モンサント社の遺伝子組み換え作物デモ試験圃場を見学してきた
遺伝子組換え作物に対する立場は、原子力について以上に複雑だ。正統的科学教育を受けた立場からは拒む理由は少ない(とはいえ、学校で学んだのはタンパク質どまりで、遺伝子については雑誌の拾い読み程度で系統立てて学んではいない)。一方で、「知識人、とくに文科系の知識人は、その本性からしてラダイットなのだ」(Snow)から、その傍流の末席に連なろうとする身としては、前者に対して「専門バカ」「理科至上主義」という悪罵を投げつけて抵抗せざるをえない。
結局のところ、既知の組換え作物に対しては正面切って反対する理由はなく、種子の独占とか遺伝子汚染とかの懸念を盾に嫌味を言うのが関の山。
そんなところへツイッター経由で、日本モンサントの組み換え作物圃場見学会の情報が舞い込んだ。見学会そのものはモンサント主催だが、そこへ団体で申し込むので参加者を募集すると(主催者サイトが次回の内容に更新されているので紹介ブログへリンク)。直感に誘われて申し込み。かくして8月25日(日曜)に、茨城県稲敷郡河内町にある河内研究農場へ赴いた。
集合は常磐線佐貫駅。モンサントが用意したバスに乗り農場に向かう。車内で概要の説明を受け、同意書(1.スタッフの指示に従うこと、2.見学会の運営を妨げないこと、3.ほ場内の物を持ち出さないこと、4.写真・動画を公表する際はモンサントへ連絡すること)へサインする。2.はたぶん、途中で演説を始めてしまう人対策だろう。原発事故以降の放射線説明会でよく登場する迷惑タイプ。4.は商業出版が対象で、個人ブログなどの場合は事後通知で構わないという説明。説明の仕方が悪くて「モンサントがこう言った」と言ってない情報が広まることがないようにという趣旨だと。おかしかったのは、写真・動画は撮影完全自由にしていたところ、全編動画を撮影する人がいて、他の参加者から「あれでは質問しにくい」と苦情が寄せられたことがある、と(というわけで、スライド説明と質疑中は撮影禁止に)。
日本モンサントは以前から当地で育種農場を運営していたため、組換え作物を栽培する圃場を設けるのに関しても地元から特に異論は出なかったらしい。苦情が来たのは、「見学会に来た人が撮った写真にうちの洗濯物が写ってないか(分かっていたら干さなかった)」というもので、これは見学会の日程を地元に知らせることで了解してもらったと。
気になったのは、研究農場周辺の道が狭いため地元車がバスとすれ違えず、脇道へ待避してもらったこと。これは見学者として責任の一端を感じざるを得ない。自家用車などで行く人は十分に注意してもらいたい(「組換え作物の栽培止めろー」などというデモはもってのほか...まぁ、仮に申請されても公安委員会が条件をつけるだろう)。
世界的外資企業の研究農場というので勝手につくばの研究所的なものを想像していたが、実にこじんまりとした二階建て。

サンダルに履きかえて中に入ると壁にポスターがたくさん貼ってある。商品宣伝かと思ったら「倫理」とか「人権」とか書いてある(不覚にも撮り忘れた)。後で話を聞くと本社から掲示を指示されている由。2階に用意された部屋でスライドを見ながら小一時間座学。
詳細は省くけれど、意外だった点をいくつか挙げると
- モンサントカンパニーは世界に約21,000名の社員を擁するが日本モンサント自体は小世帯
- モンサントは種子そのものの販売よりは種子会社へのライセンス提供が大きい
- 組換え作物体で製品化できたのはまだ2種類(注1)
- 当面はマーカー育種(分子育種)が主力(注2)
ここは個人の感想です、というわけではないが、モンサント社から指摘を受けたので注釈を加えた。
種子独占の懸念
今の日本の農家、特に規模の大きいところがどれだけ自家採種(翌年撒く種子を自農場で生産)しているか知らないのだが、「自家採種」でググった結果を見るとどうも農協から毎年購入しているところが多そうだ。
自家採種が主流の時代ならば、種屋から毎年買わないと営農できないというのが忌避されるというのは理解できる。自家採種できないようにF1(雑種第一代)にされたら歯噛みしたくなるのも分からないでもないが、それは社内講習用に教科書を一冊だけ買ってコピーして使うのと似たようなもので、威張れる話ではない。モンサント社は「映画「モンサントの不自然な食べもの」への見解」の中で、他の種子会社も「収穫した種子を播種しない」という契約を農家と交わしていると主張している。
種子が外国企業によって独占ないし寡占化されたら、食料戦略の首根っこを押さえられたようなもので、独立国としてありえない!と噴き上がる方がいるかもしれない。だが、不作が続くソ連にコムギを輸出して戦略的優位に立ったと思ったアメリカは、いざ禁輸で締め上げようとしてもうまくいかなかった歴史がある。売れなければ作っているアメリカの農家も、売っている商社も干上がってしまうのだから抜け道を見つけるに決まっている。
しかもモンサントは種子を直販だけしているわけではない。全米で100社あるという種子会社への技術提供も事業の一つ。これは当然で、遺伝子組換えで導入できるのは単機能。除草剤耐性だけ入れればそれだけで売れるわけがない。従来の売れ筋に導入してこそ意味がある。そして種子の売れ筋とは、農地の環境とか消費者の嗜好によって異なるわけで、それを単一の種子(品種)で押さえることは不可能。仮に強大な権力が作付品種を強制できるような状況になっても、日本人からジャポニカ米を取り上げてインディカ米を強制するのは政治的に好ましくないと判断されるのではないだろうか。
なぜ除草剤耐性が真っ先に導入されたかを説明しておこう。農地における雑草との闘いには長い歴史がある。草取りは、機械でも不可能ではないけれど基本は人力で重労働。耕耘は土地によっては表土の流出をもたらす。除草剤は選択性、つまり雑草も枯らすが作物も枯らしてしまうのが問題に。そこで選択性は低いけれど安全でよく効く除草剤に対する耐性を作物に導入できれば、雑草防除が楽になるという発想。農地が広大な場合、耕耘も草取りも不要というのは経費的なメリットにとどまらず、化石燃料消費や温暖化ガス排出を抑制する効果も出る。
というわけで、「世界の種子をモンサントが独占し、毎年の購入を強制され、農業の自立のみならず食糧安保から国家の独立までが脅かされる」というのは、ちょっと妄想入っているという感じになった。
隔離ほ場へ
座学を終えてバスで圃場へ向かう。遺伝子組換え作物を栽培する隔離圃場というと厳重な物理的封じ込めを想像するが、国の指示によれば柵で明瞭に区切ること、隔離圃場である旨を表示すること、そして水洗い場を用意することの3つで足りるらしい。最後の水洗いとは、圃場から外部への種子などの持ち出しを防ぐため、農機具や靴裏を洗うのが目的。ちなみにここで栽培されている遺伝子組換えダイズ、遺伝子組換えトウモロコシは、いずれも日本国内の一般圃場での栽培も認められている品種である。
青い網を張った柵が境界(隔離圃場の条件1)。手前のトウモロコシは圃場への害虫誘引のためのスイートコーン。



トウモロコシ畑には雑草がほとんど無い。「こちらはどうやって除草を?」と聞くと手作業との返事。なお、害虫耐性とラウンドアップ耐性の両方を持つスタック・トウモロコシはすでにある。ただし、こちらの観察記録は2006年8月4日で途切れているのが気になるところ。
アンケート
圃場からバスで駅まで向かう途中、アンケートの記入を求められる。が、揺れる車中ということもあり「メールでも構いません」と。それでも形があった方良いだろうと思い「詳しくはメールで」と記入して渡す。
その晩に送ったメールは以下の通り。
企業の〈説明会〉の評価は〈買収的お土産の有無〉で決まると思っていた。ら、「遺伝子組換え大豆使用」製品という直球勝負に出られて驚いた。
しかも、もう一つのお土産が交配育種で作ったお米「とねのめぐみ」というのも、「モンサントは遺伝子組換え企業」という先入観を木っ端微塵。
向かいのダイズ畑が「ラウンドアップ散布1回で除草OK」なのに、トウモロコシ畑の除草は人力と聞いて涙を禁じ得なかった。
対照区に対して「まったく除草をしないのはありえない」と批判している参加者がいたが、むしろ「雑草の種を撒いている」と近隣から抗議されない方が不思議に感じた(その辺は微妙な事情が存在するようですが)。
実は植物としてのダイズの姿を知らなかったので、やっとイメージできるようになった。
見学させていただいた圃場の奥、あるいは左にも圃場があったが、そこでは何をしているのだろうか。
圃場での実験の意義が理解できなかった。正直なところ、〈見学用圃場〉以上の意味はあったのだろうか?
おまけ:選択性除草剤を開発している会社はどう思っているのだろうか?
2.GM作物への考えは変わりましたか?
はい(種子独占はないと理解)
(以下省略)
「圃場の意味」については2005年の栽培実験計画書(PDF)を見ると、主たる目的は展示ほ場として見学者にその効果を見せることらしい。なお、この年の害虫耐性実験の様子が「害虫抵抗性トウモロコシ観察記」として公表されている。
また2006年の栽培実験計画書(PDF)を見ても、主たる目的は展示ほ場として見学者にその効果を見せることらしい。なお、2004年の除草剤耐性実験の様子が「除草剤耐性大豆観察記」として公開されている。ここでは慣行区(対照)、土壌処理剤散布区(対照)、ラウンドアップ散布区(実験区)の3つに分けていた。慣行区は畝間の雑草を機械で鋤き込む中耕培土作業で除草。土壌処理散布区は土壌処理型の除草剤を播種前に散布して放置。
おみやげ

組換え作物とは関係の無いノベルティか何かであれば、「懐柔を図りやがったな」というところだが、「組換え作物は恐くないってお分かりでしょ(ニッコリ)」と差し出されれば「抵抗は無意味だ」。早速その晩、美味しくいただきました。
『試験栽培中につき関係者以外の立ち入りを禁止します』の看板が、ものものしい。訪問ツアーを企画した地元男性(50代)は「警戒が厳しくなっているなあ。去年の秋まではこんなじゃなかったのに…」と忌々しそうに呟いた。と、まるで軍用基地みたいな描写。そりゃまぁ、訪問する方が嫌われ者を自認しているからそう見えるのもむべなるかな。
「TPPで日本がひっくり返る。遺伝子組み換えは、取り返しがつかないくらい危険。モンサントは悪徳企業だ。なぜ日本のマスコミは報道しないのか」。埼玉県川越市から遠路訪れた主婦(40代)は口を尖らせながら話した。
ちなみに出所は田中龍作ジャーナル。名前はよく似ているけど「犬吠埼に風力発電を建てたら「東京電力がまかなっている電気が全部作れます」」は田中優なので混同しないように。
補足
事前に目を通したモンサント社のよくある質問には、違う質問への回答をするという重大なミスがあったが、フォームから連絡しておいたせいか週明けには修正された。しかし、組換え作物反対派の皆さんはあのFAQを読まなかったのかなぁ。読んでも気づかなかったのかなぁ。
(追記)
同じ見学会に参加した人がブログに見学記を書いていた。最初の写真が「モンサントが用意したキムワイプカラーのバス」なのには吹き出した。なるほど、たしかにキムワイプカラーだ。私が割愛した「SECOM入ってます」もきっちり掲載。また文末に「今回見せていただいた試験ほ場は一般公開用のところで,実際の試験が行われているほ場へは入れません」とあり、そういうことかと納得。
「モンサント 見学」で検索すると他の見学記もヒットする。人によって見るところ感じるところが違うものだと感心...しているうちに写真がどうも変だと気づく。あ、これは去年の見学会だ(区の並び方が違う)。時期を絞って検索したはずなのに面妖な(どうも「はてなブックマーク」が過去記事にリンクしているためらしい)。
今回とりまとめをしてくれた「のぎ茶会」でも近々記事を載せる予定、と。
(追記2)
モンサントの広報へお礼を兼ねて当エントリーをお知らせしたところ、2点修正の依頼を頂戴した。
1つは概要説明の感想にあげた「組換え作物体で製品化できたのはまだ2種類」というところ。日本で安全確認を終えた遺伝子組み換え作物一覧にもあるようにモンサント社は除草剤耐性と害虫抵抗性以外の形質、またダイズとトウモロコシ以外の植物でも組換え体(GM作物)を商品化しているので、「組換え作物体で製品化できたのは、除草剤耐性と害虫抵抗性の2種類だが、2013年からは乾燥耐性も商品化された」が妥当であると。
対象作物がダイズとトウモロコシ、形質が除草剤耐性と害虫抵抗性とそれぞれ2種類のため、言われてみればラウンドアップ耐性のダイズとBTトウモロコシの2種類しかないように読める。スタック・トウモロコシについても触れている、と威張ってみたところで乾燥耐性のことを忘れていたのは事実。申し訳ありません。
もう1つも概要説明の感想で「当面はマーカー育種(分子育種)が主力」というところ。事実としてマーカー育種が主力ということはないので、「遺伝子組み換え、マーカー育種、交雑育種などを織り交ぜて商品を作っている」が妥当であると。
これはモンサント社は遺伝子組み換え一本槍ではない(除草剤ラウンドアップ®だって作ってる。ぉぃ)が強く意識されたための踏み越し。またいただいた資料で、組換え体による収量増(予想)の効果がはっきりと見えてくるのが2020年ころなので「まだ戦力とは言えない」と判断してしまった。それと会社の戦略は別物。
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