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2013/02/26

ふくしまの話を聞こう2

24日に講演会「ふくしまの話を聞こう2」が開かれた(当初は3月2日の予定であったが、ICRPダイアログとスケジュールが重なったため1週間早められた。おかげで私の予定重複も解消。)。福島おうえん勉強会のメンバーの一人として運営に参加したけれど、前回は代表の緊急入院を受けて臨時代表代行を務めたため、今回は代表が復帰しているからポジションが無くなってしまった。打ち合わせ席上でも露骨に「えっと、細川さんの役割は?」と聞かれる始末(当然の疑問だと思います)

結局、代表補佐というか総合雑用係で、受け付けにいて予約なしできた人などへの対応を任されることに。で、必然的に講演が始まっても会場に入れない。そして、もう大丈夫だろうと入ってみると席に余裕が無い。実際のところは空きもあるのだが、列の中央だと講演中に入るのは憚られる。幸い外に残る受け付けスタッフ用にビデオ中継が用意されたけれど、やはり集中力を欠く。まぁ、概要は郡山で聞いているし、あとでUStreamを見てもいいしという悪魔の囁きに負けて、ときおり会場内に入って立ち見をし、疲れたらロビーに出て休憩というだらだら聴講。

そんな調子で安東さん講演に対する質疑を聞いていると、汚染マップの精度を尋ねる質問に対して、マップは先に目的があり、それに合わせて精度が決まるという回答をライブで体験ができた。つまりマップは手段。汚染地図なんてものは、尺度と色の選択で深刻な汚染も軽微に、逆に大したことない汚染をおどろおどろしく見せることもできる。目的が先に決まっていれば、尺度は適正に決めることができる(煽るのが目的ならそのようにも作れる)。かなりの人が民間で作成されて市販されている日本の汚染マップを連想したのではないだろうか。あれはもっともらしい広域図だけれど、一般市民があんなものを手にして使い道はほとんどあるまい。汚染図がいる人にとっては身近な範囲の、メッシュの細かい地図こそが必要。10km先のホットスポットを頭痛に病む必要はない。

そうこうしているうちに無事閉会。今回は会場の現状復元義務がないので余裕を持って撤収。そして懇親会場へ。懇親会の趣旨は元々は講演者とスタッフの慰労。とはいえやはり外せない方々がいるのでそれも含めてメンバーを確定し、(互いに名前くらいしか知らず面識のない同士が多いので)ネームプレートも作って臨んだのだが、浮世の義理といいますか、会場から合流する予定外の方もいらっしゃり、かなりカオスな状態に。それでもネームプレートを領収証がわりに会費を徴収したので、少なくとも予定メンバーに関しては徴収漏れということはなかったろう。宴会担当のKさん、Sさんお疲れ様。

当日の様子はyoutubeに動画が公開されている。
 第一部 ノルウェーの被災地における畜産業と暮らし ­­佐藤吉宗
 第二部 ベラルーシで見たこと、聞いたこと、会ったひと­­ 安東量子


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2013/02/15

『中の人などいない』の人びと

母方の菩提寺が谷中にある。昨秋、祖母の法事に参列した際、日暮里駅の書店で見つけたのが本書。その時は「定収入ないもんね」と買わなかったけれど、心を入れ替え、24日に開く講演会「ふくしまの話を聞こう2」の会場下見をした帰りに、同じリブロecute日暮里店で購入してきた。

ツイッターをやっている、あるいは関心のある人ならNHK_PR(NHK広報局)のことは知っているだろう。「N(中の)H(人など)K(いない)」なんてゆるいツイートで人気を博している。その人が副題「@NHK広報のツイートはなぜゆるい?」という本を出した。


「生協の白石さん」と同じで、NHK_PR(1号)はどんな人?という興味がわくが、実に慎重に伏せられている。オフ会にも出られているというから、会ったことのある人はそれなりにいるのだろうが、読者には謎。もしかすると女性かも、という推測もしているが、テキストから書き手の性別を判断するのは現代では難しい。それでも猫舌なのでウーロン茶をホットとアイスを同時に注文して混ぜてから飲む、なんてツイートを彷彿とさせる行動をされることが分かる。

他にも変わった人達が登場する。12月の後半なのに、「まだ黒いTシャツに黒いジャケットという、大胆なのか季節を間違えたのかわからないような格好」のYさん。「翻訳文のような話し方」をし「高級なスーツを安物に見せかけるという、なかなかマネのできない着こなし術を持つ」Kさん。部下を呼びつけておいて「ほら来た来た。飛んで火に入る夏の虫だな、わははは」と笑う課長。いずれもNHKの中の人で、NHKの印象がガラリと、というかガラガラと音を立てて変わる。

あとがきによれば、これらの人物は事実に基づく創作で、現実の人間と一対一で対応はしていないそうだが、まー、一筋縄ではいかない人達がいることが分かる。その変わり種トップの無機質なKさん(打ち合わせコーナーでのコーヒーを巡るやりとりはまるで漫才)が突然人間味を見せる。

あなたは何も心配をする必要はありません。あなたは正しいことをしたのです

3月11日の東日本大震災に際し、ある中学生が「被災地は停電していてテレビの情報が伝わらないが、スマートホンならネットを見られる」と気づき、NHKのテレビ放送をUstreamに流した(こういう事を咄嗟に思いつき、実行できるのだからデジタルネイティブという呼び名は誇張とは言えない)。これはNHKの著作権を侵害する行為だが、そのことを知らされたNHK_PRは躊躇いながらも拡散する。後に人口に膾炙する「私の独断なので、あとで責任は取ります」は、その時に添えられた(本書によればそんな格好よく大見得を切ったわけではないそうだが)。そしてKさんは、後追いながら手早く正式なネット配信の準備を整えると、広報の用意を指示するとともに上記のように決断を讃えたのだ。

この部分も創作だろうか? それでも構わない。官僚的と言われるNHKの中でも人情は枯れていない、それで十分だ。

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2013/02/09

有機栽培というブランドの価値があらわになった

私は農学部の出身ではあるけれど、農芸化学という農業実務とはやや離れた分野であったせいか有機農法というものに憧憬をいだいていた。あるいは青年にありがちな、「正統派に与しないことへの陶酔」もあったかもしれない(科学から逸脱しなかったのは幸いである)。農薬化学の教授は、種子殺菌に水銀剤を使うと味が良くなるとか成長が良くなるとか(もう詳細は覚えていない)言って、反農薬の風潮には軽侮を示しつつ無視。それに軽く反発してこっちも単位だけは頂戴するという態度で卒業(作用機作とかそういう話だから別に節を曲げる必要もない...が、ちゃんと話を聴くべきであった。)

しかしながら、2011年の3月以降、有機農法大好きで農薬や化学肥料は嫌いであろう人達(なんと呼ぶべきであろうか)の無残な壊れっぷりを目の当たりにし、それ以前から遺伝子組換え体やEMの評価で疎遠になっていたこともあり、「あの人達の主張はすべて再吟味が必要」ということで有機農法には相当懐疑的になってしまっている。

というわけで、「どうすれば「みんなで決める」ことができるのか?(『みんなで決めた「安心」のかたち——ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』(亜紀書房)刊行記念イベント)に参加して、渡された自然農園レインボーファミリーの資料に有機農法で頑張ってます的なことが書いてあるのを見て、開始を待つ間、裏に次のような走り書き。

もう少し酷い事故だったらどうするんだろう?
「自給のふり」というフレーズが浮かんだ。
ある種のぜいたく、オーバースペックではないか。

もう少し酷いというのは、20Bq/kgなんて言っていたら食べるものがなくなるような汚染をもたらす事故。ただし100Bq/kgという国の基準はぎりぎり超えないので、基準を信頼すれば食べるものには事欠かず、おそらく健康被害は生じない。少量の放射性セシウムも拒否する人は伯夷叔斉のように飢えて死ぬ道を選ぶのか(事故前に作られた缶詰や冷凍食品で生活するには相当の経済力が必要になるだろう)

自給の振りというのは、化学肥料や農薬抜きでの生産量では、おそらく現存の人口を維持できないということ。日本に限ってみたところで、全稲作農家が有機栽培に踏み切れば米不足に陥る。一部の人間がロハスな生活を満喫するためには、その他大勢は化学肥料と農薬で育った作物で命を繋ぐ必要がある。物の価値が分からぬ人間に、無意味に手間の掛かったものを高額で売りつけているとも解釈できるが、金にあかして〈良い食べ物〉を独占する姿はかなり醜悪だ。

ある種の贅沢というのもそれを指している。本当にそんな手間をかけただけの価値はあるのだろうか?という疑問。

そういう暗い気持ちでトークセッションの始まりを待った。スピーカーの一人、五十嵐泰正さんが「「My農家を作ろう」方式の放射能測定がもたらしたもの」の中でとんでもない間違い(指摘に応じて現在は修正済み)を書いていたことも影響している。20Bq/kgという自主基準も、数値だけ聞くと「なんだかなぁ」(これは次の「地産地消のためのセカンドオピニオン」まで読めば諒解できる値)

しかし、実際にトークが始まってみるとそれらは杞憂だった。第二部では農薬・化学肥料抜きでは食料供給は支えられない旨の発言もあり、とても常識的な展開。そしてとても参考になった。

なかでも、事故直後の不安でいっぱいな状況ならいざしらず、1年経ち2年経ち、計測結果も蓄積してきたにもかかわらず、相変わらず0ベクレルでなければ一口でも食べたら病気になると言わんばかりに忌避している人たちがいるけれど、そういう人たちを「自分たちが相手にする対象ではない」と言い切ったところに感心(それではどんな人が対象なのかというと、「柏という地元を愛する人」)。これは民間団体だからできたことで、少数派へも目配りしなければいけない行政ではとても(部局を限定すれば可能かもしれないが)できない。

行政にはできないことをやる以上、「行政をせっつく運動」にならなかったのが成功の要因だろうか。せっつく運動はともすれば外部に悪者を設定する運動になりやすい。そして人を攻撃していても前には進まないことが多い。そういう不毛さを回避したのは立派。

ただ、柏を離れた概論のところで述べられた「震災は隠されていた問題を顕在化させた」という指摘はその通りだし、大きな原因である人口減少が進行する時代を迎えてコミュニティのコンパクト化を進めるのは合理的選択だとは思うけれど、これも外部の人間があれこれ指図することはできない反面、広域(地域間)での調整も必要で、いくら〈地域のみんなで決めたこと〉であっても通らないことが多々出てくるだろう。これは難しい問題。

さて、事故後、二回の収穫を経て、農産物に放射性セシウムが取り込まれる条件が見えてきた。端的に言えば、土壌が強く放射能に汚染されていても、そこからとれる農産物を安全にする目安が得られている。きめ細かい測定をしている柏はもちろん、抜き取り調査をしている福島県産にしても、危険なほど汚染されたものが市場に出回る蓋然性はとても低い。そうなるとむしろ他県産だからと測定されていない農産物とどちらがより安全だろうか? にもかかわらず福島県産であるというそれだけの理由での忌避に正当性は認められるだろうか? もちろん心配な人が産地を選択するのは個人の自由だ。だが公に福島産農産物を非難し、たとえば店頭からの撤去を求めるような行動に出れば、それは不合理で反社会的なものとして指弾される時期が近付いているように感じる。そしてそういった〈市民の不安〉を尊重するあまり科学を蔑ろにするような擁護を続けてきた人達にも批判が向けられるようになるだろう。このあたり五十嵐さんは歯切れ悪く語ったけれど、私の脳裏には幾人もの人文・社会系の知識人の名前が浮かんだ。辛辣な予想を述べるならば、そうなった暁には「放射能が怖かったんだから仕方がない」と、追い詰められた外国人排斥派と同じロジックを持ち出して破産する者続出であろう(そんな浅ましい弁解が出ないことを切に願う)

(「同じロジック」というところを理解しない人はいるだろうか? いるだろうな...)

このトークイベントには「ふくしまの話を聞こう」を主催する福島おうえん勉強会のナカイ代表も参加されていた。なんと第一部についてはツダっていたようなので、そのツイートも参考にされたい(いま当日のツイートを朝の分から見ると、ほかにも興味深いツイートが。これとか)

第二部も愉快だった。遠藤哲夫さんを見て「もしかして船瀬俊介みたいな人?」と警戒したのもつかの間、「地域作りの運動をアートとか文化でやろうというのはあんまり信じてなくて」とかおっしゃる。相手をする五十嵐さんも、購買におけるストーリー作りを評して、はじめは胡散臭く思っていたが、ストーリー込みで消費するのも結構〈アリ〉なのではないか「GDPって、こうやって増やすものじゃないかな」と会場を笑わせる。

(ストーリーを付与されると味が良くなる件については、以前「私たちは騙されている、のだろうか」で触れた。しかし一言居士として付け加えるならば、どんな名産を使いどんな名人の手によって料理されたものであっても処刑前の最後の食事であれば、とても喉を通らない代物になるだろう。食事のシチュエーションも大事。その意味で「Hunger is the best sauce(空腹は最高のソース)」も誤りで、楽しい仲間こそが最高のソースではないだろうか。ツイッターで「ごはんたべたい同士を発見します」なんてお遊びが流行るのもむべなるかな。)

日本の食を実際に支えているのは化学肥料と農薬と認める発言があったのは前述の通りだが、どうも無農薬・有機栽培の虚構性を暗黙の了解にしているようにも感じられた。

その虚構も楽しむためのフィクションであれば有益であるのだが、「健康のためなら死んでも良い」と揶揄される執着に結びつくと笑ってもいられない。福島県の飯舘村がつとに有名だが、有機農業に取り組み、都会への直販に活路を見出そうとしていた農家は多い。ところが営農が難しくなった福島第一原発近辺はさておき、ほとんど汚染のなかった東北地方の有機栽培農家も事故後は注文が途絶えてしまったという。もともと有機栽培にこだわるような消費者は放射能にも人一倍敏感なのだから当然といえば当然なのだが、検査をしてほとんどあるいは全く放射性セシウムが検出されなくても、その人達は戻ってこない。手許のメモには「無農薬フリークに依存する危険性か」などと皮肉な走り書きがあるけれど、生産者は消費者のことを志を同じくする仲間だと思っていたのに、遠くの消費者は農家が仲間だとは思っていなかったという悲劇。この〈裏切り〉を農家はどう思っているだろうか。

と、第一部の後の「〈柏産柏消〉セッション!」での笠原秀樹さん自然農園・レインボーファミリーの発言、「農業は自由でいいですよ。矛盾なく生きられる。嫌な客には「お前に食わせる野菜はない」と言える。」がとても意味深に響いてくる。


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2013/02/03

横断歩道のその先に

「あぶない わたるな」の看板

「あぶない わたるな」とはどうしろと。

元は目白通りに向いていた

場所は新宿区落合三丁目。googleストリートビューで見ると、元々は目白通りを「わたるな」という看板だった模様。それが向きを90度変えてしまったのだが、誰も直さない。ちなみに目白通りを渡った反対側にも同じ「わたるな」看板。

それだけのことなのだが、しかし最初に見たときは驚いた。

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