« カーソル事件(用語解説) | トップページ | あるロー生の試練(君は立派な法律家になれる だろう) »

2012/02/20

放射能についての勉強会(2月11日/東京・練馬)

東京電力の福島第一原発事故による放射能汚染は、全国に不安の影を落とした。現段階では、事故直後に覚悟した多数の人命損失を伴う悲劇的大惨事は免れ、また不満タラタラの人はいるようなものの冷温停止状態となって現地は避難解除に向かっている。

しかし広まってしまった放射性物質による汚染に対しては、まだ安心できない人は多い。そして、そういう人に理詰めで説明をしても、なかなか届かないようだ。(実際、稲わらロールや砕石などで〈想定外〉が繰り返されもした。)

KEKの野尻教授らが精力的に進めてきた、放射能を自分たちで正しく測る活動は効果を上げ、線量計を地面に置くような頓珍漢や、雨や雪のたびに観測される天然放射能で大騒ぎする人は減ってきた。

しかしこのガイガーカウンターミーティングを開くには、適当な強さの放射能を持つ標準試料(線源)や校正済み線量計、ときには鉛ブロックが必要で、勢い大規模開催とならざるを得ない。ベクミルなどを使う場合も「全部検出限界以下」では実感がわかないだろう(その実例が無料配信中の鈴木みそ作「僕と日本が震えた日」第5話に)。

今、より必要なのは大規模講習会に出る余裕のない人を対象にした小規模集会ではないか、という声がツイッター上で上がりだした。ひとつには危険を過剰に強調する側がこまめな講演会で賛同者を広げていることへの危機感もあるようだ。今ひとつ真剣さの感じられない政府と、どう見ても煽りすぎの危険強調派の間にあって、適切な警戒感を保つのはなかなか難しいこと。そこで協力することにした。

TMIやチェルノブイリ事故の時、「文明の終わりか」と慄いた経験がある私は、固唾を飲んで事故の推移を見守る反面、初夏の頃には「峠を越えた」という印象を持っていた。それで、どちらかというと「怖い怖いと思っている人と直に対面して、生の声に耳を傾けよう」という目的で準備会に参加した。ところが、何を勘違いされたか、科学的助言役を期待されてしまい、焦っている。

第一回は2月11日に開かれた。いろいろな質問をいただいたので、2,3紹介してみよう。

ヨウ素131とでんぷんを青くするヨウ素は同じ物?


小学校の理科でやった「ヨウ素でんぷん反応」。うがい薬以外でヨウ素なんて言葉が日常生活に出るとしたらこれくらいかもしれない。今なら梅毒には抗生物質ですもんね(ぉぃ)。

おずおずと切り出されたこの質問に対する答えは「その通り」。うがい薬や消毒液に入っているヨウ素と原発から出てきた放射性のヨウ素は化学的には全く同じ。ただ、放射能の有無など物理的性質に若干の差があるだけ。ある程度の量があれば、でんぷん液を紫色に染めることができる。とはいえ、ヨウ素(単体)は他の元素と化合物を作りやすい。化学反応をしてヨウ化物イオンになってしまうとでんぷんとは反応しない。また濃厚なプルーム(放射能雲)が来れば別かもしれないが、200Bq/kgくらいの濃度ではでんぷん液が目に見えて青くなることはないと思われる(ヨウ素でんぷん反応の感度を調べたが分からなかった)。したがって水道水にでんぷん液を垂らしたり、でんぷん紙を軒先にぶら下げたりして放射能を測ろうというのは現実的とは思えない。そもそも原発の外に出た放射性ヨウ素はあらかた消えてしまっており、新たな爆発でもない限りヨウ素を心配することはない。

ちなみに高校時代、化学の教師が大気汚染の研究をしており、オキシダントがヨウ化物を酸化してヨウ素にする性質を利用して大気中の濃度を測っていた。そのヨウ素の量(濃度)を測定するのに吸光度計を使っており、「なぜでんぷんで呈色させないのだろうか」と不思議に思ったのを覚えている。質問はしたはずだが、答えは覚えていない。定量性の問題かもしれないが、あるいは感度が問題だったのかもしれない。まだ存命なので聞いてみようかな...ヨウ素でんぷん反応の感度が分かるかもしれないし。

外部被曝と内部被曝の違い


どちらの影響もシーベルトで同列に評価できる。以上。

内部被曝の方が影響が大きいというのはある意味で正しいのだけれど、シーベルト(Sv)を算出する際にそれはすでに織り込み済み。1000ベクレル(Bq)のセシウム137があったとする。この値はしばらくの間変わらない。そして十分遠くにあるか、遮蔽されていれば0シーベルトと評価される。むき出しで近くまで来るとガンマ線が当たるようになりXシーベルト、飲み込んでしまうとベータ線の影響も受けるのでYシーベルト(Y>X)となる。

舞い上がる土埃の危険性


さすがに毎日おびただしい放射能が降ってくると怯えている人は来なかったけれど、昨年降った放射能が付いている土が春風で舞い、それを吸うのではと心配している方は多かった。関東地方は風塵といって視界が悪くなることも珍しくないし。

この話が出たときは、深く考えることもなくあっさりと否定してしまった。良くない態度なのだが、どうしてだろう。

土埃が舞うのは今に始まったことではない。その昔はマスクなんてなかった。だが、肺に泥がたまって死んだ人間はいない。厳密に言えば塵肺症という病気はあるのだが、土埃で真っ白になって遊んだ子供が呼吸困難で死んだりはしない。なぜか。彼らの鼻くそを見れば分かる。土埃は鼻でトラップされ、翌日までには排除されている。さらにヒトの気管支は内面が粘液で潤されている上に、線毛というものが生えていて、これが常に外に向かって波打っている。だからたいがいの埃は呼吸の途中で取り除かれてしまう。煙くらい粒子が細かくなると肺の奥まで入ってしまうが、入ったものが全部沈着するわけではない(もしそうであれば冗談に言う「タバコは吸ってもいいが、煙は吐くな」そのもので、喫煙者がこれほど嫌われることはなかっただろう)
だから、鼻くそを食べたり痰を飲み込んだりする癖がなければ、土埃と共に入ったセシウムは体内にとどまらない。飲み込んでしまったら? セシウムは土に強く吸着しているらしいし、そう大した量にもならないと思うので、怯える必要はないとは思うが、「手洗いとうがいは励行」「鼻水は紙でちゃんとかむ」「鼻くそは食べない」「痰は紙に吐く」をしつけておくことは放射能と無関係に有意義である。

生体の異物排除機構を説明したら、皆さんがあまりに晴れやかな顔をされたので驚いてしまった。ちょっと楽観的過ぎたかと心配になるくらい。自分たちが土埃の中で遊んで元気に育ってきたという経験と共鳴したのだろうか。こういう説明が大切だ。


なお、マスクの着用にも2つ注意をしておきたい。マスクは鼻と口を覆わなければ意味が無い。また花粉やウイルスもそうだが、汚染物質はマスク(表面)にたまる。毎日同じマスクをしていくのは防除として有効性に劣る(マスクが線源になる)し、不適切に取り扱えば1日かけて集めた汚染物質を室内にまき散らすことにもなる。こんなことは常識だと思いたいが、ガンマ線を長袖で防ごうとしたとんちきからして、あながち杞憂とは言い切れない。



次回は2月28日(火曜)に予定されています。詳細はツイッターのハッシュタグ#勉強会をしようから。

|

« カーソル事件(用語解説) | トップページ | あるロー生の試練(君は立派な法律家になれる だろう) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 放射能についての勉強会(2月11日/東京・練馬):

« カーソル事件(用語解説) | トップページ | あるロー生の試練(君は立派な法律家になれる だろう) »