« 松川事件の現場を訪ねる(上) | トップページ | 献血ルーム巡り11(福島県・赤十字血液センター会津出張所) »

2015/09/11

松川事件の現場を訪ねる(下)

8月27日、福島県赤十字血液センターで献血をした帰りに福島大学松川資料室を訪ねた。要事前申込ということなので週の初めに電話をし、15時に附属図書館ロビーで待ち合わせることに。

27日は昼前に献血が済んだので信夫山に行って街を眺め、「昼食と、それから給油も」と考えながら福島大学へ向かうもみるみるあたりが寂しくなる(移転整備した大学にはありがち)。「これはまずい」と思ったときには大学の看板が目の前に現れた。駐車場所の確保が懸案だったのでとりあえず入ってみることに。

福島大学


門衛所では特に記帳を求められることもなくすんなり通過。最近は入構にうるさい大学が多いので拍子抜け。よからぬ学外者の入構をもう少し心配したら、と柄にもなく思ったり。

駐車場はほぼ満杯であったが、外部講師用に確保したが当日は利用予定のないらしい空き(コーンを立てた枠の隣に、コーンを片付けた枠があった)があったのでそこに駐車。後で分かったことだが、そこが経済経営学類棟の前だった。

時間に余裕がありすぎたので、学内散策。まず図書館の位置を確認。次に学食で昼食。思いのほか安く済んでしまい、目的の一つ「地元経済への貢献」は果たせず。

講義棟の正面入り口向かって右に2本の垂れ幕「今ここでしか得られないものがある」「地域と共に歩む 福島大学」S講義棟に掲げられた「地域と共に歩む 福島大学」。地方国立大学のスローガンとしては最も無難なところか。もう少しアグレッシブでも、と思わないでもない。

大学が設置した立て看板「過激派団体・カルト団体・悪徳商法等に注意!」大学会館前に掲出された過激派・カルト団体への注意を呼びかける立て看板。「東日本大震災の被災地支援、原発問題の勉強会などを装う勧誘にも注意が必要」とある。

「メッセンジャープロジェクト」参加者募集の貼り紙大学会館の掲示板には、夏休みに帰省したら母校を訪ねて福島大をアピールしてという「メッセンジャープロジェクト」へ参加する学生を募集する貼り紙。

リアルタイム線量計構内にもリアルタイム線量計。この値を見て、高いか低いか判断できますか? 教職員や学生はいつ見てもほぼ同じ値だろうから、ほとんど気にしないのではないだろうか、と思った。

「放射線(能)測定のスキルアップ」講座案内のビラ(A4判)図書館に貼り出された「放射線(能)測定のスキルアップ」講座案内。ちょうど開講中だった。

公開講座「ふくしま未来 食・農教育プログラム」案内(A4判2枚)同じく図書館に貼り出されていた郡山市との連携による公開講座「ふくしま未来 食・農教育プログラム」の案内。対象は農業者の方、一般の方、関係機関など。事前申し込み不要で参加費も無料。あと3回開講される。

小さいテーブルとキャスター付きの色鮮やかな折りたたみ椅子が配置された図書館入口脇のロビー待ち合わせ場所の附属図書館は今夏にできたばかり。左手奥には売店も。正面奥に見えるのは新築祝いの花。芥川賞作家の中村文則が福島大の卒業生ということで、その関連展示も。トイレには便座クリーナーが設置され、メーカーのアンケートも貼ってあった(1枚の用紙にどんどん記入する形式)。「他人が使った便座に座るのに抵抗感がありますか?」には回答した全員(27人?)が「はい」で、「いいえ」は0。「このクリーナーは必要か?」にも回答記入した全員が「必要」で「必要なし」は0。(この製品に恨みはないけどメーカーサイトに書いてある「不潔な便座は肌の炎症を引き起こし、ウイルス性の病気の一因」ってのはいただけないなぁ)

松川資料室


約束の時刻ぴったりに伊部名誉教授入館。お互いに持ち物とか特徴とか伝えていないのにすぐ分かるって... 挨拶もそこそこに移動開始。外に出るのかと思ったら奥へと進んでいかれる。奥にある目立たない扉の錠を開け、階段で下へ。

ガラスケースに収められた資料松川資料室はいろいろあったそうで、現在は図書館地階にある。なるほどそれで図書館で待ち合わせたのか。事前連絡無しに訪問することは難しそう。斜面に建つ半地下なので窓の外には木々が。ガラスケースの中に飾られた写真パネルに写っているのは廣津和郎と水上勉そして松本清張。

キングジムのパイプファイルの並んだ6段スチールラック公判記録の他、差し戻し控訴審の門田裁判長が書き込みをした記録類も(左棚4段目)。この門田判事、松川事件では無罪判決を出しているが、松山事件の原控訴審では無実の被告人に死刑判決を出している(廷吏に抑えられながら懸命の抗議をする被告人の映像も残っている)。25年後に再審無罪判決が出た時も存命で、新聞にコメントを寄せられていたが、捏造された証拠で死刑判決を出したにしてはずいぶんと呑気な、という印象を持った。誤判は裁判官の避けられない宿命なのか。

『落語辞典』『噺家の手帖』などが並ぶ書棚主任弁護人を務めた大塚一男弁護士(故人)の蔵書も収められている。これは趣味の本。落語好きだったらしい。大塚弁護士に関しては、子息が大学法学部を受験した際、日本史で松川事件を問う出題があったというエピソードを雑誌で読んだことがある。

硬派の本が並ぶ本棚一方こちらは、まるで模索舎の棚を見るような。

松川事件以外の冤罪事件のファイルや書籍の並んだ棚中には丸正名誉毀損事件のきっかけとなった正木ひろしと鈴木忠五の『告発』も所蔵。復刻版ではない(しまった、もしかしたら献本だったかも!)。その向かって右隣には『徳島ラジオ商殺し事件』、左には「丸正事件」や「松山事件」のファイル。

背に「雑誌」と書かれたパイプファイルの並ぶラック雑誌記事もコピーして製本。時系列順と雑誌別に整理されている。共産党が出している「前衛」や「文化評論」が多いのは当然として、廣津和郎が筆を振るった「中央公論」も4冊分に及ぶ。このほか被告人が出した書簡なども収められ、これらは資料検索することができる(ただし、書誌データだけで本文は閲覧できないので、読みたければ別途複写請求をすることに)

なお、福島大学には松川事件研究所があり、「資料室の事業を引き続き行うとともに、事件の背景と実相、松川裁判、松川救援運動、それに出版・報道などマスコミの論調などについて、多面的・総合的に取り組む」とある。



冤罪・誤判の実態と原因の分析、裁判員制度の実施、刑事司法改革、さらには司法官僚制度な ど、最近の刑事事件に係る事例を挙げただけでも、「松川」から学ぶべきものは少なくない。むしろ、「松川」の意義は大きくなりつつある、といえる。

研究所のウェブに掲げられているこの趣旨には同感で、資料の散逸や劣化を防ぐだけでなく、積極的に活用してもらいたいと思う。ただ、残念ながら研究所の研究成果ページは2011年のオープン以来空白のままである。

事件現場


今年7月に発表された「松川事件と福島」を複写していただき、NPO法人福島県松川運動記念会の案内と資料室のパンフレット(末尾に基金への募金のお願いがあり、これ自体は平成23年6月に終了しているが、随時受け付けているとのことなので、志ある方はご協力を)ももらい、さぁ現場への行き方を聞こうと思ったら「案内しましょう」という望外のお言葉。自動車に乗っていただいて現場まで。

真新しい白い菊が供えられた高さ3メートルほどの台座に載った石像事件現場脇に建つ犠牲者慰霊観音像。新しい花が手向けられていた(事件発生は8月17日)。一般に観音像と言われているようだが(現場では先生、なんとおっしゃったかな?)、いま写真を見ると観音菩薩っぽくない。あえていうと地蔵菩薩の印象。

高さ3メートル近い「殉職之碑」は墓石のよう観音像の隣にある国鉄職員有志が建てた殉職の碑。三人分の稲荷ずしが供えられていた。事件翌年に建てられたこの碑には、当時の被告人を犯人視するような記述もあり、この碑には手を合さないという被告人もいたという(という話は人が殊勝そうに手を合わせる前に教えてください! まぁ、先に聞いたら聞いたで、どう振舞ったら良いか悩んだだろうけど)。無罪判決確定後に建立側から削除の申し出があったそうだが、敢えて削ることもないと残されていると。

幅広い意志に銘板をはめ込んだ「謀略忘れまじ松川事件」の碑こちらは少し離れて東日本鉄道労働組合が建立した碑「謀略 忘れまじ松川事件」。碑文は松崎明による(なるほど、それで「謀略」ね)。伊部先生はこの碑文にはご不満な様子。ちなみに後ろに写っている高架橋から現場一帯が俯瞰できるとか。

高台に建てられた松川記念塔と伊部先生無罪判決確定後に建てられた、廣津和郎の碑文を掲げる松川記念塔。裏には「二度と松川をくりかえさせないために1964年9月12日これを建てる。」と刻まれている。立っているのは案内してくださった福島大学の伊部名誉教授。これは現場から200メートルほど離れていて、東北本線上り線路脇である(電車が通って、どれだけ近いか実感した)。「松川記念塔公園」という看板が立っていて、四阿もある。ここは松川運動記念会が管理しているらしい。

田圃の向こうに慰霊碑と線路が見える記念塔の場所から現場を望む。黄色い鉄塔の右に慰霊観音と殉職の碑。なお、事件に巻き込まれたのは旅客列車で、乗客に怪我はなかったのかというのが疑問だったが、客車は転覆しなかったため乗客に被害は出なかったのだと。いただいた資料を見ると、9両編成で実に600人以上が乗車していたという(wikipediaにも「客車2両も脱線」とまでしか書いてない)。場合によってはとんでもない大惨事になるところだったのだ。

松川記念塔へ続く農道の向こうで乗ってきた乗用車が傾いている。JAFのレッカー車は農道に入れない。慰霊碑前までは自動車で行っても(未舗装の狭い道に平気なら)構わないが、松川記念塔公園までは徒歩で行くのが無難。記念塔の前で無事に方向転換できて安心した途端に脱輪した。JAFを呼んだが道が狭くてレッカー車が入れず、郡山から交代を呼ぶことに。聞けば左側の田圃に落ちた自動車もあるとか。伊部先生は戻るJAFにお願いして送ってもらった。その後、救援車にウインチで引き上げてもらうという珍しい経験をして無事脱出。その人も以前に救出経験があり、どうやら魔の事故多発地点であるようだ。

「辛くて生姜ねぇ!!」のガラス瓶
予定外の3時間ロスに慌てて高速に入り、給油はサービスエリアで(145円/L!)。土産物もSAですまそうと思ったら、日本酒(に限らず酒全般)は置いてない! とりあえず「うまくて生姜ねぇ!!」の姉妹品、「辛くて生姜ねぇ!!」その他を購入。次回、会津に行く際は忘れずに日本酒だ!

|

« 松川事件の現場を訪ねる(上) | トップページ | 献血ルーム巡り11(福島県・赤十字血液センター会津出張所) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 松川事件の現場を訪ねる(下):

» 松川事件現場再訪 [Before C/Anno D]
8月27日に松川事件の現場を見に行き脱輪して散々な目にあったが、13日に伊達市に [続きを読む]

受信: 2015/09/15 19:46

« 松川事件の現場を訪ねる(上) | トップページ | 献血ルーム巡り11(福島県・赤十字血液センター会津出張所) »