« 2011年3月 | トップページ | 2011年6月 »

2011/05/28

やはりバイオ燃料でしょう

東京電力福島第一原子力発電所の事故(継続中)を受けて、次世代エネルギーの一翼を担うと期待されてきた原子力発電は、新設増設はおろか、既存設備の運転停止にまで追い込まれている。

予想されるエネルギー不足に対して再生可能エネルギー活用が取りざたされているが、管見の範囲では太陽光発電と風力発電の話ばかりで、その他は影が薄い。

もともと原子力発電は石油依存からの脱却が目的だったはず。

石油依存の問題点


石油の抱える問題は3つ。

有限であり、いずれは枯渇すると予測される。もっとも数十年前から「あと30年で枯渇」と言われ続けているように、明日にも不足に陥るわけではない。不足して価格が高騰すれば不採算を理由に閉じられていた油井が復活するといった緩衝作用も働く。そもそも30年枯渇説には石油需要の伸び率と安定的企業経営を考えると、大体10〜20年先の見通しが立っていればよくて、その先は考えても仕方がないという背景があるらしい(それに大油田のある西アジアの政治的不安定性を加味して30年先まで予測)。とはいえ新興国がアメリカ並みに石油をがぶ飲みするようになれば不足は不可避であろう。

日本ではほぼ全量を輸入に頼っており、しかも生産地や輸送ルートの政治的不安定さの影響を受けやすく、安定供給が確保されているとは言いがたい。

燃焼により生じる二酸化炭素が気候変動をもたらす。これは石炭も同じ、というより石炭の方が熱量当たり多く出す。

石油の用途


石油の用途は4つに分類できよう。

最後の工業原料としての石油は、燃焼させないので二酸化炭素の問題は(廃棄物処理を別にすれば)クリアできる。そうすると地球温暖化防止の観点から抑制すべき用途は3つ。

ところが、原子力発電は発電用燃料の代替にしかならない。動力源としての利用例に原子力船というものはあるけれど、漁船やタグボートが原子力化されることはないだろう。また原子力飛行機は実用化されていないし、おそらく将来もされないであろう。自動車は電化できるけれど、仮にガソリン車がすべて電気自動車に置き換わっても、石油の消費量に変わりはない(二酸化炭素の発生量は下がる)。なぜならガソリンは石油精製に伴い必然的に発生するもので、石油ガス・灯油・軽油・重油などの需要が変わらなければ使われないガソリンがだぶつくだけだから。これはほかの石油製品についても言えること。

加熱と暖房。原子力発電では実に2/3の熱が利用されずに捨てられている(魚介類の養殖に使っている例はあるらしいが)。ごみ焼却場でさえ廃熱を利用しているのに、原発でそれをしないというのは何かしら理由があるのだろう。いまではすっかりキワモノの広瀬隆の出世作『東京に原発を』では地域冷暖房への利用を提唱しているが、30年たった今も都市に小型原発は建っていない。

そしてこれらの事情は太陽光発電や風力発電も同じ

なお、熱を30%程度の効率で変換して作った電気を電熱器で消費するのは無駄が大きい。東電ご自慢のコンバインドサイクル発電でも50%程度。つまり発電に使った燃料を持ってくれば倍の熱量が得られるわけ(その点、風力発電の電気ならば熱に変えても罰当たりではない)。

やはりバイオ燃料でしょう


太陽光発電や風力発電には、上記に加えて、季節・天候の影響を受けやすくて不安定、供給地のそばに設置しにくいという問題がある。電気は基本的に貯めることができないのが大きな制約。

その点、バイオマス・バイオ燃料には光エネルギーを効率よく化学エネルギーに変換し、しかも貯蔵できるという特長がある。

もともと石油・石炭自体が広義のバイオマスなのだ。太古の地球に数千年数万年降り注いだ太陽光のエネルギーの缶詰。

ただし、このことが逆にバイオマス・バイオ燃料の弱点をも照射する。バイオ燃料は基本的にその年に降り注いだ太陽光(の一部)しか利用できない。

いきなりサツマイモを例に考える。たまたま数字がすぐに見つかった鹿児島県を例にとると10aあたり約3tのサツマイモが収穫されるという。生芋の熱量は132kcal/100g(552kJ/100g)。10a(1000m2)で3,960,000kcal(16,560,000kJ)である。重油の熱量はおよそ10,000kcal/kgなので、10aの畑から396kgの重油相当のエネルギーが採れる勘定。密度を0.9として440リットル。1世帯では4.2リットル/日相当を消費するとして、約100日分。別の計算で、1世帯のエネルギー消費38,919×106J/年から考えると155日。ちょっと開きはあるけれど、要するに1世帯当たり20-30aの農地が食料生産とは別に必要になる。4900万世帯として98,000km2。家庭用だけでこれだけ必要。さて2009年の耕地面積は46,090km2... 校庭にサツマイモを植えても追いつかない。しかももともと可食部がすべて燃料になるという無理な前提がある。

興味のある人は輸入石油と同等の熱量をバイオ燃料で供給する場合、耕地がどれほど必要か計算してみて欲しい。化石燃料文明とは先祖の遺産食いつぶし文明なのだ。バイオ燃料の場合はかなりの倹約と効率化を要求されるだろう。

ただ、それでも施設の老朽化という問題も抱える太陽光発電や風力発電よりは希望が見える次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/05/15

荒幡富士へ

思い立って埼玉県所沢市の荒幡富士へ行ってみた。

明治時代に築造された標高119メートルの人工の富士山(しかし富士市で日本全国の富士山リストを作っているとは)。

「狭山丘陵いきものふれあいの里」の地図看板

以前、より詳しく言うと昭和時代に、後に大台ケ原先生と密かに命名した同級生と来たことはあったが、さすがに二十年以上経つと周囲も様変わりしていて今浦島。周辺は「狭山丘陵いきものふれあいの里」として整備されていた。

危ないから登らないでという貼り紙と被害状況を示す8枚の写真

残念なことに3月11日の東日本大震災の際に崩落があったため、登山禁止となっていた。

ご丁寧に、被災状況を示す写真も掲示されていた。

山頂付近にブルーシートがかけられている

周囲を回って見上げると、山頂付近にはブルーシートの覆いがかかっていた。

山自体は浅間神社と地元の保存会の管理なので、修繕費用の調達もそう楽ではないだろう。しまった、賽銭箱に喜捨してくればよかった。(関係団体は所沢市に修復を要請しているが、また登りたいと願う者は僅かでも支援すべきと考える。)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2011/05/09

被災地に届け「動物のお医者さん」

ツイッターをぼぉーっと眺めていたらこんなツイートがあった。


動物のお医者さんはすべての大学院生必読の書。あれさえ読めば「うちの先生はでたらめだけど、漆原教授よりはましだ」と思えるはず RT @Mihoko_Nojiri: 動物のお医者さんねたという指摘が多数。最近動物のお医者さんはうちのトイレに設置されています。(時々入れ替える)

「動物のお医者さん」は根強い人気がある。きっかけは覚えていないが(おそらくNIFTY絡みだろう)私も読んでいたし、しばしば話題に取り入れていた。だが買いそろえた全12巻は、被災地の子供たちに漫画を送ろうキャンペーンに賛同して寄付してしまった。

動物のお医者さん全12冊

「花とゆめ」連載時には女子高生に獣医志望熱をもたらした名作である。しかし連載終了からすでに20年近いので、2003年にTVドラマ化されたとはいえ知られざる名作になっているのではないかと危惧していた。そこでこの機会に子供たちの目に触れる場への提供を思い立った次第。(と思ったら、花とゆめCOMICS品切れは勘違いのようで、まだ新品を購入可能らしい)

理系女子がネタを提供しており(巻末掲載の協力者名の中には知った名前も)、獣医学部に限らないキャンパスライフが描かれているので、被災した中高生の進路の道標になることを期待したい。

もっともあの作品を本当に楽しめるのは研究室に入って以降だと思う。

なお、冒頭のツイートに登場する漆原教授は豪快でしばしば傍迷惑な人ではあるが、「気合を必要とする治療」の名手であるし、陰湿さとは無縁な人なので、実在する教員の中にはもっとひどい人がいるだろう。

「いまどきのこども」6冊と「シニカルヒステリーアワー」8冊

玖保キリコの「いまどきのこども」と「シニカルヒステリーアワー」もあわせて寄付した。

被災地の子供たちに漫画を送ろうキャンペーンは終了しており、報告用特設ブログによれば4月末までに集まった6万冊余のコミック・絵本などを数次にわたって届けているとのこと(第一便135箱11,672冊は公益社団法人シビックフォースが運び、第二便113箱10,196冊はユナイテッドアース預け)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/05/07

開館44周年の丸木美術館

5日に44周年の開館記念日を迎えた原爆の図丸木美術館へ行ってきた。

長引く失業生活で手元不如意になってきたので、交通費を節約するため東武東上線高坂駅で降りて徒歩で向かった(平日であればここから市内循環バスで行ける)。google マップによれば6.1km、75分の行程である。

駅を出て線路沿いに進むとインド料理の店がある。いや、看板はインド料理なのだが、なぜかインドとネパールの国旗を掲げている(写真では分かりにくいが右側は特徴あるネパール国旗)。まぁ、日本人からすればインド料理もネパール料理も区別できないだろうし、善意に解釈すれば両方の美味しいところを!という趣旨なのだろうが... 夏にでも寄ってみるか。

田舎道をひたすらてくてくと歩く。途中、自転車に乗った中学生が追い抜きざまになにか声をかけてきた。一瞬のことで理解できなかったが、どうやら〈あいさつ運動〉かなにかのようだ。ちゃんと挨拶を返せなくて悪いことをした。

開館記念日の横断幕がかかげられた丸木美術館入り口 on Twitpic


約1時間で到着。まず友の会の更新手続。次に昼食を、といつもの出店を探すが、すでにカレーは売り切れであった。

行事はすべて新館ホール(《アウシュビッツの図》、《南京大虐殺の図》、《水俣の図》、 《水俣・原発・三里塚》を展示)でやるらしい。そういえば以前、外でやっていて雨に祟られたことがあった。

開館記念日の集いでは、「おきなわ島のこえ」英語版発行の報告があった。CD付きだという。趣旨からすれば電子出版が向いているけれど、やはり物がないと落ち着かないのかな。

「南京大虐殺の図」の前で講演する正木基さん


続いて目黒区美術館学芸員の正木基さんによる講演「『原爆を視る』展を考える」。この展示会が震災を理由に急遽中止されたことは記憶に新しい。ちなみに中止を決めたのは理事会で、理由は荒涼とした原子野の写真は津波被災地を連想させて云々だったらしい。つまり理事会は展示の内容を確認せずに、過去の原爆写真展のイメージで判断したらしいのだ。情けない。

講演を聞いた私の理解では、戦後の日本社会において原爆はどう扱われてきたか、とりわけ芸術分野に焦点を当てた企画。

そんな情けない理事連中は全員クビ、と思ったら、首のすげ替えがあったかどうかは分からないが、美術館自体が運営主体変更とかで、理事会は年度末で解散(?)だったらしい。そのため次年度以降の展示に対する決定権がなく、延期という形にできなかったのが中止の実態であったとか。したがって現理事である館長・副館長が展示実現に前向きなこともあり、内部では来年以降の開催を前提に作業をしているとのこと。

面白かったのは、出版業界の発想。日本の新聞はインテリが作って、ヤクザが売ると言われるが、その伝でいけば日本の出版社は作る方もヤクザ。永井隆の『長崎の鐘』がベストセラーになり、歌謡曲や映画にも取り上げられたのを見て、貸本漫画の出版社が作家に「原爆物を描け」。白羽の矢が当たったのが滝田ゆう。画風が合わないと思うのだが、で、書いたのが『ああ長崎の鐘が鳴る」。なんか非常にほのぼのとした作品だそうです。ちなみに当時はタイトルと表紙と内容が一致しないのは当たり前だったとか。

サブカルチャーで核兵器がどのように扱われてきたか、は興味深いテーマである。子供の時に読んだものの影響は強い。

(ちなみに私、つい最近まで広島に投下された原爆にはパラシュートがついていたと思っていた。後年になって、目撃されたのは気象観測用機器で、原爆自体にはパラシュートはついていなかったことが明らかになっている。言われてみれば原爆を直視していて無事でいるわけがないので、目撃証言は疑われてしかるべきだった。)

満員のホール

その後の小室等コンサートは、あまりに人が多かったので、始まる前に出てきてしまった。

同時開催の企画展「チェルノブイリから見えるもの」を一通り見る。広河隆一さんは、先日の「NHKオンデマンドが「チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 1-4」 を削除」という誤報問題を起こしている。その後、誤報と認めるブログでもNHKならやりかねない、うたがって当然と言わんばかりの調子に失望し、人物評価が急落していたので、写真も素直には見られない。そもそも写真というのはキャプション次第で意味が360°、おっと180°変わってしまうものなので、撮影者の証言、その信憑性はとても重要なのだ。よく確かめもせずにNHKガーと騒いだ人のことだから現地の人が退屈しのぎに面白おかしく誇張したホラ話も鵜呑みにしているのでは?という疑念が仄かに。あくまでも仄かに。証拠はない。

貝原浩のチェルノブイリスケッチは味わい深かった。しかし避難命令を無視して汚染地域に住み続ける人を称揚するような筆致はどうなのか。ご本人は既に他界されているので矛盾はないのだが、これらの作品が肯定する生き方は、子供に20ミリシーベルトを強要するなんて非道!という福島の小学校に対する問題意識と対立すると思うが、どうであろう。

そういえば以前観た『アレクセイと泉』という映画ももやもやを感じさせた。百年前の水が湧くという村の伝承がアテにならないのは富士の伏流水(300年かけて湧き出すと言われていたが実際には数十年)と同じではないか。また、油断して計測をやめた頃に汚染水が湧き出してこなければ良いのだが。

この違和感を交流パーティーでぶちまけるほどの度胸はないのが残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年6月 »