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2004/12/19

戸板に載せて受験

転んで骨を折った師匠は、実は18日に大学院入学試験が控えていた。博士後期課程なので面接主体とはいえ、寝たきりの身には辛い。当初は病室から電話で面接という案も出たが、結局「大学まで来てもらわないと」という事務方の意見が通った。あ、そう。「構内までくればなんとか」とおっしゃるなら、車椅子なんて言わず、ストレッチャーで寝たまま行きましょう。そっちを担当している筆子が福祉タクシーを手配して乗り込み、本来の会場は3階なのに特別に1階で面接を行ってもらった。早く着いたら開始時間を繰り上げてもいただいたし、確かに配慮は感じられた。そうだよね、普通なら「残念でした。また今度」なのだから。

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師匠入院

神戸で開かれていた日本分子生物学会の最終日に駆けつけた。遅くとも10日午後には行くつもりであったが、勤務先の忘年会が設定されたため、それが終わってから夜行バスで。最終日1日という贅沢な参加(参加費+往復の交通費+宿泊費)。もっともかなり有意義で、この神戸行きは十分に元を取れた。普通、こういう時は「お釣が来た」と言うけれど、それじゃ安く買ったみたい。10万だして20万の価値を手にしたら何というのだろう? とりあえず(投資に対する)配当が出た、と日記に書いておこう。(宴会を開けず申し訳ない>旧バイオフォーラムの皆さん)

行きの夜行バスは4列シートで身動きがままならなかった(隣席が女性なので特に気を遣った)ためか、ホテル(部屋が足りずにツイン部屋をシングル使用)では元を取るように寝返りを打ち、とうとうベッドから落ちてしまった。f(^^; いや暖房が効きすぎていたのも一因だと思うが。そこでフト携帯電話を見ると留守電が録音されている。再生してみると家族からで、「連絡が欲しい」と。良い知らせではなさそうだが、「スグカエレ」ではないから、そう悪い知らせでもあるまい。夜明けを待って電話をすると師匠が入院したという。病院からの連絡があったそうだが、本人が指示したのなら前回のような意識不明という事はあるまい。詳細は不明だが足の骨折だとも言うし。

当初予定では京都に寄って「来た・見た・解った!分子が織りなす生命メカニズム」も聞く筈だったが、スキップして帰る事に。もっとも「のぞみ」じゃなくて「ひかり」を選んだって事からもわかるように、それほど焦ってはいなかった。

久しぶりの埼玉医科大学総合医療センターを訪ねると整形外科病棟に入院されていた。聞けばプール(の更衣室)で転倒し、大腿骨骨頭骨折で全治三か月とか。幸い生命に別状はないけれど、御本人自己嫌悪のためか「いっそ世界が滅んでしまえば」などと物騒な事を口走っていらっしゃった。

24日まで手術の都合が付かないと言われ、転院する、とも。(実際、13日に転院)

とりあえずプールの運営者に入院先を連絡し、留守宅へ行って郵便物を回収した。

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光る骸骨

分子生物学会年会にかこつけて神戸行きを企てたが、神戸ルミナリエは13日点灯なので、逆立ちしても見る事ができない。そこで地元の人に「昼間に見る価値はありますか」と聞いたところ「白い骸骨みたい」と素敵な回答。遅れてきた青年よろしく心の眼で「こうなのだろう」と補正するのはお得意なので見に行く事にした。11日夜に酔狂な酔客とともに探索。闇夜にほの白く浮かぶ姿を見て想像を巡らす。

12日朝、朝日の下での趣を確認するため再訪問。すると、なんと試験点灯されていた。ラッキー。

luminarie

その後、時間調整のため湊川公園の大楠公像などを見て帰った。

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