« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006/04/30

spamフィルターもお手上げ?の偽装メール

@niftyのフィルター(迷惑メールフォルダー)をすり抜けて受信箱へこんなメールが。*は私のメールアドレス。

実在するSNSのリクエストメールを模されたらフィルタで弾くのは難しくなるな。ましてhttp://mixii.jp/list_request.plみたいにフィッシングされたら(iが一つ多い)、文面にもよるがほいほいクリックしてしまうのではないか。で、「ご入会ありがとうございました」とか。

もっとも「¥助・逆¥」なんて書いてあればふるい分けは容易か。

送信者はニフティ会員らしいのでウイルス・迷惑メールに関するお問い合わせから通報。こういう手合いは単に追放するだけじゃなくて、30年分の会費を収するくらいしても良いのでは無いだろうか。ねぇ、ニフティさんよ。

差出人:sns-webコミュニティー<sns_web???@infoseek.jp>
題名:*さんへ マイフレンドへの追加リクエスト
送信日時:Sun 04/30/2006 06:51:40 JST
宛先:*
Reply-to:sns???navi@tiger.livedoor.com

*さんへ
■コミュニティーより【マイフレンド】のお知らせです!!■

ジャスミンティー【のりこ】さんより、マイフレンドへの追加リクエストがありました。

メッセージ:
 こんにちわ、セフレ募集で写メ載せたのりこです。
なかなかエロテク&回数してくれる人にお目にかかれません(^^;
若い子が良くてNGで会わなくても、メールしたりしませんか?
よかったらマイフレンド登録お願いします(*^_^)

以下のURLをクリックして承認・拒否を選択してください。
承認の場合はお相手にメールを送って下さい。
お互いが直接の友人としてマイフレンド一覧に追加されます。
http://kibou-????.com/comf_navi


■真面目な募集からアブノーマルまで盛り沢山の大型掲示板です■
あなたも無料掲示板に投稿してコミュニティーに参加してみませんか?
友達・趣味友・彼氏彼女・セフレ・不倫・愛人・¥助・逆¥・SM・同性愛
・ニューハーフ・各パートナー探し・売買・乱交イベント・アダルトイベント・etc

SNS 参加型Webコミュニティーとは?
☆大型BBSで色々な交友・交際のキッカケ作りが簡単
☆業者を完全ブロック・ネカマ・中傷的な書き込み・悪戯行為を徹底排除
☆連絡先の交換も文字化けは一切なし
☆「友人の友人」 との交流が簡単にできます
是非ご利用してご自身の目で確かめてみて下さい!!

初めての方はコチラより簡単ログイン!!
http://kibou-????.com/sanka_web
完全無料の参加型Webコミュニティーへ是非参加してみて下さい

おっちょこちょいが踏まないよう一部隠蔽。URLにリファラーがついてないだけマシか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/29

午後19時って

朝の7時まで夜を徹してやろうというのかしら。

東大-産総研-理研連携によるバイオインフォマティクス教育インフラストラクチャー

日時:平成18年5月8日(月)午前10時15分〜午後19時30分

http://www.cb.k.u-tokyo.ac.jp/coe/event/2006/0508/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/27

大胆! 捏造データで特許出願


研究上の不正行為に関して「捏造・改竄と盗用は本質的に異なる。前者は虚偽だから事実によって覆される。論文稼ぎには使えるが、ロイヤルティを取って世界にお披露目したら一発で化けの皮がはがれてしまう。」と書いたが、なんとなんと捏造データで特許出願をした猛者がいた。

8通りやったことになっている実験のうち5通りはやっていないことが確実。本人は「発明の価値をさらに上げるため(実験していないデータについて)予測可能な値として書いてしまった。」とコメント。発明の価値を上げるためとはどういう意味? 結果に違いはないけれど見栄え良く細工したというのとも違うようだ。

NEDOの研究助成が目的だった? 助成金をもらえれば結果を出す自信があったのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/18

至福の昼酒(羊山の芝桜)

思い立って羊山公園の芝桜を見に行った。平日だから自家用車でも大丈夫かとも思ったが、用心して電車を利用。飯能を過ぎる頃には車内は加齢臭ムンムン。と、隣の車両は小学校の遠足らしい集団。こちらはペド臭むんむん(ぉぃ)。西吾野駅でぞろぞろ降りて行った。ガラガラになった車両へ移動する。

横瀬駅で下車。地下道で線路を渡り「姿の池コース」で芝桜の丘に向かう。道には案内が整備されている。こちらはまだ桜が盛り。その下には朝から渋滞。電車で来て正解であった。

桜花の下は渋滞

が、着いてみると五分咲き。ちょっと早かった。
芝桜は五分咲き

花絨毯

文字通りの五分咲き
遠隔カメラが見える

自分撮りをしている人を見て真似をする(後で見たら順光にしたため眩しそうに目を細めていた)。多目的広場で樽酒とキュウリの浅漬けを食す。うまー。お酒はあえて升で。

芝生広場を抜けて見晴らしの丘へ向かう。途中にも芝桜。こちらから来た人はこれを見て「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」をやってたりして。

駐車場前の芝桜

見晴らしの丘は桜吹雪。


桜樹と姿の池

花吹雪

武甲山資料館に行くが火曜は休館。やまとあーとみゅーじあむもお休み。地図にも書いておいてね>観光協会

説明の無い「忠霊塔」は空疎に存在感を示し、秩父事件追念碑は人目に触れないようにされていた。建設委員筆頭が荒船清十郎だから「やはり野に置けレンゲソウ」扱い? 秩父用水の銅像には案内柱が建っているのに。まぁ桜吹雪が見事だったので許す(なんと非論理的な)。

忠霊塔

地図の上では道の脇にある碑

「この先」に碑がある

秩父事件追念碑


地図に「牧水の滝」と気になるものがあったので見に行った。


牧水の滝(人工滝)

人工のものであるという。下流の水車小屋(らしきもの)の中身は循環用ポンプと濾過装置。


一見水車小屋


ちちぶ銘仙館秩父神社に立ち寄る。織物というのは大したものだと改めて感嘆。秩父神社では不思議な立て看板に遭遇。


出口禁止って

その後、市内でさらに不思議な看板を発見。「無断駐車」して良いの?


無断駐車?

(実は赤で書かれた文字が褪せて読めなくなっている)

駅前でそばと再び地酒を喫して13:49の池袋行きで帰還。乗車時点で万歩計は18000歩超。

(そういえば昨春も思いつきで小旅行をしたなぁ。ああ、懐かしのNS)

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006/04/17

「死者の書」を読む

先日、誘われて映画「死者の書」を観た(岩波ホールにて7日まで)。

冒頭の短編映画があまりにたおやかだったせいか、始まるとすぐ半覚醒状態に。途中で意識は戻ったが、訳のわからないまま終了。印象に残ったのは「おれは、どうもあきらめが、よ過ぎる。」という台詞、それに鳴弦(つるうち)と反閇(あしぶみ)のシーン(上記サイトにある予告編で見られます)。

納得がいかないのは、処刑される大津皇子が肩までのざんばら髪なこと。ベアトリーチェ・チェンチを持ち出すまでもなく、首をはねるのにあの髪は邪魔。

あと、念仏を唱えられて退散するってことは悪霊の類なのに、それと仏姿がだぶらされていて、よくわからん。

実写でやったらB級オカルト映画になっていた可能性大(それで人形アニメにしたのか?)。

ネットをざっと探してみても、川本喜八郎の映像美を誉めるものばかり。

そこで青空文庫で釋迢空(折口信夫:おりぐちしのぶ)の原作を読む事に。

難しい。古文を読む素養のないことが暴露される。orz だが映画は原作をかなり忠実になぞっているらしく、文の難しいところは映像を思い出す事で、なんとか目を通し終えられた。もちろん結論は「やっぱりわからない」であるが。


誘ってくれた人がアニメーションとCGについて「一を聞いて十を語る」ので閉口。そのくせPIXARも「トイ・ストーリー」(劇場公開された長編映画作品としては、初のフルCG作品)も「ファインディング・ニモ」(フル3DCG)も「Mr.インクレディブル」(服や髪の物理的感触を極めて忠実に表現した点が特徴)もご存じないのだから開いた口が塞がらない。あー、口は閉じているのか開いているのか、ですって? 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『蝿の王』

だいぶ前にclieで書き上げていたが登録に至らなかった。

飛行機が遭難し、無人島に漂着したのは少年たちばかり。そこで力を合わせて生活基盤を作って救出を待つ、となればジュブナイルの定番だろうが、こちらは大人向け小説。ヘゲモニー争い、不安からのカルト傾倒、武力衝突と「もっと立派にやれそうなもんじゃなかったのかね」的展開(もっとも見識なく引き起こした山火事がきっかけで救出されるとは皮肉な話)。

「もっと立派に...」は救出にやってきた海軍士官があきれて発した台詞だが、ある書評に書かれている通り大人達だって偉そうなことは言えないのだ。なぜなら少年らが飛行機に乗ったのは疎開のためで、どうみても熱帯の島に不時着したという事は少なくともヨーロッパのどこにも安全地帯の無い大戦争が勃発していた...「もっと立派にやれそうなもんじゃなかったのかね」>イギリスの大人たち

作中、リーダーに選出されたものの文明秩序が崩壊していく中で自らの非力を嘆く少年が「大人がいたら」と切望するのが痛々しいのだが、大人がいてうまくいっただろうか。無能な大人がいたらかえって悲惨なことになっただろう。

もっとも他の少年も大人が来た時の事に思慮が及べば、及ばないのが子供というものだが、あそこまで無茶はしなかっただろう。実際、軍人が救出に来て「リーダーは誰か」と尋ねても、それまで多数派を率いて祭政一致を実現していた少年は、悪戯を見つけられた子供と同じで名乗りを上げられなかった。

別に彼らは「もう救出は来ない」と絶望していた訳ではない。いくぶん長い「休暇」に遊び呆けていただけだ。好意的に見れば、いつ来るかわからない救出に備えるよりも、エキサイティングで腹を満たしてくれる野ブタ狩りに力を注いだのは賢明かもしれない。ブタを絶滅させてしまう危険性があるとは言え。

トリフィド時代」では、市民のほとんどが一夜にして失明してしまうという未曾有の事態に際し、わずかに残った晴眼者は二派に別れる。できるだけ多くの盲人を保護して救援を待つべきとする労働運動活動家と、救援を期待せず精鋭(晴眼者と技能のある盲人)で新社会建設に臨むべきとする軍人と。こちらの物語では後者の選択が正しかった。いつでも救援が来ると思ったら大間違い。

「大人」の援助を期待できない私たちはどうすべきだろうか。振り返れば学校で職場で地域で、規模こそ違え同じような狂態は起きているのだ。

ところでこの話では少年ばかりで少女がいなかったけれど、その不自然さはさておき、いたらどうなっていただろう。あの年頃は女子の方がませているから、うまく切り盛りしただろうか。しかし女子も派閥を作るし、男女比にもよるだろうが、それはそれでまた「もっと立派にやれそうなもんじゃ」的世界になったと思うのは偏見か。

それと「狩猟隊」は合唱隊にしてはマッチョ(「歌って踊って楽しい」と揶揄されたミンセーも黄ヘル部隊は強かったらしいがw)なのはイギリスパブリックスクールは文武両道ということ? それにしてもなぜ彼らは一度も歌わなかったのだろう。

映画にもなっているが未見。こちらではアメリカの陸軍幼年学校生徒になっているらしい。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/14

『私の嫌いな10の人びと』

ビッグイシューのベンダーである「お茶の水博士」のブログで購入した。アフィリエイトでなにがしかの収入になる事を意識している訳だが、これって著者のいう鈍感な「いい人」の押し付けがましい行動だろうか。

ブログを開く事をすすめたのは私だし、開設後はアフィリエイトの相談を受けていたし、この『私の嫌いな...』は書店で手にとった事はあるし、恩着せがましく「買ったよ」と感謝を求めなければよろしいんでは?(なのに敢えてここで書くのは、他の人を誘導するため。貶される事も厭わずに他人のアフィリエイトに協力するなんて、なんと献身的な...と自己陶酔してはイケナイ訳ね。それに今ブログを見たらお茶の水博士は仕事が決まって、ビッグイシューベンダーを卒業される由。)

というわけでこれが3冊目。最初に買った『哲学の教科書』は、読むのがひたすら苦痛。そこから理解した事は、どうやら哲学者という人間は精神を病んでいる。ただし、病気との折り合いをなんとかつけているために世間からつまはじきにされる事はない。「学者先生だから」と徳俵で踏み堪えている。したがって在野の哲学者、つまりアカデミックな機関に所属していないとあっさり土俵を割る危険がある。それを地で行っているのが文学者。名乗るのが自由な分だけご利益も薄い。

それでこの『私の嫌いな...』であるが、これは読みやすい。そして声に出して笑ってしまう。たとえば30ページ、「こうできないから、私は苦労しているのです」の箇所で知人、といっては罰が当たる、旧師の一人(「あさい三人衆」の「阿」)を思い出す。言う事やる事がそっくり。本の方に脚色があるとすれば「事実は小説よりも奇なり」だし、「実は抑えて書いた」なら東西の横綱。

もう1つ『ボートの三人男』も思い出してしまった(わぉ、これってwikipediaに項目として載ってるのね)。三人男の矛盾した言動はもちろん作者ジェロームの計算づくだが、こちらはどうなのだろう。

大学の哲学教師の95%は即刻解雇して構わない、生活がかかっているからというならせめて自責の念をもてという箇所では、最近受付を手伝った葬儀の喪主である高校教師(これが遺伝研にいらした石浜明先生にそっくりなのだが)を思い出す。彼は常々、給料は半分返上しても良いと言っているらしい。もっとも仕事も減らしてほしいらしいが。

慶應大学SFCの福田ゼミで講演をしたら、女子学生三人が精神に変調をきたした(と後日パーティーで顔を会わせるや福田教授から言われたらしい)という話も愉快。

全体を通して笑い話として読めば面白いが、では趣旨についてはどうかというと、疑問符が七つほど。詳細に述べるには余白が狭すぎるので手短にまとめると、人間の捉え方が非常に静的に思える。もっと身体を動かした方がよろしいんじゃないですか? スポーツをしたまえ、スポーツを!

いろいろあるけれど、大学で「難民避難所」ないし「孤児院」として、行き場の無い学生を救済している(p.171)と言うのは立派。人はまず、自分の持ち場において闘わなければならないのだから。

また冷笑的なようでいて、差別語は「暴力的で卑劣」ときっちり釘を刺す(p.166)ので認識を改めた。

(大学の)だらだらした会議にお悩みの様子。そこで描写されているのは『すごい会議』の対極。この本を紹介してくれた人は「あなたが会議を主催する立場ならぜひ読んで実践したほうがいい本です。召集される立場だと,会議に対する不満が増大するだけかもしれません。」と書いているので...ご覧にならない方がよろしいでしょう。それにしても情景描写が上手。眼前で繰り広げられているよう。つまり私の人生ではろくでもない会議が多かったという事か。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/13

ITプロフェッショナルの採用方法を再考する

ITmediaに「ITプロフェッショナルの採用方法を再考する」という記事がある。正統派ITプロではないけれど、その末席というか枝葉には連なり求職中の身として興味深く読んだ。

IT分野の優秀な人材を集められない組織は、採用方法に問題を抱えていると。曰く
・求人の問い合わせに迅速に対応できていない
 もたもたしているうちに優秀な人材はよそに採られてしまう。
・面倒な採用プロセスで時間的拘束が長い
 権限がある者は能力を評価できず、能力を評価できる者には権限が無いため結論に至るまで時間がかかり、もたもたしているうちに(以下略)

 ようするにスピードに欠けるのだ。この時代の企業にあっては致命的。

 で、処方箋が
問い合わせには、必ず24時間以内に回答する
面接のスケジュールはできる限り早急に組む
面接は一度だけ
採用担当は理想的には2人(IT部門と人事部門)
業務、組織について正確かつ魅力的な情報を志望者に提供する
志望者には48時間以内に結果を連絡する
不採用の場合も通知する
など。

 土曜の朝にメールで送られた場合に24時間、は酷ね。もっとも自動応答でとりあえず「届きました」を送ると心証は良い。

そういえば、紹介状を添えて履歴書をメールで送ったのに、受信通知すらよこさない会社があるな。受け取った事は確認できているのだが(ビーコンを仕込んだ...ウソ)。もう一回メールを送るか、電話で問い合わせるか。でも、電話だと丁寧を心がけても「ダメな組織ねぇ〜」が声に出てしまうかな。

 お題目でスピードアップを唱えても実効は薄い。面接は一回だけとか、権限を委譲して即決させるとかは具体的。求職側としては採用通知をもらった時に悩まないよう、会社の情報を整理して提供してもらいたいものだ(ある程度は自分で調べられるにしても、新規プロジェク等だと内容は外部からはうかがいしれない)。不採用なら通知をしないなんて、そんな殿様商法のところはこちらから願い下げ。

 だめな組織は送られた履歴書をキンタマや山田オルタネイティブで流出しかねませんな。桑原桑原

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/04

『99.9%は仮説』『否定学のすすめ』

『99.9%は仮説』


とくに目新しいことは書かれていない。印象的には『新しい科学論—事実は理論をたおせるか』の焼き直し(材料には新しいものも仕込まれているが)。

冒頭の「飛行機はなぜ飛ぶのか」。著者はあとがきで「漫才や落語の「つかみ」と同じで、わざと挑発的に書いたものです(腹が立った人がいたら、ごめんなさい!)」と記しているが、御期待通り不快に感じた。だから(大人は穏便に済ませるだろうが)こちらも挑発的に。

p.20の、翼のところでわかれた空気が同時に合流する必要はあるか? 計ってみたら同時ではない、だから...のところで「コイツ(=著者)はおかしい」と感じた。別に厳密に同時でなくても、同じ速度で流れた場合の到達時刻より早ければ、上を通った空気は速く流れているといえるではないか。実際測定してみれば速いという。ならこれ以上何が必要なのか?

という訳で、悪いけど以後すべてが胡散臭い。「世の中すべて仮説」は研究上の態度として有益なこともあるが、一歩間違えればズブズブの相対主義の泥濘だ。というか、すでに一知半解の哲学小僧の観念談義に足をとられているような感じがする。

わからないことはわからないと言えばよろしい。怪しげな「かもしれない」をアクロバチックに積み重ねれば「買ってはいけない」になってしまう。科学のものは科学へ、神のものは神へ。だから創造説の第五列を「科学上の大仮説」の仲間入りさせる必要はない。

エピソードの数々も、吹聴すれば街の物知りとして「へぇ」と感心してもらえるかもしれないが、眉唾な感じがしてならない(翻案され過ぎ)。

そろそろ誉めないといけないかな? でも世間の評判は好意的なようなので割愛。

こういう本が平積みで売られているって... 日本の未来は暗い、と言ってやろう。少なくとも精神的中学生には読ませたくない本。

 あー、そうそう、p.126の「専門化のまちがいだ」は「専門家」のまちがいだろう。一斑をもって全豹を知る。:-p

↓新書レベルのおすすめはこちら。

『否定学のすすめ』



返す刀、ではなくてお口直しに『否定学のすすめ』。出版社は社名を冠した雑誌の表紙を戦国武将にしていたことのあるプレジデント社だし、エジソンやアインシュタインを表紙に持ってくるセンスはアレだけれど、主張はまとも。

当節の軽佻な「ポジティブ」礼賛の中にあって珍しい書名である。否定文で考えると思考が限定されて創造性が発揮できなくなる、というのが通説だが、著者は「創造は否定から始まる」と意気軒昂。

曰く、科学上の発見には先行してパラダイムの転換(第一の発見)がある
曰く、知の創造の要件は「革新性」「原理的」「根源的異質性」「社会的価値」

二番目はちょっとわかりにくいが、著者は何度も繰り返している。そして注目したいのはその4番目。『99.9%は...』が下手すれば「眼前のこともすべて一炊の夢」と邯鄲の世界に簡単に陥りかねないのに対し、こちらは「創造は否定に始まる」とし、目指すは新しくて有用なものや考え方を作り出すことだと明快。

さて面白いのは、自然と一体化し現状肯定から始まる日本の思想構造からは創造は難しいという議論。欧米がノーベル賞受賞者輩出なのはキリスト教の云々だけど、日本人はキリスト教に帰依しなくても創造性を発揮できる、それが否定学だと。

著者は企業人で、その会社ではいくつもの新製品を出している。ウェブサイトには一見眉唾的なものもあるが、mupidを作っている会社といえば、分子生物学者ならば一目置こう。

ちなみにこのmupid、「アメリカに持って行って役に立ったもの」にも取り上げられているし、それはmixiのコミュでも好評。

というわけで、無責任な机上の水練でもないし、畳の上の空論でもない(ぉぃぉぃ)。

ただ、キリスト教は2000年前に成立し、5世紀にはローマ帝国の国教となっているのに、科学の時代を迎えるのはずっとずっと後。三大発明だって輸入物。キリスト教にドライビングフォースを求めるのはおかしくないか。

なにせ聖書にはこんな言葉すら書かれている。


かつてあったことは、これからもあり/かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない。(コヘレトの言葉 / 1章 9節)

それで思い出すのが『科学と西洋の世界制覇』。海の彼方は奈落へ落ちる巨大な滝と信じ、産まれた土地で神を敬いながら死ぬのが一番と考えていた暗黒の中世ヨーロッパの住民が、突然、何かに憑かれたように外へ外へと進出をはじめる。その過程を追いながら、もし同じ技術が地理的または時間的に別の民族にもたらされたとして、同じように世界制覇に乗り出しただろうか? いやそうはなるまい、というのが主張の一つだったと記憶している。だいぶ前に読んだので自信はないが。

先に挙げた三大発明、すなわち火薬・羅針盤・活版印刷。いずれも中国で発明されたもので、考えようによっては「ルネサンスの三大改良」。ただ、本場では火薬はお祭りの爆竹、羅針盤は風水ってな具合に、呑気というか平和的に使っていたのが、禍々しい世界征服の道具になったのだから、これはコペルニクス的転回とも言えよう。

著者も、キリスト教徒でなければ創造性は発揮できないとは言ってないし、むしろ「創造に当たってヨーロッパ精神の視座は一切求めない」「自然とともにある日本人的精神の基盤の上に構築する」と書いているので本質的問題ではないのだが、気になったので付言しておく。

なお、文章は全般に読みにくい。「否定学」というネーミングも、クレタ島の嘘つき的な誤解を与えやすい。実際、ネット上には「こういうワンマンタイプの人は、自分だけは否定できませんからね」という、たぶん読んでない人の意見があった。

↓こちらもおすすめ

著者は作曲家メンデルスゾーンの一族らしい。 ボッティチェッリのヴィーナスの誕生のモデルはアメリゴ・ベスプッチの娘(※)とか、こちらの方が雑学的にも楽しい。

※:これは記憶違いか。モデルは後のシモネッタ・ヴェスプッチ。アメリゴの遠縁と結婚したとか。本を箱から取り出して当たってみなくては。

ひょっとするとブルーバックスの「絶対零度への挑戦」もこの人の著? これも面白かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/01

憂愁の美を飾るニフティ

パソコン通信最後の日に記念エントリーを投稿したが、ココログのサーバが応答しない。延々待たされてから英語のエラーメッセージ。「保存」待機「中止」「保存」待機...を繰り返していたら...

多重登録されたエントリーの一覧

やってくれるね、ニフティ。

はじめに登録されている記事には、以下の追記が無いから、はじめの投稿は生きていた模様。




サーバの反応が激重で31日中には登録できないかもしれない...

Bad Gateway

The proxy server received an invalid response from an upstream server.

終わったのはパソ通だけではないようで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »