原典に当たる
週刊誌「アエラ」No.22を読んでいたら「私の人生を変えた3冊の本」という、なんともベタな記事があった。ビジネスなど一線で活躍する53人に聞いたというが、挙げられた延べ159冊には読んだ事も見た事もないものが多数。これだから私は一線で活躍できないのか?
それはともかく、夏目漱石の『坊ちゃん』を挙げた人がいて
いたずらをした寄宿生がシラを切った後、坊ちゃんが叫んだ。
〈世の中に正直が勝たなくて、外に勝つものがあるか、考えてみろ〉
そのシーンが忘れられない。
と思い出を語っている。
? 憚りながら漱石は『我が輩は猫である』『二百十日』『坊っちゃん』『虞美人草』『行人』『夢十夜』くらいしか読んだ事はない(『それから』と『草枕』は途中まで)が、『坊っちゃん』にそんなシーンがあったか?
そこで原典に当たってみた。すると件の箇所は見つかったが、どうもシチュエーションがちと異なる。
おれが戸を開けて中に居る奴を引っ捕らまえてやろうと、焦慮てると、また東のはずれで鬨の声と足拍子が始まった。この野郎申し合せて、東西相応じておれを馬鹿にする気だな、とは思ったがさてどうしていいか分らない。(中略)どうしていいか分らないのが困るだけだ。困ったって負けるものか。正直だから、どうしていいか分らないんだ。世の中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考えてみろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。あさって勝てなければ、下宿から弁当を取り寄せて勝つまでここに居る。おれはこう決心をしたから、廊下の真中へあぐらをかいて夜のあけるのを待っていた。
寄宿生のいたずらに翻弄され、夜の廊下に独りウロウロしているところだ。決して叫んでいる訳ではない。寄宿生を叱っているのでもない。自分を鼓舞している訳ですね。
この人(東京大の小宮山総長)の記憶違いか、ライターが勘違いでまとめたのかは不明だが(総長を「学長」なんて書いてるから編集部のミスも怪しい)、ちょっと説得力が減じてしまって残念。本のタイトルのミススペルとどっちが問題だろう?
(実は最初、「正直」を「正義」と見間違えていた。危うくとんでもなく見当違いに見える批判をする所だった。原典に当たるというのは大切な作業。)
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