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2010/02/28

「恩讐の彼方に」を読む

公訴時効廃止の実務面からの問題はすでに書いたので、改めて書くこともないのだが、なんかもやもやとした晴れない気分でいたところ、突然、菊池寛の小説を思い出した。

主人の寵妾と密通し、あげく主人を殺して逃走、木曽の山中で強盗家業を続けていた男が、その懺悔を聞いた僧侶の導きで出家し、罪滅ぼしに諸人救済の旅に出て行きついたのが九州は耶馬渓の絶壁。遭難の相次ぐ鎖渡しの難所にバイパスのトンネルを作ることを決意した。単身、ノミと槌を手に岩壁に挑み始めてから20年、長年の酷使に足は萎え、目もかすんだ老僧の前に父の敵を追う若武者が現れる...

上着のポケットに入れているW-ZERO3には、不覚にも「恩讐の彼方に」は入っていなかった。仕方なく同じ作家の「仇討禁止令」を読んでいたら、熱中して危うく下車駅を乗り過ごすところだった。

菊池寛は、いわゆる文豪ではないけれど、大衆の心をつかんだ作家である。「恩讐の彼方に」は青の洞門開削の史実を基にしているものの、主人を殺して逃げたとか、その息子が仇討ちのため追って来るとかの要の部分は創作だという。悪人が罪を悔い、公のために身を尽くすというのは日本の大衆の心に響く話なのだ。また、敵討ちという私的な道徳と公共との相克にも涙を流すのだ。

恩讐の彼方に」は青空文庫で読むことができる。 また「仇討禁止令」も同文庫に収められている。これは戊辰戦争のさなか、佐幕派の重臣を暗殺して藩の危機を救った侍の物語。しかし、その重臣は許嫁の父でもあった。事情を知らぬ遺児は維新後に東京政府で働く男の下へ仇討ちの支援を求めて姉とともにやって来る。すでに仇討禁止令が出ていると諭しても聞き入れない...

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法務省にメールを出した

このところの死刑とか公訴時効の話を見ていると、なんかこう非常に感情的で、いやぁな気分にさせられる。

たとえば公訴時効の廃止に関しても、ざっと見渡したところ批判的な意見はあまり多くない(こことかこことかこことか、あとここ...網羅しようとしたら結構あるな)。

日本(に限らず文明国全般)の裁判は
 適正な手続き>真実の発見>犯人の処罰
という順序だと理解しているが、どうも時効廃止論の人たちはこれを逆にしたいようなのだ。で、真実<処罰、であるから、被告人が真犯人かどうかはあまり関係がない。あるいは酌むべき有利な事情にも関心がない。「犯人の逃げ得は許せない」というある人は、私が「なら“逃げ損”(逃亡したために量刑が重くなる:後述)もおかしいですよね」というと、それは構わないと。全員に聞いて回った訳ではないが、これはたぶん多数意見だろう。はっきり言って危険な考え方だ。

そこで法務大臣にメールを出した。大臣のアドレスは分からないので、法務行政に関する意見・感想などを受け付けるアドレスに「法務省 法務大臣 千葉景子 様」と明記して、18日の朝に。

【時効廃止について】 以下の点により、廃止は害悪があると考えます。

●時効成立により真相が解明される可能性が閉ざされてしまいます。弘前大学教授夫人殺し事件が典型です。
●長い年月を経た後に「殺人か傷害致死か」「殺人か同意殺人か」を争うことは被告人にとってきわめて不利です。普通であれば「疑わしきは被告人の利益に」となりますが、殺人で有罪なければ免訴と言う状況でもそう割り切れるでしょうか?
●証拠として留置された被害者の遺品がいつまでも遺族に返還できなくなりませんか?

以上、ご検討いただければ幸いです。

[住所明記 ※さすがにブログには載せない]
細川 啓

死刑についても意見を書いたが、これは別の機会に。

初めは意気込んで、1000文字以内という制限いっぱいまで書こうと思ったけれど、よく考えればあちらはプロ。釈迦に説法をする愚を避け、まだあまり言われていないと思われる点を簡潔にまとめることにした。

犯人名乗り出による真相解明の可能性を閉ざす


弁護士の岩村智文は真犯人が名乗りでる可能性を閉ざすことに朝日新聞でさらりと触れているが、私としてはこれをもっとも重視したい。つまり犯人処罰がかなわないならば、せめて真相の究明を、という立場。法務省へのメールに書いた弘前大学教授夫人殺し事件は、無実の別人が犯人として懲役に送られてしまった二重に悲惨な事件。真犯人がそのことを苦にして名乗り出たことで再審裁判が開かれ無罪判決が下ったが、検察は最後まで抵抗した。真犯人の告白をスクープした読売新聞の井上安正は著書の中で、真犯人が時効の成立をしきりに気にしていたと書いている。外野ならば「無実の人を救い、自分は罪を償え」とお気楽に言うだろうが、公訴時効がなく、わが身かわいさに真犯人が供述を翻したら、無辜の救済も犯人の処罰のどちらもかなわなかっただろう。

ある時効廃止賛成論者は、石川千佳子さんの例をとくとくと出して来たが(ちなみに犯人には4200万円の賠償判決が確定したことを指摘しても、逃げ得と言う誤った認識を改めないので議論を打ち切った)、これとて時効成立後に犯人が自首してこなければ「北朝鮮に拉致された(かも)」とあらぬ方向に暴走していたわけで、外交交渉の場で赤っ恥をかく前に名乗り出たことに対して、国は感謝状を贈っても良いくらいの事例(いや、外交とは相手に恥をかかせず、そのぶん有利に事を運ぶものと考えれば、本当に危ないところであった...間に合ったよね?)。

人間は万能ではないのだから、犯罪者を100%捕まえて処罰するという夢は諦めなければならない。

殺意の有無までは分からない


公訴時効廃止へはいろいろな批判がある。ただ、それに対する反論もない訳ではない。たとえば証拠の散逸、証人の記憶の薄れを理由に誤判の恐れがあるという批判に対しては、「疑わしきは被告人の利益にという原則の下では、ハンディを負うのは検察側であって弁護側ではない」「DNA鑑定のような科学的な証拠は時間経過の影響を受けない」が言われる。

しかしながら、「殺すつもりはなかった(傷害致死)」「将来を悲観した被害者に懇願されて殺した(同意殺人)」という場合はどうであろう。「人が死んでいる以上、殺意の有無なんて関係ない」という暴論はさておき、法律が殺人罪と傷害致死罪を分けている以上、殺意の有無は重要だ。しかし、それはDNA鑑定では分からない。

同意殺人(六月以上七年以下の懲役又は禁錮)の場合はさらに厄介。殺意も認めているから外形的には単純殺人だ。被害者の依頼があったことは被告人・弁護側で証明しなければなるまい。だが時間が経っているとそれはとても難しいことだろう。

もちろん、どちらも直後に自首していれば、その言い分は捜査で検証されただろう。逃亡して時間が経ったために招いた不利と言えなくもない。だが法律は(一部の例外を除いて)逃亡してはいけないとは決めていない。むしろ逃げるのが当然で、だから自首してきたら悪いようにはしないと決めている(自首減軽)。それに逃げる側にも三分の理はある。決められた通りに裁けば良いのであって、逃げたからと言って傷害致死を殺人にするような「逃げ損」はまともな裁判のすることではない。

傷害致死罪や同意殺人罪なら時効成立で免訴という状況下で、「疑わしきは被告人の利益に」がまっとうに機能するか危惧してしまう。

証拠品保管の問題


警察が保管する証拠品が膨大になることはすでに指摘されている。だが寡聞にして、被害者の遺品が留置されたまま返還されない可能性については指摘が無い。今までならば時効成立か判決確定で返還されたであろうが、公訴時効がなくなればいつまでも警察が保管することになる。遺族にしてみれば時効成立での返還も悔しいだろうが、犯人も分からず返還もされずもまた堪らないことではないだろうか。

その他の問題


法務省へのメールに書いた以外にも問題はある。

今回の時効廃止&延長は、もっぱら遺族感情に配慮する形で進められていると理解しているが、そうそう思った通りにはならないという点が見過ごされているように思う。

古酒の熟成じゃないんだから、25年間で分からなかった犯人が50年経ったからと言って分かる訳ではない。警察のリソースは有限であり、日々新たに発生する事件の解決の方が優先されるだろう。ましてリミットがなければ...後回しになる可能性が大きい。

前述の「殺人か傷害致死か」がまともに扱われれば、「死刑は絶対にあり得ない傷害致死罪」でしか起訴できない可能性がある。

社会の価値観がガラッと変わって、意気込んで裁判にかけたものの、ものすごく不本意な判決が出る可能性もある。具体的な例を挙げると無用な感情的反発を受ける可能性があるので少しぼかして説明すると、昔ならば親殺しや主人(雇用主)殺しは大罪だったが、今なら普通の殺人罪として扱われ、被害者の落ち度も考慮される、このような変化が起きないとも限らない。いや、分からない人は分からなくて結構。

遺族はいつまでも無念の思いを抱えて生きることになりかねない。実際には犯人が処刑されたところで心に開けられた穴は埋まらないのに。これについては以前「もしも私が殺されたら」で書いた。

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2010/02/14

国境なき医師団へのリンクを追加

先日、国境なき医師団日本から、昨年した寄付への礼と寄付増額の依頼が届いた。2051人にはしかの予防注射ができました、できればもう307人分お願いします(外国為替による変動があります)、と。

残念ながら手元不如意で、月にわずか500円の増額要請にも応えられない(実に情けない!)。

そこで当ブログのサイドバーから「10の最も深刻な人道的危機2009年」へのリンクを追加した。GiveOneの上になったのはココログの仕様による。

余裕の浄財を国際的に活用したい、という方はご検討を。

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2010/02/13

キの抜けたガス器具

「ガス器具」の「器」の字が消えている看板

回路の故障だろうか。電光掲示板の一部が点灯しない。不思議なのは、日によって直ったりまた消えたりを繰り返していること。

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2010/02/12

レラ・チセ再開の兆し?

昨年11月に閉店してしまったレラ・チセ再開の情報をgoogle アラートを使って探していたところ、新しいブログが準備されているのを見つけた。

アイヌ料理店 レラ・チセ 〜風の家〜

今のところ記事はない。

google アラートにはまた、個人の感想もヒットして来る。閉店3日後に書かれたもう一度行こうと思っていたのに、閉店だなんて泣かせるものも。そう、人生は思い立ったが金曜日、なのだ。

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2010/02/11

献血、ビッグイシュー、望郷台

11日はかねてから予約していた成分献血の日。前回の生化学検査で肝機能値(GTP)が標準値から外れていたので10日間の禁酒をして臨む。

この献血ルームにはビッグイシュー日本版を寄贈している。前回以降に発行された135号と136号を調達しようと8日から歩き回っているが、なぜか販売者が見当たらない。この日も朝、買いに行く予定だったが寝坊したので献本されているものを流用。

血小板献血は他の献血よりも制限年齢が15歳若い。“定年”なんてだいぶ先のことと思っていたら、今までのペースで行くと大して協力できないうちに打ち止めになることに気付き、重点的に血小板を提供している。もっとも問診中にそのことを言うと、非公式ながら年齢制限は緩和の方向にあるという話。提供側としてはありがたい話だが、花粉症の服薬制限緩和、イギリス渡航歴による制限の緩和と総合して考えると、血液不足は相当深刻なのだろう。困った話だ。

血漿と血小板を「15」(単位は何だろう?)提供し、しばし休憩してから次回の予約をし、職員に断って待合室の書架にダスティン・ホフマンが表紙の136号をおいて辞去する。時刻は12時半。向かいのうどん屋にはいり、ちょいと奮発して鴨南うどんを注文。飲酒も解禁だが、さすがに直後はまずかろうと自制。とまれ汁で水分を補給。

新宿へ移動してビッグイシューの販売者を探す。メーリングリストに、休日には新宿ピカデリー前で販売しているという情報があったので行ってみたが空振り。ま、雨模様だから仕方がないか。伊勢丹前、大塚家具前、新宿駅新南口前、南口改札付近、京王でパート前、小田急でパート前と回るが今日も一人も見つけられず。これで今週、延べ20か所以上で空振りの計算。たぶんいないだろうと思いつつも、三井ビル前まで足を伸ばしたところやっぱりいなかった。さすがにそれ以上の売場を探す気力はなかった。

西武線に乗って久米川駅で降りる。かつてハンセン病患者が強制収容された全生園の中には患者が作った築山があり、その頂上から帰れぬ故郷の空を眺めて涙したと伝えられる。しかし前回訪問時には樹々に阻まれ、とても「所沢街道を往きかう人や車、そして富士山や秩父の山並み」は見えなかった。そこで冬に再訪を決めていた。うかうかしていると春になってしまうので雨をもものとせず行った訳だが...やっぱり周囲は見えなかった。樹が高くなったのは後年のことなのだろうか?
手前の樹に葉はないが、その先の視界は樅の樹に遮られる

かろうじて園内は見渡せるが


歩数計をつけていなかったので定かではないが、軽く一万歩は歩いたことであろう。

紀元節粉砕行動は遠くなりにけり。

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