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2018/01/09

モノクロ写真への自動着色実験

ディープネットワークを用いた白黒写真の自動色付けエンジンが公開されていたので試してみた。発端はこのツイート。

返信をたどっていくと「モノクロフィルムで撮ったモノ、カラーフィルムの写真をモノクロにしたもの、デジタルカメラのモノクロモード。いろんなパターンでテストして欲しい。」とあり、それに対して「ぜひ http://hi.cs.waseda.ac.jp:8082 」と。ただしそこでの着色がすべてではない。

実験1

黄色い表紙の岩波新書と赤い表紙の岩波新書を並べ、ミカンと青みがかったバナナを載せて撮影 岩波新書の黄本と赤本、おまけで岩波文庫それにミカンとやや青いバナナとを並べて撮影した。カラーで撮影し(上)、GIMPで脱色したもの(中)に着色したもの(下)は再現度が低い。『読書こぼればなし』は赤本になってしまっている。『魯迅評論集』のタイトルと訳者の背景色は、御世辞にも再現されているとは言いがたいが、それでも同じに着色されている。

初めからモノクロで撮影した方が自然な着色 初めからモノクロモードOptio W30のテキストモード)で撮影したもの(上)はややまし。ミカンの再現性が良いのは〈普通のミカン〉だったからだろう。その証拠に青みを帯びたバナナはしれっと黄色いバナナになっている。一方で黄色い表紙の『読書こぼればなし』は青本と言われたら信じてしまいそう。『魯迅評論集』のタイトルと訳者の部分が同じ色になのに別の色と認識されているのは謎。

実験2

書棚に並んだ背表紙は元が青なのに赤になるなど色の再現度が低い。 ミカンやバナナのように「これはこういう色」と決まったものがないと混迷は深まる。書棚の一角をカラーで撮影(中)しソフトで脱色したものに着色(上)と、モノクロで撮影して着色(下)したものとを見比べると「とりあえず赤くしておけ」という印象をうける。

どうやら「空は青」のように基本色を当てはめている感じ。だから書籍の背表紙のように完全に恣意的な彩色では再現性が低くなる。曇天の写真を着色させて抜けるような青空になったらこの仮説は正しい。

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2018/01/01

2018年を迎えて

新年、おめでたい奴でございます。

まずはハガキの年賀状と同じ構図ですが、去年の5月に日本国道最高地点(2172m)で撮影した写真を。

「日本国道最高地点ってどこ?」という問い合わせをいただきました。以前でしたらggrksと塩対応しましたが、「調べればすぐ分かるだろう、という内容ならすぐ調べて教えても良いではないか」と考えを改めました。国道292号線、群馬県吾妻郡中之条町入山です。

思い返せば後悔の多い人生なので、中島みゆきの「誰のせいでもない雨が」から「もう誰一人気にしてないよね」「月日すべての悲しみを癒せ」を脳内リフレインすることが多いこの頃ですが、世の中はそんなに甘くない。スティーブンソンの『ジキル博士とハイド氏の怪事件』(プロットばかり有名な小説ながら、珍しくちゃんと文庫本で読んでいる)には恐ろしい一節がある。

記憶が過ちを忘れてしまい、自分を愛する心が罪を許してしまってから何年もたってから、罰というものは跛をひきながらやって来るものだ。

賀状では格好をつけて原文を引いておいた。

punishment coming, pede claudo, years after memory has forgotten and self-love condoned the fault.

pede claudoはラテン語で、英語なら"on limping foot"。ちなみにwikipediaからリンクされているkatokt訳ではこの部分が省略され、「すっかり忘れ去り、自分ではとうに許した、何年もたった後になっても、罰は与えられるのだ」となっている。ラテン語が分からなかったというよりはポリティ・カルコレクトネスだろうか。

閑話休題。ともかく新しい罪はなるべく犯さないように、古い罪は時効がないなら情状酌量の理由を積み重ねるようにしなければならない。というわけで、まず2017年を振り返る。

2017年を振り返ると

1年を振り返ると、いろいろあったようなアッという間に過ぎたような。

睦月

新年早々ショックだったのはinbookサービスの終了。もともと法的にグレーなところがあり、かといって出版社に実害が及ぶことも考えにくいのでせっせと書きためていたのだが。控えはあったけど運営の厚意でアップしたテキストをメールで頂戴した。

夏に閉店した神田の和亭『なにわ』を会場にしたピアノコンサートが21日に。演奏は前店主の令嬢で、奇しくも前店主の命日。2011年の1月、暮れに没した祖母の納骨に出かけようとしたところに訃報。前年暮れにはもう一件葬儀があり三連続となったのだが、まさかその2か月後に国中が喪に服する事になるとは想像もしなかった。

その東日本大震災を継承・共有する資料としての「震災遺産」を集めた「震災遺産展「我暦(が)→ガレキ(れ)→我歴(き)」」が明治大学で開かれたので、桂文治(十一代)の落語を聴く前に立ち寄った。

如月

ダフ屋からチケットを買ったら演者が得しないというツイートを目にし、真正品ならダフ屋が購入した時点で演者への利益は確保されているとツイートしたら顰蹙を買ってしまった。

でもねぇ、偽造品ならともかく、正規に発売されたチケットなら、最初の購入者が正規料金を払っていればそこから契約で決まった取り分が演者へ渡るはず。高額で転売チケットを購入されるとコンサート会場でのグッズ販売に影響が出るというのだが(そりゃ出るだろう)、そんな非難が通るなら、スーパー等で特売の目玉商品だけ買うのも許されなくなってしまうだろう。そんな比喩を持ち出すまでもなく、食費・交通費を節約してチケットだけやっと買ったファンは客ではないのか。そもそもの違和感は転売チケットでは入場させない(あるいは退場させる)という購買者へのペナルティ。説教して正規料金取り直しではダメなのだろうか? 痛い目にあわせたら転売チケットを買わなくなるだろうという鞭の発想。人はそれで動くものだろうか? 後で知ったがオリエンタルラジオの中田敦彦は「往々にして主催者が取ってきた対策が大間違いだった」と批判している。

衝撃のアンケート結果。風邪(上気道炎)には抗生物質か砂糖玉かと聞いたところ、ツイッターでは抗生物質を選ぶ人が多い。回答者はおそらく大阪大の菊池教授のフォロワーが中心で、医療関係者がどれほどいたのかは分からない。副作用の問題、耐性菌の問題、医療費の問題、どれをとっても診察した医者が気休めだよと断って出す砂糖玉の方がマシだろうに。3.11以降、社会に広がった非科学的な放射能忌避には失望させられたが、その時に対抗すべく集まった人の中にも同じくらい理屈の通らない人がいることが分かって(過剰な〈放射脳嘲笑〉で薄々感づいてはいたが)暗澹たる気持ち。

最終結果は911票のうち抗生物質が63%、砂糖玉(ホメオパシーのレメディ)が37%。そんなに砂糖玉が憎いんだろうか。

ツイッターでkodさんから勧められていた大塚にある居酒屋〈大塚みちのく。〉、こういう店があると吹聴していたら「行きましょう」と誘われ急遽行くことに。待ち合わせの大塚駅はかつての利用駅だけど様変わり。海の幸と日本酒でいい気持ちに。

訳あって最近は疎遠になりつつある雑誌「ビッグイシュー日本版」の最新号の表紙に「7年目の福島 帰りますか」という剣呑な文字列。頼むから破り捨てたくなるような妄言は載せないでおくれ。

弥生

所沢市役所1階ホールで開かれている所沢市民活動見本市へ。周りの参加団体の展示が年々レベルアップしているので、お座なりなプレゼンでは見劣りしてしまう。2018年は画期的に、と思っていたら展示スペースが縮小されるという。

東京・田端にあるバリアフリー映画館シネマ・チュプキ・タバタで映画「さとにきたらええやん」アンコール上映を鑑賞。釜ヶ崎の労働者が、かつて自分らが建設に関わった現場として原子力発電所を誇らしげに挙げているところが頼もしい。

東京に出たついでにビッグイシュー306号を購入。

なお、「オオカミが見守っている」と「いつか村に帰りたい。新たな闘いが始まった」「町の魔法が解かれるにはかなりの時間がかかる」は煽りのない良記事。


2014年から始めた献血ルーム巡り、2016年の11月から静岡県が対象に。静岡まで自動車は思ったよりも楽であった。帰りに栄養補給。

3月で東京大学を退官された早野龍五教授の最終講義には行かなかったが、撮りためられた写真を展示した「之圖。」に伺った。早野先生には撮られているのだが、3日間の日替わり展示のため自分の姿は見られなかった(このTシャツは野尻先生に大衆割烹「なにわ」で調達したスッポンの頭蓋骨を差し上げたお礼として頂戴した)

卯月

東京電力原子力発電所事故により避難指示区域に指定されていた福島県富岡町は一部の帰還困難区域を除いて住民が帰還できるようになり、夜ノ森桜まつりも7年ぶりに復活した。そこでライトアップされた桜並木を見に、旧師Aを誘って出かけた

一昨年(2016)に出かけたものの残念な結果に終わった志賀草津道路の雪の回廊を観に行った

せっかく長野市近くまで行ったので、足を伸ばして長野献血ルーム巡り。長野県内は残り2か所(松本・諏訪)。

神保町の和亭『なにわ』で最後のコンサート。

かつて生化学若い研究者の会(生化若手の会)関東支部支部長を務めていたFさんが東京に戻ってきたので、29日に歓迎会。

皐月

雪の回廊を4月に訪れた際、自分の姿を撮っていなかったのが心残りだったので連休を利用して(といっても日帰りだが)再訪。日本国道最高地点で撮ってもらった写真は冒頭に掲げたので、気圧が下がって膨らんだポテトチップの袋をもう一度。

パンパンに膨らんだポテトチップスの袋

2012年の第一回から関わっていた「ふくしまの話を聞こう」、5年目の今回は、もう並び大名でいる必要もないだろうとスタッフからは離脱。もちろん開催する意義は認めているので一般聴衆として参加

終了後の懇親会は失礼してシネマ・チュプキ・タバタで「カンタ!ティモール」を鑑賞。「てんつくまん」の推薦文があって鼻白む(評判が悪いのは「てんつくマン」だが、「まん」が表記ゆれでなくても余り**deleted for courtesy reasons** )

以降、逐次追加予定

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