

1月...古い付き合いの某グループの新年会。実は考え方に開きが生じてきているのだが、喧嘩別れにならないよう慎重に慎重に。Fさんに言われた「ぼくらが、きちんと討論できないようだったら、日本全体での総意形成など不可能と考えます」を胸に刻んで。その翌日は二日酔いで朦朧としながら郡山へ。降り積もった雪をかき分けて福島のエートスが主催する「お話会@郡山市労働福祉会館」に参加した。その行動力の勢いを駆って、20日には「生活のことばで科学と社会をつなぐ」にも参加、さらに「科学報道を殺さないために-研究機関へお願い」にも参加して古田さんのご尊顔を拝んだ。

2月...3日に「どうすれば「みんなで決める」ことができるのか?」という集会に参加した。これは地産地消を進めてきた柏市の農家・流通業者・消費者が一つのテーブルに着いて、放射能汚染に取り組んだ活動の報告。会場で案内をもらい7日に霞が関の有志が企画した連続講演会の4「『風評』被害から信頼の構築へ」も参加することに。「下旬には「ふくしまの話を聞こう2」に、これは参加というより主催者側の一人として出席した。

3月...無職のくせに生意気にも確定申告。目標通り2月中に提出できたので勝浦へ担々麺を食べに行った。3日は第17回なにわ亭落語会を楽しんだ。15日はシンポジウム「FDAの正体-ポスト・ビッグファーマの医薬品行政」のお手伝い。

4月...「過剰広告に惑わされないための科学的見方」に参加。父の墓に雑草が生えるのを防ぐため、玉砂利の下に雑草防止シートを敷いてみた。効果は抜群(対照区にも早く敷こう)。山形県鶴岡市の加茂水族館リニューアルのために発行された市債その名も加茂水族館クラゲドリーム債の購入を図るが、目の前で売り切れてしまい挫折。せっかく都心に出てきたからとJPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテクを観覧した(まさかこんなところで大日本零円札にお目にかかるとは)。下旬には役所から放射線測定器を借りて遅ればせながらの放射線測定。月末に東京大学へ寄付(ああ、この領収証を探さなくては)。ちなみにこの寄付も少しは貢献したであろうBABYSCANは12月から始動している

5月...放射能の解説本を書いてみようと思い始めたものの結局年内には完成せず、かわりに11月になって原子力問題を理解するためのクイズを連投した。ツイッターアイコンを知人に描いてもらった似顔絵に変更した。下旬にアマゾンマーケットプレイスへの出品を再開したので本を出したことのある人への3つの質問を投稿したが反応なし。読まれないブログなのかな。

6月...サイエンスカフェの一種どらねこ&なるみーた Cafeに参加し、懇親会で「サイコロクラスタ」の謎が判明した。16日に語彙・読解力検定の一級を受検するが、あえなく敗退(現在は準一級)。このころツイッターで酵素が話題になっていたので「酵素ってなんでしょう」「酵素補説」という解説を公表したが反応は芳しくなかった。29日は第18回なにわ亭落語会で桂文治(十一代)師匠の「擬宝珠」ほかを楽しむ。

7月...参議院議員選挙があった。みんな民主党に失望するのは分かるけど、だからといって自民党とか維新の会とか、勝たせ過ぎたらどうなるか考えなかったのかな。それにしても低い投票率は気になる。28日はえるかふぇに参加。

8月...ツイッターのオフ会に参加し、注目していた人に会うことができた。その次の日は第二回バルタウン in 神保町に参加。残念ながらお目当ての鱧の湯引き梅肉添えはあっという間に売り切れたと。店の前にできた行列を亡き主人に見せたかった。上旬は出かけることが多く、7日には『努力する人間になってはいけない』出版記念パーティーに。月末はモンサント社の遺伝子組み換え作物デモ試験圃場を見学してきた。出ると負けの職探しの挽回を図り、出版系人材派遣会社に登録するも、音沙汰なし。

9月...NPO法人設立を目指す知人から協力を求められる。18日、座談会「SNSをどう活かすか」&交流会に参加。

10月...春先からでまわっていたニセの「政府広報」画像の嘘を暴いた。ジャパンスケプティクス公開討論会「EMを考える」に参加した。下旬には霞が関の有志が企画した連続講演会の6「福島における除染:リスクの大きさと受け手の議論をきちんとしよう」にて中西準子の講演を聞く。

11月...原子力問題を理解するためのクイズを連投。旧師Aがようやくパソコンを新調したため、そのセットアップを手伝う(心配なので制限ユーザーにしてあるが、そのせいか自動バックアップがうまく動作していない)。サイエンスアゴラ2013に参加。明治大学で開かれた錯視アート展示会「あなたの視覚は計算済み」も観覧。この日、デジカメの設定がリセットされていることに気づき、バッテリーの購入を決意。

12月...入院している知人を見舞う。顔本からいつの間にか消えていた知人にメールを送るものの返事は来ない。胃がん検診を受けたところ慢性胃炎の疑いということで精密検査を勧告される。すぐにかかりつけ医を訪ね、来春早々に胃カメラの予約。用心のため摂生することにし、最後の忘年会はキャンセル。γGTPとALTの高値が続いていたので丁度良い休養だ。発足したNPOのメーリングリストをYahoo!グループで運用しようとしたところ、まさかのサービス停止の連絡。Googleグループはアカウント取得を要求してくるが、これが必須だと使えないがどうなのだろう。得意だったはずのICTで判断力の衰えを感じる年の瀬。

2014年の展望

もうすぐ失業4年、時間はたっぷりあったはずなのに、「時間ができたらやろう」と考えていたことが何一つできていない。とりあえずは〈過去〉が堆積していて身動きがとれない状況を解決すること。 そして成果物を形として残すこと。 謙虚と自尊のバランスを取る。卑屈になってはいけないけれど、かといって仮想的有能感に浸るのも危険。リジェクトが続くと自己評価が低くなってしまいがちだが、精神的勝利法以外の方法で誇りを保つこと。自信の根拠は具体的でなければならない。
一番いけないのは、自分自身が信じられなくなってしまったことだ。自分がぼろ屑にふさわしいような、無価値なものに見えてきたことだ。

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2013/06/17

時間が短い「語彙・読解力検定」

朝日新聞とベネッセが主催する「語彙・読解力検定」を受検した。前回は時間が足りなくて読解の最終問題が手付かずという醜態を演じたので、今回は時間配分に特に気をつけ、どんどん飛ばすことで対応した。

それでも時間との戦いで、読解は問題文を精読していたらとても間に合いそうもないので、先に設問を読み、問われている周辺を斜め読みという受検テクニック依存に終始してしまった。もっとも語彙問題もえらくハイレベルで、まるで歯が立たない問題がいくつかあったが、そこでは「とにかく記入」という入試の基礎は発動せず、潔く無回答で通した(合格することが目的の入試とは異なり、この検定は自分の実力を知るのが目的なので、偶然による嵩上げを図っても意味が無い)

限られた時間内に書かれていることを読み取る読解力というものが求められる世界もあるだろうが、そういう正解を探すのだけが読解力だというのには疑問を感じる。なぜなら文章というものは書き手の意図から解き放たれているのだ。

分かりやすい例を挙げるなら、詐欺商法の勧誘文を読ませた場合、書き手が訴求したい「これは安全で確実に儲かります」を読み取るようではアウトで、勧誘文内の矛盾や外部世界(法律や経済状況)との齟齬を見つけ出せなければならない。「私はあなたをカモだと思っています」もまた正しい読み取りなのだ。

国語の試験問題ではしばしば「この時の作者(あるいは登場人物)の気持ちを述べよ」的な出題が槍玉にあがるけれど、実際の設問はどうなのだろうか。ひょっとしたら「作者の気持ちはどうだったと考えるか」ではないだろうか。さらにいえば校内テストであれば「授業ではどうだったと考えられると話したか覚えていますか」であり、入試ならば「どうだったと答える受験生が受け入れられると思いますか」と考えれば、なんの無理もない。

マークシートの場合、「正解はウ(3.)が多い」というような本質とは離れた得点テクニックが生まれるが、それはやむを得まい。しかし試験時間に関しては延長を要望したい。語彙と読解を分けて、間に休憩を挟めば各1時間(=現状+40分)は確保できるだろう。時間配分のような試験テクニックを語彙力・読解力に含めてほしくない。

それと、帰宅して落ち着いてから考えるとなんとなく理解できたが、あの段落を入れ替えた文章を読ませて正しい順番にさせる問題には悩まされた。おそらく段落番号を正しい順番に並べるのが正解なのだろうが、各段落が何番目になるかで答えた例もあるはず(私がそうだ)。マークシートの場合、典型的誤答例がどれだけあるのかを調べるのは簡単なはずなので、ぜひチェックしてほしい。別に正解にしろとは言わないけれど、質問の読解力を確かめるのは反則だと思う。正統的出題であれば、いくつかの順序例を示して正しいものを選択させるからだ。

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2013/04/26

遅ればせながらの放射線測定

周回遅れの感は否めないけれど、放射線測定機を借りて測定をしてみた。以前は1泊2日の貸し出しで、予約待ちの状態と聞いていたが、現在は7日間に延びたのに、15台ある貸出機は10台以上が待機状態。ウェブで手順を確認してから役所へ電話。窓口まで来れば即日貸し出すというので、すぐに行ってきた。

貸出機は堀場製作所の環境放射線モニタ PA-1000 Radi。ガンマ線測定に特化しているのでベータ線を測って大騒ぎする心配はないのだが、微量のセシウムを見たい場合にはちょっと力不足か?

窓口で簡単な説明を受けて受領。貸し出し許可書の裏面には「他人の所有地等で許可無く測定しないこと」などの注意書き。そりゃそうだ。開放されている土地でも、管理権者の意思に反する行為であれば立件されかねないし、過去にはこんな騒動(他人の土地に侵入して放射線測定をし、写真をネットにアップしたことに抗議を受けたのに、開き直ったところで炎上)

さて、結果であるが、結論からすると、予想は見事に外れて、どこもバックグラウンド値(役所が測定して公表している空間線量値0.04~0.07μSv/h)の範囲に収まってしまった。それでも雨樋につけた雨水貯留タンクへの採水分岐やタンク底部付近が0.06μSv/hと室内(0.041μSv/h)よりやや高めだったのは放射性Csの影響か。

ちなみに役所が公表しているマニュアルでは、電源を入れてから約1分間、装置が安定するのを待ち、「測定したい場所に1cm程度まで近づけて、60秒以上待ってから表示される値を読み取」るというものだった(過去60秒間の移動平均を表示するため)が、屋内ではデジカメの30秒インターバル撮影で記録してみた。

すると一連の測定でも変動幅が0.01くらいある。雨の日は窓際のほうが心持ち高く出る(大気中に自然に生成した放射性ビスマスの降下で0.02くらいは上がるらしい)。同じ場所でも雨天の日のほうが高い...時もあったがそうでない場所もあって、はっきりしたことは言えない。

屋外では、2分も3分もカメラを構えていられないとインターバル撮影をやめたけれど、結局「ダルマさんが転んだ」状態だったので、正確な間隔で撮れるインターバル撮影のほうが賢明だった(測定機にも時計機能が付いていると便利だと思った)

今回の測定のハイライトは、高圧洗浄機を使った雨樋の洗浄前後での線量変化であるが、0.059→0.051とかなり微妙。いずれにしても問題になる線量ではないから良いのだが。

ところで借り出すときに、石岡であった事例をあげて、校正について質問したけれど、役所はその手の危機感はお持ちでなかった。動作確認の時に普段と違う値が出れば分かるという説明に安心して借りてきたが、返却時に様子を見ていたら、電源が入ることくらいしか確認していなかったような(少なくとも2分間は見ている必要があるのだが、そこまではしていなかった)。故意に設定をいじる人はそうそうはいないと思いたいが、カバーや本体を汚染させてしまったり衝撃を与えてしまったりは悪意がなくても起こりがち。本当は1年おきに校正が必要なのだ。とはいえ費用もかかることだし、1年間不正確な測定機を貸し出すことにもなりかねないので、せめて定期的に15台並べて値をチェックしてもらいたいな、と思った次第。というわけでウェブから意見を送っておいた。

測定機は毎年校正が必要と聞きますが、費用もかかりますし、ずれた値を示す機械を貸し出してしまう心配もあります。もう実施済みかもしれませんが、定期的(月1回)に全台で一斉に測定して、値のずれを確認していただければと思います。

それと、標準線源があると、バックグラウンドを測定して鳴るアラームにビクビクしないで済む。チェルノブイリ事故で汚染されたノルウェーでは、トナカイの胃の内容物を密封した標準線源が利用されているという。

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2013/03/10

1月2月に載せたかったエントリー

ツイッターの手軽さに慣れてしまうと、ブログの更新がつい疎かになってしまう(ブログを始めたときは、htmlを書く手間が省けたから頻繁に更新できると喜びました、はい。)。複数の写真をレイアウトしようなんて考えるとホント面倒。

というわけで記事にしないままネタが溜まりました。いくつかは公開日をシレッと細工して、さも日をおかずしてアップしたみたいに体裁を取り繕いましたが、小細工にも疲れました。

ということでまとめて処理。

講座「放射能と健康」

遡れば昨年12月に参加した地元自治体主催の講座「放射能と健康」。東京工業大学の総合安全管理センターの教授が講演されたのだけれど、資料に変な間違い(「1mSv=1000mSv」とか「1μSv/hはおよそ9000μSv/h」とか)があるし、「知識があれば安心できるはず」という感じで(案の定、質問と称して演説をする放射悩さんが現れた)フラストレーションが溜まる。

というわけでメールを送付。

私は市内在住ですが、東京都内で放射線勉強会を開いている人たちと接触があり、未曾有の事故ではあったけれど「決して回復不可能なカタストロフィではなく、科学的な理屈付けで立ち向かうことのできる公害に過ぎない」(※)と考える人達と、「理屈はわからないけどとにかく心配で心配で仕方なく、安全デマを振りまく人が許せない」という人達の溝をどうしたら埋められるだろうかということを考えています。

※このフレーズは「「My農家を作ろう」方式の放射能測定がもたらしたもの」http://synodos.livedoor.biz/archives/2001647.html から拝借

一部からは「エア御用」(金も貰っていないのに御用学者のようなことをいう学者)という心ない非難を浴びながらも丁寧な説明会(「5時間勉強会」)を繰り返す大阪大の菊地誠教授の講演会を手伝ったこともあります。

今回の聴講は、どちらかとうと「聴衆はどこに引っかかりを感じるか、またどう伝えたら納得するか」を見るのが目的でした。ですから質疑応答で〈定番〉の「内部被曝と外部被曝は...」「低線量被曝の影響は...」「天然の放射能と人工の放射能は...」「事故の影響を小さく見せようと...」が出たときには、こういうのは先に釘を刺しておくべきだとの思いをあらたにしました。

一方、側溝に線量計を近づけ殊更高い値を得て大騒ぎする人には「側溝の中で生活するわけじゃあるまいし」という批判が向けられるわけですが、これは〈男達の論理〉で「子供というのはとんでもない遊びを思いつく」というお言葉に改めて反省しました(ツイッターである女性とやり取りしたときは「傘を舐めないようにするのは放射能の有無とは別に大切です」と申し上げましたが、少し配慮して「言って聞くくらいなら苦労はしないでしょうが」と追加)。

さて、資料とご講演で気づいた点をいくつかお伝えします。と思って書き出していったら結構な量になって嫌がらせっぽくなってしまいましたので、先に重要な点を抜き出しますので、これだけはお目通し願います(●は特に重要)。

【重要な点】
p.6 会場で申し上げましたが「1mSv=1000μSv」「1μSv/hはおよそ9000μSv」。このミリ、マイクロは意外と理解されていないようで、上記「5時間勉強会」でも冒頭でSI接頭辞と指数を使った数の表記法に時間をたっぷりとっています。

 時間をhour、年をyearというのも口頭では伝わりにくかったと思います(会場でも手許の資料を直している人はあまり多くなかったような)。リスク、ベネフィット、ハザード等もきちんと通じたか心許なく感じます。

 グレイも説明も、今日の会場にいらした方のほとんどは熱量はカロリーで習い、ジュールというのは初耳だったと思います。

p.8 「内部被曝:食品の基準」は「これ以下であれば137Csを生涯摂取し続けても100mSvを超えない」という値と思いますが、とても誤解を招きやすく思います。なお野菜の項目は/kg抜け?

●それから日本における自然放射線の被曝量は従来1.4mSv/yと言われてきましたが、再評価の結果2.1mSv/yになったそうです(http://togetter.com/li/353567)。

 許容される「年間1mSv」は「追加被曝線量」であり、医療被曝は除いていることは力説する必要を感じます。

 直接降り注ぐ宇宙線の他、二次的に生成される放射性物質についても言及が必要です(雨や雪が降ると線量率が上昇する原因なので)。

●シーベルトは内部被曝と外部被曝を合わせて考えられるように工夫されているという説明も不可欠です。

p.11 私たちが知る「悲惨な放射線障害」「恐い放射能」はすべて確定的影響であることを念押しした方が良いと思います。とにかく「放射能は恐い派」の人はスケール観に歪みがあるので、下痢をするような被曝は4Sv以上で、治療をしなければ3~10日のうちに死ぬと線量を明記することが必要と思います。「一般市民には起こりません」ではたぶん納得しない。

p.12 説明なしに「実効線量」という言葉が出てきています。「等価線量」「実効線量」「預託実効線量」はいずれもシーベルトで表されるので時どき混同されています(1日の朝日一面記事など)。細かい説明はなくても「そういうものがある」という説明は必要かと。

●会場でも申し上げましたが100mSvで0.5%の増加は「致死性のがん」あるいは「がんで死亡する確率」です。(発がんが増えるという解説は結構流布していて、中川恵一さんも一時そう説明していましたが、「がんで死亡する確率」と訂正されています。http://tnakagawa.exblog.jp/15130220/
http://getnews.jp/archives/130538
これについては『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』の著者である田崎晴明さんのhttp://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/cancerRiskSupp.html#2
もご参考まで。)

p.16 「量と時間」ではなくて「率と時間」だと思います。サーベイメーターが示すのは線量率ですし、線量率×時間=線量です。(中川さんは「強さ(勢い)と量(積算量が問題)」と書かれています。)

p.25 会場でお伝えしましたが、「100mSv/年 以下であれば」は「累積100mSv以下であれば」。これ、他に気づいた人はいなかったのでしょうか。


(いかん、9000μSvの後ろの/yを落としてる。「というと」とすべきところが「とうと」になってるし...orz)

最高裁判所裁判官国民審査

総選挙と同時に行われた最高裁の裁判官に対する国民審査。一票の格差に対して政府よりの考えを示す裁判官への不信任票はそれ以外の裁判官に対するものより多かったけれど、以前ほどはっきりとした差ではないように感じる(統計処理は不得手)。これは全員に×をつけようと主張した「×10(バッテン)運動」の影響かもしれない。それでも構わないと賛同した人はおっしゃるかもしれないが、罷免の現実性がない以上はテーマを絞って裁判官に「これだけは許さんぞ」と迫った方が影響力があったのではないかと思う。なんていうのかな、敗北の美学に酔ってるんじゃないのかと。


「記者発表のメリットとデメリット」


1月末に東京大学本郷キャンパスで開かれた科学コミュニケーション研究会の関東支部勉強会。「科学報道を殺さないために-研究機関へお願い」で奮戦された日経サイエンス編集部の古田彩さんが講演。

発表取材と独自取材の違いなど非常に興味深いお話であったが、「これを知られるとまた叩かれる(かな)」というセンシティブな面も含むので書きづらい。メモの中から箇条書きすると


  • 独自取材は評価が高い(マスコミ内部でね)
  • 最近、研究者側が一般受けを狙いだす傾向が見られる
  • 独自取材は記者の努力・勉強を要求する
  • 記者の誤解は発表の方がおきやすい。
  • 独自取材は個人教授
  • 会見はコミュニケーションの責任を研究者に負わせるシステム
  • スイッチが入ると「全部話す」のが性(だから広報は邪魔!)
  • 情報コントロールがきつくなる…科学にとっても脅威

記者の養成システムについて意見を求めたが、全国紙と地域紙の違いなどもあり、一概には言えないようだった。

『風評』被害から信頼の構築へ

各府省庁の職員有志が企画した連続講演会の第四回。以前のシリーズはtogetter(ツイートのまとめサイト)にまとめられている。今回のは2月3日に雑司が谷で開かれたどうすれば「みんなで決める」ことができるのか?の会場で案内をもらい、当初はパスするつもりだったのに勢いで行きますと言ってしまったもの。

会場はGT会でお世話になった南青山会館。しかし周辺、特に駅からの沿道はずいぶんと変わった。「宮英」が店仕舞いしたのはかなり前で、今となってはもう場所も判然としない(その店には打ち上げで入り、「焼酎をボトル入れようか」「キープ期間は次回までもつか?」なんて言いながら注文したら、開店早々で湯が沸いていないというので「仕方ないなぁ」と言いながら割らずにちびりちびり、いやぐびりぐびりと飲んでいたら、湯が来た頃には空になっていたという思い出がある)。会場となった新館は初めての利用。

主催者からは宿題が出されていた。以下の指定テキストを読んでくるように、と。


  1. 五十嵐泰正、「安全・安心の柏産柏消」円卓会議:『みんなで決めた『安心』のかたち――ポスト3.11の『地産地消』をさがした柏の一年』亜紀書房 2012

  2. 五十嵐泰正:「『My農家を作ろう』方式の放射能測定がもたらしたもの

  3. 五十嵐泰正:「地産地消のためのセカンドオピニオン

②③のシノドスジャーナルはネットで公開されているのですぐ読めた。『みんなで決めた「安心」のかたち』は近所の書店では見つけることができず(探しに行って、代わりに『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』と『わたしは目で話します』を買う羽目に)、結局当日になってジュンク堂で入手できた。幸いにも時間に余裕があったので山手線を逆回りに乗って急いで読む。

開場前に会場前で読み続けていると「車いすが...」という会話が耳に入る。そうだナカイさんは車いすで来る...新館にはエレベーターがない! でもなんとかなったみたい。

始まってすぐに恐ろしいことに気づく(あれ? 投稿は「19:01 - 2013年2月7日」なのに違う時刻表示だ)


(この後にHootSuiteで自動予約したツイートが割り込み、あとで気づいて冷や汗)

講演の内容は概ね書籍をトレースしたものだが、多少オフレコチックな補足も。全市民の代表ではなく対象を地元の少量多品種農家と消費者の一部に限定したのが成功のもとと分かる。放射能は1ベクレルでも嫌、という人は通じる言葉を持たないとして除外したのも英断。そして遠慮がちではあったけれど明らかに誤った動きには規制が必要とも。

終演後、スライドの間違いをご注進。懐が寂しいので懇親会はパスして帰宅。しかし行った甲斐があった。このあと『スウェーデンは放射能汚染からどう社会を守っているのか』でも単位間違いを発見して訳者に連絡。うーん、皆さん単位にはもう少し注意しましょうよ(ってか、誰も気づかないの? 特に「放射能と健康」で噛み付いてた内部被曝ガーさん。基本的な知識を欠いているか、講演のスライドを見ていないか、単なる不注意なのか...あなたがた放射悩へのシンパシーは薄れるばかり)

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2013/02/26

ふくしまの話を聞こう2

24日に講演会「ふくしまの話を聞こう2」が開かれた(当初は3月2日の予定であったが、ICRPダイアログとスケジュールが重なったため1週間早められた。おかげで私の予定重複も解消。)。福島おうえん勉強会のメンバーの一人として運営に参加したけれど、前回は代表の緊急入院を受けて臨時代表代行を務めたため、今回は代表が復帰しているからポジションが無くなってしまった。打ち合わせ席上でも露骨に「えっと、細川さんの役割は?」と聞かれる始末(当然の疑問だと思います)

結局、代表補佐というか総合雑用係で、受け付けにいて予約なしできた人などへの対応を任されることに。で、必然的に講演が始まっても会場に入れない。そして、もう大丈夫だろうと入ってみると席に余裕が無い。実際のところは空きもあるのだが、列の中央だと講演中に入るのは憚られる。幸い外に残る受け付けスタッフ用にビデオ中継が用意されたけれど、やはり集中力を欠く。まぁ、概要は郡山で聞いているし、あとでUStreamを見てもいいしという悪魔の囁きに負けて、ときおり会場内に入って立ち見をし、疲れたらロビーに出て休憩というだらだら聴講。

そんな調子で安東さん講演に対する質疑を聞いていると、汚染マップの精度を尋ねる質問に対して、マップは先に目的があり、それに合わせて精度が決まるという回答をライブで体験ができた。つまりマップは手段。汚染地図なんてものは、尺度と色の選択で深刻な汚染も軽微に、逆に大したことない汚染をおどろおどろしく見せることもできる。目的が先に決まっていれば、尺度は適正に決めることができる(煽るのが目的ならそのようにも作れる)。かなりの人が民間で作成されて市販されている日本の汚染マップを連想したのではないだろうか。あれはもっともらしい広域図だけれど、一般市民があんなものを手にして使い道はほとんどあるまい。汚染図がいる人にとっては身近な範囲の、メッシュの細かい地図こそが必要。10km先のホットスポットを頭痛に病む必要はない。

そうこうしているうちに無事閉会。今回は会場の現状復元義務がないので余裕を持って撤収。そして懇親会場へ。懇親会の趣旨は元々は講演者とスタッフの慰労。とはいえやはり外せない方々がいるのでそれも含めてメンバーを確定し、(互いに名前くらいしか知らず面識のない同士が多いので)ネームプレートも作って臨んだのだが、浮世の義理といいますか、会場から合流する予定外の方もいらっしゃり、かなりカオスな状態に。それでもネームプレートを領収証がわりに会費を徴収したので、少なくとも予定メンバーに関しては徴収漏れということはなかったろう。宴会担当のKさん、Sさんお疲れ様。

当日の様子はyoutubeに動画が公開されている。
 第一部 ノルウェーの被災地における畜産業と暮らし ­­佐藤吉宗
 第二部 ベラルーシで見たこと、聞いたこと、会ったひと­­ 安東量子


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2013/02/03

横断歩道のその先に

「あぶない わたるな」の看板

「あぶない わたるな」とはどうしろと。

元は目白通りに向いていた

場所は新宿区落合三丁目。googleストリートビューで見ると、元々は目白通りを「わたるな」という看板だった模様。それが向きを90度変えてしまったのだが、誰も直さない。ちなみに目白通りを渡った反対側にも同じ「わたるな」看板。

それだけのことなのだが、しかし最初に見たときは驚いた。

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2013/01/21

「生活のことばで科学と社会をつなぐ」

きっかけは黒猫先生のツイートだった。

このところデブ症になりかかっているという反省があったので、速攻申し込み。14日に郡山で聞いた話の整理もできていないうちに良いのかという気もするが、前進あるのみ。

話題提供者は福島県が行っている甲状腺検査で住民と医師とのつなぎ役を務める松井史郎(福島県立医科大学特命教授、甲状腺検査プロジェクト広報・コミュニケーション担当責任者)、南相馬市住民の高村美晴(花と希望を育てる会代表、NPO法人実践まちづくり会員)そして南相馬市で地域住民の健康管理に奮闘中の遠藤清次(南相馬市絆診療所院長)。

随所で「これはオフレコ」という断りもあったので、詳しい内容については主催者からの公表に譲ることにして、個人的な印象をまとめておく。

ミドルメディアとはマスメディアの対立概念で、「顔が見える距離(ミドルレンジ)」でコミュニケーションを行う媒体という意味らしい。ここには従来のサイエンスコミュニケーションが3.11以降の混乱の中で全く役に立たなかったという反省があるようだ。

科学コミュニケーションの担い手として、私は「街のインテリ(物知り)」の復活を提唱したい。横丁のご隠居は新しいことには弱いし、時どき知ったかぶりをするのでよろしくない。だが市井には他にも「学校(中学・高校)の先生」とか「大学生のお兄さん・お姉さん」がいるわけで、いきなり高い敷居の向こうの専門家にアクセスする必要はない。これに関しては演者からも「保健婦、教師」がミドルメディアの担い手候補として挙げられていた。

ただし、何かの機会に早野教授が慨嘆されていたが、2011年の夏に物理学徒の集まりに出た際、原子力問題について家族や親戚から質問されたかを調べたところ、まったく当てにされていなかったという現実がある(正確には原子力関係の知識皆無で「お前ら家族から質問されなかったのか」という展開だったかも)。大学院生というのは既に雲の上なのか?

また本来ならば門外漢の誤解を正す役割をはたすべき中学教師が誤解の先頭を突っ走るという悲しい現実もある。(一方で、塾講師の奮闘が知られている。これはなんなのか。影の薄い高校教師の存在と共に追究すべき課題があるように思う。)

ミドルメディエーターは専門家ではない。だから時には間違うこともあるだろう。間違えないように専門家がサポートするとともに、間違えてしまった場合に過度の責任追及で萎縮しないような方策が必要。特に〈許容範囲の単純化〉が糾弾されないようにしないと、結局「そうもいえるがこうもいえる」の保身的留保だらけで聞いている方は「やっぱりワカラナイ」になってしまう。

そういえば以前、ツイッター上で「科学コミュニケーターは中立を標榜するから嫌われる」というやりとりをした。その時に民事訴訟における代理人(弁護士)のように、双方が自分側のコミュニケーターを立てれば話し合いはうまくいくのではないかという提案をした。これはコミュニケーター同士は共通の言葉を持っているというのが前提で、どこぞの教員のように「相手にするのは時間の無駄判定」をされるようなのは論外である。

ところで福島県の甲状腺検査結果通知の混乱を見ると、有名な禁じ手である戦力の逐次投入をやってしまった観がある。もちろん混乱を収拾するためにリソースを割いたのは正しいのだが、松井が言うように初めからやっておけ

これは流言対応でもよく見られる。「まさかこんな与太話が広がるとは」という甘い見通しで放置あるいはからかっていたところ、予想外に広がってしまい、根絶困難に陥る。たとえば2013年になってもまだ雪が降ると「空間線量が上がっている」と騒がれる。それはビスマス!なのだが、隅々にまで浸透させることを怠った結果がこれ。

最後にアンケートに回答しておこう。
【シンポジウムの感想】
大変興味深かった。
特に高村さんの被災体験を聞いて、危険煽りの罪深さを再確認した。いまだに揶揄されることのある「直ちに健康に影響はない」も、落ち着いて考えれば、将来起こるかもしれない何かしらの健康被害と今避難することの影響とを比較衡量することができたのに、「すぐ逃げて」「福島はもうダメ」の合唱になってしまったのはなぜだろうか(「なにがダメなの」に答えられないのに)。

また「外に答えを求めてはいけない」という指摘は重要。14日に郡山で福島のエートスによる報告会を聞いて、チェルノブイリ事故で汚染されたノルウェーやベラルーシの人があまり悲観的でないことに軽い驚きを覚えたが、「自分には何もできない」という無力感が「もうどうしようもない」という悲観主義の温床なのではないだろうか。

【ミドルメディアプロジェクトの展開についての意見】
専門家と門外漢の橋渡し役として保健婦と教師が挙げられていたが、これは有望。気軽に相談できる〈街のインテリ(物知り)〉を養成すべき。ただ、現実には学校教師が流言の発生源になっていることもあるので道は遠い(さらに専門性の高い町医者の中にも変なことをいう人ががが)。

「○○小学生新聞」のような児童・生徒向けの新聞があるのだから「○○教諭新聞」で、「街のインテリが心得ておくべき教養」を提供してはどうか。勉強熱心な人は池上彰の番組を見ているだろうから、それの新聞版があれば購読するのではないか。あるいは新聞記事にレーティングをし、☆なら小中学生でも理解できる、☆☆なら高校卒業程度、★なら社会人3年目程度みたいに。

マスコミの科学記事レベルはしばしば問題になり、そのたびに専門家は記者の不勉強をなじるけれど、新聞記者に科学のイロハと最新知識を理解させるのと、理学博士を新聞記者にするのとどちらが容易だろうか。専門科学記者を雇う余裕はないというかもしれないが、理系の学生をアルバイトとして雇用し、記事のファクトチェックや記者の相談相手に当たらせるくらいならできるだろう。その交流の中からマスコミを志望する学生が出てくるかもしれない(一般記者として養成)。また研究者になってもマスコミの空気を理解していれば、分かりやすい発表をするだろう。

【サイエンスと社会のコミュニケーションについて、感じている課題】
大阪大の菊池誠教授が提唱・開催している「5時間勉強会」は「顔が見える距離での説明」の実現例であると思う。しかし、これも甲状腺検査結果の説明会と同じで、とても手が足りない。解決策は2つあって、1つは講師(を務められるメディエーター)を養成し、カスケード的に開催数を増やす。もう1つはネットを利用して物理的な距離を埋めたりタイムシフトで相談したり。しかし決定打ではない。

ネットのおかげで専門家と接触できたり、情報を共有できたりする反面、当事者でもない外野が介入しやすくなってしまっている。とはいえ外野を完全シャットアウトすれば、それは迷える子羊救済の道をも閉ざしてしまう。緩い会員制の元で交通整理できないだろうか。

しかも野尻先生が指摘されたように、時間をかけている余裕はない。

【プロジェクトに関わりたいか】
関わりたい。

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2012/12/04

火焙りか絞首刑か(用語解説)

中世に吹き荒れた魔女裁判を支えたのは被告人の自白。「自分は魔女である」に加え、「魔女の集会にはあの人も来ていた」と〈共犯者〉を告発する虚偽の自白もするものだから芋づる式というよりは指数関数的に〈魔女〉容疑者が増えていった。

捜査段階では過酷な拷問がある。ちなみに激しい拷問にも耐えて自白をしないのは魔法によって身を守っていると判断され、つまり魔女の認定を受ける。拷問中に死んでしまうことも珍しくないので、「無駄な否認を貫くより、嘘の自白をして拷問を避けた方が得」という判断が広まる。

尋問官も拷問には消極的な様子を見せ、マニュアルによれば責具を見せながらの説得から始まるという。ストックホルム症候群と似た状況になるのかもしれない。

しかし、そういう追い詰められた状況から解放されても自白は撤回されなかった。処刑台の上から、集まった群衆に向かって「私は無実だ」という劇的な告発も起きなかった。なぜか。拷問室に送り返されたり、絞首刑の予定を火焙りに変更されたりしたから。

一口に火焙りと言っても、魔女裁判のそれはかなり厳しい。八百屋お七ならば熱気を吸い込んだ途端に失神し、短時間のうちに煙で窒息死したであろうが、中世ヨーロッパではゆっくりと燃える生木が使用され、とろ火で焙られるため窒息することも失神することもできず半分焼け落ちた死刑囚が「薪を足してください」と懇願する有様だったという(公平のために付け加えれば点火の前に〈お慈悲の一突き〉などで死なせてもらった例もあるようだ)

ちなみにヨーロッパ人には絞首刑というのは相当嫌な刑罰らしく、法定刑は絞首刑の罪人が「お慈悲により打首」という判決をもらうと涙を流して喜んだという記録があるらしい。この「お慈悲により打首」は『ある首斬り役人の日記』にしばしば登場する。その絞首刑の方が良いというのだから、火焙りがどれほど恐ろしかったか推測できる。

そういうわけで、選挙などで支持できる候補者がいなくて最悪よりは次悪を選択させられるような状況を「火焙りか絞首刑か」と表現するわけだけれど、上述した背景を知らないと思われる人には奇矯過激な妄言に聞こえるようだ。

またフランス共産党がド・ゴール派と社会党を「コレラとペスト」(どちらかを選んだ方がマシということはない)と評したという話も底にある。

しかしまー、実際には、たとえばヒトラーとムッソリーニの選択であれば、反ユダヤ主義から距離をおくようになったムッソリーニの方がマシとも言えるし、ヒトラーとスターリンの選択であれば、〈アーリア人〉と認めれば冷遇はしなかったヒトラーの方がマシ(同じ理由でスターリンの方がマシとも言いうる)と言えなくもないし、スターリンとポルポ....と違いを見つけようと思えばなんとかなることが多い。

こういう究極の選択からは程遠いとは言え、「守旧派大ボス vs. 箸にも棒にもかからぬ極右泡沫候補」なんて選挙を設定されると、投票することに何か意味があるのかと悩んでしまう。ボスが進めようとしている政策に反対だからといって、時代錯誤な差別政策を掲げる泡沫に投票して支持を表明して良いのか? そうなると思いつくのは白票や無効覚悟の他事記載であるけれど、それも「最善がなければ次善」派の皆さんは「自己満足だ」として許してくれない。

なによりも恐ろしいのは、カウンターのつもりで投票した候補が当選してしまうこと。心情的には青島幸男を支持したいし、泡沫とは言えず、都市博とそれに付随する開発は止めて正解だったと思うので例にしたくはないのだけれど、95年の選挙結果が諸手を上げて歓迎すべきものかというと躊躇いを覚えてしまう。青島ならまだ良いけれど、赤尾敏だったらどーすんのよ。中規模の自治体首長選では誰もが驚く番狂わせは起こりやすいし、議員選なら冗談から困ったは頻繁に起きているはず。たぶん、どんな選挙でも有効票と投ずべきという人は、自分の投票結果に後悔したことがない幸せな人なのだろう。忘れてしまっているのかもしれないが。

なお、意中の候補がいなければ擁立すれば良いではないか、なんなら自ら立候補を、というのは正論である。だが、誰も異を唱えられない正論(「お父さん、お母さんを大切にしょう」とか)をことさらに主張する人間には用心しなければならない。「郷原は徳の賊なり

しかし、今度の選挙どうしましょうかねぇ...


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2012/11/13

脳の容積1626ml

サイエンスアゴラ2012ではスタンプラリーが行われていることもあり、いくつかの展示を見て回った。

スタンプを押すだけで踵を返すのは見栄が許さなかったので、日本科学未来館7階ではまず会議室1に入った。そこで日本人類学会教育普及委員会・東京都生物教育研究会の出展者に捕まった。「あなたの脳の大きさを測りませんか」

実際には頭長(L)・頭幅(B)・頭耳高(H)を測って脳の大きさを推定するというもの。脳だから体積だと思うのだが、展示では一貫して容積としていた(現場で気づけば質問できたのに)。

ほそかわさんの脳容積は1626ミリリットル

大きなノギスを当てられ、得られた値はそれぞれ19.6cm、16.3cm、14.1cmで1626mlとのこと。

ちなみにヒトの脳の大きさと個人の知能との間に関連はないと説明されていた。渡された資料にも、アナトール・フランス(作家)の約1000mlからツルゲーネフ(作家)の約2000mlまでの範囲が示されている。wikipediaでフランスの項目を見ると、わざわざ「80歳という年齢を考慮する必要もあるが、死後にその脳の重量が1019gしかない(平均的な白人男性の脳は約1500g)ことが判明し、脳のサイズと知的能力は殆ど関連が無いことの証左となった。」と書かれている(ツルゲーネフの項目には特に記述はない)。

というわけで、脳の容積測定は余興というか、〈つかみ〉であり、本題は(脳を中心とした)人類の進化。こういう分野は昔の知識がどんどん陳腐化しているので、説明員に単刀直入に「この数年の新しい知見は何?」と聞いてみた。するとサルとは異なる人類の化石は700万年前にまで遡る、と。ほら、ヒトとサル(チンパンジー)の分岐は500万年前で、それは分子時計で証明されているという私の知識と衝突する。で、聞いてみると分子時計の計算はやり直されている、と。たしかにDNA塩基配列の違い具合から直接に年代が出るわけではなく、化石による年代推定の組み合わせで分子時計を組み立てているのであるから、新しい化石の発見で修正を受けるのは分子時計の方。(この辺の知識からしてすでに聞きかじりなので深追いは避けよう。)

ちなみに帰ってから調べると、wikipediaではまだ500万年説しか載っていないが、霊長類研究所・質疑応答コーナーでは「現在の我々ヒ トの系統がこいういったホミノイド類から分かれ始めたのは約700万年前とされています」と書かれていた。また日本語バイオポータルJabionの2007年の記事「配列解析か化石か-ヒトとチンパンジーの祖先をめぐって-」は、化石が示す700万年前と分子時計の410万±40万年前という矛盾する結果を併記し、「色々な結果がこれからも出てくるかもしれません。いずれにしてもヒトとチンパンジーの 祖先論争は人類学に進化学、集団遺伝学、ゲノム学、バイオインフォマティクスと、すごいことになってきたようです。」と結ばれている。

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2012/11/01

吾輩が工事をした。ぺたっ

さるお宅でガス管の交換工事があった。本管とメーターの間をつなぐ亜鉛メッキの鋼管(白ガス管)をポリエチレン製のものに取り替えたらしい。メーターにはガス漏れ検知機能があるが、その手前で漏れると打つ手が無い(工事のためにはエリアごとガス供給停止?)ということで、大々的に交換を進めている(東京ガスサイトによれば白ガス管は20年が交換の目安と)。

ある意味で事業者都合の工事ではあるが、ガス管は個人資産ということで工事代金は利用者負担らしい。

エントランスのコンクリートをひっぺがして掘り起こし、管を交換して穴を埋め、コンクリートを打ち直す。文字で書くと簡単だが、1日がかりの工事。

ネコの足跡

昨日見たら、コンクリートが固まりきる前にネコが上を通ったらしい。まるで施工者サインのよう(左の赤いマークには「ガス」と書いてある)。2つあるのは施工者と監督?

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2012/09/15

強化した履歴書の「趣味・特技」欄

lifehacer.jpに「履歴書は手書き? 印刷でOK? 採用担当はこんなところまでチェックしています」という記事があり、そこに「5.趣味・特技欄を軽視しない」とあった。

たとえば一輪車の曲芸と書いておけば必ず質問されます。そんな特技ないよ!という方でも、単なる「読書」等で済まさずに、自分のこだわっている分野などを書いておくと、その質問を契機に、面接の場が和みます。

個人的な体験から、「少しかじったくらいで趣味などと言ってはいけない」と考えているので、自作履歴書の場合、「趣味・特技」欄は空白にしていた(と書いてから、このブログのカテゴリに「趣味」とあるのを発見し、慌てて修正)が、引き続く連戦連敗に自信を失いかけているので、考えを変えてみた。

手始めに某社、普通に考えたら逆鱗に触れて門前払いになるようなカバーレターを添えて某求人サイトからエントリーした、が「フォームから申し込んだ後、履歴書を送れ」と奇妙な手順を指示しているので、そこへ送る履歴書に腕を奮ってみた。ちなみに職種は編集。

校正と校閲
新聞・雑誌・書籍・ネットを読んでいる時でも用字用語、数字、事実関係等を気にします。「いつも心に赤ペンを」
(説明:まさか募集要項もチェックされているとは気づくまい。)
ツイッター
言葉を間違えて使っている人はいないか、だけでなく悩みをもつ人を見つけては小さな親切を施します。
(説明:「銛を持ってのダイブ」をするほどの豪胆さは持ち合わせていないが、「〜するにはどうしたらよいのだろう?」的なツイートを見つけると(内容にもよるが)調べて、答えが見つかったら返信して悦に入っている。それに対する返事が来なくても、自分の知識が増強あるいは更新されているので満足。調べてみると昔仕入れた知識は陳腐化していることは多いので、このような確認は重要。「人は得意分野で間違える」)
地口と洒落
よく「誰がうまいことを言えといった」と怒られます。
(説明:これは次の項目への伏線でもある。)
酒落
酒は飲むというより飲まれるタイプ。
(説明:洒と酒の字は手書きでは間違えられることの多い「魯魚の誤り」。それに引っ掛けている。なお、酒が入ると駄洒落が止まらなくなる。)
落語
十一代目 桂文治の俄ファンです。
(説明:旬の話題を入れて話の接ぎ穂にしようという魂胆。ただし、年季の入った落語好きと遭遇することを勘案して「俄(にわか)」と謙遜。)
ブラームスとシューベルト
あとベートーベンなども少々(聴くだけ)。
(説明:少し毛色の違うものを混ぜて厚みを感じさせる。)
バイクツーリング
オアフ島でハーレーに乗ったのが思い出です(最近はご無沙汰)。
(説明:身体的なものも入れておかないと文弱に見えてしまう。)

いま見直してみると「地口」は除いて縦に「洒落」と「酒落」を並べるべきであった。

さて、ご利益は出るであろうか?

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2012/09/14

趣味

私には高校時代から世話になっている恩師Aがいる。そのA師にはまた、高校時代に薫陶を受けた師匠Gがいる。

社会人となった筆子どもがA師を連れて、その故郷(正確には、幼少期から少年時代までを過ごされた疎開先)へ遊びに行った際、G師宅を訪ねた。既に引退されていたG師は「いまは何をしていらっしゃいますか」との問に、毎朝モーツァルトのピアノ協奏曲(27曲ある)を、ピアニスト・指揮者・オーケストラの組み合わせを変えながらレコードで聴き、その感想をノートに書いている、とそのノートを見せてくださった。手帳サイズのノートは既に数冊分あり、十行ほどの感想が万年筆で毎日書いてあった。笑いながら「ま、趣味みたいなもんです」と。

辞去した後で、顔を見合わせ「趣味かぁ」と嘆息する門人と筆子。以来、軽々しく「趣味は」と口にすることは慎んでいる。

先日、とある面接で「ご趣味は?」と問われ、上記エピソードを披露したけれど、ほとんど感銘を与えることはできなかったようだ。もちろん不合格。

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2012/09/05

反原発の知人への返信

1日に「放射線情報を正しく理解するための基礎講座」を聞いた後で、知人からのメールに次のような返信をした。

反原発派の端くれとして微妙なのですが、つまり「今回の事故は当初悲観したほどひどくはなかった」ということなのですね。いまでも避難を強いられている方々には申し訳ないけれど、広瀬隆が昔『東京に原発を』で書いた、人がばたばた倒れるの目の当たりにして「大変なことが起きた」と慄くような事態ではなかった。
以前、映画「アレクセイと泉」を観た時は、政府の避難勧告を無視して汚染された村に住み続ける住民を「無謀な」と思ったものだ。泉だけは汚染されていないと言っても「百年前の水が湧き出る」なんてのは事実の裏付けがない伝承であって、翌年から汚染水が湧き出すかもしれないじゃないかと憤ったりもした。原爆の図 丸木美術館の展示にも、汚染された村での生活を選択する住民を描いた作品群があり、たしかに天秤の一方には〈故郷を喪うことによる精神的打撃〉があると理解したものの、もう一方に載る〈放射能の危険〉を重視していたので、腑に落ちない思いをしたことを記憶している。

多くの人がそうであろうが、私の放射能への恐怖感は広島・長崎に代表される核攻撃の事例で形成されている。ところが瞬時にエネルギー(放射線)を放出し放射性物質を広範囲にばらまく核兵器と、じわじわ反応型の原子力発電所とでは様相が異なる。これについては以前の記事に書いた。

といっても、原発事故は恐くはない、と楽観しているわけではない。


これはいろいろな幸運が重なった結果であって、〈次回〉もそんな僥倖に恵まれる保証はないわけですが。

言霊の幸わう国で「次回」などと口に出したら非難轟々だろう。だが、世界はもちろん日本に限っても脱原発には悲観的なので、次の事故はいずれ起きる。それが10年後か50年後かは分からないが。

そしてその時には緊急停止に成功しないかもしれない。複数の原発が連鎖的に制御不能に陥るかもしれない。風が大量の放射能雲を大都会へ運んでくるかもしれない。水源地帯が汚染されるかもしれない。収穫直前の作物が高濃度の90Srで汚染されるかもしれない(ストロンチウム90の検出には2週間かかる)。...

しかし、今回は緊急停止に成功し、事故を起こしたのは東京電力1F(福島第一原子力発電所)に限られ、風は放射能雲の多くを海へと運び、多くの農地は作付け準備中であり、そして陸地の90Sr汚染は少なかった。住民の被曝線量は低く、毛が抜けて吐いて死ぬようなことが起きないのはもちろん、白内障でさえ起きそうにない。なによりも汚染源である1Fで多くの作業員が働いている。彼らが将来がんに罹って死ぬ可能性はいくばくか高くなってはいるけれども。

で、本来なら「ああ、良かった」と安堵すべき(繰り返しますが、これは遠隔地の勝手な安堵)ところ、なぜか健康被害が出ないと納得しない人達が蠢き始めた。福島県からの避難援助くらいなら構わないけれど、避難しない人を攻撃する、東京も危ないと煽る、瓦礫処理を妨害する...とどんどん素っ頓狂で有害な行動が目立ちだした。

懲りていないように見える原発業界の監視も必要なのに、とんだ二重対峙です。共産党を警戒していたら、反共が看板のヒトラーとかムッソリーニとかの変な連中が台頭してきたみたいな。


「反原発をファシスト呼ばわりした」と誤読して非難されるかもしれないが、文章をちゃんと読めば分かるように反原発勢力がファッショであるとは書いていない。書いてはいないが、「ヒトラーと対抗するために手を結んだら相手がスターリンだった」という比喩にしなかった理由はご賢察の通り。

あと、このメールの相手のような年齢の方に「二重対峙」なんて用語を持ち出すとピクッとされるかと心配したが、今のところ看過されている。

特に小さい子を抱えた母親たちの怯え方は想像以上で、東京から沖縄に避難する、沖縄で青森からの雪の搬入に反対する、親の情緒不安定は子供に悪影響必至で、ちょっと座視できない。(中略)「放射能を帯びた土埃を吸い込んだって、痰や鼻クソで出ていくでしょ」と説明したらとても晴れやかな顔をしていたのが印象的。理屈で判断する手がかりを得たら、不安に振り回されずに済むようになった。セシウムが検出された食品の話でも、「干し椎茸を1kgも一度には食べない」と気づくと、実際の被曝量を考えることができる。

あと気づいたのは、意外なほど「量の概念」が共有されていないこと。きくまこさんの「5時間講義」では冒頭延々と指数とSI接頭辞が解説されるのはそのせい。


「5時間講義」については、翌2日に荻窪で開かれIWJが中継したものよりも以前に録画したもの推奨されている。

ベクレル(Bq/kg)とミリシーベルト(mSv/y)は似たような桁(1以上100以下)で出てくるので等価に感じている人が多いみたいだが、セシウム137(137Cs)を10,000Bqを経口摂取しても(預託)実効線量は0.13mSvにしかならない。外部被曝の場合は1mの距離に100万Bqの137Csがあっても、1日に0.0019mSvしか被曝しない(原子力資料情報室の説明)。これは年間でも0.7mSvに満たない線量で、避けるべき無駄な被曝の基準1mSv/yを下回っている。それなのにエアコンの埃から7万ベクレル!と大騒ぎする人がいる。100万Bqでも0.7mSv/yなのだよ。その1/10以下(実際には134Csも検出され、これは137CSよりも強い比放射能を持つけれどここでの結果には影響しない)。しかも7万Bqがそこにあったのではなくて、7万Bq/kgのセシウム(134+137)。エアコンのフィルターに埃を1kgもためたら、放射能は関係なくそっちの方が問題(フィルターごと測定と訳のわからないことが書いてある)。実際の埃の量はせいぜい数グラムであろう。なら放射性セシウムの絶対量は? 計算するのもバカらしい。

こうして放射線による被害がなさそうだと知られてくると、今度は化学毒性を持ち出してくる。前の記事にも書いたように、量的にお話にならない。化学毒性が問題になるほど放射性セシウムを摂取したら、その前に放射線障害で死んでいる。

メールをくれた知人からは、旧知の反原発仲間との討論会を提起された。「ぼくらが、きちんと討論できないようだったら、日本全体での総意形成など不可能と考えます。」

うーん、重たい。

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2012/09/04

「放射線情報を正しく理解するための基礎講座」を聞く

1日に練馬区で開かれた「放射線情報を正しく理解するための基礎講座」を聞いてきた。これは「ふくしまの話を聞こう」で知己を得た女性が区に掛けあって、練馬区教育委員会委託子供安全学習講座として開催したもの。

子供安全学習講座だから、素直に考えれば放射能の危険からどう身を守るかの話になるはずだが、既に東京都内は数値的にも感覚的にも放射能の危険はほとんどない。都市濃縮のような厄介な問題は残っているとはいえ、それは個人で注意するよりは行政がまとめて対処した方がよい問題。

そこでこの講座では視点を変え、放射能への不安に便乗した怪しい商売から身を守る事を主眼に、震災以前からニセ科学問題に取り組んできた菊池誠大阪大学教授をお招きした(と理解した)。

差し入れの酪王カフェオレを手にする菊池先生

差し入れの酪王カフェオレを手にするきくまここと菊池誠先生。

こちらとしては怪しい商品を列挙してなで斬り、を期待したが、「浜の真砂は尽きるとも、ペテンの種は尽きまじ」だし、〈オレオレ詐欺〉の進化を見ても詐欺師の方が一枚上手で、個別の商品名を覚えて対処しようとしても覚えきれるわけがない。それよりも原理が分かっていれば、科学的におかしなものは新種が登場しても見分けられるということで、物理化学の基礎の基礎から話は始まった。

これは翌2日に荻窪で別団体主催の放射能基礎講座、別名「5時間コース勉強会」の実質ダイジェスト版で、好評のSI接頭辞解説は省略して「原子と分子」からスタート。

カリ肥料の袋とガイガー管

ガイガー管の出力をスピーカーにつなげたもの。カリ肥料からの放射線を検出するデモ。

全体的に見れば高校までの理科(物理・化学)で習ったことでカバーできる内容なのだが、学校で習ったことというのは意外に忘れているものである。忘れているから習った記憶すらない。逆に覚えているとことは「知ってて当然」に思えてしまうから退屈に思えてしまう、でナメているといつの間にか置いてけぼり。

このパートを主観を交えて要約すると、次のようになる。


  • 元素の種類は原子核内の陽子の数で決まる

  • 原子核の周りには陽子の数に見合った電子が存在し、最外縁の電子が化学反応に関与している

  • 原子核の大きさは、原子の1万分の1以下

  • 原子核内の陽子と中性子は核力(強い相互作用)という極めて短い距離でだけ作用する力でまとまっている

  • したがって核反応と化学反応とは、場所(原子の中心/原子の外縁)も主役(陽子・中性子/電子)も働く力(核力/電磁力)も異なり、放射性元素の性質を化学(生物)反応で変えることはできない

学校で習う原子の構造が、原子核と原子の大きさがせいぜい1:50で描かれ、原子核は原子の奥深くに鎮座していることを理解させないのが良くない。原子核を直径1mmで描いたら、原子は最低でも直径10mにしなければならないのだ。

続いて、陽子と中性子のバランスが崩れた原子核は不安定で崩壊するという話。お得意の合コン抜け出しモデルは、お堅い区の主催ということに遠慮して披露されず、ちょっと不完全燃焼気味。後ろで見ていると、137Cs→137mBa→137という崩壊図が一斉にメモされ、ああ、これも新鮮なのだなと感心。さらに驚いたのは「γ線って有害なんですか」というフロアからの質問(質問は随時受け付ける形式を採用)。γ線は光子という説明のせいもあるのだろうが、放射線のイメージも人によってずいぶんと違うことを実感した。ここまでで45分。

半減期

半減期は説明が難しい。従来は「放射能が半分になる時間」と説明されることが多かったと思うが、今回出てきたのは〈神のサイコロ〉。これはアインシュタインが量子力学を批判した言葉(神はサイコロを振らない)由来。各原子について神がサイコロを振る。当りが出たらその原子の核は崩壊する。6面体サイコロの場合、3回振るまでに当り(たとえば1)が出る確率は125/216で約1/2となる。8面や12面のサイコロならもう少し多く振らないといけない。それが核種ごとの半減期の違い。

サイコロを振る頻度で悩む人がいるかもしれないが、それは1秒に1回でも1秒に100回でも構わない。この説明の秀逸なところは「放射能(原子)が半分に」だと行き詰まる「最後の1個はどうなるの?」をイメージできること。「当たり」が出るまで振り続けるだけの話。その頃には平均すると1秒に1個の崩壊も無くなって、つまり1ベクレルを切るようになっている。

100面体のサイコロとか長短様々な半減期(短いのはミリ秒とかマイクロ秒だし、長いのは1024年)を網羅するのが理解できないという人は複数のサイコロを振ってピンゾロ(1がそろう)とか、大きなルーレットを考えても結構。

このあと、ヨウ素131は半減期(8日)を過ぎるごとに半分になっていくので、1か月で1/14、半年で1/5,931,000になるから昨年3月に出た分はもう消えていて心配する必要はない、被曝の単位のシーベルトには3種類あるから混同に注意などといったよく知られた話がされたが、会場の反応は初めて聞いたみたいで、議論の前提となる知識の共有の難しさが垣間見られた。

感想

大切なのは物事を定量的に考えること。桁(オーダー)に注意しながら数字を見て、その意味を考えていけば、勘違いのかなりは防げる。落ち着いてみればイカサマ商売を見破るのもそう難しいことではない。イカサマ商売は恐怖を煽り冷静な判断をさせないように仕向けてくる。放射能は恐いと怯えた人は、自分がどれくらい被曝できるかを考えなかった。過去の事故の線量と現状の線量を比較しなかった。ベクレルとシーベルトは桁が違う(セシウム137で内部被曝の場合10,000ベクレルで0.13ミリシーベルト)のに同列に見て0ベクレルを指向してしまった。人体は何もなくてもカリウムや炭素からの6000ベクレル程度の放射能があるとの指摘に「ごまかし」と耳を塞いでしまった。ちなみに福島の現状は、チェルノブイリよりはるかに良い。

もう一つは対照の重要性。実験において対照(コントロール)が必須であるのと同様、観察においても「2011年3月以前はどうだったか」を忘れてはいけない。実際、ネットで騒がれる「自然界に異変が!」は、にわか観察家の勘違い。「殺人犯の9割以上は、犯行前24時間以内に米の飯を食べていた」になんの意味があるだろうか。

講義そのものよりは、講義がどう聞かれるかに興味があったので、もっぱら聴衆の様子ばかりを見ていたが、延々と続く基礎の話に皆さん熱心に聞き入っていた。誘った知人はいたく感心していて、自分でも勉強会を開催しそうな勢いだった(菊池先生曰く人が集まればいきます、と)。

受付担当の女性たち

運営はきくまこファン?の女性たち。


補:バリウムの影響


フロアの中に、危険があって欲しいと願っているような方がいた。持ち出す懸念が次々否定される中で食い下がったのが、放射性セシウムが崩壊してできるバリウムの化学毒性。たしかにバリウムには毒性がある。胃の造影に使う硫酸バリウムは不溶性なので無害だが、炭酸バリウムは胃酸で溶けるため毒重石という名前が付いているほど。だが、帰ってきてから調べると半数致死量(LD50)はラットで118~800 mg/kg。水道水の要検討項目目標値が0.7mg/l。高バリウム濃度の水を飲用する地域住民の調査から0.21 mg/kg 体重/日では影響がないことが分かっている。TDI(耐容一日摂取量)は20 μg/kg 体重/日で、体重60kgの大人なら1.2ミリグラム/日。一方、1ベクレルのセシウム137は0.3ピコグラム=10兆分の3グラム。ピコというのはミリの10億分の1(1mg=1000ug=1,000,000ng=1,000,000,000pg)。1ミリシーベルト被曝するには約77,000ベクレルのセシウム137が必要で、質量でいうと23ナノグラム。逆に言えば、セシウムやバリウムの化学毒性が現れるような量であれば、先に放射線障害が現れるということ(これは会場で菊池先生も指摘)。量を考えるのが大切。

質量換算単位をナノグラムに
揃えると
1日に摂取して影響の出ない
バリウムの量
20マイクログラム/kg体重1200マイクログラム1,200,000
1mSv被曝するセシウム137の量77,000ベクレル23ナノグラム23
10Sv被曝するセシウム137の量770,000,000ベクレル230,000ナノグラム230,000
※実効線量で10Sv被曝すれば高い確率で死亡します。

サリドマイド事件が起きたとき、まだ薬害と認識されていない時期に、息子の上肢欠損を原爆の影響だと思い込んでしまった人がいた(母が被爆者)。後に誤りに気づき、被害児家族を組織して救済対策を進めたけれど、一時的にせよ世間を欺いてしまったことに自責の念を持ち続けたらしい。動機の純粋性は主張の妥当性を担保しない。

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2012/05/22

掌に太陽を

有名なお歌の方は「手のひらを太陽に」ですが、これは21日の金環日食の話。

溶接面(保護メガネ)は持ってないし、日食観察用メガネを買って雨天だったらもったいないし、昔実行した煤をつけたガラスはダメだと言われるし、かと言って日食網膜症にはなりたくないし、でなんの準備もしないまま金環日食の日を迎えた。

凸レンズでの結像はうまくできないし、昔は2,3枚あった使用済みテレホンカードは見当たらないしで焦りだしたとき、木洩れ日で観察できるという知らせ。

カメラを持って外に出ると、おお地面に光の輪。

掌に写った光の輪

ふと思いついて掌に当ててみたら、面白い図になった。

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2012/05/05

読まれなかった挨拶文

さる4月28日に東京で「ふくしまの話を聞こう」という講演会を開いた。

主催団体の「福島おうえん勉強会」の代表とひょんなことから知己となり、なりゆきで開催スタッフに加わっていたのだが、なんとその代表が開催案内直前に緊急入院してしまった。延期か強行か。残されたスタッフは後者を選択。だがTwitterやmixiでの交信こそあったものの、互いに面識のほとんどない20人弱のスタッフでうまく進められるだろうか。烏合の衆にならぬよう論点整理を買ってでたところ、代表代行に祭り上げられた。もとよりそれは想定の範囲内。「代表というのは、なにかあったときに頭を下げるのが最大のお仕事」と割り切り、「善きに計らえ」でどんどん進めてもらった。

(正直なところ、決め台詞「今に見ておれ。俺は知らんぞ。」が使えないのは大変だった。)

それでも「主催者からのご挨拶」は自分でやらなければならない。いくつかのピースはできあがったものの、根本的なところの理解不足があって相互にうまくつながらない。焦っているうちにその日を迎えた。と、そこへ「建物の閉館時刻があり終演から撤収まで余裕が無いので時間厳守で進行を」と設営・撤収チームから要望。加えて、開会挨拶の時間が進行表に入ってないことが判明。斧鉞を振るうどころか、大幅に割愛して済ませた。

しかし、講演者を含めたランチミーティングでミッシングリンクを発見したこともあり、ここに「こんな風に読みたかった」を載せる。

本日は「ふくしまの話を聞こう」に多数ご参加いただきありがとうございます。代表のナカイが本会の準備中に健康を害し、入院せざるを得なくなったため、臨時代行を務めます細川がご挨拶を申し上げます。なお、ナカイは快方に向かっており、現在はリハビリに専念しておりますのでご安心ください。

主催の福島おうえん勉強会は、もともと放射能汚染の健康への影響を心配する人、特にお母さんを念頭に、〈正しい科学知識〉をゴリゴリと注入するのではなく、不安な気持ちを受け入れて、納得のいくように放射能について知る、そのための小さな勉強会から始まりました。

立派な肩書きの先生の「それほど心配することはない」という講演を聞いても、なんとなく腑に落ちない。かといって「もう大変です」という講演を聞いても、では今日からどうするかというと、なかなか避難までには踏み切れない。家族は話を聞いてくれないし、ご近所やPTAとはそういう話をする雰囲気ではない...そんなモヤモヤとした気持ちを整理する場が必要なのではないか。そして、この空隙を怪しい放射線防御ビジネスにつけ込まれているのではないか。そういう危機感をいだいています。

元々は膝詰め・車座を意図した勉強会ですが、さすがに福島から講師を招くとなると小規模集会では無理があり、このように大規模なものになりました。本日はエライ先生の講演ではありません。福島在住の市井の人が何を考え、どう行動しているかのお話です。それでも聞いて「そうそう、その通り」とはならないでしょう。人の話を鵜呑みにするのではなく、ご自身の中で消化していただきたく思います。

さて去年の3月、地震と津波の恐怖もさめやらぬうちに、原子炉建屋が次々と爆発し、放射性物質が広がるという大事故が発生しました。私たちがイメージする放射能汚染は核戦争によるそれでした。広島・長崎の悲劇です。井伏鱒二の『黒い雨』やブリッグズの『風が吹くとき』の世界です。毛が抜けて鼻血が出て死に至る。

以下の文字が小さい段落はいったん用意したものの、こういう刺激的なものいいは良くないと撤回を決めた部分。

実際、ネットでは「子供の鼻血が」「下痢が」という噂が飛び交いました。最近はこれらは影を潜め、「就寝中に足がつる」に変わったようですが、放射線による鼻血や下痢は数Sv以上の被曝で起きる症状であり、もし本当に被曝症状で鼻血が出たのなら、適切な治療を施さなければ8〜50日の間に死亡してしまいます。下痢の場合はもっと深刻で、現代医学では手の施しようがありません。線量や治療にもよりますが3〜10日のうちに死に至ります(数週間生存し続ける場合もあります)。

今から25年ほど前に『東京に原発を』という本が出ました。書いたのは広瀬隆で、昨春来マスコミに出ずっぱりですから、ご存じの方も多いでしょう。原発は遠くに作るよりも都心に作った方が送電ロスもないし今は海に捨てている熱も有効利用できるし合理的。でも事故が起きたら怖いよね、という本で、後半に東海二号炉が事故を起こしたらシミュレーションがあり、放射能雲が東京に届いて人がバタバタ倒れると描写されていました。

実際はどうだったでしょうか。「鼻血が、下痢が」という噂はありましたが、被曝でそれらの症状が出たのならば、集中治療を受けなければ死んでしまいます。「700人死んだ」「1500人死んだ」という噂もありますが、それだけの人が死んで隠し通せるわけがありません。そういう事故ではなかったのです。現に福島第一原発には今なお多くの作業員が働いています。

「放射能が来る!」と騒ぎになった去年の3月。千葉市の熊谷市長は冷静に言いました。放射能は風に乗って順番にくるのです。茨城県の人たちが落ち着いているのに千葉市民がおろおろしてどうするのですか、と。その後放射能は確かに来ましたが、それは測定装置でのみ観測されるものでした。汚染が明らかになってから「食べ物の味がおかしい」という人も現れましたが、これは大方気のせいでしょう。「直ちに影響はない」の言葉尻を捉えて、「秋には...」「年明けには...」「1年経ったら...」と待ってみたものの、何も起きていません。先天性障害、それ自体は珍しくはないものですが、を持った子の誕生を「お待たせしました」と報じようとしたジャーナリストがいましたが、予告だけで終わっています。

東京は大丈夫、汚染はそれほどではない。それが分かって余裕ができたからというのも失礼な話ですが、落ち着いて見回して気がつくのは「それでは汚染された福島で人々はどうしているのだろう?」。まだ東京は大変だと思っている人にとっても、福島に住んでいる人の経験は自分の心配を相対化する良い指標となるでしょう。福島県は約200万人が住み、この1年間におよそ12,000人が転出しました。99%以上の人は事故後もとどまり続けているのです。東京からも避難しようという人にとっては理解しがたいかもしれません。「福島県民は騙されている」「放射能測定値は不正操作」「福島県では、放射能という言葉を耳にしなくなっている」という主張を目にされた方も多いでしょう。今もとどまる人たちはどのような生活をし、何を考えているのか、現地の声をお聴きください。

なお、はじめに申し上げましたように、本講演会の準備中に主宰のナカイが倒れるという事態が発生しました。講師が決まり会場は押さえていたものの、まだ告知をしていない段階。中枢を失って空中分解の危機でした。しかし誰ともなしに「やりましょう」と声が出て、mixiを連絡場所として互いに面識もない者同士が協力して開催にこぎつけました。えてして「専門家と一般市民」という図式を描いてしまいますが、〈一般市民〉もそれぞれ某かの〈専門〉を持っています。その専門性を持ち寄って成立したのが本日の講演会です。「こういう講演会を聞きたい」「あの先生の話を聞きたい」という方は、ぜひご自分から動いてみてください。世界は変わります。

最後の、「実は大変だったのよ」は、スタッフ慰労のためにぜひ入れたかったのだが、「不手際があっても見逃して」という言い訳に聞こえそうだったこともあって割愛し、懇親会の席上で披露した、と思う。実は緊張の糸が切れたところに、「飲んで応援」とばかりに福島のお酒が流れこんで記憶が曖昧。スタッフのツイートを見て「ああ、しゃべったんだ」状態。


さて、職探しに本腰を入れなければ。

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2012/03/30

「勘助のかなしみ」

26日に朝日新聞紙夕刊2面のコラム「窓 論説委員室から」に書かれた「勘助のかなしみ」という一文を読み、ほとんど泣きそうになってしまった。

NHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」のエピソードをこう取り上げる(有料だが朝日新聞デジタルで読める模様)。

勘助はひどいめにあわされた、あの子はやられて、ああなってしまったと思ってた。けど違った−−と。
「あの子は、やったんやな。あの子が、やったんや」
(原文では  部は傍点)

兵役から帰ってきた息子(後に再出征して戦死)が魂が抜けたようになっていた理由を、四半世紀後に母は突然さとる。

だが、慰めようにも息子は既に戦死している。代わりに詫びようにも誰も糾弾してくれない。文句を言おうにも誰を責めたら良いのだろうか? 気がついても何もできない。これは実に恐ろしいことだ。

余談になるが、この「あの子は」から「あの子が」の変化も胸に迫るものがある。


コラムは続けて戯曲「こんにちは、母さん」(永井愛)から、戦地から戻ったが戦争の話は一切しない夫の胸の内に妻が気づく場面が紹介される。

「ああ、この人は、実際に人を殺したんだ。しかも、子供を、子供を殺したことがある...」

愛する夫が加害者だったという暗転。苦しい経験を語らないのは自分が信頼されていないからか。目の前の夫は生きているけれど、死者よりも遠い... この妻の苦しみは誰が受け止めてくるのだろうか。

この戯曲は後にTVドラマ化されたようだが、番組紹介を見ても、それらしい様子は見られない。ただ、サイトに紹介のない第四回について、「鳥肌が立った」と感想を載せているブログがあるので、「延々と続くダイアローグ」の中に出るのでしょう。

どちらもファンクションフィクションではある。そこを衝いて「事実ではない」に持って行こうとする人がいるのではないかと気になって調べてみたが、幸いにもそういうエントリーは見当たらず、逆に共感する日記を発見して安堵した。

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2012/03/05

チェリャビンスク-65、TMI、チェルノブイリそして福島第一原発

大規模な核事故は4つ知られている。

1957年にチェリャビンスク-65で起きた、高レベル放射性廃棄物タンクの爆発事故(キシュテム事故;「ウラルの核惨事」として知られる)、1979年にスリーマイル島(TMI)原子力発電所2号炉で起きた炉心溶融事故、1986年にチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた爆発事故そして2011年に福島第一原子力発電所で起きた爆発事故。(1999年のJCO臨界事故は国内で初めて死者が出た原子力関係の事故で、被曝者数も667名に上ったが、放射性物質の拡散は起こしていない。)

キシュテム事故は冷戦時代のソ連で起きたため、長い間秘密にされていて、西側諸国が概要を知ったのは1976年に亡命科学者が科学誌に投稿してから。ソビエト連邦崩壊前夜の1989年にグラスノスチ(情報公開)により全容が明らかになる前は話に尾鰭がつき、核爆発が起きたかのようにも語られた。恥ずかしながら私も、断片的な情報を又又聞きして荒涼たる原子野を想像していた。

周辺の住民10,000人が40~500mSv被曝したと考えられており、7,852人について1987年(事故後30年)まで健康調査が行われたが、明確な被曝の影響は見出されていないという。

TMI事故は当時としては最高レベルの原発事故で、直前に公開された映画「チャイナ・シンドローム」で懸念されていた冷却材喪失→炉心溶融が現実に起きたため大きな衝撃を持って受け止められた。

ちなみにチャイナ・シンドロームとは、熔融した核燃料の塊が核反応を継続しながら地中にのめり込み、ついには地球の反対側にある中国に到達するという比喩。岩盤を熔かしながらの落下なら抵抗が大きくて地球の反対側まで達しないし、そもそもアメリカの反対側は中国ではなくてインド洋だ。

周辺住民の大規模避難が行われ、「とてつもない大事故が起きた」と怯えたものだが、事故そのものによる死傷者は0。早期に収束し、炉心溶融が確認されたのがだいぶ後だったこともあり、不謹慎ながら「大山鳴動して...」という印象がある。むしろ避難する住民の中にショットガンを構えた男性が写っていたのが記憶に残る。

チェルノブイリ原発事故もソビエト連邦時代に起きたため、当初は公表されず、西ヨーロッパの放射能汚染で明らかになったという経緯から「今度こそ...」と慄いたのを覚えている。そのころは(も)放射線に対してはろくな知識がなく、被曝といえば広島と長崎の核被害や、そこから想を得たであろう『渚にて』の描写しか知らないから、「文明の終わり」「国は自殺用薬剤を配るかも」とまで考えた。

シュートの小説『渚にて』では、第三次世界大戦で6000発を超える核兵器が使用されて北半球は放射能汚染で全滅、南半球にも徐々に汚染は広まり、もはやこれまでとオーストラリア政府は毒薬を配布し市民は思い思いの方法で安楽死する。映画の終盤では、同盟国を頼って来豪していた米原潜が公海で自沈するために出港し、無人の街は静まり返る。数日前に教会が開いた宗教集会で広場に掲げられた横断幕「きょうだいよ、時間はまだある」(今こそ悔い改めよ)が虚しくはためくラスト。ちなみに愛娘に毒を注射し夫婦で毒を仰ぐ若き海軍士官を演じるのは「サイコ」の印象が強すぎるアンソニー・パーキンス。

「核の冬」(核戦争で舞い上がった塵埃が大気圏上層を覆い、日光が遮られて氷河期が到来するというシナリオ)以前は、核の脅威といえば熱線と爆風そして放射能だった。それも10年後にがんによる死亡が1%増えるなんて生易しいものではなくて、髪が抜け、激しい下痢と嘔吐で悶えながら死ぬ。これは絵本『風が吹くとき』にも生々しく描かれている。ただ、これはシーベルト単位(マイクロでもミリでもなくシーベルト、つまり1000ミリシーベルト、100万マイクロシーベルト単位)での被曝の場合の話。チェルノブイリ原発事故では消火にあたった原発作業員や消防士には見られたが、周辺住民はそこまで被曝していないのでこのような急性の確定的影響は出ていない。

東電福島第一原発事故は次から次へと建屋が爆発するものだから「3度目の正直か」と緊張した。しかし、今度は前2回と異なり比較的身近だったので、妙なカタストロフィー願望には左右されずに推移を見守り、「福島は大変だが、現段階では自分がいる首都圏は大丈夫」という結論に落ち着いている。福島県内にしても、毛が抜けて紫斑が現れ鼻血が出るような線量からは程遠い。こういう核戦争型放射能汚染の感覚では原発災害に対処できないのだが、逆に言うと原発事故では核戦争のような被曝は心配しなくて良いのかもしれない(実際、なんだかんだ言って、福一には作業員がとどまれている。もちろん総員退避が必要になる重大汚染が起きる可能性はあるけれど、避難中の住民がバタバタ倒れるような事態というのは想像の中だけで済みそうだ...←しっかりした数的根拠があるわけではない。)

これは正常性のバイアスだろうか。余震などで福一の制御ができなくなって、再度放射能雲に襲われても「この程度の線量率なら大丈夫」、急性症状が出始めても「ビールを飲んでいれば大丈夫」と、「エリック・ザ・バイキング」のKing Arnulfみたいに呑気に構えているかもしれない。そうは言っても今できることはそう多くはない。県外協力者として福島エートスの活動を支えること、首都圏においては〈今日明日にも血を吐いて死ぬかのように怯えている人〉を落ち着かせるのが優先課題と考えている。

「酒を飲んでいると放射能に耐えられる」は、前記『渚にて』でも紹介されているエピソード。広島市でも被爆後「この世の終わりが来た」と隠していた酒を持ち出して痛飲した人には放射線障害が出なかったという伝説がある。これらをもとに放医研で研究が行われ、動物実験レベルであるがエタノールやビールの保護作用が報告されているが、ピアレビューの雑誌に掲載されていないという批判もある。

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いやなたとえだが、列車の転覆のような大事故が起きて多数の死傷者を救出しようと人々が駆けつけてごった返している中で、僅かな擦り傷しかないのに「血が出てる! 破傷風になるかもしれない! 病院へ連れて行って!」と大騒ぎするのは邪魔でしかない。こういう人が図々しく救急車に乗り込めば、助かるはずの生命が助からなくなりかねない。緑のトリアージタグでおとなしく待っているべきなのだ。ケガをしたのが子供でも基本は同じ。判定はできないが、判定に沿って人を誘導するくらいならできる。

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2011/11/30

不採用通知は丁寧に

求職活動を続けているといろいろな会社に出会う。

不愉快なのは書類選考を通過した者にのみ連絡という会社。紙の履歴書送付でだけ受け付けていれば、応募者が多い場合(このご時世だから求職者は多いだろう)、全員に電話をしたり手紙を送ったりするのは大変だ、という事情は分かる(紙にこだわった報いだという気もするけれど)。

しかしメールや連絡フォームを使って受け付けているなら応募者のメールアドレスは入手済み。ボタン一つ(正確には〈返信〉と〈送信〉の2回)で定型文を送付できる。その手間すら惜しむとはどういう了見なのだろうか?

不採用の通知をくれる中にも鼻白むものがある。「慎重に検討しました結果、残念ながら」って、送ったその日のうちに返ってくるということは、表には書いていない排除条件に抵触したってことだろう。

年齢や性別で差別することが禁止されてから、応募資格は原則として年齢・性別不問になっている(年齢についてはやや緩い条件で認められる)。その結果、表向きは受け付けるように見えていても、一次スクリーニングで自動却下されてしまう例が出る。

いじましい努力をして「実は欲しいのは...」をそれとなく表明しているところもあり、そういうところにうっかり応募した場合は「読解力に問題あり」とはねられても、まぁ分からないでもない。

しかし、「視点を変えて検討してみませんか」と申し入れている場合は、もう少し丁寧に扱って欲しいものだ。少なくとも提示された条件は満たしているのだから。

不採用の通知の中でも気持ちの良いものはある。ある会社は即日却下だったが「期待を持たせて、時間を無駄にさせては悪いから」と前置きして、なぜ採用しないかを簡潔に説明してくれた。別の担当者は(応募者多数のため)時間はかかってしまったが、採用できない事情を縷縷説明してくれた。こういう所には悪い感情を持つことはない。

企業は求職者を吟味しているつもりでいるが、求職者も企業を吟味しているのを忘れないでもらいたい。今日の求職者は明日の顧客。また買い手市場を良い事に、権柄尽くの態度が習いになるとろくな事はない。

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2011/10/31

第20回理学部公開講演会「理学が拓く未来」 に行ってきた

東京大学理学部の公開講演会「理学が拓く未来」を聞いてきた。

一階の聴衆。頭髪の様子からして平均年齢は高そう。聴衆の平均年齢は高そうだ。

金具を使わずに紙が綴じられている。配布資料はホチキスを使っていないエコ仕様?(メーカーによれば、ホチキスの針は外さなくても紙の再生に影響はない
演壇で歌うソプラノ歌手 第一部は20回を記念してのコンサート。歌手は伴奏が電子ピアノだったことへ遠慮がちに不満を述べていた(あとで思い出したが、5年前にはスタインウェイがあったはず)。またさりげなく、ソプラノ歌手への喝采はブラボー(bravo)でなくブラバー(brava)だと教育的指導も。

第二部は早野龍五教授と塚谷裕一教授による講演。初めは高校で習ったような内容だし、非常に分かりやすい話し方なのでふんふんと聞いていた早野教授の反物質のお話、どうやら難しさは飛び飛びの値を取るらしく、気がついたときには五里霧中。難しすぎる話で脳が過熱しないようにと意識がシャットダウンしてしまった。

気を取り直して聞く塚谷教授のお話。シロイヌナズナの属名はなんだったかなーとかUPバイオロジーはなくなったんだーなどと考え事をしているうちに危うく置いて行かれるところであった(ちなみにシロイヌナズナの属名はArabidopsis )

第三部がパネルディスカッション。自然科学系の学部は数あれど、ほとんどが基礎と応用を兼ねている。ひとり理学部だけが基礎研究一本槍というのは、冒頭に指摘されるまで気づかなかった。「こんなに役に立ちます」で研究費を取ってくるのが一番難しい。

ただ、学生というか受験生の意識は「基礎研究か応用研究か」なんてところにはないのではないか。どちらかというと受験科目とか偏差値とかが学部選びに重視される。実際、同じ大学の複数の学部に受験することは珍しくないはず。

一方教員の方も、「理学博士だから工学部には就職しない」みたいな贅沢は言ってられないはず。また新しい領域に取り組む場合は外から人を集めざるを得ず、「理学博士以外はお断り」とも言ってはいられないだろう。

とはいえ、「朱に交われば赤くなる」で、理学部にいれば〈理学部的発想〉は身につく。それは「科学は役に立ちます」とは少し離れたものなのかもしれない。(東京大文学部を出た人から聞かされた記憶がある、文学部の存在意義は役に立たないところにある、に通底するような)

壇上に並ぶ6人のパネリストと司会そうすると「(すぐには)役に立たない基礎研究の意義は?」「研究費を負担してもらう納税者にどう納得してもらうか?」が理学部と大学院理学研究科の存在に関わる課題となる。

これについて早野教授は小柴教授(ノーベル物理学賞受賞者)の「(ニュートリノ研究が社会の役に立つことは)ないね」発言をひいてみたり、冷戦華やかなりし頃アメリカの研究者が上院で、その研究は国防に役立つのかと問われ「国防に直接関係はしないが、この研究はアメリカを守るに価する国にする」と切り返した例を紹介したり、あるいはGPSは量子力学と特殊相対性理論と一般相対性理論の3つがそろわなければ実用化できなかったという例を引いたりして、役に立つにしても時間がかかる(量子力学からGPSまで約100年)と説明。これは最後の発言「基礎研究は打率が低い」に集約できるだろう。(私は「歩留まりが低い」という言い方を好む。)打率は低いけれど、時おり場外ホームランも出る、ということであろう。

(ソロの場外本塁打よりは走者一掃のヒットの方が価値がある、ってのは実学的発想なのだろう)

また、理学は世界観を変えるという主張もあった。たしかに「因果律が存在しない」「事象は確率的に起きる」「粒子であると同時に波である」などなどそれまでの常識がひっくり返るような発見があった。しかし、これ物理を専攻したのではない人、つまりほとんどの人にとって今でも (?_?) のままではないだろうか。その証拠に原子核の崩壊だの半減期だのは、いまもって理解されているとは言いがたい。

私達を変えたのは携帯電話やGPSであって、量子力学や相対性理論ではない、と言えないだろうか。

このへんのモヤモヤは塚谷教授の講演にも感じた。生物の多様性が大事って、本当に思っている人はどれくらいいるのだろうか。ありふれた魚と思っていたメダカが絶滅危惧種と聞いてセンチメンタルな気分に浸っているだけではないのか。その証拠に天然痘ウイルスの絶滅には誰も異議を唱えないではないか、といったら乱暴だろうか(さすがに乱暴ですね)。しかし、クマがお腹を空かしているからとよその山から運んできたドングリを撒いたり、川に訳のわからない微生物資材を流したり、メダカの池に間違えてアメリカメダカ(カダヤシ:メダカ減少の原因の一つと考えられる)を放流したりと、遺伝的多様性を無視した〈自然保護活動〉が盛んではないか。

舞文曲筆して暴言を続けるならば、ビッグバンとペイオフの区別がついていない人は2番目の多数派であると思う。最大多数派は「どっちも知らない」。

もっとも世界70億人の世界観が変わる必要はない。1億人が物理学を深く理解していれば現代文明は維持できるだろう(生物学者のほとんどは量子力学を理解していなくてもやっていけるだろうし、化学者の大半も相対性理論のお世話になることはない...よね?)

どうも納税者の理解を得るのは難しそうな雲行き...と思っていたところ、学生向け企画のはずなのに若い参加者が少ないのはどうしたことかというフロアの嘆きに塚谷教授が、幅広い年代に関心を持ってもらえていると逆転の発想で分析。税金もたくさん納めていらっしゃるようだ、には会場に笑いが。

物理系の院生が集う〈夏の学校〉で、抜き打ちに原発関係のテストをしたら惨憺たる結果だったなど、他にも興味深い話は多々あったけれど、それらは公式のまとめに期待して筆を置く。

(「科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。」については『科学者とあたま』を全部読んでから改めて触れたい。)

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2011/10/29

YS-11内部公開

西武新宿線の航空公園駅のそばに国産旅客機YS-11が展示されている。普段は柵の外側から眺めるだけだが、内部に入れる日があると聞いて行ってみた。
YS-11の後部から入る

注意書き「窓から身を乗り出さないで下さい」
タラップの下には「窓から身を乗り出さないで下さい」という謎の注意。飛行機の窓って開かないでしょ?

天井の低い客室 申し訳程度の荷物棚 係員から「頭に気をつけて」と注意されながら低い搭乗口をくぐって入った機内は大江戸線並に窮屈。座席上の荷物入れも申し訳程度でトランクを載せないでと注意書きが。座席は西武線の特急レッドアローの方が豪華。
緊急時脱出法の説明 「命綱」という頼もしいんだか頼りないんだか分からない表示も。
窓枠が外れていて翼の上に出られるようになっている 外から見た非常口。窓枠が外れている。

非常時には翼の上に避難できるらしい。ここは窓があいて、というより窓枠が外れていて、なるほど「身を乗り出すな」と注意が必要。

非常口から見た左翼
翼の上に出ても逃げ場はないような... 目の前には大きなエンジンカバー。しかも「踏むな」と書いてある。

エンジンカバーには「fuel coupling drain」「G/B breather」とかいろいろと書いてある エンジンカバーにはいろいろと書いてある。
機体のお尻? 空港で旅客機が洗われる様子を「恥ずかしき所もあるらん」と俵万智が詠んだのは機体のこの辺りだろうか? 

なお、次の公開は2011年11月14(月:埼玉県民の日) 10:00~15:00 無料・雨天中止※リンク先は「お知らせ」なので、当日以降は別内容になるだろう。

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2011/07/28

フルートは木管楽器ですが

ひょんなことから日本クラシック音楽コンクールの関東地区予選を見(聴き)に行った。

ところが主催者のウェブには開催日と会場の情報しかない。そこで会場のウェブを見ると、なんとコンクールについての情報は全くない。わずかに催物カレンダーに「利用有」とあるだけ。いやなことに進入禁止のようなマーク赤い円に右上から左下へ赤い斜線の記号が付いている。ソースを見るとsold.gif。

そんなこんなで当日を迎えてしまった。それまでに入場は無料らしいこと、来場者はほとんど参加者の関係者、会場には受付もなくて出入り自由らしい、といったことの調べは付いていたが、いかんせん何時から始まるのかが分からない。そこで主催者に電話をしてみたが、誰も出ない。会場となるホールに電話をしてやっと13時からと判明した。(電話をするならもっと早くに!)

コンクール自体についても何も知らなかったので少々調べてみると、「難易度の高い曲を選び、短い時間でピーアールしなくてはならないコンクール」(PRではなくてアピールではないか?)、「デュティユーのソナタなんかをどうだまいったかとばかりに弾く人が多数いらっしゃいます。無調の現代曲を弾くとやっぱり評価が出やすくなりますから。」(Yahoo!知恵袋)とのこと。

というわけでドキドキしながら会場へ向かう。日暮里駅からすっかり立派になった京成線に乗って青砥駅で下車。乗ったのは成田空港行きだが、降車ホームと出口との間にはもう一本ホームがあって、そこは羽田空港行き電車が来るという。間違える人はいるんじゃないかな(羽田空港駅の電車案内も相当シュールらしいが)。

かつしかシンフォニーヒルズ

会場に着く。予想通りなんの案内表示もない。ホール前ロビーにはいかにも出場者という一組。普通なら受付となる辺りに進行表が貼ってあった。ホールに入ってみると、用意はできているが誰もいない。これはなかなか見ることのできない光景。ビビって一度は出てしまったが、ロビーには出場者や関係者が増えてきたので入り直し、こんなこともあろうかと持参した新書を読むことにした。
部門・部・参加番号・開始時刻・終了時刻の書かれた進行表

定刻になると館内放送があって、最初の参加者が3人組で登場(伴奏と譜めくり)。演奏するのはマリンバ。知らない曲なのでよくは分からないが、たぶん上手いのではないだろうか。終演後、率先して拍手をする人がいたので追随。むかし、ジェネセルワークショップに参加したところ、ある座長が演者への拍手を要請し、この習慣を学会発表にも広めたいと話していたのを思い出す。打楽器部門はこの一人で終了。伴奏のピアニストは知人の誰かに似ているような気がしたけれど思い出せない。

次がフルート部門。さらに細かく小学校高学年・中学・高校・大学・一般と部に分けられている。放送を聞くと男女も分けられているようだが、これは聞き違いかもしれない。声楽ならともかく、楽器を男女別にする意味が分からない。

最初は小学生だが、素人耳には「えっ」と思うほどそつがない。ただ、次の中学生もそうだったが、息継ぎの音が響く。そういえばカザルスホールであったアマチュア音楽フェスティバルでも、息継ぎ音の大きい人がいた。ゴールウェイならどうだろう。チェロ奏者のカザルスは演奏中に唸りだして、録音にもはっきり残っているけど、これはまぁ別の話。

可愛いお嬢さんがハァハァ喘ぐのを見るのは、などとアホなことを考えているうちにどんどん進行。知らない曲ばかりで、たまにモーツァルトが出てくるとほっとする。Yahoo!知恵袋で例に出されていたデュティユーのソナタも演奏された。バルトークを連想させるなかなか趣きのある曲。この機会がなければ一生聴くことはなかっただろうと思う。ありがたやありがたや。

ところでフルートという楽器、今は金属製だけれど、もとは木製で、それで木管楽器に分類されている。ところがフルート部門の次は木管楽器部門だという。どういうことだ? あらためてこのコンクールの部門分類を見ると、ピアノ、ヴァイオリン、弦楽器、フルート、木管楽器、金管楽器、声楽、打楽器となっている。なるほどヴァイオリンが弦楽器から分離されているように、フルートも木管と分けているようだ。たぶんどちらも奏者が多くて、一緒にやるとその他の弦楽器(チェロ、ビオラ、コントラバス、ギター、アルペジオーネ?)や木管楽器(クラリネット、オーボエなど)が割を食うのかな。この予選会でもフルート9人に対して、その他木管は総勢で5人だった。これも会場に行かなければ気付かなかったであろう。

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2011/06/13

ガイガーカウンターミーティング0611 に行ってきた

東京電力原発事故による放射性物質汚染の広がりが人々の不安をかき立てている。公式発表とは別に、自ら線量計を買い求めて身の回りの放射線を測る人も増えてきているが、果たして正しく測定できているだろうか? そんな懸念の声も聞こえてくる。

放射線にはアルファ(α)、ベータ(β)、ガンマ(γ)の3種類があるということは知っている人でも、それぞれ測り方が異なることは知らないのでは? たとえばγ線のみを計測する機械(モード)にβ線が飛び込むと、シーベルト(Sv)換算値が多めに歪められてしまう。

とはいっても、もはや「素人は引っ込んでろ」は通用しにくい状況。なにしろ公式発表は低めに抑えられている、高い値は隠されているという陰謀論すらジワジワと広がっている。

(この陰謀論も稚拙というか素朴なもので、たとえばストロンチウム(Sr)検出の公表が遅いといきり立つけれど、90Srの分析法を見ると、土をすくってきて機械に入れたらすぐに値が出るというものではなく、面倒な抽出操作を加えた上に2週間以上放置という操作が必要なわけで、公表が遅いのは必然であって、ほとぼりがさめるのを待っているからというのは的外れとわかる。)

そこで、「はじめてのガイガーカウンター」のような啓発ビデオを作り、正しい測定法を周知させ、草の根測定を有意義なものにしようという動きが出てきた。そのひとつと思われるのがガイガーカウンターミーティング

(ガイガーカウンター(GC)とは、正確にはガイガー・ミュラーカウンター(GMC)というべきで、数ある放射線計測器の中の一形式。放射線の数は測るけれど種別や強さは問わないという特徴がある。市販の線量計にはGMCではない、別の原理を使ったものもあるが、今さらそれを言ってもペダンチックにしか聞こえないだろうからガマン。「星の彼方、ジェットの限り」はあり得ないという鉄腕アトムへの批判が非力...と思って調べると、なんと「宇宙空間ではロケットに切り替わり」という設定がぁぁぁ、wikipedia恐るべし。...ぉぃ、マッハ20すなわち6.8km/sじゃ遅すぎるぞ。)

第一部は線量計を持っている人対象で、放射能既知の線源(複数種)を測定して違いを見るのが目的。線量計を持っていないのでパス。ちなみに事前申し込み制

第二部は「ガイガーカウンターでのなるべく良い測り方講座」 という一般向け講習。事前申し込み不要だが有償(1000円)。ただし〈お父さんお母さん用割引〉では500円(小学生以下無料)、また線量計持参者は無料。

第三部は菊池誠×野尻美保子×野尻抱介の鼎談。事前申し込み不要だが有償(1000円)。

それとは別に簡易校正会やポスター展示も行われる。

午前中に錯覚美術館に寄ってから、時間的余裕を見て13時少し過ぎに会場へ到着。ところが予期せぬというか、予想以上の事態が待ち構えていた。人が多すぎて何がなにやら分からない。スタッフらしい人を捕まえて聞いてみると、第二部の受付はまだ始めていないという。廊下の隅で待っていたが14時を過ぎてもなんのアナウンスもない。オープンスペースに設置されたモニターでは隣部屋の第一部を映しているが、まるで終わる気配がない。と、廊下にいつの間にか行列ができはじめている。慌てて並んだが、しばらくすると線量計持参者優先という案内。1階(会場は地階)でも中継画像を見られるというので上がってみたら場所が分からない。戻ってスタッフらしい人に聞くがやはり分からない。しばらくしてスタッフに案内されて、1階の奥の奥にある部屋に案内してもらった。地階よりは空いている、という読みは当たったけれど、椅子が10脚もない状態で立ち見。予定時刻を30分ほど過ぎて漸く始まったけれど、今度はやれポインタがないのなんのと不手際の見本市状態。おまけに音声が途切れ途切れで聞くに堪えない。もしかしたら地階の中継は音がまともかも、と戻ってみると、それは当たったけれど、椅子は相変わらず満席で後ろで立ち見。展示会の人たちは中継におかまいなしに賑やかで実にストレスフル。さらにいらだたせるのは、今日日ご法度であろうハロゲンランプとおぼしきスポットライトが各所にあって眩しい、暑い。

でもまぁ、急ごしらえのボランティア企画だから、円滑な運営に積極的な協力ができないならせめて邪魔にならないようにとガマン。一番いけないのは、ただでさえアタフタしているスタッフを捕まえて怒鳴るなどして混乱に輪をかけること。また参加者同士のトラブルも迷惑行為。それでもさすがに隣で大声で立ち話をしている◯◯には「出て行け」と穏やかに言ったところ、思い当たるフシがあったのか恐縮して声を潜め1mほど移動してくれた。これは他の聴衆の役にも立ったかな。

払ってもいない1000円で客気取りは醜怪だが、主催者にも反省してもらいたい点がある。まず参加見込み人数の読み誤り。第一部は事前申し込み制なのだからこの状態は容易に予測できたはず。もちろん1階に別会場を確保するなど努力はされている。だが会場内での告知体制が不足していた。放送かわかりやすい掲示板を用意すべきというのが第二。第三に運営スタッフは(出展者と区別できる)腕章なり帽子なりゼッケンなりをつけて目立つべき。一番目立つべきは責任者。あと細かいことだけれど、ハッシュタグ(#611GC)は案内に載せてほしかった(面と向かって言わなくてもツイートすれば運営に、すぐにではなくても伝わる)。Wi-Fiが開放されていればもっと良かった(最近こればっかり)。

さて本題。当日の模様はUSTで見ることができる。しかし内容について触れだすとまた長くなりそうなので一旦クローズ。

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2011/02/12

葬儀三件

暮れから葬儀が相次いだ。

1 祖母

最初は祖母。

12月1日に倒れ、知らせを受けた叔父らが集まった5日には上機嫌であったそうだが、7日に息を引き取った。白寿だしかかりつけ医は昨春から長くはないという診立てだったので、あの猛暑を乗り切っただけでも大したもの。直前までデイケアに元気に通っていたのだから大往生と言ってよいだろう。

連れはもとより知人も皆鬼籍に入っているので葬儀は身内だけで、と思っていたら思いがけず多くの方にご会葬いただいた(主に母の関係と介護関係)。ありがたい限り。

2 知人父君

続いて暮れに、しばらく疎遠にしていたがmixiやら生化若手の会の第50回夏の学校やらでコンタクトが復活していた知人の父君が亡くなられた。だいぶ前に病が篤いと聞いていたので正直なところ驚いた。

故人と面識はなかったけれど「賑やかなのが好きだった」と聞いて参列を決意。通夜には間に合わなかったけれど、告別式に出席した。会場はわかり易い場所にある...ので油断して地図を持たずに行ったところ、見事に道を一本間違えて迷子になった。駆け込んだ時には読経が始まっていて大いに反省。

施主(喪主)は挨拶の途中、経過のくだりで絶句してしまった。4年近い闘病生活を経ても受容しきれなかったのだろう。

式場前のホールには写真などが飾られていた。故人は警察官で、かなりの要職にあったらしい。印象的だったのは、制服姿の若い男性が目を泣き腫らしていたこと。義理で手伝いに来たというのとは明らかに違う。面倒を見てもらった部下の方だろうか。

葬儀が済むまでは気が張り詰めているものだが、その後に疲れがどっと出る。夫人が後を追うように逝ったという某教授のことも思い出し、年が開け、松が取れてから寒中見舞いのハガキを差し上げた。

3 なにわマスター

予想外だったのは大衆割烹なにわのマスター。1月23日、祖母の納骨のために出かけようとしたときに携帯電話が鳴った。近々入院されると聞き、見舞いに伺うと伝えてあったので、その連絡かと思ったらまさかの訃報。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)で病状が進行しているとは聞いていたが、体力のあるうちに胃ろうの手術を済ませているので栄養補給に問題はない。後は本人が否定的な人工呼吸器装着が山場と考え、翻意を促す準備を始めたところであったのに。

お店のウェブを預かっていたので、納骨を済ませると急いで戻って臨時休業と葬儀の案内を掲載。CSSを使って全部のページに黒枠をつける。外部CSSはスタイルの一括変更が可能なので取り入れていたが、まさかこんなことで役に立とうとは。

祭壇

斎場は戸田葬祭場。もしかしたら、これは東京工業大の木原拡さん(生化若手夏の学校にUSAから大野乾博士を呼んだ伝説のオーガナイザー)の葬儀があったところか? 今度は道をしっかり確認し、地図も持って浮間舟渡駅から歩き、無事に開式30分前に到着した。御宗旨は曹洞宗。焼香台は三列だが式場の外にまで行列ができていた。後から来た知人2人と西台駅前で痛飲(後日この3人にひとりを加えて追善鍋会を開いた...が手違いでスッポンが手配されておらず鮟鱇鍋に)。

翌日、快晴の下、告別式に。受付には芝落語会の青木さん。式場に入ると着物姿の桂平治師匠がいらっしゃった。平日の昼にもかかわらず、一般会葬者も40人は来ていただろうか(お嬢様のブログによれば参列者は250人とのこと)。

初七日法要も併せて済ませ、一般会葬者は出棺をお見送りして、となるはずが、この斎場は火葬場併設。棺は式場からステージ後ろの業務用エレベータで下に降り、霊柩車に載って構内を一周?してからご到着。見送るつもりがお迎えである。そのまま火葬炉の前までお付き合いしてしまった。
火葬場
荒川土手に登り、火葬場の煙突を仰いで最後のおわかれ。
斎場脇を流れる荒川の土手からの風景

日をおいて調べてみるとマスター逝去についてブログなどで取り上げていただいていた。トラックバックを受け付けているところへは葬儀報告の記事からかけた。


桂平治・1がつのおしごと予定

なにわ亭落語会でお世話になった桂平治師匠の日録。訃報は25日に届いたらしい。

喜味こいしさん、小ノ澤勇さんの訃報

お店を紙面に取り上げてくださった毎日新聞の記者の方。もったいなくも喜味こいし師匠と並べていただいた。

なにわのご主人が天国に召されました

店主のお気に入りサイトにも登場の中山企画 中山祐輔様の動画ブログ。

「神保町・なにわ [雑記]」
お客様のブログ。

去年の落語会に来られた方からはツイッターでお悔みをいただいた。

かくして日蓮宗・天台宗・曹洞宗のお経を続けてありがたく頂戴した日々は一区切り。

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2011/02/11

タンタルかカンタルか

電熱線は別名ニクロム線といわれる。ニッケルとクロムの合金だからだ。ところが実際の電熱器に使われるのはニクロム線ではない、と昔何かで読んだ記憶がある。理由は値段が高いから。だから家庭用の電気コンロに使われているのはタンタル線、というのが私の記憶。

悲しいかな、そのころの私は本に書いてあることは正しいと信じていて、特に裏付けを取ることもなくそのまま覚えた。

時は流れて...普通ならニクロム線と書くところ、衒学趣味でタンタル線と書いた。アップしてから「本当にタンタルか?」という疑問が湧いた。そこでググルと意外なことが。

いわゆるレアメタルの一であり、産業的にきわめて重要な物質である。近年、価格高騰が著しい。(wikipedia 2011年1月14日 (金) 13:27の記事

タンタルは安いから代替品に、という前提が崩れる。そして用途を見ても電熱線とは書いていない。どういうことだ? 歳月が事情を変えたのか? そこでニクロムの項目を見る。

電気抵抗が大きいため、発熱素子として、電気ストーブなどによく使われる。 (wikipedia 2011年1月16日 (日) 13:28 の記事

どこにも高いから廉価品はタンタル線で代用するなんて書いていない。それよりも「主な電熱合金」の表に、ニッケルを使わない鉄クロム合金が載っており、本文の説明によれば耐酸化雰囲気特性、耐クリープ性でニクロムより劣る、この合金の名前はカンタル(!)。

Yahoo!百科事典(内容は小学館の日本大百科全書)でニクロムを調べると、「これに鉄を20%程度加え、低価格としたもの(ただし耐熱性はやや劣る)もある」という記述。カンタルは低価格のようだ。ああ、カンタルをタンタルと読み間違えるか、覚え間違るかしていたのだろうか?

この事典にはなぜか「ニクロム線」という項目もあり、書いてあることはニクロムとだいたい同じだが、「電熱」という項目へのリンクがしてある。やや長めの記事を流し読みしていくと、末尾に「赤外線の熱源はニクロム線、タンタル線などを用いたヒーターや、赤外線電球を用いる。」とある! おお、やはりタンタルで良いのか!

で、そこをクリックしてタンタルの記事を見ると...電熱線としての用途には触れられていない。

謎である。

「タンタル 電熱」でググると発熱体として使用しているという記述は見つかるものの、どうも特殊用途のよう。

結局、私が読んだ本になんと書いてあったかは不明なれど、安価な電熱線は、ニッケル含量を減らして代わりに鉄を加えた合金(カンタル)というのが正しいようです。ちなみに電熱材料を扱う会社でその名もカンタルがありました。

本件、なにかご存じの方がいらっしゃいましたらコメントいただけると幸いです。

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2010/12/31

「寝る20分前に暖房を切る」の罠

家庭における省エネの一つに、「寝る(または外出する)20分前に暖房を切り、余熱で過ごす」というのがある。

たまに真面目に従って痛い目にあった。

昨夜、暖房を切り、雑用を済ませてさぁ引き上げようとした刹那Skypeの呼び出しが鳴った。そして延々54分、もっぱら聞き役。

途中で異変に気づいた。さ、寒い。

有線のイヤホンをつけているので動けない.... 指先が、やがて手先まで冷たくなり、膝が震え出す。しかし相手は話し止めない。

肉体的苦痛を我慢していると機嫌が悪くなる。

話の内容自体もあれだったが、不必要に突慳貪になってしまった。

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2010/10/10

無色になった辣油

餃子についてきたのであろうラー油のパックが発掘された。

初めはなんだか分からなかった。なぜならば、ラー油特有のあの色がなかったから。

よく見ると隅の方にうっすらと残っている。
色のないラー油のパック

ラー油の色はおそらく唐辛子の色(パプリカ色素)。これって時間経過で褪色するか?

味を確認する勇気はなかったので廃棄した。なにしろ冷蔵の隅で(冷蔵する必要はないだろう!)何年も、ひょっとすると十数年眠っていたものなので。密封が生きていれば有害なものはできていないと思うがさすがに感覚的に受け付けない。もし酸素が透過していれば過酸化脂質ができているかもしれないと(冷蔵してあったことは無視して)合理化。

腹でも痛くなったら無色の呪い、なんちゃって。

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2010/10/09

*年ぶりの夏の学校(3)

いつのまにか一月以上経ってしまった。生化学若い研究者の会(生化若手の会)主催の第50回夏の学校の記録最終章。

記念企画後半

最終日の午前中はOGOBを招いての記念企画後半「情報過多な時代のオリジナルな研究とは?」。途中休憩で顔を会わせたPhDはタイトルと内容が違いすぎる!と憤っていたけれど、後半はなんとなくそういう流れになった。いろいろと含蓄のあるお話を伺えたが、ここで中途半端に紹介することは避け、本家からの要約を待とう。 Alternative Careers in Scienceの前書き


活動報告/表彰/閉校式


支部の栄枯盛衰には目を見張るものがある。北海道支部や東北支部が復活したのは喜ばしい。また青息吐息とはいえ中四国支部が存続していたのも立派。一方で名門?大阪支部が消滅(休止?)していたのには驚いた。名古屋支部さえ一時は活動を停止していたらしい。

だいたい活動の縮小衰退期というのは残る人間の負担が増し、そのために後継者候補が退いてしまうという悪循環に陥り容易には抜け出せないものなのだ。だから他支部とか他団体の協力を得て軌道に乗せなおす必要がある。電子ネットワークの普及で、遠隔地との連絡は格段に楽になっているので、盛り立てていってほしい。低リスクな企画としては、他支部のイベント(講演会)のネット中継なんてのもあり。

さて、前日と打って変わってスーツ姿の稲垣先生を訝っていたところ、メルク賞の授賞式が始まった。その他にも優秀なポスター発表を表彰するなど、ほめる運営が目立っていた。これはほめる覆面調査と同じ良い傾向。(OBOG特別賞まであったのに審査に参加しないですみません。)

3つのロゴ案を示した投票用紙

また3案あった生化若手の会ロゴの投票結果は1案と3案が同数で決まらない、と発表。投票していなかったので慌てて3案に一票を投じる(だって1案は新しい高齢運転者標識みたいだから)。

なお、「蛋白質核酸酵素」の休刊で掲載の場を失った「キュベット」は羊土社の「実験医学」に場を提供していただいた由。

全体の感想

私の夏の学校経験は3期に分けられる。初期は一般参加者。ただし幸か不幸か指図をする先輩がいなかった(多くの参加者は先輩につれられてくるし、いきなりスタッフという人もいたようだ)。慣れてくると主体的に参加する気になって、企画者(オーガナイザー)や運営スタッフになる。これが中期。しかし「若手の会」だからいつまでも居座るわけにはいかない。適当なところでバトンタッチして後期へ。人によっては講師として参加するようになり、普通は「えらくなったね」と言われるのであるが、中にはいつまでも足を洗えないみたいに言われてしまう人も...(やはり後輩はいつまでたっても頼りなく見えるんですかね。) ちなみに以前は「卒業生」の講師はお礼奉公扱いで謝礼なしという時期もあったが、全体に金回りがよくなった上に、世代が離れてくると会の方からは言い出しにくくなり、自主返納に移行した模様。

今回が初めての参加だったらどう感じただろうか? まず申し込みが楽になった。前回までの様子もウェブで見られるし、検索をすれば参加者の感想なんかも読むことができる。伝手のない人間が初めて参加するときは、それこそ何を着ていくかから悩むものだ。情報公開の姿勢は評価できる。

また途中からの参加だったのでよくは分からないが、初日の夜の討論会で翌日の参加セッションごとの顔合わせをするなど、全体を有機的に関連づける工夫がされていると感じた。名簿をざっと見たところ部屋割りも所属を散らすようにされたようで、これも交流を進める上で良い工夫。もしかすると実行されていたかもしれないが、初回参加者も目立つようにしておくと「誰も知り合いがいなくて独りぽっち」を回避できる(これをやられると悪印象が強くなるので要注意)。

スタッフがそろいのTシャツを着ていて、非常に分かりやすかった。前回書いたように、急遽食事の追加をお願いできたのもスタッフが識別できたから(無理言ってすみませんでした)。

全体的に見て手際は良かったけれど、あえて難を挙げれば2つ。
記念写真の撮影がもたついた
講師の先生が所在無さげに立たれていたことがあった(招聘したオーガナイザーは気を配るべき)

なお来年はUstreamなどを利用し、現地には来られなかった人にもハイライトを参照できるようにすると、宣伝になるし記録にもなる。夜の部は....映さない方が良いでしょう。「遊んでばっかり」という誤解を招きかねませんから。(^^;

参加者は発表に集中すべきだからtsudaるのは推奨できないが、ハッシュタグを設定しておくとツイートを集計するのに便利。#swngとか#swng51とか。「分科会Cは延長戦に突入」「懇親会中だけど××についての討論会をやってます」など使い方はいろいろ。tsudaるスタッフを決めておいても良い。

とまれ実行委員の皆さん、ご苦労様。

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2010/10/07

*年ぶりの夏の学校(2)

生化学若い研究者の会(生化若手の会)主催の夏の学校へ久しぶりに参加したのは50年記念企画の一つ「1Q89 その時年長組が動いた」に登場する年長組に所属していたから(なんと要旨集本文にも名前が載っていた)。

夏の学校に初めて参加した年の秋、何かの学術集会が開かれていた現在の明治安田生命ホールで声をかけてきたのが元センター長の養王田さん(今回の企画では代表としてイントロを担当)。で、なんだかんだの神保町で深入りし、夏の学校シンポジウム企画に首を突っ込み、とうとう名古屋で開かれた四支部連絡会に並び大名で遠征したのは前回書いた通り。

この第29回夏の学校では第27回に引き続いてシンポジウムの企画に携わったうえに、単独で分科会をオーガナイズするという、若さって素晴らしいと言いたくなるような関与をした。すでに年長組と呼ばれていたけどね。(分科会にはNIFTY-Serveに開いたばかりのバイオフォーラム(FBIO)からメンバーを集め、オフラインミーティングを兼ねた。)

さて、年長組4人のうち3人、さらにその流れを汲むOBOG数名(傍目には同じようなものだろうが年長組とは一線を画したいらしい)で久しぶりに集まる口実に使った訳で、さらに同期がいたら同窓会にしようという算段をしていたのだが、50回記念なので草創期のOBらも参加している。名簿を見たら、とても大きな顔などしていられないことが分かる。と思っているうちに先生方から声をかけられ冷や汗三斗。

シンポジウム

さて2日目(私にすれば参加1日目)の午後はシンポジウムー科学の関心を社会へ。偉い先生が講演をして、壇上で講師同士が話し合うだけのシンポジウムではなく、聴衆をグループ分けして議論させ発表もさせるというなかなかインタラクティブな趣向。そしてこのグループで前日すでに予備討議をしていた!(この辺りは手際よいと感心した) 途中からだからと遠慮して黙っていたらただの「変なおじさん」になってしまうので、積極的に混ぜっ返していたら、とうとう「あなた何者?」と詰問されてしまった。と、そこへ折よく稲垣さん(第24回夏の学校校長)が「お久しぶり〜」と声をかけてきてくださったので「あ、OBなんだ」と納得(?)してもらえた。翌日の授賞式になって知ったが、稲垣教授はメルク賞の選考委員長だった。

私が顰蹙承知で突っ込んだのは、ディスカッションタイムに、与えられたテーマの「理想の科学コミュニケーション」そっちのけで、「pure science の研究費を税金で賄うことは正当化できるのか」にご執心の参加者がいたから。昨年の事業仕分けを見て、「基礎研究は大事」というお題目が力を失っていると感じたのだろう。そのこと自体は好ましいのだが、「眼に見える社会還元のないのに税金で支えてもらえるのか」と悩むようになるとちょっと不健康。そんなことを言ったら文学部の連中なんざ、ほとんど失職だ。ま、文芸産業を支えられるような学科は生き残るかもしれないが。

「この研究もいずれは社会の役に立つ(かもしれません)」というのはあざといと感じたのであろう、彼らがいったん辿り着いたのは「研究者は生きた教材として科学的なものの見方・考え方を社会に示す」というもの。それによって呪術思考や感情論に社会が毒されるのを防げる。それは確かに立派な役割だ。学術会議や日本医学会、日本薬学会、日本薬剤師会、日本獣医学会などがホメオパシー批判を公にしたのは記憶に新しいところ。だが、それは基礎研究者でなくても果たせる役割でもある。余人を持って替え難い役割でないと納得できないようだった。

ちょうど講師から、日本の科学政策は「機体と燃料とパイロットがいれば飛行機は飛ぶ」という発想で進められてきたが、それはおかしいという提起がされたところだったので、基礎研究者は整備士かもしれないし管制官かもしれない(華々しく空を飛ばなくたって構わない)と言っても納得してくれない。ま、初めに「虎(科学者)を野に放ったら危険だから、囲いの中で飼育しておく必要がある」論を展開したのがまずかったか。orz

「虎を野に放った」は、内田吐夢監督の映画「宮本武蔵 巌流島の決斗」で、武蔵にリジェクトを告げた柳生但馬守宗矩が、衝立てに描かれた絵を見て吐く台詞。但馬守としては武蔵を取り立てたかったのだが、吉岡一門が大将に担ぎ上げたとはいえ一乗寺の決闘で少年を斬ったことが咎められて叶わない。断っておいて絵を描いてくれというのも妙な話だが、あなた剣だけじゃなくて絵もうまいんだって、と?おねだり。描き終えた武蔵は黙って辞去。残された絵を見て唸る但馬の守。

ちなみにこの映画、学生のころ、師匠宅に入り浸っていた暮にテレビ放映されたのを、若い頃に映画館で観たという師匠の解説付きで見た。感銘を受けたシーンらしく、解説をしながら「覚えているもんだなぁ」と感心されていた(テレビが普及していないから映画館がその代わりでいろいろ観たらしい)。この師匠の前ではそういう経験をしていない自分がなんとなく劣化コピーのような気がしてくる。劣化とはいえ、教えられた異色の西部劇「リバティ・バランスを射った男」を覚えていて、後日深夜に放送されていたのを見られたのは収穫。あと小説では「忠直卿行状記」も、師匠の講談を聞かなければ読むことはなかったであろう。

閑話休題。で、拡散したロシアの核科学者を引き合いに、国が面倒をみないと勝手に奉公先を変えてしまう危険性が歯止めになると説いた訳だが、どうも核技術は実学と思っているらしくて、基礎科学とは話が違うとにべもない。そうかなぁ。理論物理学者だって核技術者のまねごとはできると思うよ。本当に核兵器を作る必要はない訳で、「よそで作るぞ、いいの?」と雇い主を恫喝できれば十分なんだし。それにちゃんとした科学官僚ならば、核爆発装置を作るのとミサイルに搭載可能な小型核爆弾を作るのとでは別の話で、唐人の寝言のようなことを言っている理論屋が決定的な助言をしかねない可能性というより危険性を理解するだろう。

タスマニア効果論や多様性(あるいは保険研究)論であれば納得してくれただろうか。

なお、全体的な印象であるが、科学コミュニケーションが「蒙昧な民を善導する」的にはなってなかったのは素晴らしい。AKB48にならってSCI48を結成するなどという冗談みたいな科学コミュニケーションプランさえ。生真面目な人は不謹慎だと怒るかもしれないし、真面目な人は大衆を馬鹿にしていると怒るかもしれない。しかし「学生がマンガを読むから先生の専門書が出せる」というあるブログの指摘もあるわけで(もっともコミックと専門書の両方を出している会社って講談社の他にあるの?)、広く浅いスポンサーに科学をアピールするのは案外現実的かもしれない。白衣は着ていても、中身は同世代と同じ若者だ。

また研究を、プロダクツで考えずサービスとして考えると前出ブログの「1600円のCD-ROMで出来る内容を、通信教育にして6カ月に分けると6万円。もっとお金を取りたいなら大学を立てるとトータルで100万円くらい取れる立てるは原文のまま)」も皮肉と受け取るべきではないことが分かる(ちなみに座学では研究行為を学ぶことはできないから実習は必須だし、既知の結論を確認するような実験を重ねるよりも未知の課題への取り組みを経験した方が教育的)。

なお、わがテーブルは課題を離れた議論をしていたが、前日の討議を元に一人の院生がそつなく発表文をまとめてくれていた。

このセッションでは、与えられたブラックボックスの内容を、開けないで推測するという楽しいグループワークも行われた。

記念企画前半

夜になってから到着するつもりで4日は夕食も予約していなかったが、せっかくなので追加料金を払って皆と一緒に食べることにした。やっと宿泊部屋に荷物を放り込み、寝る布団を確認してから食堂へ。OBOGは同じテーブルに集められ、お先にお酒をいただいた。私が初めて参加した当時の支部長(いきなり電話をして「夏の学校というのに参加したいんですが」と申し込んだ)やその次の支部長など懐かしい方々とも再会。

語る養王田さん

講演会場(実は体育館)に戻り前方テーブルに陣取る。まず年長組(当時)を代表して、今は東京農工大の教授に収まっている養王田さんがイントロ。彼は生化学会大会で発表前日に飲み明かし、ハイになったまま口演に臨み予鈴がなるまでイントロを語ってしまったことがあるけれど、今回は全部イントロでも問題ない。さて、それによると当初助手層によって始められた生化若手の会は徐々に若年齢化し、80年代後半には博士課程後期1年生(D1)から博士課程前期/修士課程2年(M2)が主力となって運営されていた。そこに既に院を修了して勤めだしていた三品・養王田らが「年長組」と称して再参加したのは、若手の会が掲げる2つの目標のうちの1つ、研究教育環境の改善、その中心となっていたオーバードクター問題がとりあえず解決に向かいだしたように見え(この辺の評価は難しいので私は踏み込まない)会が目標を見失いかけていたから。そこで日本の研究環境を客観的に見るために欧米との比較を企画した云々。

続いて登場した、今はミシガン大学に席を置く三品さん29回夏の学校シンポジウムを中心とする夏の学校裏話と、USAでの研究経験や大学院の状況を披露。会場はアルコールが入って半分懇親会状態なためか、某女子大はある年に大量参加して多いに盛り上げてくれたけれど翌年になると急に減って、活性の強さと半減期の短さから32Pと呼ばれたという話もあまり受けなかったみたい。物持ちの良い彼は当時のスライド(リバーサルフィルム)をデジタル化してパワーポイントで持ってきた。その中には当時の有名人を使ったポスターを改変したものがあったが、なぜか登場する3人のうち2人は去年今年で「時の人」になっていた(一人は今年の参院選に民主党から立候補、一人は去年、覚醒剤事件でムショ族候補に)。ちなみにそのポスターは日赤のもので、入手するために400ml献血をする、文字通り身体を張った努力がなされたのだ。

三番目は要旨集には載っていない長野さん。彼女は自ら研究を行う博士課程には進まずに研究支援体制を作るべく科学技術庁(当時)に入った(そして第32回夏の学校では年長組とともにシンポジウム「研究成功のカギを探る —プロジェクトのひ・み・つ—」を企画)。どうやら今回の参加目的には学生のリクルートもあったらしく、職務経歴の中にさらりと「1年間育休」を入れたキャリアパス示していた。その甲斐あってか講演後には話を聞きにくる学生も。

懇親会中にポスター発表の続きが始まる

コップを手に集まる聴衆

会場となった体育館には前日行われたポスターセッションのポスターが貼ったままになっていたが、年長組のテーブルではなぜかそれを持ってきて、いきなり続きのディスカッションが始まる。

硝煙もうもうの駐車場

22時になるといったん懇親会は中断して、駐車場での花火大会に。ちなみに海老茶色のシャツはスタッフの目印。

そのあと食堂に移って懇親会の続き。なぜか持ち込まれたタンカレー(新宿のHには養王田さんのボトルがあり、そこで飲むと私はたいてい潰される...何度経験しても学習できない)の影響を強く受けたため、記憶があるうちに部屋に引き揚げることにした。

懇親会で科学行政のやりがいを学生に説く?長野さん

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2010/09/12

*年ぶりの夏の学校(1)

生化学若い研究者の会(生化若手の会)主催の夏の学校へ久しぶりに参加した。研究者ではないし、もう若くもない※のになぜかというと、今回がなんと50回目の節目と言うことでOGOBにもお声がかかったから。

※ 生化若手の会の定義では「自分が若手だと思っていたら若手」だが、それにも当てはまらない。

当初は4日夜の特別企画から参加のつもりでいたが、4日朝のサイエンティフィックフォーラムに岩田想先生が講演されることに気づき、予定を急遽変更。しかし宿泊は4日の晩しか予約していない。そこで新宿6時半発の高速バスを使うことにした。予約した乗車券は発車の30分前までに引き取らなければならないので、29日に芦田宏直の夏期「哲学」特別講義へ行く途中で案内所に寄って購入しておく。そのとき発車場である35番乗り場そばではビッグイシューを売っていたが、さすがに土曜の早朝は立っていない。しかし街には人がたくさん。

1列目という眺望抜群の席に座って2時間余り。無事、白百合台バス停に到着。前を行く青年も学校参加者かもしれないが、一般宿泊客もいるらしいので声はかけない。

箱根高原ホテルの看板

受付を済ませ、荷物を持ったまま「2.生命科学を革新する技術」会場へ。お目当ての岩田先生は第29回夏の学校の事務局長。それまでの四支部持ち回りから共同開催に変更され、校長が事務局長になった最初の学校。共同というと聞こえが良いけれど、「関東にお願い」となることを恐れた彼は、名古屋で開かれた会議に少人数で臨むようなことはせず、愛車シティに男5人を詰めて乗り込んだ(さらにもう1台出したかもしれない)。この名古屋遠征には2度同伴した(並び大名)。会議のことはほとんど覚えていないけれど、帰途、前照灯のランプが切れるとかハイトバランスのガスが抜けるとか、いろいろ大変だったのは覚えている。特に後者は最後の会議を終え、「名古屋まで来たからには味噌カツでも」と食事を終えて戻ってみると「なんか車が傾いてない?」。これが日曜の夕方。幸い開いていたホンダ販売店に飛び込むと「走れないことはない」とか。用心しいしい(そうでなくても満員で重い)東京まで帰ってきた。途中、サービスエリアで隣に停車中のシーマを見て「あっちと交換シティ」「交換シーマせんか」なんて苦しいギャグも出る。「高速道路で沿道にその手のホテルのネオンサインが目立ちだしたらインターチェンジが近い」というM博士の蘊蓄も確認しながらの夜間走行だった(一同あまりに感心するので「妻の発見だ」と打ち消しに必死)。あー、なんかどうでもよい話に逸れている。あのときの閉校式についてはいずれまた(功をねぎらうべきスタッフが各支部に分散したためメモを用意して臨んだものの...)。

さて最初の講演はGEヘルスケアジャパンの梶原大介さん。しばらく業界から遠ざかっていて、新しい会社かと思っていたら、昔は横河メディカルシステムで、アマシャムとファルマシア バイオテクが合併してできたアマシャム バイオサイエンスを買収している名門(つまりSephadexはいまGEヘルスケアジャパンの製品)。協賛会社にも名を連ねていて、ここが出した『生化夜話』という書籍(メールマガジン掲載の1-15話をまとめたもの:非売品)は太っ腹にも夏の学校参加者全員に配られた。

それはともかく講演は標識を使わずに物理化学的な変化の観測で分子間相互作用を解析する技術のお話。今回は、SPR(Surface Plasmon Resonance)について。印象的だったのは、「SPRができます、ではなくてSPRでこういうことができますをアピールしていきたい」(技術提供会社の矜持)と、「ペーパーはまだ出ていませんが、カタログはあります」(そういう時代なんだ)。

今回は触れられなかったけれど、カロリメトリーでも相互作用を直接測定できるとは驚き。もちろんマイクロスケールなのだが、比熱の大きな水系でない方(たとえば液体アンモニア)がより精密に測定できないかな、と素人妄想。もちろん質問するほどの勇気の持ち合わせはない。

次の岩田さん「50回記念というから歴史を語るのかと思ったらテクニカルセッションなんですね」と。昔であればスライドの用意があるから演題変更は大変だが、今はノートパソコンに全部入っているから問題ない。ちょっとした今浦島の気分。膜タンパク質の構造解析のお話を拝聴する。シトクロム酸化酵素の騒ぎには触れない。見た目にきれいな結晶が採れてもX線回折には向かないと言う話、大昔に某雑誌で読んではいたがなぜかは分からなかった。その理由をきれいに説明されて納得(こうやって抱え込んでいた疑問が全部解決したら、死んでしまうんじゃないだろうか)。後半、QOL(生活の質)をあげる薬の需要についても言及。ここでもプロペシアが出てきたから、使ってみようかな。あ、献血できなくなるんだ。

アグレッシブな人だから高血圧と聞いても驚かないが、心筋梗塞を患っていたとはびっくり。幸いにも発作を起こした時の訪問先が医学部で、素早い処置でことなきを得たとか。

三番目の楠見明弘先生まで来ると、何しろこの日は5時起きで朝食抜きだったので、アカデミックな興奮でも集中力の維持が難しくなってくる。それでもmeso scaleすなわち μmとnmの間はブラウン運動の支配を受ける変わった世界ということが朧げながら理解できた。

今回の夏の学校は、参加者をあらかじめ参加セッションごとに小グループとし研究紹介やテーマ討論をさせている(これは午後のシンポジウムでも活用された)。このフォーラムでは4グループができており、それぞれに前日の討論も踏まえて「なにを、どんな手法で解くか」(だったと思う)を発表させた。それを講師三人が審査して2つを表彰。そのうちの一つに「〜を20年かけて」というのがあった。遠大な構想は立派だけれど、「20年やったけれどダメでした」では話にならない。ロードマップを描き、10年目には〜まで、5年目には〜までと小刻みに目標を立てた方が良いと思った。先日いただいたある本にあった目標はデイリーに落とせ(毎日の目標を立ててクリア)の影響か。

回答したアンケートアンケートには「機械の写真を載せた方が具体的なイメージを持てるのでは」としょうもないサジェスチョン。

昼食は予約していなかったので外へ食べに出る。覚悟した通りの観光地価格。住民のいるところまで行けばコンビニくらいあるだろうと思っていたが、下調べ不足が露呈。

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2010/07/06

冷え、泡、麦=麦酒、枝豆

ツイッターのタイムラインに突然、「ヒエーーーーーーー!」という悲鳴が現れた。フォローしている人がなにか驚くような目にあったらしい。照れ隠しか「ヒエーーーーーーー!アワ、ムギ、」となっていた。稗、粟、麦の洒落である。気に入った。

何か応えようとして思いついたのが「麦酒」。向こうが3つ並べているのだから、せめて2つはと思って「枝豆」を追加。

しかし全部並べてみると、冷えた、泡、麦酒、枝豆ときれいにつながった。さて、なんと返ってくるだろう。

アホなことしてないで仕事見つけろ>自分

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2010/04/19

ほめる覆面調査

2009年にmixiの日記に書いて、そのままになっていたので手を加えて公開する。


昨日(5/29)NHK総合のニュースで「ほめる覆面調査」を取り上げていた。ぼーっと見ていたら、いつもより2本後の電車で出勤するはめになってしまったが、それだけの価値はあった。

覆面調査とは経営者の依頼により、調査であることを隠し、客として企業(店舗)に接触し、その対応を評価するもの。

ニュースで取り上げられた会社は、客として店に行き、従業員の対応の良いところを報告する。意表をつかれた思いがしたのは、こういう調査(テスト)は問題点を発見するものだという先入観があったから。なるほど、見落としていた長所を指摘されれば人事評価は公正になるし、スタッフ間で共有させて個人プレーからチームプレーに発展させれば店舗自体のサービスも向上する。

逆に、ダメ出しばかり受けていると人間は萎縮してしまいがち。

そういえば「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」(山本五十六)もよく引かれる。原理そのものは古くから知られている。

ただ、相手の心理に配慮は重要だし、丸い卵も切りようで四角、わざわざ角の立つ言い方をしないようにするのは賢明ではあるが、あざといという印象も拭いきれない。

また、これはこの会社の調査に関して言えば的外れのようだが、慎重=臆病・優柔不断、迅速=拙速・早とちり、明るい=軽佻浮薄、重厚=愚鈍・権威主義、融通無碍=場当たり的・ご都合主義、基本に忠実=石頭・教条主義...のように言い方一つで同じことが誉めもできれば貶しもできる。ものの見方が柔軟と言えば聞こえは良いが、一歩間違えばレトリックを弄ぶだけに陥りかねない。

身を切るような反省と改革が必要な時に、幇間のおだてに満足していたら身の破滅。

(反省も度が過ぎれば自滅への片道切符になるけれど)


さて、仕事はできて当たり前、本当のことを言ってもお世辞にはならんぞ、褒められたら裏があると思え、大したことのない連中から大したもんだと褒めそやされるのは苦痛、誤りの指摘と人格の否定は別、という貶(けな)しの殿堂の住人であった私だが、それが世間では通用しないことは重々承知している。

ほめる覆面調査を紹介するニュースを見ていて、前職での頓挫した新サービス開発を思い出した。一言でいえば「ウェブサイトの日本語の質の向上」(まるで日本ウェブ協会「日本語のウェブサイトの質の向上」の双生兄弟)を目指すもの。

組み立てている段階から枝葉末節の間違い探しと受け取られることは想定できた。マイナスをゼロに引き戻すだけで、新しい価値を生み出す訳ではない。そこで、「言葉の誤りは致命傷となりうる」を訴求ポイントに「こんな店からものを買いたいと思いますか?」と「鳥龍茶」(烏でなくて鳥、まるで紛い物と告白しているような字の間違い)「脅威の洗浄力」(驚異が正しい)などの例を集めて営業資料を作った。

日経BPから「秘匿を「ひじゃく」と読む会社のセキュリティは大丈夫か?」という記事を見付けて、一人説でない証拠としても添えた。

人間は脳内補正してしまうが、セマンティックウェブを目指すうえでは重大な障害、なんて書いたかもしれない(ところが検索エンジンの「もしかして」が先に発達してしまった)。

それでも「経営者は分かってくれるだろうが、担当者はいやがるだろうな」という心配があった。だからチョコレートのCMではないが「お口でとろけて、手にとけない」工夫(サイト担当者が喜んで導入を起案し、経営層も納得するような二段階のサービスメリット)が必要だと訴えていたのだが、けっきょく私に妙案はなく、営業サイドからの支援もなく、売れ行き不振を理由に縮小に追い込まれてしまった。

「ほめる」要素を組み込んでおけば良かったかもしれない。「誤解される可能性」を指摘することは簡単だが、「誤解されないことを保証」するのはきわめて難しい。そのため「問題はありません」判定には二の足を踏んでしまった。ギャランティーなしの「よくできています」「わかりやすい」なら大盤振る舞いしても良かったなぁ。

けっきょく知恵は後から湧いて来る。でも、人生に遅すぎることはない、と重い鯛。

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2010/02/28

法務省にメールを出した

このところの死刑とか公訴時効の話を見ていると、なんかこう非常に感情的で、いやぁな気分にさせられる。

たとえば公訴時効の廃止に関しても、ざっと見渡したところ批判的な意見はあまり多くない(こことかこことかこことか、あとここ...網羅しようとしたら結構あるな)。

日本(に限らず文明国全般)の裁判は
 適正な手続き>真実の発見>犯人の処罰
という順序だと理解しているが、どうも時効廃止論の人たちはこれを逆にしたいようなのだ。で、真実<処罰、であるから、被告人が真犯人かどうかはあまり関係がない。あるいは酌むべき有利な事情にも関心がない。「犯人の逃げ得は許せない」というある人は、私が「なら“逃げ損”(逃亡したために量刑が重くなる:後述)もおかしいですよね」というと、それは構わないと。全員に聞いて回った訳ではないが、これはたぶん多数意見だろう。はっきり言って危険な考え方だ。

そこで法務大臣にメールを出した。大臣のアドレスは分からないので、法務行政に関する意見・感想などを受け付けるアドレスに「法務省 法務大臣 千葉景子 様」と明記して、18日の朝に。

【時効廃止について】 以下の点により、廃止は害悪があると考えます。

●時効成立により真相が解明される可能性が閉ざされてしまいます。弘前大学教授夫人殺し事件が典型です。
●長い年月を経た後に「殺人か傷害致死か」「殺人か同意殺人か」を争うことは被告人にとってきわめて不利です。普通であれば「疑わしきは被告人の利益に」となりますが、殺人で有罪なければ免訴と言う状況でもそう割り切れるでしょうか?
●証拠として留置された被害者の遺品がいつまでも遺族に返還できなくなりませんか?

以上、ご検討いただければ幸いです。

[住所明記 ※さすがにブログには載せない]
細川 啓

死刑についても意見を書いたが、これは別の機会に。

初めは意気込んで、1000文字以内という制限いっぱいまで書こうと思ったけれど、よく考えればあちらはプロ。釈迦に説法をする愚を避け、まだあまり言われていないと思われる点を簡潔にまとめることにした。

犯人名乗り出による真相解明の可能性を閉ざす

弁護士の岩村智文は真犯人が名乗りでる可能性を閉ざすことに朝日新聞でさらりと触れているが、私としてはこれをもっとも重視したい。つまり犯人処罰がかなわないならば、せめて真相の究明を、という立場。法務省へのメールに書いた弘前大学教授夫人殺し事件は、無実の別人が犯人として懲役に送られてしまった二重に悲惨な事件。真犯人がそのことを苦にして名乗り出たことで再審裁判が開かれ無罪判決が下ったが、検察は最後まで抵抗した。真犯人の告白をスクープした読売新聞の井上安正は著書の中で、真犯人が時効の成立をしきりに気にしていたと書いている。外野ならば「無実の人を救い、自分は罪を償え」とお気楽に言うだろうが、公訴時効がなく、わが身かわいさに真犯人が供述を翻したら、無辜の救済も犯人の処罰のどちらもかなわなかっただろう。

ある時効廃止賛成論者は、石川千佳子さんの例をとくとくと出して来たが(ちなみに犯人には4200万円の賠償判決が確定したことを指摘しても、逃げ得と言う誤った認識を改めないので議論を打ち切った)、これとて時効成立後に犯人が自首してこなければ「北朝鮮に拉致された(かも)」とあらぬ方向に暴走していたわけで、外交交渉の場で赤っ恥をかく前に名乗り出たことに対して、国は感謝状を贈っても良いくらいの事例(いや、外交とは相手に恥をかかせず、そのぶん有利に事を運ぶものと考えれば、本当に危ないところであった...間に合ったよね?)。

人間は万能ではないのだから、犯罪者を100%捕まえて処罰するという夢は諦めなければならない。

殺意の有無までは分からない

公訴時効廃止へはいろいろな批判がある。ただ、それに対する反論もない訳ではない。たとえば証拠の散逸、証人の記憶の薄れを理由に誤判の恐れがあるという批判に対しては、「疑わしきは被告人の利益にという原則の下では、ハンディを負うのは検察側であって弁護側ではない」「DNA鑑定のような科学的な証拠は時間経過の影響を受けない」が言われる。

しかしながら、「殺すつもりはなかった(傷害致死)」「将来を悲観した被害者に懇願されて殺した(同意殺人)」という場合はどうであろう。「人が死んでいる以上、殺意の有無なんて関係ない」という暴論はさておき、法律が殺人罪と傷害致死罪を分けている以上、殺意の有無は重要だ。しかし、それはDNA鑑定では分からない。

同意殺人(六月以上七年以下の懲役又は禁錮)の場合はさらに厄介。殺意も認めているから外形的には単純殺人だ。被害者の依頼があったことは被告人・弁護側で証明しなければなるまい。だが時間が経っているとそれはとても難しいことだろう。

もちろん、どちらも直後に自首していれば、その言い分は捜査で検証されただろう。逃亡して時間が経ったために招いた不利と言えなくもない。だが法律は(一部の例外を除いて)逃亡してはいけないとは決めていない。むしろ逃げるのが当然で、だから自首してきたら悪いようにはしないと決めている(自首減軽)。それに逃げる側にも三分の理はある。決められた通りに裁けば良いのであって、逃げたからと言って傷害致死を殺人にするような「逃げ損」はまともな裁判のすることではない。

傷害致死罪や同意殺人罪なら時効成立で免訴という状況下で、「疑わしきは被告人の利益に」がまっとうに機能するか危惧してしまう。

証拠品保管の問題

警察が保管する証拠品が膨大になることはすでに指摘されている。だが寡聞にして、被害者の遺品が留置されたまま返還されない可能性については指摘が無い。今までならば時効成立か判決確定で返還されたであろうが、公訴時効がなくなればいつまでも警察が保管することになる。遺族にしてみれば時効成立での返還も悔しいだろうが、犯人も分からず返還もされずもまた堪らないことではないだろうか。

その他の問題

法務省へのメールに書いた以外にも問題はある。

今回の時効廃止&延長は、もっぱら遺族感情に配慮する形で進められていると理解しているが、そうそう思った通りにはならないという点が見過ごされているように思う。

古酒の熟成じゃないんだから、25年間で分からなかった犯人が50年経ったからと言って分かる訳ではない。警察のリソースは有限であり、日々新たに発生する事件の解決の方が優先されるだろう。ましてリミットがなければ...後回しになる可能性が大きい。

前述の「殺人か傷害致死か」がまともに扱われれば、「死刑は絶対にあり得ない傷害致死罪」でしか起訴できない可能性がある。

社会の価値観がガラッと変わって、意気込んで裁判にかけたものの、ものすごく不本意な判決が出る可能性もある。具体的な例を挙げると無用な感情的反発を受ける可能性があるので少しぼかして説明すると、昔ならば親殺しや主人(雇用主)殺しは大罪だったが、今なら普通の殺人罪として扱われ、被害者の落ち度も考慮される、このような変化が起きないとも限らない。いや、分からない人は分からなくて結構。

遺族はいつまでも無念の思いを抱えて生きることになりかねない。実際には犯人が処刑されたところで心に開けられた穴は埋まらないのに。これについては以前「もしも私が殺されたら」で書いた。

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2010/02/13

キの抜けたガス器具

「ガス器具」の「器」の字が消えている看板

回路の故障だろうか。電光掲示板の一部が点灯しない。不思議なのは、日によって直ったりまた消えたりを繰り返していること。

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2010/01/19

センサーライトを選ぶ

門灯の補助に使っていたセンサーライトが壊れた。

どこが悪いのか分からないが、とにかく突然点灯しなくなった。100Wのハロゲンランプだったので、なくなって20Wの蛍光灯だけになると心もとないことこの上ない。

というわけで新調することにした。修理を試みるのが正道だろうが、この際LEDにして節電を計ろうと合理化。

LEDなら乾電池でも動作させられる。屋外は電源が悩みの種だったので、これで設置場所の自由度が高まる。

電池式LEDで防水タイプというと思ったよりも種類は少なくRITEXのLED-70を購入した。

ところが実際に据え付けてみると暗い! 売場で見て、ハロゲンに負けてるとは思ったが、それは店内が明るいからだと思っていた。そういえば他の商品はW数を表示していたのに、これはLED6つを強調していたがW数は明示していなかった。慣れの問題もあるだろうが、心細くなるような明るさだ(白色光は寒い感じがする)。

そして取り外したセンサーライトを見ると、ハロゲン管が黒くなっているではないか。

フィラメントが融けたハロゲンランプ

なんとフィラメントが融け切れていた。これでは点くはずがない。管を交換してからそれほど日が経っていないという印象もあって機器の故障と独り決めしていたが...

新しい管を買って来て交換すると100Wの明るさが戻った。省エネには逆行するけれど、セキュリティには代えられない(とまたしても合理化)。LED 70は死角になっていた領域の補助灯にした。

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2010/01/03

遺言代執行委員会

昨年、自分よりも若い知人の訃報が舞い込んだ。若かったから反乱分子(がん細胞)も元気いっぱいで、あれよあれよという間に攻め落とされてしまったらしい。

暮には旧師の一人が結核で入院していたとの知らせが入った。標準的な治療に使う四剤のうち一つに対して耐性を獲得したいやな菌に冒されていたと言う。今は症状も消え、菌も検出されなくなって退院しているが、体内に潜む菌を叩くため服薬を継続している。

そろそろ先が見えて来たと覚悟は固めつつあったけれど、考えてみれば一寸先は闇。上記二人は病気だが、事故ならば午前中はピンピンしていたのが、午後には霊安室と言うことだってあり得る。火災や爆発に巻き込まれたら手間を省いて遺骨状態、場合によっては散骨まで済んでしまう。これらは本人の努力や精進だけでは避けきれない。

そう思い至ると、まず手をつけるのが遺言。だが、法的に有効な遺言は結構手続きが面倒くさい。一番確実な公正証書は手間も料金もかかる。自筆証書は全文を手書きしなければならない。

ただ、相続人が争わないならば、法的には不備があっても、意思表示をしておくだけで十分役に立つ。

とはいっても内容に矛盾があったり、法的に無効な内容を含んでいたりすると厄介。曖昧で解釈の余地がある表現も相続人を悩ませる。

そこで考えた。遺言代執行人を定めておいて指揮・調整に当たらせたらどうだろう、と。この奇妙な名称は大江健三郎の小説(たぶん「みずから我が涙をぬぐいたまう日」)に登場する。時代背景からして土地収用の強制代執行にかけたのであろう。「遺言執行者」が正式名称(民法1006条)。

代執行人(執行者)の指定だけなら自筆証書の作成も苦ではない。遺言状の証人と違って利害関係者(相続人)でも就職できる。外部の人なら精神的に混乱しているかもしれない遺族に代わって葬儀の指揮をとるよう頼むこともできるだろう。

それよりも心配はゴミのような蔵書。たいがいの物は国立国会図書館に行けば見られる筈だが、保存でなく活用を願うならば、手にとって読む人に譲りたい。ブックオフに持ち込もうとすれば大半が引き取り拒否確実。価値の分かる人の手に渡るようにするにはそれなりの知識と技術が必要だ。

あと公的な記録の少ないものの歴史的資料。なくなっても影響はないかもしれないが、捨てられていた木簡や襖の下張りが注目されるように、後世誰かの役に立つかもしれない。謙遜し過ぎかな。

それと、1018条の活用も考えている。

さて、人選に入るとするか。複数指定して委員会にすれば負担も軽かろう。

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2010/01/01

謹賀新年 2010

2010年が皆さまにとって実り多き年でありますように

思うところあって2009年に復活した年賀状、急には止められないので惰性で発行します。今後縮小しますので義理返信はご無用(メールやコメント可能なブログアドレス等が分かれば原則的に移行します)。


2010年の年賀ハガキ画像

2009年と同様勝手広告を載せたけれど、今年は画像の使用許可を申請しなかった。

《一言メッセージ》の部分には差込印刷を使ったが、ちょっとしたミスで途中から宛名と内容がずれてしまった。そこで改めて紙に印刷して糊で貼るという無様なことに。どうもすみません>日立市のKさん、長野市のHさん、土浦市のHさん、国立市のSさん、岐阜市のSさん、京都市のHさん、三芳町のAさん、五條市のTさん、阿見町のTさん、福岡市のHさん(順不同)。

やはりsnail mail は止めて、e-mailやブログ、SNSに移行しましょう。ずいぶん昔にサイバー年始回りなんて提唱したものの、当時は個人ウェブを持っている人が少なくて空念仏に終わりましたが、今ならブログ、SNS、Twitterのようなコミュニケーションサービスがあります。リアルタイム性を追求すると輻輳の問題が生じますからブログでコメントとトラックバックが妥当でしょうか。

年始のご挨拶は当記事のコメントで受け付けています。なお当ブログへのコメント登録時に入力したメールアドレスは公開されません。

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2009/12/13

NHKの公開ライブラリーで千葉敦子の声を聞く

突然、思い立ってNHK放送センターにある番組公開ライブラリーを見に行った。
NHKふれあいホール
ライブラリーはNHKホールの隣「みんなの広場ふれあいホール」3Fにあるのだが、正面に案内はない。ガラスドアを押して入ったエントランスは2階なので左手の階段を上るとすぐライブラリーになる。

受付で名前を書くと(空いていたので)好きな席で視聴できると言う。利用は2時間まで。

目的は千葉敦子の追悼番組。据え付けのPCで番組検索をし、再生ボタンを押すと大型液晶画面で始まった。(出演者に「伊藤律子」とあるが、テロップでは「伊東律子」となっていた。おそらくウェブの誤り。念のため受付には言い残して来たが。)

本人の声は、死の前年、上智大学での講演の録音だけ。映像はないので静止画での紙芝居。肝心の声は...ちょっと予想と異なった。やや急くような話し方で、昔は高かったのだろうがやや濁りの感じられる音質(この後しばらくして声が出なくなる)。適当な「似ている声」は思いつかない。

話はちょうど、がんが再発して死を意識し、その治療を終えてから棺桶リストの実行よろしくニューヨークへ転居して半年した頃。2度目の再発が発見される(非常に危険な兆候)。7か月に及ぶ化学療法(髪は抜け、食欲は落ちる辛い治療)に加え、原稿の売り込みは不調で経済的な困難まで現実化して来る。この畳み掛けて来る困難に対して、なんと「人は鍛えられる」と言う。「こういう困難が重なると、人は」に続けて「落ち込む」とか「参る」という言葉を予想していた私はつんのめる。ああ、たしかに古人は「艱難汝を玉にす」と言ったっけ。

ゲストは上智大学のデーケン学長(当時)と朝日新聞科学部の大熊由起子。大熊は日比谷高校以来の親交だそうだが、連絡がエアメールかファクス(か電話)というあたりに時代を感じる。ちなみに画質はとてもよくて、今年の番組と言っても通用すると思うほどなので、よけいギャップを感じた。Skypeなんかを手にしたら喜んだだろうな...

デーケンと大熊は口を揃えて、書いたものは硬質だが、千葉本人はユーモアのある人だったと回想していた。自分の書いた物は日本のがん患者やその家族が読む、だから弱気なことは書けない、という制約を意識もしていたらしい。


それにしても録画も録音もできないとはいえ、20年前の番組を高画質かつ無料で視聴できるとは。権利関係処理の問題があってNHK内部でしか視聴できないが、全国の放送局には配信可能である。千葉敦子に関心を持った人は是非出かけて見てほしい。

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2009/12/12

千葉敦子の声

mixiには22年前に客死したジャーナリスト、千葉敦子のコミュニティがある。

そこに、ラジオやTVに出演したときの映像や音声はないかという質問が書き込まれた。文字ではなく、声・仕草・表情なども知りたいというファン心理だろう。

もしかして、と思ってYouTubeを当たってみたが、なかった。Atsuko Chiba で検索しても出てくるのはどうやら別人。あのころ(1980年代)は個人での録画はそう普及していなかった筈なので、映像ソースがあるとすれば企業のものがほとんどだろう。そうすると一般公開は望めない。そのうちNHKアーカイブスに登場するだろうか?

本には「よく通る、高い声」だったと書いていた記憶がある。もちろん本人はそれが気に入っていた(「背が高いのが悩み」という女性に対して「ハイヒールを履き、背筋を伸ばしましょう」とアドバイスするような女性である)。それががんの影響で掠れ声になってしまう(『「死への準備」日記』の冒頭がそのエピソードだったように記憶する)。だが本人は淡々とその事実を書き、失われた声への哀惜の念はにじませながらも、それは絶望でも悲嘆でもなかった。

そういえば「自己憐憫は時間泥棒」とも書いていたことを思い出した。残念なことに、今の私はその言葉をよく噛みしめなければならない状況だ。それをここで思い出せたのは吉兆だろうか。


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2009/10/31

米配達

新米が4kg(2kg×2袋)手に入った。魚沼産のコシヒカリである。

支援している2つのNPOへ1袋ずつ寄付することにした。1つは18日に宅配便で送付。すぐに返事が来て、せっかく良い米を送ったのに、食い詰めて事務所を訪れる人たちに食べさせるだと。もったいないなぁ。でも、この計算の無さが魅力でもあるのだな。スタッフの気遣いに心して食えよ>ひもじい訪問者

もう1つは地元なので持っていこうと思っていたら、なかなか連絡をつけられず今日まで持ち越し。今日になってやっと連絡をつけられ、宿泊施設のある方へ自転車で運び込んだ。

ぽかぽかと良い天気だったので、そのまま近所に引っ越した恩師宅へ足を伸ばした。ただし今回は道路から様子をうかがうだけ(近々同窓生らを引き連れていく下見)。しかしストリートビュー以上の情報は得られなかった(SVには家が写っているが、google mapで見るとまだ更地)。

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2009/10/11

一瞬で見抜くための、たった一つの質問

知人に教えてもらった「「コピーライターとしての資質を一瞬で見抜く」ための、たった一つの質問」。

引用が入れ子になっているので何が誰の意見か分かりにくいが、そこはひとまとめにすると

コピーライターの資質を見抜くためには「あなたがいいと思うコピーを10個書いてください」と聞けば良いと言う。
 10個まで挙げられなければ勉強不足(論外)
 分野や時期に偏りがあればバックグランドは狭い、あるいは浅い
 選ばれたもののセンスが悪ければ本人のセンスも疑わしい
 面接の場で即答できるのは、普段から「いいコピー」を意識しているから 云々

そして「質問する側に圧倒的な知識と確固たる「価値観」が確立されていないと、この質問にはあまり価値はありません。」とも。


感心したのは、これは応用が利くという点。つまり見抜ける資質はコピーライティングだけではない。

質問する側で考えると...
 人間を選抜する時にどんな「10個」を求めたら良いか?
  その回答はメルクマールたり得るか?
  自分は回答を評価できるか?
  意外な回答をどう評価するか?

質問される側で考えると...
 ある選抜で要求される「10個」はどんなものか?
 どんな「10個」(質問&回答)なら相手を唸らせることができるか?
 自分がもっとも得意とするコアコンピタンスを示す「10個」(質問&回答)はなにか?


そう言えば昔、何かで「〜の種類を10個挙げられなければ、それについて真剣に考えたとは言えない」と読んだ覚えがある。似たものとして「キミの問題理解をおじゃんにする原因を三つ考えられないうちはキミはまだ問題を把握していない」というのもある(これは出所が明白で『ライト、ついてますか?』 ゴース&ワインバーグ 共立出版 1989 p.56)。

ライト、ついてますか?の表紙


今日は気が滅入りがちなので、「(自分が)どんな死に方をするか」をまず10個、次に「好ましい死に方10個」を挙げて見よう。
 自然死(老衰)
 病死
  感染症
  感染症以外
  手を尽くした末の病死
  治療不十分による病死
 餓死
 事故死
  単独(自損)事故
  巻き添え事故
  手を尽くした末の死亡
  手当不十分による死亡
 犯罪被害死
  犯人とは面識がある
  犯人とは面識がない
 刑死
 自殺
 戦死

うむ、なんとか10を超えた。自然死はいわゆる「天寿を全うする」で一般的にはこれがもっとも望ましい。ただ老衰と言っても引き金を引くのは病気であることが多いだろう。120歳を過ぎて嚥下性肺炎で死んだら、これは天寿か病死か事故死か。老人の孤独死も、直接的には餓死でも、病気で動けなくなったのが引き金かもしれないし、死ぬまで放置されたらある意味で事故死だ。栄養状態が悪くて、風邪から肺炎を起こして死ぬ、なんてのは「悲惨な最期」だな。かといって強毒性のインフルエンザにかかって死ぬのがまともというつもりはない。

病気で死ぬと言えば、三大死因はがん・心臓病・脳卒中。血圧と血糖値そしてコレステロール値に問題はないから後二者の可能性は低い。しかし、がんは家系にがん死者がいるし、学生時代にアクリルアミドを雑に扱っていたし、塩辛いのが好きだし、間接喫煙は結構させられたし...で可能性は高い。J.ブラームスや正木ひろしと同じ肝がんで死んだら本望か。

餓死で思い出すのが白衣粛清ならぬ伯夷叔斉の故事。ちなみに伯父と叔父の区別はこれで覚えました。

可能性の高さで言えば事故死。慣れぬ手つきで顎髭を剃ろうとして頸動脈を切る...のはいやなのでカミソリは使わないようにしよう。そういう自分一人の事故死ならまだしも、自動車をぶつけるなど人を巻き込む死に方は避けたいもの。一方で、搭乗した飛行機の墜落(乗っていない飛行機の墜落で死ぬことも可能性はある)や電車の転覆での死亡は避けようとして避けられるものではない。

意外なところでは犯罪被害死。事故死と並び、なんの準備もないところに訪れる。死後の霊なんてあるかないか分からないから本人はともかくとして、遺族は堪らないだろうなぁ。もっとも家族が犯人ということもある訳だが。

忘れてならないのが刑死。まともな社会でまともに生きていれば可能性は0に近いが、社会がおかしくなった時には、まともに生きようと思ったら刑死の覚悟も必要になる。ただ、理念を自分の生命の上に置く考え方はある意味で自殺だけど。

最後になって戦死を思いついたのは、なんのかんの言っても、日本はまだ平和な証拠でありましょう。

長くなったので一休み。「好ましい死に方」よりはbucketlistの方が前向きかしらん?

お口直しに「三つ答えよ」。

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2009/07/29

もしも私が殺されたら

もちろん家族や親戚、友人知人には悲しんでもらいたいし、憤ってももらいたい。しかし...5年経っても10年経っても「あの日から時間が止まったまま」「犯人が処刑されても悲しみは死ぬまで続く」なんて言われたら、それこそ成仏できない。

霊魂なんて信じていないから、なおさら心配だ。夢枕に立って「私のことを追慕するのは良いとして、あなたはあなたの人生を生きてください」と告げることもできないのだから。

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2009/06/14

NPO職員はボランティアじゃない

(毎度思うことだが、ココログのカテゴリーって実に偏っていて、こういう話題は新規に立てるかその他的に扱うかになる。)

とあるNPOの総会に出席した。

あまり乗り気はしなかったけれど、こういう時くらいしか顔を出すことはないし、年会費の徴収もあるので土曜の午後を提供。

順調に議案は可決されて、やれやれというところで一波乱。出席していた職員が、総会参加が業務ならば賃金を支払ってと正論を述べると、古参会員が「職員といえども団体の趣旨に賛同してほしい」と暗に(明に、か)ボランティア参加を要求し、一部理事までが同調する始末。

古くから苦労を重ねて来た人たちの気持ちも分からないではない。でも手弁当どころか持ち出しで草創期を支えて来た人たちの高齢化が進み、次世代への引き継ぎが急務な時期に「あなたたちも私たちのように苦労しなさい」はすべてをブチ壊しにしかねない...

それにああいうヌエ的な状況はよろしくない。万一総会中に、あるいはその行き帰りに事故にあったらどうなるか。職員の業務としての参加であれば労災として補償されるが、ボランティア活動と認定されると労災保険は適用されない。一方、ボランティアにはボランティア保険というものがあるが、これは業務中の職員には適用されない。下手をすると、労基署からはボランティア認定、保険会社からは業務認定されて、どっちももらえないなんてことにならないだろうか。しかも不服を申し立てる場合、「どっちでも良いから通して」は通用しないだろう。労災なら労災をとる方針で臨み、最高裁まで争って負けて、なら最高裁判断に従ってボランティア保険でと思ったら時効成立、なんて泣くに泣けない。いずれにしても解決には時間がかかる。


総会後の交流会では、職員が自己紹介をしながら次々とアンチボランティア論を開陳していた。 呼応する形でこちらは「よそではチャランポランティアやってます」と名乗り上げ。

しかし、懇親会に残って旧知の理事に意見すべきと思いつつも、次の予定があって逃亡。肝心な時に役に立たない私。

で、次の予定ってのが大学院に社会人入学して修士号をとった人の報告会。とてもここでは書くのを憚られるようなアブナイ話を小一時間聞いて、そうそうに懇親会へ流し込む(NPOの方は前年も、その前の年も深夜までぐだぐだ話になっていたので正直なところ敬遠したのだが、こっちのお酒は実に美味しい)。

自走式アルコール燃焼機と化して、いつの間にか帰宅していた。

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2009/04/16

DID二回め

2回めのダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)に行ってきた。

2回めの印象は「前と違う」だった。本人の慣れ、態度の変化、同行者そしてアテンドの違いが複雑に絡み合ったのだろう。どちらが良かったとは一概に言えないけれど、とにかく「単純な繰り返し」ではなかった。

また滞在時間が前回の1.5倍(約75分)というのにも驚いた。

前回の感想は「熱心に人に勧めるほどのものか?」に近かったが、今回は「1回行った人はもう1回試すと良いかも」とやや好意的に(「2回体験論」)。ただ、あのお値段なのでそうそう気軽には言えない(mixiには「高い」という書き込みも)。

あと、感想を語り合う場がないのが辛いところ。未体験の人が先に詳細を知ってしまうのは、やはり好ましくないだろう(ああ、2回体験論は「白紙の状態で素直に」と「心の準備をして感度を高めて」の良いとこどりになるわけだ)。見ていると、終わってから8人で連絡先を教え合う例もあるようだが、ハイになっている状態で大丈夫かなぁ。

もっとも「DID体験者の会」って、あったらなんとなく怪しい感じが漂うだろう。少々言いにくいことだが、スタッフのフレンドリーさも、警戒針が振れるのだ。あれはファミレスやファストフード店とは違う(良い意味でも悪い意味でも)。ディズニーランドには行ったことがないので比較はできないが、同じであればどれだけ安心できるだろう。DIDは知らない人にあまり熱心に勧めると、「新興宗教?」みたいな印象を与えかねない代物。体験者の、特に終了直後のテンションもちょっと怖い。

以下、事務局へ送ったメールから箇条書きに抜粋。


  • 野外演出にこだわらないのも一つの道。靴を脱いで畳・板敷き・カーペット・絨毯・石畳...の部屋を巡るとか。
  • 音響信号機や音響誘導装置(役所の入り口などに設置されているもの)も利用する。「音の出ている扉を開けてください」とか。
  • 音以外に頼れるとすれば、点字ブロック、風、赤外線。アテンドが団扇であおいで、「風上に集まってください」なんてのは愉快。

    • 嗅覚の利用。方向を示すのは難しいけれど、現在位置を示すには有効。
    • 触覚の利用。ところどころに「触る案内板(道しるべ)」を立てる。「柱のザラザラ面の方向に進んでください」とか。
    • 味覚の利用。これは無理だろう(誰かが舐めたかもしれないところを舐めるのはね)。
    • 平衡感覚の利用。ゆるい斜面をつけたら視覚に頼らずに識別できるだろうか。

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2009/04/05

DIDの真っ当な感想

ちゃんとした感想を載せないまま、ちょいと捻った「目隠しで十分?」を公開してしまった。f(^^)

まず、予約した日のmixi日記。


話には聞いていたので速攻で予約。3月28日(土)です。

http://www.dialoginthedark.com/

「参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験していきます。」

去年のFITチャリティランでもらった資料によると、アンケート(回答者約25,000人)で98%が「また参加したい」、99%が「他の人にも紹介したい」と回答している。回収率95%というのもすごい。

新たな伝道師の誕生か、はたまた1%への仲間入りか。
速攻で予約(2009年03月20日11:45)

内容的には当ブログのダイアローグ・イン・ザ・ダーク(DID)に予約(ダイアログをダイアローグと書き違えているよ)とほぼ同じだが、新たな伝道師の誕生か、はたまた1%への仲間入りか。という冷めた一文がある。

続いて、帰ってきた翌日のmixi日記。


視覚を遮断されるとほかの感覚が研ぎすまされるという触れ込みであったが...


「安全には配慮されている」が念頭にあったので、怖さは感じなかった。もちろん最初ひるみはしたが、「ダイジョーブ、ダイジョーブ」とずんずん進む。その結果、何度も「道」に迷い、アテンドさんに救出してもらった。orz

誰かが本に書いていたが、ホント「暗視スコープでも付けてるんじゃないか」と思えるほど、アテンドは闇の中で自在に歩く。それがわかるとまたアテにして勝手な行動をとる困った参加者(私)。最後には放置されてしまいました。f(^^) (ほかのみんながバーに着席してから救出)

闇の中では音を出すのが大切、とのことなので、やたらを音を出し続けました。うるさかったらごめんなさい>一緒の皆さん 声を出すのはもちろん、白杖でまわりを叩きまくりました。壊してたらごめんなさい>主催者

そうやって賑やかに振る舞っていたので、ほとんど何も考えていませんでした。次回行くとしたら、おとなしく振る舞い、他の人への協力は拒んでみようかな。そしてじっと闇との対話を。


饒舌も緊張の裏返しだったのか。最後に薄明かりの部屋に戻ってきたとき、アテンドから「みなさん、明るくなったら黙ってしまいましたね」と笑われた。


(『夜明かしする人、眠る人』に、野外での暗闇体験の話があったと記憶する。屋内で慣れたアテンドがそばにいるのと独り屋外ではずいぶんと違うだろう。雨の夜に山中にでも行ってライトを消してみよう。)
暗闇の中で考えられなかった(2009年03月29日13:53)

この段階ですでに、自然環境下での暗闇に意識が向いていた。

全盲の知人に送ったメッセージ。


全盲の人が案内役(アテンド)としてついてきてくれましたが、「丸木橋を渡ります」「靴を脱いで上がってください」などと言われるたびに参加者は悲鳴。はてさて目あきは不自由なものです。

私はさらに、たびたび迷子になってしまい(右耳難聴で声の方向が分かりづらいのが原因?)、そのたびにアテンドの女性に助け出してもらいました。それはもう、ほんとに「実は暗視スコープを着けた晴眼者なんじゃないの?」と思えるほど的確に。

安全に設計されていると信じていましたし、また明るい世界に戻れると分かっていましたが、それでも緊張感からでしょう、ずいぶんと饒舌になっていました(中身のないことをベラベラと)。

ここでも「安全な設計」に触れている。

別の知人に送ったメッセージ。こちらは晴眼。以前、参加しようとしたがチケット完売でかなわなかったとか。

「もういっぺん」では多数派に属する私(10日にまた行きます)ですが、人に勧めるという点では栄えある1%。もちろん止めはしませんよ。興味があるなら行った方が良いと思います。期待通りとかそれ以上とかならラッキーだし、「がっかり」なら経験した以上の何かを自分が持っていると分かりますからね。

(中略)

何度もはぐれてしまい、そのたびにアテンドさん(女性)に助け出されたので自尊心を傷つけられました。ええ、自損事故だから悪いのは私ですけど。左耳しか聞こえないから、声のする方向を把握できないためだと慰めています。あとは予備知識、それと「ここは地下室」という意識が邪魔をしました。そういう自分の特性を再確認できたのが面白いと言えば面白い。:-)

それと「難聴の人は申し出て」という注意を思い出して受付に申告したところ、アテンドさんが打ち合わせに来てくれました。明るいところでは(黙ってうなずいても通じないから返事はちゃんと声に出そう)と相手を気遣う立場だったのに、暗くなったとたんにおすがり状態になったのも面白い。

管見の範囲では「素晴らしい!」と絶賛の嵐で、ちょっと眉に唾をつけたくなったところで「本物には負ける。」という冷めた感想を見付けて嬉しくなり、少数派をカミングアウト(四面楚歌の状態で宣言するのが本物だぞ)。

「おすがり状態」はやや誇張で、mixi日記に書いた通り「しょせんは作り物、恐れることは何もない」と行動は大胆。ただ心理的には相当依存していたことを認めざるを得ない。だから、なかなか迎えにきてもらえないと苛立ちを感じたし、壁と植え込みに行く手を阻まれて二進も三進もいかなくなり、定位できるところ(説明のあった場所)に戻ろうとしていてアテンドさんから「戻ってしまってますよ」と言われると(想定の範囲内です)と言い返しそうになったり(さすがに大人げないので飲み込んだ)。

...10日に申し込んだけど、今ごろアテンド配置会議(?)で「えー、この人やだ〜」とか言われてたりして。orz

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2009/04/04

ダイアログ・イン・ザ・ダーク、目隠しとの違いは

ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)に行ってきた。

闇の中を、杖を頼りに歩き回るイベント。いろいろな環境が(人工的に)再現されている。

一見、視覚障害体験のようでもある。そういう側面は確かにある。だが目的は闇の中を安全に通り抜けることではない。視覚以外の感覚を研ぎすませて、見えないものを「発見」すること。その機会を増すためか、グループで行動する。ダイアログ(dialogue:対話)とは行動をともにするメンバーとの対話であった。

さて、6000円を払って予約をしたのに、「遅刻をしたら参加できません」と厳しいことを言うので、余裕をもって会場に行った。ら、1時間以上の待ち。(^^; ロビーに置いてあった資料を読んで過ごす。そこには光を遮断することの難しさが書かれてあった。特に仮設会場では相当厳しかったらしい。それを読んで、なぜそこまで闇にこだわるのか疑問に思った。

終わってみて、それは解消するどころか、強まった。参加者がアイマスク(目隠し)を着ければ済むことではないか。

闇の再現にこだわる結果、いくつもの不具合が起きている。遮光が大変という問題は地階の常設会場ならば解決できるが、それ以外にもたとえば
 屋内でしか行えない。
  そのため陽光や風を肌で感じることができない。
  再現された環境はすべて人工、きびしくいえば紛い物。
 会場の規模拡大は難しい。
 不注意な、あるいは悪意のある参加者が明かりを持ち込むと、すべてが台無しで、しかも全員に影響する。
 光を遮断するために演出が制限される(光の出る機械や現象を使えない)。
 参加者の安全をアテンド独りが担うことになる。
 即応的メンテナンスが難しい(やたら杖で叩いたり、よろけて寄りかかったりする参加者が状況を変えてしまっているかもしれない)。

もちろん闇を創出することにも利点はある。
 目を凝らしても何も見えない本当の暗闇は目隠しとは違うリアル感がある。
 こっそりズルができない。
 屋内なので安全設計、完全管理ができる。
 瞼を覆われる不自然な感触がない(直射日光の下、目隠しで完全な遮光をしようとすればかなり大掛かりなことに?)。

「シャルガフの経験則」や分子生物学の皮肉な定義で知られるシャルガフ(Erwin Chargaff)はこう言った。


我々は、自分が、無限の可能性をもった洞窟にいると感じています。ところが懐中電灯一本あればあなたは、御自分が物置小屋にいるに過ぎないことを発見されるかもしれませんよ。何を自分が見付けるか判っていたら、私はそれを見付けたいと思わないでしょう。


(『ヘラクレイトスの火』p.134 村上陽一郎 訳 岩波書店 1981)

暗闇は広大な空間に感じられても、実は狭い地下室だという雑念があった私は、杖を使って天井の高さまで計ってしまった(なるほど立派な研究者になり損なった訳だ)。だから「本当に広大な見えない空間」の実現を期待してしまう。小賢しい細工が意味をなさない空間。屋内では難しいだろう。といって廃坑などの利用はもっと難しい。となると、アイマスクがもっとも現実的。

そして太陽の光を目ではなく、肌で感じとる。「これで方角が分かる」とほくそえんでいると突然陰る。雲かもしれないし物影かもしれない。風が吹いて来る。風上の匂いが運ばれる。林、花畑、水辺...本物の香りだ。これらは季節によって、日によって千変万化。動物の群れと遭遇したらどうなるだろう。まさに「群盲、○を撫でる」だ(DIDは基本的に「種明かし」をしないようだから、後々「あの動物は何?」で盛り上がるだろう)。さらに築山に登るとか滑り台でおりるとか。もちろんアテンドは全盲のままで構わない。

保安上の問題は多々あろうが、せっかく「視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づ」かせておいて、あてがわれるのが紛い物ばかりというのは納得いかない(最後の飲み物は本物でしたが)。

保安と言えば、いつでも晴眼に戻れる目隠しの方が、非常時には安全だろう。暗闇の中で強い地震に遭い、頼りのアテンドは何かの下敷きで動けなくなる。ほうほうの体で明かりのある筈のエリアまで来たら、そこも停電で真っ暗、なんて考えたくもない(明かりになるものはロッカーに預けている)。

...見えない状態で起震車に乗るのもかなりエキサイティングな経験ね。完全な闇の創出にこだわらなければ、紛い物でも、それなりに面白い環境を作り出せる。硬い鉱物をぶつけて音で聞き分けるのはどうだろう。火花が出ても問題ない。


と文句を垂れてみたが、要するに素直に体験してくれば良かったのだ。はい、もういっぺん行ってきます。今回は全員が初参加ということで、お節介にもムードメーカーを買って出ようとしてしまったが、次回はおとなしく(と同じような反省を書いている人もいるので、やはり同じように出しゃばってしまうだろうか。いえ、役割意識が発露されなければ本質的には控えめな人間なんですけど)。それと、やたら杖で叩き回るのは止めよう。f(^^;

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2009/02/07

ビッグイシュー基金1周年ほかパーティー

2月1日に標記パーティー、正式名称は「単行本出版&ビッグイシュー東京5周年&基金1周年記念パーティ」に行ってきた。

この日、事務所を訪ねてみると、パーティーの準備に野戦病院のような慌ただしさ。その中央に陣取って私が始めたのは、パーティーの手伝いではなくて、翌日に配布予定のメール販売用の三つ折り名刺の作成。ほんとは家で済ませる予定だったのだが、名刺作成ソフトラベル屋さんhomeがMacOSX 10.5(Leopard)に対応していないため持ち込んだもの(早く対応させてください>A-oneさん)。

しかし、さすがにマラッカ海峡にいると邪魔。皆の冷たい視線で首筋にシモヤケができそうになって販売者のコーナーへ待避。そこへ場の雰囲気を読まないことで有名な販売者のZさん登場。彼を反面教師にして身を律しているようなところがあるので感謝の念を込めて「みんな忙しいから気が立ってるよ」とそっと注意。分かってくれたかに見えたが、彼の注意力の持続時間はそう長くなかった。結局、出発間際の一番忙しいころに、翌日使うポスターのことでスタッフに話しかけ「Zさん、今みんながどういう状態か分かるでしょう!」とマネージャーの未来さんに叱られていた。Zさんが人の顔色をうかがうようになったら世も末だけど、もうホンの少しでいいから状況把握に努めてほしい。せめて自分が何をしているかは理解してほしいもの(彼については後日譚があるが、とても書けない)。

さて会場は去年と同じ南青山のモーダポリティカ

見知った顔はほとんどが忙しそうに立ち働いているので話しかけるのが憚られる。
やはりパーティーも主催する方が楽しい。

という昨年の反省をふまえ?今年はボランティアとして参加。昨年、ボトルネックになったというクローク業務に経験ありと売り込んでおいたけれど、割り振られた仕事は物販。売るのは単行本(『世界一あたたかい人生相談』『ビッグイシュー 突破する人びと』)とTシャツ、そしてバックナンバー。

会場設営の始まり。物販コーナーは窓際に陣取った。 外から見た準備中の会場。窓ガラスにTシャツが貼り付けてある。

枝元さんの『世界一あたたかい...』は、ほとんどの人がもう買っているだろうと思ったら、これが売れる売れる。『突破する人々』は、雑誌にも寄稿している稗田和博さんが2007年に出したもの。雑誌(ビッグイシュー日本版)を知る人はこの本を知らず、この本を知る人は雑誌を知らないと言われるだけあって、こちらもよく売れた。手に取ってぱらぱらとめくった人は池田真理子さんの写真が載っているのを見て「これください」、3人にひとりは佐野未來さんの写真を見て「1冊ください」、と数えている暇もないほどの忙しさ。

作業分担表。物販は一人になっているが、18時まで、と読めなくもない。オーガニックコットンで作った記念Tシャツも、3000円と言う価格にもかかわらず、これまた売れる。客は絶えないし、代金は溜まるしでブースを離れるのが難しくなってしまった。幸い、一緒に設営したボランティアが店番を代わってくれたので食いっぱぐれは免れた。(分担表をよく見ると、パーティー中は物販をしない予定だったらしい。なるほど、後でスタッフが恐縮する訳だ。)

パネルに見つかった誤字を緊急修正絶えないと言えば、基金の活動を報告するパネルの中に「笑顔が耐えない」という微妙な誤字があった。気付いたボランティアのFさん(販売スキルアップ講座で接客態度の良い販売者B役を演じたFさん)が応急手当。

バナーが剥がれ落ちる前剥がれたバナー。“恐ろしい妖怪が頭上を通り過ぎて行ったのに、気付いた人はほとんど誰もいない。”剥がれたバナーを修繕する
壁を傷つけないために、貼付には粘着力の弱い養生テープを使ったところ剥落事故が頻発。服部なつみさんの写真パネルは落ちるたびに大きな音を立てるので、最後はテーブルへ置いて壁に立てかけられた。さらにはパーティーの最中にバナーがはがれてしまったが、こちらは現金を抱えているので持ち場を離れられない。たまたま近くで販売サポートスタッフの佐藤さんが料理を食べていたので対応を依頼した。ほどなくして広告担当の服部さんがテープを手に脚立に乗る姿が確認できた。でも基金の看板は落ちたまま。考えてみたら、あそこに貼るテープを切って渡したのは私だ。弱いのだから普通よりたくさん使わなければいけなかったのだ。

ほとんどの時間を会場の片隅で過ごし、接客も忙しかったので、パーティーそのものがどうだったかは実はよく分かっていない。料理などについては、ブログに詳しく書いている参加者がいるので、そちらを見ていただきたい。巨大プリンの写真が載ったブログもあります。あれ?かなりやさんは未掲載?

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2009/01/18

僥倖

所用で新宿に出た。用を済ませてJRに乗ろうとし、いつもならSuicaを使うのに、残額が少なかったこともあり切符を買い、改札を通ろうとしたその刹那、携帯電話が鳴った。会員になっているNPOの職員からで、新宿のカメラ量販店に来ていると言い、何か困ったことになっているらしい。電池の残量が心配だったし近いことでもあり、行って直接話を聞くことにする。

あと数秒遅ければ改札の中で、JRに貢がなければ外には出られなくなるところ(そうなったらわざわざ出たか分からない)。そもそもSuicaを使っていたら車中の人になっていただろう。それ以前にちょうど新宿に来ている時に電話をかけられたとは。実に運のいい人だ。

さて店で会ってみると、急ぎの印刷中にプリンタのインクが切れたので買いに来たものの何を買ったらよいのか分からない、と。参照するために持ってきたのは不幸にしてサードパーティーの互換製品

いま「不幸にして」と書いた。以前ならば「愚かにも」と書いただろう。間違いを指摘することと人格を否定することは別という主義なので、割と平然と口にも出していた。しかしこの一年で、不必要に人を貶める感情の起きることが減った。間違いは間違いだが、それが愚かかどうかはまた別の話と割り切れるようになったのだ(以前は反語的に「愚か」「馬鹿げた」と口に出したこともある)。それにはそのNPOの事務所に出入りしていた影響が大きい。別に怖い目に遭わされたわけではない。自分でもよく分からないが、そこの人たちのモタツキを見てもあまり苛立つことがなく、しばらくするうちに「辛抱強く」という形容さえ不要になるほど淡々と接することができるようになったのだ。この変化は対象が変わっても持続し、以前なら悪し様に痛罵していた人に対しても相当(当社比)寛容になった。

閑話休題。幸いにも私はプリンタの型番を覚えていたので、それを手がかりに純正品を探す。運良く互換インクも見つかった。

教訓

  • インク(に限らず消耗品)は最後のカートリッジを開封したら次を注文する(あれ?「この箱を開けたら注文」と貼っておいたはずだが)
  • インクはプリンタの型番で探す
  • 校正用や内部文書はインク節約モードで印刷する

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年賀集計

今年は例年より多くの年賀(状)をいただいた。突然、広告付きの年賀状が舞い込んで驚いた人も多かったであろう。いただいた賀状の中には年頭の決意として「元旦に年賀状を書かない」と記してあるものもあって...すみません、早速破らせてしまいました。

並べてみるとなかなか趣があり、紹介もしたくなるけれど、ハガキの所有権は移っているものの内容の著作権は差出人にとどまっている。勝手に公開する訳にもいかないので割愛。概略だけ述べておくと

URIを書いてきたのは1通だけ
メールアドレスを書いてあったのさえ数通
一人息子(大学生?)の写真を使い続けるものがある一方で「年頃の娘の猛反対」で家族写真は断念というものも
写真最多は19枚
「平成」を使用したもの9通

幸いにも「しまった、出してない」というのは業者さんだけ。出したけれど返って来ないのはあるが、それは気にしない。

最後にいただいたのは意外な人から。10日にビッグイシュー新年会に行ったところ、販売者のQさんからと手渡された。プラスチックの小袋に賀詞を書いた紙片と五円硬貨(「ご縁」の縁起)を入れたもの。


年明けに事務所へ行った際に、同じものがスタッフに配られており「さすが商売人」「気配りの人」と評判になっていたが、まさか一介のチャランポランティアにまでいただけるとは。Qさんは事業に失敗して家を失ったとかで(債鬼に追われているので名を秘す)、元は相当な実業家だったらしい。ビッグイシューを売り始めてほどなくアパートを借りられるだけの売り上げを達成したとも聞く。お茶の水博士の時にも感じたが、こういう人をホームレス状態にしてしまう社会はどこか狂っている(じゃあ、適材適所のホームレスもいるのかという質問は黙殺)。直接手助けできることはそうそうないだろうけれど、販売の心得をほかの販売者に伝えるとか、できそうなところからこなしていこう。

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2009/01/15

俺の後ろに立つな

ビッグイシュー基金が主催する販売者の新年会に顔を出した。IT研修の課題を自主的に再提出してきた販売者に添削したものを渡して説明していたら、写真を撮られた。その写真はブログに公開されているが、その日記へのコメントに「髪が薄い」などと書かれている。こんなことを書くのはウィルソン(仮名)の奴に決まっている。おのれ、義務教育再履修9年の刑に処して、人の肉体的欠陥を笑いの種にしていはいけないということを叩き込んでくれようぞ。口の減らない奴のことだから「禿頭は欠陥じゃありません。生理的な加齢現象です。ハゲが欠陥だなんて、エイジズム!」とか言い出すだろう。「若い人だったら同情しますけどね。あなたの場合は若ハゲの至り。」と言うかもしれない。やい、先に言ってやったぞ。これより気の利いたことが言えるものなら言ってみろ。

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2009/01/01

謹賀新年 2009

2009年が皆さまにとって実り多き年でありますように

勝手に広告 施しではなく仕事を!

雑誌「ビッグイシュー日本版」はホームレス状態にある人だけが売れる、そこそこ(人による)面白い雑誌です。

Bigissuebanner6_2
“敗者復活”応援  市民プロジェクト ビッグイシュー基金は、ホームレスの人々の自立を応援します

解説
今年は上記「勝手に広告」のために年賀状を復活させた。で、近況はブログなどでお知らせする、とシンプルに決めたが...予告した更新日(2日)が近づいても原稿は未完成。あわわ

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2008/12/26

正月に明るい展望?

NPO法人ビッグイシュー基金のIT研修で、課題として出したメールに返信がそろった。講評を書いて送り返したが、なんか長くなってしまった。読むのは自分のPCを持たないホームレス状態の受講生。長文メールはあまりに可哀想、ということで急遽プリントアウトして基金事務所に届けてきた。A4判で5枚は多いよね。

事務所は大掃除の準備に向けてレイアウト変更の真っ最中。流れで棚の整理を始めることに。そこへ戻ってきた基金の愛さんが「東京都で職員を募集してますよ」と教えてくれた。もともとは基金に紹介された話らしいが、PCスキルが必要ということで応募のない臨時職の口があるらしい。

帰ってきてから教えてもらった「とちょう−i」(パッと目には「とちょ〜i」)にの告知板にアクセス。わぁ、こんなに募集があるなんて夢のよう。しかし派遣切りなどで住む家さえない人と職を奪い合うのは申し訳ない。

と、12月の初めから募集をしているのにまだ掲載されている求人がある。見れば今月15日から就労してほしかったらしい。仕事内容は「データ入力、ホームページ修正等」、条件は「ワード・エクセルのできる方」。ふむ、人が見つからないというのはこれかな。そうならバッティングはしないだろう。というわけで朝を待って早速電話。

今日で仕事納めなので、来年に面接日の連絡をもらうことになった。履歴書を郵送しておいてほしいというので準備。たぶん採用されるだろう。時給900円の期間限定ではあるが、なんとか住民税・健康保険料はまかなえそうだ。あ、年金も放置していたな。f(^^;

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2008/12/23

2006,2007年の年賀状が見つからない

今年(というか来年)は思うところがあってsnail mailつまり郵便ハガキによる年賀状を復活させる。

で、送り先を選定しようとして過去に届いた年賀状を取り出してみると、なぜか2008年の前は2005年。2年分が見つからない。不義理を重ねていて、最近は届く枚数はずっと減っているのでクリアファイル1冊分不明という事はないはず。むしろファイルを買うのを面倒がって、封筒に入れてどこかに放置している可能性の方が高い。しかし今からそれを探すと、きっと「もっと面白いもの」が発掘されて、関心がそれてしまうだろう。

ということで2004,2005,2008年にハガキ(賀状に限らず)をいただいた方を中心にセレクトしよう。

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2008/12/13

鶏を裂くのに牛刀

部屋の片付けをしていたら、前の勤務先の就業規則などが出てきた。その書類に記載はないが、確か社外秘扱いだったもの。もうなんの義理もないけれど、一応シュレッダーにかけてやるか。

ところが綴じてあるステープラを外そうとして驚いた。なんとか規定の類いがやたらあるのだが、そのどれもが分厚い書類用の針(No.3?)で綴じてある。3枚のものまでね。当然、裏面で針が無様に絡み合っている。なんたる醜態、なんたる無駄。(大は小を兼ねる、で管理の手間を省いているという可能性もあるが)

辞めさせられた会社の悪口は慎みたいが、そこはかとなく感じていた違和感の原因は、こんなところにもあったのだろうか。

そういえばシュレッダーにステープラの針は禁物だが、古紙回収の場合は問題にならない(メーカー発表)。

そのことを進言したのに聞き入れられなかったなぁ。

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2008/12/11

アグレッシブなプロポーザル

「職のない正月」を回避すべく努力を重ねているが、結果は思わしくない。

速攻でリジェクトされる原因はエイジズムにあると考え(実際、そう書いてきた企業はある)、「暦年齢だけでの判断なら小学生でもできる」(=人事のプロなら人物を見ろ)と書いて送ってみたが「慎重の上に慎重を期して選考を重ねてまいりましたが」と跳ね返された。ま、1週間近くかかってるから信じよう。

次の企業には「貢献できる期間は限られるが」と自分から言って、そのかわり引き継ぎの容易な「名人芸に頼らないシステム」を組みますよ、と。オタッキーな若手に任せたら自分にしか分からない仕組みを作ってプイと居なくなるかもよ(「ジュラシックパーク」のようにね)とブラフをかましてみた。さて、吉と出るか凶と出るか。


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2008/11/30

本を売って

部屋の片付けの手始めに、積んであった本の一部を売却した。

比較的最近買った本だったのでブックオフへ。

あわせて1170円。やはりアマゾンのマーケットプレイスに出した方が世のため人のためかな。

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2008/11/23

安全装置を外す

24日と26日は、それぞれ別のNPOの助っ人としてイベントに行ってくる。

24日の方は割と気心の知れた(でも不可解な点もある)仲だが、26日の方は理事長と少し面識がある程度。スタッフのドレスコードがビジネススーツと聞いて少し慌てる。

私は責任感が強い人間なので、権限のないことには手を出さないし、口も極力出さない。しかし仄聞するところ、戦場のような忙しさが予想されるらしい。そこで事務方の責任者に「暴走を抑えている安全装置を外して臨みます」と宣言。もっとも依頼されているのはクロークだけど。f(^^)

ウォーミングアップのために明日から安全装置を外してしまおう。つまり権限を意識しないでやるべき(と思った)ことをやる。責任問題が浮上したら...「心からスマンかった」と誤ろう、いや謝ろう。

細川@紫外線と赤外線を説明する図で、波長のみならず振幅まで変えてあるのに「それはおかしい」と突っ込んだ空気読まず

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2008/11/17

朝焼け

今朝は6時前に家を出た。まだ空は暗いものの、東方に朝焼けが始まりかけていた。

(ここで突然思い出した。“西方に日が沈み 長い時が流れ 重く黒く流れ まだ日は出ない 東の空は真っ暗だ 太古の闇を...” 「日本の夜と霧」より)
「日本の夜と霧」


目的地最寄りの駅に着くと朝日が差していた。晴れやかな気持ちで奇妙な形のビルの写真を撮る。
Kunekune

高揚していた私はこの後の一日が苦難であることを知る由もない...

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2008/11/13

後出しジャンケン?

自分を誉めるに書いたアプライ先の募集要項が更新された。見に行くと
「積極的・明るい・誠実・人に好かれる性格」が
「積極的・明るい・誠実な努力家・人に好かれる性格」
に変わっていた。履歴書受領の返事もよこさないくせに、人が応募してから条件を変えなさんな。努力家と付け加えたってことは、その要素が欠けて見えたのか? ...ま、天才肌ですから :-p

努力家をアピールする文書を追加で送付してみようかな。

もひとつ会社概要のwordファイルも更新されていて、赤字だった部分が黒字になっていた。会計じゃなくて文字の色の話。前の版を見た時は変更箇所を赤くしたくらいに思っていたが...何を考えているのかな。

追記

2週間経っても連絡がないので電話をした。

ほどなくメールが届いた。「主としてご年齢の観点から...」

それなら2週間も保留する必要はないじゃないか。そーゆーのをプアジャッジというんだよ。

だいたいITリラシーなんて書いてる段階でもう... ←坊主憎けりゃ袈裟まで憎い

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2008/11/11

自分を誉める

日曜日に「自分を誉める」というトレーニングに立ち会った。

悪いところを直そうとすると、欠点に意識が集中してしまい、負のイメージを結像して行動を制約する云々という理屈だと思う。この手のいわゆるポジティブシンキングは、仔細に考えると結構怪しいところがあるのだけれど、論破して叩き壊してすり潰してアスファルトで固めても、労力の割に得るところは少ないのでそれは止めておこう。プロセスがおかしくても結果は良好、ということはあるのだし。(例:盆栽は愛情を込めて撫でていると形がまとまるとか。接触刺激でエチレンが出て徒長を抑制するので、「なでる」は正解だが、愛情は無関係。)

さて、一緒になって自画自賛をやってみると、このところの不遇続きにすっかり自己肯定感が低下しているのがよく分かった。これはいかん。相手が神ならば、どんなに落ち込んでいても正当に才能を見いだしてくれるだろうが、人間相手ではプレゼンテーション勝負。いつだか立ち会った面接では、終了後「彼にはオーラが感じられない」という上司の一言で不採用が決まったっけ。ことは就職にとどまらない。

というわけで、今日の応募では履歴書に添えるメールで思いっきり自賛をしてみた。相手の求める条件を列挙して、一つずつ「この通り満たしています」と。まぁ、学歴とか専攻とかだから大した意味はないけれど「履歴書を見れば分かる」と済ませないでいちいちアピールしたのが私としては異例(ただの軽薄としか思われなかったりして)。

最後は性格項目。「積極的・明るい・誠実・人に好かれる性格」 無茶を言いやがる。特に「人に好かれる」は相手の問題もある訳で、蛇蝎に嫌われるなら人として立派じゃありませんかと毒づきたくなる。今までなら「バカ言ってらぁ」と応募を見送っただろう。でも今は買い手市場をすぎて危機相場の相貌を呈しつつあり、このままいけば飢餓相場突入なので、とにかくアプライ。

で、結局こう書いた。


これは人様に判断されるもので自己申告では信頼性が劣りますが、次のような実績はあります(相性の問題ですから、毛嫌いされたこともあります)。
1.20年近いの付き合いのあるグループがある。(人に好かれる)
2.上記グループとの付き合い始めは「生化学若い研究者の会夏の学校」で、シンポジウムなどを一緒に企画して親しくなった。(積極性)
3.『青いバラ』(最相葉月)を読んで、ローズガーデン「アルバ」まで出かけた。(積極性)
4.高校時代の恩師が大学院(博士課程)入試直前に脚を骨折された時はストレッチャーに載せて試験会場までお連れした。またパソコンおよびインターネット接続環境を整備し、論文執筆を支援した。現在独居されているのでSkypeを使い遠隔で見守っている。(誠実)
5.腹膜炎で緊急入院して手術をした友人を見舞ったところ、後日「傷が痛いのに、おかしなことばかりいうから笑うのを我慢するのに苦労した」と抗議された。(明るい)

最後の「明るい」はマイナス評価されるかもしれないが、馬子にも衣装、並べ立てれば私って結構「積極的・明るい・誠実・人に好かれる性格」なのね、ウットリ。まだあるかしら。

※ググっても応募先が分からないよう文言を変えてあります(元の形だとドンピシャ1件だけヒット)。

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2008/11/04

聞いたか坊主

歌舞伎に「聞いたか坊主」というのがある。たとえば京鹿子娘道成寺。冒頭に「聞いたか、聞いたか」「聞いたぞ、聞いたぞ」を繰り返しながら大勢の所化(修行僧)がぞろぞろと出てくる。

ところがシェーファーの『アマデウス』によく似たシーンがある。2人のヴェンティチェロ(後述)が交互に台詞をつなぎながら「荒々しいささやきが劇場内に充ちる」中を、舞台の両袖から登場する。

倉橋健・甲斐萬里江による翻訳ではこんな感じ
***
一「まさか。」
二「まさか。」
一「まさか。」
二「まさか。」
囁き合う人々「サリエーリが!」
一「噂だ。」
二「聞いたぞ。」
一「聞いたぞ。」
二「噂だ。」
一と二「信じられん。」
囁き合う人々「サリエーリが!」
***
(テアトロ 471)

一方、江守徹の翻訳(ちなみに本人はサリエリ役をやるつもり翻訳したが、上演権を松竹に取られてしまい、日本初演ではモーツァルトを演じた)では、ちょっと違う。
***
1「信じられない。」
2「信じられない。」
1「信じないとも。」
2「信じるものか。」
ささやき「サリエリ!」
1「皆、言っている。」
2「聞いている。」
1「私も聞いた。」
2「誰でも言っている。」
1&2「信じられない!」
ささやき「サリエリ!」
***
(「アマデウス
」 劇書房)


私の記憶(5回は観た)では「聞いたか」「聞いたぞ」の応酬だが、記憶が当てにならないのは昨日の「兵士シュヴェイク」で証明済みなので固執はしない。しかし、松竹の興行だし、主演は一貫して松本幸四郎だから歌舞伎の要素を取り入れていてもおかしくはないだろう。

またヴェンティチェロとは、脚本の説明では「劇の進行中、種々の事実、噂、風聞は彼ら二人によって提供される」という存在で、これは聞いたか坊主の役割(幕あきに登場して、その狂言の筋などを知らせる)とかなり近い。


さて、私は聞いた。どうするか。アマデウスにはこんな台詞がありますな。
「神を侮るなかれ、と言うが、いいか、人間を侮るなかれ、だ! このまま引っ込みはしないぞ! 神は己の好むところに吹く、と言うが、とんでもない! 神は美徳をこそ好むべきだ。風じゃあるまいし、やたら吹いたりしてはならんのだ。 Dio Ingiusto! 不公平なる神よ...あなたは敵だ! これからは<永遠の敵>と呼んでやる! そして、ここに誓う、命尽きる日まで、この世でお前に逆らうと! 神を懲らしめてやれなくて、何が人間だ?」

こうして奮い立たせなければ挫けてしまうようなショック。

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2008/10/29

センチメンタルバリア?

某MLで、未使用または使いかけのテレホンカード提供の依頼が流れてきた。

「転送歓迎」とあったので、チェーンメール化させる気かぁ!と熱くなりかけたものの、さわやかに注意。

それはさておき、死蔵しているカードがあったはず、と発掘してみた。ら、あった。

しかし、記念テレカばっかり。

「第63回日本生化学会大会」(1990) ←バブル時代を象徴?
「第67回日本生化学会大会」(1994)
「会員200万人突破記念」(1996) ←NIFTY-Serve(現在の@nifty)
Teleca_biochem
Teleca_nifty

なんと「細胞工学」のテレカまであるよ。読者アンケートの謝礼用だったかな。
Teleca_saibo

もう何年か取っておいたらプレミア価格がつくだろうか? と言いつつ、実は過去の思い出との結びつきが強くて手放しかねている。


また「わが家に初めての赤ちゃん誕生!」なんてのも。さすがにこれ、個人情報が書き込んであるから提供はできないわな。

しゃーない、金券ショップで代わりを買っていこう。

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2008/10/25

筋力の衰えを痛感

久しぶりに自転車を引っ張りだして、近場の丘陵を巡ってきた。

するとペダルの重いこと、重いこと。体重はそんなに増えていないので脚力の低下だろう。歩いている時に感じなかったのは使う筋肉がちがうからか。

途中、薬草を見つけたので、葉を一かじりして体力を回復してきた。というのは大嘘。ハシリドコロじゃねーぞ。良い子は決して真似をしないよーに。

Datura081025_1


Datura081025_2

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2008/09/18

不屈のナツメヤシ

Date080917


6月にサウジアラビア大使館からいただいたナツメヤシの実。食べた後に残った種を、 家族が酔狂にも鉢に蒔いたところ、なんと芽が出てきた。ドライフルーツにされても平気なのね。


大使館には「困難でもあきらめない」精神を学んだが、このナツメヤシには生命力の強さを教えられた思い。そういや日替わり座右の銘の一つは「泥をかけられて種は芽を出す」だったっけ。

もっともナツメヤシって、成長すると高さ30メートルにも及ぶうえに、樹齢は100年を超すそうなので、ワニガメ並に扱いにくそう(動かないのは助かるが)。ま、気候的に育つのは難しいとは思うけれど。

なお、ググってみると、同じことをする人は結構いるらしく、似たような写真が結構見つかる。先人にその後を聞いてみようかしら。

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2008/09/11

適性診断

asahi.comで求人情報を見ていたら「本格!適性診断(無料)」というのがあったのでやってみた。テストそのものは毎日コミュニケーションズのサイトで行われている(ちなみにこの「本格!適性診断」ページ自体がasakyu.comという別ドメインに展開されており、後で気づいたときにはフィッシングされたかと一瞬青ざめた)。

で4つのテストをやってみた。以下はその結果の要旨。

パーソナリティ診断

得意とする能力
書く能力
「難解な言葉は使わず、わかりやすい文章を書きます。」
品質志向
「高いレベルの目標を持ち、それを達成することに努めます。」
専門性志向
「専門分野の進歩についていくことができます。」
感想
 ふーん。あんなテスト(SD法みたいなの)でどうやってこんな診断をするのだろう。
苦手とする能力
リーダーシップ
「どちらかというと他人の指示に従うタイプだといえます。」
柔軟性
「自分の意見を曲げずに主張する頑固さがあります。」
感想
 悔しいけど、こちらの方は回答と呼応している。人の指示に従うというよりは、権限のないことには手を出さない、責任のあることはしっかりやる、という意識なのですが。

バリュー診断

(省略)
感想
 すっごく答えにくかった。興味のある人はお試しを。

アビリティ診断

言語能力
「あなたは文章を読むことに慣れており、極めて短い時間で曖昧なエッセイを読み、そのエッセイの趣旨を素早く捉えることができます。これは言葉のやりとりにおいて、相手が最も伝えたいことを瞬時に察知し判断する感覚の良さと、それを主観で歪めることなく受け止める力があることを意味しています。今後もこの能力を伸ばし、存分に発揮してください。」
感想
 本当のことを言ってもお世辞にはならんぞ。とはいえ、制限時間内では10問中8問しか解けなかったから、たぶん上には上がいる。
数的処理能力
「あなたは、1つ1つの計算を正確に解く力がありますが、速いスピードで解くという能力には多少欠ける面があると思われます。また、どうやったら効率良く解けるかということを考えずに、とりあえず問題に取りかかってしまう面もあるでしょう。」
感想
 問題がどんどん複雑になっていくところで、計算能力ではなくて式の立て方が重要、と気づくべきであった(そもそも「算数能力」ではなくて「数的処理能力」だし)。スケールの見当がつけば解ける問題(選択肢に10倍ずつの開き)としっかり計算しないとダメ?な問題(選択肢間の差は1)が混在していたのにも悩まされた。

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2008/09/10

この奇遇、吉と出るか凶と出るか

とある募集が目に留まった。任期制ではあるが、採用されればとりあえず1年は食いつなげる。最長5年の間にステップアップをはかるにはシッカリとした踏み台に見える。

応募する前に下調べ。

すると、かつて某大学の教授の本を出す際に窓口となった助手が、そこの教授になっていることを発見。あの本のできばえは...初犯本だよなぁ。幸い、辞めてから改訂版が出たから被害は収まっているけれど。

職務経歴書には当然、その本のことも書く。いや、書かなくても気づかれるかもしれない。推してくれるか、弾いてくれるか。

「細川さんには役不足」とかなんとか体よく追っ払われたりして。

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2008/08/18

紹介状を書いてもらったが

職探しの窮状を見かねた人が紹介状を書いてくれた。

といってもあまり詳しいことは書いてないので、自分でフォローすることにした。

あらためて職歴を見直すと、ほんと「正体不明」だ。(汗;

問題はおそらく「できること」と「やりたいこと」の不一致だろう。「脳に汗をかくような仕事」が本望だけど、振り返るとそれはみんな良くない結果(要するに儲からない)になっている。不本意(不完全燃焼)でも、認められる仕事を、身過ぎ世過ぎの手段と割り切って選択する方が賢明なのだろうか。

先日読んだ本に「人は少しの賞賛を杖に、人生を歩む」と2回も書かれていた事が妙に思い起こされます。

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2008/07/26

花束

ダツラの白い花
今年も咲きました、(たぶん)ダツラ。
刈り取られた後
でも10日後には刈り取られてしまいました。
花束
3枚目は職場で頂戴した花束。照れちゃいますね。

ダツラとポピーとヘンプの花束だったらもっと素敵。ぉぃ

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2008/07/10

意外に近い横浜

横浜パシフィコで開かれているバイオ燃料製造装置&材料展に行って来た。

渋谷から特急に乗ったところ、予想外に早くみなとみらい駅に到着。あとで確認したところ30分かかっていなかった。もっと遠いというイメージがあったのだが。

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2008/07/06

バイオ燃料製造装置&材料展

というわけで、水曜から横浜で開かれるバイオ燃料製造装置&材料展に行って来ることにした。

しかしバイオ燃料も一筋縄では行かない。

それも当たり前で、石油石炭は過去の太陽エネルギーをギュッと圧縮したもの。対してバイオ燃料はいわば非圧縮の太陽エネルギー。正面から太刀打ちできる訳がない。

石油石炭の枯渇が目に見える状況になるまで、主役の座を得ることは難しいだろう。いや、その日がくるまでに技術の蓄積ができていなければ共倒れ...

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契約終了

一昨年から継続していた雇用契約が今月末で終了する。先月、無事に更改日を迎えたので安心していたら、いきなり「実は終わらせたい」と。つまり予告解雇代わりの一か月契約延長。

納得した訳ではないが、あまり書けない諸事情で、すなおに受け入れ、再出発することにした。

といっても、もう正規雇用は難しいだろう。

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2008/04/13

通販における奇妙な逆転現象

プリンタのインクを補充することにした。時間的に余裕があるので価格調査。

探していたのは5色パック(CMYKの4色+顔料K)。これがネット上では少ない。そこで4色パック+1色と分けて探してみたところ、意外なことが分かった。その方が安い! つまり4色パックの方が対応機が多く、需要が多いから安く売られる。それに割高な顔料黒を足しても5色パックよりも安いのだ。6色プリンタをお持ちの方は、6色パック(CMYK+PC+PM)と4色パック+バラ2色の価格を調べたら面白い結果になるかも。

C:シアン=青
M;マゼンタ=赤
Y:イエロー=黄
以上、色料の3原色。
K:クロ=黒
PC:フォトシアン(ライトシアン)
PM:フォトマゼンタ(ライトマゼンタ)

さらに愉快なのはメーカー直販サイト。こちらは5色<(4+1)色なのだが、そのわずかな価格差が送料無料の境目を挟んでいる。結果としてやや割高な(4+1)色は送料がかからなくなって、総額としては安くなる。

諸般の事情から2番目に安い店に注文。あとは切れた色だけその都度補充しよう。単色1個の場合は店頭購入の方が安そうだ。

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2008/03/01

NK細胞を活性化

先週の土曜日(2月23日)は神田の大衆割烹で開かれた落語会を聴いて来た。腹の底から笑いでもしないと身が持たない情勢だったので本当に助かる。

この日、時間に余裕があったので新宿から靖国通りを歩いてみた。春の陽気で、汗ばむほど。そして新宿区なのに意外なほど空が広いことに驚く。と、そこに漁船、じゃなくて空を切り裂くような鉄塔。はじめは放送局かと思ったが、あとでgoogle mapで確認すると自衛隊市ヶ谷駐屯地の施設らしい。

そびえ立つ鉄塔。手前のトラックには「粋」の字が。

市ヶ谷駅近辺でうっかり外堀通りに入ってしまい、飯田橋駅そばで軌道修正。それでも西神田に着いたのは開場30分前。腹ごしらえをしてから店に向かう。なにしろ、以前の落語会では空腹のまま「親子酒」を聞くという地獄の体験をしているので。

店の前に掲げられた落語会の看板

この日の出演は三笑亭可龍(二つ目)と桂平治(真打ち)。二人2席ずつ4席に2時間というたっぷりとした時間配分(通常の寄席は15分くらい)。

平治師匠の平治メモによると一席目の「長短」は満足のいく出来ではなかったらしい。偶然にも、前週のNHK「笑いがいちばん」でこの「長短」が放送されていた。もちろん噺の比較などできるわけもないが、素人にも明白なのはマクラの長さ。平治師匠は気の長い人の話し方をたっぷりと演じていたけれど、短気な職人風の話し方もお似合いだと思う。ま、それは延々とは演じられないけれど。

二席目の火焔太鼓は身振り手振りを交えての熱演。テープやCDなどの音源ではこれは分からない。大名屋敷の庭を通る際の仕草を見て、「松」という言葉が出る前に笑い出してしまった(家を出る前に、太鼓が汚いから縛られて松の樹に吊るされるかも、と脅かされたのを庭の松を見て思い出す様子が伝わってくる)。

なお、「世に二つという火焔太鼓」は言い間違いではなく、火焔太鼓は二つで一対のものであることを踏まえての工夫だそうだ。

可龍さんは最初に「宗論」。いくらキリスト教に帰依したからと言って、あんな外国人宣教師みたいなしゃべり方をするようになる訳はないのだが、際どい内容だから少々誇張した方が安全なのかもしれない。それにしても落語で賛美歌を聞くとは思わなかった(しかも、去年、叔父の没後7年記念会で歌ったもの)。羽織を替えての二席目は「幾代餅」。一席目の反応を見て予定を変えたと言う。さすが。ただ、幾代太夫が一途さに打たれて心惹かれるようになるところが、こちらは筋を知っているから良いものの、ちょっと物足りないような(と、生意気なことを言ってみる)。

会場の隅に父君がいらしたが、別にステージパパという訳ではなくて、以前からの店の常連だそうだ。まったく縁は奇なもの。

高座のあとは酒と料理。大皿料理もいいけれど、ここでは少量多品種が次々と運ばれ、いろいろな味が楽しめる。もしかして、かなり贅沢。

この会がなければ生で落語を聴くことはなかったかもしれないので、誠にありがたい催しだ。次回は6月21日。

この日、大笑いした御利益か、今週(25-29)は運気が上昇したようだ。

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2008/02/28

学位取得

4年前、入試直前に大腿骨を折り、戸板ならぬストレッチャーに乗って大学院を受験した師匠の論文発表会が先日あった。残念ながら都合が付かず参加はできなかったが、学位は無事取得できたらしい。

それにしても、3年間がアッという間に思えるのは、あまりよい兆候ではない。いろいろあったけどね。

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2008/02/11

箱根山

人間ドックの帰り、戸山公園に寄って来た。

ここの築山(箱根山)は標高44.6mで、一説には東京23区内の最高地点だそうだが、正しくは山手線内で最高地点らしい。
標高44.6メートルの銘板

十数年前にも来た事があるけれど、様子はすっかり忘れていた。冬枯れのおかげで見通しはやや良くなっているように思う。

箱根山山腹からの眺め

箱根山山頂への道

「下山」してから北へ向かうつもりが、なぜか南進。この日は同様なうっかり(ぼんやり)が多く、嫌な感じ。

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2008/01/27

山元大輔!?

26日はビッグイシュー基金発足&東京販売4周年記念パーティーに行って来た

あらかじめ申し込んであったので受付で名乗り、名札を受け取ろうとしたら...ない。係の人が一所懸命探すの見ていると、プレートの入った箱の中に覚えのある名前が。

山元大輔

え、あの山元さんもいらっしゃる!? お会いできれば2年ぶり。ビッグイシュー基金は理事に米本昌平さんがいるので、そのつながりだろうか、などと考えていたら「すみません、見つからないので自作自演してください」とペンを渡された。ゴシック体で印刷されたのと手書きとでは差があるなぁと思いつつも、あえて会員種別のわからない青いバッジを付けて来たのだから同じこと、と素直に下手な字で名前を書く。

ビッグイシュー市民応援会員バッジ

しかしパーティーが始まっても姿が見えないので、受付にいた池田さんに聞いたところ、同姓同名の別人と判明(デザイナーの方だとか)。残念でした。

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ビッグイシューのパーティーにて

26日はビッグイシュー基金発足&東京販売4周年記念パーティーに行って来た。

見知った顔はほとんどが忙しそうに立ち働いているので話しかけるのが憚られる。とりあえず水越編集長、それとメールをやりとりした大阪事務所のスタッフにご挨拶。それから顔見知りの販売員と立ち話をしたら手持ち無沙汰に。ああ、Oさんはどうして来ないのだろう。

今回の目玉の一つ、枝元さんの料理は見る見るうちに食べられていく。補充もされているようだがとても追いつかない。参戦する意欲をなくして飲み物中心に。ビッグイシュー特製サングリアって、どこが特製だったのだろう(酔いが回っていた)。

パーティーのドリンクメニュー。ビッグイシュー特製サングリアとある。


やはりパーティーも主催する方が楽しい。忙しいけれど。

「100%失敗する」と専門家に“保証された”事業を軌道に乗せた佐野代表は、会場を隈なく歩き回って挨拶している。あのマメさも見習わなくては。

参加者が胸に付けている名札を眺めていると、覚えのある名前が。そう、一昨年に池袋のジュンク堂がビッグイシューフェアを開いた時に購入した『ホームレス入門—上野の森の紳士録』の著者ではないだろうか。会場では書名を正確に思い出せなかったのでしばらくためらったが、思い切って声をかけてみるとその通り、風樹茂さんでした。ビッグイシューとは別の、ホームレスができる起業を企画中とか。

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2008/01/06

新しくなっていた「なにわ」の戸

丸ビルまで来たついでに、足を延ばして神保町の大衆割烹なにわを訪ねた。

以前の勤務先が懇意にしていた店で、ウェブサイトの作成やブログの開設をお手伝いした縁がある。5日は開店記念日でもあるので新年のご挨拶に伺った。
新しくなっていた店の戸

地階への階段を下りて、あれ? 戸が新しくなっている。

ご無沙汰がバレてしまったなぁと思いながら開けると、なんと一番乗り。お酒をいただきながら主人と話していると、次の客が入ってくるなり「扉かえた?」。新調したのは暮れだそうで、なら知らなくても問題ないか。

さて原油高は魚の価格に影響しているうえに、神保町界隈はあまり景気がよろしくないということなので、ブログを使ってお得意様をつなぎ止め、できれば増やす方法を考えようということに。

最近読んだ「若者言葉に耳をすませば」によれば、若者も「大人の言葉」が気になっているらしい。フォーマルな場でフォーマルな言葉遣いができなければ恥をかくのは自分。

料理も同じではないか。なにも作法教室のように格式張らずとも、「粋な食べ方を教えてくれる店」というのはどうだろう。

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マンモスとご対面

上野まで出たついでに丸ビルで公開中の冷凍マンモス、「リューバ」を見て来た。

ニュースにも出ていたので、もし長蛇の列なら止めようと思って行くと、案に相違して行列などできていない。しかし、ただマンモス一体を拝むだけのために800円も払うのは躊躇われ、いったん離れて作戦立て直し。

結局、「好奇心のためにはあまりケチらない方が良い」と「見なければ想像でしか文句は言えないが、見れば事実に基づいて論難できる」と理論武装して会場に戻る。その時にはなぜか行列ができかけていた。

主催は読売新聞と東京慈恵会医科大学それに科学技術館。なぜ慈恵医大が?と思ったら、なんとこの冷凍マンモスの全身CTを撮影したと言う(そのために日本へ運ばれたらしい)。CGで再構成されたマンモス像も上映されていた。

同じ読売新聞関与でも得体の知れない「人体の不思議展」よりは安心してみられる。:-p

なお、“撮影禁止・止まってはいけません”でした。

リューバ本体は丸ビルで2月3日まで展示されているが、詳細な学術展示は北の丸にある科学技術館でベビーマンモス「リューバ」展 として行われる。こちらも2月3日まで。つまりご本尊は丸ビルでしか見られない。

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2008/01/02

年賀状を印刷

年賀状をいただいた人のうち、メールアドレスの分からない人には印刷物の賀状を用意。賀状をいただいていないけれどアドレスが分からなくなった人(user unknownで戻ってくる)用にも一通。住所も分からないが、著書を出している出版社気付で送れば届くであろう。たのむぞ>S社

伝わってくる旧知の近況を見ると、着実に成果を積み重ねており、並の神経の持ち主ならば、自分だけ置いて行かれたような気分になってしまうだろう。だが慌てることはないのだ。世の中、遅すぎるということはない、と重い鯛。

(もちろんキャッチアップが必要なところはすぐに手当をして)

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2008/01/01

年賀メールは送るな、派の今

かつて、地元の知人が出す個人誌に「ウェブページで年賀状」という小文を寄せたことがある。

実際に起きたメールトラブルを引き合いに出して、年賀メールを送るのは止そうと呼びかけたもの。

当時はネットインフラが脆弱で、プロバイダのサーバでさえ集中するメールをさばききれなかった。商用プロバイダ以外では管理者が不在で、いったん溢れると始業日まで停止という事態もあったようだ。

だからまず「元日年賀メールは危険」。続いて「仕事始めのメール集中に注意」がネットワークの運用に気を配る人の共通認識になった。

ところがその後、回線もサーバーもどんどん強化され、さらに無頓着ユーザーは携帯電話に流れて(その携帯電話でさえ、今回は発信制限をする「場合がございます」)、他人に呼びかける必要はなくなったようだ。

HTMLメールだとか、メガバイトサイズのファイル添付とかの迷惑行為は後を絶たないだろうが、それもブロードバンドの普及などで許容されつつある感じ(ISPの提供するメール容量が小さい人、またいまだにダイヤルアップ接続であったり、悪条件ADSLであったりする人は御愁傷様)。

とはいえ、自分から集中しそうな時期にメールを流す気はないし、長文や巨大ファイルを送る気もない。昔の記事の「ウェブページ」を「ブログ」と替え、サイバー年始回りと行きましょう。


というわけで、本記事もしくは前記事は、新年挨拶トラックバック(こちらへの言及なし)およびコメントを歓迎します。もちろんspamの類は削除します。

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謹賀新年 2008


新年の挨拶はいろいろあるけれど、改まるとやはりこれになる。

昨年は「沈下の止まった年」と位置付けたい。止めはしたけれど捲土重来はならず。


地中の登り階段

という訳で、今年の目標は「地上への復帰」。

具体的なところでは...以下は某MLに投稿しようとした2008年の抱負。どうも投稿が弾かれる模様(セキュリティ設定のせいか...解決しようとしなくなったところに気力の衰えを感じるこのごろ)。ま、アンテナに登録してもらっているので、こちらに載せておけば誰かしらの眼に触れるでしょう。

今年は春秋とも受験しませんでした。そこで来年は、情報処理技術者試験に限らず、なにかしらの、努力が必要なちょっと難しめな試験に挑戦します(詳細未定)。

また今年の目標であるブログ100エントリーを達成できなかったので、あらためて「コンスタントにアップして100以上」を目標に掲げます。できれば「数稼ぎの身辺雑記を除く」にも挑戦。

3つ目。目標を掲げたら、泥縄でもとにかくやり遂げる(やり遂げようと努力する)。

上の写真は昨夏、フィルダムを見学した時のもの。およそ500段の階段を上って出た地上は堤頂脇。±0ではなくて高いところに出ようという目論見。

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2007/12/02

犬鶏猿と鬼?

1日の朝日新聞夕刊5面に「もっと辞書を引こう」という記事がある。小学校1年生に国語辞典と漢和辞典を使わせる授業。この取り組み自体は素晴らしいものだが、読んでいて引っかかるところが。

昔話の挿絵を映し出した。犬鶏猿と鬼。
 「桃太郎や」
 「なるほど。次は?」

桃太郎は犬と雉と猿でしょうが!

新聞の写真:犬鶏猿と鬼。 「桃太郎や」

原因を考えてみた。


  1. 記者の手書き原稿に雉とあったのをオペレーターが鶏と入力し、デスクと校閲が見逃した
  2. 取材のとき雉と鶏を記者が見誤った(校閲の照会に「鶏です」と自信満々に回答して退ける)
  3. 実際に鶏と書いてあったので、その通り記事にした (校閲の照会に「捏造する訳にはいかんでしょう」と退ける)
    1. 先生が間違えた
    2. その地方では鶏が桃太郎のお供をする
    3. 何らかの事情で、その学校では鶏版の本を授業で使っていた

  4. その他

いろいろな可能性がある。

次に「ニワトリがお供をするバージョンの桃太郎はあるか?」を調べてみた。
そこで発見された驚きの発見は、CMを挟まずすぐ紹介。

なんと「岡山桃太郎地どり」というのがありました。
http://syoku-niku.jp/archives/2005/09/post_451.html

ニワトリがお供をしたという桃太郎話は見つからなかったけれど、全く無関係と言うわけでもない(そんは訳ない!)。

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2007/11/30

オフィスグリコ無惨

職場にオフィスグリコが導入されている。

グリコと言えばポッキー、というわけでもないが、100円投入して取り出したら、温度管理が悪かったらしく、なんと融合合体して一本になっていた。
写真:チョコレートが融けて一つになったグリコのポッキー

まるでメルトダウンした原子炉の燃料棒のよう。
写真:チョコレートが融けて一つになったグリコのポッキーその2

くっついてはいたが、食べられなかった訳ではないので「食い物の恨み」にはなっていない。

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2007/11/24

エンタシス

写真:中層階が膨らんで見える高層ビル

新宿で建設中のビル。

観光客みたいで恥ずかしかったけれど、思わず写真に収めてしまった。やや斜めなのは急いで撮ったせい。

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2007/11/11

ヴァルハラ城の勇士たち

北欧・ゲルマン神話の主神オーディン(ヴォータン)は、神々の支配が終わる日(神々の黄昏)が迫っていることを知ると、戦いに備えるため、娘ヴァルキリー(ワルキューレ)に命じて、人間の勇士をリクルートしたと言う。

彼女らは戦場を駆け巡り、「これは」という男を見つけると「あんたは戦死」と指名して、亡骸をヴァルハラ(ワルハラ)に運ぶ。こうして集められた戦士たちは、昼は武術の腕を磨き、夜は宴会と言う結構な毎日を繰り返しながら巨人族との戦いの日に備えたそうだ。

それでも心配なウォータンが、神々をも縛る契約から自由な英雄を得ようと人間の女に手を出して、という物語がワグナー作「ニーベルングの指輪」。よく知られているように、紆余曲折をへて生まれたジークフリートは、ウォータンの槍さえ折ってしまう英雄になるのだが、結局ニーベルング族(小人族)の血を引くハーゲンの奸計によって殺されてしまい、楽劇は唐突なワルハラ炎上で終わりとなる。戦士たちの出番は全くない。

もとになった神話をみても、終末の日(ラグナロク)に攻め込んで来た巨人族と戦ったとは伝わっているが、あまり目覚ましい働きはしなかったようだ。


「英雄の資格があるからもっと大きな仕事をしなさい」と女神の勧誘を受けて天上の城に集められ、日々鍛錬を重ねてその気になっていたけれど、結局ものの役に立つことはなかった... それに気づいて私は天の思し召しを待つのをやめた。(「打ち捨てておけ」といわれてるかもしれないし)

(残り3冊はアマゾンになかった)

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2007/06/23

土曜の落語

神田にある大衆割烹の店主が、趣味が高じて店で落語会を開くようになった。今日はその第五回

最近、精神的ストレスがたまっているので、大いに笑って来よう。

ところで終演後に噺家と酒食をともにできるのだが、それまでは飲食不可。いつぞやは「親子酒」で美味そうに酒を呑み、塩辛を食す姿を見せられ生唾を飲んだことがあった。至芸には違いないがやはり辛い。だから腹ごしらえは眠くならない程度に十分に。そうだ、至福の昼酒もやってしまおう(眠るぞ)。

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2007/04/22

折り畳み傘初陣

土曜日に購入した新しい傘。防水性が売りなので水をかけたい誘惑にかられたものの、ぐっと抑えて鞄にしまう。

しかし機会は思いのほか早くやってきた。月曜日、退勤して外へ出てみると雨が降っている。普段なら悪態の一つも出てくるところだが、今日はウキウキと傘を取り出す。購買とは思わぬ効用があるものだ。多田富雄の「独酌余滴」には、ルーマニアの現状をさして「消費する喜びを知らない社会」とあったが、これも消費する喜びの一つだろう。もっとも新しい靴をはいて出たところで雨にたたられたらへこんでしまうが(雨靴を除く)。

この日はビックカメラに用があった。入り口で傘を畳み、軽く一揺すり。おお、傘袋は不要だ。

新しいデジタルカメラを購入して、さらに消費する喜びに浸った月曜日。


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ごめんね、アシストオン

骨(関節)が外れたのを機会に折り畳み傘を新調することにした。それまでのは水切れが悪くなり、また折り目が崩れて畳みにくくなって、電車内への持ち込みで難儀していた。そこで買い換えに当たっては小型であることに加え、撥水性を重視した。

フッ素樹脂などでのコーティングは、経時変化で性能が落ちる。素材レベルで水を弾く物がないかと探すと、あるにはあったが長傘ばかりで、しかもお値段が一桁違う

妥協して、アシストオンのサイトで見つけた「濡れたカサを小さく持ち運ぶことができる」とうたうKnirps "X1"を第一候補にして買いに出かけた。

途中、東急ハンズに立ち寄ると、それを売っているばかりか、より小さく軽く、強い防水性をうたい、そのうえ折り目が消えず、しかも安い物を発見。方針をコロっと変えて、そちらを購入。ごめんね、アシストオン。

ちなみに、防水加工はe-DRY by Nano Technology とやらで、Nano Technologyの解説には眉に唾をつけたくなるが、水弾きの良さが売りらしい。

心を引かれたのは「形態安定加工生地」という点で、「折り目が消えないので、簡単にたたむことができます」と書いてあった。

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2007/03/14

航海の安全を守る神の御利益を検証する


船乗りの信仰を集めた神殿があったと言う。神官が御利益を説き、その証拠として奉納物の山を指し、「航海前に安全祈願をし、無事に帰ってこられた人のお礼奉納がこれだけある」と。もし信心甲斐なく難破した船乗りが恨みの奉納をできたとしたらもっと集まるのではないか、というのが落ち。

この批判は妥当だろうか?

たしかに神官の説明は遭難した例を除外しているから証明としては不備がある。では出航前に奉納したが帰ってこられなかった例だけ補充すれば十分だろうか。

コントロール(対照)をとっていないから、やはり不完全だ。

たとえば安全祈願をした船乗りが十人いたとして、無事帰ってこられたのが三人だったとする。二倍以上の船乗りが遭難しているから御利益はないかに見える。しかし一方に祈願などしない不信心組がいて、こちらは100%遭難していたとしたらどうだろう。

もちろん前提として、その他の条件は同じ、例えば奉納組はそれだけの財力があったから船も立派というような違いはないとする。

不信心な私としては、奉納などしなければ帰還率は五割超で、かえって安全という結果が出たら面白いと思うが、それは別の話(実際問題、神頼みで油断した船乗りより、頼るは自分だけと真剣な船乗りの方が、遭難率は低いと予想される)。

いずれにせよ、より合理的と思っていた「遭難例を数える」は、単に帰還率を計算しているだけで、たいして科学的な検討ではないというのが言いたいこと。

同じようなことを他でもやっていないだろうか。

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2007/03/04

40年経って、新宿は今

不覚にもブログ更新が2ヶ月滞ってしまった。

昨年は年頭に「ブログに最低100エントリー」という目標を立て、クリアしたのは良いが、「2007年はハードルを上げて」と意気込んだのが失敗の元。

やっぱり初エントリーは年頭所感でしょうと思っていたのに、お屠蘇気分のうちに機会を逸し、新たな目標は「帳尻合わせのために集中書き込みはしない」だったのでますます書き難く。

一緒に止まっていたmixi日記は2月に勤務先で開いたセミナーでしゃべるのを機会に復活できたが、こちらは最長不倒記録更新中。

パソコン通信に熱中していた頃、「3日やったら止められないけど、3日止めたら止められる」と言われていたのを思い出した。

止めてしまうと早々に目標未達確定となるので啓蟄を機会に再開する。

さて、本題。

昨日、在米の知人(日本人)が母堂の一周忌と学生時代に師事した教官の退官記念講演に合わせて一時帰国したので新宿で飲み会を開いた。

彼とは生化若手の会(生化学若い研究者の会)で知り合い、turn overのゆっくりな連中で「年長組」を作って付き合ってきた。今回もその年長組4人衆+αで、いつものHHで飲む予定であった。

予定より少し早く着いたので、ルートを変えて花園神社に立ち寄った。ここは黒テント、いや紅テントか、が芝居をやっていた場所。神社とアングラという取り合わせが前から気になっていた。Wikipediaによると、かの「腰巻きお仙」に「『腰巻』では国体に反する」とクレームがついたり、神社総代会より使用禁止を通告されたりと、別にシンパでもなんでもなかったようだ。

もっとも公式サイトをみると


安永9年(1780)と文化8年(1811)には、大火で焼失した社殿を再建するため境内に劇場を設けて、見世物や演劇、踊りなどを興行して好評を博しました。花園神社と芸能の縁は、この頃から始まったものです。

と劇団公演には一定の理解があったことが窺われ、

戦後、甲州街道と青梅街道が交差する開かれた街「新宿」は、雑多なエネルギーに満ちた新しい文化の発信地になりました。花園神社は、そうした文化を育む役割も担ってきたのです。唐十郎らの芝居や、上々颱風をはじめ国内外のアーティストによるライブが行われる舞台として、親しみを持っている人も多いでしょう。

別に恥部とは思っていない模様。

さて、境内を歩いていて、ふと口をついたのが「新宿見るなら...」。これは唐十郎が新宿を引き払うときに言ったらしいから、上記の使用禁止を受けての「さらば花園!」にあるのだろう。

ところが困ったことに、正確な文言、特に続きが分からない。意味としては「新宿を見るなら今のうちだ。そのうち新宿は廃墟になる」なのだが、記憶を頼りにネット検索をかけると複数の説がある。

「新宿見たけれゃ今見ておきゃれ、今に新宿焼け野原」(amazon.co.jpにある森山大道の本のレビューほか)

「新宿みるなら今みておきゃれ。今に新宿、原となる。」(空とぶじゅうたんどこへゆく

「いまに新宿 原になる」(新宿'60sツアー

「新宿見るなら今みておきゃれ、今に新宿 原(はら)になる」(Re: J.ウッズは1947年生まれの「ベトナム反戦世代」

「新宿見たけりゃ 今見ておきゃれ じきに新宿 原になる」(日本映画専門チャンネル

「新宿見たけりゃ/今見ておきゃれ/じきに新宿/原になる」(焼け野原という異聞もある)という有名になったフレーズの出典が、この「月笛お仙」の続演を報じるチラシだったという事に今回初めて気がついた。」(『電脳・風月堂』(資料1)

最後の「電脳・風月堂」はチラシの現物(ただし10月の続演を報じる方ではなくて、8月初日を告げる7月のもの)があるので、おそらく一番正確だろう。ただ、そこをして「(焼け野原という異聞もある)」と注釈をつけている。

少なくとも「見るなら」「見たけれゃ」「今に新宿」は誤りと言えよう。また「さらば花園!」とも関係はない。

ちなみに前段があって、それはまた凄まじい。


「お仙」見たけりゃ

今見ておきゃれ

母ァ殺して 銭つくれ

(「母ァ」は「かかぁ」と読ませるのだろう)

打ち捨てられたチラシがよみがえるのはネットならではだが、不正確な引用が多いのもまたネットの欠陥(上に挙げたほかにも、明らかにうろ覚えというものが見つかっている)。

新宿'60sツアーは、花園神社でビラを読み上げたというのだから、その画像なり全文を載せてくれれば良かったのに。正確な読み上げであることを証明するためなら引用による利用として法的には許容される範囲内。

さて、40年経って、新宿は原にもならず、まして焼かれることもなかった。

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2006/11/26

全盲の喫煙者

私はタバコを吸わない。そばで吸われようものなら嫌みの七つも言わないではいられないたちだ。

ところが先日、珍しい?ものを見た。全盲の喫煙者だ。先天性の盲だというので文字通り「見たことのない」タバコと火を使いこなしていた。いったいいつ、どうやってタバコを覚えたのか聞いてみたが、盲学校の教師が吸っていたのを不思議に思っていたけれど、気がつけば自分も吸えるようになっていた、と煙に巻かれてしまった。

障害者の自立という視点からは、一人で火が扱えるというのは重要だ。裸火を扱う機会は減ったとは言え、誰も彼もがオール電化住宅に住める訳でもない。事故は心配だが、安全に使えるなら過剰な規制は大きなお世話(電気だって感電やら漏電やら危険性はある)。


またmixiのビッグイシューコミュでも話題になったが、まともな人間ならタバコなんざ吸わないのが当然ではあるものの、現実には「人間の屑」と断定するのは忍びがたい人も喫煙している。その人達に認められている愚行権を、ホームレスだから、身体障害者だからと認めないのは差別になる。

メクラが独りで火を使うなんて危ない、という理由ではなく、たとえ安全に扱えてもタバコはお止めになった方がよろしゅうございます、と晴眼者に対するのと同じ理由で諌めなければならないのだ。

悔しいかな、その人にはテーブル上の灰皿の位置を教えてしまった。喫煙に協力するなんて、金輪際ごめんだよ。

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2006/10/22

読解力がつかない本!?

自分のエントリーのアフィリエイトを見てひっくり返りそうになった。なんだよ、読解力がつかない本って。

読解力がつかない本(当の理由)

正式なサブタイトルは「読解力がつかない本当の理由」。本のタイトルもバナーを考えながらつけないといけない時代ね。

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清瀬金山緑地公園再訪

大雨の翌日(10月7日)、3月に訪れてから気になっていた清瀬金山緑地公園を再訪した。ここは柳瀬川の調整池なので水没していることを期待して。

その前に、足を伸ばして小手指駅そばにある砂川堀の調整池を見る。普段は広大な野っ原なのだが、見事に水没していた。水深はおよそ1m。
砂川堀調整池の水位

砂川堀調整池(西)

砂川堀調整池(東)

砂川堀調整池(東)に泳ぐ水鳥


電車で戻り、秋津駅で下車。柳瀬川はいい具合に増水している。
増水した柳瀬川

しかし公園に水は流れ込まなかったらしく、亀さんが気持ち良さそうに甲羅干し。

金山緑地公園の池

金山緑地公園

金山緑地公園の亀

金山緑地公園の木道

前回見た覚えのある、公園の道路寄り(川と反対側)にある「危ないから入らないで」という看板を写真に収めようとしたが見つからなかった、残念。

ついでなので昔、電車から見え、通るたびに「なんだろう」と不思議に思っていた塔(その後、知識として給水塔とはわかっていたが)のそばまで行ってみる。大きいものですなぁ。

下から見上げるコンクリート製給水塔

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2006/10/02

テーブルの中の見出し

応募した会社の評判を調べていたら批判的な記述を見つけた。ある日記の2005年6月中の「こんな辞令を受けてみたい」。前半は誉めているのだが、最後になってきつい一言。

ところでこの会社ミツエーリンクスの概要を見ると、W3Cの会員なんだね。だけどth要素はご存知ないという・・・。

実際、会社概要のソースを見ると次のようになっている。

<table id="companyInfoTable" cellspacing="0" summary="会社概要">
<tr>
<td class="companyInfoTitle"><h2>商号</h2></td>
<td class="companyInfoDetails">株式会社 ミツエーリンクス</td>
</tr>

確かに商号の所はth要素を使うべき。セルの中に見出しが単独でと言うのも異様に思える。

もっともAnother HTML-lint gatewayにかけると85点で「よくできました」。えっと思って調べると、表組(th,td)は見出しの親要素なのね。

HTMLを厳密にチェックするならW3Cのvalidationサービス。結果は「This Page Is Valid XHTML 1.0 Transitional!」お見事。

ところで、会社概要の右下にWCAG1.0のバナーが貼ってあるけれど、これをクリックしたらvalidationするのかと思いきや...

それは良いけど早く連絡くれないか、と思っていたらメールが届いた。さてさて

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おざなりな交通検問

9月30日まで全国交通安全週間だった。東京都(警視庁)の重点目標は二輪車の交通事故防止。そのせいだろう、先週新宿で二輪を対象にした検問をやっていた。ふと見ると原付の兄さん、半ヘル(保護効果があまり期待できない)ではなくジェットへルなのは感心だが、顎ひもをかけていない。当然指導、と思いきや、警官は免許証を確認しただけで「お通りください」。

おいおい、いくらヘルメットをかぶっていても、事故の際に脱げてしまったら意味ないのよ。顎ひもはきちんと締めましょう。

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2006/09/27

『電脳日本語論』読み始め

今日は就職面接。この会社は今までで二番目に早いレスポンスだったのでやや期待。しかもオートレスポンダーは「一週間経って返事がなかったら諦めてね」だったから、とりあえず書類審査は通っている、と理解。


一時間を超す面接を終え、帰りの電車の中で話を整理。先日、書店で見かけたATOK開発チームの話が関係しそうなので、立ち寄って購入。

p.97の「すべからく」は用法が間違っているような気がする、のは良いとして、ATOKの歴史は興味深い。名前は同じATOKでも中身はどんどん変わっている事、またATOK9で「完成」(紙の辞書レベルで考えていた事は終わっていた)など。

「当たり前でないことをするのが技術だ」(p.88)という専務は、端から見る分には素敵。

いろいろ考えながら読んで疲れたので三章で一休み。

山田正紀に「うしろの一太郎」(「うしろの百太郎」のパロディ)と揶揄された「一太郎 Ver.4」についての記述はあっさりと。このバグ騒ぎのときの対応のおかげで「ジャストシステムはユーザーを大切にする」というイメージを獲得したと言う話もある...ねぇ。私もその頃Vzエディター+ATOKに転向し、以来「ワープロを使うのは素人」(なんの?)派なのでよくわからない。修太なんてものも出していたの? 知らなかった。もっともググッてもヒットしないなぁ。今はJust Rightになったのだろうか?(この部分、よく調べないままアップ)

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2006/09/26

遍く偏る?

日経ITProの「情報漏えいはエンドユーザーの現場で起こっている」という記事を流し読みしていたら、チカチカッとした。

情報そのものはどこにでも偏在する時代になった。

どこにでも偏在? どこにでも偏在 どこにでも偏在

どこにでもあるのはでしょうが。

典型的な同音異義語ですが、魯魚の誤りでもある。

ついでにいえば、その少し前にある「何100万ドル」は「何百万ドル」と書くべき。日経は八百屋の事を800屋と書くのだろうか?

自宅のパソコンで仕事ができなければ仕事ができない。

言いたい事はわかるけれど、プロの書く文章じゃないよね。「自宅のパソコンが使えなければ仕事ができない。」「自宅のパソコンで仕事ができなければ業務を遂行できない。」

どうも記事の内容より文面に目が行ってしまうのは元編集使いっ走りの職業病か、あるいはシステム管理者失格か。なるほど、「遍(あまね)く偏る」とは「何をやっても偏る」ということね。

これもフィードバック済み。

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動物園か料理学校か

日経BPに「Dr.米山の活脳塾」という連載がある。書いてる事は至ってまともなのだが、それ以上に今日は脳を刺激してくれた。

ブラウザで文書を表示する場合、テキストに比べて画像が出遅れる事がある。その場合は代替テキスト(img要素のalt属性)が先に表示される。ちなみに画像の代替テキスト提供はアクセシビリティの観点から強く推奨されているが、「何を書いたら良いのか?」の理解が浸透していないせいか、未提供あるいは不適切なテキストはまだ多い。

さて、活脳塾である。21日の回は「旭山動物園から学べること」。ところが画像が表示される前に妙な文字列が目に飛び込んできた。サブリミナルと言うには十分に長く、料理学校へ云々が読み取れた。動物園ではないのか? シロクマをステーキにして食べてしまうのか?

すでにキャッシュに読込まれているのでリロードしても画像がすぐ表示される。そこでソースを表示してみた。

代替テキストは料理学校へ行こうだが、画像は旭山動物園


たしかに「料理学校へ行ってみよう」という代替テキストが書かれている(上図の上半分)。では、このtitle2_katunou_060921.gifというのはどういう画像か。それがなんと、「旭山動物園から学べる事」なのだ(上図の下半分)。

種を明かせば、料理学校は前回(9月7日)のテーマ。画像は入れ替えたけれど代替テキストの更新を忘れていた訳。

違和感を抱かせるテキストの瞬間表示と言い、代替テキストが軽視されている実例の提示と言い、なかなか脳を刺激してくれました。

なお、編集部にはメールで連絡済み。

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2006/09/07

あ゛〜、私は頭が固い

先日某社の筆記試験を受けてきた。今度はほんとにSPI (synthetic personality inventory:総合適性検査)。いつでも良いよ、と言ったのに土曜日を指定してきたのは同時受験者が在職中なのだろう、と思ったら受けたのは二人。書類審査で振り落とした、と理解しておこう。

それはともかく、試験は国語・数学・適性。国語は楽勝、に思えた。吸啜はキュウテツ、裁判官のジョセキは除斥。(しかし問題文がオッパイの吸い方とは)

ところが数学で蹉跌。昔から確率とか図形に弱いよなぁ>自分。

赤玉3つと青玉5つの入った袋から玉を取り出す問題で、同時に2つ取り出して「少なくとも一つが青」の確率とは「“どちらも赤”ではない」と同じではないか。つまり1引く3/8の自乗すなわち55/64。暗算でできるじゃない。

と駅に着いてから思いついても後の祭り。

学生の数を求めるのは時間さえあれば...

適性は同じ事を間を置いて繰り返し聞きおって。しかも質問文が「事がある」だと回答で「いつも」にするか「事がある」にするか迷うわなぁ。

時間内にすべて答えなくても良いのだから、数学に戻れば良かった。

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2006/08/01

薬殺か圧殺か

某航空管制ゲームの終了画面「辞任するか解任されるか」みたいですが。

部屋の中に蚊が迷い込んだ。人の血を狙って飛び回っているが、なかなか撃墜できない。

柏手ばかり打っていても仕方がないし、二次被害も心配だったので電気蚊取りをセットした。やがて薬の香りが漂いだす。ふふふ、時間の問題だぞ、命が惜しければとっとと出て行け、とほくそ笑みながら作業に戻ろうとすると、腕に刺激を感じた。

なんと勇猛果敢というか馬鹿丸出しというか、肌にくちばしを突き立てるために舞い降りたのだ。

「ピレスロイド中毒と圧死、どちらを選ぶ?」と聞いたが返事がない。冥土の土産に血を吸われてもかなわないので平手で叩く。幸い血は飛び散らなかった。

ところで、この雌蚊最後の地は「腕」だろうか「二の腕」だろうか。

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2006/07/28

心理テスト

某社の求人に応募しようとしたところ、心理テストみたいな質問があった。そういえば面接で本式の心理テスト(性格判定?)を実施した企業もあったな。こういうものは自動車教習所以来なので緊張する。

ある教習所で受けたテストだったと記憶するが、五択の1と5(絶対する/しない)を避けたところ、それを評価され、「よくできてるな」と感心した事がある。人の行動で「絶対」なんてそうそうはないし、軽々に明言するのは物事を深く考えていない証拠のようなもので、かえって疑った方が良い。

で、某社の質問と私のコメント。ただし実際には二者択一なのでコメントは相手に伝わっていない。

該当するものをチェックして下さい
 初対面の人とでも、すぐ打ちとけて仲良くなれる
[状況によるわな。必要があれば努力するし、必要がなければ失礼のない程度に距離を置く。あんた毎日通勤電車で「はじめまして」ってやるか?]

 自分が考えてたり、イメージしたことを判りやすく表現できる
[わかりやすく表現できても相手がわかるとは限らない。]

○わからないことや疑問に思うことは積極的に質問する方である
[これも状況による。世の中には波風立てない方が良い場合もあるし、波風が立っても聞かなければならない事もある。素朴な疑問のつもりで聞いても相手の面子をつぶす事があるから用心用心。ただし、企業にアピールしたければyesが吉だろう。だから○。]

 何事に対しても、常に積極的だと思う
[「何事に対しても」と「常に」がひっかかる。本当にそんな人間がいたら、それはただの馬鹿だと思う。]

 努力すれば、大抵のことはできると思う
[こういう精神主義は大っ嫌い。]

 人と同じであることは嫌いであり、自分らしくないと満足できない
[酸素呼吸なんて月並みだ。私はイオウ呼吸で生きる!]

○現状を維持することは面白くない
[これも精神の不安定を疑われそうな文言だけど、企業によっては評価されそう。]

 負けず嫌いの方だ
[負けず嫌いにも二種類ある。負けてから騒ぐタイプと負けないように努力するタイプ。でも普通は前者でマイナスイメージでしょ。]

 人に頼ることは嫌いだ
[これも微妙な質問。自立性を問われているようで協調性を見られている気がした。やるべき努力をしてから人を頼るのはいっこうに構わない。]

○つじつまの合わないことやだらしないことは嫌いだ
[やべ。これに○をつけてるのに回答に一貫性がない。]

 計画やスケジュールは綿密に立てる方だ
[正直に答えました。]

 一つのことをやると他のことが目に入らない方だ
[集中力があるとも言えるけれど。猪武者が褒め言葉になる文化だと評価されますね。でも普通は危ないと思われそう。]

○責任感がある方だ
[無責任です、と公言できたら大物かも。]

 約束したことは必ず守ってきた
[「必ず」がひっかかる。心ならずも約束を破らなければならない事に遭遇しない人生って、薄っぺらだと思う。]

 ムダやムラはない方だ
[あるある。無理もします。]

 要領のいい方だ
[段取りがうまい、という意味でも小賢しいという意味でも該当せず。]

○突然の出来事にも臨機応変に対応できる
[程度によるけれど。]

○動作は機敏な方だ
[都会の通勤で鍛え上げられました。]

○人に対して気を使う方だ
[「こんなことをしたら傷つくだろうな」と計算ずくで実行。:-p]

○自分のわがままを律することができる
[「これだって抑えてるんですからね。」]

 思い切った決断や行動をすることが多い
[多くはない。つうか、年中「思い切っ」てるって危なくない?]

○人のミスや過ちに対しては寛容な方である
[口では「笑って誤摩化せ自分の失敗、あくまで追及他人の失敗」と言っておりますが、本心は「私は諸君を赦す。アーメン」(アマデウス)。]

○バカ正直な方で、ウソはつけない
[「バカ」と「嘘つき」どちらを選ぶかって。]

 自分が正しいと思ったら、てこでも譲らない方だ
[梃子を使えば地球だって動かせる、とはアルキメデスの言。]

 仲間や集団の中ではリーダーシップをとる方だ
[メンバーにもよりますが。]

 明るいタイプである
[自分で言うほど能天気ではない。]

 いずれは独立したいと思っている
[これはまた微妙な質問。]

○情緒的に安定している方だ
[情緒が不安定になってきたと把握できますから。]

 一つのことを長くやり続ける方だ
[次の質問とペア。あれ、どっちにチェックを入れただろう?]

 飽きっぽい方だ
[前の質問とペアのようだ。]

○人の世話や面倒を見るのが好きだ
[お節介とも言われるが。それに好きな事だけやってる訳ではありません。]

 愛想は良い方だ
[...]

 金銭の貸し借りにはルーズな方だ
[社会人としてマズいでしょ。]

 自分の考えや主張をいつも持っている
[ 「いつも」というわけではない。「そんなことどーでもいいでしょ」というのも主張と認めてくれるならyesだけれど。]

○指示・命令されたことは忠実に実行する方だ
[「いつも」「必ず」がないので○。]

○物事を論理的に考える方だ
[基本はこれ。]

○直感力に優れている方だ
[天才は直感に従う。]

 アイデアマンだと言われたことがある
[あるかなぁ? 思い出せないので×。]

 説得力があるといわれたことがある
[非常に特殊なシチュエーションならあったかもしれないが。]

 人の話を良く聞く方だ
[いけね、チェックを忘れている。でも突発性難聴になった時の台詞が「人の話を半分しか聞かないもんで」だからなぁ。]

 整理整頓が得意な方だ
[すぐばれるような嘘はつかない。]

○集中力がある方だ
[上の方の設問と一致しない点を突かれるかな。]

 一人でやる仕事の方が好きだ
[好きといえば好きだけれど]

○チームを組んでやる仕事が好きだ
[こちらをアピールしておく方が得と判断。]

○全体の仕事がスムーズになるようにサポートする仕事が好きだ
[日が当たらなくても平気。]

 スケジュール管理、手配などが得意だ
[でへへへ。]

○年功序列ではなく、実績や成果で待遇を決めるべきだと思う
[トラップか?]

 規律や上下関係のハッキリしている職場が合っていると思う
[本質的には規律や上下関係(=権限と責任)がはっきりしていることを重視。ただ、はやりのマトリックス組織とは表面的に衝突するので無難に回避。]

 細かく指示されるのは苦手である
[「指示待ち人間はダメ」という手合いの90%は適切な指示ができない管理職失格。必要な指示を待たずに仕事を始める新人は手ひどい損害をもたらし、その比率は...]

○選挙には積極的に行く方だ
[積極的かどうかは別として、投票には行ってます。]

 一人でいるより、人の輪の中に入っていく方が好きだ
[一人でも平気というだけで人の輪が苦手、という訳ではない。]

○日によって気分が変わることがよくある
[そりゃ変わりますよ。ただ表に出すとは限りませんけど。]

○目標を達成するためにはつらいことでも我慢する方だ
[目標の程度による。]

 あまり深刻に考える方ではない
[最悪の事態は常に頭の片隅におく必要あり。]

 柔軟に行動できる方だ
[好きな恫喝文句は「ご承知と思いますが、私は教条主義者でして」。]

 常に前向きで意欲的な方だ
[「常に」がなければね。]

 物事を判りやすく説明できる方だ
[またこれかよ。]

○物事の本質や構造を見抜くことは得意だ
[言い切ったぁ!]

 口げんかや言い争いで負けることは滅多にない
[そもそも口喧嘩は避けています。]

 家族的な雰囲気の会社が好きだ
[一長一短ね。]

○大変な仕事の方がファイトがわく
[乗せられやすいとも言う。]

 仕事をする以上、全体を仕切れる立場でやりたい
[全体を仕切るのも面白いけれど細部の仕上げも魅力的。]

○身体を動かすことは好きだ
[はい、好きです。]

○物事には細心の注意を払う方だ
[化学系実験屋でしたし校正も得意でしたし。]

 できれば有名人になってみたい
[別に。]

○業界で話題になることに関わってみたい
[新しい事への関心はある。]

○大勢の人と力を合わせて規模の大きな仕事がしたい
[一人で小さな仕事より、部分的関与でも大きな仕事の方が全体としては好ましい。]

 全体を統括するより、自分の担当する仕事をしっかりと行う方が好きだ
[あれ、○をつけても良かったかな。]

○結果さえきちんと出れば、どんなやり方でも構わないと思う
[結果よければすべてよし。逆に言えば、結果に影響するような悪い手段は採用しない。]

 やるべきことは即、実行する
[したいとは思いつつも、つい。]

○相手が喜んでくれることが何よりうれしい
[「何より」にひっかかりを感じながらも。]

 訓練や教育の厳しい職場がいいと思う
[この会社はOJTを標榜していたので。]

 どちらかというと同じ事をコツコツやる方が好きだ
[決して不得手ではない。]

○どちらかというと常に新しいことをやる方が好きだ
[「常に」はまずかったな。]

さて、結果はどうでます事やら。ちなみに本式テストをした某社は不採用でした。

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2006/07/27

墓の草取り

職安通いのついでに父の墓へ足を延ばしている。

前回は夏草が蔓延っていて難儀した。

草だらけの墓

汗をかきかき、むしった草の山。次の人のために少し取り残してある。
むしった草の山


しかし、今回はぱっと目問題なし。もっとも途中で叔父夫婦が来て掃除をしてくれたらしいが。

7月の墓

今回は緑が少ないので目立たなかったが、結構こまかいのが芽吹いていた。
取れた草も少し

職安と縁が切れたらまた足が遠のくけど御免ね、倒産父さん。

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2006/07/23

強気だねぇ

金曜日に面接に行った会社。「応募者は沢山いる」と強気の対応。ほぉ、そうですか4月にも募集していたようですが(まさかすぐ退社されたとか)。

仕事内容は別に私でなければ勤まらないものでもないようだし...せっかく「一度は捨てた紙の仕事」という気持ちを抑え込んで掻き立てた意欲も萎え気味。

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2006/07/21

今日は面接

人材銀行に登録しておいたところ、某出版社から声がかかった。紙の出版に戻るのは気が進まないけれど、他が書類審査で門前払い連打の状況下では悠長な事は言ってられない。

情報収集を兼ねて別の出版社勤務の人に相談すると、そこはマァまともな会社で「なんといっても出版の方が、安定はしている」と言われたし。うーん、待遇は前職の倒産直前賃金カット状態とどっこいどっこいなんですよぉ(でも久しぶりにボーナスというものは拝めそうだ)。


傾向は以前勤務した出版社と競合するから、行くなら挨拶しておいた方が良いかな。その会社も求人はしているけど、出戻るつもりもないし、そもそも年齢制限でアウト。

少なくとも、尾羽打ち枯らし昔とった三里杵柄に頼るというような態度では採用はおぼつかないだろう。辞める時に「サバティカルです」と見得を切ったものだが、異業界の経験を十分に生かせることをアピールする必要がある。

おっと、今まではウェブ等インターネット系の仕事に応募していたので、職務経歴書を出版社向けに書き直さなければ。


なにしろ3月に呼び出された企業からは「期待はずれ」と言われたので、声がかかったといっても油断は禁物。

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2006/07/04

基本のなってない会社

失業中なのでいろいろな会社の求人に応募している。すると中には基本のなってない会社も。

応募してから一週間以上放置が4社。すぐに面接しろとは言わないが、時間がかかるなら応募受付の連絡くらいしないか? 1社は電話をすると「いま連絡しようと思ってたのに〜。不採用」。1社は(電話番号非公開なので)メールを送るがナシの礫。1社はメールを送ると「すぐに面接を」と言ってきたけれど、「経歴書と履歴書を」って、それはもう送ってあるでしょうが。経営理念の一つが「スピード」という会社もあった。社長に直訴するぞ。

オープンにしてある人事担当者が違っていたのが1社。会社サイトと求人サイトで異なっているので妙だなとは思っていたが。
私「求人に応募した細川と申しますが、○○さんをお願いします」
相手「担当は○○ではなく××ですが」
私「そうですね」
相手「??」
私「御社サイトでは××さんとなっていますが、求人サイトでは○○さんと△△さんのお名前が載っています」
相手「すみません、直しておきます」
××さん不在なので連絡待ち、なのは良いけれど、電話を受けた人はこちらが言うまで連絡先を聞こうとしなかった。

そういえば募集職種や条件が異なっている会社もあった。求人サイトの担当者は会社サイトをチェックした方がよろしいようで。

面接の後でウェブサイトの構成の問題点とか会社案内の誤字を指摘したのに音沙汰なしが2社。採否は別にしてもお礼くらい言うものではないだろうか。会社案内の方は刷直しものの間違いなのに。

ウェブサイトであまりに初歩的なミスをしているので組織体制を疑い、応募は見合わせてフォーム経由で指摘だけした会社もある。さすがトップページがブランクで平然としている会社だけあって、これも音沙汰なし。ちゃんと直し方まで指示したのに3か月経った今も相変わらず。対応が良かったら応募も検討したのにな。メールを読んでないのだろうか。

もちろん中にはスピード回答の会社もあった。あまりに早いリジェクトでむっとしたほどだが、ちゃんと理由も書いてあり、書類審査だけのくせに「慎重に審査した結果」というリップサービスよりは気持ちがよい。文面からは「応募者の時間を無駄に拘束しない」という誠意が感じられた。

個人的怨念が動機ではないので社名は挙げない。もって他山の石とすべし。

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2006/06/17

右折禁止

6月15日だったので国会まで足を伸ばしてみた。

標識には「右折禁止」とあった。(日曜・休日なら構わない)
Norightturn


「ここから逆コース禁止」とも。


草葉の陰で美智子さんが苦笑しているような気がした。

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2006/06/12

十二日の菖蒲園

なかなか仕事が決まらないので気分転換に菖蒲園に出かけた。平日だが結構な人出。まさか皆さん失業者? な訳はなく、多くはリタイア組の模様。立派なカメラを担いだ趣味悠々的な人も多い。

カメラ担いで菖蒲園

見ごろは木曜くらいと予想されていたが、まぁ見られる程度に咲いていた。

菖蒲園

ショウブの花

花の回りには「ハチに注意」。これはミツバチだろう。脇の雑木林に入ると「スズメバチに注意」! 威嚇された時に素直に退散すれば良いのだろうが、落ち着かない。

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2006/05/31

自然と左に曲がっていく

盲人ガイドの訓練に出くわした。目が見えないとはどういうことかを体験させているらしい。

晴眼者が目隠しをして、白杖を使って歩いている。見ていると、だんだんと進路が左に逸れてこちらに近づいてくる。後ろにはトレーナーがついているが、道が広く通行人が他にいないせいか逸れるに任せている。少し痛い目にあうくらいが訓練には良いのかもしれない。

とはいえ、こちらからぶつかるわけにもいかないので、対向していた私は道を譲る。トレーナーが会釈をしたので頷き返す。何も知らない訓練生は杖を前にかざしながら通過。

前に障害物がないのを確かめて歩きながら目をつむってみた。恐ろしくて数秒ともたない。

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2006/05/19

ゲイに偏見?

mixiコミュニティでの「拙著ですが」という本の紹介に興味を持ち、書いた人のプロフィールを見たら自分がゲイであること表明していた。

この時点で戸惑ったこと自体、記録天使に書き留められても抗弁のしようがないのだが、続きがある。

プロフィールに書かれた内容と本の著者像が一致しないのだ。後から考えれば「別人」と判断して終われば良いのに、「それはゲイに対する偏見」と格好つけたから面倒なことに。「この人は、実生活ではゲイであることを隠していて、mixiの中でだけカミングアウトしていたのに、実生活と紐付けできる発言をうっかりしてしまったのではないか」と余計な(これ自体「ゲイであることは隠すべきもの」という思考の結果だから)心配。

ならば発言削除を注進するのが親切というもの。だが、幸か不幸か「ゲイに偏見があると思われたくない」という浅ましい見栄が、「本当に隠しているか」の確認に向かわせた。

「表明している」の証明なら事例を一つ見つけるだけで済む。だが「していない」は悪魔の証明。いろいろ検索すると惑乱させるような結果まで見つかる始末。

結局、アマゾンのデータでは著者となっているが、これは編著で他にも著者がいて、その一人がmixi内の人、と結論を出すまで小一時間。短絡判断しなかったのは賢明だけど、夜中に何をムキになって調べていたんだか。

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2006/04/13

ITプロフェッショナルの採用方法を再考する

ITmediaに「ITプロフェッショナルの採用方法を再考する」という記事がある。正統派ITプロではないけれど、その末席というか枝葉には連なり求職中の身として興味深く読んだ。

IT分野の優秀な人材を集められない組織は、採用方法に問題を抱えていると。曰く
・求人の問い合わせに迅速に対応できていない
 もたもたしているうちに優秀な人材はよそに採られてしまう。
・面倒な採用プロセスで時間的拘束が長い
 権限がある者は能力を評価できず、能力を評価できる者には権限が無いため結論に至るまで時間がかかり、もたもたしているうちに(以下略)

 ようするにスピードに欠けるのだ。この時代の企業にあっては致命的。

 で、処方箋が
問い合わせには、必ず24時間以内に回答する
面接のスケジュールはできる限り早急に組む
面接は一度だけ
採用担当は理想的には2人(IT部門と人事部門)
業務、組織について正確かつ魅力的な情報を志望者に提供する
志望者には48時間以内に結果を連絡する
不採用の場合も通知する
など。

 土曜の朝にメールで送られた場合に24時間、は酷ね。もっとも自動応答でとりあえず「届きました」を送ると心証は良い。

そういえば、紹介状を添えて履歴書をメールで送ったのに、受信通知すらよこさない会社があるな。受け取った事は確認できているのだが(ビーコンを仕込んだ...ウソ)。もう一回メールを送るか、電話で問い合わせるか。でも、電話だと丁寧を心がけても「ダメな組織ねぇ〜」が声に出てしまうかな。

 お題目でスピードアップを唱えても実効は薄い。面接は一回だけとか、権限を委譲して即決させるとかは具体的。求職側としては採用通知をもらった時に悩まないよう、会社の情報を整理して提供してもらいたいものだ(ある程度は自分で調べられるにしても、新規プロジェク等だと内容は外部からはうかがいしれない)。不採用なら通知をしないなんて、そんな殿様商法のところはこちらから願い下げ。

 だめな組織は送られた履歴書をキンタマや山田オルタネイティブで流出しかねませんな。桑原桑原

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2006/03/31

ドメインniftyserve.or.jpも終了

今日3月31日でニフティ社のワープロ・パソコン通信サービスが終了する。「中村メール」が来なくなって久しいので、果たして自分がいつから利用していたのか定かではないが、88年頃からだろうか。

あわせてniftyserve.or.jpのドメインも今年5月末で使えなくなるという。ID@niftyserve.or.jpのアドレスにはspamくらいしか来ないので(と思って確認したらBIOWEBからもこのアドレス宛だ)、これはある意味朗報ではあるけれど、「ニフティサーブ」が完全に消えてしまうのにも一抹の寂しさを感じる。

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2006/03/14

ある企業の“顔”

ハローワーク(公共職業安定所:職安)のタッチパネル検索で良さそうな職をいくつか見つけた。軒並み応募、というのも無節操に思えたので、まず詳細な企業情報を取り寄せるべく社名等をメモして家で調査した。

一社目。yahoo!で社名からウェブページを検索してアクセスすると...空白。画面下には「1個のエラーが起きました。詳細は"ウインドウ"メニューから"構成ファイル一覧"を選択して参照してください。」とメッセージ。

下方にはcopyrightやら社名やらが画像で出ているが、その上は枠のみ。どうやらここに何か表示させたいのが上手くいってないらしい。

指示に従い構成ファイル一覧を見ると「index.swfが見つかりません」と出ている。フラッシュムービーに問題があるようだ。

ソースを見てもナヴィゲーション情報はなく、次のファイルを示唆する情報が見られない。どうやら縁がなかったらしい。

だが、他の会社を一通り見てもどうもピンと来ない。しかも後日、中では良さそうな一社をもう一度ワークプラザで検索したらなくなっている!くそう、もう締め切ったか。

というわけで、しっかり見極めようと再度チャレンジ。まず検索サイトのキャッシュに残っていないかチェック。だめ。インターネットアーカイブはどうか。だめ。万策尽きた思いでもう一度ソースを表示(「現場百遍」)。

じっと見ているうちに、表示したいファイルが src="test/index.swf となっていることに気づいた。testというディレクトリは存在しない。もしやと思ってルートでindex.swfを指定すると...出たっ! なるほど/test では見つからない訳だ。

それにしても、いつからかは知らんが(インターネットアーカイブを見ると2005年2月は「準備中」)もぬけの殻を会社の看板としていたのだ。恥曝しな。こういう会社こそ私のようなチェッカーを雇う必要があるのだが、ただの重箱の隅つつきと嫌われるかな。

扉が開かれたのでサイト内を探索し、問合せフォームから「見えないよ」と連絡。しかし平日の通知にも関わらず24時間たっても返事は来ないし、見えない「ホームページ」はそのまんま。ま、そういう会社ね。応募しようと考えたことは内緒にしておこう(破格のオファーがあれば別ネ)。

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2006/03/11

このネズミは君たちよりもきれいなのだよ

シンポジウム「バイオリソースとライフサイエンス研究最前線」外伝。

NBRP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)シンポジウムが開かれたのは有楽町の東京国際フォーラム

主催者は各中核機関の展示において実物を出展させたがった。しかし国際フォーラムは原則として動物持ち込み禁止(盲導犬・介助犬を除く)。理由は「バンケット会場にもなるので衛生面での配慮」とのこと。だがフロンティアは諦めない。「実験用マウスは無菌状態で、完全隔離状態です」と説得し、会場では換気ケージに入れられたマウスと御対面できた。この時「このマウスは君たちよりもきれいなんだ。むしろマウスが病気をもらわないか心配」と言ったかどうかは謎。無菌だということは強調されたらしいが。

次は少女奪えショウジョウバエ。だが、さすがに「ハエはちょっと」と男色難色を示され、マウスで譲歩してもらったのだから無理強いはしないのが賢明との大人の判断で断念。だが主催者は譲歩できても担当者は収まらない? ショウジョウバエのセッションの演者は冒頭で個体の写真を投影して「こんなにきれい」と強調していた。

「動物はダメでも植物や微生物は天下御免」と言っていたが、さすがに病原微生物は持ち込まれていなかった模様。

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2006/02/04

残寒お見舞い申し上げます

年賀状は出しそびれ、寒中見舞もかろうじて一通出しただけという無精者に「残寒見舞」という好都合なものがあった。しかも立春とは名ばかりに、折よく冷え込むこと。

というわけでメールでは連絡のつかない方を重点にハガキを用意。少しは不義理を解消できるか(はは、この数年で届く賀状の減ったこと減ったこと)。
06zankan

写真は昨秋訪ねた赤坂トンネル。(しかしブログは「その日のうちに」書けるのが売りの反面、機を逃して六菖十菊になると書きにくい事おびただしい。この赤坂トンネル探訪は面白かったのだが)

閑話休題。年賀状というのはまず新年を祝い、それから旧年の報告やら新年の抱負やらを書くもの。しかし秋に勤務先が倒産し、暮れに営業譲渡先から戦力外通告を受け、移行組の七転八倒を尻目に身辺整理をしているととても寿ぎの言葉なんて出てこない。

「酸っぱいブドウ」なのだろうが、移行組はかなり大変。コンプライアンスが重視される上場企業の傘下に入る以上、今までのような仕事のやり方は許されない。逆に言えばやりたくてもできなかった業務改革の絶好の機会なのに...腕を振るえないのが残念というか、シーシュポス的な苦役を免れて幸いというか(下手をすればナチ絶滅収容所における「カポ」の役を担うことになるかもしれないのだ)。

というわけで眼前には失業という小山が行く手を遮っているのですが、その腹には隧道が穿ってある。暗闇を恐れずに進めば道は開けるのだろうか?

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2006/01/01

一年の計

元日は早くも残すところ二時間あまり。

この調子で2006年、また人生も暮れてしまうのではないかという危惧が脳裏をよぎる。

一年の計は元旦にありという。とりあえず今朝思いついた事を書き付けておこう。

もっとも昨年読んだある本に、「目標というものは達成できたかどうか客観的に検証できなければならない」という趣旨の事が書いてあった(と思う)。いわゆる数値目標だ。それはまた、努力すれば何とかなりそう、くらいの難しさでなければならない。難易度を具体的にどの程度に設定するか、というのは難問。

というわけで数値(達成検証指標)は追々定めるとして、まず全体的な方向性を確認しておこう。

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2005/08/15

ホットアクエリアス

肝機能検査献血をしてきた。前回、摂生をして臨んだところ、生化学検査値が著しく改善されていたので、今回はさらに直近4日間は禁酒してみた。

今回は血小板提供。全血や血漿にくらべて針がぶっといように思える。50分くらいかかる、と言われたが40分ほどで終了。

この献血ルームにはホットアクエリアスなるものがある。前回は好奇心に駆られて飲んで著しく後悔したので、今回は無難にアイスを選択。
hotaquarius

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2005/01/03

鉾田市にバイオトイレ

茨城県鉾田市内の「野友・串挽 一里塚」ロードパークに無公害トイレなるものが設置されていた。普通の簡易トイレが薬液循環式で、臭いは抑えられていても汚物は減量されず、ある程度使用されると汲み取りが必要なのに対し、これは看板を信じれば「24時間以内に炭酸ガスと水に分解」するという。それなら汲み取りの必要はなく保守は楽になろう。

好奇心と生理的欲求に迫られて使用してみた。便器を洗い流す仕組みはないので印象は汲み取り式と一緒。冬の早朝だったので臭いがしなかったのは温度のせいなのかバイオのせいなのかは不明。

便槽にはおがくずのようなものが入れられてあり、指示に従って使用後にボタンを押すと撹拌が始まった。おそらくおがくず(のようなもの)は担体で、そこに菌が付着されているのだろう。

注意書きには「団体でのご使用は能力に限界があるためご遠慮ください」とあった。24時間で分解できるのは一人前?

撹拌前には機械音は認識できなかったので、おそらく強制通気はされていない。だとすると嫌気分解(撹拌は汚物と菌との接触促進)。これならタンパク質の約16%に相当するチッ素は大気中に還っていくが、素のアンモニアは分解されないだろうなぁ。あー、尿素は分解菌を抑制してそのまま貯めるのかな。

本装置に興味がおありの方は、鉾田市役所建設課または株式会社緑地環境開発へお問い合わせください。

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次日の出見逃し

大晦日には積るほど雪が降ったもののきれいに晴れた元旦。普通の人は初日の出を拝みにいきます。普通でない?私は「次日の出」を例年拝んでいました。単に混むのがいや、暴走族が恐い、取り締まりが鬱陶しいといった理由ですが。

それが今年は見事に見逃し。前夜、自動車の前に積もった雪も片付けておいたのに、目が覚めれば日はとっくに昇っていた。orz

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2005/01/01

よかった探しリース

yukiwiki開発者の結城さんがよかった探しリースというものをやっています(2004年は終了)。自分のウェブページ(含むblog)に「今年一年を振り返り、よかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、感動したこと…自分の体験をもとに一ページを構成」し、リンクで大きな輪を作る、という企画。

実際に参加はしなかったものの、準備として「良かった事」を数え上げてみました。


  • living dead に陥っていた@niftyのバイオフォーラムの生命維持装置を外した事(いったん死なないと再生もおぼつかない)
  • その前にFreeStyleWIkiLiteで回生を試みたこと
  • 米本昌平さんや荻窪圭さんと名前が並んだこと
  • 三日前に開催を知った新潟中越地震救援チャリティコンサートに、余席15と聞いて開場1時間前から並んで入れたこと
  • 入ってみたら目立つ空席に、「音楽に興味ないなら券は買わずに義援金だけよこしやがれ」と熱くなれたこと
  • 恩師のパソコンにSkypeをインストールしたこと
  • その恩師が大学院入試直前に足を骨折したため、ストレッチャーに載せて試験会場に乗り込んだこと
    担架で入試、入試で啖呵

どちらかというと自分にとって良かった事よりも、自分がした良い事を数え上げている。これも良いことに入れてしまおう。

趣旨に沿って「感動」をキーワードに追加すると


  • 自動車で20分はかかる距離も時間があれば歩くようになったこと
  • 歩き回って地域の変貌を知ることができたこと
  • 中学校の同窓会にでたこと
  • 高校の同窓会の動員に応えたこと
  • 沖縄にいったこと
  • 好奇心を奮い起こして白い骸骨を見に行ったこと
  • 情報処理技術者試験の春試験に合格したこと(秋は落ちた orz
  • 一日に百万円損しても泰然としていられるようになったこと
  • AppleComputer社の株価が60ドルを超えたこと
  • 言い換えがうまくなり思考が建設的になったこと

今年もより多くの「良かった」を残せるよう、がんばりろ〜。

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2004/12/19

師匠入院

神戸で開かれていた日本分子生物学会の最終日に駆けつけた。遅くとも10日午後には行くつもりであったが、勤務先の忘年会が設定されたため、それが終わってから夜行バスで。最終日1日という贅沢な参加(参加費+往復の交通費+宿泊費)。もっともかなり有意義で、この神戸行きは十分に元を取れた。普通、こういう時は「お釣が来た」と言うけれど、それじゃ安く買ったみたい。10万だして20万の価値を手にしたら何というのだろう? とりあえず(投資に対する)配当が出た、と日記に書いておこう。(宴会を開けず申し訳ない>旧バイオフォーラムの皆さん)

行きの夜行バスは4列シートで身動きがままならなかった(隣席が女性なので特に気を遣った)ためか、ホテル(部屋が足りずにツイン部屋をシングル使用)では元を取るように寝返りを打ち、とうとうベッドから落ちてしまった。f(^^; いや暖房が効きすぎていたのも一因だと思うが。そこでフト携帯電話を見ると留守電が録音されている。再生してみると家族からで、「連絡が欲しい」と。良い知らせではなさそうだが、「スグカエレ」ではないから、そう悪い知らせでもあるまい。夜明けを待って電話をすると師匠が入院したという。病院からの連絡があったそうだが、本人が指示したのなら前回のような意識不明という事はあるまい。詳細は不明だが足の骨折だとも言うし。

当初予定では京都に寄って「来た・見た・解った!分子が織りなす生命メカニズム」も聞く筈だったが、スキップして帰る事に。もっとも「のぞみ」じゃなくて「ひかり」を選んだって事からもわかるように、それほど焦ってはいなかった。

久しぶりの埼玉医科大学総合医療センターを訪ねると整形外科病棟に入院されていた。聞けばプール(の更衣室)で転倒し、大腿骨骨頭骨折で全治三か月とか。幸い生命に別状はないけれど、御本人自己嫌悪のためか「いっそ世界が滅んでしまえば」などと物騒な事を口走っていらっしゃった。

24日まで手術の都合が付かないと言われ、転院する、とも。(実際、13日に転院)

とりあえずプールの運営者に入院先を連絡し、留守宅へ行って郵便物を回収した。

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2004/11/28

同窓会をwikiで

先日、中学校の同窓会があった。会場の様子を撮った写真を、皆にも見てもらえるようウェブに載せ、URLを認証識別子(ユーザ名とパスワード)を添えて幹事に送ったところ感心され、主催者側撮影分も一緒に、とCD-R(フィルム写真の現像時に焼き増しサービス「写真屋さん45」用に作成)が届けられた。

自分が撮った分は枚数が少なかったこともあり、手入力HTMLで作ったが、今度は枚数が多いうえにサムネイルのファイル名が同じだったのでiPhotoのファイル書き出し機能を使用。マークアップ作法に疑問(<body>直下にインライン要素を置くなど)はあるものの実にお手軽。ついでにQuickTimeムービーで連続出力。

他にも写真を撮っている人はいるだろうし、写真に説明を書き加えてもらいたかったので、そのための仕掛けを用意した。画像添付型掲示板なんてケチな代物ではない。このところ入れ込んでいるwikiだ。

サーバの都合でFreeStyleWIkiLiteを採用し、よそで使っていたスタイルシートなどを流用して、これも瞬く間に設置。写真提供用ページのテンプレートも用意するなど「後になるほど出来がよい」をここでも体現することに。

旧バイオフォーラムで起死回生策として取り入れたものの、時すでに遅く?さしたる書き込みもないまま廃止に追い込まれた経験があるが、今度はどうだろうか?

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