« *年ぶりの夏の学校(1) | トップページ | Inbookを使う »

2010/09/23

タスマニア効果と研究者人口

科学研究費を税金で賄うことは正当だろうか。特になんの役に立つのか分からない基礎研究に注ぎ込むことは妥当なのだろうか。

余裕のある時代なら「食客三千人」とばかり当座の役に立ちそうもなくても才能があれば養っていけたし、研究者の方も「何かの役に立てようなどと考えるのは邪道」と澄ましていられた。しかし景気が悪くなり、研究資金を何年で回収できるかを問われるようになると、基礎研究は分が悪い。

その逆風は研究者も感じているらしく、いろいろと「役に立ちます」をアピールしようとする。たしかに素人には唐人の寝言のような数学の研究が暗号システムにつながりオンラインバンキングを支えているといった例はある。しかし、どの研究も社会の役に立つと言うのは度がすぎたフィクションだろう。まして科学研究予算の削減は、いずれ地球の破滅をもたらすなんて恫喝は止めた方が良い。逆効果だ。

それでは役に立つ研究を選抜して、税金からの研究費はそこに集中すべきか。選に漏れた研究は、独自に投資家を募ればよいのか。それは好ましくないと考える。なぜか。

タスマニア効果


ツイッターのタイムラインでだと思うが「タスマニア効果」なる言葉を知った。

リンク先のタスマニア効果と宇宙植民地化によると、それは以下の通り。


  • SF作家チャールズ・ストロスは現代の技術文明を維持するのに必要な人口は最低1億人と見積もった

  • 計算の根拠は航空産業だけを維持するのにも50万人が必要、という推計の積み重ね

  • ジョージ・ワシントン大学のHenry Farrellは、この計算を元にタスマニア効果を考察

  • タスマニア人は、ヨーロッパ人が訪れたとき人間社会の記録史上において最も単純な道具しか持っていなかった

  • これはタスマニアの人口が少なかったため

  • 人口がある水準以下になると、前の世代からの技術の学習の不完全性が技術の衰退となって現れる

もちろん仮説の域は出ていない。

航空機産業を維持するのに50万人必要と言われてもにわかには理解できない。だが、よく考えてみよう。木と布の複葉機ならいざ知らず、軽合金製のジェット機を運用しようとすれば必要な基盤は...
ボーキサイトの採掘と運搬
アルミニウムの精錬
銅鉄その他金属の精錬
超超ジュラルミンの製造
炭素繊維の製造
各種プラスチックの製造

機体製造の素材だけでこれだけが必要。しかもこれらを動かすためにはさらに発送電システムや輸送システムも必要だ。

さらには教育システムが必須。次世代に知識や技能を継承できなければ50年もしないうちにシステムは機能しなくなってしまう。たとえばネジを作れなくなっただけで飛行機は作れなくなる。一子相伝であれば、ぼんくらが一人いただけで断絶だ。逆に師匠のデッドコピーであれば発展の余地がない。すべてをお見通しの神様を頼れない以上は、ある程度の失敗を織り込んだ試行錯誤で臨むしかない。つまり教育の歩留まりは100%にはならないし、なってはいけない。だから学び手は必要数に対して余剰でなければならない。

そしてこれらに従事する人間は裸で霞を食い土の上に寝る訳ではないから、衣食住を提供する人員も必要になる。

というわけで、なるほど相当の人数が必要だと言うことが実感できる。その人数を割り込むと縮小再生産に陥る。そして技術の劣化がある程度進んだところで安定化するが、中には文明崩壊にまで進むこともあるだろう。肝心なのは総人口ではなくて、ある分野に従事する人口。「モノになりそうな基礎研究」をする人の周りに「海のものとも山のものともしれない」研究をする人がいて研究者人口を維持しなければ、モノになりそうな研究をする層が薄くなってしまう。

これが役に立つ(と思われる)研究を選抜して、税金からの研究費はそこに集中するのが好ましくないと考える理由。もちろん小さな政府のもとで科学研究は民間主導となれば話は少し変わるが、民間が短期間での高率の投資回収ばかりを望めば、遠からず危機的状況に陥るだろう(ただし民間の方が長期的な利益に敏感であるという期待も持てる:多数の有権者よりも、少数の株主の方が同意を得やすいから)。

なお飼育、もとい扶養している研究者を研究プロジェクトの中に割り振るならば、一見タスマニア効果の陥穽を逃れられるように見える。また大きな研究の方向を指し示すことも大切。だが人は全知全能ではないことを知るべきだ。「あそび(ゆとり)」が大切。近視眼的な管理では次世代研究の萌芽を摘んでしまう危険がある。

そもそも将来何が役に立つかなど誰にも分かりはしないのではないだろうか。

と言っても開き直りと受け取られては困る。誠心誠意、と言うと語弊があるけれど各研究の予算要求説明には理解してもらうためのギリギリの努力を尽くすべきだとは思う。


スケールメリット


ところで航空産業だけを維持するのにも50万人が必要であった。飛行機を飛ばすための燃料を、そのためだけに製造したらどうなるだろうか。ジェット燃料というのは灯油の一種であるが、石油(原油)からはそのほかに石油ガス、ガソリン、軽油、重油、アスファルトが取れる。その全部が利用できれば採掘精製費用は均等に分担できるが、灯油しか使わないとなれば、そこで全費用を負担しなければならず、つまり相当高いものになる。ちなみにガソリンはガソリンエンジンが普及するまでは使い道がなかった。仮にガソリン自動車をすべて電気自動車や水素自動車に置き換えたところで、ガソリンがだぶつくだけで、灯油軽油重油等の需要が減らなければ石油(原油)消費量に変わりはない。発電や水素製造のためには石油需要が増すかもしれない。だから二酸化炭素生成量の削減には役立つかもしれないが、石油資源の節約にはたぶん役に立たない。

閑話休題。つまり石油ガスからアスファルトまで使い尽くすようなシステムがないと、ジェット燃料は高い物になる。これは電力や輸送システムにもいえること。いわゆるスケールメリット。航空産業専用にすると、よほどガンガン飛ばさないと高くつく(無駄が出る)のだ。日本で牛肉が高いのは、可食部が限られているからとも。あ、また話がずれる。

オーパーツを超古代文明の証拠と考えることの無理


軌道修正の振りをしてさらに逸脱。世の中にはオーパーツというものがあるらしい。エジプトの遺跡に見られる象形文字(ヒエログリフ)の中にはまるで現代のヘリコプターや戦車、そして、戦闘機のようなものがあるというのだ。で、それをもってエジプトには現代に匹敵する高度技術を持った先史文明が存在したのではないかと考える人がいるそうだ。

だが、ヘリコプターはそれだけがあっても役には立たない。たとえば燃料はどうするのか? まさにタスマニア効果が論じてきた問題だ。裾野なしに高度技術が単独で存在することはあり得ないのだ。ヘリコプターや戦車がタイムスリップしてきたという解釈の方がまだ矛盾が少ない(実際にはそんな無理をしなくても、十分に合理的な説明ができるらしい)。

|

« *年ぶりの夏の学校(1) | トップページ | Inbookを使う »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: タスマニア効果と研究者人口:

» *年ぶりの夏の学校(2) [Before C/Anno D]
生化学若い研究者の会(生化若手の会)主催の夏の学校へ久しぶりに参加したのは50年 [続きを読む]

受信: 2010/10/07 12:34

« *年ぶりの夏の学校(1) | トップページ | Inbookを使う »