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2007/09/26

Ni! の騎士

板東英ニをご存じだろうか? 板東英二のニセモノ(山口白恵とか船本一夫の類)ではなくて、TBSでもやっている誤記(修正された場合は2007年3月のウェブ魚拓を参照)。

フォントによっては区別がつき難いから同情はするけれど。

こういう誤表記は翻訳ソフトにかけると発見しやすいと聞いてやってみた。

まず、正調の「板東英二」。ライブドア翻訳を使うとEiji Bando。では「板東英ニ」はというと

Bando English NI
でした。

これを見た時、私の脳裏には
We are the Knights Who Say... 'Ni'!
が浮かんだ(モンティ・パイソンのHolly Grailをご存じない方は、下記動画をご覧あれ。但し英語。http://www.youtube.com/watch?v=bIV4KLCmJ98 )。

字幕・吹き替えはDVDがある。

モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル
モンティ・パイソン・アンド・ザ・ホーリー・グレイル(楽天ブックス)

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2007/09/25

LSDで幻覚を見ているアリが作った蟻塚

『ニールセンのアラートボックス』を読んだ。ユーザビリティーの研究者であるニールセンのコラム「Alertbox:Current Issues in Web Usability」の邦訳。

コラムの邦訳はネット上で読める。本書に収められていない最新のものまで無料で読めるのだから、ネットで読むのがお得だが、書籍には書籍の良さがある。第一に精選されている。第二に通勤電車の中で立ったまま読める。

とはいえ、もともとハイパーテキストで書かれたものを紙に移すと隔靴掻痒。本の欄外にURLを書かれても打ち込む気力は出ません。

また、信じがたいことだが、「プルダウンメニュー」と「ドロップダウンメニュー」という、同じものを指す異なる用語が混在している。実はドロップダウンメニューという言い方を知らなくて、疑問を抱えながら読んだのだ。内容からするとプルダウンメニューのようなもの?と思って調べるとその通り。その時は混在しているとは気づかず、ハイパーテキストなら用語解説も簡単なのに、と思った次第。

訳語の不統一はウェブにおいても見られる。どうやら訳者による差らしいのだが、ひょっとすると原文から異なっているかもしれない。原文に当たれば良いのか...

といった瑕疵はあるものの、ウェブを制作する人は(発注する人も)一度は眼を通しておくべきだ。

私が最も感銘を受け、そして痛くなるほど膝を叩きそうになったのは次の一節。

大部分においてウェブはLSDで幻覚を見ている蟻によって作られた蟻塚のようなものだ。多くのサイトが全体像の中では収まりが悪く、期待される標準から外れているため使いにくいのだ。
(強調も原文)

奇抜な独創は大概が空疎なもの。六角形の本を出して売れるのは宮武外骨くらいと心得るべきだ。才能があるものは五七五の定型でも独創性を発揮する。才能のないものが破調を気取っても駄作にすらならない。

考えてもみよう。自動車のアクセルとブレーキが車種ごとに左右違っていたらどうなるか。携帯電話のキーをテンキー式にしたり5×2列にしたりして受け入れられるかどうか。ユーザビリティーとはそれ自身が合理的であるとともに、事実上の標準から逸脱していないことも大切、と理解した。だから私はQWERTY配列で文字を打っている。

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2007/09/24

なんでジオシティーズ

先に「弁護士のため息」を論じて「橋下弁護士を提訴した今枝弁護士の説明だと言う。といって、それが本当という保証もないのが困ったところ」と書いた。

というのもブログがプロバイダ(@nifty)のものだったから。昔のニフティはクレジットカードを持っていなければ会員になれず、それなりの与信調査をクリア、少なくとも実在は保証されていた。ところが、今のココログはメールアドレスさえあれば開設できる。つまりオーナーは架空の人物かもしれない。

最近は金融機関の本人確認は厳しくなっているらしいので、金を払っているならば、少なくとも全く架空の人物ということはない。で、上記ブログ主である寺本さんは、事務所のウェブとして@homepageを使っているから、架空の人物ではない、とはいえる。しかし本当に弁護士なの?という疑問は残る(たとえば弁護士会の公式サイトがあって、そこに間借りしていれば、現役弁護士であることは保証される)。

その正体不明の人が「事務所に電話をして確認しました」と書いて下さっても「はい、そうですか」と信じるわけにはいかない。記事を拝読した限りでは本物の弁護士らしいけれど。

フィッシング詐欺なんてものを知っていると、ウェブの実在をやすやすと信じてしまう人の無警戒っぷりには呆れてしまう。逆に言うと、ネットで信じてもらいたければ、それなりの努力が必要。ネットショップがhttpsを使っているのもその一つ。

会社であればco.jp(取得するには登記簿謄本か印鑑証明が必要)、その他の法人であればor.jp(法人の登記簿謄本が必要)、私的グループならgr.jp(代表者の印鑑証明が必要)を取得することで、少なくとも「どこの馬の骨とも知れない」という怪しさは払拭できる。あるいは所属組織のユーザーベージを使うとか。

以前、何か政治的な運動をしようというメールを受け取った時、ホームページがジオシティーズだったので、そんな誰でも身分を明かさずに作れるようなウェブは信用されないと忠告したところ、「ジオシティーズはYahooというネットの一流企業のサービスです」みたいな頓珍漢を返されて絶句したことがある。

NTTは元国営で、日本の代表的企業であることに異論はないが、だからといって電話の内容が信じられるかは別問題。現にオレオレ詐欺なんてものがあって、いまだに収まる気配がない。イタズラ電話や脅迫電話も「NTTという日本有数の企業」のサービスを使っているのだ。

(別にジオシティーズにあるウェブがみんな怪しいと言っている訳ではありません。)


光市母子殺害事件の弁護人であり、またテレビで懲戒請求を呼びかけた橋下弁護士を提訴した今枝弁護士が自身のブログを開設している。それがジオシティーズなのだ。

すでに3週間を経過し、多くのところで紹介されているので、よもやニセモノということはないだろう。

しかし、偽サイトを作って支離滅裂な主張を展開して弁護人への敵愾心を煽るなんてのは、実に初歩的な嫌がらせなのだ。サイトを作るまでにはいたらなかったが、イラク人質事件で「ヒミツの大計画」に担がれたおっちょこちょいが多数輩出したことを忘れてもらっては困る。

ご本人も、今枝を名乗るニセモノの登場を警戒していらした筈なのに、よりによってジオシティーズとは。

また光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページはライブドアのwikiを使っている。「広告をいれるのは無神経」と噛み付かれ、「有料で広告の表示されないページを使用するべきだというご意見であるならば,我々はそこまで配慮するべき必要性を感じておりません」と返しているが、誰でも弁護団を名乗って開設できるサービスを選んでいる事自体が無神経だと思う。

民事訴訟は弁護人じゃないということを知っていたら、「弁護団ホームページ? 素人の作ったニセモノじゃないの?」と思いかねない(本文中にはちゃんと代理人と書いてある)。

どちらも、せめて広島県弁護士会のサイトからリンクしてもらうとかすべきだ。

繰り返しますが、ジオシティーズやライブドアに開かれているブログ等が信用できないという意味ではありません。しかし成り済ましての開設が容易なサービスであり、イナゴに対抗する砦としては脆弱に思えてならない(サーバーは頑強だろうけど)。あれはあくまで個人用、趣味向けのサービスだと。

続きを読む "なんでジオシティーズ"

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淵の森緑地

先日、新聞に取り上げられていた淵の森緑地を訪ねて来た。

淵の森の碑

秋津駅側の入り口そばに立つ石碑。「淵の森」と刻んである。

柳瀬川の清流
柳瀬川の清流。すぐ後ろは西武線の高架。

柳瀬川に泳ぐ鯉
大きなコイが泳いでいた。

林の中の道
鬱蒼とした森、のように見えるが、電車の走行音が響き、ある意味「千と千尋の神隠し」の世界。

柳瀬川の淵
ここがおそらく名前の由来となった淵。

「淵の森の掟」の高札
淵の森の掟。役所の名前で出されると素直には聞けないのは不健全? 後ろは今回開発が問題になった対岸。木々の間に家が見える。

対岸
宅地開発の危機は去ったと言うが。森の限界はすぐそこに。

此岸
こちら側も。

緑のトンネルの先は駐車場
出口は民間駐車場の奥。

駐車場の奥にある入り口
看板も横を向いていて、入り口とは分かりづらい。

包囲された小さな緑地であることが分かる
柳瀬川の上流側橋上から緑地を望む。

なお、「サツキとメイの淵が森」に見事な写真がある。現地に行って「猿沢池だ」「札幌の時計台」「播磨屋橋」と騒がないよーに。

ところで雑木林とは人間が手を入れることで遷移を中断してできた人工林だ。クヌギやコナラといった落葉広葉樹の林は放っておけば数十年でシイやカシといった常緑広葉樹の林(極相林)になってしまうという。「既に40年放置された狭山緑地では、その前兆が散見される。」という気になる指摘もある。この雑木林は誰が手入れをするのだろうか。

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人を殺したら死刑、の愚

賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言います(私に言わせれば経験に学ぶ=痛い目にあわないと分からないのは凡人で、愚者は経験しても学ばない)。

「死刑または無期懲役」しかない犯罪がありました。懲役刑は禁固刑よりも重いという規定に従えば、「死刑または無期禁錮」の内乱罪(刑法77条)よりも重い犯罪です。国家転覆よりも重い罪とは何か? それは親殺し。

君に忠、親に孝を説く社会にあっては、親殺しは大逆罪(主君殺し)に匹敵する大罪というのは分かります。

ですが法の下の平等を説く現代日本ではちょっとまずい。特に、被告人にどれほど酌(く)むべき事情があったとしても3年6か月の実刑を科さなければならない点が争点になった。そして最高裁判所は、尊属殺人重罰規定は憲法に違反して無効という判決を出した(1973年)。

なぜか。酌むべき事情がありすぎた。被害者は被告人の実父。未成年だった娘を強姦し、15年に渡り性的関係を強要し5人も子供を生ませた極悪親父。被告人である娘には刑を軽くする理由が山ほどある(心神耗弱、過剰防衛、自首、情状酌量)一方で、再犯の恐れは微塵もない。それなのに尊属殺人罪を適用すれば刑務所に送らざるを得ないのだ。

判決は14対1の圧倒的多数で、尊属殺人罪の重罰規定を憲法違反と断じた。もっとも内訳を見ると8人の裁判官は、普通の殺人と別扱いする事自体は合憲だが、執行猶予を付けられないような重罰規定は違憲というもの。(ちなみにただ一人合憲を唱えた下田裁判官も、恩赦を使えば下獄させずに済むと主張した。つまり刑務所送りは避けたかったらしい。)

「人を殺したら死刑が当然(酌量軽減は不要)」とか、極端なのに至っては「人を死なせたら死刑(傷害致死も過失致死も殺人罪に統合)」とかいう主張を時々目にする。広いネットで結構目にするのだから、絶滅危惧種ではないでしょう。この人達は上の親殺しの女性も吊るせというのでしょうか。

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2007/09/23

無期懲役への誤解

無期刑は10年(判決時に未成年なら7年)で仮出所できるという。たしかに法律にはそう書いてある。だが、あくまでも「することができる」であり、「釈放する」でもなければ「しなければならない」でもない。

懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。(刑法第28条)

しかも「改悛の状があるときは」という条件付き。

先日、コメントをいただいた瑠璃子さんのブログに紹介されている弁護士のブログによれば「死刑求刑事件の無期受刑者については、服役期間が30年をたたないと、仮釈放の申請ができない。」という(この服役期間には未決勾留を含むのだろう)。

また“悪質事件”については、検察がほかの「無期囚」より長期間服役させる方針だという。

保坂展人に対する法務省の国会答弁(2000年)によれば、平成になってから仮釈放になった無期懲役者の平均服役期間は20年弱。904人の受刑者の中には服役期間が50年を超える者もいる。

というわけで、無期懲役の場合、10年で仮出所というのは、「高校2年生でも飛び級で大学に入学できる」あるいは「宝くじが当たれば3億円もらえる」みたいな話。

それで本題。山口県光市の事件で被告人が「7年で出られる」と書いた手紙が憤激を呼んでいるが、これは被告人の誤解と言わざるを得ない(だから二審の裁判官も重視しなかったのだろう)。おまけに、その知識の出所が、実は被害者の夫が書いた本で、その本を差し入れたのが手紙の相手、しかも手紙を検察に御注進したのだと言うからなんともはや。

なお、瑠璃子さんによれば現在手に入る『天国からのラブレター』にその記述はないが、初版本には記載されている。疑い深い人のために画像まで付けていただいき感謝。

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2007/09/09

12人の怒らぬ男

以下は6月に書いたmixi日記から。ニュースにリンクさせたので、炎上するかもと思ったが、捨てアカウントをとって荒らしにくる暇人の目には触れなかったらしくごく真っ当なコメントをいただいて終わった。

有名な法廷劇である「12人の怒れる男」だが、もし死刑事件でなかったら、彼らはあそこまで熱く真剣に取り組んだだろうか。いや、最初にたった一人で有罪に疑問を呈した8号は、「何の討議もなしに死に追いやってしまうことはできない」と述べている。無期懲役なら、多少の疑問はあっても、刑務所の中で頭を冷やすのもいいだろうと合理化してしまったかもしれない。

劇の中の少年(被告人)は無実を訴えた。しかしもし警察なり検察なりが、「死刑にはならない。無期懲役でも十年で仮釈放になる。その間に手に職をつけたらどうだ。」と囁いていたらどうなるだろう。どうせ大人は言い分を聞いてくれない。それなら裁判なんてサッサと終わらせて30歳になる前に出所した方が、と妥協することは考えられる。

被告人が争わなければ国選弁護人が事を荒立てることはまずない。裁判官は職権で真相究明に乗り出すことはできるが、それは理屈の上での話。かくして一丁上がりとなる筈が...

人生を諦めた者に運命は過酷だ。あの世から正木ひろしを呼び寄せても勝ち目はあるまい。いや、真相はわからないが。

それにしても、詳しく知らないことでよくまぁ怒れる人の多いことよ。

■光市の母子殺害被告、差し戻し審で殺意・乱暴目的を否認(読売新聞 - 06月26日 16:42)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=240162&media_id=20

つまり、「反省の色を示せば無期懲役」という予定調和に惑わされて真相究明が疎かになっていたのではないか、という疑問。

最近、弁護人に対して多数の懲戒請求が出され、それをテレビ番組で煽ったとされる弁護士を提訴するという場外乱闘が始まった。その話題を追っている途中で(被告人は)「下手に争って死刑のリスクを高めるより、反省の情を示し無期懲役を確実にする方が得策」と示唆を受けたという記述を見つけ、「やっぱりね」。

もっともこのblogがデタラメを書いていない保証はないので、当該フレーズで検索してみると、今度は「弁護士のため息」というブログの記事がヒットした。これは今回、橋下弁護士を提訴した今枝弁護士の説明だと言う。といって、それが本当という保証もないのが困ったところ。ほかの記事を見た限りでは騙り弁護士ではなさそうだが。

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被爆62年 ひろしま忌

夏の思い出を忘れぬうちにアップ。

ダム見学カヌー体験の翌日は「原爆の図 丸木美術館」で開かれた「ひろしま忌」に参加した。

東武東上線を使い、高坂駅から市内循環バスを初利用。乗客は私一人。美術館に着くと石川逸子さんの朗読の最中だった。

集いに参加したり展示を見たりうどんを食したり。さすがに今日はビールは自粛。

進行にはいろいろ言いたいこともあったものの、灯籠流しまで付き合った。ゴスペルグループの歌声が流れる中での灯籠流しは風情があったが、グループの名前が「トリニティ」と聞いて、「最初の核実験の名称じゃない」と私。

さて原爆の図第12部には次のように書かれている。


流れ終わらぬうちに潮は逆流し、
あげ潮にのって、とうろうはもどってきます。
火はすでに消え、
折り重なって暗い流れにただよいます。

だが、都幾川に流された灯籠は回収されているらしい(最近の灯籠流しは下流で回収することが多いらしい)。

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