« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009/12/31

宝くじ

宝くじを買う人と買わない人というのは、もしかするとまったく別種の人間かもしれない。

宝くじは資金集めの手段だ。それを理解した上で、「地方自治体の事業に協力したいから金を出す。購入気運を盛り上げるための賞金還元は座興のようなものだが、当たれば嬉しい。」というのなら理解できる。

また募金には見向きもしないのに「○○復興宝くじ」なら買うという人もいるだろうから、制度そのものも否定はしない。

でも賞金を主目的に、「夢を買う」なんて言うのは、ちょっとその、言葉は悪いけど「頭悪いんじゃないの?」と疑問を呈したくなる。

でも、宝くじを買う人にはこういう理屈は通じないみたい。(;_;) それどころか、あまり無邪気だと宝くじを貶している自分の方が性格が悪いように思えて来る。orz

宝くじが如何に「ぼったくり」かは多くの人が論じているのでここでは繰り返さない。


ここで発想をかえる。宝くじ控除というものを設けたらどうだろう。たとえば宝くじを100万円以上購入したら、それを所得から控除するのだ。つまり税金が安くなる。

  • 100万円分も買えば、よほど運が悪くない限り何枚かは当選するから買った本人は気分が良い
  • 宝くじが売れれば発行自治体も嬉しい
  • 自治体に資金的余裕ができれば住民もハッピー(になれる可能性が高まる)

これぞ三方よし

そもそも宝くじは「不公平な税金」だから所得から控除して二重取りをしないのは正義にかなっている。また、本来はそのような税金を納める立場にない低所得者を見せかけの優遇から排除する(さすがに100万円も買いはしないだろう)ことで購入意欲を減退させ、不公平さを緩和できる。そして頭の悪い小金持ちが死蔵している現金を喜んで差し出して来る効果が期待できる。


あとはそうですね、宝くじとタバコを1本1000円にして低所得者排除を強化すれば画竜点睛でしょうか。

なお自治体財政に貢献したければ、宝くじやタバコを買うのではなく、寄付(ふるさと納税)あるいは公募地方債の購入の方が効率的。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/12/29

ビッグイシューを買って釣り銭を受け取らないと言う人のブログへコメント

googleアラートでビッグイシューに関する情報を集めている。

個人のブログもよくヒットするが、「300円で売って160円が手元に残る」という仕組みだけ解説して終わっているのが多い。皆さん、宣伝してくださるならもう少し自分の言葉で雑誌の面白さをアピールしてください。ホームレスに仕事を与えて路上からの脱出を目指すと言うコンセプトもそりゃ大事ですけれど、人の善意に頼ったそういう販売戦略は大きく成長できません。まず雑誌が面白いこと、そのアピールが大事です。(と書きつつ、私もあまり雑誌そのものの面白さについては書いて来なかったな。)

そんなブログの中で、1000円で買い700円の釣り銭のうち500円だけ受け取ったけど後味が悪いという、ちょっと複雑なエントリーを見つけた。

正直、困るんだよなぁ、こういう人。厚意のつもりなんだろうけど、販売者は釣り銭を渡すよう発行元から厳命されている。違反すれば販売停止処分を受けかねない。なぜかといえば販売活動をしているのであって募金活動ではないから。気の弱い販売者は「親切な人」と会社の板挟みで苦しんでいるし、中には「もらい癖」がついてしまった販売者もいる。

というわけでコメントを書き込んで来た。


ビッグイシューのお買い上げありがとうございます。

私は外野席の応援にすぎませんが、一つご理解いただきたくてコメントします。

ビッグイシューの販売者は、「私はホームレスです」と名乗って街頭に立っています。それは勇気のいることです。それでも彼らがやっていられるのは、自分は施しを求めているのではなくて商売をしているのだという誇りがあるからです。

釣り銭を受け取らないとか、金を渡して雑誌を受け取らないとかの行為は、それが善意から行われたものであっても、自尊心のある販売者を傷つけますし、あまり誇り高くない販売者を堕落させてしまいます。

実際問題、釣りを渡そうとしない販売者がいたというクレームがありました...「親切な人」に甘やかされて貰い癖がついてしまったのでしょう。そういうことがないように販売者の行動規範(違反すれば販売者資格の剥奪もある)では、販売中の金品などの無心を禁止しています。

どうか雑誌は定価で購入し、釣りがあれば過不足なく受け取っていただきますようお願いします。つまり「ほかの物売りと同等に扱って」ください。
(後略)

幸いにも筆者はその意をすぐに理解してくれた。(トラックバックをするにはリンクが必須なのだが、私としては過ちを改めたブログを晒すようなことはしたくない。そこで、ちょいと裏技を使わせてもらう...と思ったら削除してるよ! ま、いっかぁ)

その後、ビッグイシュー基金のチーフコーディネーターや元販売者と食事をする機会があったので、私がえらそーに書き込んだ「それでも彼らがやっていられるのは、自分は施しを求めているのではなくて商売をしているのだという誇りがあるからです。」について意見を求めた。

すると後日、元販売者のOさんからメールをいただいた。彼も現役時代にはカンパや差し入れの類を結構申し出られたそうだ(と他人事のように書くけど、私もしました)。その時の心理をこう描写している。

えっ、そうですかあ。 いやあ、困ったなー。 そんなにしてもらわなくても自分で稼ぐんだけどなー。 ビッグイシューを売るのはちゃんとした仕事なんだけどねえ。 しかし、断るのも角がたつしなあ。 気分を害してもう買ってくれないのも困るしなー。 困ったなー。 う〜ん、一回だけ断ってみようかなあ。 しかし、断り方が難しいなー

都内屈指の販売数を誇ったOさんだから、という事情は割り引いても、「私は商売をしているのです」という気持ちで頑張っていたことがうかがわれる。

また具眼の士であるOさんは、差し入れの中に共依存的な要素も見ていた。

差し入れ自体がお客さんの生き甲斐になっている場合があるので、一律に断るのは禁物ですね。 僕は、一生懸命に手間をかけて作ってきた弁当は断れませんでしたね。

つまり、「可哀想なホームレスの人に手を差し伸べる優しい私」というビジョンに酔っているのではないかと正当にも疑った訳。こう聞くと「なんて失礼な」と思う人がいるかもしれないが、「自分にもそういう傾向があったかな」という反省の念が浮かばない人は注意した方がよろしいでしょう。

たとえば善意での援助の申し出を断られた時に不快感を覚えませんでしたか? 援助が不要と言うことは、それほど困っていないと言うことで、本来は喜ぶべきことなのですよ。

もちろん中には遠慮や警戒感から、本当は助けが必要なのに差し伸べられた手を振り払ってしまう人もいるだろう。時と場合によっては救急車を呼ぶなど強制的な介入が必要なことはある。だが、それが繰り返されると、結局その人は自分で判断することができなくなってしまう。その辺りを適切に判断できるようになるには経験の積み重ねか天性が必要だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/12/23

鍋で祝賀会

食って来ましたアンコウ鍋。ああ、幸せ。

今回の参加者は、ビッグイシュー基金の池田真理子さんと元販売者のOさん。池田さんは今年2月に結婚され来週から産休に入られる。また11月には信毎文化事業財団から第14回信毎選賞を贈呈された。それらのお祝いと6年間の慰労が目的の鍋会。

Oさんは初期のビッグイシュー販売者で、カリスマベンダーと呼ばれた人。売り上げをある程度貯めると販売を休んで就職活動に専念し、無事「卒業」された。札幌での販売開始時には応援として駆けつけ、その販売力に地元の人は舌をまいたと聞く。私がビッグイシューの東京事務所に出入りするようになったのはOさんの要請がきっかけ。今は不況のあおりを受けてまたも求職中の身であるが、職業訓練を受けて2級ボイラー技師資格を取るなど、変わらぬ「努力の人」である。今回はその合格祝いを併せることになった。

2級と産休が並べば、こちらとしてもシキュウ外妊娠でも持ち出さなければ張り合えないが、おとなしくお祝いする側に回った。

まず用意したのが西光亭のクッキー。パッケージが若い女性に人気というのに加え、たまたま味を確認したところなかなかいけるのでプレゼントに選択。

メッセージボックスに「おめでとうございます」「お疲れさまでした」「thankyou」を選択。三つは多いかという気もしたけれど、こういう洒落は中途半端が一番いけない。うち一つはOさんに負担してもらった。

すると気配りの池田さんはクリスマスプレゼントとしてKONITZのマグカップを用意されていた。

プレゼント交換が終わると料理。お酒を飲めない池田さんはオレンジジュースを頼んでいたが、なにわ亭落語会での桂平治師匠(第64回 文化庁芸術祭賞新人賞を受賞)が演じた「親子酒」の話をすると「塩辛が食べたい」と。うーん、その取り合わせ大丈夫ですか。と言いながらも注文し、自分用に日本酒も頼む私。

鮟鱇鍋をつつく

やがて本命の鮟鱇鍋。意外なことにOさんは「キモ雑炊は苦手で」と言い出すので仕上げは2人で美味しくいただいた。(^^)

楽しいひとときは瞬く間に過ぎ、気が付けば閉店時刻。

8か月という割には目立たないお腹であったが、しきりになで回していたのが初産婦らしい。もう少しアピールしないと「ただのデブ」と思われて優先席にも座らせてもらなくなるかもしれませんよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/12/13

NHKの公開ライブラリーで千葉敦子の声を聞く

突然、思い立ってNHK放送センターにある番組公開ライブラリーを見に行った。
NHKふれあいホール
ライブラリーはNHKホールの隣「みんなの広場ふれあいホール」3Fにあるのだが、正面に案内はない。ガラスドアを押して入ったエントランスは2階なので左手の階段を上るとすぐライブラリーになる。

受付で名前を書くと(空いていたので)好きな席で視聴できると言う。利用は2時間まで。

目的は千葉敦子の追悼番組。据え付けのPCで番組検索をし、再生ボタンを押すと大型液晶画面で始まった。(出演者に「伊藤律子」とあるが、テロップでは「伊東律子」となっていた。おそらくウェブの誤り。念のため受付には言い残して来たが。)

本人の声は、死の前年、上智大学での講演の録音だけ。映像はないので静止画での紙芝居。肝心の声は...ちょっと予想と異なった。やや急くような話し方で、昔は高かったのだろうがやや濁りの感じられる音質(この後しばらくして声が出なくなる)。適当な「似ている声」は思いつかない。

話はちょうど、がんが再発して死を意識し、その治療を終えてから棺桶リストの実行よろしくニューヨークへ転居して半年した頃。2度目の再発が発見される(非常に危険な兆候)。7か月に及ぶ化学療法(髪は抜け、食欲は落ちる辛い治療)に加え、原稿の売り込みは不調で経済的な困難まで現実化して来る。この畳み掛けて来る困難に対して、なんと「人は鍛えられる」と言う。「こういう困難が重なると、人は」に続けて「落ち込む」とか「参る」という言葉を予想していた私はつんのめる。ああ、たしかに古人は「艱難汝を玉にす」と言ったっけ。

ゲストは上智大学のデーケン学長(当時)と朝日新聞科学部の大熊由起子。大熊は日比谷高校以来の親交だそうだが、連絡がエアメールかファクス(か電話)というあたりに時代を感じる。ちなみに画質はとてもよくて、今年の番組と言っても通用すると思うほどなので、よけいギャップを感じた。Skypeなんかを手にしたら喜んだだろうな...

デーケンと大熊は口を揃えて、書いたものは硬質だが、千葉本人はユーモアのある人だったと回想していた。自分の書いた物は日本のがん患者やその家族が読む、だから弱気なことは書けない、という制約を意識もしていたらしい。


それにしても録画も録音もできないとはいえ、20年前の番組を高画質かつ無料で視聴できるとは。権利関係処理の問題があってNHK内部でしか視聴できないが、全国の放送局には配信可能である。千葉敦子に関心を持った人は是非出かけて見てほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/12/12

ビッグイシュー販売者へのプレゼント

12日は東京でビッグイシュー販売者のパーティーがある。ふだんは定例サロン(旧称「販売者ミーティング」)だが、12月なのでクリスマスパーティーだそうだ。

宗旨が違う、というよりも、あの日本風クリスマスのチャラチャラした雰囲気が苦手なので参加は遠慮するが、販売者福利厚生の一環と理解して、プレゼントを1つ提供した。

引き当てた販売者から雑誌を買うと言う「福袋」だ。

これは昨年、枝元なほみの『世界一あたたかい人生相談―幸せの人生レシピ』が発行されたときの苦肉の策。販売者にとって1冊当たりの利益が雑誌の数倍、餅代稼ぎとなる本をどれだけ売れるかは重大問題。ところが、そのころ私はIT研修の助手を務めていたので顔馴染みの販売者が多かった。まさか全員に良い顔はできないし、かと言って一人を選ぶのは難しい。ドライに成績良好な研修生からご褒美として買えば良いのだが、一番見込みのない、あるいは売れてない販売者から購入すべきという建前論も排除しきれず... そこで恨みっこなしの偶然に任せることにした。封筒に「あんたから買う」と書いた紙片を入れ、スタッフに「これをプレゼントの中に入れて」と。その結果、まったく面識のない販売者が幸運を手にしたが、喜んでもらえた。

今年は単行本の発行は無いようなので(佐野代表は講談社から本を出すようだが)、「初売り販売権」にした。来年の初売りの日に買いに行くよ、と。

これは並のプレゼントより、よくできていると自賛したい。

・物や金を直接渡すのではなく、労働の報酬として渡すからビッグイシューの精神に沿っている
・販売者にとっても「もらった千円」と「売り上げ千円」では重みが違う(と思いたい)
・2週間続く希望である
・テーマを決めてバックナンバーを選んでと依頼してあるので、商品を研究する
・新年の抱負を添えるよう求めているので、先のことを考える
・ビッグイシュー日本にとっても収入になる

さて、誰がこの幸運を引き当てるだろうか。

続きを読む "ビッグイシュー販売者へのプレゼント"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

千葉敦子の声

mixiには22年前に客死したジャーナリスト、千葉敦子のコミュニティがある。

そこに、ラジオやTVに出演したときの映像や音声はないかという質問が書き込まれた。文字ではなく、声・仕草・表情なども知りたいというファン心理だろう。

もしかして、と思ってYouTubeを当たってみたが、なかった。Atsuko Chiba で検索しても出てくるのはどうやら別人。あのころ(1980年代)は個人での録画はそう普及していなかった筈なので、映像ソースがあるとすれば企業のものがほとんどだろう。そうすると一般公開は望めない。そのうちNHKアーカイブスに登場するだろうか?

本には「よく通る、高い声」だったと書いていた記憶がある。もちろん本人はそれが気に入っていた(「背が高いのが悩み」という女性に対して「ハイヒールを履き、背筋を伸ばしましょう」とアドバイスするような女性である)。それががんの影響で掠れ声になってしまう(『「死への準備」日記』の冒頭がそのエピソードだったように記憶する)。だが本人は淡々とその事実を書き、失われた声への哀惜の念はにじませながらも、それは絶望でも悲嘆でもなかった。

そういえば「自己憐憫は時間泥棒」とも書いていたことを思い出した。残念なことに、今の私はその言葉をよく噛みしめなければならない状況だ。それをここで思い出せたのは吉兆だろうか。


続きを読む "千葉敦子の声"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009/12/07

「なにわ」新聞に載る

懇意にしている神田神保町の大衆割烹「なにわ」が毎日新聞の記事になった。

掲載されたことはメールマガジンで知っていたが、どんな記事か分からなかった。店主から、ブログに書いたけれど元記事へリンクしていないので、と依頼が来てURI判明。

ALS、割烹店主の生きがい 自慢の鍋と落語会

この落語会は初回から聴かせていただいている。毎回満員御礼で、この数年間は即日完売のプラチナチケット状態。もう少しキャパがあれば人数を増やして収入も増やせるだろうし、新しいお客さんにも来ていただけるのだが、自分の店でやるところに意義があるし、今となっては新しい客層の開拓よりも今までの客を大切にしたいことだろう。

なんでも記事は大反響。もっとももっぱらママの年齢に驚きの声とか(苦笑)。

続きを読む "「なにわ」新聞に載る"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »