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2010/02/28

法務省にメールを出した

このところの死刑とか公訴時効の話を見ていると、なんかこう非常に感情的で、いやぁな気分にさせられる。

たとえば公訴時効の廃止に関しても、ざっと見渡したところ批判的な意見はあまり多くない(こことかこことかこことか、あとここ...網羅しようとしたら結構あるな)。

日本(に限らず文明国全般)の裁判は
 適正な手続き>真実の発見>犯人の処罰
という順序だと理解しているが、どうも時効廃止論の人たちはこれを逆にしたいようなのだ。で、真実<処罰、であるから、被告人が真犯人かどうかはあまり関係がない。あるいは酌むべき有利な事情にも関心がない。「犯人の逃げ得は許せない」というある人は、私が「なら“逃げ損”(逃亡したために量刑が重くなる:後述)もおかしいですよね」というと、それは構わないと。全員に聞いて回った訳ではないが、これはたぶん多数意見だろう。はっきり言って危険な考え方だ。

そこで法務大臣にメールを出した。大臣のアドレスは分からないので、法務行政に関する意見・感想などを受け付けるアドレスに「法務省 法務大臣 千葉景子 様」と明記して、18日の朝に。

【時効廃止について】 以下の点により、廃止は害悪があると考えます。

●時効成立により真相が解明される可能性が閉ざされてしまいます。弘前大学教授夫人殺し事件が典型です。
●長い年月を経た後に「殺人か傷害致死か」「殺人か同意殺人か」を争うことは被告人にとってきわめて不利です。普通であれば「疑わしきは被告人の利益に」となりますが、殺人で有罪なければ免訴と言う状況でもそう割り切れるでしょうか?
●証拠として留置された被害者の遺品がいつまでも遺族に返還できなくなりませんか?

以上、ご検討いただければ幸いです。

[住所明記 ※さすがにブログには載せない]
細川 啓

死刑についても意見を書いたが、これは別の機会に。

初めは意気込んで、1000文字以内という制限いっぱいまで書こうと思ったけれど、よく考えればあちらはプロ。釈迦に説法をする愚を避け、まだあまり言われていないと思われる点を簡潔にまとめることにした。

犯人名乗り出による真相解明の可能性を閉ざす


弁護士の岩村智文は真犯人が名乗りでる可能性を閉ざすことに朝日新聞でさらりと触れているが、私としてはこれをもっとも重視したい。つまり犯人処罰がかなわないならば、せめて真相の究明を、という立場。法務省へのメールに書いた弘前大学教授夫人殺し事件は、無実の別人が犯人として懲役に送られてしまった二重に悲惨な事件。真犯人がそのことを苦にして名乗り出たことで再審裁判が開かれ無罪判決が下ったが、検察は最後まで抵抗した。真犯人の告白をスクープした読売新聞の井上安正は著書の中で、真犯人が時効の成立をしきりに気にしていたと書いている。外野ならば「無実の人を救い、自分は罪を償え」とお気楽に言うだろうが、公訴時効がなく、わが身かわいさに真犯人が供述を翻したら、無辜の救済も犯人の処罰のどちらもかなわなかっただろう。

ある時効廃止賛成論者は、石川千佳子さんの例をとくとくと出して来たが(ちなみに犯人には4200万円の賠償判決が確定したことを指摘しても、逃げ得と言う誤った認識を改めないので議論を打ち切った)、これとて時効成立後に犯人が自首してこなければ「北朝鮮に拉致された(かも)」とあらぬ方向に暴走していたわけで、外交交渉の場で赤っ恥をかく前に名乗り出たことに対して、国は感謝状を贈っても良いくらいの事例(いや、外交とは相手に恥をかかせず、そのぶん有利に事を運ぶものと考えれば、本当に危ないところであった...間に合ったよね?)。

人間は万能ではないのだから、犯罪者を100%捕まえて処罰するという夢は諦めなければならない。

殺意の有無までは分からない


公訴時効廃止へはいろいろな批判がある。ただ、それに対する反論もない訳ではない。たとえば証拠の散逸、証人の記憶の薄れを理由に誤判の恐れがあるという批判に対しては、「疑わしきは被告人の利益にという原則の下では、ハンディを負うのは検察側であって弁護側ではない」「DNA鑑定のような科学的な証拠は時間経過の影響を受けない」が言われる。

しかしながら、「殺すつもりはなかった(傷害致死)」「将来を悲観した被害者に懇願されて殺した(同意殺人)」という場合はどうであろう。「人が死んでいる以上、殺意の有無なんて関係ない」という暴論はさておき、法律が殺人罪と傷害致死罪を分けている以上、殺意の有無は重要だ。しかし、それはDNA鑑定では分からない。

同意殺人(六月以上七年以下の懲役又は禁錮)の場合はさらに厄介。殺意も認めているから外形的には単純殺人だ。被害者の依頼があったことは被告人・弁護側で証明しなければなるまい。だが時間が経っているとそれはとても難しいことだろう。

もちろん、どちらも直後に自首していれば、その言い分は捜査で検証されただろう。逃亡して時間が経ったために招いた不利と言えなくもない。だが法律は(一部の例外を除いて)逃亡してはいけないとは決めていない。むしろ逃げるのが当然で、だから自首してきたら悪いようにはしないと決めている(自首減軽)。それに逃げる側にも三分の理はある。決められた通りに裁けば良いのであって、逃げたからと言って傷害致死を殺人にするような「逃げ損」はまともな裁判のすることではない。

傷害致死罪や同意殺人罪なら時効成立で免訴という状況下で、「疑わしきは被告人の利益に」がまっとうに機能するか危惧してしまう。

証拠品保管の問題


警察が保管する証拠品が膨大になることはすでに指摘されている。だが寡聞にして、被害者の遺品が留置されたまま返還されない可能性については指摘が無い。今までならば時効成立か判決確定で返還されたであろうが、公訴時効がなくなればいつまでも警察が保管することになる。遺族にしてみれば時効成立での返還も悔しいだろうが、犯人も分からず返還もされずもまた堪らないことではないだろうか。

その他の問題


法務省へのメールに書いた以外にも問題はある。

今回の時効廃止&延長は、もっぱら遺族感情に配慮する形で進められていると理解しているが、そうそう思った通りにはならないという点が見過ごされているように思う。

古酒の熟成じゃないんだから、25年間で分からなかった犯人が50年経ったからと言って分かる訳ではない。警察のリソースは有限であり、日々新たに発生する事件の解決の方が優先されるだろう。ましてリミットがなければ...後回しになる可能性が大きい。

前述の「殺人か傷害致死か」がまともに扱われれば、「死刑は絶対にあり得ない傷害致死罪」でしか起訴できない可能性がある。

社会の価値観がガラッと変わって、意気込んで裁判にかけたものの、ものすごく不本意な判決が出る可能性もある。具体的な例を挙げると無用な感情的反発を受ける可能性があるので少しぼかして説明すると、昔ならば親殺しや主人(雇用主)殺しは大罪だったが、今なら普通の殺人罪として扱われ、被害者の落ち度も考慮される、このような変化が起きないとも限らない。いや、分からない人は分からなくて結構。

遺族はいつまでも無念の思いを抱えて生きることになりかねない。実際には犯人が処刑されたところで心に開けられた穴は埋まらないのに。これについては以前「もしも私が殺されたら」で書いた。

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