2017/04/24

献血ルーム巡り20(長野県・長野献血ルーム)

NAVER まとめに取り上げられた献血ルーム巡り、第20回は静岡県コンプリートを先送りにして長野県の長野献血ルーム

計算では「雪の回廊」を回っても午前中の受付終了時刻(成分献血は12:30)に間に合うはずであったが、志賀高原から前をずっと制限速度遵守のバスが走行して大名行列を作ったり、駐車場の位置未確認が仇になって長野市内で道に迷ったりで、受付に飛び込んだのは12:35。「400mLならまだ間に合います」と言われ、一瞬とある目論見が脳裏をかすめたが、「14時まで待ちます」と答えて受付と機械問診を済ませて昼食を摂りに。落ち着いて考えるとここはこちらの都合ではなく血液の需要に合わせた判断にすべきであった(一般的には全血よりは成分献血が歓迎されるが、太田献血ルームでのようなこともある)

ざるそばと麦とろ飯のセット。小皿で野菜天ぷらが。 食事は成分献血前に脂っこいものはダメと分かっていたのになぜか天ぷらの付いたそばセットを頼んでしまう。天そばを避ける分別はあったのだが、麦とろご飯とそばに目を奪われ、小皿で天ぷらが付いてくることを失念し... で、残したら作った人に失礼、なんて気遣いまでしてしまい完食。少量だし、すぐには血中には出ないだろうと正当化。いけませんね(幸い事前検査で遠心分離させたところ問題なし判定)

手首に巻かれた紙テープには23という番号が手書き戻って受付番号23の記された紙テープを右手に巻きつける。この日23番目の献血者ということだろう。一瞬、少ないようにも思ったが、平均して1時間に6人以上だから、混雑とまでは言えないが閑散というほどでもない。


長野献血ルーム

まずは施設概要。

所在地
長野市鶴賀問御所町1271-3 TOiGO WEST 2階
アクセス
JR長野駅善光寺口より徒歩約10分
長野電鉄市役所前駅より徒歩約3分
バス「昭和通り」下車
上信越自動車道 長野I.C.より約20分(TOiGOパーキング長野まちなかパーキング利用可)
受付時間
全血献血 9:00〜13:00/14:00〜17:00
成分献血 9:00〜12:30/14:00〜16:30
ベッド数
10
ロッカー
30(小20、中10)
自販機
飲料2台(紙コップ式)
新聞・雑誌類
ウェルカムスペースには閑静な門前町の風情と温かさを演出する中庭を設置。待合室は自然素材をふんだんに使い、やわらかく明るい雰囲気です。シンプルな造りの壁面部分には、『献血×アート』というテーマのもと、長野県内を拠点に活動する作家・アーティストの作品を展示しています。イラストや絵画のほか、陶器やガラス、金属を使った立体作品が展示され

とあるように細長い待合室は明るく、全体に木調で、なんとロッカーの扉も木製(扉を壊すような本式の窃盗は想定する必要はないからか)。また壁には油絵(tomoi artsというサイン)がかかり、壁際の棚には工芸品が陳列されていた。奥の壁にはシェアフォトと題しスナップ写真を集めた額が2つ掛かっており、中には採血中の姿も。

トイレ

14時の業務再開を待つ間にトイレチェック。ご婦人用の内部は分からないが、男性用のトイレは廊下に面した木の戸を引くと突き当たりに洗面台、右手に温水洗浄便座が1つという構造。朝顔(小便器)がないのは採血後の立位での排尿を防止するためか。といっても「座位で」という注意は見当たらず。便器が斜めに設置されていたのはスペースの関係だろう。便座から立ち上がると自動で洗浄されるのは便利だが、普及前にこれに慣れるとよそで流し忘れをしそうで怖い。

非常呼び出しボタンはL字手すりより低い位置に。壁にはL字手すりが取り付けられ、非常呼び出しボタンは低い位置にあって先に気分が悪くなってしゃがみこんでも押せるように配慮されていた(外から解錠できるのかな?)。トイレ内の洗面台にも消毒剤とペーパータオルが完備。


受付・問診

3つの確認とタッチパネルを使った問診は食事前に済ませた。普段だとここでセルフで血圧測定となるのだが、ここでは医師による測定だった。1回目は収縮期血圧が140を超えてしまったところ優しく「測り直しましょう」と言われ、深呼吸をして心を鎮めたところ117に。これには医師もびっくり、二人して笑ってしまった。ちなみに許容される上限値はいくらか聞いたところ、チェックしているのは最高血圧が90mmHg以上あるかだけだという(さすがに180超とかであれば見合わせるとも)。そういえばどこかの献血ルームの血圧測定器のそばにお断りする数値は書いてあったな。

(続く)

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煙となんとかは高いところが好き

昨年、意を決して出かけたのに天候のせいか期待はずれに終わった雪の回廊を、今年も懲りずに見に行った。

今回は冬季閉鎖の終わった当日。ただし前回とは逆に群馬県側から登った。

展望用駐車場から見た国道292号の両側に雪は積もっているが斜面の地肌も見えている

「去年よりは雪は多いけど、まぁこんなもんかなぁ」と半ば諦観しながら運転していくとどんどん両側の雪が高くなる。そしてついには完全な「雪の回廊」に。これは来た甲斐があった。

道の両側に高さ5メートルほどの雪の壁。歩行者もいる。

しかしながら立山黒部アルペンルートのような壮観を期待してはいけない。

煙となんとかは

展望用駐車場に立つ「日本国道最高地点 標高2,172m」のプレートのはまった石碑

なんとなく「雪は一番高いところに多い」と思い込んでいたが、一番高いところの北側に雪は多く残っていた。というわけで、日本国道最高地点(2172m)を過ぎ、渋峠ホテル(ここで食事をし、長野と群馬の県境にまたがった写真も撮る予定であったが)の前を通ったところでドライブレコーダーの動画上書きを防ぐために予備のメモリーカードに差し替えた後にまた素晴らしい雪の回廊が現れたが後の祭り。

このあと長野市内で用を済ませてから戻ってきた。火山規制のため17時で白根山のそばを通る道路は閉鎖されてしまうので万座から軽井沢へ抜けた。こちらにも道路の両側に雪の壁がそそり立つ場所があった。

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2017/04/20

夜ノ森の夜桜

福島県富岡町の夜ノ森地区は桜の名所だった。震災のため開催されなかった2011年の桜まつりに関する記事に由緒や規模が書かれている。原発事故の影響で富岡町は長らく居住が制限されていたが、2017年の4月に一部を除いて解除され、桜まつりも(会場は変更し、期間も短縮されたが)7年ぶりに開催された報道では桜まつりとなっているが、町の広報では「富岡町復興の集い2017」の一環としての桜イベント、当初は午後だけの予定だった)

桜並木のライトアップが復活したという記事を見て、祭り当日は無理でも、ご祝儀がわりに見に行こうと思い立ち、旧師Aを誘って10日に出かけてきた。

常磐道を北上

歩道の植え込みに咲くサクラ

旧師Aには走行中の写真撮影をお願いした。練習に撮影した友部サービスエリアのサクラ。

帰還困難区域を通る常磐自動車道には沿道に空間線量が表示されている。2年前に通ったときの最高値は5.3μSv/h(毎時5.3マイクロシーベルト)だったが、今回は3.4μSv/hとかなり下がっている。それでも放射能汚染の問題に関心のある人なら驚く数値(ちなみに役所が送ってくる某市の空間線量測定結果は0.03-0.06μSv/hなので50-100倍の値)だが、旧師Aはピンと来ない模様。

国道6号を南下

せっかく東北まで足を延ばすので、まず道の駅そうまへ行って震災伝承コーナー(PDF)を見学(ここは以前にも来ており、ひしゃげた道路標識等(こちらのブログに写真あり)を旧師Aに見てもらうため)、次に南相馬市の小高地区でハッピーロードネット(ふくしま浜街道桜プロジェクト)に植樹してもらったサクラの苗木を探したが、これは見つけることができなかった。停車できる場所を見つけては苗木についているプレートを見に行って番号を確認するのだが、番号が近づいたと思っているうちに気がつけば隣接する浪江地区になってしまっていた。暗くなりかけていたこともあって戻るのは断念し、そのまま国道6号を南下することに。

「ここまで津波が来た」「“獣に注意”の道路看板は以前は“牛に注意”だった」「放れ牛は回収されたが、今は野生のイノシシが出没する」「人を恐れることを知らないイノシシなので結構危険」と運転しながら解説していたところ、なんと前方路上にそのイノシシ発見! 運転中の撮影をお願いしていた旧師Aは「撮って撮って」と促しても反応できず、幸い渡りきって路外に出た脇を通過。考えて見れば後続車はなかったのだから停車して自分で撮れば良かったし、ドライブレコーダーの映像(帰宅までに上書きされた)も途中でiPod touchに取り出すことはできた。やはり長距離運転で疲れていたのだろうか。

富岡町の一部は帰還困難区域なので立ち入ることができず、カーナビの指示に従えない。もう通れるかと思って右折車線に入ったらやっぱりその先にはバリケードが。やむなくバリケードの前まで行って、警備の人に道を聞くと「自分、地元じゃないもんで」と頼りない。再び6号を南下。途中、赤色の誘導棒が振られているので何かと思ったら自動車が衝突したのか信号柱が交差点に倒れていた。

サクラのトンネル

そんなこんなはあったが、なんとか富岡第二中学校の脇の桜並木に到着できた。さて、どこに駐車できるか? 幸いにも警備員が立っていたので尋ねると「駐車場というのは特にない」とキッパリ。「おおっぴらには言えないが」という指示に従い××に駐車。このお宅の住人が戻られたら、場所を借りたお礼を述べ、できれば一緒に花見をしたいもの。

道路の両側に桜並木が続き、下から照らされている。

平日のせいか人通りはほとんどなかった。サクラ自体も満開にはもう一息という感じ。だが、それが良いという見方もできる。

枝先の花と蕾のアップ

役場の判定によれば五分咲き。旧師Aによればサクラの花は幹に近い方から咲くという。

道路右側の歩道に並ぶ照らされた桜の木

ライトアップはたぶんハロゲンランプ。手をかざすと暖かかった。右のシルエットが旧師A。

ストロボを焚くと花はかえって暗くなる。樹の前に立つ男性一人。

ストロボを焚くとこんなに雰囲気が変わる。

「休憩所 ご自由にご使用ください。」という立て看板。

休憩所とトイレは用意されていたが、期待していた屋台は出ておらず、地元への経済的貢献はまた今度。

道を塞ぐバリケードと手間にある「この先 帰還困難区域につき 通行止め」の看板。

ライトアップ再開のニュースにも書かれていたが、桜のトンネルの大半は帰還困難区域になっている。

バリケードの隙間から覗いた向こう側は遠くの交通信号が灯るだけの暗闇。

バリケードの向こう。また来るぞ。今度はこの先へ(こっちはライトアップされてないから明るいうちに着きたかったのだが)

中学校の校庭にリアルタイム線量計があり、赤い文字が闇に浮かぶ。

富岡二中の校庭に怪しく光る線量計(たぶんリアルタイム線量計)。数値は0.354μSv/h。気にする人はない。というか人がほとんどいない。

ちなみにこの値は、その場に1時間いると0.354マイクロシーベルトすなわち0.000354ミリシーベルト被曝(四方八方からγ線が飛んで来るような状況では、実際に被曝する実効線量は空間線量より低いことが知られている)する。24時間ずっといれば0.008256ミリシーベルト、1年間いれば3.01344ミリシーベルトになる。ただし自然放射線コミの値。700年いれば2シーベルト超になって造血器に障害が出て(これを確定的影響といい、100人が被曝すればほぼ100人に現れる影響だが全身へ短時間に被曝が前提)骨髄移植が必要になる計算。しかしこれは非現実的。30年でおよそ100ミリシーベルトになり、これは致死的ながんの発生が0.5%増える被曝量と言われている(何も無い時が25%なら25.5%に上昇)。200人が100ミリシーベルト被曝すると、がんで死ぬ人が1人増える勘定。残り199人には明瞭な影響が見られず(放射線以外の原因によるがんで死ぬ人はいる)、誰に影響が出るかは分からない(これを確率的影響という)

なお、便宜的に30年間放射線量が変わらないという前提で計算したが、セシウム134の半減期は約2年、セシウム137は約30年なので、30年後には半分以下になっている(6年経った時点で既にセシウム134は事故当初の8分の1近くまで減っており、今後の減少にはあまり寄与しない)。また建物の中に入れば壁や床による遮蔽により被曝量は減り、さらに雪が積もっても遮蔽になってその期間の線量は低下する。

道の片側だけに続く桜並木。

夜ノ森駅西側道路のサクラ並木。地元じゃないせいか、警備の女性は行き方を間違えて教えてくれた。だいたい富岡駅じゃなくて夜ノ森駅だし(富岡駅はずっと南。また駅舎のある東側は帰還困難区域で立ち入り禁止)。しかしGoogleストリートビューで予習してきたおかげで袋小路で立ち往生することもなく無事到着。

山盛りの刻みキャベツの上に揚げたメリカリ6匹が載った皿を中央に左手に飯茶碗、右手に味噌汁椀、新香、味噌の小皿が載ったトレイ。

帰途、四倉パーキングエリア(上り)のよつくら亭で食した目光唐揚定食。これは奢っていただいた。評判通りの美味。

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2017/03/29

柿田川公園散策

昨秋(2016年)、静岡県の柿田川公園に行った。本当の行き先は柿田川献血ルームだったのだが、午前中の受付に間に合わなかったため時間調整に訪れた次第。システム的には古い日付でのアップも可能だが、柿田川献血ルームの記事はスタートの「献血ルーム巡りへトラックバックするので、真の投稿日が分かってしまう。というわけで小細工は止め、十日の菖蒲といくことに(菖蒲は六日でも出遅れ)

当日のツイート

入り口

高さ1メートル、幅3メートルほどの石積みの山

正門から入ってすぐの広場にある公園名のプレート。

公園の駐車券

駐車場は普通車で200円。清水町民は普通車無料。また障害者手帳を提示すれば無料になるという。

第一展望台から

木々の間から池が見える

湧水群。

手前から幅数メートルの川が流れだすのを上部の展望台から望む

流れだす柿田川。

手すりのついた、20段以上ある石階段

第一展望台から戻る上り階段。かなり急である。

展望台への階段の降り口で左側の手すりにかけられた杖。握りの部分に「譲り合い思いやりのつえ」と貼ってある。

階段上部に用意された「譲り合い思いやりのつえ」。

第二展望台から

折れ曲がった階段の先に展望台が見える

第二展望台。

展望台へ降りる途中で柵越しに柿田川を見る。

第二展望台への途中から見た柿田川の流れ。


木々に囲まれた直径10メートルほどの池を展望台から覗き込む観光客

第二展望台から見下ろす。水辺に「お願い」という木札が立てられている。

水の中に直径5メートル程の深い穴があり、そこから水が湧き出ている

この井戸から水が湧きでて流れ出す。

水辺に立てられた「コインを投げないで」というお願いの立て札。

「お願い この水は、飲料水として利用しておりますので、コインは投げ入れないで下さい。明るい社会をつくる運動協議会清水町支部」。読みようによっては「湧水へ投げ入れないで、私にください」とも。というのは冗談だが、公園の整備は税金で行うのが筋ではあるものの、民間が寄付金を利用すれば弾力的に対応できるというメリットも。

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2017/03/27

献血ルーム巡り19(静岡県・献血ルームあおば)

いろいろあって間のあいてしまった献血ルーム巡り、第19回は静岡市にある献血ルーム・あおば。前日の22日に電話をして空いていることを確認し、乗用車で赴いた。

献血ルーム・あおば

まずは施設概要。

所在地
静岡市葵区七間町8-20 毎日江崎ビル6階
アクセス
JR静岡駅北口より徒歩約15分
提携駐車場に限り、駐車券提供
受付時間
全血献血 10:00~13:00/14:00~17:30
成分献血 10:00~12:00/14:00~16:30
ベッド数
16
ロッカー
45
自販機
飲料2台(紙コップ式)
新聞・雑誌類
新聞および週刊誌(ラック2面)
DVD(棚4段)
大判雑誌(棚4段)
コミック類(棚8段)

こちらもGoogleストリートビュー(SV)で内部を見ることができる。

しかしGoogleマップは、「自動車で行くなら東名高速の清水ICで降りて」という不適切な情報で惑乱させてくれたので恨みがある。1つ先の静岡ICまで行った方が早く着けた!(280円高くなる) でもまぁ、午前の受付時間終了ぎりぎりに間に合ったので許す。カーナビの指示に従わなかった(降りろと言われないのにICを降りた)私にも非はあるし。

受付・問診

とにかく12時前に受付をしないと2時間待たされる、というので息せき切って飛び込んだのが11時50分頃(駐車場の入庫時刻が11:46)。カウンターの中には女性が一人。献血カードを渡し、3つの同意事項(副作用に関するもの、健康などに関するもの、研究利用に関するもの、で合ってるか?←うろ覚え)の確認。書類の更新日を見て、前回と同じだから読まなくても理解という態度でいたら、明確な承認を求められた。これは受付の女性が正しい。

荷物をロッカーに入れ、セルフで血圧を測るよう言われたが、自然の呼声が強かったため、いったんトイレへ。戻ってから血圧を測ると、膀胱を空にし、深呼吸をして緊張をほぐしたにも関わらず、上がI度高血圧の領域に入っている。しかし見咎めれることなくタッチパネルでの問診へ。今までなかった回答ミスがあって嫌な感じ。受付番号は13番。平日昼間はやはり少ない。待合室で水を飲んで待機(万一、検査などで弾かれると−−過去に経験がある−−〈飲み逃げ〉になるので決定するまでは遠慮)する。

トイレ

ドアに貼ってある「献血後のトイレは坐位にて行ってください。」というお願い。

トイレはビル共用で、これは前橋などと同じだが、今までと違い、気分が悪くなったときのための非常呼び出しボタンも「男性も採血後は座位で」という注意もなかった(献血ルームのドアには貼ってあることにSVを見て気がついた)。便座クリーナーを備えていても、L字手すりもベビーキープもなかったのは公共の建物として問題だと思う。隣のテナントは放送局(株式会社シティエフエム静岡の「76.9FM-Hi!(エフエム ハイ!)」)だし。

検査・心電図・医師問診

呼び出されて事前検査用の採血。続いて前回の測定から1年が経過していたので心電図をとる。電極をつける看護師が胸にある掌大の発赤に気づく。長い付き合いなので意識の外にあったけど、そういえば湿疹ぽいのができている。申し送りを受けた医師が診て問題なしとされたので成分献血確定。看護師は恐縮していたが、現場は注意深い方が良い。

採血

献血事業は日本赤十字が行っているが、やり方は各県赤十字、また各献血ルームによって微妙に異なる。着目点の一つが看護師の手袋。医療用の手袋を着用している場合が多いのだが、中には使用しない看護師や、指先の触覚を重視するのか先端を切除した手袋を使用する看護師も見たことがある。某センターでは、担当したのが手袋もつけなければ手指消毒もしない看護師でハラハラした経験も(とはいえ、無菌操作のベテランはブンゼンバーナー1つで完璧にこなし、不器用な学生は無菌箱を使ってもコンタミさせるので、これだけではなんとも言えない)。で、この献血ルーム・あおばの皆さんは、なぜか片手にだけ紫色の手袋をつけた人が多かった。そして手指の消毒はこまめに行なっていた。半袖の職員が多いことに気がついたが、今まではどうだったかな?

採血ベッドは8番(番号はベッドに大きく表示)。靴を脱いで上がったが、ふと気づくと14番のベッドの男性は靴を履いたままだ。一方、5番の女性は靴を脱いでいたし...謎だ。ベッドテーブルの上には普通「レッグクロス運動の案内」とか献血後の注意事項とかが載っているのだが、ここではなし。腕を温める温パックも握り棒もなし。始めたのが12時半近くだったためか、採血中に「まだ時間がかかりますから」と待合室の自販機から飲み物を持ってきてくれた(ホットココアを所望)。そういえば柿田川でもベッドに飲み物を持ち込めるようカップホルダーが用意されていたっけ。

今回の提供は血小板。特に断りもなく、またカルシウムウエハースもなかったので10単位だろう。約50分で終了。血圧測定は看護師が直々に。収縮期血圧は低すぎず高すぎずの112という値に「普段からこれなら」と口をつく(拡張期血圧は失念したが70台だったか)。消毒用ヨウ素を拭うのはハイポ。

採血を終えて

献血と書かれた看板を持つ「けんけつちゃん」と、血液型の書かれた4つの風船を持つ「ナース・キティ」と「クロクマ」が並んだクリアファイル

13時を過ぎると全血献血の受付も終わり、ルームの中のドナーは私一人。受付の女性も休憩に入ったのか、献血カードを返してくれたのは男性の、おそらく管理職。記念品は歯磨きとボールペンと鼻セレブから1択(PILOTの2色ボールペンを選択)、それにクリアファイル。これはNurse Kitty ×Kenketsuchan ×Crokumaというまったくクリア(透明)でないファイルだが、好きな人は喜びそう。

駐車券は2時間分。静岡県赤十字のポイントカードは持っていたが提示しなかったところ新しく作ってくれた。前回の2ポイントと合わせて5ポイント(今回1ポイント多いのは午前中の受付だったから)となり、10ポイントが現実的になったのでにわかに意欲が出る。次はちゃんと予約しよう。

この日はタッチパネル問診で「薬を飲んできた」と回答したり、終了後に休憩室で何を飲んだか記憶になかったり、ルーム外観の写真を撮り損ねたり、いろいろと調子が変だった。街中でゆっくり食事をするつもりだったのに、ナビに誘導されるままに高速道路に入ってしまうし... さすがにすぐ日本平パーキングエリアに入って昼食にしたが、このときも箸を取り忘れる、箸を取って席に戻ってから卓に酢も醤油もないことに気づいてまた配膳口に行くという間抜けっぷり。しかし幸いなことに無事帰宅できた。次の浜松はJRを使うのが賢明か。

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献血ルーム巡り18(静岡県・柿田川献血ルーム)

献血ルーム巡りはいよいよ静岡県に着手。実は去年(2016年)の11月18日に済ませていたのに、なぜか記事にするのが遅れに遅れた。というわけで大急ぎで。

柿田川献血ルーム

まずは近いところから、というわけで三島市の隣、駿東郡清水町にある献血ルーム 柿田川に向かう。施設の概要は以下の通り。

所在地
駿東郡清水町伏見58番地の26
アクセス
JR三島駅よりバスで約12分
自動車の場合はサントムーン柿田川駐車場を利用
受付時間
全血献血 10:00~13:00/14:00~17:30
成分献血 10:00~12:00/14:00~17:00
ベッド数
12
ロッカー
小型24、中型13
自販機
飲料1台(紙コップ式)
書籍類
書棚6面(ほとんどコミックだが雑誌とDVDも)

新しい感じの明るくて清潔な印象のルームである。なんとGoogleストリートビュー(SV)で内部を見ることができる(上記の概要のうちいくつかはSVで確認)

実はこれ、次の献血ルーム・あおばへ行った記事を書いていて気がついた。なお、SVで建物の上階に進みたければ、階段やエレベーターを虚しくクリックするのではなく、画面右下にある数字が階数を示しているのでそれをクリックするということは今知った。

湧き水へコインを投げ入れないで、というお願い立て札

この日はカーナビが旧いことを失念したためインシデントに巻き込まれ、午前中の受付終了時刻(12:00)に間に合わなかった。そのため柿田川公園を巡り、サントムーン柿田川(看板のロゴを見て分かったが「太陽sunと月moon」である!)で昼食(血液が乳糜状にならぬようツナと大根のパスタを選択)を済ませたが、それらの詳細は割愛。

受付・問診

14時を待って入室。手続きはいつもと同じ。ちょっと変わっていたのが問診用タッチパネルで、大概のところは斜めなのだがここはほぼ水平に置かれていたSVで確認できる)。そして、そのために画面の「いいえ」と「次へ」の部分は他と反射が異なることに気がついた。頻繁にタッチされてすり減ってしまったのだろうか?

セルフの血圧測定結果は収縮期が149という不本意な値。息せき切って駆け込んだ直後なら分かるけれど、今回はしっかり休憩した後だというのに! が、受付嬢は「大丈夫です」と。受付番号(手首に巻かれる紙テープに書かれている)は29。

事前血液検査と医師問診も問題なく進み、湯たんぽの入ったアームカバーのような袋で腕を温められる。採血の用意を待つ間にトイレチェック。

トイレ

並んだ小便器の間の壁に取り付けられた非常呼び出しボタンは膝ほどの高さに。

トイレはビルの共用部なので献血ルームの外。男女は別れており、自動水栓とペーパータオルが備えられていた。男性に座位を促す注意書きはなかったが、朝顔の間にある非常呼び出しボタンの位置は低く、しゃがみこんでも押すことが可能。一方、個室にL字手すりは備わっていなかった。

20単位

休憩室に戻って待っていると看護師がやってきて「1時間かかっても良いですか?」と問う。構わないと答えると「いま機械を用意するので、これを飲んで待ってて」とカルシウム飲料を渡された。機械が足りなくて遅い旧式機を引っ張り出すのかと思ったが、違う、20単位だ!

奥のベッドへ案内され、靴を脱いで上がる。折を見て20単位かと聞くと、血小板が多いからと認め、ウエハース大宮献血ルームでの高単位血小板献血参照)持ってきますか、とも。

レッグクロス運動は5秒×5回×2がワンセットと今まで聞いていたのよりハードな説明。やっている途中で回数が分からなくなるので適当に。およそ65分で終了(15:45)。

採血を終えて

定番の「お願い!」や「今一度、ご確認をお願いします!」(検査をすり抜けやすいハイリスク行為に心当たりがあったら今日中に匿名電話をくれたら黙って捨てます)や「同意書」に加え、記念品(3択の中から筆記具を選択)とポイントカードを貰って辞去。

予定より遅くなっていたので感傷旅行は取り止めて真っ直ぐ帰宅。やっていたら交通事故とかのろくでもない目に遭っていたかもしれないし、心の奥底に仕舞っておくのが正解。でも丸正事件の現場は回っても良かったかも。

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2017/01/08

2017年を迎えて


差し出した年賀状。水族館のガラス越しに、上からトドが覗き込んでいる図。

トリ年じゃなくてトド年、という駄洒落は後から思いついた。差し迫ったToDoはないものの、備えある者に運命は牙を剥く、というわけで年賀状は「進捗どうですか」(ハガキに印刷したものは、フォントがMS明朝という痛恨のミス)。

2016年を振り返ると

1年を振り返ると、いろいろあったようなアッという間に過ぎたような。Twilogをみると2016年は11,729ツイート、月平均977も囀っていたことが分かる。さすがにそれをトレースするのは疲れるので、デジカメで撮った写真を広げてみた。

睦月

1月の出来事では、まず17日の「アクアマリンふくしま」への遠征。特急ひたち号の座席システムとか調べラボ(「たべらぼ」と読む)とかエピソード満載。ちなみに年賀状に採用したトドの画像はこの時に撮影したもの。

如月
車道の真ん中を昂然と歩く毛糸の帽子をかぶった男性
テーブルに並ぶプラスチックコップに注がれた黒ビールとずんぐりとしたビール瓶

2月には旧師Aからチケットを貰ってコピスみよしで開かれたザ・シンフォニエッタみよし第3回特別演奏会を聴きに行った。ホワイエで地ビールを飲んで地域貢献。

また「知らないではもったいない!!! 米を食べて、治す・予防する研究が進んでいる」という講演会聞きに行った。この年は他に「遺伝子組換えの現状と未来を考える」「遺伝子組換え問題の実情と日本」にも参加。前者はまだ研究者も呼んだ両論併記だったが、後者は「日本のGMO反対運動は世界の周回遅れ」だというガチの反対派を呼ぶというので、蓋然性の低い健康被害とは違う話が聞けるだろうと期待して知人も誘って赴いたところ、deleted for courtesy reasons(礼節上の理由により削除)

弥生

月刊「細胞工学」最終号表紙。「35年間 ありがとう ございました」と大きく縦書き 3月1日、「細胞工学」の最終号を購入(1日に買えるなんて、としんみり)。表紙の「35年間ありがとうございました」に衝撃を受ける。もうそんなに経っていたのね。

大教室の演壇脇でピンマイクの調整をする男性(Y教授)。最前列には小柄な男性(S元教授)が。

また市役所ホールで開かれた「所沢市民活動見本市」を抜けだして、卒業した大学で開かれている退官記念講演へ。実際に師事したS教授はだいぶ前に退官され、在学中には助手だったT博士も2015年に退官されており、この日の主役Y教授には指導されたことがないのだが、「酒を注ぐとき、飲み切るならラベルは下向きで構わない。上だったら“全部は飲まない”というサイン」という非常に大切(?)なことを教えていただいた(SDS-PAGEの話は、当時は笑い話で済んだけれど、今ではFFPと言われかねないので封印)。大学に着くとS元教授とバッタリ(T教授の最終講義の時もそうだった)。「君も勉強熱心だな」と誉められたけれど、別に勉強しようという殊勝な心掛けというわけではゴホンゴホン。先生は会場に入ると最前列へ、私は後ろの方でひっそりと。Y教授はというと、昔日の面影は残すものの白髪が増え、これが時間の作用というものか、と慨嘆。

県赤十字血液センターから「献血ご協力のお願い」というハガキが届き、追っかけるように電話がかかってきたので成分献血を予約。行ってみると20単位を採取できる新型(?)機械を導入したとかで、PC Premium Clubへの入会を依頼された。PCってのはPlatelet Concentrates:濃厚血小板のことかな?(まさかPenile cancerでもあるまい)。通常の血小板献血よりも体内に入るキレート剤(凝固防止剤)が多いそうで、カルシウム入りウエハースを渡された。これは初めての経験。ちなみに11月に献血ルーム・柿田川に行った際、時間がかかっても構わないかと妙な確認をされ、機械を準備するから少し待っててと渡されたのがこのウエハース。そこで「20単位?」と聞くとアッサリ認めた。どうやら数値が良かったらしい。

ビルの角に「三陸の台所 越喜来や」という墨書きの木の看板

月末にあぶく銭が手に入ったので、パーッと使ってしまおうということで、かねてより気になっていた越喜来やへ行き東北の海の幸を堪能。次は大塚にある「大塚みちのく」だ(といいつつ、とうとう年内には行かなかった)

卯月
献血ルームのドア前に掲げられた看板 ペットボトルのラベル。天然の微炭酸水と書いてある。

4月、献血ルーム巡りは群馬県に。太田献血ルームで400mL提供した帰りにPAで奥会津の「和みの炭酸水」を購入。

歩道に列を作って銀座熊本館への入館を待つ人々

面接(結果は不採用)で東京へ出たついでに、熊本地震被災者のために何かしようとアンテナショップ「銀座熊本館」に立ち寄るも、平日だというのに行列が店外まで伸びて入場規制がかかっていた。古着とか中途半端な物資を送るよりは被災地の産品を購入する方が支援になるという認識が広がったのなら慶賀。球磨焼酎セットその他を購入。

大きく「うみラボ」と写されたスライド

5回目のふくしまの話を聞こう。初回以来転々とする会場、今回は定員45名とこじんまり。お話はいわき海洋調べ隊うみラボ共同代表の小松理虔さんと兼松商店さんけい鮮魚店の松田幸子さん。

国道脇山側にできた高さ5メートルほどの雪の壁(でもその先には斜面の草地が見えている)

走ってみたいと思いつつ、毎年気がつくと時期が終わっている「雪の回廊」。今回は国道292号の志賀草津ルートの開通(4月22日)直後に行くことができた。生化若手の会の第25回夏の学校会場となった白樺荘、第27回の会場となったホテルニュー志賀の前を通り、グングンと登って峠からの眺望も堪能。が、残念ながら期待した光景は見られなかった(天候依存なのでやむを得ない)。この写真自体だいぶ盛っていて、実際は雪の壁は片側だけという有様。ニュースの写真を見ると(「続きを読む」をクリックすれば読める)、嘘にならぬよう苦労して撮影しているさまが忍ばれる。

皐月
水平線上にたなびく雲の上に出た朝日

5月、思い立って日の出を見に行った。「世界一大きなトイレ」にも立ち寄ったが、撮影を依頼できるご婦人を同伴しなかったので外から眺めるだけ。ただ、花で飾られた昔日の面影はないようだ。

水槽の中には水草と金魚

NEETなのでNII、というわけではないが情報学研究所のオープンハウスを覗きに行った。このとき見た水没コンピュータは、なぜか初夢に出てきた。

水無月
映画館のポスター

6月、ポレポレ東中野で映画「さとにきたらええやん」を見る。きっかけは忘れた。年末の映画会で上映するものを探していたからだろうか。プログラムを購入し、重江監督にサインをもらう際「地元での映画会の上映候補に提案します」と言ったところ、幸いにも12月の自主上映会として実現した。SHINGO 西成の音楽は癖になる。「心とフトコロが寒いときこそ胸をはれ(夏よりは年末向き)

聴覚や視覚に障害があっても映画を楽しめるように日本語字幕や音声ガイドを用意したノーボーダー上映会」というものを体験。会場に行った際「この街にはこんなにも障害者がいたのか」と驚く(はっきり言って、われながら不見識)

ガラス鉢に盛られたゴマと細切りしたハモの皮とキュウリを和えた物

月末に前述の deleted for courtesy reasons なシンポジウムを聞き、元FBIOの会員と連れ立ってお口直しに神保町の「なにわ」へ行ってハモ(の皮)を食す。飲み過ぎたせいか、終電で乗り過ごし、深夜に徒歩で1時間という失態。

翌日、かつて「核実験ができそうな」蕎麦屋とネットで紹介されて気になっていた朝霧高原の実紀亭に、「早く行かないとなくなるかも」と思って出かけたところ、なくなっていた。今でもGoogleSVでは看板が確認できるけれど、現地に行くとすっかり撤去されている。

文月

7月になって4月の400mL献血から3か月経ったので(本当は2か月経つと成分献血は可能だった)献血ルーム巡りを再開。まず高崎で七夕献血、翌月に前橋へ行って群馬県はコンプリート。高崎駅には郡山駅と同じ切り欠きホームがあるだけでなく0番線もあるという小さな発見を楽しむ。

展示中の触れるラブドール(ノースリーブを着た若い女性そっくりの人形)

新聞記事に触発されて神は局部に宿る」という展示会を見に行った。入場料を払うと受付の女性がにこやかに「テンガさんからです」と赤い小物を渡してくれて、嗚呼自分はZeitgeistから取り残されているなと実感。

葉月

8月、前橋で献血を終え、昼食をとるため市内へ。けやきウォークの前に貼り出されたユナイテッド・シネマ前橋で上映中の「シン・ゴジラ」のポスターを見る。その時は「ふーん」くらいだったが、だんだん気になり、とうとう9月になって観に行った。なるほどあれが噂の蒲田くんか、「まずは君が落ち着け」ってのはこういうシチュエーションだったのね、等と得心。

浜から見た「東洋のドーバー」と称される屏風ヶ浦の断崖

犬吠埼へ遠足。銚子電鉄のぬれ煎餅を焼く体験も。

月末、クラウドファンディングで一口乗ったユニバーサル映画館のプレ・オープニングイベントに招待される。当の映画館は20席のこじんまりとしたものなので、イベントは北とぴあのホールを借りて。そこで衝撃的にdeleted for courtesy reason な映画を見せられる。あまりにげんなりしたため続いて上映された「街の灯」にすら、「けっ、結局は金持ちの金頼みかよ」と八つ当たりする始末。それでもその後のダイバーシティトークショーは良かった。特に健常者も障害者も一緒に楽しむ運動会の話。

長月

訳あってiPhone6を購入し、0simと契約してAurasmaに取り組む。

神無月
広場の中央に組まれた櫓の上から見下ろすレスラーマスクの怪人(竜田一人さん)

調べラボ(繰り返しになるが「たべらぼ」と読む)の「木戸川の飲むイクラ」に参加できないので、フェスティバルFukushimaへ行き、竜田一人さんと握手。CDも購入。

月末にはオープンしたユニバーサル映画館シネマ・チュプキ・タバタで2回目の「さとにきたらええやん」鑑賞。

せっかくなので1年間有効な年間パスポートを購入し、続く「みんなの学校」も。ただし、次回更新できるかは不明。6回来れば元が取れるので、12月には「言論と公益を脅かすニセ科学問題」の後に「素晴らしき哉、人生!!」を観に来た(台詞の日本語字幕に日本語音声が重なり、さらに状況説明も重なるという賑やかさだが、古い洋画には吹替版がないのでやむを得ない)

久しぶりに東京大学本郷キャンパスを訪れ、三四郎池の周りを散策。いつの間にか医学部教育研究棟なんて高層棟ができていた(2002年の完成らしい)

霜月
キャンパス・イノベーションセンター東京の門柱に貼られた手書きの案内

バイオフォーラムからのスピンオフ(といってもいいよね?)ライフサイエンス辞書(通称LSD)プロジェクト」が初めてのユーザーミーティングを開くというので顔出し。当然のことながら、皆さん順調に齢を重ねている。ただ、金子さんはあんまり変わってないような。

販売用にテーブルに並べられた料理や飲物。後ろには売り子の女性。

知人が1日店長を務める復興バーで海の幸を味わい石巻への憧れを高める。

師走

映画「さとにきたらええやん」のバリアフリー上映会を開催。せっかく目が見えなくても楽しめるようにと音声ガイドも用意したけれど、午前の部(演奏会)では見かけた白杖の人も午後には来られなかった。プログラムはそこそこ売れたものの、入場者数は期待を下回り、これはたぶん宣伝不足のせいだろうと反省。映画自体は平成28年度文化庁映画賞を受賞するし、商業館ではアンコール上映が続き、そして多数の自主上映会が開かれる人気作。それが前売り500円で見られるのだからホールが満席になってもおかしくはなかったのに。

「欠如モデル」とそれへの批判を初めて聞いたときは「そういう考え方もあるのか」と感心したが、しばらく聞いているうちに「それって、人文系の自然科学系に対する欠如モデルなのでは?」という疑問が生じた。核になっているのが「お前らは分かってない」と「私たちの言うことを聞け」しかないように感じたからだ。いったん疑惑の念が浮かぶと「要するに欠如モデル批判って、自分の無知・無理解・不勉強を糊塗する屁理屈なんじゃないの?」という極論すら有力仮説に見えてくる(もちろん、こういう対立しか生まない罵倒は慎まなければいけない)。そんなことを漠然と思い出した日本学術会議公開シンポジウム「高レベル放射性廃棄物の処分をテーマとしたWeb上の討論型世論調査」

加賀の井と書かれた箱

糸魚川市の大火災に心を痛め、自分にできる支援は?と考えて焼失した加賀の井酒造の酒を買い求めた。ホームページからリンクはされていないが検索すると見つかる取扱店一覧を頼りに東武百貨店で購入。本音を言えば、もう少し安いのを買い求めたかったのだが... 奮発しただけあって美味だった。

板橋区議がホタル館の不正を追及して党を追われた問題を憂慮した人たちが言論と公益を脅かすニセ科学問題を開いた。こういう闘いは中間層の争奪戦なので、権威主義に基づいた罵倒・嘲笑は有害でしかないと改めて思った。それなのに、演者の天羽さんが「人格まで貶める批判はしない」とまとめているのに、翌日「根拠をもってインチキ、バカ、ロクデナシ、クソ、カルトと言おう」と言っている参加者を見つけてげんなり。インチキとカルトについては事実の証明ができれば公益性ありで免責可能だけど、バカ、ロクデナシ、クソはとっても危険。

念のため補足しておくと、本当のことを言っても名誉毀損罪は成立することがある。たとえば「あの人の父親は前科持ち」「あの人は父親の本当の子ではない。知っているのは母親だけ。」これらを公言すれば、それが真実であっても名誉毀損に当たることは理解できるだろう。法律の条文は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず」なのだ(免責される特例はある)。名誉毀損が成立しないのは、社会的評価を低下させない、つまり指摘事実を社会が気にしなくなったとき(か、公共の利害に関する事実を公益目的で公にした場合)

新年ご挨拶(返信)

年賀ハガキというのは厄介な面があって、元日に相互同着なら問題はないものの「しまった、この人には送ってない」と慌てて出したり相手にそれをやらせたりで、結局フェードアウトの機会を失することが。一時期「メールで十分」とだいぶ減らしたけれど、ある程度減ると安定するようで、特別な付き合いがあるわけでもないがおよそ10通をいただく。この年末まで返事を引っ張るのもあれなので簡単に。1行目が相手のイニシャルと出会ったときの所属、2行目が来信(抜粋)、3行目がお返事というかコメント。

Kさん(元N高)
「お元気ですか」
まぁまぁ元気です。
Fさん(元生化若手)
「本年も変わらぬおつきあいの程」
2016年は元若手の集まりもなかったね(ってことは、2017年も「変わらぬ」で?)。
Iさん(元S社)
「今年もよろしく」
そろそろ定年じゃありません?
Fさん(元K中)
「元気かな?」
越喜来やへ行こうよ。
Oさん(元T大)
「たまには飲みたいものですね」
GT会も休会状態になって長いね(私が開催を知らないだけ?!)
Mさん(元生化若手)
「年長組でまた会いましょう。」
(いかん、MLに投稿していない)
Nさん(元N大)
「大学教員になりました」
おめでとう!(テニュアだといいけど)
Hさん(元I大)
「還暦です」
(これという理由もなく賀詞交換が続いているのはこの方の律儀さによるのだろう)
Nさん(元生化若手)
「今年は良い年にできればと思っております」
「も」じゃないのが辛い。
Iさん(元S社)
「種から育てた柿の木が七年目に初めて実をつけました」
月日の経つのが早く感じられるなら、次は梨の木を植えましょう。
Iさん(元O博士応援団)
「BIには月・水勤務しています。14年目に突入。」
(顔本でつながっていても賀状が届く、この人も律儀。)
Aさん(元T大)
「復興バーありがとうございました。またやりますよー」
今年は石巻へ行こう、と思う。
Tさん(元I大)
「時間があったら農園で一緒に作業は如何ですか?」
(そういえば昔、援農というのをやったなぁ)

回顧だから年末に上げる予定だったのに、新年挨拶にずれ込み、それももう松は取れちゃった。思えばずっとこうだった。さて来年のはじめにはどんなことを書くだろうか。

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2016/10/20

「シン・ゴジラ」への違和感3つ

もうそろそろネタバレしても良いですよね?

しばらく前のことだが、「シン・ゴジラ」を観た。評判に違わぬ面白さで、ことに〈水ドン〉のシーンでの「まずは君が落ち着け」に、嗚呼!ネットで流行っていたのはこれであったかと感動。ゴジラの出番が少ないという不満の声もあるらしいが、作り物というのは詳細に見せたらボロが出るもの。着ぐるみ怪獣は子供騙しの域を脱しにくいし、CGを過信すればそれは落とし穴に。だから、巨大不明生物災害対策に奔走する人々を中心に据えたのは正解だろう。それゆえに全身からの破壊光ビームはむしろ〈やり過ぎ〉に感じた(爆撃機に対抗したり首相の乗ったヘリを撃墜したりするには旧来の火炎放射では無理であるが)

いかにも派閥順送りで就任したような農水大臣が臨時総理に祀り上げられ、「ラーメン伸びちゃったよ」と昼行灯っぷりを発揮していたかと思うと、「生活があるんだ。簡単に避難なんて言ってほしくない。」と生活者の姿勢を見せ、国連安保理の介入を遅らせるのにフランスに働きかける離れ業を成功させる(実務は官僚が担い、この人がしたことといえば事が済んでから駐日フランス大使に深々と礼をすることだけみたいだが)のも見物。

恋愛とか家族愛みたいなものを排除したというのも評判だが、これまた映画によく出る、権威を笠に着て主人公の邪魔をしたあげく、あっさり殺される(いわゆるフラグの立った分かりやすい悪人が出てこないのも良い。あれは図式的過ぎる。

そんな「シン・ゴジラ」なのだが、納得がいかないというか、違和感を覚える点が3つある。

まず造形。太腿は小錦関みたいだし、尾はワオキツネザルのように長い。はっきりいって長すぎないだろうか。

次に、なぜ血が固まると凍るのか。放熱機構が停止したら過熱するはずで、メルトダウンしたゴジラが親指を立てながら溶岩の中をアルゼンチンに向かって沈んでいく姿こそふさわしいラストではないか! この2つはゴジラという架空の生物の設定に関することなので突っ込んでも仕方が無いとも言えるし、もしかしたら劇中で言及されていたのを見逃した可能性もある。だからもう一回見てからにしようかと思っていたら、なんと日経サイエンス12月号が「シン・ゴジラの科学」を取り上げるという。これは期待。

3番目は自衛隊の攻撃が全弾命中とは精度良すぎないだろうかという点。むかし、第十雄洋丸事件というのがありまして、最初の砲撃で沈めることができなかったのは当初の射撃は「第十雄洋丸」の側面を破壊して浸水を促すとともに、積み荷のナフサやLPGを燃やすのが目的だったとはいえ、魚雷攻撃は1本が不発(ウンともスンとも云わないまま海底へ)、もう1本は目標の下を潜り抜けてはるか彼方でこれまた海底へ(残り2本は命中したものの沈没には至らず)という不始末。停まっている船すら沈められないのかと散々の評判だったとかすかに記憶する。もちろん時代は変わり、技術も進化したからありえない話ではないのだが、やはり引っかかる。

そして大好評の無人新幹線爆弾と無人在来線爆弾。架線が切れていても電車は走るのかなぁ。脚に命中したということはゴジラは線路上に乗っていたわけで、当然架線なんてぶった切られていると思うのだが。それともあれは命中ではなくて、無線誘導か何かによる近接爆発だったのだろうか。日経サイエンスに登場する専門家は「極限環境の生物学及び海洋生物学」「放射線生物学」「深海生物生態学」なので、これの解明は期待薄。

えっ、「4つある」って? それはアレ、お約束ですよ(ビグルス枢機卿を演じるテリー・ジョーンズの姿を思い出に)

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2016/09/22

「難しい医療・看護・介護の言葉をやさしく」

ツイッターで見かけた第3回コトノハカフェ「難しい医療・看護・介護の言葉をやさしく」というイベントに心惹かれて参加した(9月17日)。

会場はバルトという「ベルギービールとお料理のおいしいお店」。参加費は1000円とやや高めの設定であったが、ちゃんとドリンクが出た(サイエンスカフェに代表される「××カフェ」の中にはカフェとは名ばかり、水も出ないところがあって「言葉を大切にしない人たちだ」と困惑した経験がある)

困っているのは外国人

医療の言葉が難しいことについては以前から話題になっていて、改善の努力が続けられているが、今回の中心は介護の言葉。それはEPA(経済連携協定)によって、8年前からインドネシアとフィリピン、そして最近はベトナムから日本で看護師や介護士として働こうとする人々が来日しているから。日本の施設で実地研修を受けながら国家試験を受け、日本の資格をとって日本で働こうという訳だが、そこに言葉の壁が立ちふさがる。

国家試験に合格しなければ帰国しなければならないのだ。来日するのは既に故国で一定の資格を持っている人。それが日本に4年間滞在して試験に合格しないからと帰国させられると、本人にとって損失だし、送り出した国としても面白いはずがない。ところがたとえば看護師試験は、合格率は約90%なのに、EPAで来日した研修生は10%に満たない時期があったという。そんな状態が続けば、日本で働こうとする外国人は減ってしまい、医療・福祉業界は深刻な人手不足に見舞われかねない。難しい言葉は人材育成を阻害しているのだ。

話題提供者は留学生の日本語教育に携わってきた文教大学教授の遠藤織枝さん。国に働きかけて国家試験の問題文見直しを実現させるなど功のある方なのだが、医療福祉については門外漢という弱みも垣間見られた。

当日のツイート

翌日のツイート

よくわからないままに研修地に青森を選んで苦労した、というのは初期の話。

現場ではスピードが要求される

医療や介護の現場では、意思伝達にとりわけスピードが要求される。モタモタしていたら命に関わることもあるだろう。勢い用語は略されがちになる。その、門外漢から見たら宇宙人の会話みたいなものついていけるのがプロの証とも言える。なによりも言葉は集団のアイデンティティであり、仲間を識別するシグナル 。伝えるだけでなく、敢えて分からせないことにも言葉の機能がある。そういうこともあって、質問票に「②なんでも日常語にするのが解決か?」と書いたがこれは取り上げられなかった。その代わり、参加申し込みの際に書いた「難しい専門用語には、覚えると嬉しくなって無闇と使いたくなる魔力があると感じています」が読み上げられ、これは一部の参加者(さしたる根拠はないけれど、看護師のような専門職)に受けていた。
言い換えると一般に長くなる
遠藤さんが編著した『やさしく言いかえよう介護のことば』を版元が持ち込んで販売していたので購入したが、目次を見ると「言い換えたら長くなるだろう」という予感が当たっていた。短くなるのは「頸部→首」「眼瞼→まぶた」「残渣→かす」「疼痛→痛み」「振戦→ふるえ」くらい。吐血と喀血がまとめて「血を吐く」になっているのもいただけない。「消化管から血を吐く」「呼吸器から血を吐く」のなんという冗長さ。
相手が変われば言葉も変わる
もちろん利用者やその家族に説明するときは別である。専門家ぶる必要もない。誤解されない範囲で(実は日常語だとそれが難しいのだが)平易な言葉を使ってゆっくり丁寧に説明すべき。

ただ、庶民の中には知識レベルが驚くほど違う例があることも忘れてはいけない。ある老人とコンピュータの話をしていると頻りに「言語」とおっしゃる。Cとかコボルの話かと思ったらそうではなく、どうも日本語変換機能(当時はFEPと呼ばれていた)のことだったということがある。また別のやや若いご老人とやはりコンピュータの話をしているとどうも話が通じない。突き詰めてみるとプログラムという用語を「演奏プログラム」「運動会プログラム」「入学式プログラム」のような番組表、進行予定、式次第という意味で理解しようとしていることが分かったことがある。通じる訳がない。ちなみにこの方はコンピュータのハードの説明書に、バンドルされているワープロソフトの使い方が書いていないとご立腹。テレビの取説に番組解説はないでしょ?と説明しても納得しない。実はお二人とも世間では街のインテリで通用する人物なのである。それでこの惨状なのだから、自他共に認めるブルーワーカーが日常化した用語をどう誤解しているかは想像を絶する。

常識といえば、SI接頭辞というものがある。小学生向けの暗記物に「キロキロと、ヘクト出かけたメートルは、弟子に追われてセンチミリミリ」なんてのがあったくらいだし(いつの時代だ?)、コンピュータではキロバイト、メガバイト、ギガバイト、テラバイトがお馴染みだから、テラ(T)は一兆倍、ギガ(G)は十億倍、メガ(M)は百万倍、キロ(k)は千倍、ヘクト(h)は百倍、デカ(da)は十倍、デシ(d)は十分の一、センチ(c)は百分の一、ミリ(m)は千分の一を表すなんてのは常識だと思っていた。ところがmBq(ミリベクレル)をメートルベクレルか?としたり顔で述べつつ「勉強した方がいい」と他人に説教する自称原発事故の専門家がいたのが現実。

用語に対するイメージの違い
汚染という言葉がある。『やさしく言いかえよう介護のことば』ではなぜかたいそう忌み嫌われており「人の行為に対して使うのは不適切」とまで。そして「汚れ・汚れる」で良いではないかと主張されるのだが、どうであろうか。たとえばノロウイルス感染により嘔吐したとする。吐いた物をチリ紙で拭き取ってから水拭きすれば「汚れ」はなくなる。しかしウイルスによる汚染は残っており、次の感染源となりうる。逆に吐瀉物をざっと取り除いてから次亜塩素酸塩水を噴霧すれば、それで汚染はなくなる(だろう←現場を知らない机上論)。極端な話、後片付け=汚れを取るのは資格のない職員でもできる。

また疾病の中には血液はもとより唾液や汗、尿にもウイルスが出るものがある。ゴム手袋をして介護するなど汚物扱いと憤慨されるかもしれない。しかし、これを怠れば他の利用者にも感染が広がりかねない。そういう被介護者はキャリアとかポジティブとか呼ばれるであろうが、分かりやすく「ウイルスで汚れた人」と言うべきだろうか? そんなことをすれば体液に濃厚に接しなければ安全な人に対しても、素人は「隔離してください」と言い出すだろう。逆に感染に弱い人も、それと分からないような符丁でスタッフ間に共有されていると思うが、こちらを「病弱」等と呼ぶことはやさしい言葉だろうか。

医療・福祉とは離れるが、植物組織培養とか微生物培養とかは専門学校でも学ぶ基礎的な実験操作であり、そこでは汚染を理解することは重要(理解していないと実験がパーになる)。そして嫌というほど思い知らされるのが、「最大の汚染源は人間」ということ。ちなみに応用微生物学では培養している菌に雑菌が交じる汚染を忌み嫌うが、その菌が床に溢れようが手に付いていようがあまり気にしない。口に入っても平気だろう。一方、医学部の細菌学では、何しろ扱うのが病原微生物であるから、一番気にする汚染は扱っている菌が外に漏れること。汚染対策の意識は向きが全く逆。応微の人間がいつものように結核菌を扱ったらバイオハザード必至だそうだ。

閑話休題。もう一つ、具体例は忘れたが、遠藤さんと参加者(の一部)との間に「それは違う」という緊張感が走ったことがあった。

テスト学

そういえば、ピントがズレているなぁと思ったのは試験問題の量についても。1題1分とか、そういう短い時間で解かなければならないと憤慨されていた。医療・福祉の知識ではなく、日本語の能力で選抜するような試験はおかしいというのはその通り。ただ、良い試験問題というのは満点が出ないようにするものとも聞く。つまり全問解答は不可能にしてある可能性がある。0点が続出するのは出題に不備があるというのは納得してもらえるだろう。同様に全員が100点を取るテストというのも問題がある。易しすぎるのだ。平均点を中心に得点分布がベル型曲線を描くのが良いらしいが、これは自信がない。

また「正しいものを選べ」と「間違ったものを選べ」が交互に出るのはクイズ的と非難されていたが、これは出題パターンを記憶して意味を考えずに解答する受験生を弾くテクニックだと思う(が、自信はない)

それで次回テーマとして、話の中で出てきたテスト学会を希望しておいた。

感想

多種多様な参加者がいて発展性がうかがえる会であった。次の予定が入っていたこともあり、懇親会は失礼してしまったが、次の機会があれば出席したいものだ。

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2016/08/21

ぬれ煎餅を焼きに行く

6月の〈遠足〉に携行しようと銚子電鉄のぬれ煎餅を通販で取り寄せたのだが、色々あって延期しているうちに賞味期限の8月9日が来てしまった。そこで心ゆくまでぬれ煎三昧と洒落たのだが、心なしか風味が落ちている。そこで改めて銚子市まで買いに行くことにした。

牛久経由利根川沿いを犬吠埼へ

電車で行くと酒を飲んでしまうので(えっ まずいの?)自動車で繰り出した。ルートはいくつかあるが、圏央道の神崎ICから利根川沿いに進む道を選択。このルートではゴジラとほぼ等しい身長の牛久大仏を遠目に拝むことができる(残念ながらドライブレコーダーに収められていたはずの、前方に忽然と現れたありがたいお姿は上書きされてしまっていた)。出発した頃はどよんと曇っていたが、利根川沿いに着いた頃には「夏だ! 海だ! 太陽だ!!」という目論見通りの晴天に。「利根水郷ライン」(国道356号)でそのまま銚子市に行けたはずだが、なぜかカーナビが茨城県に行きましょうと誘導するのでそれに従う。利根川と常陸利根川の合流地点にかかる水門付きの橋はなかなか壮観であったが、しばらくして「有料道路(利根かもめ大橋有料道路)に誘導している?」という疑いが。だが、さらに下流にも橋はあったはずだし、特に曲がれという案内もなかったのでそのまま進み、銚子大橋で無事千葉県へ。ここはもう河というよりは海の風情。

銚子市役所庁舎壁面にかかるスポーツ選手を称える「祝 出場」等の垂れ幕8枚市役所の建物壁面にはたくさんの垂れ幕。「オリンピックに出場してるんだ」「でもずいぶん沢山さがってる」「そんなに銚子市ゆかりの選手が多いのかな」と不思議だったので、信号待ちを利用して写真に撮っておいた。オリンピックはトライアスロン出場の加藤友里恵さんだけでした。

犬吠埼灯台下の激混み駐車場せっかく犬吠埼へ来たのだから、やはり犬吠埼灯台へ。ところが平日(15日)にもかかわらず大混雑で小さな駐車場は満車。整理誘導する人もなく、下手をすると路駐車両が出口を塞いで出られなくなりそうだったので写真だけ撮って方向転換して抜けだした。

犬吠駅

「煎餅屋が宣伝のために電車を走らせている」と言われるほど有名になった銚子電鉄のぬれ煎餅。近年、ぬれ煎餅駅なるものも開業したが、やはり買うなら犬吠駅で、というわけで犬吠駅へ寄ってぬれ煎餅(赤の「濃口」)とサバカレー缶、そして何故かスモークサーモンジャーキー(製造は銚子市のメーカーだが原材料は北海道から)を購入。「ぬれ煎餅アイス」もあったはずだが、それは見落とした。

以前はサイトに販売店の一覧があったのだが、去年気付いたときにはなくなっていた。購入したり見かけたりした場所をあげておくと、歴史民俗博物館ミュージアムショップ、千葉駅構内のNewDays、東京駅八重洲口地下の「東京みやげセンター」と「諸国ご当地プラザ」、そして海ほたる3階の売店。遠方の方は通販で。

地球の丸く見える丘展望館

屋上からのパノラマ写真関東地方の東端まで来たので、地球の丸く見える丘展望館にも寄ってみる。屋上の中央には3段の物見台が組まれていて、360°の眺望を楽しめる。シータがあれば威力を発揮しただろう。およそ200°のパノラマ写真はダウンロード(約1.6M)して、閲覧ソフトのウィンドウ幅を1000ピクセル程度にし、原寸大表示でスクロールした方が実際に見渡しているのと似た見え方になる。

3階にある「カフェ330°」でサバカレーを食す。サバサンドが美味しいという話は聞いたことがあったけれど、サバカレーもなかなかいける(イマイチ以下であったら犬吠駅で購入したサバカレー缶の扱いに困るところであった)。ここの1階にあるお土産コーナーは狭い割に充実していた。が、素見で終わり。ヤマサ醤油の「しょうゆ味わい体験館」でしょうゆソフトクリームが食せるという情報に欣喜するも「15日は休業」という貼り紙にがっかり(予約が必要というのも、工場見学だけなのか、体験館自体も要予約なのか判然としないのも困りもの...電話で尋ねようかと思ったら「15日は休業」)。

展望館から西に向かって下りる坂から見た光る太平洋展望館は丘の上にあるので駐車場へ下りる坂の途中から輝く海が見えた。時刻は15時。

海水浴場の砂浜の向こうに見える屏風ケ浦の断崖ついで銚子マリーナ海水浴場へ行き「東洋のドーバー」こと屏風ケ浦を眺める。夕日が映えたらさぞかし美しいだろうが、それを見ていると遅くなるので割愛。帰りはあの上を走る「銚子ドーバーライン」を通る。

ぬれ煎餅駅

駐車場から見た鉄筋三階建てのぬれ煎餅駅手焼きしたぬれ煎餅の断面

国道126号沿いには「銚子電鉄ぬれ煎餅駅」があり、手焼き体験ができるので立ち寄ってみる。ちなみにここ、Googleの地図上には記載されているが、ストリートビュー(SV)にすると奥の運輸会社の建物しか見えない。不思議だなーと思っていたところ、SVの撮影がぬれ煎餅駅開業より前だと教えてもらった。使っているブラウザが旧く(根本的には使っているMacが旧い)ライトモードでアクセスしているため撮影日時が分からなかった。

手焼き体験は100円で2枚焼くことができる。係の人が丁寧に説明してくれるのだが、聞いていると他の客にもほぼ同じ説明を繰り返していて(毎回変えるのもおかしいから当然といえば当然だが)、「あれを1日に何十回と繰り返すのか」と妙な感心。健康診断で「はい息を大きく吸ってー、止めてー、動かないでー、はい終わり」を繰り返す放射線技師を思い出す。肺活量の測定を経験した旧師は「あんなのを毎日何十人と相手にしていて***Deleted for the Courtesy Reasons*** ならないか」と他人の疝気を頭痛に病んでいたが、そういえば「目が死んでいた」という声もあり、Googleマップの口コミには「子供にたいして無表情で、教え方や接し方や話方がものすごく怒ってる感じに、きつく冷たくて」と恨み節が綴られている。私達が当たったのは別の店員さんだろうか、テキパキとして無駄がなく好感の持てる人だったのだが(冷茶も持ってきてくれたし)

作りたてのぬれ煎餅は思いの外サクサクであった。なお、なぜか体験コーナーに置かれたタレはうす口と甘口のみ。その代わり青海苔とか胡椒とかマヨネーズとかも備えられていた。焼いた煎餅はその場で食べられるほか、持ち帰りもできる。

お土産コーナーは試食が充実していたため、ついついお菓子を購入。

本当に何も無い高滝湖パーキングエリア

圏央道に入ってしばらく走るとカーナビが変なところで降りろという。「え?」と思ってナビを見ると、データ上では圏央道はもうすぐ終わり。ナビ販売時には未完成の区間へと突入した。当然、例によって道無き道を進む状態に。

展望台からPA駐車場とダム湖を見下ろす。展望台東側に謎の空き地。謎の空き地前には「(仮称)イベント広場予定地(地元エリア)」という色褪せた看板

前回は予定を変更したため立ち寄れなかった高滝湖PAから高滝湖を見下ろすことができた。展望台は「なんでこんなものがここに」と言いたくなるような四角錐形の山。山地を切り開いて出た残土を積み上げたものだろうか?

当初はサービスエリアとして計画されたもののパーキングエリアに格下げされ、売店どころか自販機すらない、本当に何も無いパーキングエリア。しかし、さすがに眺めは良い。橋の向こうに見えているのは重村三雄の作品「かげろう」。展望台の東側に広がる謎の用地には「(仮称)イベント広場予定地(地元エリア)」という色褪せた看板が立っていた。

海ほたるは満車状態

海ほたるのかなり手前の路側帯に駐車場へ入ろうとする車列が突然見えるアクアラインは渋滞という表示は出ていたものの30分ほどで通過できそうだし、海ほたるの駐車場には空きがあるというので楽観視して走行。すると前方路側帯に故障車? 事故か? と思いつつ前を見たら海ほたるへ入る車両の列だった。しかしもう待機列へは入れない(走行車線で止まったら渋滞の元だし、下手をすると追突される)。それにうまく割り込めたところで、何分かかるか分からない上に、駐車場で「この野郎」と殴られるかもしれない。と言うわけで立ち寄り断念。海ほたるでカーナビに次の目的地をセットする予定だったので、その後は無誘導状態に。しかし、2年前まではカーナビなしで走ってたんだと開き直る。それにしても首都高は右側に降り口という無体な構造を止めて欲しい。

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