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2011/05/07

開館44周年の丸木美術館

5日に44周年の開館記念日を迎えた原爆の図丸木美術館へ行ってきた。

長引く失業生活で手元不如意になってきたので、交通費を節約するため東武東上線高坂駅で降りて徒歩で向かった(平日であればここから市内循環バスで行ける)。google マップによれば6.1km、75分の行程である。

駅を出て線路沿いに進むとインド料理の店がある。いや、看板はインド料理なのだが、なぜかインドとネパールの国旗を掲げている(写真では分かりにくいが右側は特徴あるネパール国旗)。まぁ、日本人からすればインド料理もネパール料理も区別できないだろうし、善意に解釈すれば両方の美味しいところを!という趣旨なのだろうが... 夏にでも寄ってみるか。

田舎道をひたすらてくてくと歩く。途中、自転車に乗った中学生が追い抜きざまになにか声をかけてきた。一瞬のことで理解できなかったが、どうやら〈あいさつ運動〉かなにかのようだ。ちゃんと挨拶を返せなくて悪いことをした。

開館記念日の横断幕がかかげられた丸木美術館入り口 on Twitpic


約1時間で到着。まず友の会の更新手続。次に昼食を、といつもの出店を探すが、すでにカレーは売り切れであった。

行事はすべて新館ホール(《アウシュビッツの図》、《南京大虐殺の図》、《水俣の図》、 《水俣・原発・三里塚》を展示)でやるらしい。そういえば以前、外でやっていて雨に祟られたことがあった。

開館記念日の集いでは、「おきなわ島のこえ」英語版発行の報告があった。CD付きだという。趣旨からすれば電子出版が向いているけれど、やはり物がないと落ち着かないのかな。

「南京大虐殺の図」の前で講演する正木基さん


続いて目黒区美術館学芸員の正木基さんによる講演「『原爆を視る』展を考える」。この展示会が震災を理由に急遽中止されたことは記憶に新しい。ちなみに中止を決めたのは理事会で、理由は荒涼とした原子野の写真は津波被災地を連想させて云々だったらしい。つまり理事会は展示の内容を確認せずに、過去の原爆写真展のイメージで判断したらしいのだ。情けない。

講演を聞いた私の理解では、戦後の日本社会において原爆はどう扱われてきたか、とりわけ芸術分野に焦点を当てた企画。

そんな情けない理事連中は全員クビ、と思ったら、首のすげ替えがあったかどうかは分からないが、美術館自体が運営主体変更とかで、理事会は年度末で解散(?)だったらしい。そのため次年度以降の展示に対する決定権がなく、延期という形にできなかったのが中止の実態であったとか。したがって現理事である館長・副館長が展示実現に前向きなこともあり、内部では来年以降の開催を前提に作業をしているとのこと。

面白かったのは、出版業界の発想。日本の新聞はインテリが作って、ヤクザが売ると言われるが、その伝でいけば日本の出版社は作る方もヤクザ。永井隆の『長崎の鐘』がベストセラーになり、歌謡曲や映画にも取り上げられたのを見て、貸本漫画の出版社が作家に「原爆物を描け」。白羽の矢が当たったのが滝田ゆう。画風が合わないと思うのだが、で、書いたのが『ああ長崎の鐘が鳴る」。なんか非常にほのぼのとした作品だそうです。ちなみに当時はタイトルと表紙と内容が一致しないのは当たり前だったとか。

サブカルチャーで核兵器がどのように扱われてきたか、は興味深いテーマである。子供の時に読んだものの影響は強い。

(ちなみに私、つい最近まで広島に投下された原爆にはパラシュートがついていたと思っていた。後年になって、目撃されたのは気象観測用機器で、原爆自体にはパラシュートはついていなかったことが明らかになっている。言われてみれば原爆を直視していて無事でいるわけがないので、目撃証言は疑われてしかるべきだった。)

満員のホール

その後の小室等コンサートは、あまりに人が多かったので、始まる前に出てきてしまった。

同時開催の企画展「チェルノブイリから見えるもの」を一通り見る。広河隆一さんは、先日の「NHKオンデマンドが「チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染 1-4」 を削除」という誤報問題を起こしている。その後、誤報と認めるブログでもNHKならやりかねない、うたがって当然と言わんばかりの調子に失望し、人物評価が急落していたので、写真も素直には見られない。そもそも写真というのはキャプション次第で意味が360°、おっと180°変わってしまうものなので、撮影者の証言、その信憑性はとても重要なのだ。よく確かめもせずにNHKガーと騒いだ人のことだから現地の人が退屈しのぎに面白おかしく誇張したホラ話も鵜呑みにしているのでは?という疑念が仄かに。あくまでも仄かに。証拠はない。

貝原浩のチェルノブイリスケッチは味わい深かった。しかし避難命令を無視して汚染地域に住み続ける人を称揚するような筆致はどうなのか。ご本人は既に他界されているので矛盾はないのだが、これらの作品が肯定する生き方は、子供に20ミリシーベルトを強要するなんて非道!という福島の小学校に対する問題意識と対立すると思うが、どうであろう。

そういえば以前観た『アレクセイと泉』という映画ももやもやを感じさせた。百年前の水が湧くという村の伝承がアテにならないのは富士の伏流水(300年かけて湧き出すと言われていたが実際には数十年)と同じではないか。また、油断して計測をやめた頃に汚染水が湧き出してこなければ良いのだが。

この違和感を交流パーティーでぶちまけるほどの度胸はないのが残念。

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