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2012/03/05

チェリャビンスク-65、TMI、チェルノブイリそして福島第一原発

大規模な核事故は4つ知られている。

1957年にチェリャビンスク-65で起きた、高レベル放射性廃棄物タンクの爆発事故(キシュテム事故;「ウラルの核惨事」として知られる)、1979年にスリーマイル島(TMI)原子力発電所2号炉で起きた炉心溶融事故、1986年にチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた爆発事故そして2011年に福島第一原子力発電所で起きた爆発事故。(1999年のJCO臨界事故は国内で初めて死者が出た原子力関係の事故で、被曝者数も667名に上ったが、放射性物質の拡散は起こしていない。)

キシュテム事故は冷戦時代のソ連で起きたため、長い間秘密にされていて、西側諸国が概要を知ったのは1976年に亡命科学者が科学誌に投稿してから。ソビエト連邦崩壊前夜の1989年にグラスノスチ(情報公開)により全容が明らかになる前は話に尾鰭がつき、核爆発が起きたかのようにも語られた。恥ずかしながら私も、断片的な情報を又又聞きして荒涼たる原子野を想像していた。

周辺の住民10,000人が40~500mSv被曝したと考えられており、7,852人について1987年(事故後30年)まで健康調査が行われたが、明確な被曝の影響は見出されていないという。

TMI事故は当時としては最高レベルの原発事故で、直前に公開された映画「チャイナ・シンドローム」で懸念されていた冷却材喪失→炉心溶融が現実に起きたため大きな衝撃を持って受け止められた。

ちなみにチャイナ・シンドロームとは、熔融した核燃料の塊が核反応を継続しながら地中にのめり込み、ついには地球の反対側にある中国に到達するという比喩。岩盤を熔かしながらの落下なら抵抗が大きくて地球の反対側まで達しないし、そもそもアメリカの反対側は中国ではなくてインド洋だ。

周辺住民の大規模避難が行われ、「とてつもない大事故が起きた」と怯えたものだが、事故そのものによる死傷者は0。早期に収束し、炉心溶融が確認されたのがだいぶ後だったこともあり、不謹慎ながら「大山鳴動して...」という印象がある。むしろ避難する住民の中にショットガンを構えた男性が写っていたのが記憶に残る。

チェルノブイリ原発事故もソビエト連邦時代に起きたため、当初は公表されず、西ヨーロッパの放射能汚染で明らかになったという経緯から「今度こそ...」と慄いたのを覚えている。そのころは(も)放射線に対してはろくな知識がなく、被曝といえば広島と長崎の核被害や、そこから想を得たであろう『渚にて』の描写しか知らないから、「文明の終わり」「国は自殺用薬剤を配るかも」とまで考えた。

シュートの小説『渚にて』では、第三次世界大戦で6000発を超える核兵器が使用されて北半球は放射能汚染で全滅、南半球にも徐々に汚染は広まり、もはやこれまでとオーストラリア政府は毒薬を配布し市民は思い思いの方法で安楽死する。映画の終盤では、同盟国を頼って来豪していた米原潜が公海で自沈するために出港し、無人の街は静まり返る。数日前に教会が開いた宗教集会で広場に掲げられた横断幕「きょうだいよ、時間はまだある」(今こそ悔い改めよ)が虚しくはためくラスト。ちなみに愛娘に毒を注射し夫婦で毒を仰ぐ若き海軍士官を演じるのは「サイコ」の印象が強すぎるアンソニー・パーキンス。

「核の冬」(核戦争で舞い上がった塵埃が大気圏上層を覆い、日光が遮られて氷河期が到来するというシナリオ)以前は、核の脅威といえば熱線と爆風そして放射能だった。それも10年後にがんによる死亡が1%増えるなんて生易しいものではなくて、髪が抜け、激しい下痢と嘔吐で悶えながら死ぬ。これは絵本『風が吹くとき』にも生々しく描かれている。ただ、これはシーベルト単位(マイクロでもミリでもなくシーベルト、つまり1000ミリシーベルト、100万マイクロシーベルト単位)での被曝の場合の話。チェルノブイリ原発事故では消火にあたった原発作業員や消防士には見られたが、周辺住民はそこまで被曝していないのでこのような急性の確定的影響は出ていない。

東電福島第一原発事故は次から次へと建屋が爆発するものだから「3度目の正直か」と緊張した。しかし、今度は前2回と異なり比較的身近だったので、妙なカタストロフィー願望には左右されずに推移を見守り、「福島は大変だが、現段階では自分がいる首都圏は大丈夫」という結論に落ち着いている。福島県内にしても、毛が抜けて紫斑が現れ鼻血が出るような線量からは程遠い。こういう核戦争型放射能汚染の感覚では原発災害に対処できないのだが、逆に言うと原発事故では核戦争のような被曝は心配しなくて良いのかもしれない(実際、なんだかんだ言って、福一には作業員がとどまれている。もちろん総員退避が必要になる重大汚染が起きる可能性はあるけれど、避難中の住民がバタバタ倒れるような事態というのは想像の中だけで済みそうだ...←しっかりした数的根拠があるわけではない。)

これは正常性のバイアスだろうか。余震などで福一の制御ができなくなって、再度放射能雲に襲われても「この程度の線量率なら大丈夫」、急性症状が出始めても「ビールを飲んでいれば大丈夫」と、「エリック・ザ・バイキング」のKing Arnulfみたいに呑気に構えているかもしれない。そうは言っても今できることはそう多くはない。県外協力者として福島エートスの活動を支えること、首都圏においては〈今日明日にも血を吐いて死ぬかのように怯えている人〉を落ち着かせるのが優先課題と考えている。

「酒を飲んでいると放射能に耐えられる」は、前記『渚にて』でも紹介されているエピソード。広島市でも被爆後「この世の終わりが来た」と隠していた酒を持ち出して痛飲した人には放射線障害が出なかったという伝説がある。これらをもとに放医研で研究が行われ、動物実験レベルであるがエタノールやビールの保護作用が報告されているが、ピアレビューの雑誌に掲載されていないという批判もある。

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いやなたとえだが、列車の転覆のような大事故が起きて多数の死傷者を救出しようと人々が駆けつけてごった返している中で、僅かな擦り傷しかないのに「血が出てる! 破傷風になるかもしれない! 病院へ連れて行って!」と大騒ぎするのは邪魔でしかない。こういう人が図々しく救急車に乗り込めば、助かるはずの生命が助からなくなりかねない。緑のトリアージタグでおとなしく待っているべきなのだ。ケガをしたのが子供でも基本は同じ。判定はできないが、判定に沿って人を誘導するくらいならできる。

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