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2015/02/04

これぞ「放射能ってなに」

以前のエントリーで「反原発出前授業:放射能ってなに」を批判した。いろいろ問題はあるが、なんといっても肝心の「放射能ってなに」があまり語られていないところが特に不満だった。

そこで、批判ばかりしていても仕方がないと、中学卒業程度の知識の持ち主を念頭においた「放射能ってなに」を自分でも書いてみることにした。なお、以前にも「原子力問題を理解するためのクイズ」という一連のエントリーを挙げているので、そちらも見てほしい。

門外漢が放射能に関心を持ったのは2011年の東京電力原発事故の影響が大きいと思われるので、通常の「フランスの科学者アンリ・ベクレルが、1896年、ウラン化合物を...」という歴史は割愛し、核災害に対する放射線防護を中心に述べていく。彼の功績を讃えて放射能の単位がベクレルになったとか、ストーリーで追うのも楽しいとは思うけれど、残念ながら手に余る(なにしろ誤って伝えられた話とか都合よく歪められた話とかを鵜呑みにしたら格好の突込みどころとなってしまう)

まとめると以下の通り。
・放射線からの身の護り方と放射性物質からの身の護り方とは違う
・今回の事故で現在気にする必要がある放射性物質は放射性セシウムだけで、そこから出る放射線はベータ(β)線とガンマ(γ)線
・放射性セシウム原子は、一度放射線を出せばそれっきり(放射能がなくなる)
・ベクレルは放射能の単位で直接計測できる
・シーベルトは被曝の影響を考えるのに使う、計算して出した推定値で、外部被曝でも内部被曝でも使える共通の尺度
・放射線から身を守るには浴びる時間を短くし、遮り(遮蔽)、距離をあける
・放射線の害の一つは、強い放射線で細胞が死んでしまうことにより起きると考えられている(確定的影響)
・被曝症状として一般に思い浮かべられる出血は1シーベルト(1000ミリシーベルト)以上、下痢は6シーベルト(6000ミリシーベルト)以上の被曝で起きる
・確定的影響の出ない弱い放射線でも、がんや遺伝障害が起きることはある(確率的影響)
・放射線でがんになるのは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の結果
・遺伝子の異常で子孫に伝わるのは生殖細胞に起きたものだけ
・妊婦が通常の放射線検査(数ミリシーベルト)を受けても胎児に影響はない
・放射能を眼に見えるようにすれば、いたずらに怯えずに済む

放射能、放射線、放射性物質


まずは押さえておきたい基本のキ。

放射能とは放射線を出す能力
放射能を持つ(放射線を出す)物質を放射性物質と呼ぶ
放射線とは放射性物質から出てくる光に似たエネルギーの流れ

この3つは「ゴジラは水爆の放射能で〜」と語っている分には区別する必要はなかった。しかし、原子力発電所が爆発し、広範な放射能汚染に見舞われた現在、放射線放射性物質はきちんと区別する必要がある。なぜなら放射線と放射性物質とでは防護の仕方が異なるから。

一般に放射防護服と思われているアノ白い服(商品名タイベック)は、放射性物質の付着は防げるけれども、放射線(とりわけガンマ線)を防ぐ機能はない。たとえば住宅の屋根が汚染されて、そこからの放射が問題になる場合はタイベックを着ても全面マスクをつけても全く無意味だが、寝室を2階から1階に移すだけで被曝線量を大幅に減らすことができる。

あるいは学校の校庭が汚染された場合、汚染された土が埃となって舞うなら放射性物質としての対策が必要で、そうでないなら放射線としての対策が有効。郡山市立橘小学校ではペットボトルに水を詰めて並べることで教室の線量を1/3に下げることに成功している。ひとしなみに「放射能恐い」では有効な対策は立てにくい。

放射線の特徴と放射能の特徴


一口に放射線といってもいろいろな種類があり、その性質もそれぞれ異なる。しかし原発事故による放射能汚染で気にする必要があるのはアルファ(α)線、ベータ(β)線、ガンマ(γ)線の3つ。そのうち今般の事故で問題になるのはβ線とγ線(α線を出す物質は幸いにもあまり飛散しなかった)。β線は、人体への影響が強いけれど、透過力は弱い。突き抜ける力は弱いので遠くまでは届かず、届いたものも皮膚で吸収されてしまうため、外から来る場合はあまり心配する必要はないけれど、身体の中から出てくる場合(これが内部被曝)は脅威。γ線は、レントゲン検査に使うX線のように大抵のものを突き抜けて届くけれど、人体への影響は比較的弱い。壁や服も通り抜けてしまうので外部被曝は主にγ線による。

原子核が自然に壊れて放射線が出てくるのが放射能の正体(壊れやすい原子核を持つものを放射性同位体とか放射性元素と呼び、自然には壊れないものを安定同位体と呼ぶ)。放射性ヨウ素や放射性セシウムは、放射線を1回出すと放射能を持たない安定同位体に変わる(厳密に言うと、β線を出してからγ線が出る2段階だが、ほぼ同時に起こるので1回に数える)。ウランやラジウムが放射能を持たない鉛に落ち着くまで何回も放射線を出すのと異なり、ヨウ素もセシウムも1回きりで安全になる(それぞれキセノン131、バリウム137という放射能を持たない安定同位体になる)

放射性物質の原子の原子核(以後、原子(核)とする)がいつ壊れるか(=いつ放射線を出すか)は予測できない。ただ原子の種類ごとに「壊れやすさ」は決まっていて、それを時間で表したのが半減期。半減期を過ぎると半数の原子(核)が壊れており、放射線が出て行ったぶん放射能も減って半分になる。放射性ヨウ素の半減期は約8日なので、8日で半分、16日経つとそのまた半分で1/4、24日で1/8、32日で1/16となる。16日で0になるわけではないので注意。

半減期8日の放射性ヨウ素(ヨウ素131)の原子が64個あったとする。8日経つ間に32個の原子(核)が壊れて放射線を出す。仮に一定の間隔で放射線が出ると仮定するとガイガーカウンターが6時間に1回「ピッ」となる計算。実際にはガイガーカウンターがあるのとは反対側や上下左右に飛んでいった放射線は検出できないので、もっと少ない(食品検査のようにベクレルを測るときは検出部を試料の中に埋め込む)。半減期約30年の放射性セシウム(セシウム137)ではどうか。64個では8日間に「ピッ」と鳴るのは1回かせいぜい2回、おそらく1回も鳴らない(つまり放射線は出ていない)。量を考えるのが大事。

放射性物質の半減期はそれぞれ決まっていて、人為的に短くしたり長くしたりはできない。強い放射線を当てて別の原子(核)に変えてしまえば半減期の長さも変わる(そうやって核のゴミを無害化しようという研究はある)が、微生物とかナノ純銀とか米の研ぎ汁とかではエネルギーが弱すぎて原子(核)の変換は不可能 。

ベクレルとシーベルト


次に放射線の害について記そうと思ったが、身の回りに存在するようになった以上は定量的に捉えなければ意味が無いので、先に単位について説明、と思ったけれど、何度書き直しても微に入り細を穿つ記述となって「中学卒業程度の知識で理解できる」という趣旨に沿わなくなる。そこで単位で悩んでいる人は、以前に「ベクレルとシーベルト(用語解説)」というエントリーを上げたので、そちらを参照してもらえるとありがたい(いま見直すと細かいミスがあって、「これはマズい」という1か所は直したところ)。こちらでは触れないグレイ(Gy)についての説明もある。

大雑把にいえば放射能を考えるときはベクレル(Bq)、放射線の影響を考えるときはシーベルト(Sv)という単位を使う(一般の人が気にするのは実効線量なので、同じシーベルトを使っているが8倍から100倍大きな数字で出される等価線量の値で驚かないこと。ベクレルは「1キログラム当たり何ベクレルか(Bq/kg)」と「全部で何ベクレルか」とを分けて考える。1000Bq/kgだ! 基準の10倍だ!といっても、その物が1グラムしかないのなら全部で1Bqなのでそんなに心配する必要はない(エアコンのフィルターに埃が1kgもついているようなら、放射能よりも電気代の心配をした方が良い、それと掃除に対する無関心ぶりにも)。シーベルトも同様に、「時間当たり何シーベルトか(Sv/時のほかにSv/年の場合も)」と「積算量で何シーベルトか」を分けて考える。積算とは、0.01mSv/時で1時間被曝したなら0.01mSv、10時間なら0.1mSvということ。

なお、放射性ヨウ素と放射性セシウムでは同じ値のベクレルでも意味するところは異なる。ヨウ素131で100Bqは8日後には50Bqにまで下がっているけれど、セシウム137の100Bqは8日経っても(ほぼ)100Bq、1年経ってもほぼ100Bq。それにセシウム137から出るγ線の方が強い。したがってある時点で同じベクレル数でもセシウム137の方が強く被曝することになる(外部被曝の場合)。一方、シーベルトは一生のうちのいろいろな被曝(自然被曝、医療被曝、職業被曝など)を合算するために組み立てた数値なのでヨウ素であろうがセシウムであろうが、また外部被曝であろうが内部被曝であろうが、1シーベルトの影響はどれも同じ

も一つ大事なこと。シーベルトは直接測定できる値ではなくて、計算して出した推定値。だから計算の前提が合っていないと(空間線量測定装置を地面に置くといった不適切な計測操作など)不正確な値が出るし、「この内臓への影響はもっと重視しよう」となれば計算の仕方が変わってくる(計算に使う組織荷重係数はマニュアルの発行年によって変動している)

なお、ベクレルは時間経過によってしか減少しないが、シーベルトは測定する場所によって変動しやすい(離れれば減少する)。除染の効果を調べるのならシーベルトを使うのが妥当だが、一時期話題になった「放射能を減らす技術」の場合はベクレルで論じた方が正確。

補:数字の大小について

ところで「1年間に1ミリシーベルト(mSv)」の印象が強いので、「食べ物の基準は100ベクレル(Bq/kgだから、そのものを1kg食べなければ100Bqにはならないのだが)」が不当だと感じている人がいるかもしれない。セシウム137を100Bq(Bq/kgではなくてBqそのもの)口から体内に入れると1年間で0.0013mSv被曝すると考えられている(尿などに排出されるので1年後には3Bq程度になっている)ので、その100倍量を口に入れてもまだ0.13mSvである。たとえば基準値ギリギリの米(実際には確実に下回っている物しか出荷しないためギリギリのものが食卓にのぼることはない)を100kg食べても0.13mSvである(日本の一般家庭の平均米消費量は1人当り年間60kgを下回っている)

ベクレルは桁が大きくなりがちなのでしばしば100万ベクレルをメガベクレル(MBq)、十億ベクレルをギガベクレル(GBq)にして桁を小さくする。放射性物質を扱い慣れた人が〈素のベクレル〉を恐れないのはそのせい。一方シーベルトは小数点の後に0が何個も続くので、こちらは千分の一をミリシーベルト(mSv)、百万分の一をマイクロシーベルト(μSv)にして扱う。μSvでは見た目大きな数字になるので、慌てないで単位を確認しましょう(1mSv=1000μSv)

放射線から身を護るのは時間・遮蔽・距離の三原則


時速100kmで走っている自動車でも、6分でガス欠を起こしたら走れたのは10kmで、それは時速20kmの自転車で1時間頑張って走った距離より短い。速度を線量率(Sv/時)、距離を被曝量(Sv)と考えると、被曝する時間を短くすることが防護に有効と分かるだろう。理想的には0なのだが、0.000001秒でも浴びたら人生真っ暗というわけではない(そんな短時間で影響が出るのは360,000,000Sv/hr、毎時三億六千万シーベルト以上の放射線)。放射線を浴びる時間を短くするのが第一。

そばに強い放射能を持つ物(放射性物質、放射線源)があっても、遮蔽がしっかりしていれば心配はない。実際、事故前にも原子炉の中には強い放射能を持つ物体が大量にあったわけだけれど、外に出ないよう密封され、厚い鋼鉄とコンクリートによって放射線も遮られていたので近隣住民は平穏に暮らすことができていた。遮蔽には2種類あって、放射性物質が漏れてこないようにすることと放射線が出てこないようにすること。

放射性物質が液体や気体の場合(固体でも飛び散りやすい微粉末の場合)は密閉が必要になる。なお物体の状態は時間と共に変わることがある。ラジウム(キュリー夫妻が発見したことで有名な天然の放射性元素)は、それ自体が放射線を出すばかりでなく放射線を出した後にできるラドン(常温で気体の元素)も放射能を持つので、遮蔽を完全にするには密封する必要がある。放射能を持った埃やガスを吸わないようマスク(大きな埃ならガーゼマスクで済むが、ガスの場合は吸収缶を使ったガスマスク)を着用するのも一種の遮蔽。 なお、繰り返しになるがお馴染みの白い防護服は放射線(ガンマ線)を遮蔽できない。放射性物質が身体に付かないよう遮断しているだけである(たとえ外側が汚染されても、用が済んで脱ぎ捨てれば被曝時間も短く抑えることができる)

放射線の遮蔽しやすさは、放射線の種類による。今般の原発事故で問題になるのはベータ(β)線とガンマ(γ)線。ただし、β線は透過力が弱いため、厚さ1ミリメートル程度のアルミ板で遮られてしまうし、水中なら1センチメートル未満、プラスチックなら1センチメートル、空気中でも数十センチメートルしか進めない(放射性セシウムからのβ線は決まった強さでは出ないので透過力には幅がある)。問題はγ線で、放射性セシウムから出るものを遮断するには厚さ数センチメートルの鉛が必要(より高密度のタングステンなら薄くできるが、遮蔽効果は質量に比例するので軽くすることはできない)。空気中なら数百メートル飛ぶ。原子炉作業員が着るタイベックでも防げないのであるから、民間人の一般服では遮蔽効果はない。2011年の夏に福島県下の児童が炎暑の中を長袖長ズボンで登下校する姿がテレビに映されたが、周辺から降り注いだγ線に対しては役に立たず、汗で土埃(放射性セシウムで汚染されていただろう)が肌につきやすくなっただけと思われる。毎日洗濯していれば土埃対策にはなっただろうが。

三番目の防護方法は距離をとること。君子危うきに近寄らず。放射線源から遠く離れれば間に空気やら樹木やら建物が入って遮蔽効果が発揮されるけれども、実は真空中であって間に遮るものが何もなくても距離をとると放射線は弱くなる。γ線は電磁波の一種で、性質は光とよく似ている。電球から離れればそれだけ暗くなるのは日常経験する通り。電球からの距離が2倍になれば、明るさは1/4になる。γ線も同じで、放射線源から離れれば距離の二乗に反比例する(つまり弱くなる)。だからといって電球の表面に密着したら明るさ無限大になるかというと、そんな事はない(明るさ無限ということはエネルギー無限ということで、エネルギー問題解決!?)

内部被曝が恐ろしいと言われる理由の一つは、外部被曝であれば近付いている時間を短くしたり(時間)、安全な建物に隠れたり(遮蔽)、放射線源から遠ざかったり(距離)することで低減できるのに、身体の中から来る放射線にはどれも使えないことによる。

ちなみに放射性物質が体内に入ってしまった場合は、その物質の性質に応じて特定の組織に集中しないようにしたり、体外への排出を促したりすることで防御する。放射性ヨウ素(ヨウ素131)を吸ったときは、放射能のないヨウ素(安定ヨウ素)を服用して甲状腺への集中を妨害する。放射性セシウムの場合はセシウムと結合するプルシアンブルーという物質を服用して血液中から腸内に出てきたセシウムの再吸収を防ぎ、便と共に排出させる(体重1キログラム当たり千ベクレルというような汚染の場合に有効)

なお、一般的に放射性物質の毒性は放射能だけ考えれば良い。放射線量で大したことがないと証明されると「いや、セシウムの化学毒性が」「バリウムは有毒元素」と論点を変えて頑張ろうとする人がいるけれど、化学毒性が出るほどの放射性セシウムを摂取したら、放射線障害で死んでしまう。

放射線はなぜ怖い?


放射線のいったい何が悪さをするのか? 放射線が当たると分子が壊れる。細胞の中にある小器官を形作る分子や遺伝子(DNA分子)が直接壊されることもあるし、細胞内にあった水分子が壊されてフリーラジカルという酸化性の強い分子になり、それが細胞内小器官やDNAを壊すこともある。大量の放射線が当たって細胞内の小器官がズタボロにされれば、その細胞は死ぬ。そこまでいかなくても、細胞の設計図であるDNAが壊されてしまうと細胞は増殖できなくなって、寿命が尽きると死ぬ一方になる(異常を察知して細胞の自爆装置が働くこともある)。たくさんの細胞が死んで補充がされなければ、その組織は機能を全うできなくなり障害が現れる。出血を止める、病原体を制圧する、栄養を吸収する、身体と外界の境界を作るといった働きをしている細胞が不足すれば、小さな傷でも血が止まらなくなり、ウイルスや細菌や原虫その他が跋扈し、栄養状態が悪くなり、体表面から血漿が大量に失われ、最悪の場合、死に至る。

細胞の中には放射線の影響を受けやすいものと受けにくいものとがある。分裂準備中の細胞は放射線にとりわけ弱い。そのため細胞が盛んに分裂増殖する胎児や小児は放射線の影響を受けやすい。また成人では骨髄細胞、腸の内側の細胞、毛根細胞、表皮細胞、生殖細胞が影響を受けやすい(といっても、ほんの少しでも被曝したらアウトというわけではなく、たとえば妊婦が通常の放射線検査を受けても胎児に影響はない

被曝症状として誰もが思い浮かべる全身からの出血、貧血、感染症、下血、嘔吐、脱毛は確定的影響と呼ばれ、それぞれ発症する実効線量がおよそ決まっている。短時間に1Sv以上被曝すると骨髄細胞に影響が出て、出血が止まらない、感染症に対して無防備になるといった症状が出る。骨髄移植など適切な治療を受けないと1か月ほどで死亡する。6Sv以上被曝するとそれに加えて下血(血便の下痢)が始まる。この場合、高度な治療を受けても約半数は死亡する。(メルクマニュアルによる)

逆にいえば、ある線量より低ければ確定的影響は出ない。この線量を閾値(いきち/しきいち)と呼ぶ。

一方、確定的影響の出ないような弱い放射線でも、被曝するとロシアンルーレットを回したように、確率的影響が現れることがある。具体的には固形がんと白血病そして遺伝的影響で、被曝線量が下がれば発生する率も低下し、下限100mSv(累積線量)からは線量増加に比例して確率も上がることが知られている。それより低線量では他の発がん要因の影響もあって、はっきりとした比例関係は認められないが、防護の原則として安全側に立つために、0mSvまでは小さいながらもがんになる蓋然性はあるという閾値なし直線仮説(LNT仮説)が採用されている。

このLNT仮説は「放射線管理の目的のためにのみ用いるべきであり、すでに起こったわずかな線量の被曝についてのリスクを評価するために用いるのは適切ではない」とICRP(国際放射線防護委員会)は注意を促している。たとえるならば、公道で制限速度を5ポイントばかり超過したとして、それだけのために事故が起きることはほとんど無いけれど、それでも取り締まりの対象にするよ、ということか。

では、低線量の放射線を浴びたとして、どれだけがん(白血病や脳腫瘍のような癌の定義に当てはまらない悪性新生物と癌の総称としてひらがなで書いたがんが使われる)が増えるのかというと、累積1Svの被曝でがんによる生涯死亡リスクが5%上昇するというのが広く受け入れられた見解。

放射線によるがん


放射線を浴びるとなぜがんになる(ことがある)のか。

がんは、発がん物質によってできると思う人もいるかもしれないが、本質的には遺伝子に起きた異常が原因でできる(発がん物質は遺伝子を傷つける)。しかし、「放射線は遺伝子を傷つける、だから放射線を浴びるとがんになる」には飛躍がある。

人体の細胞は、一部の例外を除き同じ遺伝情報を持っている。爪の垢から皮膚の細胞一つを取り出し、上手に増やせば原理的には元と同じ人間ができあがる(クローン人間)。逆にいえば、細胞の中の遺伝情報のほとんどは一生眠ったまま(垢になって落ちる皮膚の細胞にも心臓や肝臓になるための情報がある)。その眠った遺伝子に傷がついたところでなんの影響も現れない(「眠っていろ」という指令を受け取る部分が壊れると話は別)。また細胞には長短はあれど寿命がある。もう分裂することのなくなった細胞の遺伝子にどんな傷がつこうと、その異常は細胞の死と共に消え去る(「分裂しなくて良い」や「もう死ね」という指令を出したり受け取ったりする部分が壊れると話は別)。結局、がんに結びつくDNA(狭義の遺伝子に当てはまらない部分もあるのでDNAと言い換える)の傷(異常)というのは、かなり限られたものになる。比喩的にいえば、アクセルが開いたまま戻らなくなる異常か、ブレーキが掛からなくなる異常が細胞に起きたとき、暴走するがんに向かって進み始める。それ以外の、たとえば室内灯が点きっぱなしとか窓が開かないとかの故障が暴走に直結することはないし、冷却系や電源系の異常なら走行不能になって(=細胞が死んで)、やはり暴走には至らない。

そういうやばい所をうまい具合に傷つけられた細胞ががん細胞になるわけだが、放射線がDNAの特定の領域を狙い撃ちできるとは考えにくい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで、たまたまがん化した細胞があって、それが増えてがんになると考えるのが相当(努力はしたけれど偉くなれなかった人が教訓話に登場しないのと同じ)

そしてまた、がん細胞も1個や2個、いや100個や200個あってもがんにはならない(一説には、がん細胞は毎日5000個うまれている。それは免疫機構ががん細胞を排除するから。

「タバコを吸い続けて30年経つけど、肺がんにはならない」と豪語する人がいるのは、タバコに発がん性がないからではなくて、煙の中の発がん物質が肺の細胞のDNAを傷つけても、それが必ずしもがん化に結びつくものではないこと、またがん化した細胞は免疫機構から攻撃されること、そしてがんはある程度の大きさにならないと症状が出ないことによる(解剖して顕微鏡で調べなければ分からないような小さながんのまま他の原因で亡くなれば、普通はがん患者とは呼ばないだろう)

放射線による遺伝障害


放射線によるDNA損傷が子孫に受け継がれ、先天性の異常として現れることはある。ただし、それは異常が生殖細胞(女性なら卵子、男性なら精子)に生じた場合のみ。たとえば100mSvを超える被曝によってリンパ球の染色体異常が起きるが、これは子孫には伝わらない(「獲得形質は遺伝しない」:親ネズミの尻尾を切っても産まれてくる子ネズミの尻尾の長さは正常なのと同じ)

精子は思春期以後に毎日新しく分裂によってできてくるので、精原細胞などが放射線の影響を受けると多数の精子に影響が出る(「親ガメこけたら皆こけた」)が、卵子の元になる卵母細胞は誕生時には数が揃っているので、生後に浴びた放射線の影響が拡大することはない。

また遺伝子は両親に由来する2つが1組になっているので、1つが働かなくなっても影響が現れるとは限らない(ただし間違った働き方をするようになると片方だけでも異常は出てくる)。実のところ、健康な人もそのような隠された異常を複数持っていると考えられている(たとえば後述の紫外線によるDNA損傷の修復能力を欠く遺伝病は、日本では113人に1人が保因者と推定されており、保因者同士の間に生まれた子は1/4の確率で発病する)。もちろん無駄にリスクを増やすことは避けた方が好ましいけれど、少しばかりの被曝を気に病みすぎるのは別の面で不健康を招きかねない。

なお、広島市と長崎市における被爆者の健康調査から、親の放射線被曝との関連性のある被爆二世の疾病はないものと考えられている。もしかすると詳細な調査によって今後なにかしら見つかるかもしれないが、それは70年かけてもはっきりとは見えて来ない現象であり、また両市で降り注いだ放射線は急性障害で人がばたばた死ぬほどの高線量であったことに注意。

補:遺伝子の修復能力について

放射線以外でもDNAを傷つけるものはある。身近なものでは太陽光に含まれる紫外線。紫外線によるDNA損傷を直す能力の欠けた遺伝病患者は日光に当たるとひどい日焼けを起こし、10歳以下でも皮膚がんを発症する(進行の穏やかなタイプもある)。放射線と紫外線とではDNAにつく傷の種類は異なるけれど、生体にはDNAを護る機構が備わっているということ。ちなみに生物が地球上に現れた三十数億年前の自然放射能は現在よりずっと高かったと考えられる(よく例に出されるカリウム40は、半減期から考えて現在の8倍近くあったはず)。そのなかで生物は進化してきた。

放射線による先天性障害


母親の胎内にいる時期に被曝すると、発生異常が起きて障害児が生まれることがある。有名なのは原爆小頭症。これも妊娠中に少しでも被曝したら、というものではなくて、特定の時期にある線量以上の被曝をすると生じるということが分かっている。前述の通り、現在では妊婦が通常の放射線検査を受けても胎児に影響はないとされている(今でも妊娠中のX線は危険と思われているのは、1967年にICRPから出された「10日ルール」の印象が強くて、その後の新しい知識に置き換わらないのだろうという指摘がある)

2011年3月の事故発生当時に妊娠していた胎児については、先天性異常の発生率は全国平均と差がないという調査結果が出ている(原発事故など無くても3%程度は先天性疾患を持った子は生まれるので、「お待たせしました」とはしゃぐフリージャーナリストや、ショッキングな医学写真を並べて脅かす素人ブログに騙されないように)

なお、人工妊娠中絶は母体保護法に定められた理由がなければ行えず、手術後は理由とともに都道府県知事に届け出なければならない。したがって「放射能のために障害児になっているかも」という心配だけで中絶を行おうとしても医師に断られる。また近年は麻酔薬の管理が厳しくなっているので、闇中絶も困難。少なくとも堅気の人には無理であろう。「障害児は中絶されたから調査で見つからない」は無理筋。

放射能の〈神話〉


と、駆け足で見てきたがいかがであったろうか。

日本人にとって放射能の恐ろしさは広島市と長崎市に投下された原子爆弾、水爆実験で被爆した第五福竜丸そしてJCO臨界事故によって印象づけられていることだろう(原発問題に関心のある人ならチェルノブイリ事故も)。これらは悲劇であることに間違いはないが、「原爆許すまじ」の悲願の元、脅威がいささか誇張されてきた気配もある。

それでも核兵器については、まだ国民的合意があった(少数ながら核武装論者がいることは承知している)。問題は原子力発電。夢のエネルギーと歓迎された原子力がいったいいつから忌避されだしただろう。そして政争の道具となり、賛成であれ反対であれ、誰が何を言っても背後の思想性を勘ぐられるようになって議論が難しくなった。

学校教育で放射能が扱われなかったのは実に残念なこと。もし小中学校に校正された線量計が数台ずつ配置され、教師や児童生徒が測定に習熟していたら、汚染地域に向かって避難するような事態は避けられただろうし、患者が残る病院に戻ろうとした医師が足止めを食うこともなかったのではないだろうか。これは80年代には提唱されていたのだ(当時はまだ米ソ核戦争の脅威が現実的だった)

もちろん、いざ実施しようとすれば「子供に放射能を扱わせるなんて!」と非難の声が上がり、理科の教師といえども同僚の誤解(誤解ではなく安全だと分かっていても反対する教師はいるだろう)を解くことはできず、まして父母の納得を得ることは難しかっただろうことは想像に難くない(文部省や教育委員会に父母の納得を得ようなんて甲斐性があったとも思えない)。かえすがえすも「事故は起きません」で押し通そうとし「だから放射能教育は必要ない」となったことが悔やまれる(「ソ連の原爆が落ちるかも」とか「事故は起きるかもしれませんし、原発を停めても放射能は消えません」で放射能への民間防衛を進めていれば...なお、JCO臨界事故を経て原子力安全委員会は「事故は起きるかもしれません」に方針を変えていたのに、「では具体的な避難訓練を」と前向きに対応できなかったことも痛恨の極み...)。それでもまだカリ肥料とか夜光塗料とか無難な教材はあったと思うのだが(ちなみにチェルノブイリ事故で汚染されたベラルーシの学校では、生徒たちは食材の放射能測定法を学習している)

サーベイメーターという、放射能を可視化する道具を使いこなせれば、見えないお化けに怯えるのとは違った対処が可能になる。ご質問をお待ちします。

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