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2007/05/06

開館40周年を迎えた丸木美術館

埼玉県・東松山市にある「原爆の図丸木美術館」に行ってきた。

最初に来たのは大学を出た年の夏、学生時代の知人に誘われて。覚えているのは、まずとにかく暑かったこと。涼を求めて都幾川の河原に降りたら、水が温かった。あとは竪穴住居。健在だった位里さんが「本当は藤蔓で縛るのだが針金を使った」と話していた。

一回行けば十分、と思った訳ではないが、その後ながらく足が遠のいていた。それが2005年に「入館者減少で存続の危機」(ちなみに、私もうっかり「存亡の危機」と書いた事があるけれど、これは重言。「存亡」を使うなら「存亡の機」 )という報道を見て慌てて再訪。少しでも足しになればと図録を購入した。

同じような人は多かったらしく、支援金2400万円が集まり「友の会」会員も倍増して危機は脱したと聞いたのが2006年の夏。

そのまま忘れかけていたが、縁あってアテネ・フランセで上映された映画「パルチザン前史」を久しぶりに見、模索舎で『泪の旅人』を購入したところ、潜行中の滝田修は丸木美術館に匿われていたことがあるという(昔聞いたような気もするが、やはり初耳だろうか)。やるなぁ。

そこへ持ってきて朝日新聞が大きな記事を載せたものだから、にわかに開館記念日に訪ねる気になった。

(そういえばmixiで丸木関連コミュの副管理人を頼まれてるし)

着いてまず友の会に入会。庭は賑わっていたが、展示室は閑散としていたので「離れて見る」を体験した(絵そのものより説明文に没入するたちなので)。しかし、やはり何かが変わった。

写真の説明は追々。

エイサー


針生館長と南京大虐殺の図


丸木美術館開館40周年記念日

竪穴住居

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