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2015/09/22

コンサート会場でCDを売るのは催眠商法?

「怪しい情報に騙されないための思考法」というテーマのサイエンスカフェに参加したところ、終盤で講師が自著を紹介し、参加者がメモる様子を見てから、これが催眠商法の手口と諌めた話を書いた。

講演のテクニックとして見事と感心する一方で、「いや、買うときは冷静に考えますよ」という反感も覚えた。そんなことをいったら、コンサート帰りにCDを買うのだってカモられたことになってしまう。購入するのは演奏の興奮覚めやらぬ時だし、「サイン入り」と煽られるし、握手してくれると行列ができていれば並んでしまうのが人情だし。しかし、それが悪徳商法と規制されることはないし、規制が好ましいこととも思わない。

催眠商法についての行政の説明を見てみよう。


  1. 商品説明会や安売りセールを名目に人を集め

  2. 初めのうちは欲しい人に手を上げさせ日用品や食料品を無料で配り

  3. 会場内を熱狂的な雰囲気に盛り上げ

  4. 最後に高額な商品(市価より高額)を買わせようとする

コンサートの場合、3番目の熱狂的な雰囲気こそ当てはまるけれど、集まった人は当初からその音楽や演奏家目的で、チケットを購入しおり、そのうえ売値も市価と同じなので、催眠商法には当てはまるまい(もっとも公演中に壇上から「この還元なんとか水で体調良好」と商品のステマをしてロビーで売っていれば催眠商法の疑いあり)

繰り返すと、1)高額商品の販売を目的としながら、2)そのことを表に出さず、3)無料配布等で興奮状態にして、4)高額商品購入を申し込まざるをえない状態に追い込むのが催眠商法。売っている商品は価値がないか、あっても価格に見合わないことが多いけれど、それは本質的ではない。たとえ有用なものであろうとも、判断力を低下させてから購入させるのは悪徳商法(酔客に酒や料理を勧めるのはどうなのかというのは一瞬迷うが、常識的な限度を超えればボッタクリである)

というわけで、会の講師紹介に著書が挙げられていて、書籍販売は主目的ではなく(人数分の書籍を持ち込んでいたら怪しいが、現物はなかった)、購入するかどうかを判断する時間的余裕を与えていたから催眠商法ではなく、われわれも引っかかったと叱られるいわれはない(という自尊心に振り回されてはいけない)。しかし、とても印象深かった。

催眠のキモは考える時間を与えないことであろう(荒っぽい業者は、カモが正気に帰っていても態度を豹変させて購入を迫るそうだが)。また値段を数万円程度にすることで「ま、いっかぁ」という気にさせる業者もいるらしい。今後はスマホを使わせてオンラインで申し込ませる手口にも注意が必要だ(クーリングオフが難しい)。サクラがその場でネット購入し、それを「さすが奥さん」とおだて上げ、おまけの一つも出したら釣られる人続出だろう。会場では品切れにして欠乏感を煽るかもしれない。とはいえ業者が白に近いグレーゾーンを攻めてきたら第三者は口を出せない。乗せられやすい人は自重を。

ところで挙げられた2冊について書名を書いていなかった。『なぜ疑似科学を信じるのか: 思い込みが生みだすニセの科学 (DOJIN選書)』と『「自分だまし」の心理学(Amazonアフィリエイトへのリンクを張りましたのでゆっくりとご検討を)。会の案内には他にも書名があがっていた。興味のある方は著者名で検索を。

「私は騙されない」という人も


最後に。催眠商法の現場に行っても自分は大丈夫という人はいるでしょう。慣れた人ならばもらえる物だけもらって帰ることもできるでしょう。標的にされた場合と違い、「騙されないと自信のある人ほど危ない」は必ずしも当てはまらない。

しかし、あなたはその場を盛り上げ、被害者の判断力を低下させる共犯者になっている。あなたが逃げきることで、逃げ切れなかった人たちが餌食になる。

頒布会そのものを台無しにするならば話は別だが、会場に入ること、その場にいること、手を上げること、物をもらうこと、そのすべてがおとりしての役割を果たしかねないということを理解してほしい。

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2015/09/20

伊達に行ったのは伊達じゃない

9月13日。急遽参加を決めた前夜の懇親会で「解禁〜」とひとりだけ酒を飲み(他の参加者は皆さん自動車でお帰りなので...ならなんで「食と地酒」の店に!)、ホテルまでの約3kmを歩いたら飲み足したくなってサイゼリヤへ行った影響かすっきりとした目覚め。風呂を浴び、朝食を摂ってさっさと出発した。

Google Mapsの経路検索によれば、福島飯坂ICで降りても二本木ICで降りても大して時間は変わらないので、福島松川PAで降りて松川事件現場をもう一度見ていくことに。高架橋の上から朝日に照らされた現場を一望して大満足。鉄柵に肘をぶつけたのも気にせず、次の目的地である伊達市役所へ向けて出発したのが8時前。

伊達市役所入口。右手に放射線測定値を示す電光掲示板。伊達市役所には8時半に到着し、駐車場にも余裕あり。入口脇には放射線量を示す表示盤。建物から電気が取れるからだろう、おなじみの太陽電池パネルは付いていない。赤色灯がついているのは異常な上昇があったときの警報用?(なら普段は緑色灯が点いているのかな? 休日だから消灯しているだけで)

エントランスホールに入ると、右側の市役所窓口へ通じる通路にはシャッターが降り、左手に進むと市民ホールには高井さん撮影の写真が展示されており、右を見るとダイアログセミナーの看板。ああ、ここだ。2010年に生化若手の会夏の学校に参加した時もそうだったが、2日目から参加すると、他の参加者はもう馴染んでいるのに独り浮いているような寂しさを覚えるもの。

第12回ICRPダイアログセミナー


前日に血を抜かれて、血糖値が下がっていて、睡眠不足という状態なので(特に午後は)しばしば意識が飛んでしまった。幸いなことにダイアログセミナーについては資料や実況ツイート情報がwikiにまとめられている。

会場からのツイート

まずは健気に会場から投稿したツイートを拾ってみよう。



4年半経って実測値で論じられるようになったのは大きいな。(10:22:20)

これは早野先生の発表だったか。乳幼児用ホールボディカウンターBabyScanで2700人を測定したが、放射性セシウムが検出(下限は50Bq/body)された例はないというもの。これはほぼ同じものをより多く食べている親の検査結果(山に自生するものを未検査で食べるなどしない限り不検出)からの予想と一致する結果だが、「子供に問題となる汚染はないはず」ではなくて「子供に問題となる汚染はない」と言い切れるところが大きい。

3年経って振り替えるのは有意義。(12:25:59)

これは午前中最後のセッション「あれから三年」というパネルディスカッションを聞きながら(「振り返る」のタイポである)

人類遺伝学の初歩は中等教育ではやっていないんだろうな。(12:37:06)

これは、相変わらず低線量被曝による遺伝的異常を心配する人への苛立ち(異常を疑われて子供が結婚差別を受けることを心配しているのなら親を責めるのはお門違いなのだが)。たしかに放射線で突然変異は誘発されるけれども、線量も線量率も桁違い(大雑把に言って100万倍)である。さらに言えば、その中には(少数例ではあるが)優れた形質を示す突然変異もある。だから放射線育種なんてものもあるわけで。被曝して超人が生まれると考えるのはSFの見過ぎと言えるだろうが、被曝したら突然変異体が生まれるというのも短絡しすぎ。そして、あまり強調したくはないけれど、人は誰しも病気の遺伝子を複数持っている。遺伝子の異常によらない先天性疾患もある。だから人為的な放射線を全く浴びず、自然放射能の弱い地域に住み、有害な化学物質への暴露もなく、配偶者の家系を7代遡って調査して問題が見つからなかったとしても(こういう調査をする人は自分の家系も調べているのだろうか?)、先天性の障害を持つ児は産まれてくる。人生は当たる確率の小さいのロシアンルーレット。それが人類遺伝学の初歩か?と突っ込まれると困るけれど。

ま、中等教育では「健康な子孫を残すために摂生しましょう」は教えられても、「どんなに注意しても病気を背負った子は生まれるときは生まれます」を教えるのは難しいか。でも、「先天性障害を負っているからと言って不幸とは決めつけられないし、〈生きる価値〉を判定してはいけない」はしっかり教育して欲しいところ。

安東さんの名司会。(12:46:59)

緊迫したパネルディスカッションが終わって安堵。それにしても言葉の齟齬は怖いと思った。山本さん(登壇者として紹介されるまでツイッター名しか知らず、それは人前で声に出すのは憚られるため、開会前に写真展でお見かけしても挨拶できなかった)が「地元のお母さん」と言ったとき「地元って、横浜?それとも福島?」と一瞬混乱した。どちらでもそれなりに意味が通じて、しかし全く別の解釈に至りかねない。幸い今回は皆さん「横浜」と理解されたようだけれど、代名詞以外にも、こんなところにも陥穽があるなんて。

午前の部は終わり、午後は13時45分からというアナウンス。2階で弁当を配布していると言うが、招待された方や関係者が優先と遠慮して、外へ食べに出た。そのため大森&宮崎のフルート演奏は聞けず。

「正しさは恐い」 (14:53:30)

これは「対話:ステップ2―未来への歩み」での宮井さんの発言だろうか? その前のベラルーシから来た小児科医Raisa Misiuraの発表は途中までしか記憶にない。

宮井さんの発言(だと思う)ではもう一つ「誰が言っているかが重要」というのが印象深い。ネットが普及して早い時期から「匿名実名論争」というのがあった。匿名(ハンドル)擁護派は「誰が言ったかではなく、何を言ったかが重要」と主張し、少なくとも日本では匿名派が優勢だ。だが、端的に言ってそれは嘘。嘘と言って強すぎれば、それはある限定された条件下でしか成立しない。

被災者自身が言えば受け入れられる言葉でも、県外の論評屋が口にしたら「ふざけるな」と猛反発をくらうものがある(実際、おかげで科学リテラシーが高まったと言って公の場で「そんな科学知識ならいらない」と怒鳴られた例もあるとか)。この点、「内容だけで判断」という人は地雷を踏みがちだろう。私もいわゆるモヒカン族の気がある(なんせ、Mad Max: Fury Roadを2回も見に行っちゃったもんね、違うか)ので注意したい。...ちなみにニフティサーブで主宰していたフォーラムは実名制です。

未来と現在の間には断絶が割り込んでくることがある。3.11が典型。(15:03:04)

誰かが未来と現在は繋がっているみたいなことを言ったのにイラッとしてツイートした。今は反省している。

大人げなく怒れる人の貴重さ。(15:33:14)

これはICRPの丹羽先生が怒鳴り散らしたというエピソードを拝聴しながら。togetterを見ると「丹羽先生が場外乱闘を」と紹介されている。また早野先生のツイートでも(「言われたいた」→「言われていた」)

ちなみに丹羽先生には「細胞工学」に寄稿していただいたことがある。郡山でお会いしたときに名乗ったが、もちろん覚えてはいらっしゃならなかった。こちらも内容は忘れていて、単に「著者には丹羽が2人(丹羽太貫と丹羽修身)いた」で記憶していたに過ぎないのだが。

エピソードの力侮りがたし。(15:41:55)

これは早野先生が紹介した研究で、おそらく「誤った情報を正すための3つのコミュニケーション術」と同じ内容。すなわち「1.事実をもって反証を試みても、奏功しないどころか逆効果になる」「2.デマへの言及を繰り返すことで、そのデマを期せずして広めてしまう」「3.相手を肯定することは効果的だが、実行は難しい」そして3つの筈なのに4番目「4.ストーリーの力を常に過小評価してしまう(以上4つは記事の見出しで、3つのコミュニケーション術とは「噂を打ち消してデマを払拭する過程で、誤った情報を繰り返して発信しないこと。説得力のある、前向きなストーリーを利用すること。そして、情報は多ければ良いとは限らないと心に留めておくこと」)

このストーリーで訴求するとは前日の心理学カフェで紹介された悪徳商法が用いるトリックである(それで心に響いてツイートした)

この後も17:30の閉会までいろいろな人が発言をして、考えさせられた。私に何ができるだろうか。そもそも今回やってきたのは、これが最終回と聞いたからで、いってみれば葬式鉄(廃止となる路線や列車、特にその最終運行ばかり乗るとか撮るとかするような鉄道ファンの蔑称)みたいなもの。産業を持ってくるような才覚はもとよりないが、「できません」で手あぐらをかいていては申し訳ない。

帰ってから考えた

『飯舘村を歩く』著者の話は、初めなんとなく神経に障ったが、午後のセッションで「ひとりで考えて腹に落とすことが大切」と言うのを聞いて、敵視することはないと考えを改めた。帰りの運転中は安全運転を心がけ(そのおかげか驚異の燃費21.2km/L)、翌日になって記憶を反芻した。


まず思ったのは、12日の心理学カフェでも感じた、デマや悪徳商法がエピソード(物語)の訴求力で攻めてくるのに、対抗する側が持ち出すのが情緒を削ぎ落した科学の言葉では勝敗(大衆の判定)は見えているだろうということ。ストーリーで訴えるのを「不誠実なトリック」と排除していては人々の共感は得られない。それを実感させられたのが、安東さんの語る従姉妹のエピソード。普段は涙声を聞くとそれだけで冷淡になってしまうのだが、市井の人を襲った不条理の事実を突きつけられて思わず貰い泣きしそうになってしまった(馬齢を重ねて涙もろくなった、というのもあるかもしれない)。避難指示が解除されず、そのため留守にした自宅がネズミに荒らされて住めなくなってしまい帰還を断念したのだが、そこは原発からの距離が近いというだけで、線量率は低く、住もうと思えば住めた。少なくとも頻繁に帰って来ていれば住めなくなるほど荒れることはなかった。国の言うことを信じて二度も裏切られたという嘆きが聞こえるような気がした。


また科学の言葉で考えるのは、訓練した領域でなければ難しいだろう。エネルギー問題で見識を示した人が、自身や家族の健康問題では〈鰯の頭〉に縋るようなことがあってもおかしくはない。「病気に効くかどうかは二重盲検法で確かめなければ」「有効な治療法があるのに、それを使わせないなんて非人道的だ!」「あんたは壺売りの手先か!」と噛み合わない啀み合いになるかもしれない。


そして「誰が言うかが大切」もそうだけど、声は届いているけれど、言葉が通じていない状況をどう打開するか。「こっちが正しいことを言っているのに、感情的に反発する困った人たち」とレッテルを貼っても、精神的勝利法でしかないだろう。これに関しては今のところ、無用に刺激するのは避けて逆鱗の位置を特定するという消極的手法しか思いつかない。しかし必要なのは相手を肯定すること、そして前向きなストーリーを共有すること。

福島の酒


消極的な「手を引っ張らない」協力から一歩ふみ出せば、それは「支える」だろう。考えなしに「後押し」まですると、ありがた迷惑になるかもしれない。

※一般には「足を引っ張る」という比喩を使うが、これはどうも「首吊りの足を引っ張る」の短縮形らしい。邪魔をするという意味ならば「手を引っ張る」で十分かと。

というわけで、伊達市が用意したのであろう参加者への記念品は、余ってしまうのもよろしくなかろうと、全員に行き渡ってであろうことを見すましてからいただいてきた。中身が猪口だと分かって思い出したのが「福島の酒を買って帰る」というミッション。市民ホールには日本酒や焼酎が展示されていたので、市の職員を捕まえて「酒はどこで買えますか?」。はじめは勘違いされて薄皮饅頭の保原柏屋への行き方を説明されたが、酒を買いたいと強調したところ、しばし考えられてから酒を置いているドラッグストアを紹介していただいた。行ってみると、道を間違えたのか、純粋な酒屋があり、選り取り見取り。ホールで紹介されていた酒のことはコロッと忘れて、ほまれ酒造の会津ほまれ(純米酒)と花春酒造の花春(純米酒)を購入。自動車なので一升瓶でも良かったが、万が一口に合わないと困ったことになるのでそれぞれ四合瓶で(杞憂であった)

猪口は「ふくしまダイアログ」「ICRP」と銘入りなので、「余らせない」という配慮は正解。ただ、残念なことに漆塗りなので、その日の晩酌には使えなかった(米びつの中で脱臭中)

市役所駐車場から西の空を見ると雲の上に夕焼けが広がっていた。

最後に伊達市の夕焼けを。


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2015/09/15

松川事件現場再訪

8月27日に松川事件の現場を見に行き脱輪して散々な目にあったが、13日に伊達市に行く用事ができたので、寄り道をして近くを通る高架橋の上から改めて現場を眺めてきた。

線路が1本、上下にやや右カーブしながら走っており、その脇に殉職之碑、慰霊観音、謀略忘れまじ松川事件の碑が並んでいる。県道の高架橋から金谷川駅方面を望む。この線路からレールが1本取り外され、上り列車が脱線転覆して乗務員3人が殉職した。中央に見える黄色の塔の手前にあるのがJR東日本労組建立の碑、先にあるのが慰霊観音と殉職之碑。右側手前に松川記念塔がある。

慰霊観音と線路の間には高いフェンスが張られている。以前はなかったもので、現場を見に来た人間が線路内に立ち入ることを嫌ってJRが設置したらしい。

石塔とそこから下がったところに作られた四阿松川運動記念会が建てた「松川記念塔」と、その周りに四阿等を整備した松川記念塔公園。記念塔はJR東北本線の上り線のすぐ近くにあることがよく分かる。右下に写っているのは高架橋の手すり。

記念塔の下の小さな広場には公園の由来を記した小さな看板が立っている前回は案内されるままに中央の看板のところまで自動車で入り、転回して帰ろうとしたところ、水路の石蓋がきれた少し先で脱輪した。この石蓋が道の右端なのでもう少し左に寄らなければいけなかったのだが、左側の田圃を警戒するあまり右寄りに走行して脱輪。ウインチで引き揚げられたあとが見えるような見えないような...

記念等公園へ続く丁字路左側が事件現場、右手前に記念塔公園。最初に来たJAFのレッカー車はこの辻から先へは進めなかった。乗用車なら入れないことはないが、ここに停めて塔までは徒歩がお薦め。記念塔公園で道は行き止まりなので、駐車しても迷惑にはならないだろう(農作業車が来たら話は別)

田んぼの脇に細い未舗装の農道が曲がりくねって続いている。
記念塔公園までの道全景。徒歩なら松川駅方面(手前)からも歩いてこられる...かも?

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われわれは詐欺団だ。お前達はカモられる。抵抗は無意味だ。

会津若松市で献血を済ませた後、ツイッター経由でお誘いを受けた猪苗代サイエンスカフェ主催の心理学カフェ「怪しい情報に騙されないための思考法」に参加すべく郡山市へ向かった。時間的に余裕がなかったため、途中でソースカツ丼を食べるというプランは放棄。にもかかわらず駐車場探しに手間取り数分遅刻してしまった(そしてお約束通り、終わってから外に出てみると、案内通り眼の前にコインパーキングが...ストリートビューでの確認をしていなかった)こくちーずでは「参加2名」となっていてどうなるかと心配していたが、直接申し込まれたのか、そこそこの入りだった。初参加を検討した人が怯えてしまうから、水増しする必要はないけれど、正確な人数にまでは増やしておいた方が良い。

騙されるのが正常


講師は菊池聡。「菊池先生のサイエンスカフェに行った」というと「大阪大のキクマコ先生」と思われがちだが、こちらは信州大学人文学部の教授で、研究分野は認知心理学。県内では精力的にオレオレ詐欺などの特殊詐欺被害を防ぐための活動をされているようだ。

そして国や自治体による啓発活動が後手後手に回っているのは、手口を覚えて防衛するという手段に偏っているためと指摘。それはそれで役には立っているけれど、新しい手口の前には為す術もない(昔のコンピュータウイルス対策のいたちごっこが同じ轍を踏んでいたことを思い出した)

また、知識があれば防げるという思考は、「騙された人は無知」「あれだけ気をつけろとテレビでも言ってたのに覚えてないの?」果ては「認知症なんじゃないの?」という犠牲者非難に向かいやすい。財産を奪われた上に身内からも責められて抑鬱状態に陥り、中には自殺してしまう人までいて、二重の被害になっている。

ここで聴衆へ質問。「皆さんは、自分は騙され易いと思いますか、それとも騙されないと思いますか」。自信家ほど簡単に騙されるという知識があるので、不正直に「騙されるかも」で手を挙げたが、会場には「騙されません」と自信満々の人も。もちろん「そういう人ほど騙され易い」と話は進む。

「まともな判断力があれば騙されない」というのは思い込みで、人間の認知機構は現実をありのままにではなく、かなり解釈で補いながら、手間を省いて認識している。だから、その隙を突かれるとコロっと騙される。ということを理解させるために100円硬貨を記憶で描かせ(ふだん使っているのに図柄をほとんど覚えていないことに愕然とする)たり、各種の錯視図を見せたり。チェッカーシャドウ錯視は比較的有名だと思っていたが、初見の人には信じられないらしく、手を変え品を変えて「AとBのタイルは同じ色」と説明しても納得されない様子はなかなか楽しかった(フォトショップのような画像編集ソフトでRGB値を示すか、カラータイルの現物で示さないと納得されないかも)

錯視の研究は世界的に進んでいて、東京には錯覚美術館というものもある。「抵抗しても無駄です。あなたの視覚計算済み。」と掲げられているように、理論的に錯視が作り出されている。席上、この美術館の存在をちょっと紹介したが、翌日カフェ主催者から15年の12月で閉館となってしまうという指摘。ああ、金の切れ目が縁の切れ目なのか。以前に行ったことはあるが、閉館前に表敬訪問しておこう。

2つの図形を重ねながらずらしていく参加者(組写真)
閑話休題。ジャストロー錯視では、初めに「同じ大きさに見えますね」と言われたので、実は上の図形が大きいだろうと思っていたら、大きく見えるのが錯視という凝ったデモンストレーション(気付くのに時間がかかった)。得心のいかない参加者は休憩時間に自分で図形を重ねていたが、2つの図形は(ほぼ)同じ大きさですから!

要するに「私は大丈夫」というのは酔っぱらいの「おれは酔ってない、ヒック」と同じくらい当てにならない。

エピソードの力


このように人の目というのは当てにならないものなのであるが、「この目で見たのだから」という自信はなかなか強いものがある。懐疑論者の中にすら「自分で確かめるまでは信じない」という人もいる。あんたはカッパーフィールドや引田天功(2代目)のイリュージョンを見たら瞬間移動や空中浮遊を信じるのかと(菊池教授はマジシャンのナポレオンズと組んで詐欺防止講習会を行ったこともあるとか)


盲目の物理学者が、臨終の床で聖職者から「神を信じますか」と問われ、「私は盲目なので、手で触れられるものしか信じません」と答えたとかいう話が好き。

「この目で見た」「私が経験した」は本人に対してのみならず、なぜか他人に対しても影響力がある。と、ここで怪しげな開運商品の広告がぞろぞろ。私に言わせれば、そもそもそんな経験談の主が実在するかからして怪しげなのだが、千歩譲ってそれを認めるにしても、商品購入との因果関係の証明にはならないというお話。ある程度数が売れれば、購入者の中には幸運に恵まれたと思えるような経験をする人も出るだろう。時には購入者自身が幸運に恵まれたと思えるような経験をするかもしれない。自動車を運転していて、交差点で停止する前に赤信号が青に変わればその程度でも「ラッキー!」と思えるものだし。

四分割表


エピソード主義というのは、三た論法すなわち「買った」「いい事があった」だから「効いた」に支えられているという(私が初めて三た論法という言葉を聞いたのはたぶんブルーバックスで出されていた佐久間昭の本、『薬の効用』かな? で、その当時は日本の医薬品業界が二重盲検法によらず「使った」「治った」だから「効いた」という怪しげな臨床試験に蝕まれていたそうだ)。実際には使わなくても治る例はある(書籍編集者が、医師に「本のミスと違って医術のミスは人命に関わるから大変ですね」と言ったところ、「患者の身体と違い、本の間違いは自然になおることはないから大変ですね」と返されたという話がある)、し、中には使わない方が治癒率が高いことだってあるかもしれない。

連続した起きる事象の間に因果関係を認めるのは得てして誤謬であるが、生存には有利に働き(危険を確認するまで行動しないよりは、以前の例と照合して危険発生と判断して回避行動をとった方が生き残りやすいだろう)、それゆえその認知システムは進化的に保存されてきたのだろう。また例外的な事象は強く印象に残る(「マーフィーの法則」は概ねこれ)こともエピソード主義を支える。商業報道は「犬が人を噛んでもニュースにならないが」なので、珍しいことがあれば取り上げる。しかし視聴者・読者はそれを恒常的な出来事と捉えがち(本来なら取り上げたところで地域面で終わりそうな雨乞い祭りの開催が、最中に雨が降りだしたために全国面に載ってしまった例が紹介された)

エピソード主義にだまされないためには、「した/しない」「変化があった/なかった」という2×2の四分割表で検証しなければならない。「やったら変わった」だけを見ていると、「雨が降るまで続ける雨乞い」は効果があることになってしまう。しかし、いつもいつもそうやって考えるのは大変なのだ。だが、せめてお金や健康に関わる事案の判断には「本当にそうだろうか?」と四分割表に当てはめて考えたいもの。

ちなみに怪しげな開運商品の一部(パワーストーンとか幸運を呼ぶ指輪とか)は青少年向け雑誌の定番広告。ある高校での出前授業で、これらの広告に掲載されている経験談はなんら効能の証明にはなっていないことを理解させてから、「受験雑誌に載っている合格体験記も似たようなもの」とやって、あとで進路指導の教諭から苦言を呈されたらしい(笑)。ただ、1つの体験記を鵜呑みにする生徒もいないだろう。いくつかの体験記から自分にあった(都合が良いとも言う)勉強法や生活習慣を見つけ出すのが悪いこととは思えない。むしろ人の成功体験を参照もせず、勉強も自己流(あるいは勉強しないことを正当化)という方がよろしくない気がする。

催眠商法


という説明を終えて、先生はにこやかに「さぁ、どうですか。もう騙されないという自信はつきましたか。」と問うてくる。その手は食わないぞと構えていると、今日話した内容はこれらの本にまとめていますと自著を2冊紹介し、まだ在庫がたくさんと笑わせる。参加者が書名をメモしたり、中にはスマホを使ってAmazonに注文したりするのを確認してから、急に険しい顔になり、「いま、この本を買おうと思った人は催眠商法にひっかかるおそれがあります」と警告。参りました。

かくして参加者は騙しの手口のみならず、その基本原理と対処法(の一部)を学んだ訳であるが、どうであろうか、たしかに騙されにくくはなったけれど、もう騙されないと言い切れるだろうか。

たとえば急かされたら判断を誤るだろう。急かされたら危険という知識はあっても、金額が小さいと「ま、いっか」とならないだろうか。6桁を超える詐欺に目を奪われがちだが、10万人のうっかりさんを相手に1000円ずつ掠め取る方がおそらく簡単だろう。ちなみにそれで8桁である。「出し子」「受け子」を雇う場合はある程度まとまった金額を詐取しないと上納金で赤字になるが、ワンクリック詐欺の類だとどうだろう。

また今回の私が典型だが、知識があるとそれで判断してしまう(「長さが同じ見えるものを示されて長さを問われたら、実は異なる」というように)。マスを騙す場合には常道に従うだろうが、特定個人を狙う(標的攻撃、ピンポイント攻撃)場合は思考特性を吟味してくるだろう。そうなったらたぶん持ちこたえられない。

たとえば「うまい話には裏がある」という原理だけで判断していると、「信じなかったために儲け損なった」「乗った連中は正当に儲かっている」という経験を何回か繰り返されてから、「仮に損をしてもこれくらいだから、洒落だと思って参加して」と誘われたら、「儲かるとは思ってないよ」と言いながら手を出してしまうだろう。

詐欺師共は冷徹だ。儲かると分かれば恥も外聞も捨てて攻めてくる。一方のこちら側は心理的に隙だらけな上に、「儲かりたい」「いい人だと思われたい」といった認知を歪める欲望に取り憑かれている。「悪徳商法にだまされない若者を育てるための教育基金詐欺」なんて手の込んだ話が来たら、「騙される人が減るといいですねー」なんて優越感に浸りながら一口乗ってしまうかもしれない。そして「その基金は詐欺」という指摘があっても耳を塞ぎ、あるいは反論してしまうだろう。

幸い今のところはオーダーメイド詐欺の標的にはなっていないと思うけれど...

われわれは詐欺団だ。
お前たちの財産をわれわれに同化する。
抵抗は無意味だ。

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献血ルーム巡り11(福島県・赤十字血液センター会津出張所)

今回は会津出張所での献血のあと郡山市で「心理学カフェ」、その翌日には伊達市で開かれている「第12回ICRPダイアログセミナー」とハシゴをしたので、書きたいことがたくさんあって、早く整理しないと忘れてしまいそうなので急いで書く。

もともとの予定では、9月の献血は月末のはずだった。それが福島エクスカーションに参加したとの当ブログエントリーを読んだ方から、(こいつなら福島まで来るかもと期待されたのか)郡山でサイエンスカフェを開くとの連絡をいただいた。初めは「テーマは面白そうだけど郡山はねぇ...」と思っていたが、午前中に献血を済ませれば間に合うことに気付き、9月12日に日帰り強行軍を設定した。と、その後からICRPのダイアログセミナーが12,13の両日に開かれ、これが一連のダイアログセミナーの最後になるという情報。うーむ、これは聞きたい。会場の伊達市は遠いけれど郡山からは近い、ということで郡山に一泊することにした。そのため今までの遠征は前泊だったが、今度は早朝に出ることに。

会津出張所


出発して間もなく震度5弱の地震に見舞われる(地震とは思わず、エンジンの不調で車体が震えだしたのかと思った)も、土曜の早朝は道が空いていていて快適。順調に会津へ向かう、と書きたいところだが出発が少々遅かったのに加え、途中で巡邏中のパトカーにぴったりとつかれて制限速度順守走行を強いられたり、パーキングエリアで空揚げそばを頼んだら肉を揚げ始めて待たされたりがあって(最大の原因は出発遅延だが)、予約の10時になってもまだ高速道路の上。うまい具合にパーキングエリアがあったのでそこから電話をし、「気をつけておいでください」と焦りを見透かす注意を受ける。さらに例によってカーナビが音声案内を終了しても建物を見つけられないという事態発生。さいわいにも屋上に設置された大きな赤十字マークを彼方に発見して辿りつくことができた(帰りはすんなりと表通りに出られたので、何が悪かったのか謎)。ちなみに「ふくしまけんせきじゅうじけつえきせんたーあいづしゅっちょうじょ」ではカーナビに入力できなかったので、所在地「会津若松市一箕町大字八幡字門田1-2」で検索したのだが、そこに何か問題があったのかも。

受け付け

駐車場に車を入れ、玄関へ入るとスリッパへの履き替え。さらにガラス扉を開けると奥に受付カウンターのある待合室。かなり小ぢんまりとしている(ウェブページに載っている写真を見て分かるように、椅子が8脚)。遅刻を詫び、献血カードを渡すと同意事項の説明から(今までの献血ルームもそうだったはずだが、なぜか新鮮な印象)。ろくに読まないで「はい」と言ってから27年5月18日からの第2版と気づく。どこが変わったのか尋ねると、4の研究利用で、単に「研究開発等に使用することがあります」だったのが「個人を特定できる情報と切り離し云々」と厳格化されたとのこと。

成分献血で予約をしており、「血小板で」と確認を求められたので、「緊急!400mL献血のお願い」というメールが来ていたことを念頭に「全血が不足しているのなら400でも」と申し出るも成分で構わないとの返事。でも後ろに貼り出してあるボード福島市のセンターに掲げられていたのとおなじもの)には「超ピンチ」となっていた。400mL献血をすると3か月はお休みなので(その間に6か月禁忌となる行為に及ぶという道もあるが)、ちょっぴり安堵。

タッチパネルの問診はいつもの通り。ついでセルフ血圧計で測定、したが結果を印字した紙が出てこない。職員2人があれこれ調べ、紙切れと判明(直前に用紙不足の警告が出て、互いに確認しないまま「補充されたもの」と思い込んでいたらしく、紙の点検が最後になっていた)。遅刻したり道が分からなくなったりのせいであろう、深呼吸をして臨んだのに最高血圧150を超える結果だったので、再測定ににんまり。2回目も下がったとは言え140を超えていたが、お咎めはなし。その間に手首に個人識別用の紙テープを巻かれたので、2回目の測定は腕を機械に通すのが大変だった(ここは個人名で呼ばない方針)

トイレ

ペーパーホルダーの隣に貼られた「座位で」のお願い医師による問診を待つ間に荷物を玄関にあったロッカー(硬貨不要)に入れ、水分補給をしてからトイレをチェック。扉を開けると奥に個室が1つだけ。一瞬、間違えて婦人用を開けてしまったかと振り返った。間違いなく男性用と確認してから個室へ。「採血後は、小便も座位で」とある。洋式便器だけなら便座を固定してしまえば合理的と思ったが、固定はされておらず、床には〈誤爆〉の痕が。


白い筐体に灰色のボタンで目立たないボタン
非常呼び出しボタンは目立たない。テプラは水平に貼りましょう(タイルが貼ってあってグリッドになっているんだから)

問診と事前検査

戻って待っていると番号で呼ばれて医師による問診(検診と書かれることが多いと思うが、ブースの表札は「問診」)。「前回献血のあと何か問題は?」「ありません」で終わり。続いて血液検査のための採血へ。前回、採血のあと止血帯を巻かれず指で押さえていろと言われたことに不満を漏らしたが、会津出張所では「包帯は使いません」という説明書きが用意されていた。指で押さえた方が止血成績が良いそうだ。ただ、看護師に頼めば絆創膏の上に包帯を巻いてくれるようだ。

結果は特に告げられず(ルームによっては教えてくれる)待合室へ戻る。本棚を眺めたり(震災のあと会津若松市の仮設住宅へ避難されてきた楢葉町民の記録『会津の日々』(非売品)が雑誌ラックにあった)、ガラス越しに採血室(の美人看護師)を眺めたりして待つ。

献血

短期記憶がいかれているのか、自分の番号を勘違いしていて、呼ばれたにもかかわらず無視。職員が不審そうに眼を向けるので「私じゃないから」と手首を見たら、呼ばれている番号ではないか。慌てて入室。

部屋の右端は検査カウンター、入口正面は問診ブース。残り(左の約2/3)が採血スペース。淡いピンク色の採血ベッドが3,2,3で8台あり、熊谷献血ルームと同じくらいか(熊谷は6床だが、待合室は会津より広い)

ひざ掛け毛布はやや濃いピンクで、全体に明るい感じになっている。アームレストには温パックが用意されていた(前回ほど熱くはない)。前回疑問に感じた「テレビの音はどうやって聞いている?」と確かめるべくリモコンで点けてみるとベッドの平坦なヘッドレストから音が聞こえてきた。イアホンを使う必要はないんだ。

Tシャツ(?)の上にエプロンを着けた看護師は新しい白いニトリル手袋をはめるとエタノールを噴霧し両手を擦り合わせて消毒。次にこちらの肘窩をエタノール綿で3回清拭してからポピドンヨードを塗布。ヨードが乾くまでの間に色々な作業をすすめるのは共通だが、目を離した隙に左手人差し指が茶色になっていた(ヨードで消毒)。その指で未消毒の部位を触ったら消毒した意味がなくなるので、人差し指だけピンと伸ばしているのだが、アレやったりコレやったりが大変そうで、ちょっと段取りが疑問。気になったので、採血の間に他の献血者への作業をじっと見ていたら、あれれ人差し指の消毒はしていない! 別の看護師を見ているとエタノール綿で丹念に拭いているのでヨードは使わないのかと思って目を離すと、いつの間にか指先が茶色になっている。どうなってるの?

いよいよ針を刺す段になって、「メガネが曇って血管が見えない」と言い出した。律儀に鼻までマスクをかけているので、呼気がメガネに当たって曇るのだ。「見ようとするな、感じるんだ」と言いかけたが、洒落にならない気がしたので沈黙を守る。幸いにもちゃんと血管に刺さってくれた。後は4サイクルの採血と(遠心分離した赤血球の)返送が終わるのを待つだけ。

採血ベッドのテーブルにあったラミネートの内容は、福島市の赤十字血液センター献血ルームと同じく、気分が悪くなったらしゃがめ、内出血の予防法、提供した血液の使用を止めて欲しい場合の連絡方法そしてレッグクロス運動の案内。このレッグクロス運動は、見回してみると皆さん真面目にやっている模様。少なくとも隣の男性と向かいの女性ははっきりやっていた(向かいの女性は真面目に足首屈伸をやっているせいか毛布がずれて裸足が露出して結構艶かしかったが、気づいた看護師が毛布をかけ直してしまった)

土曜日のせいか、ほぼ絶え間なく献血者が入ってくる。回転が早いのは400mL献血者もいるためのようだ(成分献血のほぼ半分の時間で終わる)。採血の終わった血液バッグの処置を見ていると、どうも見慣れた光景とは違う気がする。チューブシーラーが据え置き型なのかな。

献血を終えて

待合室に戻ると定型の儀式、すなわち献血カードの返却、「献血の同意説明書」「お願い!」「今一度、ご確認をお願いします!」といった書類の交付そして感謝の言葉。

「今一度、ご確認をお願いします!」は、6か月禁忌に抵触するけど正直に言えなかった人のために、匿名で血液利用を止める方法の説明(電話をかけて採血番号と生年月日を録音すると該当血液は使用されない)。禁忌事項の筆頭は「不特定の異性または新たな異性との性的接触があった」。これはかなり厳しい条件(だし、該当しても正直に答えにくい質問)であるが、B型肝炎ウイルスは性交渉で感染するし、検査で発見できるようになる前に感染させられるようになるという危険極まりない病原体なので危険(かもしれない)性的接触があれば献血をしないというルールを全員に順守してもらう必要がある次第。ちなみに前記リンク先にあった症例の一つはオーラルセックス(をされて? 確認しようとしたらリンク先の毎日プレミアは閲覧回数制限があるようだ)で感染しており、当人はなかなか納得しなかったとか。これはB型肝炎ウイルスだけでなく、C型肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(これに感染した重症例がAIDS)も同じく危険なウインドウ・ピリオドを持つ。

献血記念として社会福祉法人こころんで作られた型抜きクッキー・シュガーラスクを、また予約特典ではエゴマラスクだんでらいおん製造)をいただいた。選べる記念品の中には福島市でもらった「佐賀の神崎 名水そうめん」、いわき市でもらった「タフマン」もあり、どうも株式会社ヤクルトがまとめて提供しているようだ。

前回から新たに挑戦を始めたセブンティーンアイスクリーム制覇ではブルーベリーのチーズケーキを選択。しかしアイス抹茶ミルクに続けると身体が冷えて、これは失敗。献血後の飲み物はホットにしよう。

表からみると玄関ロビーのガラス壁に不気味な白い影が次の予定の時刻が迫っていたので休憩は20分ほどで切り上げて辞去。玄関にはアニメ風の女子の等身大パネルがあった。これこれ、福島市の血液センターにあったのはこれ。裏からみると、白い人形(ひとがた)で、ここでは1つだけど4つも5つも並んでいるとシュール。調べてみると、これは小峰シロという白河観光物産協会の公認キャラクターで、献血にもオリジナルポスターやオリジナルクリアファイルで協力している。

さらに調べるとパネルのきれいな写真を撮影している方が見つかった。

名前の由来は小峰城なのね...


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2015/09/11

松川事件の現場を訪ねる(下)

8月27日、福島県赤十字血液センターで献血をした帰りに福島大学松川資料室を訪ねた。要事前申込ということなので週の初めに電話をし、15時に附属図書館ロビーで待ち合わせることに。

27日は昼前に献血が済んだので信夫山に行って街を眺め、「昼食と、それから給油も」と考えながら福島大学へ向かうもみるみるあたりが寂しくなる(移転整備した大学にはありがち)。「これはまずい」と思ったときには大学の看板が目の前に現れた。駐車場所の確保が懸案だったのでとりあえず入ってみることに。

福島大学


門衛所では特に記帳を求められることもなくすんなり通過。最近は入構にうるさい大学が多いので拍子抜け。よからぬ学外者の入構をもう少し心配したら、と柄にもなく思ったり。

駐車場はほぼ満杯であったが、外部講師用に確保したが当日は利用予定のないらしい空き(コーンを立てた枠の隣に、コーンを片付けた枠があった)があったのでそこに駐車。後で分かったことだが、そこが経済経営学類棟の前だった。

時間に余裕がありすぎたので、学内散策。まず図書館の位置を確認。次に学食で昼食。思いのほか安く済んでしまい、目的の一つ「地元経済への貢献」は果たせず。

講義棟の正面入り口向かって右に2本の垂れ幕「今ここでしか得られないものがある」「地域と共に歩む 福島大学」S講義棟に掲げられた「地域と共に歩む 福島大学」。地方国立大学のスローガンとしては最も無難なところか。もう少しアグレッシブでも、と思わないでもない。

大学が設置した立て看板「過激派団体・カルト団体・悪徳商法等に注意!」大学会館前に掲出された過激派・カルト団体への注意を呼びかける立て看板。「東日本大震災の被災地支援、原発問題の勉強会などを装う勧誘にも注意が必要」とある。

「メッセンジャープロジェクト」参加者募集の貼り紙大学会館の掲示板には、夏休みに帰省したら母校を訪ねて福島大をアピールしてという「メッセンジャープロジェクト」へ参加する学生を募集する貼り紙。

リアルタイム線量計構内にもリアルタイム線量計。この値を見て、高いか低いか判断できますか? 教職員や学生はいつ見てもほぼ同じ値だろうから、ほとんど気にしないのではないだろうか、と思った。

「放射線(能)測定のスキルアップ」講座案内のビラ(A4判)図書館に貼り出された「放射線(能)測定のスキルアップ」講座案内。ちょうど開講中だった。

公開講座「ふくしま未来 食・農教育プログラム」案内(A4判2枚)同じく図書館に貼り出されていた郡山市との連携による公開講座「ふくしま未来 食・農教育プログラム」の案内。対象は農業者の方、一般の方、関係機関など。事前申し込み不要で参加費も無料。あと3回開講される。

小さいテーブルとキャスター付きの色鮮やかな折りたたみ椅子が配置された図書館入口脇のロビー待ち合わせ場所の附属図書館は今夏にできたばかり。左手奥には売店も。正面奥に見えるのは新築祝いの花。芥川賞作家の中村文則が福島大の卒業生ということで、その関連展示も。トイレには便座クリーナーが設置され、メーカーのアンケートも貼ってあった(1枚の用紙にどんどん記入する形式)。「他人が使った便座に座るのに抵抗感がありますか?」には回答した全員(27人?)が「はい」で、「いいえ」は0。「このクリーナーは必要か?」にも回答記入した全員が「必要」で「必要なし」は0。(この製品に恨みはないけどメーカーサイトに書いてある「不潔な便座は肌の炎症を引き起こし、ウイルス性の病気の一因」ってのはいただけないなぁ)

松川資料室


約束の時刻ぴったりに伊部名誉教授入館。お互いに持ち物とか特徴とか伝えていないのにすぐ分かるって... 挨拶もそこそこに移動開始。外に出るのかと思ったら奥へと進んでいかれる。奥にある目立たない扉の錠を開け、階段で下へ。

ガラスケースに収められた資料松川資料室はいろいろあったそうで、現在は図書館地階にある。なるほどそれで図書館で待ち合わせたのか。事前連絡無しに訪問することは難しそう。斜面に建つ半地下なので窓の外には木々が。ガラスケースの中に飾られた写真パネルに写っているのは廣津和郎と水上勉そして松本清張。

キングジムのパイプファイルの並んだ6段スチールラック公判記録の他、差し戻し控訴審の門田裁判長が書き込みをした記録類も(左棚4段目)。この門田判事、松川事件では無罪判決を出しているが、松山事件の原控訴審では無実の被告人に死刑判決を出している(廷吏に抑えられながら懸命の抗議をする被告人の映像も残っている)。25年後に再審無罪判決が出た時も存命で、新聞にコメントを寄せられていたが、捏造された証拠で死刑判決を出したにしてはずいぶんと呑気な、という印象を持った。誤判は裁判官の避けられない宿命なのか。

『落語辞典』『噺家の手帖』などが並ぶ書棚主任弁護人を務めた大塚一男弁護士(故人)の蔵書も収められている。これは趣味の本。落語好きだったらしい。大塚弁護士に関しては、子息が大学法学部を受験した際、日本史で松川事件を問う出題があったというエピソードを雑誌で読んだことがある。

硬派の本が並ぶ本棚一方こちらは、まるで模索舎の棚を見るような。

松川事件以外の冤罪事件のファイルや書籍の並んだ棚中には丸正名誉毀損事件のきっかけとなった正木ひろしと鈴木忠五の『告発』も所蔵。復刻版ではない(しまった、もしかしたら献本だったかも!)。その向かって右隣には『徳島ラジオ商殺し事件』、左には「丸正事件」や「松山事件」のファイル。

背に「雑誌」と書かれたパイプファイルの並ぶラック雑誌記事もコピーして製本。時系列順と雑誌別に整理されている。共産党が出している「前衛」や「文化評論」が多いのは当然として、廣津和郎が筆を振るった「中央公論」も4冊分に及ぶ。このほか被告人が出した書簡なども収められ、これらは資料検索することができる(ただし、書誌データだけで本文は閲覧できないので、読みたければ別途複写請求をすることに)

なお、福島大学には松川事件研究所があり、「資料室の事業を引き続き行うとともに、事件の背景と実相、松川裁判、松川救援運動、それに出版・報道などマスコミの論調などについて、多面的・総合的に取り組む」とある。



冤罪・誤判の実態と原因の分析、裁判員制度の実施、刑事司法改革、さらには司法官僚制度な ど、最近の刑事事件に係る事例を挙げただけでも、「松川」から学ぶべきものは少なくない。むしろ、「松川」の意義は大きくなりつつある、といえる。

研究所のウェブに掲げられているこの趣旨には同感で、資料の散逸や劣化を防ぐだけでなく、積極的に活用してもらいたいと思う。ただ、残念ながら研究所の研究成果ページは2011年のオープン以来空白のままである。

事件現場


今年7月に発表された「松川事件と福島」を複写していただき、NPO法人福島県松川運動記念会の案内と資料室のパンフレット(末尾に基金への募金のお願いがあり、これ自体は平成23年6月に終了しているが、随時受け付けているとのことなので、志ある方はご協力を)ももらい、さぁ現場への行き方を聞こうと思ったら「案内しましょう」という望外のお言葉。自動車に乗っていただいて現場まで。

真新しい白い菊が供えられた高さ3メートルほどの台座に載った石像事件現場脇に建つ犠牲者慰霊観音像。新しい花が手向けられていた(事件発生は8月17日)。一般に観音像と言われているようだが(現場では先生、なんとおっしゃったかな?)、いま写真を見ると観音菩薩っぽくない。あえていうと地蔵菩薩の印象。

高さ3メートル近い「殉職之碑」は墓石のよう観音像の隣にある国鉄職員有志が建てた殉職の碑。三人分の稲荷ずしが供えられていた。事件翌年に建てられたこの碑には、当時の被告人を犯人視するような記述もあり、この碑には手を合さないという被告人もいたという(という話は人が殊勝そうに手を合わせる前に教えてください! まぁ、先に聞いたら聞いたで、どう振舞ったら良いか悩んだだろうけど)。無罪判決確定後に建立側から削除の申し出があったそうだが、敢えて削ることもないと残されていると。

幅広い意志に銘板をはめ込んだ「謀略忘れまじ松川事件」の碑こちらは少し離れて東日本鉄道労働組合が建立した碑「謀略 忘れまじ松川事件」。碑文は松崎明による(なるほど、それで「謀略」ね)。伊部先生はこの碑文にはご不満な様子。ちなみに後ろに写っている高架橋から現場一帯が俯瞰できるとか。

高台に建てられた松川記念塔と伊部先生無罪判決確定後に建てられた、廣津和郎の碑文を掲げる松川記念塔。裏には「二度と松川をくりかえさせないために1964年9月12日これを建てる。」と刻まれている。立っているのは案内してくださった福島大学の伊部名誉教授。これは現場から200メートルほど離れていて、東北本線上り線路脇である(電車が通って、どれだけ近いか実感した)。「松川記念塔公園」という看板が立っていて、四阿もある。ここは松川運動記念会が管理しているらしい。

田圃の向こうに慰霊碑と線路が見える記念塔の場所から現場を望む。黄色い鉄塔の右に慰霊観音と殉職の碑。なお、事件に巻き込まれたのは旅客列車で、乗客に怪我はなかったのかというのが疑問だったが、客車は転覆しなかったため乗客に被害は出なかったのだと。いただいた資料を見ると、9両編成で実に600人以上が乗車していたという(wikipediaにも「客車2両も脱線」とまでしか書いてない)。場合によってはとんでもない大惨事になるところだったのだ。

松川記念塔へ続く農道の向こうで乗ってきた乗用車が傾いている。JAFのレッカー車は農道に入れない。慰霊碑前までは自動車で行っても(未舗装の狭い道に平気なら)構わないが、松川記念塔公園までは徒歩で行くのが無難。記念塔の前で無事に方向転換できて安心した途端に脱輪した。JAFを呼んだが道が狭くてレッカー車が入れず、郡山から交代を呼ぶことに。聞けば左側の田圃に落ちた自動車もあるとか。伊部先生は戻るJAFにお願いして送ってもらった。その後、救援車にウインチで引き上げてもらうという珍しい経験をして無事脱出。その人も以前に救出経験があり、どうやら魔の事故多発地点であるようだ。

「辛くて生姜ねぇ!!」のガラス瓶
予定外の3時間ロスに慌てて高速に入り、給油はサービスエリアで(145円/L!)。土産物もSAですまそうと思ったら、日本酒(に限らず酒全般)は置いてない! とりあえず「うまくて生姜ねぇ!!」の姉妹品、「辛くて生姜ねぇ!!」その他を購入。次回、会津に行く際は忘れずに日本酒だ!

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2015/09/10

松川事件の現場を訪ねる(上)

せっかく福島市まで出かけるので、どこか立ち寄るべきところはないかと出発前に検討したところ、かの松川事件の現場が近いことに気がついた。

松川事件とは


松川事件は1949年8月17日に起きた列車転覆致死事件で、日本の代表的な冤罪事件である。下山事件(当時国鉄総裁の下山定則が行方不明となり、線路上で死体となって発見された)、三鷹事件(三鷹駅構内で無人の電車が暴走して民家に突っ込んで死傷者が出た)とならんで国鉄三大ミステリー事件と呼ばれる。

三鷹事件と同じく共産党員の犯行とされ、一審の福島地裁では起訴された20人全員が有罪判決(内5人が死刑)を受けた。しかし当初から強引な捜査(摘発の端緒は未成年者の別件逮捕で、自白した被告人は拷問を受けたと主張)への批判があり、自白と客観的な事実との食い違いも指摘された。また二審判決後に検察庁が被告人のアリバイを証明する証拠(諏訪メモ)を隠し持っていることが明らかになって破棄差戻しとなり、最終的には全員の無罪判決が確定した。この間、実に14年。

裁判批判


裁判中、報道が検察寄りであることを危惧した弁護人の働きかけで、法廷外でも被告人の無実を訴える運動(「松川運動」)が展開され、呼応した作家の一人、廣津和郎は雑誌「中央公論」で判決批判を連載した(後に書籍『松川裁判』にまとめられた)。同じころ、山口県で起きた強盗殺人事件(八海事件)の弁護人がカッパブックスから『裁判官』を出版して二審死刑判決を批判した。これは映画化されポスターに使われた台詞「まだ最高裁があるんだ」は流行語にもなった(後年、労働裁判で労組側に有利な判例が変更された結果、高裁で勝訴しても「また最高裁がある」という嘆きが聞かれたとか)。これらの動きに対して時の最高裁長官である田中耕太郎は「雑音に耳を貸すな」と訓示して影響を抑えようとした。

ところがその映画「真昼の暗黒」(1956)を見て、自分が起こした傷害致死事件の犯人として無関係の四人が裁判にかけられていることを苦にした犯人が凶気を携えて自首するという椿事が発生する(京都五番町事件)。しかも虚偽自白をした四人の少年は警察官から拷問を受けたと訴えていたから無罪にするだけでは済まない。ついには国会で取り上げられるまでになる。かくして「法廷外での裁判批判は有害な雑音」という裁判批判批判は影を潜める。

冤罪事件は後を絶たない


戦後の冤罪事件には、八海事件や仁保事件のように政治性のないものと、松川事件や三鷹事件のように共産党員の犯行とされたものとがある。九州で起きた駐在所爆破事件(菅生事件)では、起訴された共産党員は無関係どころか、ダイナマイトを仕掛けたのは現職の警察官であることが明らかになっている。その警官Tは身分を隠してシンパとして共産党員に近づき、現場近くへ誘いだしていたのだ。一方、有罪判決は覆っていないものの、白鳥事件は再審開始の条件を緩和した最高裁の白鳥決定にその名を残している。

冤罪事件は過去の話だろうか。今は科学捜査が発達しているから、自白に頼った無理な捜査はない? しかし弘前大学教授夫人殺害事件や足利事件では「最新の科学捜査」によって無実の人が犯人とされ服役している。足利事件の捜査は1990年代である。

そもそも松川事件で問題となった検察官による証拠隠しをなくすための「検察官手持ち証拠の原則開示制度」はいまだに導入されていない。

また松山事件(タイポではなく、宮城県内で起きた強盗殺人事件)で死刑の根拠となった証拠は警察が捏造したものであったが、これも昔の話と片付けることはできない。障害者郵便制度悪用事件で検察官が証拠のフロッピーディスクを改竄して被告人を陥れようとしたのは21世紀になってからの話である。

先日、ツイッター上で「無実の被告人が無罪とならなかったケースを教えて」と弁護士(専門は知財)に質問している人がいた。どんな回答を得たかは未確認だが、巧妙な罠だと思った。無実であるということを裁判以外で証明、というか納得してもらうのは非常に難しい(被告人や支援者が無実だといっただけで信じる人は少ないだろう)。一方で、誤った有罪判決が確定したのち再審で無罪になった場合でも「無罪になっている」と退けられる。循環論法である。もちろん死刑確定から再審開始まで30年近くかかった免田事件の例や、再審開始が決定したときには元被告人は死亡していた徳島ラジオ商殺し事件の例を知れば、「でも裁判で無罪になったでしょ」と嘯くには相当厚い面の皮を必要とする。しかし、そういう人間がいないとも言い切れないのが悲しい現状。

ちなみに大逆事件(幸徳秋水事件)のように、裁判所は頑なに誤りを認めないけれど、事件はでっち上げであり被告人の大半は無実とする説が定着している例はある。

福島大学松川資料室


というわけで、松川裁判そのものは52年前に全員無罪となったのであるが、これは薄氷を踏む様な勝利であって、めでたしめでたしで済ませるわけにはいかない。また真犯人は不明のままである。そして裁判に真相究明と犯人処罰を期待した人達にとって、無関係な人々を起訴したばっかりに主題が替わってしまったことは無念であっただろう。

というような理屈をつけて松川事件発生現場を見に行くことにしたが、詳しい位置がよく分からない。あれこれ調べていくと、慰霊塔や記念碑が複数あって場所もそれぞれ数百メートル離れているとか、道が狭いとか分かりにくいとか、あまり芳しくない情報が集まった。2001年に現場を尋ねた人の書いたものにある、松川駅前の交番で尋ねると「心得たとばかりに用意してあるコピーの地図(しかも蛍光ペンでルート入り)をくれ」るという情報は心強かったが、あいにくこちらは自動車で行くから、その手は使いにくい。

そうこうしているうちに現場近くに移転した福島大学が松川資料室を設置して事件の資料を収集しており、見学もできるということを把握した。現場への行き方も教えてもらえるだろうと期待し、「事前に下記問い合わせ先までご連絡ください」という指示に従って電話。8月27日の15時に附属図書館で待ち合わせることにした。経済経営学類棟ではなく附属図書館なのはなぜ?という謎は当日解明される。

長くなったのでに分割することにし、前半はここまで。

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2015/09/09

献血ルーム巡り10(福島県・福島県赤十字血液センター)

なかなか仕事が決まらないため、暇つぶしと社会貢献を兼ねて始めた献血ルーム巡り。福島県の二番目は福島市内にある県赤十字血液センター内の献血ルーム。今回も前泊することにして、「ホテルを予約して、ホームレスの生活自立を支援しよう」というhotels4changeから白河市のホテルルートイン新白河駅東を予約。ここは福島エクスカーションに参加すべく新白河駅に降り立ったときに「あ、ここにもルートイン」と思ったものだが、距離も手頃、値段も手頃ということで決定。

前泊


翌朝撮影したホテルの車寄せ。隙間なく駐車している。
booking.comの情報には「駐車場なし」と恐ろしいことが書いてあるが、ホテルのページには「無料」「先着順」「113台」「近隣コインパーキング有り」と(最後の一項目が意味深だが)頼もしいことが書いてある。Googleストリートビューでホテルの駐車場があることを確認して出発した。しかし、着いてみると満車! フロントでは車寄せに停めても構わないというけれど、そこもすでに一杯! もう一回相談すると近くの〈無料駐車場〉を紹介してくれた。新幹線駅の目の前なのに、皆さん自動車で来られるんですなぁ(人のことを言えるか)。着いたのが21時を回っていたため、ホテルのレストランは閉店、周辺に店らしい店もなく(駅まで行けば〈はなの舞〉があるのは分かっていたが)虫の知らせか途中のPAで蕎麦を食していたのを良いことにそれを夕食とすることに決定。

前回宿泊したいわき泉駅前はバス・トイレの広さとバリアフリーに驚いたけれど、残念ながらこちらは普通に狭い〈ホテルのバス・トイレ〉。便座が斜めなので普通より狭いかもしれない。それでも放尿姿が鏡に映らないのは高評価。また部屋着は浴衣でなく甚平で、1階の大浴場もその格好で行けるのはありがたい(今まで経験したビジネスホテルの多くは、浴衣姿で廊下に出るなというので、自販機に飲み物を買いに行くにも着替える必要があった)。WiFiも前回の設定がそのまま使えた。ところがアラーム時計の時刻が合っていない。はじめは2分ずれているだけかと思ったが、よく見ると11時間58分ずれていた!

試しに午前10時25分に鳴るようセットしたら、午後10時23分に鳴り出した。モーニングコールも(さすがに午前/午後は合っていたが)なぜか2分早くかかってくる。

それでも旅の緊張からか、寝過ごすこともなく無事に起床、朝風呂を浴び(寝ぼけていたらしく、大浴場のロッカーでセットした錠番号が偶然にも部屋番号と一致! 後で気づいて冷や汗である)、朝食を摂って予定の時刻に出発できた。白河インターから東北自動車道に入り、安全運転で福島西インターまで。そのあとカーナビに導かれて福島県赤十字血液センターに予定よりやや早く9時半頃に到着。

血液センター献血ルーム


福島県赤十字血液センターは3階建ての大きな建物で、3階の窓に「献血ルーム」と貼ってあるけれど、ルームそのものは1階にある。航空写真で見てもらうとよく分かるが駐車場も広くとられ、うち6台分は献血者用に確保されていた(もっとも枠外に停めてから気づいたのだが)。入り口ロビーはガラス張りで、駐車場側からみると複数のヒト形パネルが白い裏面を見せていて、なんか現代芸術っぽい(ああ、写真撮り損ねた。来週また福島市を通るけど、駐車場に入って写真だけ撮って帰ったら怪しまれるよなぁ)

ロビーに貼り出された「本日の血液在庫状況」の表ロビーには「本日の血液在庫状況」が貼り出され、この日(8月27日)はAとOが「超ピンチ」、BとABが「ピンチ」という厳しい状況。そして200mL献血は「高校生のみ受け付けます」と完全に「全血400mLまたは成分献血」に舵を切っていた。ちなみに保存のきく血漿はABが「少し心配」のほかは「安心」、血小板がいずれも「超ピンチ」となっていて、血小板を提供するつもりで来ている身としては我が意を得たり!なのだが、よく考えると血小板や血漿の輸血にABO式血液型って関係あるのだろうか?(血漿中には血液型に応じた抗体が存在するので無視はできないのだろうが)

トイレ

トイレのペーパーホルダーの脇に設置された非常呼び出しボタンロッカーが目立たない場所にあったため、カバンを担いだままカウンターに行き10時予約である旨を告げると、すいていたためかすぐに受け付けが始まった。最初に服薬と歯科受診の確認(3日以内に歯石除去のような出血を伴う歯科処置を受けていると献血はできない、次にセルフで血圧測定。朝食の時刻と睡眠時間を申告したらタッチパネルを使った問診。最初の「体調は良好ですか」に「はい」と答えた後は軒並み「いいえ」。かるがもクリニックでMMRワクチンを接種したのは去年の8月26日なのでワクチンの質問にも久しぶりの「いいえ」。ただし海外旅行の経験には「はい」。結果はICカードに書きこまれてフォルダへ。右手首に受付番号の入った紙テープをまきつけられる。医師による検診を待つ間に荷物をロッカー(美術館などによくある、後で戻ってくるけれど100円効果を入れないと鍵の閉まらないタイプ)に入れ、トイレをチェック。〈朝顔〉の上には献血後は座位で用をたすようにとの注意が貼られ、気分が悪くなった時のための非常呼び出しボタンは個室の中にだけ。押す面が大きくて非常用向き。

検診と事前検査

そんなことをしているうちにマイクでの呼び出し。慌てて戻り、男性医師の検診を受ける。特に問題もなくすぐ血液検査へ。いちおう両腕をチェックして検査用採血は左腕からに。ナースの白い医療用手袋は指先に破れ目があるのが気になる。しかし処置前に消毒液を擦り込んでいるから問題ないか。針を抜いた後、これまでだと厚いガーゼのついた絆創膏を貼られ、止血帯を巻かれるのだが、なぜか畳んだガーゼを当てて「押さえていてください」。

このカウンターは採血ベッドから見えるので、献血中に別のナースが担当する後の人の様子を見ていると、手袋は毎回交換した上に消毒しているし、採血の後は止血帯をまいてもらっている。中には本採血用の腕に温パックを巻かれている人も。何なのこの違いは?

待合室に戻って待機。自動販売機(無料)から炭酸入りアクエリアスを飲んで水分を補給する。書棚を見ると主に新書判コミックスで、漫画雑誌も少々。「美味しんぼ」が並んでいるのを見ると「撤去しちまえ」と毒づきたくなる。壁にはナースが撮った写真や小学生の献血ルーム見学の様子が貼られている。ガラスケースの中には継続的な献血協力者への感謝状や記念品の見本も。また献血および供血状況を示したパネルも展示されていた。骨髄バンクの案内にはパンフレットだけなく、ノートパソコンを使った動的コンテンツも用意されている。

採血

そうこうしているうちにベッドの用意ができた。ベッドは(たぶん)10台。ここのは明るい黄色である。ヘッドレストにスピーカーの内蔵されたタイプ。今までテレビもビデオも見る気がないので、着席するとすぐに消してしまっていたから、よそでは音声をどうしていたか思い出せない。隣の音が聞こえてこないのだからイアホンか何かを使っているのだろうが、考えてみると見知らぬ他人の使ったイアホンを耳に入れるのは気持が悪い。こういうタイプが増えていくのだろう。

靴を脱いで上がる。アームレストには温パックが用意されていた。腕を載せてしばらくすると、温かいを越して熱くなってきたので間にタオルを入れてもらう。エタノール綿で清拭してからヨード液で消毒。ヨード綿棒は1本ずつパックされていた。驚いたのはナースが自分の人差し指をヨード綿棒(使用済み)で念入りに消毒していたこと。これは他所では見た覚えがない。ヨード液が乾いたら採血開始。4サイクルおよそ40分で血小板を提供。

テレビはスピーカーを確認してすぐに消してしまった。テーブルの上にパウチされた書類が何枚かあるの手にとってみると、献血後の注意(気分が悪くなったらしゃがめ、内出血の予防法、提供した血液の使用を止めて欲しい場合の連絡方法)とレッグクロス運動の案内。この運動も献血ルームごとに微妙に異なるのが面白い。ナースの指示でやってもらうから、それまでに読んでおいてと書いてあるが、結局指示はなかった。まぁ、勝手に始めていたからかもしれないが。基本は両足首を重ね、上下から押しつけ合う運動なのだが、力をいれる時間がルームによって6秒だったり5秒だったり。同時に腹にも力を入れろというところもあれば、足首の屈伸を組み合わせろというところも。

ベッドがちょうど検診室と事前検査カウンターの前だったので人の動きを見ていると、前述したようにナースによって処置が微妙に異なることを発見。これは他所のルームでも見られた。ちなみに服装はパンツの人とスカートの人が半々くらい。全員がエプロンを着用し、マスクはきちんと鼻まで覆っていた。

包帯を巻かれた右腕少しうとうとっとしたところで終了。こちらも止血帯は使わず、ガーゼ付絆創膏の上から包帯を巻かれた。少し朦朧としていたのか、血圧を測る前に降りようとして制止されてしまった。この終了後の血圧測定もルームによって使う機械が違うのが面白い。家庭用の手首に巻くタイプのところもあれば、腕にカフを巻くタイプのところも。共通しているのはセットすれば自動で測定するところ。上下とも問題のない血圧であった。

献血を終えて

待合室に戻ると定型の儀式。ただ、よそだとドナーのところへ職員が一式持って来るけどね。献血記念にティッシュボックス(例の、東北六県ご当地けんけつちゃんの描かれた物)それと予約して行ったのでもう一品選べるというので血迷って佐賀の「名水そうめん」をいただく。

自販機専用のコインももらえたのでセブンティーンアイスクリームを食すことに。ボタンの数は4×2+3×3で、その名の通り17種類あるはずなのだが、よく見ると重複があって12種類しかない。がぜん刺激されて、「17種類コンプリートを目指す!」となり、ひとまず今まで食べた記憶のない「ミルクあずきモナカ」を選択。ちなみにメーカーサイトを見るとセブンティーンと言いつつ20種類ある(年齢詐称アイドルみたいだ)ので、献血ルーム以外でもチェックしておく必要がありそう。期間限定商品もあるな。

さらに水分を補給し、約30分休憩して退出。ここもロッカーは出入口のそばで、職員は奥の方にいるので、荷物を取り出したら黙って出ていくことになる。

信夫山


せっかく福島市まで来たのだから、すぐに帰るのはもったいない。ということで福島大学の松川資料室に見学を申し込んであるのだが、約束の時刻は15時。それまでには間があるので信夫山へ行ってみる。

第一展望台には登らず直下の駐車場から福島市街を眺めている人たち市内を一望できるという第一展望台周辺は工事中であったため(左端に写っているのは工事関係車両)、駐車場から景色を眺める人も。

岩に嵌めこまれた「暁に祈る」の歌碑展望台には「暁に祈る」の歌碑。なんでここに? と不思議に思い、帰ってから調べると、これは戦時歌謡の「暁に祈る(作詞をした野村俊夫が福島市出身)で、シベリア抑留中に起きたリンチ事件(「暁に祈る」事件)とは無関係だった。歌の方が先にできているので「本家はこっちだ」と言われれば返す言葉がない。

駐車場の隅に設置されたリアルタイム線量計駐車場にはリアルタイム線量計が設置されており、その値は0.30μSv/h。この値はおそらくバックグラウンド値込み。よく持ち出される「年間1ミリシーベルト」はバックグラウンドと医療用被曝(そして職業被曝)を除いた追加被曝線量なので、この値を単純に外挿して「年間2.6ミリシーベルトだ! こんなところには住めない」と騒いではいけない。

このあと信夫山公園にも回ったが、鉄板で囲って工事中のところが多く、危うく身動きが取れなくなりそうにもなったので早々に退散した。


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