3月の肝機能値
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被輸血者保護のため、献血はなんだかんだと制限がきつくなっている。問診項目はやたら多いし、身分証明書の提示や暗証番号の入力も求められる(HIV検査目的で献血するスットコドッコイ対策らしいが、偽名で献血しても検査結果を受け取れないではないか。保健所で無料匿名検査をしてもらえ!)。 しかも過去の回答等がコンピュータ管理されていて、「いつも問診で問題なしとなるから」と申告を省略すると「矛盾あり!」と指摘してくる。
で、制限の一つが服薬。昨年は目薬が原因で採血を拒否された(ステロイド入りだったけど)。
ところが国民病の様相を呈している花粉症のせいで、この時期、多くの人が薬を飲んでいる。中にはステロイド(セレスタミンとか)のように避けたいものもあるが、杓子定規に「服薬中はダメ」とすると事実上、献血できる人がいなくなってしまうようだ。で、近年基準を緩和したらしい。
という話をうすうす聞いていたので、先日献血ルームに電話をして確認した。すると私が服薬中のクラリチン(ロラタジン)は問題ないとのこと。その場で予約を入れ、血小板を提供して来た。
以前に「服薬中はダメです」と断られた献血協力者がこの時期に遠慮している可能性は高いから、「血が足りません」というだけでなく、積極的な情報公開が必要だと思う。
なお、ステロイドを服薬していなくても、症状がひどい人には遠慮していただいているとのこと。そりゃそうでしょう。
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生化学者シャルガフが著した『ヘラクレイトスの火』には、いろいろと面白い話が載っているが、中でも「パーティントン夫人のモップ」は印象深い。
シドニー・スミス師の政治的演説として引用されているので、ここに孫引きする。
(『ヘラクレイトスの火』 村上陽一郎 訳 岩波書店 1990)私は無礼を働く意志はありませんが、改革の進行を食いとめようとする貴族たちの努力を見ていますと、どうしても、あのシドマスを襲った大暴風雨と、その際に卓越したパーティントン夫人のとった行動とを想い出さずにはいられません。一八二四年の冬のこと、シドマスは大洪水に見舞われました。潮位は信じ難い高さにまで上り、波は家々目がけて押し寄せました。あらゆるものが破壊に脅えていました。このとてつもなく怖しい嵐の真唯中で、海岸近くに住んでいたパーティントン夫人が、玄関のところに立ってモップと木型とを振りかざし、そのモップを使って海水を押し出し、たゆまず大西洋を押し戻しているのが見えました。大西洋はいきり立ち、パーティントン夫人の心も振るい立っていました。しかし、この角つき合いが対等なものでなかったことは言うまでもありますまい。大西洋はパーティントン夫人を打ち負かしました。彼女は台所の流し水の扱いや水溜まりの水の扱いには卓越していました。しかし彼女は嵐をひねくり廻すべきではなかったのです。皆さん、騒ぎ立てることはありません。静かに、そして堅実に行きましょう。皆さんはパーティントン夫人を打ち負すでしょうから。
努力は大切だ。人任せにしないで自分でやる姿勢もまた大切。自分より適任者がいる、などといっていると怠け癖がついてしまうというのにも一面の真理はある。
だが、道学者先生があげる努力の例は成功した人ばかり。それはあたかも航海の安全が御利益の神殿に、無事に帰還できた船乗りのお礼奉納品が山積みされているのと同じ(祈願の甲斐なく遭難した連中はカウントされない)。
「病は気から」くるし、O.ヘンリーの「最後の一葉」は真実を語っているが、同時に「病気は気力で治す」は、風邪薬のCMなら笑い話で済むものの、「誤った信念の代償を命で支払う」ことにもつながりかねない。
高潮にモップ一本で立ち向かう! 東洋には「愚公山を移す」という故事があるが「蟷螂の斧」というのもある。昆虫の世界では最強のカマキリも、人間に立ち向かうのは無謀の極み。それなのに、なぜ無駄な努力が賞賛されるのだろうか。愚公の勝利は天帝の介入と言うフィクションが前提なのに。上手く行ったら成果はもらう、失敗したら損害は負ってくれ、という魂胆だろうか。
ところであらためて『ヘラクレイトスの火』の続きを読むと、シャルガフ自身はパーティントン夫人を嘲ってはいない。「私は敗け犬の側につくのが好きなのだ。」 あれ? 20年前にもここは読んだ筈なのに、敗北に向かって突き進むパーティントン夫人の、勇ましくも滑稽な印象しか残ってないのはどうしたことか。
「蟷螂の斧」も、韓詩外伝によれば、斉の荘公は「人であれば天下の勇者」と車を避けてくれたとか。まぁ、相手が本物の虫けらだったから敢えて踏み潰すような大人気ない真似はしなかったのでしょうが。
器の大きな人なら、多少の無茶は評価してしてくれる可能性もありますが...大西洋相手に喧嘩を売るのはやめておきましょう。
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2006年の存亡の機に際し、奇想天外と言うか、意表をつく支援要請(※)で危機を乗り越えた銚子電鉄に乗って来た。
JR某駅からSuicaで乗車。鈍行で揺られて銚子駅に降り立つと、そのホームがそのまま銚子電鉄のホームになっていた。
銚子電鉄の乗車券は車内販売。ということで気がつけば車中の人。切符は買ったけれど、JRの精算はどうなるの?

そんな心配をよそに、電車は終点の外川駅に。駅員に切符を渡して外に出てしまった。出場処理をしていないから、このSuicaは使えないぞ。
ここで心配をしても始まらないので、とりあえず海岸に出て、潮風と波音を受ける。朝は活気に満ちているのだろうが、午後の漁港は長閑そのもの。いいねえ。
犬吠駅まで歩いて戻り、帰りの車中の楽しみに酒とつまみを購入。銚子駅に着くと、次の列車までやや時間がある。いったん改札を出ようとすると、なんと有人。Suicaを示すと「ここは域外」と意外なお言葉。現金精算をして出場し、すぐに切符を買ってまた入場。総額は同じでも、一度に払うと損をした気分。
冷静に考えれば、出場せずにそのまま乗車し、行きの乗車駅とは別の駅で降りたら130円で済んでしまった訳だが、それって犯罪。鉄道に乗りに行って、別の会社とは言えキセルをしたら洒落にならない。次にいく時は銚子までの切符を買って退路を断とう。それにしても、あれだけ宣伝しているSuicaに域外があるとは。銚子ってそんなに田舎なの?
身を潔白にして乗り込んだ帰りの電車も期待に反してロングシート。おいおい、これじゃカップ酒を楽しめないじゃないか。銚子はもう通勤圏なのか。旅情を味わうには特急かグリーン車を使うしかないというのも腹立たしい。東金線や成田線ならボックスシートもあるかなぁ。
銚子駅での指示に従い、下車駅でSuicaの出場処理をしてもらった。
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先週の土曜日(2月23日)は神田の大衆割烹で開かれた落語会を聴いて来た。腹の底から笑いでもしないと身が持たない情勢だったので本当に助かる。
この日、時間に余裕があったので新宿から靖国通りを歩いてみた。春の陽気で、汗ばむほど。そして新宿区なのに意外なほど空が広いことに驚く。と、そこに漁船、じゃなくて空を切り裂くような鉄塔。はじめは放送局かと思ったが、あとでgoogle mapで確認すると自衛隊市ヶ谷駐屯地の施設らしい。
市ヶ谷駅近辺でうっかり外堀通りに入ってしまい、飯田橋駅そばで軌道修正。それでも西神田に着いたのは開場30分前。腹ごしらえをしてから店に向かう。なにしろ、以前の落語会では空腹のまま「親子酒」を聞くという地獄の体験をしているので。
この日の出演は三笑亭可龍(二つ目)と桂平治(真打ち)。二人2席ずつ4席に2時間というたっぷりとした時間配分(通常の寄席は15分くらい)。
平治師匠の平治メモによると一席目の「長短」は満足のいく出来ではなかったらしい。偶然にも、前週のNHK「笑いがいちばん」でこの「長短」が放送されていた。もちろん噺の比較などできるわけもないが、素人にも明白なのはマクラの長さ。平治師匠は気の長い人の話し方をたっぷりと演じていたけれど、短気な職人風の話し方もお似合いだと思う。ま、それは延々とは演じられないけれど。
二席目の火焔太鼓は身振り手振りを交えての熱演。テープやCDなどの音源ではこれは分からない。大名屋敷の庭を通る際の仕草を見て、「松」という言葉が出る前に笑い出してしまった(家を出る前に、太鼓が汚いから縛られて松の樹に吊るされるかも、と脅かされたのを庭の松を見て思い出す様子が伝わってくる)。
なお、「世に二つという火焔太鼓」は言い間違いではなく、火焔太鼓は二つで一対のものであることを踏まえての工夫だそうだ。
可龍さんは最初に「宗論」。いくらキリスト教に帰依したからと言って、あんな外国人宣教師みたいなしゃべり方をするようになる訳はないのだが、際どい内容だから少々誇張した方が安全なのかもしれない。それにしても落語で賛美歌を聞くとは思わなかった(しかも、去年、叔父の没後7年記念会で歌ったもの)。羽織を替えての二席目は「幾代餅」。一席目の反応を見て予定を変えたと言う。さすが。ただ、幾代太夫が一途さに打たれて心惹かれるようになるところが、こちらは筋を知っているから良いものの、ちょっと物足りないような(と、生意気なことを言ってみる)。
会場の隅に父君がいらしたが、別にステージパパという訳ではなくて、以前からの店の常連だそうだ。まったく縁は奇なもの。
高座のあとは酒と料理。大皿料理もいいけれど、ここでは少量多品種が次々と運ばれ、いろいろな味が楽しめる。もしかして、かなり贅沢。
この会がなければ生で落語を聴くことはなかったかもしれないので、誠にありがたい催しだ。次回は6月21日。
この日、大笑いした御利益か、今週(25-29)は運気が上昇したようだ。
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4年前、入試直前に大腿骨を折り、戸板ならぬストレッチャーに乗って大学院を受験した師匠の論文発表会が先日あった。残念ながら都合が付かず参加はできなかったが、学位は無事取得できたらしい。
それにしても、3年間がアッという間に思えるのは、あまりよい兆候ではない。いろいろあったけどね。
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人間ドックの結果が届いた。気になっていた糖ヘモグロビン(HbA1c)値は正常範囲内。少なくとも過去3か月の血糖値はそう高くなかったようだ。
しかし胃にびらんが見つかった。ははは、荒れてるねぇ。
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ふと自分を鼓舞したくなって「ワルシャワ労働歌」の音源を探してみた。
すぐに見つかったのはなんとポーランド語版だった(題名から分かる通り、ポーランドで作られた歌)。
日本語の歌詞は鹿地亘の手によるという(この人は占領中に米軍情報機関に拉致され、スパイになるよう強要された)。
ところが歌詞は2バージョンある。ご存じの人も多いだろうが、敵の嵐は「荒れ狂う」と「吹きすさぶ」(以前、「荒れすさぶ」というのも目にした覚えがあるが、漢字で書くと「荒れ荒ぶ」なので「吹きすさぶ」になったのだろう)。
「狂う」が精神障害者への差別ではないかという議論の影響らしい。時計が狂う(=時刻が不正確)も差別発言として糾弾されたという話を聞いたことがある。それに対して「そんなバカな」などと言おうものなら大騒ぎだったとも。1980年頃だろうか。
82年に死去した鹿地が、そんな議論を受けて訳を書き換えたとも考えにくい(そもそも対立する党派の主張だし)。ということは誰かが気を回して著作者人格権を侵害している、ということだろうか(少なくとも鹿地訳として載せるのは問題)。
それはさておき、能天気に胸をジンとさせていた「今や最後の闘いに 勝利の旗はひらめかん」の部分、考えてみれば「負けたら最後」という闘いは歴史上いくらでもあったろう(そして負けてしまったことも多々)。だが、「これに勝てば千年王国成就」というようなありがたい闘いはなかった。勝っても勝っても新しい敵がしぶとく出てくる。しかも旧敵がよみがえるだけでなく、かつての味方が敵になることもあった。いや、自分自身が当の闘いの相手と同じになってしまうことさえ...
かつて口ずさんだ戯れ歌が無難かもしれない。
取手の上に 我らがキセル 築き固めよ こっそりと (詠み人知らず)
(実際にキセルをした訳ではありません。「できるなぁ」と理論的に?検討しただけで。)
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口で食べる、というのは却下。
ナン(naan)はインドなどのパン。竃の内側に貼付けて焼き、独特の形をしている。
カレー屋やインド料理屋でお目にかかり、気に入っている。最後に皿を拭うのにも使えるし(米飯だとそうはいかない)。
しかし食べるたびに思うのだ。焼きたては熱いし(冷めたら味が落ちる)、かなり頑丈で容易にはむしれない。どうやって食べたものか。
しかもインドでは左手は使わないというではないか。両手でさえ裂くのに四苦八苦している者としては信じられない。さがすと「右手の人差し指でナンを固定して、親指を手前に引いて、ナンを小さく裂く」とか「人差し指以外の指でナンをつまみ、人差し指を伸ばしてそれをつっかえ棒にして、つまんだナンを手前に引くようにして」とかあるが、よくわからない。
どこかに動画で解説はないだろうか。
(ナンは縦には裂きやすいことを発見したが、インドでの食べ方には関係しないようだ。)
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