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2006/05/30

Windows 1.0

勢いだけで良いですか」という記事のために「送信ボタンをクリックする前に、一回読み直せばこんな恥をさらす事はないのに」の具体例を探した。しかし、これはある意味「バカの代表」としての晒し者だから、慎重さを要する。一つには、いくらバカな事を書いているからといって、他を差し置いて「このバカを見よ」とすることが妥当かどうか。また強い思い込みで書いているものは逆恨みされる危険もある(トラックバックしなければ本人は気づかないだろうが、同類が集団的自衛権を発動するかも)。

そこでブログではないけれど、有名人の講演を例にした。「これは勢い余ってではなくて本質的なバカだろう」という批判はあるかもしれない。

ちなみに、この講演、ライブで聞いている。すぐに何か書いた記憶があったので探してみたらmixiの日記だった。より広範な問題指摘は既にしている人がいるけれど、せっかくなので公開。半年経つと「公には書きにくい」も弱まるのね。

19,20の両日、日経コミュニケーション創刊20周年記念フォーラムに行ってきた。あわせて14セッション。本来なら合間合間にまとめ、翌日にはレポートを提出するところ、あいにくと鼻風邪をひいてしまい...orz

金曜に残業してメモと記憶を整理したが、まぁ難しいこと書いても読んでもらえないもんね。

ところで公には書きにくいのが表題の件。2日目に「 企業を変えるネットワーク革新 〜21世紀をリードするための条件〜」というご大層な題の基調講演を行った大えw研一。一言でまとめると、「教師の言うことなんか聞くな」と言う親の言いつけに子供が従ったとご満悦のおぢさんによる無邪気な自慢話。(いやいや、結構邪気にまみれ、脂ギッシュだったという評価も)

アンケートには「大変わかりやすかった」が「あまり参考にならなかった」と回答しておいた。

わずかに参考になったのは...新入りに古参社員を教育させろ、というところくらい。

フレームワークを理解していなければ、(天才は別にして)それを超えることなどできないでしょうよ。

googleは適切なキーワードを入れられなければ求める情報を得ることはできない。

ヒットした記事も読まなければ身につかない。コピペで済むと思うなよ。

googleも間抜けではない。利用者が求める情報を提供しなければそっぽを向かれる(競合に敗れる)と言っている(情報提供側のSEOとは友好的緊張関係)。

iTMSのSはStoreの頭文字ってご存じ?

携帯電話からインターネットに入った人間はセキュリティ意識ぼろぼろだと思う。

参考記事:「楽天・ライブドアでさえ経営モデルは古い」−−大前研一氏
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20051020/223142/

「大前氏は,Windows OSのバージョン1が登場した1985年を「すべてのデジタル革命の起点」と位置付け」 ぉぃぉぃ 藻前はWindows1.0を使ったことがあるのかと問いつめたい。Windowsがなんとか使い物になるようになったのは3.1からというのが世間の評価だと思うが。

末尾に取り上げた記事は記者による要約だから講演を聴いていない人は「何をバカな...日経の記者も質が落ちた」と好意的な解釈も可能だったが、SAFTY JAPANは署名記事だから逃げも隠れもできない。

NASDAC (^^;


で、ゴキブリは一匹見たら...で他にもないかと探すとありました。NASDAC銘柄! 人をバカ呼ばわりする前に念のためgoogleで検索したら、予想通り「もしかして: NASDAQ」と御注進。そうですよねぇナスダックはNASDAQ。さらに念のためNASDAC銘柄で検索すると新語流行語大賞狙いか?とWindows1.0と合わせて指摘している記事発見(NetwereはNetWareの間違いですね)。ああ、最近はホットコーナー読みに行ってないな。読みに行ってないといえばがんばれ!ゲイツ君もご無沙汰(ここでも取り上げられている事は検索で見つけた癲声塵語で知った)。それはともかく、NASDACというゴキは結構多いようだ(すべて誤記とは断定できないが41,600件ヒット)。

ところでこのBG/AG(ビフォアゲイツ/アフターゲイツだって 弔鐘)について調べてみると、真に受けている人が結構いる事に驚く。もしかしたらこういう人たちにとってはWindows1.0というのは単なる比喩で、その実際はどうでも良いのかもしれない。そういう考え方はありえる。何か時代の区切りが必要だ、85年は区切りが良い、この年に何があった?そーだWindowsだ、程度なのだろう。そうするとWindows1.0なんて、というのはただのパソコンおたくがキャンキャン吠えているのと同じ? 勘違いから出発して正しい結論に辿り着く事もあるから、細かい事を気にしていたら大成できないと鷹揚に構えるべきか。

しかし、この恣意性には腐臭を感じる。これに関して大前を「実際に彼の「残り2割になる方法」というのは、...「実戦検証済み」の方法ばかりで、その意味で「勝ち組マニュアルライター」としては、最も良心的な作家の一人」「彼は還暦を過ぎた今も、まだ教師であるよりも生徒」「力のある人が老いる事を知らないというのは、実は結構な悲劇」と評しているのを見つけて、なんとなく納得。

マスコミなおもて往生す


さて編集者がついているプロの物書きですら、こういう間違いをしでかす(芸風なのかもしれないが)。これに関して、上野千鶴子が曽野綾子に対して「第二に、曽野さんの理論展開が、すこぶる粗雑で事実誤認を含んでいる事である」と指摘しながら「これを読んで、私はアゼンとした。それから、ちゃんとした編集者に巡りあえなかった彼女の不運に同情した。」と書いているのを思い出した(今は廃刊となった月刊Asahi Vol.1 No.6)。これは「現実の出版界にもゾッとするほど低劣なものはありますよ」と平野啓一郎が「新潮」の対談で述べていることに通じるだろう。

とすればブログにおいておや。だから「細かい事は気にしない。必要なのはリアルタイム性と勢い。」という意見もわかる。でも、悪いところまで真似する事はないと思う。ネット上で「私は初心者なので」を免罪符に繰り広げられる迷惑行為を知っている人なら、「初心者だからこそ」慎重にすべきという意見に賛成してくれると期待する。

後から直せるのがブログに限らずオンライン公開の利点ではあるけれど、それは公開前校正省略論を正当化しないだろう。

議論は活発であった方が良い。そのためには異論を歓迎し、自分とは違った見方考え方に寛容であるべきだ。しかしそれも「私はこう考える」と述べられていればこそ。「真実はこうだ」と嘘を書かれたら突っ込みたくなるのが人情。

枝葉末節には無闇に突っ込まないようにと自戒しつつ

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