カルパインとCANP
勤め先のブログに原稿を書くことになった。テーマは言葉(に関係する会社のサービス)。
筆が進まないので「その他」カテゴリで暖機運転をしている。その一環として「言葉は仲間(敵味方)を識別するもの」で一連の記事を書いた。もっとも分かりやすいのは政治や宗教の分野だが、あまり具体的に書くと地雷を踏む可能性がある。
そこで多少は勝手の分かる自然科学に題材をとることにした。真っ先に思い浮かんだのはカルパインとCANP。両者は同じものなのだが、独立して研究を進めたグループがそれぞれに命名したため、ながらく一物二名の状態が続いた(実際には派生する言葉にも続々と別名——カルパスタチンとCANPインヒビターとか——が)。
もっとも、この辺の事情も当事者からすれば面白おかしく書かれたくはないだろうし、なにより事実関係の間違いがあっては失礼になる。
そこで、まず軽くググッて見たが、意外にも一般的なカルパインの説明は少ない。wikipediaにさえない(誰か書いてください)。そんな中で見つけたのが臨床研(東京都臨床医学総合研究所)の酵素機能制御研究部門のページ(フレーム構造になっているのでトップページから「研究内容(より専門的)」をクリック)。
当時の鈴木研ではカルパインのことをCANP、calcium activated neutral proteaseと呼んでおり、商売敵であった京都大学の故・村地孝先生(Murachi Awardの所以の先生です)のつけた「カルパイン」という名称は、戦時中の日本の「ベースボール」のようにタブーとなっていました。そのいきさつについては、涙無しでは読めない鈴木先生の幻の名著「カルシウム依存性プロテアーゼ研究の動向:第一回 研究の幕開け−東西問題のはじめ」及び「第二回 カルパインの構造決定と東西問題」(細胞工学Vol. 10 (1991), No. 7, pp545-551及びNo. 9, pp719-727)に詳しく書かれています(興味のある方は是非ともお読みください!)。結局、東西ドイツの統一あいなった1990年の翌年の、ミュンヘンで開催された国際プロテオリシス学会(ICOP)において、「カルパイン」という名前に統一されました。名付け親の村地孝先生は、その直前に急逝されてしまいました。
これぞ探していた記述。熾烈な競争があったこと、相手陣営の用語はタブーだったこと、現在はカルパインに統一されたことが要領よくまとめられている。
そして、村地先生への追悼企画として掲載された「カルシウム依存性プロテアーゼ研究の動向」がこのように評価されているのが我がことのように嬉しかった(村地先生は月刊「細胞工学」の編集顧問)。
学生時代、「蛋白質核酸酵素」を拾い読みしていた私はCANPしか知らず、体を表す良い名前と思っていたが、ほかでもない「あの」カルシウム依存性中性プロテアーゼを指すには、固有の名前が必要だったのだろう(カルパイン以外にそういう酵素があるかは知らない)。「パイナップルビジネス」とか「ペリサイエンス」とか、実に造語の巧みな方だった。
うーん、一般受けしない話になりそうだ。やはりiLinkとFirewireにしておこうか。いや、フロッピーディスクとフロッピーディスケットにしようか。
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