« 書籍の自動販売機 | トップページ | リツイートの作法 »

2011/03/13

入試の公正性:ソーシャルカンニングをめぐって

(書き上げて投稿しようと思っていたら地震が起きて、とても場違いな感じがしたので寝かせていた。)

19歳の予備校生が入学試験の最中に、Yahoo!知恵袋に問題を投稿して回答を得ていた。これが発覚してからの大騒ぎはご存じの通り。

ツイッターを眺めているうちに、人々の反応は様々だが、大学関係者の反応は概ね揃っているように見えることに気がついた。もちろん例外はあるだろうが、どう揃っていたかというと、京都大学が被害届を出した(後日取り下げ)のは正当だし、警察が少年を逮捕したのも妥当だったというもの。

別に大学関係者が保身に結束したと言いたいのではない。入試は機密保持が強く要求されており、外部の者にはうかがい知れぬ御苦労があるのであろう。情報が非対称なのだから異なる判断をされるのも当然である。

だが、どうも釈然としなかった。論点は複数ある。

カンニングは業務妨害(犯罪)か


俗論の筆頭であろうか。これは連日トップニュース扱いを続けたマスコミへの批判も含まれるが、大学に絞って考えてみよう。まず入試の不正は過去にもあったし、今年に限っても少なからずあった(発覚したが非公開で処理された/発覚を免れた)と考えられる。しかし警察に持ち込まれたのはおそらく本件だけ。

これに対しては発覚当初は単純なカンニングとはわからなかったという反論がある(たとえば東京大学先端研の玉井克哉教授)。うーん、どう考えても単純なカンニングでしょう、というのは素人の謬見なのだろうか。たしかに営利を目的としたカンニングネットワークが存在すれば、大学にとっては脅威ではあろう。だが朝日新聞紙上(3月5日)で貴志祐介(作家)が指摘しているように、組織があるなら今ごろ「何とバカなことをしてくれたのか」と頭を抱えているかもしれないと考えるのが常識ではないか。同じ紙面で小田嶋隆(コラムニスト)も「大したヤツの犯行じゃない」と冷ややかなネットの声を紹介している。被疑者が特定される前の段階(2月27日)で、「捨てアカウントを使わないとは大胆なのか真性なのか。」という私のツイートに応えた朝日新聞の記者も真性だろうという感想を述べている(真性とは〈真性のバカ〉〈天然ボケ〉という意味)。もちろん、余人にはうかがい知れぬ事情をご存じの大学人が揃って「組織犯罪の可能性がある」と考えたのは理由のあることかもしれないが。

いや、拍子抜けする真相の概要が判明した現在でも業務妨害だという主張はある。たとえば再び玉井教授。業務妨害罪の成立に疑問を投げかける小倉弁護士に「その通り」とは答えているけれど、「起訴しないという判断もありえます」と、裏返せば起訴は可能であると。ちなみにこの玉井教授は、刑事法が専門ではないけれど法学者。

入試は大学の最も重要な業務なのか


しかし、である。もし入試、つまり入学を許可するけれども、その後の行状によっては卒業させないことも可能な、言ってみれば予備選抜におけるカンニングが業務妨害であるならば、大学の教育機能における最重要課題であろう学位(学士)認定、つまり卒業判定に対する不正のほうが重大な業務妨害であり犯罪ではないだろうか? なにしろいったん「◯◯大学学士」として世に送り出してしまったなら、それを取り消すのは容易なことではない。「あの大学の卒業生はインチキ学士」などという評判が立ったら深刻な事態。必修科目の試験における不正はもちろん、選択科目であろうと卒業に必要な単位数を不正に取得したのなら卒業判定を誤らせる重大な行為だ。だが、そんな話はとんと聞かない。聞こえてくるのは京都大学なんてカンニングし放題だったという揶揄の声(日頃は荒れるコメント欄も本件については無反応)。

たとえるならばまんじゅう屋に運び込まれるあずきに金属片を混ぜるのと、出荷されるまんじゅうの中に金属片を入れるのと、どちらが犯罪として重いか。まっとうなまんじゅう屋ならば製造工程で金属片は取り除かれるし、残っていても出荷前検査ではねられる。

入試の目的はなんなのか


どうも私の違和感は入学試験のあり方に向いているらしい。

といっても選択式筆記試験に異論があるわけではない。親の出身地や職業を問わない学力試験による選抜は反身分制的と説く芦田宏直教授の8時間講演(参加者のツイートがまとめられてあるほか、ロゼッタストーンが本にまとめるべく鋭意編集作業中)の影響でペーパーテストへの評価が変わった。家庭科で実技試験をせず、筆記試験それもできれば記述式ではなくて◯×試験で、技能を判定できるのが教師だという挑発はなかなか刺激的(やらせてみなければ分からないというなら建築学科では家を建てさせなければ卒業させられないではないか、の方がマイルド)。ちなみに3月の帯広4時間講演はUSTで配信され、録画を見ることができる。

入学試験というのは、その学校の授業について来られるかどうかの判定だ。それが正常に機能していれば、その実力がない者が不正な手段で潜り込んだとしても、授業についていけず、留年・退学の憂き目に逢うだけではないか。「カンニングで入学しても、あとあと苦労しますよ。授業について来られないかもしれませんね。ふふふ」と鷹揚に構えていれば済む話ではないのか。

もちろんそんなのが建前であることは百も承知。仄聞するところでは、入試で合格させた以上、留年させるのはおかしい、成績不良による退学なんてもってのほか、という文科省からの圧力に大学は曝されているらしい。

実態はどうかというと、しばらく前に日本橋学館大学のシラバス(PDF)が話題になったが、どこの学校も初年次教育(リメディアル教育)は必須らしい。建前が崩壊しかかっているときに建前を振りかざすのは、当事者にしてみれば腹立たしい事この上ないだろうけれど、建前を守る努力を放棄したらもっと凄惨で荒涼とした世界がひらけてしまうことは忘れないでほしい。

なお、その日本橋学館大の初年次教育内容は確かに唖然とする内容だが、そこから始めて4年間で再生するならばむしろ大したものと言える。揶揄嘲笑するツイートが多い中で「あそこからこのレベルを目指せるのならば,むしろ凄いことと思うよ。」という指摘もある(togetterでの2011-02-19 21:45:23のコメント)。残念ながら例示された専門科目のシラバス(PDF)のレベルは評価できないが、当のツイート主は大学関係者とあるので、たぶん「このレベル」は大学レベルなのであろう。

また英語はダメでも何か(専門に関係する)一科目が飛び抜けて良い成績の場合は合格させるという方針であれば、こういう初年次教育は妥当といえよう。一般論として。

閑話休題。入学試験が大学で学ぶ能力を確認するものであるならば、不正を恐れるべきは大学ではなくて受験生である。就職難とは言われているが、体力に自信もないのに自衛隊(制服組)にズルをして潜り込もうと考える人はいないだろう。そんなことをすれば訓練で地獄を見るのは自分だからだ。

入学試験の公正性とはなんなのか


「不正をして合格する学生が入れば、そのあおりで真面目に試験を受けた学生が不合格になる」と口を尖らせる人も多いようだ。

しかし、それと同じ問題は滑り止め受験でも発生する。自分に自信がなくて、実力よりも易しい学校を受ける受験生がいても同じことだ。そんな奴が「単願です」なんて割り込んできたらカツカツの連中はたまったものじゃない。

不正で成績上位に潜り込む輩がいたとしても、合格レベルに達していない受験生が文句をいうことではない。問題は合格レベルに達しているにも関わらず合格させないことにある。

もちろん定員というものが制度的にも物理的にもあるから「基準に達した者は全員合格」というわけにはいかない。それで上位から順に選んでいくわけだが、たとえばその50番目と51番目とに絶対的な差があると考える方がどうかしている。それならば小飼弾も主張していたように、必要最低限の学力はある者の中からくじ引きで決めたほうがフェアではないか。入試成績と入学後の成績に正の相関関係があるのなら、たとえば上位20%はくじ免除でも良い(それでも最下位と次点の差なんて誤差みたいなものであろう)。

入試を前向きに改革しようという意見が見られないことも苛立ちの原因かもしれない。

故意をめぐって


この流れとは別に、故意の成立にも疑問を持った。

気付かれずに不正に入学することも業務妨害であるというのなら別にして、aicezukiには入試業務を妨害しようなどという意図は全くない。今回はたまたま京都大学の試験問題だと気がついて大学に通報する者がいたので大騒ぎになったけれど、たとえば同志社大など3週間前に同じことをされて全く気がつかなかった。当然、業務に何の問題も生じていない(気づかなくても不正行為は業務妨害だというなら別)。

刑法は原則として故意がある場合しか罰しない(刑法第38条)。もちろん過去色々な弁明が出され、それぞれ裁判例が出ていて、素人が新説を出す余地など無いが。

ある法曹は、バレるかも知れず、その結果大学の業務が混乱するかもしれない、しかしそれもやむを得ないと考えていたなら未必の故意が成立するだろうと教えてくださった。3校で成功した後の京都大学(本命?)ではバレるとは思ってなかったんじゃないでしょうか。

「遅刻入室可能な時刻に入試問題を外部に持ち出したから業務妨害だ」という意見もある。これには一瞬、なるほどと頷きかけてしまった。しかし大学の入試問題だとは〈知恵袋〉には書いてなかった。したがって試験関係者以外が、試験問題だと気づくのは試験終了後に限られる。

かつて、就職の決まった高校生を「(あの)信用金庫は危ない」と同級生がからかったところ、話に尾鰭がついて取り付け騒ぎに発展したことがある。大蔵省(当時)や日銀までが沈静化に乗り出す大騒動で、警察が信用毀損業務妨害罪で捜査したところ、悪意のない冗談が発端だと判明した。件の女子高生はもとより、噂が広まる過程で預金を引き出せと周囲に具体的な指示をした成人にもお咎めはなかったようだ。信金の業務を妨害しようという意図がなかったからではないか。30年以上前の話だから、今は違うのかもしれないが。

という感じで、どうも釈然としない。



記述式の試験で、噴飯物の珍答で採点者を抱腹絶倒させる方が、よほど〈業務妨害〉だよね。「唐の文化の特色は?」と問われて「耽美主義」だとか。逮捕されなくて良かった。古き良き時代は「アスパラ銀酸」と書いても「バカバカ、死んでしまえ」という教官の書き込みで済まされた(これは期末試験)。

|

« 書籍の自動販売機 | トップページ | リツイートの作法 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 入試の公正性:ソーシャルカンニングをめぐって:

« 書籍の自動販売機 | トップページ | リツイートの作法 »