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2012/02/12

ベクレルとシーベルト(用語解説)

東京電力の原発事故(2011)から間もなく1年が経つ。ところがツイッター界隈ではいまだに次のような誤解が流布されている。

内部被曝ベクレルは 細胞を傷つける放射回数の単位
1日に体のどこかの細胞が 何年も攻撃され続け 壊れる
惑わされぬよう!騙されぬよう!余計な被曝はしないよう!

1ベクレル1秒間に放射能放射線が細胞を傷つける放射数
1ベクレル×1日86400秒=1日 86,400 bq/d
100ベクレル×86,400=1日 8,640,000 bq/d

この短い文章の中に、ざっと見ただけで実に5つもの間違いがある(ベクレルはBqであってbqではないといった形式的なものも含めるが、「内部被曝ベクレル」「放射能放射線」という謎の用語は無視)。

とりわけ見過ごせないのは、ベクレルは細胞を傷つける単位という点。生体への影響度を示す単位はシーベルト!

ベクレル(Bq)とシーベルト(Sv)の説明は、ネットにいくらでも見つけられるが、正統的なところで『理化学辞典』(岩波書店 4版)に当たると、次のように書かれている。

ベクレル[becquerel]放射能のSI単位で,記号はBqで,A.H.ベクレルにちなむ.毎秒の崩壊数が1個であるときの放射能の量を1 Bqと定義する.

シーベルトについては、電離放射線の線量当量のSI単位とそっけないので、線量当量を見ると次のように説明されている。


放射線の生物学的効果を共通の尺度で表す量で,吸収線量と修正係数の積で定義される。


まとめると、ベクレルは放射能の強さの単位で、その放射能が生体にどれだけ影響を与えるかはシーベルトを単位として考える。それゆえに内部被曝も外部被曝もシーベルトで尺度を統一して危険性を考えることができる


ベクレル→シーベルトは、体内に入るベクレル数に核種ごとに異なる係数をかけることで計算できる。〈陰膳方式〉で一食分が測定された場合は別だが、食材のベクレル数は1kgごとになっているから、実際に食べるグラム数への換算が必要。もっとも政府による規制値は、その点も考慮されている。

だが、この単純なことがなかなか理解されない。NHKの才媛、小野文恵アナですら2011年暮れの放送(「ニュース深読み」)で、ベクレルとシーベルトの違いが分からないと発言したらしいから無理も無いのか(よく分かっていない視聴者への「分かってないのはあなただけじゃない」というサービス発言かもしれないが)

そこで、いくつかの比喩を考えてみた。ただし、比喩はあくまでもたとえであって、ある面の理解を促す一方で、誤解も招来する可能性も持っている。その点に注意して読んでもらいたい。

「地震におけるマグニチュードと震度」説


上記「ニュース深読み」で出てきた説明。実はこれ自体、誤解の多い単位なのであまり筋が良いとは思えないのだが、大震災の後で理解が進み「ストン」と落ちるかもしれない。

ベクレルはマグニチュード、シーベルトは震度

一つの地震でも、場所によって震度は様々。震源からの距離が大きければ震度は小さいという一般則は、「線源から離れればシーベルトは下がる」の理解を助けるだろう。

地面すれすれに線量計を近づけて「大変大変」と騒ぐのは、そこに長時間寝っ転がるのでなければあまり意味が無い。ちなみに震災前(2010年)に玉川温泉で線量を測った人のブログを読むと、放射能を期待して岩盤浴に来た人は2.2μSv/h超の値を示されて満足した由(その後、7μSv/h超を計測してブログ主も喜んでいる)。

これの難点は、核種による違い(アルファ線もガンマ線も、1秒間に1つの原子核が壊れて出てくるなら同じく1Bqなのであるが、生体への影響は月とスッポン)を理解しにくいこと。

「電球と明るさ」説


電球の明るさ(W)は同じでも、その電球で照らされたある場所の明るさ(lx)は、電球からの距離によって異なるという比喩。

ベクレルはワット(またはルーメン:白熱電球と蛍光灯は消費電力では比較できない)、シーベルトは明るさ(ルクス)

だが、これはシーベルトではなくてグレイの説明に向いている。また「マグニチュードと震度」と同じく核種の違いを理解しづらい。電灯の明るさをルーメンではなくて出力(W)で考えると、同じベクレルでも影響が違うのは、同じワット数でも蛍光灯と白熱電球とLEDとで明るさが違うようなものと説明できるが、かえって混乱を招くような...

「お酒と酩酊具合」説


実はこれがお気に入り。

ベクレルは瓶に入っている酒の量、グレイは飲んだ量、シーベルトは酩酊具合

酒は飲まなければ酔わない。しっかりと栓をしたウイスキー瓶なら子供が触っても問題ない(落として割るなどの心配はあるが)。同様に、厳重に遮蔽してあればギガベクレルだろうがヨタベクレルだろうが怖くはない。実際、いま騒いでいるのをはるかに上回る放射能が原子炉の中に封じ込められ、われわれは安穏と電気を貪ってこれたのだ。

酒をどれだけ飲んだかに相当するのがグレイ。しかし同じ量でもビールとウイスキーでは酔い方が異なるように、放射線によって影響が異なる。そこで出てくるのがシーベルト。グレイの値に放射線荷重係数を掛けて出す。ガンマ線は1だが、当たれば体への影響が大きいα線は20。つまりガンマ線やベータ線はビールで、アルファ線はウイスキー。ちなみにJCOの臨界事故で2人を死なせた中性子線は焼酎みたいなもの(エネルギーによって5-20)。

なお、全身被曝(実効線量)と局所被曝(等価線量)がどちらもシーベルトを使うので混乱しやすい。2011年3月に福島第一原発で作業員が3シーベルト被曝したが、これは等価線量で、生命に別状はない。

また同じエタノール量でも飲み方によって酔い方は異なる。一升の日本酒を一気飲みすれば生命に関わるが、10年かけてペロペロ舐めたのなら、事実上酔わないだろう。シーベルト(Sv)とシーベルト毎時(Sv/h)はどちらも「シーベルト」と言われることが多いと思うが、区別したい。「全身に10シーベルト被曝したら助からない」のシーベルトは一気飲みの方。


これをいうと、「ごく少量の酒なら酔わないにかこつけて、NLTLNT仮説に反対する気だな」とお怒りになる方が出てくるかもしれない。防御の姿勢として「微量の放射線でも悪影響があると仮定して対処する」のは正しいと思います。また、酒の影響というのは自覚とは別にあって、それを調べる試験で少量の酒を飲んだ剣道の達人が大学の剣道部員にぼろ負けして男泣きしたとか、運転シミュレータなどで反応時間を調べたら「大丈夫」という自覚とは裏腹に対応は遅れっぱなしだっとか、そんな話は結構あります。ちなみに一晩寝て、覚めたつもりでも酒が残っていることはありますから、運転をされる方はご用心。旅客機の乗務員規定は12時間前から禁酒だそうです。

難点は、同じベクレルでも影響が異なることが納得できる反面、「エタノールに相当するものは何?」「ワインを蒸留したらブランデーになるみたいに、放射能が強くなることはある?」という誤解を招くかもしれないこと(比喩の本質的欠陥)。また市民測定が始まった当初、ベータ線を測定した値がガンマ線としてシーベルト換算されて高い値になったことが理解しにくくなる(組織への影響度ではなくて、検知管の感度を考慮して補正計算するため)。


酒に強い人がいるように、放射線にも強い人はいるか? というのは、興味深いテーマではあるが、比喩で考えるのは入り口までにしておくのが賢明であろう。もちろんたとえば遺伝子の修復機能の高い人というのはたぶんいる。この人達が放射線の確率的影響を平均よりも受けにくいと考えるのは合理的。逆の、修復機能の弱い人は確実に存在していて、重い例では日光に含まれる紫外線によるDNAの切断を修復できず、少しの日光でもひどい日焼けを起こす病気がある(色素性乾皮症)。この病気を知ると、いかに遺伝子の修復機構というものが凄いか実感できるであろう。なくなって初めてそのありがたさがよく分かる。なお、気の弱い人、食事および就寝前には画像検索しないことを強く推奨。


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コメント

原子力安全研究協会も単位の説明に酒の比喩を使っていた。

http://www.remnet.jp/lecture/forum/01_05.html

投稿: 細川啓 | 2012/03/06 16:14

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受信: 2012/02/20 23:11

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