« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011/12/24

私がほしいスキャナ

昨日、作家が自炊代行業者を提訴した件を取り上げたけれど、これについては多くの人が一言あるようだ。ただ、法律上の問題を語るのに条文すら見ていないような人もいるのは残念なこと。

その点、専門家はひと味違う。「「原則自由」な社会における自炊代行論争」は、なぜ著作権が保護されるのかにまで遡り、業者は著作権者の権利(創作にかかる投下資本を回収する機会)を損ねないから、この提訴が要求していることは過剰規制であると結論している。また読み取りデータの不法流通などに対しては、それ自体が著作権(公衆送信権など)侵害行為として取り締まれるのだから、自炊代行業を規制する理由にはならないとも。

一方、「自炊代行提訴についての雑感 --- 玉井克哉」は、自炊代行は私的使用のための複製には当たらず違法としたうえで、解禁に向けた法改正論に対しては「「自炊」と「自炊代行」とでは、社会的・経済的な影響がまったく違う」と譲らない。


実はこの二人の論者、しばしば意見を闘わせる仲のようですが、そこは専門家同士、少なくとも玉井先生はこんなツイートも。

自炊代行業の中には高邁な理想などなく、流行りの商売だからと手を出しただけのところや、新古本を手数料付き(!)で集めようと考える小賢しい業者もいて、ひょっとすると闇勢力が手を伸ばすかもと考えると、諸手を上げて「業者頑張れ」とは言いがたい。たしかに、いちいちスキャンなどせず、前のデータを使い回せば濡れ手に粟だ。そうすれば本も裁断しないで済むから、そのまま古書として販売可能。悪い奴が指をくわえてみているはずがない(振り込め詐欺などの進化を見ていると、その知恵を良い方向に使えよと言いたくなるほど、連中は利に敏く頭の回転が速い)。

過剰規制論の弁護士も、(脇が)甘いと全面擁護ではない。

これらの問題に関しては、業界が次のようなガイドラインを作り、安心して任せられる業者を推薦することで緩和できると思う。


  • 発行後一定期間を経過するまでは受け付けない

  • 依頼された本を必ずスキャンする(データ使い回しの禁止)

  • 処理した本は、裁断するしないにかかわらず透明インクなどで「スキャン済み」と押印するか、第三者の証明書付きで廃棄処分

  • データには依頼者の住所氏名、入力業者の連絡先を挿入(依頼者名は名入れサービスで「○○様蔵書」と目立つところに)

  • 処理記録の保存

  • データはディスク渡し(実在連絡先の把握)

特に「依頼した本をスキャンせず、前の依頼人のデータを使いまわし」をされると、書き込みも残したい人には大打撃となる。また版ごとの違いを研究する人にも迷惑至極。それは普通の読者には無関係と思われるかもしれないが、ずぼらな業者なら同じタイトルの別の本のデータを送ってくるくらいやりかねない。

前置きが長くなった。

住居を圧迫する書籍雑誌を電子化したいが断裁することには抵抗を感じる人はいる(本の形を保ったままの溶解処理なら平気なのかなぁ)。そういうツイートを見て思いついたのが、ヘッドマウント型のスキャナ。つまり本を読んでいくときに、一緒に読み取ってくれる機械。普通のカメラ撮影ではガラスで押さえないと歪んでしまい、画像はとても読みにくくなるが、それを解決する技術は開発が進んでいる。この研究のようにパラパラとめくったものを読みとれというのではないから、小型化も容易だろう。

読みながら気になった部分を指でなぞるなどして電子付箋をつけられれば、さらに便利。

読むそばから電子化されていくから、電子書籍で期待されている語句の説明や関連情報へのハイパーリンクも可能になる。Inbookメディアマーカーなどにも関連付けるのが容易になるだろう。こうなるとライフログ記録装置として完成するかもしれない。

未読のまま先に電子化した書籍は読まれない、なんてジンクスもこれで解決。

続きを読む "私がほしいスキャナ"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011/12/23

訴えられた〈自炊〉代行業者

書籍をスキャナで読み込んで電子書籍を〈自作〉することを〈自炊〉と呼ぶ。

  1. 書籍雑誌の置き場所が足りない
  2. しかし捨てられない(また読みたい/使うかもしれない)
  3. とっておいても探し出すのに苦労する

電子化によって、上記の悩みは解決する。原理的にはかなり前から構想されてきていたが、スキャナの性能向上とコンピュータのディスク容量増加によって容易になった。

一方、携帯情報端末での閲読が実用的になったことから、「好きな場所で好きなときに読みたい」「全部を持ち歩きたい」が現実的になってきた(音楽ではiPodによってすでに実現している)。蔵書すべてをいつでも持ち歩けるというのは極めて画期的。「無人島へ行くのに一冊だけ持っていくとしたら」という質問は意味をなさなくなる(最高の一冊を選ぶという行為には意味は残る)。

もっともプリミティブな方法は雑誌または書籍をスキャナで読み込み、画像またはPDFファイルで保存・閲覧する。

しかし書籍のコピーをとったことがあれば分かるように、きれいにスキャンするのは意外に難しい。特にのど(本を閉じている側)に影や歪みが生じやすい。また数百ページを読み込むのに、機械のそばで開いてスキャンしてページをめくってを繰り返すのは重労働。

そこで書籍を解体してページをバラバラにし、ドキュメントフィーダ(原稿送り装置)を使って読み込む方法が開発された。そうすると必要な道具は、断裁機とスキャナ。Amazonの2011年売れ行き年間ランキングを見ると、文房具・オフィス用品のトップはなんと断裁機である。

しかし数が中途半端な場合、断裁機を買うほどでもないが、かといってカッターで切り裂くのも面倒というジレンマに陥る。また書籍にはセンチメンタルバリアがあって、初めの一刀を加えるのは敷居が高い。

スキャナも、大量高速処理機を購入すれば、自炊終了後は持て余してしまう。

そんな需要を見込んで登場したのが代行業。本を送りつけるとデータ化してディスクに入れて送り返してくれる(断裁した本の扱いは業者によって異なり、返却するところと返却せずに処分するところがある模様)。1冊100円程度なので、百冊の単位(個人蔵書としては並)であれば数万円で電子化できる。最大のメリットは書棚の整理効果。特に「どこにあるのかわからない」状態に陥っていた場合は顕著。


この自炊代行業者の登場は、最初は話題になったが、いつの間にか雨後のタケノコ、報道によればすでに約100社あるという。

その代行業者が作家から訴えられた。「私の本をスキャンするな」と。

法律の条文を見る限りでは作家側に理がある。書籍の多くは著作物である。著作物を複製するには原則として著作権者の許可がいる。著作権法ではいくつか例外を設けており、自炊行為そのものは私的使用のための複製(第三十条)として認められるものの、これは「その使用する者が複製することができる」という限定があるので、業者による複製行為(スキャン)は該当しない。


なお、以前考察したように、企業など法人においては私的使用のための複製は認められない。しかし「だから違法です」で終わらせるのは頭が悪すぎる。需要はあるのだから、法律を改正してでも、著作権者の権利を擁護しつつ合法化の道を探るべき。例に挙げた新聞の切り抜きは、別途料金を払うことで合法的に社内回覧が可能になる(たとえば朝日新聞の「企業・団体・官公庁などでの新聞記事の内部利用について」参照)。

電子化するために原本が断裁されているから複製ではないという意見もあるが、問題となっているのは中身であって本という物体ではないから無理がある。仮に読み込んだ本を破棄すれば、複製ではなくて移動という主張もなされるかもしれないが、おそらく法的には通用しない。なにしろ「コンピュータに表示させたら、その時点でメモリの中に複製されている」なんて議論がある世界なのだから。

だが疑問もある。

まず問題になるであろうと思わえるのが訴えの利益。前述したように、個人が自分で自分が買った本を解体して電子化することは法的に問題ない。書籍は正当に購入されており、著者には応分の利益が保証されている。たまたまスキャンするのが読む本人ではなく業者ということで、いったいどういう不利益が作家側に生じるだろうか。

代理人もそこは考えたようで、訴えは差し止めに絞ってある。賠償を求めるためには損害を証明しなければならないからだ。

しかし、である。本人には認められている行為を、業者が代行することでどんな不利益が生じるであろうか。これは「みんなやってる」という子供の言い訳とは話が違う。著作権法が私的複製に、家庭内かそれに準じる範囲とか本人が複製するとか公衆用の自動複製機器は使えないとか制限を設けているのは、借りてきて手軽に複製する行為が蔓延したら売上にも影響すると考えたからだろう。繰り返すが、自炊の対象はすでに購入されている。逆立ちしても売上に影響をおよぼすことはない。

売上への影響を懸念するなら、ブックオフなどの古書店の方がよほど影響がある。しかしそんなことを言い出したら、個人蔵書の学校への寄贈とかまで問題になってしまうではないか。それは文化の発展に寄与することを目的とする著作権法(の精神)に反する議論だと言いたい。


ある古本屋が最寄り駅に出した広告は「活かせ古本! 広がる文化!!」だった。子供には「かせ」が読めなくてねぇ。

2番目の疑問は、実は自炊そのものが嫌いなんでしょ?という点。法律的に自炊そのものを問題にできないので、形式的な違反を突いてきた。そういう、浅ましいというか心卑しいというか、なんとも言えない不快感を覚える。


ついでにいえば、私的利用のための複製は「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」を使ってはいけないのだ。つまりコンビニのコピー機で本や雑誌をコピーする行為は本来保護されない。ただし現在は著作権法附則第五条の二により経過措置が設けられている。法律というのは実状に合わせる必要もあるのだ。コンピュータに取り込んで利用するという発想のなかった時代の規定なのだから、現代的に「自己の所有物は自由」とか「原本を破棄する場合は自由」と条文を改めても良いと思う。なお、昔買ったCDをリッピングしてからリサイクルショップに売るのは自由(仮に問題があったとしても取り締まりは困難)という点も忘れないでほしい。

会見を報じた記事では自炊行為そのものへの嫌悪感も表明されている。

会見場に置かれた裁断済み書籍について、林さんは裁断された書籍について「本という物の尊厳がこんなに傷つけられることはとんでもないことだ」、武論尊さんは「作家から見ると裁断本を見るのは本当につらい。もっと本を愛してください」と話した。

「林さん」というのは林真理子。「ところがこういう業者がハイエナのようにやってきて不法なことをやっている」と感情的。こういう喧嘩腰の物言いは「(再販制度のために年間1億冊が裁断されていることに目をつむった)あさましいポジショントーク」という反応を呼び起こす。

また電子化したファイルがネット上で流通するおそれも指摘し、「依頼者が電子ファイルをどのように使うのか、業者はそれを確認する措置をとっていない」ことも問題視している。

これも代行業者とは無関係。個人が断裁機とスキャナを用意して、ブックオフから二束三文で書い集めて電子化して公開する方がダメージは大きいと思うが、それは代行業を提訴しても防げない。分かってるのだろうか。

断裁された書籍がオークションで売られているなど、作家側がカリカリするのにも理由はある。100円程度でそれらを購入し、家庭用スキャナで読み取ってから再度オークションに掛けられでもしたら新刊の実売に影響が出るかも、と考えるのは分かる。

しかし、いかにも取って付けた理由という感じがする。規制を要求するならオークション事業者が相手ではないだろうか。

それに、電子化して手元に置きたいと思うのは、あえていえば愛読者だ。一読したら(あるいは読みかけで)電子化もせず、したがって断裁もしないが、そのままブックオフへ売ってくれる方がありがたいのだろうか?(電子書籍化によっていわゆる絶版がなくなれば、古書店は歴史的使命を終えたと言えるだろう)

自炊というのはやってみると分かるが、手間はかかるし、出来栄えはいまいち(斜めになる/ゴミが写る/モアレが出る)だし、あくまで正規の電子版が出るまでのつなぎという感じ。それなのに、自炊の技術ばかりが進化していくというのはいびつというほかない。つまりなんで正規の電子版は手に入らないのか。

法律の条文だけ見れば原告に理はあるが、とても不幸な形式主義の発露に見えてならない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011/12/10

『麦わら帽子』を使った国語の問題

先日、ある出版社の求人に応募したところ、課題が送られてきた。「提出後二週間経っても音沙汰がなかったら諦めろ」という意味の添え書きがあり、提出してから二週間が経過したから不採用のようだ。

課題は三つあり、そのうちの一つは今江祥智の「麦わら帽子」を使って問題を作れというもの。対象は中学受験を予定している小学校五年生。もちろん解答と出題意図も要求されている。

「麦わら帽子」は光村図書の中学一年用の教科書に採用されていたらしい。

以下の問題を作って提出した。今から思えば出題文をググって、いくつかヒットする教材研究を研究して、手堅い4題+個性的1題で臨めば良かった。

一番の失点(出す前から分かっていた)は、「マキの言いたいことばは、ぐっしょりぬれた麦わら帽子をだきしめる、か細い腕が語っていた......」を無視したこと。ここは「言いたいことばは何ですか?」と出題しなければ嘘だろう。しかし手元のメモには「ありきたりすぎる」と傲慢な一言。

提出した問題と解答および出題意図


問一

マキが島に残った理由としてもっともふさわしいものを記号で選んで答えなさい。

 ア 貝がらひろいよりカモメと遊ぶほうが面白そうだから
 イ カモメを捕まえて帰れば自慢できるから
 ウ 兄ちゃとけんかをしたから
 エ 飛べないカモメが心配だったから
 オ 麦わら帽子をかぶれるならどこでもかまわなかったから

【解答】エ
【解説】「おまえの傷のことを心配してのこってやったのに」とあるのでエが正解。ア、イは的外れ。ウは島に残ると言いはったのが先なので逆。大きな無人島に行く動機がない点はあっているが主たる理由はカモメにある。
【出題意図】明示的に書かれていることを読み取れるかを見る(難易度低)。

問二

傍線「小島は海に、おぼれはじめる」とありますが、島は沈むことはあってもおぼれることはありません。ここは大変さを強調するためにわざと「おぼれる(=死ぬ)」ということばをつかっています。同じように、わざと正確ではない強いことばを使っているところを文中から書き出しなさい。(15字)

【解答】日のあつさがあたまを燃やした。
【解説】「あたまを燃やした」は、本当に燃焼しているわけではないが、その熱さを直感できる。一方「か細い腕が語って」は「おぼれる」「燃える」に比べると地味で感覚的な訴えが弱い。
【出題意図】比喩と題意を理解しているかを見る(難易度高)。当初は「山が怒る」のような表現を作らせようと考えたが、それではあまりに易しいし、奇抜な答案(「答案用紙が解答を拒んだ」)が出た際に採点が難しいので、文中からの探索型にした。

問三

マキとカモメを小舟に引き上げた兄ちゃが口をきけなかった理由は「うっかり忘れて」しまった後ろめたさ以外にもあります。それが分かるところを文中から書きだしなさい。(15文字以内)

【解答】舟をまっすぐにとばせてくる
【解説】舟は通常「とばす」とは表現しない。これは島の場所が分からなくなり焦っていた兄ちゃたちが、カモメに気づいて必死に漕いできたことを示している。口がきけなかった理由には疲労も考えられるが、それ以上に恐怖(おぼれさせてしまったか)とその反動としての安堵が大きいと考えられる。
【出題意図】舟に対する「まっすぐにとばせて」という特異な表現に気付けば易しい(難易度中)。理由(恐怖と安堵)を書かせるのは5年生には重すぎると判断して割愛。

問四

マキが麦わら帽子を浜で「おおいばり」でかぶって歩いた理由としてもっともふさわしいものを選び記号で答えなさい。

 ア カモメを助けたことをとくいに思っているから
 イ 自分が大人びて見えるから
 ウ カモメがおとなしく入った帽子をかぶっているから
 エ カモメが犬みたいにつきまとって飛ぶから
 オ 形がくずれ、色もおちて古びた漁村の海辺でかぶるのに似合いになったから

【解答】エ(カモメが犬みたいにつきまとって飛ぶ帽子だから)
【解説】「それがとくいだったのだ」とあるので「それ」つまりエが正解。マキがもう少し大人であれば「冒険の勲章」として形のくずれた帽子自体を誇らしく思うだろうが、まだ早いからアではない(カモメが慕ってこなければただの残念な帽子)。イは往きの舟での話(なお初めの「おおいばり」は後の「おおいばり」とは異なり、「誰にも文句は言わせない」という意味)。ウはもっともふさわしいとは言えない。オはひねりすぎ。
【出題意図】もらったときはおしゃれだから気に入っていた帽子が、形がくずれ色落ちしても気に入っている理由を理解できるか(難易度中)。マキの年齢が推測でき「犬みたいにつきまとって飛ぶカモメ」が助けたカモメと分かれば易しい。

問五

兄ちゃは大人の付き添いなしで舟を出すことが許される大人びた少年ですが、ウニ取りにむちゅうになってマキのことを忘れてしまうような子どもっぽいところもあります。兄ちゃの子どもっぽさが現れているところをもうひとつ書きなさい。(30字以内)

【解答】しぶい顔で兄ちゃはふくれ、マキをのこして舟を出した。/勝手にすっとええわと言ってマキをのこして舟を出した。
【解説】マキをのこして舟を出したところがそうだが、それだけでは不十分。大人ならばたとえば「帰りに迎えに寄るから」と穏やかに別れられる。感情的になって兄としてマキを守らなければならない立場を忘れてしまったことが重要。
【出題意図】日常生活体験だけでは「勝手にしろ」が許されないことは理解しづらい。しかし受験生は兄ちゃと同年代であるから、事件の責任が兄ちゃにあることを読み取れてよい(兄ちゃは「口がきけず」「まぶしくて見ることができな」いことで責任を感じたと分かる)。得点差が出ることを意図して出題(難易度高)。

作ったけれど提出しなかった問題


小島は「岩山の先っちょだけのこして」いるはずなのに「海が、おへそまであがって」きたのはどうしてか、は一読した時点で気になった。「作者の勘違い」以外に合理的な解答も一つ思いついたけれど、どう考えても小学生相手の国語の問題ではないので割愛した。

複数回出てくる「まぶしい」「おおいばり」の意味の違いを問うのも止めた(問四に吸収)。

頻出する「......」は説明の省略と場面転換の二通りの使い方があるので、それを問うことも考えた。

石原千秋の『秘伝中学入試国語読解法秘伝』に知恵を借りて、「この話を要約したらどれが正解か」も考えたが、正解以外の選択肢で遊んでいるうちに正解を作れなくなってしまった。www

動物を助けて恩返しされる話
あぶない目にあってきょうだいの仲が良くなる話
兄の注意を聞かないとあぶないという話
もらった帽子がぶかぶかになってしまった話
カモメを守るためにお気に入りの帽子をダメにしたけれど平気な話

【送料無料】秘伝中学入試国語読解法

【送料無料】秘伝中学入試国語読解法
価格:1,575円(税込、送料別)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/12/08

アルカリ性飲料水

先日、ツイッター上で質問を受けた。


アルカリ性飲料水があるでしょ?強酸性は殺菌にいいけど飲料水に向かないと聞いた事あるけど、強アルカリ性水ってどうなの?

「昨日朝の私のTLを読んでいただけると助かります」ともあったので、遡ってみる次のようなツイートがあった。


泉があって、その水が凄いアルカリ性。試験液でテストしたら水色に変色する程。OSGて浄水器メーカーの営業マンがしっぽ巻いて逃げ去る土地です。その水が水道水として供給されている奇跡の村です。

それに対して私に質問した人が「そんなにアルカリ性が強いと逆によくないとかはないのでしょうか?」と尋ね、それに対して「水道水はエメラルドグリーンでした。」という謎の回答を受けて「それが地元の皆さんが通常飲んでいる飲料水なのですか?私には知識が乏しく、詳しいフォロワーさんに自分の疑問解決の為にも聞いてみますが体に良いとされる成分も大量、過剰摂取は逆に健康を損ねる危険もあります。」と返していた。この「詳しいフォロワーさん」というのがどうやら私のことらしい。

それで「強アルカリ性水ってどうなの」という質問になったと理解した。

思いつくままに連続ツイートしたものを整理する。

酸と塩基


まず基本的なところから。酸とはなにか? 酸性とはどういうことか? 実は酸の定義には3種類ある。しかし義務教育修了(国民の教養)レベルならば「水に溶けて水素イオンを出すもの」というアレニウスの定義で十分だろう。水素イオンの濃度(の逆数)を対数で表したものがpH(ピーエイチ;以前は「ペーハー」というドイツ語読みだったが、今は英語読み)。pH7が中性で、それより小さければ酸性。pHを計るには試験紙を使う方法とガラス電極を使う方法がある。もっともポピュラーな試験紙はリトマス試験紙。

落ち着いて考えると、水素イオンって、水素原子から電子が一つとれたもので、水素原子が持つ電子は一個だから水素イオンというのはむき出しの水素原子核! その正体はなんと陽子! 食酢の中にはむき出しの陽子が飛び回っているのか? ンなわけはなくて、実際には水分子と結合してヒドロニウムイオン H3O+ として存在しているとのこと。中高では全然気にしなかったなぁ。

酸には鉄や亜鉛を溶かす、タンパク質を固める、ある種の色素(これをpH試験紙に利用)の色を変える、(希薄水溶液には)酸味があるといった共通する性質がある。濃厚な酸を舐めると舌が爛れる場合もある。

この酸の性質と打ち消す一群の物質があり、それを塩基という。塩基性とアルカリ性はほとんど同じ意味(塩基の方が広義)。

酸と塩基が反応(中和反応)すると塩(えん)と水ができる。食べられる塩が食塩(塩化ナトリウム)。「酸と塩基から塩が生じる」を「酸と塩基からしおが生じる」と読み、しお=食塩という理解だと、「消石灰を酢酸に溶かしても塩化ナトリウムが生じるの? カルシウムと酢酸はどこへ消えた? 塩素とナトリウムはどこから来た?」と悩むことになる(経験談)。

酸と塩基にはそれぞれ強酸・強塩基/弱酸・弱塩基がある。強酸の例としては塩酸・硫酸・硝酸、弱酸の例としては炭酸、酢酸、クエン酸など。強塩基の例としては水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、弱塩基の例としてはアンモニアなど。

強酸と強塩基からできた塩は中性だが、強弱の組み合わせでは、塩の性質は強い方になる。たとえば硫酸アンモニウム(硫酸+アンモニア)は酸性、炭酸ナトリウムは塩基性。

毒物として有名な青酸カリは、青酸(弱酸性)と水酸化カリウム(強塩基性)の塩なので塩基性。しかし青酸は炭酸より弱い酸なので、空気中に置くと青酸カリは炭酸カリに変わってしまう。青酸カリは塩であるけれど、相対的に強い酸である炭酸に対しては塩基として働く。塩である炭酸カリや炭酸ナトリウムが塩基とされるのはそのため(硫酸や塩酸に対しては塩基になる)。

アルカリ性水は良い水か


上記の酸・塩基の話でわかるように、飲み水として「アルカリ性が良い」というのはナンセンス。アンモニア水を飲みたいと思いますか? 上述のとおり青酸カリの溶液も強アルカリ性。

大切なのは何によってアルカリ性になっているか。カルシウムなら問題は少ないけれど、たとえば施肥した石灰窒素由来だと考えもの(カルシウムシアナミドに残留毒性はないというが)。

(セシウムはナトリウムの仲間、ストロンチウムはカルシウムの仲間で、水酸化物は強塩基性なので、水に溶ければアルカリ性を示すことが多いんですヨ。もちろんこれと放射能は無関係。なお、アルカリ性がはっきり分かるくらい放射性セシウムが入っていたら、放射能はとても強くなるでしょう。)

閑話休題。水道水質基準値はpH5.8~8.6。その根拠は「自然水のpHがおおむね5~9」だから(東京都水道局)。

水道法では「異常な酸性又はアルカリ性を呈しないこと。」が求められている(第四条)。「厚生労働省令で定める」となっている具体的な数値が「5.8以上8.6以下」(水道法第4条に基づく水質基準(PDF))。

ちなみに「天然のミネラルが豊富だから」と言っても、その水1リットルを蒸発させたときに、500㎎超の残留物があれば飲用不適となる。設備に対する影響も考慮されているのかもしれないが、要は「できるだけ不純物のない水を飲め」ということであろう。

なお、日本の水は概ね軟水であるため、ミネラルの多い硬水を飲むと下痢をするかもしれない。

(3月の混乱の中で、「ミネラルウォーターで授乳用ミルクを作らないで」とメーカーが言っていた。粉ミルク自体が水道水利用を前提にミネラルを調整しているので、ミネラルウォーターを使うとミネラル過剰になる心配があったとか。)

また、地下水が極端に酸性だったりアルカリ性だったりすると、普通(中性)なら水に溶けない有害物質が溶けてくることも考えられる。(普通なら溶けない物質は、検査項目にも上がらないだろう。)

地下水というと、井戸水を連想し、夏でも冷たいきれいな水という印象があるかもしれないが、温泉も地下水である。つまり高温のものもあれば、いろいろな化学成分を溶かし込んだものもある。飲める地下水というのは世界的には少数派という話も。バングラディシュでは、天然のヒ素による地下水汚染で深刻な被害が生じた(NHKアーカイブス「井戸からヒ素が~バングラデシュ・3500万人の苦しみ」で概要が分かるか)。

「試験液でテストしたら水色に変色する」というのが、なんという試験液か分からないのでpHでいくつなのか不明だが、もし飲料可否を判定する試験液だとすると、良くない結果ではないだろうか(「水道水はエメラルドグリーン」というからには「色がついたら飲用不適」はないようだが...対照はどこの水道水?)。

酸性水は飲めるか


次に「強酸性は殺菌にいい」について。極端な酸性では通常の微生物は死んでしまうが、それくらい酸性だと鉄鍋も溶けてしまうかと。これはいわゆる電解水の話であろうか。酸性の電解水に殺菌作用があるとすれば、それはトリック。

(基本的なところですが、水は電気を通しません。濡れた手で電気器具を操作して感電するのは、汗(食塩)がまじったりしているため。水道水も、小学校でやるような「電池と豆電球」テストなら「電気を通さない」となるはず。なお、水を電気分解するときは少量の硫酸などを加える。)

今でも中学で習うと思うけれど、水を電気分解してできてくるのは水素と酸素だけ。でもそれではアルカリ電解水ができない! その通り。で、アルカリ電解水を作る装置には魔法の粉が付いているらしい。

一方の酸性水と呼ばれるアノード(いわゆる陽極)側の水。これは作り方(魔法の粉の種類)によっては強い殺菌力をもつけれど、その正体はキッチンハイター®と同じ。お年寄りならさらし粉といったほうが通じるか。

殺菌力のある酸性水を作る〈魔法の粉〉の正体は食塩(塩化ナトリウム)。食塩の電気分解で塩素が生じ、それが水に溶けて殺菌力のある塩素水になる。塩素水は化学的には次亜塩素酸。キッチンハイター®は次亜塩素酸のナトリウム塩。さらし粉はカルシウム塩。酸性水は遊離の次亜塩素酸水溶液。

(しかし、食塩を使うとアルカリ性水は苛性ソーダ溶液。希薄溶液とはいえ飲んで身体に良いとも思えない。殺菌用に電解水を作っているところはアルカリ性水は飲まないのではないだろうか?)

ちょいとググッたところ、森永乳業が殺菌用電解水生成装置を販売していた。そこには「次亜塩素酸水」と明記されている。そして食塩の代わりに希塩酸を加えているとも。その結果、「アルカリ水を副生せず」と。

添加物(食塩または塩酸)の濃度や通電時間にもよるけれど、塩素ガスがブクブク出るようでは装置は腐食するし、周囲は危険地帯になってしまうので、そのようなことはないであろう。ならば〈酸性水〉は薄い塩素水で酸性もそれほど強くなく、飲んでも害はないと考えられる。しかし大量に飲んでも何か効能が期待できるとも思えない。


ちなみに塩素ガスは、第一次大戦で初めて本格的に使われた毒ガス。毒ガスの中では弱い方であるが、それでも最初の使用で死者5000人を出したという。塩素系の漂白剤・カビ取り剤(カビキラー®など)と塩酸系の洗浄剤(サンポール®など)を混ぜると発生するので混ぜるな危険の標語が生まれた。

カルシウム水


カルシウムは健康に良いというイメージがあるが、飲み水の水質基準では上限が定められている。これは味の問題が大きいと思われる。

使用済みの押入れ乾燥剤(水とりぞうさん®など)があれば、捨てる前に中の液体を極々少量舐めてみると、カルシウムイオンの味を体験できる。特に有害物質が入っているという注意書きは見当たらないが、舐めたら吐き出すことを推奨。(いわれなくても吐き出してうがいすること必定ですけど)

医薬品として使われるカルシウム剤は、内服するものは不溶性(胃酸で溶ける)で、水に溶けるものは注射用。

医薬品としての乳酸カルシウムには服用上の注意がいくつかある。腎臓結石や重い腎臓病の人は飲まない方が良い。つまりカルシウムなら誰でもいくらとっても大丈夫、というわけではない。

この乳酸カルシウムがアルカリ電解水を作るための魔法の粉である。つまりアルカリイオン水というのは薄い石灰水のこと。

塩基の毒性


「強い酸/塩基」と「強い酸性/塩基性」は意味が違う。強い酸(塩基)でも十分に薄めれば弱い酸性(塩基性)になる。

水酸化ナトリウムが別名「苛性ソーダ(かせいソーダ、caustic soda)」と呼ばれ、劇物に指定されているのは、タンパク質分解性があり、皮膚を溶かすこともあるから(目に入れば失明の危険がある)。

ナトリウムのことをソーダと呼ぶのは、英語名sodiumに由来する。漢字で書くと曹達。炭酸水素ナトリウムを重曹と呼ぶのは重炭酸曹達の省略形。炭酸飲料のことをソーダ水と呼ぶのは、二酸化炭素を作るのに重曹を使っていたからか。

しかし固体の水酸化ナトリウムやその濃厚溶液は劇物になるけれど、希薄な水溶液であれば危険は少なく規制もない。たとえばある種のインクジェットプリンタのインクには水酸化カリウムが入っているが、インクカートリッジの購入時に身分証の提示や押印は不要。

校庭のライン引きにも使用されていた水酸化カルシウム(消石灰)は、安全な物質と思われていたが、失明事故が起きている。そのため文科省はすでに使用を控えるよう学校に通知している。

石灰水(消石灰の水溶液)で失明するかというと疑問だし、とても飲めたものではないから飲んで健康障害を心配する必要もないだろう。とはいえもし飲めば、量によっては胃酸が中和され、消化不良や食中毒の危険が高まる(胃液の塩酸には殺菌機能がある)。

まとめ


pHが7から極端に離れている水は水道水として不適格(水道法)。

水の液性(酸性か塩基性か)を決めている物質は何か、その濃度はどれくらいか、結果として総量はどれくらいか、が大切である。

続きを読む "アルカリ性飲料水"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »