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2008/03/23

パーティントン夫人のモップ

生化学者シャルガフが著した『ヘラクレイトスの火』には、いろいろと面白い話が載っているが、中でも「パーティントン夫人のモップ」は印象深い。

シドニー・スミス師の政治的演説として引用されているので、ここに孫引きする。

私は無礼を働く意志はありませんが、改革の進行を食いとめようとする貴族たちの努力を見ていますと、どうしても、あのシドマスを襲った大暴風雨と、その際に卓越したパーティントン夫人のとった行動とを想い出さずにはいられません。一八二四年の冬のこと、シドマスは大洪水に見舞われました。潮位は信じ難い高さにまで上り、波は家々目がけて押し寄せました。あらゆるものが破壊に脅えていました。このとてつもなく怖しい嵐の真唯中で、海岸近くに住んでいたパーティントン夫人が、玄関のところに立ってモップと木型とを振りかざし、そのモップを使って海水を押し出し、たゆまず大西洋を押し戻しているのが見えました。大西洋はいきり立ち、パーティントン夫人の心も振るい立っていました。しかし、この角つき合いが対等なものでなかったことは言うまでもありますまい。大西洋はパーティントン夫人を打ち負かしました。彼女は台所の流し水の扱いや水溜まりの水の扱いには卓越していました。しかし彼女は嵐をひねくり廻すべきではなかったのです。皆さん、騒ぎ立てることはありません。静かに、そして堅実に行きましょう。皆さんはパーティントン夫人を打ち負すでしょうから。

(『ヘラクレイトスの火』 村上陽一郎 訳 岩波書店 1990)

努力は大切だ。人任せにしないで自分でやる姿勢もまた大切。自分より適任者がいる、などといっていると怠け癖がついてしまうというのにも一面の真理はある。

だが、道学者先生があげる努力の例は成功した人ばかり。それはあたかも航海の安全が御利益の神殿に、無事に帰還できた船乗りのお礼奉納品が山積みされているのと同じ(祈願の甲斐なく遭難した連中はカウントされない)。

「病は気から」くるし、O.ヘンリーの「最後の一葉」は真実を語っているが、同時に「病気は気力で治す」は、風邪薬のCMなら笑い話で済むものの、「誤った信念の代償を命で支払う」ことにもつながりかねない。

高潮にモップ一本で立ち向かう! 東洋には「愚公山を移す」という故事があるが「蟷螂の斧」というのもある。昆虫の世界では最強のカマキリも、人間に立ち向かうのは無謀の極み。それなのに、なぜ無駄な努力が賞賛されるのだろうか。愚公の勝利は天帝の介入と言うフィクションが前提なのに。上手く行ったら成果はもらう、失敗したら損害は負ってくれ、という魂胆だろうか。

ところであらためて『ヘラクレイトスの火』の続きを読むと、シャルガフ自身はパーティントン夫人を嘲ってはいない。「私は敗け犬の側につくのが好きなのだ。」 あれ? 20年前にもここは読んだ筈なのに、敗北に向かって突き進むパーティントン夫人の、勇ましくも滑稽な印象しか残ってないのはどうしたことか。

「蟷螂の斧」も、韓詩外伝によれば、斉の荘公は「人であれば天下の勇者」と車を避けてくれたとか。まぁ、相手が本物の虫けらだったから敢えて踏み潰すような大人気ない真似はしなかったのでしょうが。

器の大きな人なら、多少の無茶は評価してしてくれる可能性もありますが...大西洋相手に喧嘩を売るのはやめておきましょう。

と、そこで止まってしまうからいけないのかな。ポロロッカの中国版、銭塘江潮も最後は堤防で食い止められていると言うし...いっちょやったろうか(なにを?)。

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