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2010/10/15

いまさらながら「一番じゃなきゃダメなんですか」

2009年の事業仕分けにおいて、次世代スーパーコンピュータ開発予算に対して蓮舫議員が発した「1番じゃなきゃダメなんですか? 2位じゃだめなんでしょうか」は事業仕分けを象徴する言葉のように繰り返し放映され、ご本人が『一番じゃなきゃダメですか?』という著書を出すほどに。

これを最初に聞いたときは、なんて愚かな質問だろうと思った。彼女の選挙の時には「当選しなきゃダメなんですか、次点じゃだめなんでしょうか」と嫌みを送ろうかと思ったほど。これは私ばかりではなく「科学研究がわかっていない素人の暴論」としてノーベル賞受賞者を集めて批判集会まで開かれた。最近では、2010年のノーベル化学賞を取られた鈴木博士が「科学や技術を全く知らない人だ」と批判するほど。

科学における1番の意味


なぜ一番が大切か。

1番と2番では雲泥の差があります。日本一高い山は知られていても、2番目に高い山は誰も知りませんよね。

これはいろんなセミナーで言われているらしい(中には「知ってますよ、南アルプス北岳3193mです」なんて受講者もいて、その時の反応で講師としての鼎の軽重が問われる)。ソニーとパナソニック、どっちのカラーテレビが売れているか、なんて知らないけれど、「その他」にくくられたら影が薄くなるというのは説得力がある。

だが科学の場合はもっと深刻。科学者の業績は論文などの発表によって評価されるが、すでにやられたことを繰り返しても、その研究発表は受理されない。材料だけのように少し趣向を変えたものは銅鉄研究(銅を使った研究はあるが、鉄はまだないのでやってみた)と呼ばれ、それはそれで大切な仕事ではあるけれど、二流以下の仕事とみなされやすい(そういえば私の卒業論文は正に銅鉄研究)。業績がなければ昇進もままならないし、競争的研究費の獲得も難しいし、共同研究の声もかかりにくいし、アカデミックポストへの転職もままならない。Publish or Perish (発表するか消え去るか)、投稿論文の採否は自然科学系研究者の死活問題なのだ。

この競争は先に投稿した者の勝ち。ほぼ同時に発表ということもあるけれど、雑誌には投稿受理日が記載されていて、どちらが早いかははっきりする(同日受理もあるだろうが)。また特許の先発明主義に対抗するには、とにかく先に結果を出すしかない。

そして一番手は発見者/発明者/提唱者となり、命名権を手に入れる。自分が発見した法則や物質あるいは新種の生物ときには元素に、発明した物や方法に、提唱した理論に名前をつけることができる。これがまた大きい。

科学界が研究者に与える最高の栄誉をご存じだろうか。何が栄誉かは人によって異なるけれど、科学者の総意として与えられる栄誉は「名前を残すこと」。中でも単位名への採用が最高級。科学は難しいという人でも、電気の単位、ボルト、ワット、アンペアはご存じだろう。それぞれA.Volta(イタリア 1745 - 1827)、J.Watt(イギリス 1736 - 1819)、A.Ampere(フランス 1775年-1836)に由来する。温度を表す摂氏温度(℃)はA.Celsius(摂爾修斯、スウェーデン 1701 - 1744)から。中にはキュリーさんのように使われなくなってしまうこともあるけれど、一般的には永く名を留めることができる。単位としては他にパスカル、ニュートン、ドルトン(ダルトン)、モルガン、ベクレルがある。

単位に名を残すのはなかなかの難関であるが、物や法則の名前も歴史に残る。たとえばX線撮影はレントゲンの名で親しまれている。自分で命名しなくても、「あの人の仕事だから」と名を冠せられることもある。分子生物学でよく使われるサザンブロッティングはE.Southernが開発した。それゆれその後に別人によって開発されたノーザン法、ウェスタン法がnorthern,westernなのに対してサザン法のみSouthern blottingと大文字表記である。もっともサザンご本人はgel transferという名称を広めようと頑張っていたらしいが。(なおウェスタンブロッティングは2番目の開発者による命名ということで、必ずしも一番じゃなきゃダメというわけではない。ネーミングのうまさの問題。)

大成建設が「地図に残る仕事」という名コピーを広告に載せたことがあるが、研究者は歴史に残る(かもしれない)仕事に挑んでいる訳。

誤解?


というわけで、蓮舫議員に腹を立てた訳だが、その後たまたま『一番じゃなきゃダメですか?』を読む機会があり、どうやら話が違うらしいと気がついた。

ネットでは、まるで圧迫面接のようだ、人の発言を遮ぎるなんて何様だ(「私の話も聞いてください」も有名になった)、1時間で何が分かると悪評たらたらの事業仕分けだが、実は事前に2回もヒアリングをして、同じ質問をしていたという。来年度の予算をつけるとどんな利益があるのか、逆に予算をつけないとどんな不利益があるのか具体的に説明してと求めているのに、本番で返ってきた答えは「夢です」。本には「会場は失笑であふれていました」とさえある。

そこで実際の様子を確かめることにした。Ustreamで中継された筈だが、なぜか録画を見つけることができなかったので、Youtubeにあがっている録音(なぜか画像はない)を聞いてみた。

事業仕分けの様子


Youtubeのサイズ制限により7つに分割されていたが、最初から連続再生することができる。ちなみに参照数を見ると1が1457、2が1376、3で急に減って534、問題の「2位じゃダメなんでしょうか」が聞ける5は494回しか再生されていない。同じ場面を確認できるファイルは他にもあったけれど、それも1000回未満で、「世界一になる理由はなにがあるんでしょうか。」を切り取ったたとえば「必殺仕分け人(笑)蓮舫の売名パフォーマンス」の130,259 回に比べると明らかに少ない。

では、その部分を要約再現してみよう。

06分45秒:(仕分け人?)期待される効果を具体的に。「気象の予測を局地的にできる」にこれだけの予算を注ぎ込む価値はあるか、ピンと来ない。国民生活に向けたメッセージが欲しい。またUSAに抜かれるまでどれくらい1番でいられるのか。一時的にトップになる意味は?
08分00秒:(理研)研究者の立場からすると、サイエンスに費用対効果はなじまない。ビッグバンなどを解き明かせるのはシミュレーションだけ。
08分42秒:(仕分け人?)そういう一般論は共通の認識になっている。これだけのお金をかけて来年度やる必要性を具体的に。
08分51秒:(理研)世界一を取ることで国民に夢を与えること。
09分05秒:(蓮舫)思いはよく分かるし、夢を否定するものでもないが、すでに100億予算超過していて、今後700億投入する。本当にこの額が必要なのか教えていただきたい。比較参考値を見ると、日本はすでにアメリカの後だと。「これ、世界一になる理由はなにがあるんでしょうか。二位じゃだめなんでしょうか。」あるいはアメリカと協同開発するような夢の共有はできないのでしょうか。
10分00秒:(理研?)現在の科学技術はスパコンなしには最先端は不可能に近い。世界一の研究は世界一の装置...

「会場の失笑」については聞き取ることができなかったが、スパコン開発の一般的意義を述べようとして制止され、かなり苦し紛れに「夢を与える」と言ったような印象を受けた(この部分は「具体的に」という制止はカットされているもののニュース映像の3分30秒のところで表情を含めて−−悪いけど夢を説く顔ではない−−確認できる)。

スパコン予算のまとめ


整理すると

初めの仕分け人の質問とそれに対する答え
1.スパコンで期待される効果は?(具体的に) →一般論は良いからと制されて「夢を与える」
2.USAに追い越されるまでどれくらいの間、1位を確保できるのか? →(回答なし)
3.すぐ追い抜かれると分かっていて、一時的にトップになることの意味はあるのか? →(回答なし)

蓮舫の質問
1.700億円も本当に必要なのか
2.USAにすぐ追い抜かれると分かっているのに、つかの間の1位にこだわる理由は?
3.USAと協同開発にすればもっと安くもっとよい物ができるのではないか?

700億円については「もっとかかるのではないか」という懸念も含まれている(すでに100億超過の指摘)。700億円(総額1154億円)出したらなんぼ儲かりまっか?は確かに科学研究予算に対する質問ではない。しかし限りある予算の分捕り合戦に参加しているのだから、もう少し理解してもらえるよう歩み寄るべきだったと思う。

理研の人(平尾公彦副本部長)は、どうやら気がついているようで、「最速」とか「一番」と言う言葉を避けて10ペタフロップスの効能に切り替えようとしていたが、文科省は最後まで「最速」「一番」で、「1位になれなかったらどうなる」という現実的な質問にさえ「頑張ります」としか答えられない。実際には僅差で2位になっても実害はないようなのだから、目標を「世界一」から「10ペタ」に掛け変えるだけで印象はずっと良くなっただろう(10ペタには大鑑巨砲主義だと言う批判もあったようだが)。

初めから聞いていくと、この計画が当初大手3社の参加を得てベクトル型とスカラー型の複合システムで開発するとしていたのに、途中で2社が抜けてスカラー型一本に計画変更されたことに財務省は強い不審感を抱いている。その方面からもいろいろ質問が投げかけられているが、どうも噛み合っていない感じ。仕分け人側が助け舟のように、予算に見合うと感じられるような具体的な成果の提示を求めているのに、それにきちんと答えない。

また「私の話も聞いてください」の印象が強くて、あたかも仕分け人が吊るし上げるように詰問したと思っていたが、ここでは非専門家の仕分け人は丁重に「教えてほしい」と質問を繰り返している。ペタフロップスで世界の見え方が変わるというなら、たとえば「新幹線があっても東京大阪間に飛行機を使いますよね」くらいの説明をしても良かったのではないだろうか。


印象操作


結局「“2位ではどうか”などというのは愚問。このようなことを言う人は科学や技術を全く知らない人だ」という批判は的外れだった。これは別に鈴木博士一人が不見識という訳ではなく、仕分けの実際を見ないで報道だけの印象で語れば当然のようにはまる陥穽だ。

丁重に、一位にこだわる訳が理解できないし、実際できたところですぐに二位になってしまうのだから初めからその線を追求した方が賢明ではないかという「二位じゃだめなんでしょうか」が、まるで「オラオラ、説明できるもんならしてみぃ」という恫喝のように見えるのは映像マジック。たしかに「絵になる」シーンだから、それ以上の悪意があったとはあえて思わないが。

そもそも、次世代スパコン計画が目標に掲げた世界で1位と研究者が重視する世界で1位はまるで別の話。たとえていうならば前者はエアバスA380は世界最大の旅客機という意味での世界一、対する後者はライト兄弟は世界で最初の飛行機を開発したという意味での世界一。もちろんエアバスの開発も大仕事だし、いくつもの画期的な技術が使われているだろう。しかし木枠に布張りで数百メートルしか飛ばなかったライトフライヤー号の方が画期的なのだ。

どうもその辺も誤解している人が多い感じ。かくいう私もそう誤解して腹を立てていた訳で。いや、世間の人も私並みにおばかと主張したい訳ではありませんが。(大阪大学の菊池教授など冷静な反応もありましたが、管見の範囲では少数派。ちなみに菊池教授はTwitter上で、上記産経記事を無批判に紹介した朝日アピタル苦言を呈されていた。←本エントリーの執筆動機)

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