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2006/12/17

でんぐりでんぐり

渋谷のBunkamuraで開かれているスーパーエッシャー展に行ってきた。

意外と会場はわかり難い場所にある。誘導標識もあまり親切ではない。ポスターは凝り過ぎで肝心の情報提供を忘れているようだし(日テレのサイトなんて自己満足+バリアフルの権化に思えた)。

それでも人の流れができていないのは吉兆と言うべきか。ダリ回顧展の時よりやや空いた感じで観てまわれた。暑いのには閉口したが。

ニンテンドーDS Liteを使った鑑賞ガイドを貸し出していたので利用。無料というのが嬉しい。

さてエッシャーと言うと「滝」に代表される騙し絵の作者という印象が強いけれど、今回の展示では初期の版画から紹介されていて、騙し絵はむしろ少数。最後の作品となった「蛇」にはわざわざ「騙し絵的要素はない」と説明が。

横線だけで漆黒の闇から浮かび上がる教会を彫りだした「夜のローマ」には思わず息をのんだ。

図録(2500円)とDVD(4935円)を購入。糸が切れて「だまし絵フィギュア」の「でんぐりでんぐり」も会場外のガチャマシーンで購入(300円)。

でんぐりでんぐり

でんぐりでんぐりのイナバウアー

これ、でんぐり返しができるようにはなっているのだが、そのまま丸めるとイナバウアーになってしまう。足を入れ替えればそれらしくはなるものの、まるで填める場所が決まっているかのように取り付け難いし(造りが粗雑なだけだろう)、なにより頭の向きはおかしいまま。そして、腹が外側というのが誰の目にも明らか。もう少し工夫してほしい。

「24の寓意画」に添えられた詩の中には、なかなか気の利いたものがある。気に入ったのは「火打ち石」と「カエル」そして「リス」。

「地下聖堂」をみてKKKを連想するのは変?

平面の正則分割56(トカゲ):腕に白い部分が

「平面の正則分割56(トカゲ)」の左上部、赤いトカゲの前肢に塗り漏らしを発見。

エッシャーを表紙で取り上げた「少年マガジン」も展示されていた。のは良いが、メビウスの輪に色を塗った(1970年2月22日号)のは過剰親切というものだろう。「こうでもしなきゃわかるまい」とは、当時の少年も舐められたものだ。

また、それに先立って連載された「ふしぎ探検隊」も掲載誌と並べて展示されていた。若き日の長嶋茂雄、赤塚不二夫、またコント55号などは、それだけで見物。解説を書いているのはイラストレーターの真鍋博。当時は36歳くらいか。全部は読まなかったが、少々「?」なことも書いてあった。

図録の解説に、「エッシャーの版画は何年経っても、新鮮さを残している」、なのに同じころ流行ったサイケデリックなイラスト、それは当時の最先端をいっくものだった筈だが、「今の私たちが見ると、痛々しいくらい古臭い。いったい、それはどうしてなのだろうか。」とあって(野地秩嘉)、時というものの残酷さを首筋に感じた。

ところで、会場ではレーベンフックの説明に首を傾げたが、図録にある「細胞生物学と細菌学の創始者」というのは正しい。何が気になったのだろう?

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トラックバックを4つ、コメントを1つ削除した。

基本的には内容に関連があれば拒まないし、内容的に関連が薄くても知己からのご挨拶なら残しておく方針(リンクがなければダメ、なんていうアクセス乞食とは一線を画す)だが、スパムトラックバックやスパムコメントを残しておくほどお人好しではない。

土・くらし・空港についた「JALのやることは何一つ気に入らない!!!」のコメントは、長文の上に斜め読みではなんら関係がないとも言い切れず、それ以上に2厨風のエキセントリックな臭いがして下手に消したら噛み付いてきそうなので、しばらく様子を見ていた。が、思いついてググってみれば案の定マルチコメント。他の被害者にならってサッサと消すことに決定。

それにしてもネジが2本外れた韓国人か、ネジが1本はずれた日本人のなりすましか知らないが、不愉快な内容だった。

spamTBは消費者金融いわゆるサラ金関係。当初は瞥見(チラ見)して「首が回らなくなりかけた人の役に立つかも」と残しておいたものの、読み直してみると新規カモ狙いのようにも見えたのでバッサリ削除。それにしても、どうやって嗅ぎ付けてきたのだろう。感心するやら寒心するやら。

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2006/12/10

現代の貧困(論座1月号)

月刊「論座」1月号の特集は「現代の貧困」。

特集の前の「潮流07」にも「インターンシップという美名に潜む使い捨て労働者」という恐い記事がある。日本人も中国からの研修生のように使役されるのだろうか。

さて内容は、さきの『ワーキングプア』を裏付ける実態。そしておぞましい「貧困ビジネス」の繁盛ぶりも。

「on the edge 〜崖っぷちに立つ若年フリーター」を読むと、ちなみにオンザエッジと読むとライブドアの旧社名というのも皮肉な気がするが、オンジエッジであろう、追い詰められて人間としての尊厳を忘れさせられた青年が登場する。

アルバイト生活なのに「ちょっとした余裕」が欲しくて消費者金融(高利貸し)から借金し、数年後に200万円に膨れ上がらせ、夜逃げをしてホームレスなったなんて読むと呆れ返るばかりだが、よく考えれば義務教育は彼に「人類最大の発明」を教えたのだろうか? 

性格的にいくぶん問題はありそうだが、この程度の性格でもっと能力が低くても、今までは十分社会生活を営めたし、今でもちゃんと納まっている人は多くいるだろう。彼が脱落したのは本人の問題なのか、それとも社会に余裕がなくなった結果なのだろうか。自己責任論者はカナリアがもがき苦しむのを見て面白がっているのではないだろうか。

次に登場するフリーター 氏は、貧困の固定化を呪い、社会の流動化の手段として戦争を渇望する(かのよう書く)。そんなに戦争がしたければ自衛隊でも外人部隊でもアルカイダにでも行け、で終わらせられれば話は楽だが、幸か不幸か「論座」もそんな釣餌をぶら下げるまで落ちぶれてはいなかった。

できることなら戦争なんて起きない方が良いと断った上で、こう結ぶ。


しかし、それでも社会が平和の名の下に、私に対して弱者であることを強制しつづけ、私のささやかな幸せへの願望を嘲笑いつづけるのだとしたら、そのとき私は、「国民全員が苦しみつづける平等」を望み、それを選択することを躊躇しないだろう。

あれ、どこかで読んだような気がするフレーズだな。と思って記憶をたどると見つかった。鈴木貴博のコラム「ビジネスを考える目」だ。

そんな世代間の闘争が、残念ながらこれから先、再び、そして三度(みたび)起きてくる。我々の世代が、若者の世代に雇用機会をはじめとする様々なチャンスを平等に与えられなければ、きっとそうなることだろう。

そして、なんとかそれらの若いパワーを権力で押さえ込まずに、解決の道を見つけてあげられないと、我々の世代も含めて未来は暗いものになるだろう。

なぜそう思うのか? もし三度、若い世代の闘争を権威でつぶしてしまったとすると、四度目に現れる若き挑戦者はおそらく武力と集団を武器に現れる。そしてそれは先進国としての終わりを意味するであろうからだ。


フリーターが言えば誤読されるけれど、コンサルタントが言えばエスタブリッシュメントも耳を傾ける(なにしろ日経のプレミアムサイトに載ったコラムです)。そのことがまた彼を苛立たせるのだろうなぁ。

ご本尊のblogについたトラックバックによると、論座を読まない批判もあるという。お望みのB vs. C の闘いも同様に仁義なきものになることは織り込み済みだろうか。

また別のTBは突き動かす名状しがたい諸々にシンクロ出来ないと書いていて、私にはこの方が得心がいく。一言で済ませるなら、彼は蜃気楼に向かって石を投げているのだ。

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『ワーキングプア』

働いても生活保護水準以下の収入しか得られないのがワーキングプア(働く貧困層)。これで居住地の制限があったら農奴と同じ。日本におけるワーキングプアの深刻な実情が報告されている。

ただ、巻頭に石川琢木の歌を引いているのには違和感を覚える。確かに彼は貧窮の中に没したけれど、それはたぶんに本人の浪費が原因であって、ワーキングプアと同列には論じられないだろう。東京朝日新聞時代の給与(25円+夜勤手当で実質30円)は「悪くない」よりは「良い」部類であったそうだし。

月に三十円もあれば、田舎(ゐなか)にては、
楽に暮せると——
 ひょっと思へる。
悲しき玩具

もっとも実際のワーキングプアの中にも自堕落、は言い過ぎとしても本人の問題が大きく思える例がある。その点、その子供達が人生のスタート地点からハンデを負い、いわば貧困を相続していることには100%同情するし、危惧される。階層の固定化につながり、社会の闊達さが失われかねないからだ。

なお本書を購入しようと思う人は、下記のお茶の水博士のブログからどうぞ。
http://big-ogawa.seesaa.net/

(なぜかアクセスできない...マイミクからも消えているし...胸騒ぎ)

お茶の水博士(仮名)はビッグイシューの元販売人、つまり元ホームレス。ワーキングプアどころか仕事も、住むところさえ失っていた。本書に収められた経験談によれば、それはあっと言う間のことらしい。上に書いたことと矛盾するようだが、普通の暮らし、むしろ羽振りの良かった人の方が、いったん歯車がずれると立ち直りが難しく、事態を悪化させてしまうのも恐ろしいところだ。

かくいう私もこの2月に整理解雇され、ながく失業状態にあったので他人事ではない。不安定で低賃金でも職があるとないとでは大違いのように思えるが、新たな職探しが難しくなればそれ以上の改善は望めないわけで、「なんでもいいから」に追い込まれなくて本当に良かったと思う。(勤めだして振り返ると、なにしろ今度は面接する側に引っぱりだされるので否応無しに思い出されるのだが、自分はずいぶんと認識が甘かったと冷や汗が出る思い。)

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土・くらし・空港

成田国際文化会館で開かれていた「土・くらし・空港」展へ2日に行ってみた。お目当ては小川プロの映画「第二砦の人々」。開演までに少し時間があるから、と先に展示を見ていたら、危うく満席で見られなくなるところであった。その辺の様子は「共有される歴史」に詳しい。

これは第一次強制代執行を記録した、三里塚6部作の中ではもっとも激しい映画だ。ところが久しぶりに見て、次の「辺田部落」に通じる“語りの映画”の面が強いことに気がついた。とにかく長回し。砦の中で、バリケードの下で、地下壕で、まとまりなく話し続けるのをひたすら撮る。地下壕の通気口のところなど「もうわかった」と言いたくなるほど繰り返しろうそくを近づけて空気の流れを見せてくれる(これは覚えていた)。ラストの穴掘り(地下壕拡張)シーンは暗いし方言だし、わかることと言えば若者達が穴を掘っていることとそれが大変な作業と言うことのみ。それがまた延々と続くのだ。今回は真面目に見続けたので、使っているのがトンビ鍬(展示されていた)とわかったのが収穫。

(公開当時は「七月仮処分」「第二次強制代執行」を前にしていたので、今とは受け取られ方もずいぶんと違っていただろう。)

次に上映された「映画作りとむらへの道」によってそれが意図的なものであることが明かされる。作中登場する小川監督は、「辺田部落」のラッシュを見てだと思うが、東京から来た人ならカットして編集してしまうだろうということを語っていた。ところが地元でそのまま見せると食い入るように見て、良かったという。別に自分らが映っているからでもなさそうで、どうも村に流れる時間は都会とは違うようだ。

それにしても、その地味の権化のような「辺田部落」の上映を、「不測の事態」を理由に禁止した78年当時の筑波大当局者は、よほどの慧眼かただのバカであろう。慧眼というのは、あの地味地味を見て共感したら、若気の至りとは別のレベルで「空港を、この地にもってきたものを にくむ」ようになるだろうから。

東山薫についてははっきりとガス弾直撃による死と展示されていた。主催は航空科学振興財団歴史伝承委員会だが、後援には国交省や千葉県も名を連ねている。警察の不祥事は県の責任。機動隊員によるガス弾水平撃ちは証拠映像もあって否定しきれるものではないが、それでも国・千葉県は投石(同士討ち)説を主張し続けてきた。もはや特別公務員暴行凌虐致死罪は時効だから譲歩しましょうということか。それにしては去年、管制塔事件元被告人に1億300万円を請求するなんて、あー、つまり「良い過激派は死んだ過激派」ということか? ちなみに東山さんは救護所防衛隊員であって石を投げていた訳ではない。

他に目を引いたのが「七夕会」からの扇屋旅館への感謝状。三里塚への「不時着」3日後の7月7日に現地入りした運輸省(当時)職員は、空港反対の空気が強い中で宿泊場所の確保に苦労したようだ。それを引き受けたのが扇屋。いかなる事情あるいは思惑があったかはわからないが、これはやはり立派と言うべきだろう。「旅館は客を歓迎する」というシンプルな思想かもしれないが。

それに応えて「七夕会」という感謝の集いを続けた職員も礼儀を知っている。(でも、その気遣いを地権者にも示していれば、あそこまではこじれなかっただろう。引き返すには十分すぎる余裕があったのに。)

こういう展示があるにもかかわらず、貼り出されていた入場者アンケート(感想)には、「反対派一辺倒の偏向」みたいな寝言が書いてあって、まったく「見れども見えず」、自分の枠組みに収まらないものは目に入らないのねと悲しくなった。(これは自分にも返ってくる批判だが)

展示はいくぶん改良の余地があるとは言え、よくまとめられていた。常設展の実現を望みたい。これもアンケートに書かれていたが、空港内に展示室を設けるのはかなり適切に思える。

帰りは途中、千葉駅で降り、銚子電鉄の「ぬれ煎餅」を購入。


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