シマウマ症候群/医学生症候群(用語解説)
ありふれた症状を重篤な疾患と関連付けてしまうこと。
「ウマの蹄音を聞いて、シマウマが歩いていると考える」に由来。アフリカならいざしらず、この言葉ができたであろう欧州においては、パッカパッカという足音がしたら、それはウマが歩いていると考えるのが普通。それをシマウマかもと考えてしまう。
以前は医学教育を受けている学生に多く見られたらしい。それで「医学生症候群」とも(googleではこちらの方がヒットする)。近年はメルクマニュアル医学百科最新のようなウェブやブログ、『家庭の医学』のような書籍、あるいは健康をテーマにしたテレビ番組を見て、「この病気にかかっているかも」と怯える一般人も多いようだ。
もっともジェロームの小説『ボートの三人男』(1889年)の冒頭にも、この描写がある。図書館でふと医学書を紐解いたばかりに、ありとあらゆる病気(ただし、膝蓋粘液腫は除く)にかかっている気になってしまった主人公は、その足で医者へ赴く。話を聞いた医者が処方したのは、ステーキを食って酒を飲み、ぐっすりと寝ろというもの。これによって主人公は〈健康〉を取り戻す。
手漕ぎボート中心だったテムズ川に登場したスチームランチに対し、あの傍若無人な汽笛の音をきけば陪審員も「正当防衛による殺人」と認めるだろうなどと前半では罵倒するのだが、後半になってボートを牽引してもらうと掌返し。これら主人公の態度は現代の日本人にも通じるというか、近代の大衆の典型かもしれない。道具立てが図書館からインターネットに変わっただけで、行動の本質は同じ。
患者側がかかると「小騒動 - #私は家庭の医学で不安になりました」でも指摘されているように、ヒポコンデリー(心気症)である。
映画などには、新人医師がありふれた疾患で大騒ぎするシーンがある。題名は忘れたが、社会奉仕で田舎での診療を命じられた若い医師がドクターヘリを呼ぼうとしたのを町医者が押しとどめ、簡単な施術であっさりと治してしまうとか。
ただし、希少な疾患というのは、珍しいとは言え実在するわけで、それゆえに見過ごされる危険も大きい。20世紀後半、イギリスで天然痘の小流行があった際、多くの医師は見逃してしまい、天然痘と診断できたのは過去に天然痘患者を診察した経験のあった老医師だったという話がある。
『続 推理する医学』には「シマウマのひずめの音」という一章が設けられ、重症筋無力症にかかった女性が、そうと診断されるまでの経過を描いている。多くの医師はありふれた疾患として扱ったが、最後の医師が「これはウマではなくてシマウマ」と看破して患者は救われる(wikipediaによれば「適切な治療によって80%は軽快・寛解し、日常生活に戻れる」、つまり診断が大切)。
だが、こういう話を読むと、また素人は「私は重症筋無力症かも」と思いこみかねないなぁ。
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『続推理する医学』はさすがに古本しかない。
ただし『推理する医学2』として改装版が出ている。
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