『なぜ伝わらない、その日本語』
日本語と格闘する仕事につきそうなので「電脳日本語論」と併せて購入。
天下の岩波書店刊である。ゆったりとした横組で読みやすい。目次を見ればわかるように事例が具体的で豊富。手軽に参照できるよう要約代わりに書き写しておこう、と思ったら目次は本家に載っていた(アマゾンには目次情報がないので手打ちしたのに...くやしいのはこちらに入力ミスが3つもあったこと)。なお、ここでは省略するが、各項は文例、その問題点、改善例、書き手の心理、類似例という構成で統一されている。
よくまとめられてはいるが、最終章で「大事なのは思いやり」としてしまったのには違和感がある。「心」より「頭」と注釈をつけてはいるものの、誤解を招きやすいと思う。著者が繰り返し分析しているように、わかりにくくなるのは書き手が自己中心的だからだ。そのため往々にして目的を見失ってしまう。それがわかり難さの原因。対する処方箋は相手に伝えるという意志を持ての方が適切だろう。
たとえば禁煙の貼紙に必要なのは、「喫煙者も中毒だから簡単には止められなくて可哀想だね」という思いやりではなく、「お前らは人間のクズだと思っている。現場を押さえたら消火器を噴射するから覚悟しておけ。掃除の費用も請求するからそのつもりでいろ。払わないなら両腎臓を差し押さえるぞ」という、脳が縮んだ喫煙者にも「ここで吸うのはマズい」と思わせる強い強い怒りの表明だ。もちろんテクニカルには喫煙場所を指示した方が守られやすい(「喫煙は地獄の三丁目でどうぞ」)。
ストレートな怒りの表明は格好悪いから、と「煙草を吸っても構いませんが、煙は吐かないでください」なんて書いたところで一酸化炭素で脳がすかすかになった喫煙者に通じるだろうか? そういう自己陶酔を捨てるのが「伝わる日本語」の第一歩であろう。著者もわかっている筈なのに、「思いやり」なんて口にして画竜点睛を欠く感じがしたので敢えて苦言。
相手を中心に書くとは、相手を照準の中心に据えて書くと言うこと。
なお、「なぜ伝わらないのか?」は上記本家にて立ち読み可能(PDF提供)。
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なぜ伝わらないのか?
伝わらない日本語とは?
伝わらない原因は?
伝わるように書かないのは?
第1章 相手がどんな情報を求めているか?
レストランの開店3周年のあいさつ状
取引先への担当者交代のお知らせ
旅館のアンケートに書く苦情
第2章 相手が何を知っているか?
個人レッスンをお願いするメール
分岐駅のホームの時刻表
分別ゴミ箱の表示
第3章 相手がどんな人であるか?
メールの引用が好きか嫌いか?
専門家か専門家でないか?
日本語がわかるかわからないか?
第4章 相手がどんな返答をするか?
同窓会の相談をするメール
メールの返信先の指定
レストランのお客さまアンケート
第5章 相手がどんな行動をするか?
バザーへの出品を頼むメール
レストランのメニューの名前
講演会会場への交通案内
第6章 相手がどんな気持ちになるか?
出張手続き改善の提案
新規開店のカフェの割引クーポン
地域交流会メーリングリストの口論
第7章 相手に読んでもらう工夫
用件が複数のメール
スポーツクラブの注意書き
文集に載せる文章
第8章 相手に見つけてもらう工夫
メールの件名
ホームページの構成
マニュアルの索引
第9章 相手に誤解を与えない工夫
きちんと読まなくてもわかる工夫
相手の誤解を防ぐ工夫
相手の常識に頼らない工夫
伝わる日本語にするために
大事なのは「思いやり」
会議を知らせるメール
コミュニケーションの時代
あとがき
***
プロのための文章技術ではなく、市井の人が日常的に作成する文章をわかりやすくするための工夫がまとめられている。逆に言えば著者(大学教員)が日常でいかにわかりにくい文章に苦しめられているかがうかがえる(その辺の事情は「幻のあとがき」にも抽象的に書かれている)。
ところで本書の例文には時々やけに具体的なものが登場する。p.13の開店3周年のレストランの所在地は「東京都目黒区自由が丘2-15-29」とある。改良された文例ではURLや電話番号、さらには地図まで。もっともそのURLをブラウザに打ち込んでも「見つかりません」と弾かれる(そもそもwhoisで見ると現段階では未使用)。タウンページで店名を検索しても見つからない。所在地をgoogle mapsで調べたところ、そういう地番は存在しない模様(「2丁目15−10」が表示された)。地図に描かれている場所はどうやら駐車場らしい。しかし電話番号はどうなのだろう。好奇心でかける人もいるだろうに。現在使われていない番号ならば良いけれど(将来使われたら問題にならないか?)。
それと章タイトルの「?」は不要と思う。天下の岩波に逆らうのは勇気がいるが。
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