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2015/11/05

矢祭町の「さかな家」に行く

東北最南端の町、矢祭町には「さかな家」という小料理屋がある。6月に水戸へ行った帰りに乗用車で矢祭町を訪れた際は、開店時刻よりも早く着いてしまったこと、また自動車なので酒は飲めないこともあり、店の場所を確認しただけで帰ってきてしまった。今回、郡山まで鉄道で出たので、水郡線を使って立ち寄ることを計画した。

郡山駅の謎

4番線ホームの標識の隣に、より大きな3番線は80メートル先の標識昼食を済ませ、13:45発水戸行きの水郡線に乗ろうと郡山駅に着いた。改札はICカードで通過できるが、用心して切符を購入。東館駅まで1320円。案内に従って地下通路を通り、階段を登ると不思議な標識。出たホームは右が2番線、左が4番線。3番線は?と思うと大きな「80m先」だという。1本のホームを2つの線で共用する例もあることだし、そういう事かと思って矢印に従い進むと、さらに大きな「3番線」の看板。なんぞこれ。

ホームの真ん中、待合室の外壁に幅3メートル、高さ2メートルはあろうかという「3番線はこの先です」の看板「水郡ホームはこの先です」「3番線 水郡線ホームはこの先です。」とくどいほどの案内。

ホームの幅が半分になり、2番線の線路の隣にもう一本線路があり、そこに列車が止まっていたこの謎は待合室(上記看板は待合室の外壁に掲げられている)を過ぎると解けた。切り欠きホームで3番線が作られているのだ。かつては番線なしで「水郡ホーム」と呼ばれていたらしい。ちなみに戸と山を結ぶから水郡線なのだが、名目上?は隣の安積永盛駅が終点。

奥久慈清流ライン

全長140kmほどあるものの、現在は各駅停車しか運行されていない。完全非電化路線で走るのはすべて気動車(ディーゼル車)である。こう書くととても田舎臭い感じがするが、愛称は奥久慈清流ライン、そして車体はカラフルである。車内はボックスシートとロングシートを組み合わせたセミクロスシート、ボックスシートは1-2の3アブレスト、つまり一人がけと二人掛けの組み合わせなので中央の通路がゆったりとしている。そして驚きなのはトイレ。

洋式便器入り口も幅広くて中も広々、L字手すりも設置されており、車イスでも使用できそうである。もちろん水洗である。しかしながら東館駅のトイレは汲み取り式で、強烈なアンモニア臭が漂っていた。なんというギャップ。

大きな高窓一周する円形の建物に円錐形の屋根途中にはモダンな駅舎の駅もあったが(すれ違いのためしばらく停車していた磐城塙駅)

闇夜に入り口と待合室の蛍光灯だけが輝く駅舎東館駅は典型的な田舎の駅舎。昭和時代の話であるが、東京から来た学生が、無人駅が多いことを悪用して無賃乗車を図った。気がついた車掌が「待て」と呼び止めるも夜陰に乗じてその場は逃げおおせた。3日後に何食わぬ顔をして乗車すると、車掌が「お前はあの時の」と見破り、3日経っても覚えられていることに観念して、おとなしく割増運賃を支払ったとか。伝聞なので最初のシチュエーションがよく分からないが、どうも乗務員は全乗客の顔を見知っている恐ろしい路線、ということらしい。いかにもそんな感じを漂わせている駅舎である。

ちなみに簡易委託駅で、乗車券類の発売はいかにも近所のおばさんという風の女性が行っていた。集札すなわち改札口での切符の回収は行っていない(往きは車掌が検札の際に回収してしまった)。また16時を過ぎたあたりで窓口のシャッターを下ろして帰ってしまったので切符を購入することはできなかった(車内で購入したところ、駅では使えなかったであろうSuicaで支払いをすることができた)

今回も早い時刻についてしまうので、時間調整は近隣散策に当てようかとも思ったが、いろいろあって駅の待合室で読みかけだった『悪魔のハンマー(下)』を読むことに。上下合わせて1000ページを超す大作で、しかも活字が小さい。上巻を読み終えたところで息が上がってしまい、しばらく放置していた本。在来線の旅の友にはふさわしかろうと持ってきて、かなり読み進めることができた。しかし、見慣れぬ男が駅の待合室でずっと本を読んでいるというのは、地元に人にはかなり奇異に見えたかも。女子高生目当て(けっこう降りてきた)の変態に思われたかな?

さかな家

日も暮れて、高い天井の蛍光灯では本を読むのがつらくなったので、そろそろ開店するかと「さかな家」の前まで行ったが、まだ看板は消灯したまま。前で待っているのも不審に思われそうなので、いったん国道118号に出て、そこでポケットWiFiをつなごうとしたが、残念!電波が入らない。〈秘境〉を甘く見ていた。

闇夜に浮かび上がる「さかな家」の看板時計を見ると17:20。もういいだろうと戻ってみると、見慣れた文字の看板が煌々と輝いていた(マイナスに露出調整しないと文字が飛んでしまうほど)。ありがたやありがたや(開店時刻は17時半)。

何食わぬ顔をして入店するといかにも若大将という感じの主人に迎えられる。一人なのでカウンター席に案内された。カウンターと言っても靴を脱いで上がる板張りの小部屋で、主人が目の前で調理をする。メルマガの「おすすめ」にあった南郷ひやおろしやまつりの恵み盛り合わせ(ノビルの味噌添え、甘唐辛子の天ぷら、あと一つはなんだったっけ?)をまず注文。お酒は目の前でなみなみと、比喩ではなくてなみなみと注いでいただいた。

カウンターの上にある木製の魚職住接近なのであろう、小学生のお嬢さんが帰ってくる。そしてちゃんと客に挨拶をしている。やがておかみさんも現れて「アイコンそのままですね」。以前はオフ会で会った人から「アイコン詐欺!」と罵られることが何回かあったけれど。おかみさんの故郷に敬意を表して飛騨のお酒をいただくことに。これもまたなみなみと。

帰りの電車汽車の時刻が迫っているのでハイピッチで注文。さんま刺身に続き『いちえふ』にたびたび登場するメヒカリの空揚げ又兵衛ひやおろしでいただく。これもまた美味。しかしこんにゃくビビンバ丼はタイムアウトで見送り。うーん、もういっぺん来ないとだめか。おみやげにいただいたリンゴを下げて駅に行くと「矢祭町はこんにゃくの里」というステッカーが貼ってあった。

現在駅を中心に前後3駅に列車が着ているかを示す電光表示板が待合室の壁にかかっている水郡線の各駅にはこういうモダンな設備もある。無人駅が多いので、列車の遅延を利用者に知らせるためのもの。名前はトレインロケーションシステム「おしらせくん」とか。郡山に戻って新幹線に乗るならもう少し遅くまで粘れるけれど、今回は水戸に出て常磐線での帰還を選択。

人の姿が見えない車内(背もたれの影にはいたかも)水郡線はほぼ貸切状態。真っ暗闇の中をたっぷりと時間を掛けて水戸に着く(途中駅で車両の切り離しとか下り列車との交換とかで止まっている時間も長かった)。すなおに特急(ときわ92号)に乗ればよいのに、「金はない、時間はある」と学生のようなことを言って各駅停車を選択(新幹線を使った場合の半額で済んだ)。ロングシートで旅情はないけれど、途中から心地良く眠って帰ってきた。『悪魔のハンマー』は残り200ページほど。


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2015/11/03

献血ルーム巡り12(福島県・郡山駅献血ルーム)

昨秋から始めた献血ルーム巡りは、山梨・栃木・茨城に続き、10月26日ついに福島県をコンプリートし、東北地方に橋頭堡を築いた(大袈裟な)

郡山駅献血ルーム

福島県の最後は郡山駅献血ルーム。駅構内にあるので鉄道を利用した。新幹線を使えば東京駅から1時間18分(在来線のみだと4時間超)で着く。

駅構内、ということで油断して場所を確認しないまま着いたところ、それらしき案内が全く見当たらない。通常、献血ルームは建物の外壁に垂れ幕を下げたり幟を立てたりと賑々しいし、案内表示は大きな赤十字(これを使用できるのは赤十字社など法律で認められた組織のみを使って目立つようになっているのだが。

ビル前の通りに街灯と同じ高さに掲げられた甲府献血ルームの標識たとえば山梨県の甲府献血ルーム「グレープ」は入居しているココリの前に赤十字マークを使った常設の標識が立っている。(2014年12月)

表通りに出された「旅人献血大歓迎」の看板あるいは栃木県のうつのみや大通り献血ルームは通りに幟とスタンド看板が並べてあった。(2014年12月)

ビルの壁面には2本の垂れ幕、窓には大きな赤十字で献血ルームの存在をアピール2015年3月に移転する前の水戸献血ルームは入居する建物の7階から垂れ幕が2本下がって存在をアピールしていた。6階の窓には大きな赤十字マーク。(2015年2月)

建物の前に「献血」と書いた幟が3本、入り口の両脇に「つくば献血ルーム 献血実施中」という高さ2メートル、幅70センチメートルほどの立て看板つくば献血ルームも幟と大きな立て看板を出している。もっともこれは遠目には分かりにくいけど(と、目と鼻の先で献血を呼びかけるビラを配っていた女性に「献血ルームはどこですか」と聞いた失態を糊塗)。(2015年3月)

目立つはずの赤十字マークも見当たらないところがそういったものが全く見当たらない。駅舎の外に出ても看板も幟も横断幕も見当たらない。これは困った。

駅の2階通路を突き当たり近くまで進むと隠れていた赤十字マークが見えてくる 後で分かったことだが、上の写真に写っている鉄道警察隊詰所の前まで進めば、通路突き当たりの右側に看板が見えてくる。これはとても分かりにくいので改善を希望したい。なお、オリジナルクリアファイル後述に描かれた地図を見ると、赤十字としては徒歩またはバス・自動車で来て、1階マクドナルド脇の階段を登ってくることを想定しているようだ。

近くに来ればサイネージもあって目立っている献血ルームの入り口 さて、いったん駅舎の外に出て端から走査することでめでたくも献血ルームに辿りつくことができた。入室は受付開始時刻から17分後。今回は予約をしていないので時間はあまり気にしていない。

受け付け

風除け室を通って室内に入ると左側に受付カウンターがあり、女性が二人。献血カードを渡すと「駐車場のご利用は?」と聞いてきた(駅周辺に5か所の契約駐車場がある)。ちなみに受け付けを済ませてから見ていると、後から来た人も皆駐車場の確認をされていた。

朝食の時刻と睡眠時間そして同意事項を確認されてから2台あるタッチパネルのうち1つを使って細かい質問に回答。福島県内は全血が不足しているので400mL提供も覚悟していたが、血小板を依頼される(血漿成分献血は予約限定と表示されていた)。続いて血圧のセルフ測定。85-140とやや高めなのが気になる。ここで右手に紙製のリストバンド。そこに手書きされたK-10が受付番号だが、呼び出しは名前であった(会津出張所では呼び出しは番号を使用)。番号で呼ばれることを嫌う人もいるだろうけど、プライバシーを守りたい人もいるから難しい。やはり無線の呼び出し機が必要?

待合室

ハロウィンモードに飾り付けられた広めの待合室には、平日の午前にもかかわらず、先客が数名。手荷物を入れるロッカーは右手奥に15人分あり、利用するには100円硬貨のデポジットが必要(解錠すると戻ってくる)。ロッカーに収まらないコートやジャンパー用であろう、隣にはハンガーラックがあった。

飲み物とアイスクリームの自販機が並んでおり、飲み物は無料。アイスクリームは献血後に渡されるコインを使用する。その隣にウォーターサーバーがあったので、検査で弾かれて飲み逃げになっても後ろめたさを軽減できるよう水を飲んで待つことに。

この献血ルームは新幹線の高架下にあるため、ときおり通過する列車の音と振動を感じる。だが業務には支障がない模様。自販機の横にアンテナがあるので、もしやと思いiPod touchを取り出してみるとWiFiサービス(フリースポット)が利用可能であった(以前、どこかで登録していたためであろう、自動的に接続されていた)

医師問診と事前検査

しばらく待っていると名前を呼ばれ、まず医師の問診。問診室は採血室の隅に設けられ、隣には検査カウンター。幸い高血圧を咎められることもなく無事終了。いったん待合室に戻り、また名前を呼ばれて今度は血液検査。

両腕を調べ、血管確保しやすい方を本採血に回し、反対の腕から検査用採血。看護師は白いニトリルの手袋を着用するとエタノールをスプレーして擦り合わせてから処置にとりかかった(手袋は一人ごとに交換している)。試料は後ろにある機械にセットして直ちに分析。「肝臓の値は数分で分かります」と言われて、前回γ-GTP値が145(IU/L)と基準値(68以下)を大幅に超えていたことを思い出す。東京では同じく肝機能値であるALTの値が高いことを理由に断られたこともあるのでドキドキしたが、幸い問題になる値ではなかったようで(値を告げられた記憶はない)、採血用の腕の肘に温パックを固定すると「戻ってお待ちください」と。ちなみに後日届いた今回の値は103とまだ高いもののかなり改善していたし、ALTは33と完全に基準値内。

ここも採血のあとは円形のガーゼ付絆創膏を貼るだけで止血帯は使用せず。

アクセプトされたので安心して自販機からアクエリアスを取って飲む。なお、ここの採血室は携帯電話使用と飲み物持ち込みが禁止であった。栃木県のうつのみや大通り献血ルームでは採血が終わると看護師がベッドまで飲み物を持ってきてくれたけど。もしかして採血中にリクライニング姿勢のまま飲もうとしてむせる事故でもあったのか?

トイレ

トイレは献血ルームを出てすぐのところにもあるが、ルーム内にも男女各1室が用意されている。男性用の便器は洋式で小便器はない。しかし、献血後の小便は座位でという注意はあるが便座は固定されておらず立位での使用は可能。便座シートは用意してあるのだから一律座位強要でも構わないのでは。あ、掃除が大変か。

扉を開けて入ると右手に便器、正面の壁の右手には使い捨て便座シート、中央やや左下に紐も下がっている非常呼び出しボタン、その左にトイレットペーパーホルダー。気分が悪くなったときのための非常呼び出しボタンは低めに設置されており、紐を引いても鳴らすことができる。そこはよく配慮されていると言いたいけれど、この狭さだとあまり意味はないような。なお、温水洗浄装置はついていない。

トイレを出ると男女共用の流し台があり、ペーパータオルも用意されている。

外のトイレにも非常呼び出しボタンがあるかどうかは気が回らず、チェックしていない。

採血

採血室には7+3で10台のベッド。いずれも明るいピンクである。ひざ掛け毛布もピンクが多かったが、中には違う色(明るい緑だったように記憶)も。

看護師は4人。全員がパステル調のエプロンを着用し、スカート派とパンツ派が混在。手袋はまめに交換していて消毒も徹底。採血に先立ち、肘窩はエタノール綿を2回交換して清拭された。さらにポピドンヨードを塗って自然乾燥しているあいだに、看護師は手袋をした自分の右手の人差指をエタノール綿で清拭したうえにポピドンヨードを塗る徹底ぶり。

握り棒を持たされ、ぶっとい針を静脈に刺されて約50分の4サイクル採血還流開始。テーブルの上にはラミネートされたシートが5枚。1枚目はレッグクロス運動の説明で、ここは「両足を重ねて絞り込め」「5秒×5回」「腹や尻にも力をこめろ」「息は止めるな」と細かい。「看護師の合図で始める」とあったけれど、指導は特になかったので勝手に始めてみた。残りのシートは成分献血とはどういうものかの説明、皮下出血を起こさないための注意、献血後に気分が悪くなったときの注意そして予約の勧め会津出張所の記事を見て、提供した血液の使用を止めて欲しい場合の連絡方法がないことに気がついた←これは献血カードと一緒に渡される)

ベッドは7,8割は塞がっていただろうか。後から来て先に出ていくのは全血の人か。女性が成分献血できるのは54歳までなので、55歳から69歳の女性は400mL全血になる(200mLは高校生のみ、と)

採血中はすることがない。本や雑誌を読むのは片手が拘束されているから難しい。テレビも気に入った番組をやっているとは限らないし、気に入った番組だと途中で「はい、終了です」となると辛い。献血ルームの中にはDVDの貸し出しをしているところもあるが、これも山場で「終わりです」とならないかと心配。というわけで、いつも私は眠るか看護師を観覧するかにしている。今回は事前検査で血液を分析する機械の廃液タンクが満杯になったので交換するという珍しい光景に遭遇できた。血液が混ざっているのでピンク色をした液体の詰まった10L(?)のポリタンクにバイオハザードマークのシールを貼り、看護師が運び出し。

献血を終えて

献血が終わるとハイポでヨードを脱色してガーゼ付絆創膏を貼られ、紙包帯をややきつめに巻かれる。それから血圧の測定。かなり下がっていて、普段からこれくらいになりたいという値。ここも戻る時は手ぶら。「ありがとうございました」と看護師から言われてなんと返事をしたら良いか迷うのも恒例行事。

献血ルームの地図が描かれたオリジナルクリアファイル待合室に戻ると献血カードを返され、アイスクリーム自販機用のコインも渡される。さらに好きな記念品を選べるというので、ティッシュボックスはまだあるし、ハンドタオルやウェットティッシュもあまり使わないのでヤクルトの「麺許皆伝」(2個セット)をいったん選ぶも、気が変わってオリジナルクリアファイルにしてもらう。表に案内の出ていたハロウィン期間限定のプレゼントは「コアラのマーチ」のチョコレートだった。

アイスクリームはチョコナッツバニラモナカを選択。この自販機は14種類から選べるのだが、メーカーサイトの商品一覧に載っていないものもある。あるファンサイト?を見ると20種類ではきかない模様。これのコンプリートはけっこう難しいかも。

アイスクリームを頬張ったので食事をする気は失せてしまったが、とにかく何か食べないと身体に悪い。献血ルームを出て左に行くと2013年に来たときに鍋焼きうどんを食した店があったが、今回は街中で消費しようと外へ出る。

人通りの少ない郡山駅前大通り駅前のメインストリートを歩いてみるが、平日の昼間とはいえ人通りの少ないことに驚く。もうカレーもラーメンも解禁(成分献血前に脂っぽいものを食べるのは血液が乳ビという状態になるので好ましくない)だと思っても食指が動かず、結局駅前に戻ってとんかつ たかのでランチを頼んだ。うむ、血液が再生される気分。

矢祭町へ

1行目が「たべらんしょ」、そのすぐ下に「せんべい」と書いてあるので「たべら...せん」と読める今回は電車移動なので荷物は増やさないよう土産物屋は素見のつもりであったが、「たべられません」と読めたのにショックを受けて会津たべらんしょせんべいを購入。水郡線に乗って6月に目的を果たせなかった矢祭町へ向かった。


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