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2013/05/23

本を出したことのある人への3つの質問

自著であれ編集であれ、市販本を出したことのある人への3つの質問。一応選択肢も用意しましたが、自由記述回答も歓迎。

1.新刊を購入しない人が読むのをどう思いますか
図書館で借りて読む人もいれば、古書店で購入して読む人もいる。それを収入機会の損失と捉えて歓迎しない旨を表明する人もいますが、いかがですか。
a)ブックオフに売った奴も、それを買う奴も許せない
b)貧乏学生ならともかく、そうでなければケチるなと言いたい
c)読んでくれればそれだけでもありがたい

2.古書店で売られるのはいやですか
自分の本が古書店(amazonマーケットプレイスなどを含む)で売られていたらどう思いますか。
a)新刊書店に並ぶよう増刷しろ(買う奴は復刊ドットコムに依頼しろ)コノヤローと思う
b)できれば新刊を買って欲しいので刊行後1年、できれば版元品切れになるまではやめて欲しい
c)より多くの人に読まれる機会となるので構わない

3.稀覯本とゾッキ本、どちらになるのを望みますか
版元品切れ増刷なし(いわゆる絶版)になった本の古書店での価格が定価以上になっていたらどう思いますか。逆に100円均一のワゴンに入っていたら、あるいはamazonで1円になっていたらどうでしょう。どちらがより好ましいでしょうか。
a)儲けらしい儲けが出ないなら許せるので二束三文希望
b)価値が認めらているということなので高値希望(ゴソゴソ、著者買取り分があったら私も出品しよう)
c)裁断されたり焼却されたりするよりはましなので関知せず

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2013/05/03

放射能の解説本を書いてみようと思う

原発事故以来おびただしい数の関連本が出版された。だが、それによって考えをかえた人はどれほどいるだろうか? 自分の考えと反する本を読もうとする人はインテリだ(インテリにもピンからキリまであって、せっかく異論を読んでも悪意でねじ曲げた解釈をする人もいる)。大抵の人は意識しているかどうかは別にして、自分の感覚に合う本を選ぶのではないか。不安を覚えている人は危険を強調するものを、もう大丈夫と思う人は冷静さを前面に出した本を。選択を誤ったと感じたら、そこで閉じてしまい〈もっとちゃんとした本〉を探し求める。軽度の青い鳥症候群。

私の立場は、すでに書いた通り、放射能汚染は恐ろしい。しかし、今回の事故の影響は幸いなことに健康被害が出るほどではないというもの。実際、2年経ってみても、人がバタバタ死ぬどころか、病気らしい病気も出てきていない。「いやいや、これからだ」(って2年前から言ってないか?という突っ込みはさておき)と言う人はいるけれど、それはまるで「避難した私の判断は間違いだったというのですか」という悲鳴のように聞こえる。この人達の取り越し苦労を除きたい、というよりは「そろそろ現実に戻っておとなしくなってくれ」というのが第一の願望。一方、だからといって「原発事故なんて大したことはない」「放射能恐れるに足らず」というのは明らかに間違っている。「有害なレベルの被曝は回避できる政治的な知恵を備えてほしい」というのが第二の願望。

この願望を叶えるような書籍は可能だろうか。すでに何人かの人が「理詰めではない放射能の解説本」を執筆しているという噂は聞いている。理屈を追っていけば、現状は危機から程遠いという結論に行きつくので、自尊心を傷つけられた人は理詰めの説明を拒んでしまうから。

当初は私も数式を使わない(自分が不得意だし)、たとえ話を多用した解説を書いてみようと思った。だが、章立てを考えた段階で「これは嫌われる」と直感した。「おめーらはバカ」「バカには分かんないだろうから結論だけ覚えろ」臭プンプンになりそうなので。

そこで次の段階として、開き直って「どーしてわかんねーんだよ」という苛立ちをまとめてみてはと発想をかえた。これなら遠慮なしに思い切りよく書けるし、一部のクラスタには大受けする。そして「こういう説明は受け入れられませんよ」とすればいきなり実用書。サブタイトルとして「「どうして妻は放射能を理解しないのか」とお嘆きの男たちへ」というのも考えた。だが、これも問題がある。

一般には妻(というよりは母)の方が夫よりも神経質で危険を過大視していると考えられがちだが、それは本当か? 実は男性の中にも理屈を拒み、危機を渇望するかのような人々は存在する。中には別の思惑で動いている人もいるかも知れないが、いわゆる危機煽り有名人にも(あえて名前は挙げないが)多くの男性がいる。ネットでも見かけたし、現物に遭遇したことも二度。一方で、日本分析化学会が会誌での緊急連載「放射能・放射線を正しく理解する」のトリに起用したのは理化学研究所の女性研究者。先日参加した講座「放射能と健康」の講師を務めた大学教授も女性(質疑応答で〈定番〉の「内部被曝と外部被曝は...」「低線量被曝の影響は...」「天然の放射能と人工の放射能は...」「事故の影響を小さく見せようと...」と食い下がったのは男性)。また「福島のエートス」の代表も女性。「感情的で理屈が通じないのは女」というのは誤解に満ちた偏見。

それでも「この説明は嫌われる」というコンセプトは気に入ったので残したい。あえて正面から「ここが気に入らないんでしょ?」と切り込めば、「気持ちに寄り添う」「感情を尊重する」という美名のもとにグズグズに癒合してしまった ***Deleted for the Courtesy Reasons*** の轍を踏むこともあるまい。

そして感情を尊重するならば、エア御用と誹られながらも丁寧な説明を繰り返してきた人々が抱いたであろう「なんでそんな不合理なことを信じられるの?」という不快感(これは慎重に隠蔽されてきたと思う)も取り上げるべきだと思い至った。

「危険厨」「安全厨」という不毛な罵り合い終結への道は、双方が「なぜ自分の主張が理解されないのか」を省みるところから開かれるのではないだろうか。

「〜厨」とはネットスラングで、語源は「中学生坊主/中学生坊や」→「中坊」→「厨房」。幼稚な主張を粋がって開陳する様を嘲った言葉。その発展形として「特定の立場に固執する」と罵倒する多様な「〜厨」が生まれた。「危険厨」「安全厨」は東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故の評価をめぐって2011年に生まれ、危険厨は「メルトダウンだ、4000人死んだ、東京も危ないから避難しろ、日本はお終いだ」等と主張した人々へ、安全厨は専らそれらは誇大であると批判した(何の心配もないと主張した人は管見の範囲ではいない)人々へ投げつけられた。

というわけで「今すぐ避難したい。0ベクレルの食材を食べたい。」と怯えている人にも目を通してもらえる薄い本(だらだら書いても読んではくれまい)を構想している。

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