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2009/02/27

メディアの社会的責任を問うシンポに潜り込み


22日の日曜日に開かれたシンポジウム「メディアを変えれば世界が変わる—メディアの社会的責任を問う」に潜り込んできた。

潜りというのは、登録をせず、当然木戸銭も払わずに聞いてきたから。そんなことができたのは、雑誌「ビッグイシュー」の会場内販売が認められ、その売り子として参加したから。

ビッグイシューは登録した販売者しか売れないのに、どうして私が販売に関われるのか。それは一つには売り上げが正規販売者のものになるから、つまり外形的には私が売っているけれど、実はそうではないから。しかし、これは形式的理由。なぜ登録した販売者にしか売らせないかと言うと、趣旨を理解し行動規範に同意した者に限定することで、雑誌の声望を守るため(違反すれば販売者証の取り上げもある)。だから雑誌の趣旨に賛同しているボランティア(私はこの立場)を形式的に排除する必要がない。もっともボランティアを100%信用するのはどうかと思うので、格付けなり選抜なりは必要になると思う。

さて、今回の販売者は虎ノ門で売っている植村さん。彼は先日(1/22)フジテレビ系の「スーパーニュース」に登場した(あの放送には不満もあるが、それはまた別の機会に)。また「ビッグイシュー」107号の「今月の人」にも取り上げられている有名人。ビッグイシュー基金のIT研修にも皆勤参加し、テストに合格してメール販売の資格も持っている。

事務所で落ち合って、もう一人のボランティアYさんと一緒に会場であるJICA地球ひろばへ向かう。ここは去年、バイオ燃料の話を聞いたところ(あれ、ブログに書くの忘れてる)。開場まで1時間以上あるのに早すぎないか?と思っていたら、なんと本式にテーブルを提供してくれると言う。あわてて設営。しかし出来上がったものを、主催者側と比較すると、明らかに見劣りする。庇を借りて母屋を、にならなかったのは良いけれど、もうちょっと工夫しよう。ポイントの一つは立体化とみた。あとは華やぎ...おっと。

全体に平板な印象のビッグイシュー販売机

立体的な a seed の販売

拘束時間は長かったけれど、販売できたのは実質的に開演前、休憩中、終演後の計1時間ちょっと。あとはずっと座っていられて話を聞けて、それでいて週日の1日に匹敵する売り上げがあった。持って来なかった号に関しては植村さんがさっそくメール販売のご案内。それにしても参加者の数を考えるとものすごい購入率。さすがこの手のシンポジウムに来る人は違う。

さて、肝心の内容。面白かったのはマエキタミヤコさんの話。トップの柴山哲也さん(なんか筑紫哲也のアナグラムみたい)の話がドヨンと感じられたので、よけい威勢良さが際立った。もっとも最初に出てきた「知らしむべからず、よらしむべし」の解釈に疑問。呉智英が書いてたよな...と思って念のため今辞書を引いたらその通り。この場合の「べし」は「可能」であって「命令」ではないようだ。

それはともかく、の前にもう少し。フロアの8割近く?がこの「知らしむべからず...」を知らないと手を挙げたのには心底驚いた。無教養の集まりか!? 知っているに手を挙げないのは韜晦とか謙遜とかあるだろうが、堂々と「知らない」に手を挙げてたもんね。いや、私はその時「べし」解釈に自信がなかったのでどちらにも手を挙げなかったが。

それはともかく、さすが広告のプロ。「無関心層というのは幻想」「1%が反応してくれれば御の字」「自分がそれを知らなかったときのことを忘れない」「情報格差で発電をしない」などなど時間が経った今でも思い出せる名文句がぽんぽん。1%については、植村さんも「そうそう」と同意していた。路上で雑誌を売ったら、反応は本当に体感1%程度だろう。

第二部のパネルディスカッションも含め、ただ聴きは申し訳ないと思うほど充実した内容だった。現在、財政的に逼迫しているが、落ち着いたらお礼カンパなどしなければ(第二回開催のためのカンパ募集中)。

ただ、全体の基調が「市民のメディアリテラシーは向上する」だったのは気になった。希望は大切だが、願望と予想は区別しなければいけない。「みんなの意見」は案外正しいが成立するには重要な条件があるけれど、私にはそれが侵されつつあるように思える。

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