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2013/06/23

酵素補説

togetterに「はたらけ!酵素ちゃん ~酵素物語 その6~」という素晴らしいまとめがあります。酵素学の門外漢である主婦が、「酵素飲料」とか「酵素ダイエット」とかのあやしい酵素にだまされないための解説絵本を書こうと思い立った。

ラフを一読して、「ここは押さえておいてほしい」と思った点をいくつか。

酵素には種類がたくさんある


酵素の相手は、基本的に一酵素につき一種類。デンプンを消化する酵素はタンパク質を消化できない(基質特異性)。また同じ反応を司る酵素にも〈兄弟〉がいて、性質に違いがある(ある酵素はアルカリ性でよく働き、別の酵素は同じ反応を中性でより促進する)。生息環境の異なる生物(たとえば大腸菌とヒト)間で酵素が異なることは容易に想像できるが、同じ生物種の体内でも働き方が異なる酵素が存在することがある(イソ酵素/アイソザイム)。

酵素ダイエットとか酵素飲料とかにコロッと ***Deleted for the Courtesy Reasons*** な人は、おそらくここを理解していない。細菌飲料といえば分かるだろうか。乳酸菌飲料なら人体に有益だけれども、大腸菌飲料とかコレラ菌飲料を飲みたいとは思わないはずだ。ましてや「お腹で活き活き」を謳っているならば!(医学史では有名なお話の一つに、コレラの原因を巡る論争がある。コッホが発見した「コレラ菌」はコレラの原因ではないとするペッテンコッファーは培養コレラ菌を飲むという人体実験を行った。彼自身は下痢だけで済んだが、弟子の中には危うく死にかけた者もいる。)

酵素は基本的に6種類


前のエントリーでEC番号(酵素番号)を説明するとき割愛してしまったのだが、酵素は司る反応によって大きく6つに分類される。

酸化還元酵素
基質(酵素が働きかける相手)を酸化したり還元したり。例としては酒を代謝するアルコールデヒドロゲナーゼ。

転移酵素
基質の構造の一部を別の基質へ移す。例としてはリン酸基を移すキナーゼ。

加水分解酵素
水と反応させながら化学結合を切って基質を分解する。例としては消化酵素のペプシン。

脱離酵素
脱離反応や付加反応をと言ってもピンと来ないでしょうなぁ。別名は除去付加酵素。例も適当な酵素が思い浮かばない。

異性化酵素
分子内の反応を進める。例としてはアミノ酸のL体をD体にかえるラセマーゼ。
合成酵素
ATP(アデノシン三リン酸)を使って複数の基質を結合する。例としては切れたDNAを修復するDNAリガーゼ。

上記のまとめで登場する「ロミエット」が登場するのは、脱離酵素(リアーゼ)と合成酵素(シンテターゼ)が媒介する反応。これが〈結婚〉させる反応。〈重婚〉になるのを防ぎたいなら(ytambeさんが挙げている)グルクロン酸抱合は好例。

〈離婚〉に相当するのは加水分解酵素。〈変身〉は酸化還元、転移、異性化か。

酵素は基質と結合する


絵解きする場合に描く必要はないけれど、酵素は基質とくっつくことで反応を進めるということは頭に入れておいた方が良い。ここを押さえていると基質特異性とかKm値とか酵素の阻害とかも理解しやすい(と思う)

酵素は壊れる


酵素は触媒であり、触媒は化学反応の前後で変化しないと定義されている。つまり反応が進んでも酵素が比例して減ることはない。

とはいえ酵素のほとんどはタンパク質なので、徐々に壊れていくし、熱や極端なpH、泡などによって構造が崩れ(変性)、機能しなくなってしまう。食事などで外から与えられた酵素が働かないと考えられるのは、次の理由による。


  1. 調理の過程で壊れる(加熱でも壊れるし、泡立てるとそれだけでタンパク質は構造が崩れる。また細胞が壊れると掃除屋である分解酵素群の封印が解かれ、目的とする酵素も破壊されてしまう)

  2. 胃酸で変性してしまう

  3. 胃や腸で消化されてしまう

  4. 目的の場所に到達しない(胃腸での変性や消化を免れてもタンパク質がそのまま吸収されることは少ない。また血中に入ったところで目的の組織や細胞内に選択的に入る可能性は極めて低い。)

さらに細胞内には変性したタンパク質(酵素)を元に戻す機能があり、またpHも安定しているので細胞外よりも酵素は壊れにくい。その点でも外部から加えた酵素は分が悪い。

なお、微生物の中には高温の温泉や低温高圧の深海底のような極端な環境で生育するものがいて、それらが利用する酵素には高温や強酸性/強アルカリ性でも壊れずに働くものがある。また普通の酵素は働かない低温で作用するものもある。しかし、これらは普通の食材には含まれていないだろう。

酵素は働く時と場所が決まっている


前にも触れたように、酵素(群)は生体内の至る所で働いている。何かを作る酵素がいれば、それを壊す酵素もいる。それらが勝手に働けば、生命は維持できない。たとえば急性膵炎は、小腸に分泌されてから働くべき消化酵素が、働くべきでない膵臓内で勝手に働き出して膵臓自身を消化してしまうために起きる。

また多くの場合、酵素が司る反応は複数が協調的に進んでいる。たとえばタンパク質の合成を考えると、1)DNAの読み取りとRNAの合成、2)RNAの読み取り、3)アミノ酸の結合、4)折りたたみと輸送、がシンクロしていなければ、原料が不足したり中間産物が溢れたりしてうまくいかない。「食べ過ぎたから消化酵素を飲む」で済むような単純な例は少ないのである。

合成されたばかりのタンパク質は、アミノ酸がつながっただけのヒモなので、そのままでは働かない。しかるべき構造に折りたたまれて初めて機能するようになる。またタンパク質の中には金属イオンやタンパク質以外の低分子(補酵素)と結合することで機能するようになるものもある。鉄はヘモグロビンに必要であるし、ビタミンB群は補酵素として機能している。

なお、酵素の働きを制御する方法としては、使うときに合成し用が済んだら分解するほかに、ストッパー(インヒビター/阻害剤)を外したり付けたりする、完成一歩手前の状態(プロザイム/前駆酵素/前酵素)で蓄積しておいて、短時間で一斉に完成させるなどのやり方がある。

前述の急性膵炎は、スタンバってる消化酵素(の前酵素)に誤った「それ、ここで働け」という合図が送られてしまうことで起きる。

「はたらけ!酵素ちゃん」別案


以上の点を織り込んで、別シナリオを考えてみた。



あたしは酵素。あなたの体の中で働いています。

あたしには親戚が沢山います。有名なのは食べたものを消化する消化酵素兄弟で、それしか知らない人も多いでしょうけど、食べたものが身について成長するのも酵素の働き、お腹に余分な脂肪がつくのも酵素の働き、頭で考えるのにも酵素が重要な働きをしています。カァーっと怒ってもしばらくしたら冷静になれるのも、酵素が「はいはい、怒りたいのは分かりました」って怒りの素を片付けてしまうから。ときどき働きすぎて、「怒るどころか何もやる気がしない」ってなる病気もありますけどね。てへぺろ

バルコニーの下でロミオが、「ああ、ジュリエット!」と悶えている。よし助けよう。

あたしはロミオに抱きつくと、エィっとばかりバルコニーまで飛び上がり、ジュリエットと結合させてあげた。これ、イケ面のロミオだから抱きついてあげたんで、ベンヴォーリオだったらお断りよ。ジュリエットに渡すのは残念だけど、いつまでもロミオに抱きついてると、次のイケ面を逃しちゃうからね。♡

あらら、ロミオがチボルトをやっちゃったわ。死体を片付けないと面倒なことに。でも酵素は一人一役。あたしに死体の始末はできません。あーあ、見つかっちゃった。知ーらないっと。

あたしはベローナの町の中なら、一仕事の後に部屋で休めるから長く働けるけれど、町の外に出たらもたないわ。

あら、見慣れない酵素が来たわ。あれはセビリアの酵素ね。だめだめ、ベローナの男達にはあんたのやり方じゃ抱きつけないわよ。

いけない、話がなんか変な方向に。たとえ話は止めて、体の中に戻りましょう。あたしたち体の中でできた酵素は、いつ・どこで働くのかが管理されてるの。だからどうでもいい時に力んで消耗することなく、「今だっ」というときに全力で働けるの。

でも、外から来た酵素はそんなことお構いなし。自分だけで済む仕事ならそれでもいいけど、協調性のない人に大きな仕事はできないわね。体の中では沢山の種類の酵素が、一緒になって働いているのよ。[外来の酵素を冷ややかに見つめる体内に元からいる酵素たち之圖]

酵素はタンパク質。タンパク質ってのはアミノ酸がたくさん一列に並んだもの。アミノ酸の並び方でタンパク質の性質は決まるの。タンパク質の違いってのはアミノ酸の数と並び方の違いなのよ。で、DNAにはアミノ酸の並べ方が書かれていて、いつ作り始めるかも別のDNAに書いてあって、必要なとき、必要なところで酵素は作られるの。

ただ、酵素がたくさん必要なときに、「さて、あの酵素をつくろうか」とDNAの解読から始めていたのでは間に合わないから、あたしたちは「好みのイケ面が来ても抱きつかないように」と目隠しをされて、出番を待っているの。[待機する酵素ちゃん之圖]

酵素が働くのは体の中、といっても2つあって細胞の中と細胞の外(血液中とか細胞と細胞の間とか)、それと体の外(消化管の中とか皮膚の表面とか)。外から来たよそ者酵素が働けるのはせいぜい〈体の外〉ね。よそ者酵素が入ったら...たとえば蚊に刺されて痒くなるのは蚊の酵素が注射されるから。蚊に刺されたら温めると痒くなくなるというのは、酵素が熱で壊れて働かなくなるからだそうよ。

脳梗塞の特効薬tPAも酵素。血管の中にできた血の塊(血栓)を溶かすシステムにゴーサインを出す酵素なの。そういう酵素が自分勝手に働き出したら、たとえば塞がっていた傷口が開いて出血しちゃうでしょ。そういうことがないことで分かるように、酵素の働きはとても繊細に管理されているのよ。血管が破れたら血を固める。だけど傷が治ったら固まっている血を溶かす。

食べ物の中にある酵素は体の中にはまず入れないわ。「酵素ドリンク」の作り方を見ると、まず材料を切って漬けるでしょ。そうすると材料の細胞の中にあった分解酵素群が「出番ですか〜」と働き出すわ。発酵すると細かい泡が出るでしょ、泡立てるのもタンパク質には大敵。もちろん食べる分には栄養価を損ねることはないけどね(だから卵をかき混ぜても良いし、むしろ変性するとタンパク質は消化しやすいのでよく混ぜましょう)

でも、これは序の口。口から飲むと、胃に入るでしょ。胃には胃酸という強い酸があって、ばい菌を殺しているんだけど、たいていのタンパク質もここで形が崩れちゃうの。これを変性っていうわ。それから胃にはペプシンって消化酵素があって、これがタンパク質を大雑把に壊すの。[胃の中でぼこぼこにされる果物の酵素ちゃん之圖]

胃から小腸に進むと酸性から弱アルカリ性になってやれやれと思っていると、膵臓からたくさんの消化酵素群がやってくる。タンパク質の欠片はアミノ酸にまで分解されてしまう。ヒトの腸は、タンパク質は吸収しないようにできていて、アミノ酸にまで分解してから吸収するの。だって、タンパク質のまま吸収されるとしたら、レバーを食べたら肝臓移植と同じになっちゃうでしょ。拒絶反応が起きて大変よ。[影も形もなくなる果物の酵素ちゃん之圖]

(そうそう、赤ちゃんはまだこの「タンパク質のままで通さない」腸の力が弱くて、アレルギーになりやすいから注意してね。)

タンパク質によってはそのまま腸から吸収されることもあるらしいけど、お望みの〈酵素〉がそうだったとして、アレルギー反応も起きないとしても、「いつ・どこで働く」を誰も教えてくれないわ。[満身創痍の上に迷子になった果物の酵素ちゃん之圖]

果物の〈酵素〉って正体不明なんだけどぉ、信じてる人は「免疫ガー」とかいってるから、働くのは免疫細胞か、それが集まるリンパ節かしら。でも腸から吸収されて血管の中に広まった〈酵素〉はちゃんと辿りつけるかしら。

体の中で働く本物の酵素は、あなたの体の中で作られます。だから原料になるタンパク質をきちんと摂っていれば大丈夫。牛肉を食べてもウシにはなりません。ちゃんと原料に戻してから使うから、ブタのタンパク質を食べてもヒトの酵素は作れます。ただ、タンパク質は種類によってアミノ酸の組成が違うので、必須アミノ酸を多く含んだ良質のタンパク質を食べてね。[役に立つのから立たないのまで、いろいろなタンパク質之圖]

あと、酵素が働くためにはビタミンが必要なことが多いから、それも忘れずに。でも「ビタミンの多い食品」ってのはないからね。40種近くあるビタミン一般を考えるんじゃなくて、自分の生活から考えて不足しがちなビタミンに焦点を当てて摂るように考えてね。ビタミンCが必要な人が椎茸を食べても不足は補えないわよ。

きつい肉体労働で汗をかく人はビタミンB群が欠乏しがちとか、野菜・果物が足りないとビタミンC不足になりがちとかあるから、その辺は栄養学の本を見てね。

特に不足が心配ない人は、いろんな食材をまんべんなく摂っていれば大丈夫よ。1日30品目めざしてね。酵素とは直接関係ないけど。

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