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2015/09/20

伊達に行ったのは伊達じゃない

9月13日。急遽参加を決めた前夜の懇親会で「解禁〜」とひとりだけ酒を飲み(他の参加者は皆さん自動車でお帰りなので...ならなんで「食と地酒」の店に!)、ホテルまでの約3kmを歩いたら飲み足したくなってサイゼリヤへ行った影響かすっきりとした目覚め。風呂を浴び、朝食を摂ってさっさと出発した。

Google Mapsの経路検索によれば、福島飯坂ICで降りても二本木ICで降りても大して時間は変わらないので、福島松川PAで降りて松川事件現場をもう一度見ていくことに。高架橋の上から朝日に照らされた現場を一望して大満足。鉄柵に肘をぶつけたのも気にせず、次の目的地である伊達市役所へ向けて出発したのが8時前。

伊達市役所入口。右手に放射線測定値を示す電光掲示板。伊達市役所には8時半に到着し、駐車場にも余裕あり。入口脇には放射線量を示す表示盤。建物から電気が取れるからだろう、おなじみの太陽電池パネルは付いていない。赤色灯がついているのは異常な上昇があったときの警報用?(なら普段は緑色灯が点いているのかな? 休日だから消灯しているだけで)

エントランスホールに入ると、右側の市役所窓口へ通じる通路にはシャッターが降り、左手に進むと市民ホールには高井さん撮影の写真が展示されており、右を見るとダイアログセミナーの看板。ああ、ここだ。2010年に生化若手の会夏の学校に参加した時もそうだったが、2日目から参加すると、他の参加者はもう馴染んでいるのに独り浮いているような寂しさを覚えるもの。

第12回ICRPダイアログセミナー


前日に血を抜かれて、血糖値が下がっていて、睡眠不足という状態なので(特に午後は)しばしば意識が飛んでしまった。幸いなことにダイアログセミナーについては資料や実況ツイート情報がwikiにまとめられている。

会場からのツイート

まずは健気に会場から投稿したツイートを拾ってみよう。



4年半経って実測値で論じられるようになったのは大きいな。(10:22:20)

これは早野先生の発表だったか。乳幼児用ホールボディカウンターBabyScanで2700人を測定したが、放射性セシウムが検出(下限は50Bq/body)された例はないというもの。これはほぼ同じものをより多く食べている親の検査結果(山に自生するものを未検査で食べるなどしない限り不検出)からの予想と一致する結果だが、「子供に問題となる汚染はないはず」ではなくて「子供に問題となる汚染はない」と言い切れるところが大きい。

3年経って振り替えるのは有意義。(12:25:59)

これは午前中最後のセッション「あれから三年」というパネルディスカッションを聞きながら(「振り返る」のタイポである)

人類遺伝学の初歩は中等教育ではやっていないんだろうな。(12:37:06)

これは、相変わらず低線量被曝による遺伝的異常を心配する人への苛立ち(異常を疑われて子供が結婚差別を受けることを心配しているのなら親を責めるのはお門違いなのだが)。たしかに放射線で突然変異は誘発されるけれども、線量も線量率も桁違い(大雑把に言って100万倍)である。さらに言えば、その中には(少数例ではあるが)優れた形質を示す突然変異もある。だから放射線育種なんてものもあるわけで。被曝して超人が生まれると考えるのはSFの見過ぎと言えるだろうが、被曝したら突然変異体が生まれるというのも短絡しすぎ。そして、あまり強調したくはないけれど、人は誰しも病気の遺伝子を複数持っている。遺伝子の異常によらない先天性疾患もある。だから人為的な放射線を全く浴びず、自然放射能の弱い地域に住み、有害な化学物質への暴露もなく、配偶者の家系を7代遡って調査して問題が見つからなかったとしても(こういう調査をする人は自分の家系も調べているのだろうか?)、先天性の障害を持つ児は産まれてくる。人生は当たる確率の小さいのロシアンルーレット。それが人類遺伝学の初歩か?と突っ込まれると困るけれど。

ま、中等教育では「健康な子孫を残すために摂生しましょう」は教えられても、「どんなに注意しても病気を背負った子は生まれるときは生まれます」を教えるのは難しいか。でも、「先天性障害を負っているからと言って不幸とは決めつけられないし、〈生きる価値〉を判定してはいけない」はしっかり教育して欲しいところ。

安東さんの名司会。(12:46:59)

緊迫したパネルディスカッションが終わって安堵。それにしても言葉の齟齬は怖いと思った。山本さん(登壇者として紹介されるまでツイッター名しか知らず、それは人前で声に出すのは憚られるため、開会前に写真展でお見かけしても挨拶できなかった)が「地元のお母さん」と言ったとき「地元って、横浜?それとも福島?」と一瞬混乱した。どちらでもそれなりに意味が通じて、しかし全く別の解釈に至りかねない。幸い今回は皆さん「横浜」と理解されたようだけれど、代名詞以外にも、こんなところにも陥穽があるなんて。

午前の部は終わり、午後は13時45分からというアナウンス。2階で弁当を配布していると言うが、招待された方や関係者が優先と遠慮して、外へ食べに出た。そのため大森&宮崎のフルート演奏は聞けず。

「正しさは恐い」 (14:53:30)

これは「対話:ステップ2―未来への歩み」での宮井さんの発言だろうか? その前のベラルーシから来た小児科医Raisa Misiuraの発表は途中までしか記憶にない。

宮井さんの発言(だと思う)ではもう一つ「誰が言っているかが重要」というのが印象深い。ネットが普及して早い時期から「匿名実名論争」というのがあった。匿名(ハンドル)擁護派は「誰が言ったかではなく、何を言ったかが重要」と主張し、少なくとも日本では匿名派が優勢だ。だが、端的に言ってそれは嘘。嘘と言って強すぎれば、それはある限定された条件下でしか成立しない。

被災者自身が言えば受け入れられる言葉でも、県外の論評屋が口にしたら「ふざけるな」と猛反発をくらうものがある(実際、おかげで科学リテラシーが高まったと言って公の場で「そんな科学知識ならいらない」と怒鳴られた例もあるとか)。この点、「内容だけで判断」という人は地雷を踏みがちだろう。私もいわゆるモヒカン族の気がある(なんせ、Mad Max: Fury Roadを2回も見に行っちゃったもんね、違うか)ので注意したい。...ちなみにニフティサーブで主宰していたフォーラムは実名制です。

未来と現在の間には断絶が割り込んでくることがある。3.11が典型。(15:03:04)

誰かが未来と現在は繋がっているみたいなことを言ったのにイラッとしてツイートした。今は反省している。

大人げなく怒れる人の貴重さ。(15:33:14)

これはICRPの丹羽先生が怒鳴り散らしたというエピソードを拝聴しながら。togetterを見ると「丹羽先生が場外乱闘を」と紹介されている。また早野先生のツイートでも(「言われたいた」→「言われていた」)

ちなみに丹羽先生には「細胞工学」に寄稿していただいたことがある。郡山でお会いしたときに名乗ったが、もちろん覚えてはいらっしゃならなかった。こちらも内容は忘れていて、単に「著者には丹羽が2人(丹羽太貫と丹羽修身)いた」で記憶していたに過ぎないのだが。

エピソードの力侮りがたし。(15:41:55)

これは早野先生が紹介した研究で、おそらく「誤った情報を正すための3つのコミュニケーション術」と同じ内容。すなわち「1.事実をもって反証を試みても、奏功しないどころか逆効果になる」「2.デマへの言及を繰り返すことで、そのデマを期せずして広めてしまう」「3.相手を肯定することは効果的だが、実行は難しい」そして3つの筈なのに4番目「4.ストーリーの力を常に過小評価してしまう(以上4つは記事の見出しで、3つのコミュニケーション術とは「噂を打ち消してデマを払拭する過程で、誤った情報を繰り返して発信しないこと。説得力のある、前向きなストーリーを利用すること。そして、情報は多ければ良いとは限らないと心に留めておくこと」)

このストーリーで訴求するとは前日の心理学カフェで紹介された悪徳商法が用いるトリックである(それで心に響いてツイートした)

この後も17:30の閉会までいろいろな人が発言をして、考えさせられた。私に何ができるだろうか。そもそも今回やってきたのは、これが最終回と聞いたからで、いってみれば葬式鉄(廃止となる路線や列車、特にその最終運行ばかり乗るとか撮るとかするような鉄道ファンの蔑称)みたいなもの。産業を持ってくるような才覚はもとよりないが、「できません」で手あぐらをかいていては申し訳ない。

帰ってから考えた

『飯舘村を歩く』著者の話は、初めなんとなく神経に障ったが、午後のセッションで「ひとりで考えて腹に落とすことが大切」と言うのを聞いて、敵視することはないと考えを改めた。帰りの運転中は安全運転を心がけ(そのおかげか驚異の燃費21.2km/L)、翌日になって記憶を反芻した。


まず思ったのは、12日の心理学カフェでも感じた、デマや悪徳商法がエピソード(物語)の訴求力で攻めてくるのに、対抗する側が持ち出すのが情緒を削ぎ落した科学の言葉では勝敗(大衆の判定)は見えているだろうということ。ストーリーで訴えるのを「不誠実なトリック」と排除していては人々の共感は得られない。それを実感させられたのが、安東さんの語る従姉妹のエピソード。普段は涙声を聞くとそれだけで冷淡になってしまうのだが、市井の人を襲った不条理の事実を突きつけられて思わず貰い泣きしそうになってしまった(馬齢を重ねて涙もろくなった、というのもあるかもしれない)。避難指示が解除されず、そのため留守にした自宅がネズミに荒らされて住めなくなってしまい帰還を断念したのだが、そこは原発からの距離が近いというだけで、線量率は低く、住もうと思えば住めた。少なくとも頻繁に帰って来ていれば住めなくなるほど荒れることはなかった。国の言うことを信じて二度も裏切られたという嘆きが聞こえるような気がした。


また科学の言葉で考えるのは、訓練した領域でなければ難しいだろう。エネルギー問題で見識を示した人が、自身や家族の健康問題では〈鰯の頭〉に縋るようなことがあってもおかしくはない。「病気に効くかどうかは二重盲検法で確かめなければ」「有効な治療法があるのに、それを使わせないなんて非人道的だ!」「あんたは壺売りの手先か!」と噛み合わない啀み合いになるかもしれない。


そして「誰が言うかが大切」もそうだけど、声は届いているけれど、言葉が通じていない状況をどう打開するか。「こっちが正しいことを言っているのに、感情的に反発する困った人たち」とレッテルを貼っても、精神的勝利法でしかないだろう。これに関しては今のところ、無用に刺激するのは避けて逆鱗の位置を特定するという消極的手法しか思いつかない。しかし必要なのは相手を肯定すること、そして前向きなストーリーを共有すること。

福島の酒


消極的な「手を引っ張らない」協力から一歩ふみ出せば、それは「支える」だろう。考えなしに「後押し」まですると、ありがた迷惑になるかもしれない。

※一般には「足を引っ張る」という比喩を使うが、これはどうも「首吊りの足を引っ張る」の短縮形らしい。邪魔をするという意味ならば「手を引っ張る」で十分かと。

というわけで、伊達市が用意したのであろう参加者への記念品は、余ってしまうのもよろしくなかろうと、全員に行き渡ってであろうことを見すましてからいただいてきた。中身が猪口だと分かって思い出したのが「福島の酒を買って帰る」というミッション。市民ホールには日本酒や焼酎が展示されていたので、市の職員を捕まえて「酒はどこで買えますか?」。はじめは勘違いされて薄皮饅頭の保原柏屋への行き方を説明されたが、酒を買いたいと強調したところ、しばし考えられてから酒を置いているドラッグストアを紹介していただいた。行ってみると、道を間違えたのか、純粋な酒屋があり、選り取り見取り。ホールで紹介されていた酒のことはコロッと忘れて、ほまれ酒造の会津ほまれ(純米酒)と花春酒造の花春(純米酒)を購入。自動車なので一升瓶でも良かったが、万が一口に合わないと困ったことになるのでそれぞれ四合瓶で(杞憂であった)

猪口は「ふくしまダイアログ」「ICRP」と銘入りなので、「余らせない」という配慮は正解。ただ、残念なことに漆塗りなので、その日の晩酌には使えなかった(米びつの中で脱臭中)

市役所駐車場から西の空を見ると雲の上に夕焼けが広がっていた。

最後に伊達市の夕焼けを。


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