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2017/05/23

ふくしまの話を聞こう6

震災の翌年から始めた「ふくしまの話を聞こう」は毎年続いて今年で6回目。思うところあって企画からは外れたが、今回はアクアマリンふくしまの富原聖一さん、漫画『いちえふ』作者の竜田一人さんという組み合わせ(これだと「福島によそから関わった人の話を聞こう」になるね)にも関わらず、締め切り近くなっても申し込みが低調なので、空席を一つでも減らせたら、と申し込んだ。最終的には50席に対して45人の申し込みがあり、会場はほぼ埋まった。

富原さんには去年行った〈調べらぼ〉でお会いしているのだが、実は震災の翌年に復興支援として企画された他地域から持ち込んだホタルを放流するイベントを阻止した人であった。そういう人がいたのは記憶していたけれど名前は失念していた。

竜田さんはお馴染みのギターを抱えた覆面姿。「ご挨拶がわりに」と一曲唄うけど、それJASRAC管理曲じゃない? これネット中継されてるよ、イベントは入場料取ってるよ、とハラハラ。

そして「がれきのうた」(作詞,作曲:北川玉奴)では、『いちえふ』第十一話「ギターを持った作業員」にあるように、突然「ハイ、皆さんご一緒に」と。思い返してみると急進反原発派の醜悪さが露呈したのが津波被災財(いわゆる瓦礫である)の広域処理問題だった。広域処理の対象は岩手・宮城両県であったにもかかわらず、「放射能を持ち込むな」と穢れ物のような扱い。これがどれだけ被災地の人々の心を傷つけたかは、たとえばNHKの特集ドラマ「ラジオ」にも描かれている(ラストで少女がバスの中で聞いていた女川さいがいFMがフツっと聞こえなくなるのは旅立ちを象徴する名シーンだと感動したが、実際はあんなふうに聞こえなくなる訳ではないそうだ、ぇー)。だから「ガレキガレキ我が歴史」と唱和した。



「ROUTE 6」(作詞,作曲:竜田一人)には「そこに奴らがある限り 1号2号3号4号雁首揃えて待っている 必ず奴らの息の根止めてこの大地から消してやる」という歌詞がある。原発はそんな「息の根を止めて」「消してやる」悪魔みたいな対象なのか?という疑問が、歌を最初に聞いた時からあった。そこで質問票に書いて休憩時間に提出した。これに対する答えは、まず2012年当時の思いを勢いで書いた、それから今でもいちえふは更地にしなければならないと思っている、と。

東京電力福島第一原子力発電所に対しては「今までさんざん国の為に働いてきて,体に無理が出て倒れたら,今度は感謝されるどころか汚い物の様に石を投げられる。こういう姿を見るのが忍びない」というがあるという。おそらく「そんな悪魔みたいに言わなくても」という私の感覚はその影響を受けている。

未来のエネルギーとして発展を夢見させておいてから、いきなり全てを奪うのは契約書を振りかざすメフィストフェレスのようでもあるが、荒ぶる神のようにも思える。力尽くで対決するのではなく、鎮めるのがふさわしかろう。

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2017/05/05

「日本国道最高地点」再び

先に「雪の回廊」を見に行き、日本の国道で標高のもっとも高い地点にも立ってきたのだが、いくつか不満があった。

そこで3日の憲法記念日に再訪してきた。高速道路は予想通りの大渋滞で、前回の1.5倍ほどの時間を要した。この時間を放送大学やNHKのラジオ講座聴取に当てていたら、どれだけ勉強になったか分からないが、うっかり追突事故など起こしていたらしたくもない社会勉強になったわけで、休日らしく過ごせたのは感謝。夜間通行止めの17時まであと数分というところでゲート通過という綱渡りであったが、とまれこうまれ雪の回廊再体験と日本国道最高地点からの撮影ほかに成功した。

「日本国道最高地点」の石碑に手をついて振り返る筆者

この石碑の前には直方体の石が置いてある。「撮影用に乗る台でしょう」と言われたのを信じて乗ってポーズをとったけれど、それをSNSに公開してから「炎上しないか?」とにわかに心配に。そこで調べてみると(同じことをやってるバカ者がいくら見つかっても正当化は無理なのだが)幸いなことに草津町・山ノ内町広域宣伝協議会主催の「雪の回廊ウォーキング」の案内写真でタスキをかけた女性2人が乗っている姿を確認して安堵。 石碑の前の石に乗る襷をかけた2人の女性。

SPORTS ENTRYに掲載された「第13回 志賀草津高原ルート・雪の回廊ウォーキング ~日本国道最高地点(標高2,172m)を歩こう~」から引用。タスキをかけた女性二人が石碑を紹介するような格好で手前の石に乗っている。山ノ内町観光商工課内にあるイベント事務局提供の写真であるから、当然これは「してよいこと」と判断される(「特別な許可を得て」という注意書きは見当たらない)

パンパンに膨らんだポテトチップスの袋

標高2000mなら気圧も低いだろうとスナック菓子を持っていったところ、期待通りのパンパンに。

夏の学校の思い出

志賀高原は生化学若い研究者の会(生化若手の会)が夏の学校の開催地として一時期使用していた。

切妻屋根の洋館

初めて参加した第25回の会場がこのホテル白樺荘。名古屋支部が担当した翌年は霧ヶ峰高原に移ったが、翌々年は関東支部が近くのホテル・ニュー志賀で3泊4日という大規模開催に。そしていつの間にかシンポジウムスタッフになっているという、深みへの第一歩となった思い出の開催地。

帰りの高速道路は拍子抜けするほど空いていた。連休だもの、やっぱり皆さん泊まりがけ。

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